我らの生きる道
番外編


この世界に魔族と人間が存在し、時には共存し時には対立しあう者も数多い。
世界のどこかで自分とそっくりな人物が三人いるというのは定かではない。
例えばある地で間抜の勇者と世間知らずな魔法使いのカップルが
外見などが違おうともどこかが一致しているはずである。
自信過剰、ヘタレ、臭いセリフ、天然ボケ…そのうち一つが一致しているはず。
それは魔族の世界でも例外ではない。


「明日こそ勇者を倒すのだ!いいな!?」
「「御意!!」」

いつもの様にとあるエリアのギリ軍のボスが部下に喝を入れ怒鳴りつける。
ボスの部下の軍団はタテジワネズミ、クロコの2種族がいた。
両方とも勇者を初めとする人間を見つけ襲っては倒され、まして倒されなくともボスの判断でしくじったと部下を次々処刑し、
日に日に部下の数が減り続けており僚友の密度はいずれも寂れていく毎日だった。


ある昼過ぎ、雑用係のタテジワネズミ達は布で床に染み付いた
血痕を磨きながらこそこそと雑談をしていた。

「同志よ、日々我らの仲間が減り続けている」
「いかにも御意。ボスとてあまりにも非道着まわりなし」
「何時我の番が訪れるかわかるまい」
「笑止。ゆえこそに今の時間に死力を尽くすべし」
「御意」

「こらこらぁ〜!口より手を動かせ〜!!」
「ぎょ、御意〜〜!!」

両手に書類を担いだ上司がタテジワの頭を足でぐりぐりと乗せた。

その深夜、先程のタテジワは見張り番として基地の入り口へ立っていた。
その両脇には昼間とは別の同志が立ちすくんでおり、暇と睡魔で欠伸をしていた。

「こ、この睡魔はかくも我の眼前をくらまし…」
「笑止、辛抱せよ。さもなくば我らがボスの制裁により我が血肉粉骨になろう」

同種族にフォローしたその時だった。 ザシュッと金属音と共に鈍い音が基地の入り口から響いた。
その音に驚いたのか、まどろみ始めた同志は突然覚醒する。
今日の夕方、人間を倒せなかったと仲間が戻ってきて、ボス又は上官に監禁された同志だった。
その仲間がまた一人、死刑にされてしまったのだ。

「殺されたな」
「また一人犠牲になった」

しかし自分もいつボスの餌食になるかわからない。手足も失い生き損しようとも
今はボスの命令に従わなければならない。そう思うだけで震えと寒気が走る。

交代の時間が来ると、タテジワはすぐに寮の寝室へ向かった。あと6時間もすれば自分の番が来る。
交差通路を曲がり自分達の部屋があるはず…と、突然体が弾き飛ばされ一瞬何が起こったか分からなかった。

「しょ、しょうし…」
「あ、ご、ごめんなさいっ、こっち急いでたもんで…」
「わ、我こそ面目ない」

タテジワはヒリヒリと痛み出す鼻の頭を抑えながら眼前をこらした。
同じ基地で働いているクロコだった。上体を起こして正座を崩している状態である。
床にはバットやタンポン、包帯が散らばっていた。相手の方も何かしら急いでいたらしく
互いに曲がり角を曲がる際タイミングよく衝突したのだ。
クロコは散らばったものをすぐに拾い集めバットに乗せる。
それを見てタテジワもおあいこだと手伝おうと思って包帯に手を伸ばした。
同時にクロコの手も包帯が伸び、二人の手に触れた。

「あ」
「え…」

クロコは思わず手を引く。その間にタテジワは包帯を拾いバットに乗せる。

「あ、あの、ありがとう。ごめんなさいね。私も急いでたから…」

クロコは目礼しながらそう言いすくりと立ち上がり、タテジワの来た道の反対側へと走り去って行った。
その後もタテジワはぼーっと彼の姿を見つめていた。
甲高い悲鳴、男らしくない声と言葉遣い、そして微妙に張っている胸… もしかしてあやつは雌なのか?
確かにタテジワにはそう見えたが、おそらく疲れているのだと自分に言い聞かせ今は部屋に戻り布団に潜り込んだ。

