新しい旅へ-3
ニケ×ククリ


体の感覚があんまりない。
指先は凍るように寒い。
秋の雨は寒いもんなんだな…
傘を持っていこうなんて、必死すぎて考えてなかった。


その家に近づくにつれ、そこが家ではないことがわかってきた。

―宿屋か?
やけに小規模だが、家の前に小さな看板が立ててある。
目の前まで来てはっきりわかった。

「宿屋か…少しくらいこの街のこともわかるだろ」

その時気が付いた。
玄関が少し、開いていることに。

(もう夜中なのに…無用心もいいとこだな)

木製のドアをあけると、中は暖かい。
はぁー…生き返る。

「ちょっと、入りますよー」

返事はない。

「…変な宿屋だな…
……ってうおっ!?」

そこにはおばあさんが机に伏せて寝ていた。
び、びっくりした…

「お、おーい、こんな所で寝ちゃあ…
…つーか管理人がこんな所で寝てていいのかよ」

おばあさんは結構気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
俺、明らかに侵入者だよな。
まぁ、いいか。…盗賊だしな。

に、しても街のことを聞こうと思っていたのに…これじゃあ無理だ。
仕方ない、少し休ませてもらうか。
近くの椅子に腰掛ける。
…しまった、体がびちゃびちゃだ。
いかん、椅子が汚れ…―

ガタンッ!

「えっ!?」

奥の部屋からなにやら音がした。

「な、何の音だ…」

誰か泊まってる人がいるのか。
奥に進もうと廊下を覗き込んでみる。
手前に、少しドアが開いて光が漏れている部屋があった。
ここから聞こえたのか…

耳を澄ますと、何やら声が聞こえてくる。
1人…いや、2人か?
小さな声で喋りあっているようで、よく聞こえない。

うーん…もう誰でもいいや。
とにかくこの街の情報さえ聞き出せれば。
いきなりこんな奴が入ってきたらびっくりするだろうが…

…まぁ、隣に泊まってたってことで。
何とかわかって貰えるだろう。
俺は意を決して半開きのドアを開けた。

キィ…

「あのー、すいません、隣の部屋に…――」


次の瞬間、俺が目にしたのは。


―駄目。

やっぱり…駄目だよぉ…。
勇者様じゃなきゃ…

「ピンクボム…―」

レイドはククリの肩を強くつかんだまま、少しずつ顔を近づけて…―
―やだ、こんなのってない。
レイドとキスなんて…したくない。
だけど、あと少し、あと