翌朝の八時頃、タテジワは上司が定めた分担に従い食堂の皿洗いをしていた。
流し台からの覗き窓からはまた、処刑台に連れられる同志の姿が目に映った。
通り道の死角で姿が見えなくなるまで手を休めぼーっと見送ってた。当然、握力を怠り皿を落とし割れる音にすら気づかない。
次の後頭部から何かがぶつかったような衝撃で我に返った。上司の拳骨が降ってきたのだ。

「こら何してる!!割れちまっただろうが、お前ぇもあいつらみたいになりたいのか?」
「ひぇぇ、す、すみません!!」

タテジワは割れた皿をすぐにゴミ箱に捨てた。
その後も様々な仕事を課され包丁で指を切り、足が縺れて皿をひっくり返してしまうなどから上司の鉄拳の雨が絶えなかった。

そうこう雑事をしているうちに昼過ぎの二時半頃にようやく少しばかりの休息の時間、タテジワは基地外れの一本大樹の丘に来ていた。
暇さえあれば一人でここに来て休息を得るのが彼の日課である。ここは誰も来ない自分だけの秘密の場所。
できるなら同志にも教えてこの心地を分かち合いたいところだが、本来タテジワネズミは集団で行動することが多い上
同士の話はすぐに身近の同志達に広がってしまい、うっかり一人が秘密を口滑らせたことで敵に漏らしてしまうことが起こりかねない。
故に今は我だけの安息の地…極力癒せるうちに癒しておかねば…上司に打たれた瘤をさすりながらごろりと仰向けになりため息をつく。
太陽に照らされそよ風を受けながらタテジワは己に問う。

「我は、なにゆえこの地に存ずるのか?いかなる為に勇者へと向かう?」
「皆、お金が欲しいのよ」
「資金…我が近くの戦友を失ってまで金を得ようというか」
「だって私達って種族的に位が低いじゃない。上司に反抗したって返り討ちされるだけだわ」
「これも運命か」
「でも私はこのままでいいって思ってない」
「笑止。我こそもこのまま下僕のまま上司に引きずられるままには………ん?」

今更返ってこないはずの返事が帰ってくることにタテジワは気づいた。 今ここは我一人であるはず、一体何奴?
後ろの木陰からガサガサを音がして上体を起こし首を伸ばしつつ木の陰を除いた。
クロコだった。そいつは大樹に背をもたれながら花輪を編んでいた。
もしや昨晩鉢合わせになったクロコだ…。
タテジワは他種族の見分けのつき方が不得意だったがすぐあいつだと分かった。
クロコにしては、こんな女々しい質などみたことがないからだ。

「また会ったね。昨日はどうも」

クロコは微笑みながら振り向いた。

「汝、メスなのか?」

ふと先に脳裏に浮かんだ疑問をタテジワは問う。

「ええ、そうよ」

クロコは何もなかったように答えた。いきなりこんなことを聞くのは失敬と思いつつも
やはり!と心で叫んだ。雌のクロコなど見たことがないからだ。

しばらく二人は日溜りの下、寄り添ってぼんやりと黙っていた。

「貴方は、よくここにくるの?」
「御意。暇さえあれば我はこの地に訪れん」
「私もなの。でも、貴方がいるなんて全然気づかなかった」
「しからば何故容易く我の他言に口を挟んだ?」
「ホントはね、貴方よりずっと前からここに来たと思うの」

知らず知らずに二人の会話ははずんでいった。普段タテジワ同士の会話ならば、
戦略マニアの如く重苦しい口調と空気、そして何より薄い内容。
ただですら会議のようで盛り上がらない会話が、
他の種族と話しているとこれも新鮮でありけりと、面白くなってきた。
と、何かを思い出したようにタテジワは立ち上がった。

「む…我はじきに任務再開の時間だ。戻らねば隊長に如何なる処分を下さるか知るまい」
「あ、待って!ねぇ!」

クロコは声をかけた。

「今度時間が合うときここに来ない?だってほら、こうして偶然に会って話したのも運命だしさ」

タテジワは運命という単語にぴくりと反応した。
運命…我らはギリ軍としてギリ軍のボスに忠誠を誓い人間と尋常に戦い死力を尽くす。
しかし、失敗を重ねた者や未熟者は片っ端から処分される。
我ら魔族も人間も神が与えてくださった生を受け今この地に侍る。
いくら位が高くとも、それを粗末に扱う者に慕っていること運命には心なしか間違っていると思う。
そんな思考を抱きながらタテジワは振り向いて口を開いた。

「御意。ならば何時頃がよいか?」

二人は互いに空白のスケジュールを教え、またその時ここでに二人の時間を過ごすことを約束した。


それから数ヶ月、二人はそれぞれの雑事をこなしながら自分達の空き時間を探した。
あの丘で二人、それぞれの軍事で起こったこと、愚痴、文句、上司への悪口などを
吐いて叫んでは知らないうちに二人は不思議な感情が芽生えた。
タテジワもクロコも毎日それが楽しみで、上司からの苦情や罰などの苦しみも打ち消してしまうくらいだ。

「最近あいつ変わり者の形跡あり」
「一体何があったのだ?」
「…笑止」

「おーい姐さん、さいきん浮かれてるけどどうしたっすか?」
「え、う、ううん何でもないの」
「へんなの、最近太ったとか?」

だがそんな日は長くは続かない。ある日とうとうタテジワはボスの命令で勇者を倒しに行かなければならなくなったのだ。
こんな落ちこぼれの下っ端魔物が勇者を倒せるわけがない。そうなればどっちみち自分の命はもう長くはないはずである。
前夜、誰もいない踊り場でクロコに事情を話す。

「そうなんだ…でも、貴方にもいつかこの時が来るのは分かってた」
「所詮我らは魔族の下僕の下僕。いやがおう上司にとって奴隷の如く道具のような存在だ」
「せめて一緒に行けたらいいのに…」
「否。お前は戦うように命は下されていない。勝手な行動で連帯的に死刑になりかねん」
「そうね…わかった。でも、こうして話できるのも最後かもしれないから…」

クロコはタテジワの胸板に額をうずめた。その反動で彼もバランスを崩し少しよろけた。

「我がどこにいようと、お前は心の支えだ」

彼女の仕草に答えるように、頭に手を当てささやく。
その自分の言葉にも何故か頬が赤くなり、妙に胸が緊張してしまう。

「さて、明日は早番ゆえ就寝せり。遅刻さればその場で殺される」
「ちょっと待って」

部屋に戻ろうとするタテジワにクロコは差し止めた。

「これ、私だと思って持ってて…遠くに行っても…」

クロコは自分のマントの内側の小物入れから片方のみのピアスを差し出した。
色は光沢のかかった黒色で直径一ミリ程の黒真珠製だった。

「…これは?」
「ここに入る前に買ったやつなの。片方は失くしちゃったんだけど、高かったからちょっともったいなくてね」

タテジワは彼女のピアスをつまみあげるように受け取りズボンのポケットにしまった。

「かたじけない。もし我が生きているばこの新品の装飾品を手にしていたであろう」
「ありがとう、じゃあ明日見送るから…」
「御意。同志よ、命あったらまた会おう」

そう言って二人は踊り場を後にした。その晩中クロコは布団の中で彼のことを考えていた。
彼がいなくなると思うと何故だか切なくなって涙が流れ枕を濡らした。
その頃、どこかの風の精霊が、一匹の魔物によるセリフに悶えいたという。

そして翌朝、タテジワは部隊とともに集合し上司が喝を入れるように宣誓していた。
その中タテジワはまだ余睡があるのかぼーっとしていて演説はあまり耳に入っていなかった。
その様子が隣の同志が気づき、彼の服を引っぱり覚醒させた。危ない危ないと思いながらタテジワは慌てて姿勢を正す。
昨夜クロコにいきなり抱きつかれたときから、自分でも理解できない気持ちが気になってあまり寝付けなかったようだ。
さりげなく上司から視線を外すと、ふと基地庭の草むしりをしているクロコ達が見えた。
その中の一人が彼の様子に気づいたのか小さく手を振った。そいつはまさしく例の昨夜の彼女だった。
相槌を打つようにサインブロックの如くタテジワも遠くにいるクロコを視線に目立たないように口をにやりと歪めながら親指を立てる。
長い演説が終わると、タテジワを含める部隊は颯爽基地を後にしてどこかへ旅立った。

「またいつか…会えるよね…」

そう呟きながら部隊の後姿が見えなくなるまでクロコは静かに見送った。
その背後から誰かが肩を叩いた。振り返ると別の雄クロコが人差し指で彼女の頬を押す。

「アネさーん、やっぱりそうゆうことだったっすねぇ?」
「え、ええとな、何のことかしら?」

クロコは自分と同じ種族の後輩から慌てて後ずさりする。

「最近アネさんの様子がおかしいと思って昨日からつけてたっすよ。まさかあんなネズミに恋とはねぇ」
「ちょ…やめてよ!そんなんじゃないって!!」

クロコは赤面しつつ後輩に否定する。

「まぁどちらにしろあいつらもあと僅かの命っす。いやぁ下っ端はつらいねぇ」
「もうっ!!」

後輩クロコは彼女を茶化すようにわざと言葉を選んだ。雌クロコは照れ隠しに毟った草を投げつけながら彼を追い回す。

「でもねアネさん」

後輩が続けた。

「運命がそのまま続くようにしない手がないってわけじゃないっすよ」
「え?」

後輩は彼女の耳元で小さくささやく

「ちょっとしたルートを知れば、ここの牢を脱出することは簡単っす」
「どういうこと?」
「おれっち、この基地の隅々まで知ってるっすよ。裏道から工事中のところまでね」

後輩クロコはふふんと自慢げに続けた。

「どう?アネさん、今日の昼休みおれっちと部屋で付き合ってくれたら手段を教えてやれるけどなぁ」

後輩の交換条件でクロコは少し悩んだ。この子のお願いって何だろう、もしかしたら痛いことなのかな。
でもこのままではもう彼、タテジワに会えないかもしれない。
いつものようにここと離れた丘で話ができなくなるかもしれない、
仕事場でも隣り合って顔合わせて挨拶も交わしたりできなくなる…
そう思っただけで、クロコは切なさと恐怖で何としてでも彼を助けたくなった。末に後輩の条件を飲むことにした。

「わかったわ」
「よっしゃ!じゃ、昼に部屋で…」
「で、どんなことするの?」
「それはその時がくるまで秘密っす。簡単に教えちゃうと驚かせなくなっておもしろくないっすからね」
「…お願い聞いたら教えてくれるのね?」
「もちろん、約束っす!」

その言葉を胸に、クロコはその時間が来るまで雑業を続けた。

そして昼頃、クロコは彼の言われた通り部屋にもどった。
彼女がいる部屋は、複数人数用で部下達はその部屋を供用している。
その傍らのベッドの上に後輩は座って待っていた。

「あ、アネさん来ましたね?おれっちもあまり時間がないんで協力してくださいよ?」
「え、ええ。で、何するの?」
「まぁ、ちょっとこっちに来て座ってくだせぇ」

クロコは彼の言うとおり一緒のベッドに座った。

「じゃあ、ちょっと目をつぶって」
「え、こ、こう?」

彼女を目を閉じた。そして体に何かが圧し掛かる感じがした時、自分の口に何かがへばり付く。

「んうっ!?」

驚いてクロコは目を開くと眼前にドアップの後輩の顔があった。
彼は彼女の口を占領し中を舌でかき回す。

「んっ…むっ!!」

クロコには驚きと困惑のあまり抵抗することもできず後輩の行動を素直に受けることしかできなかった。
しばらくその場には湿ったモノが絡み離れまた絡まると淫らな音だけが流れ続けた

「ちょ、何を…」

最初は困惑のみだった彼女の表情は次第に軽い苦痛にもみえる恍惚を徐々に示すように変化しつつあった。
瞳に大きく写る後輩クロコの顔がふと遠くへと離れていった







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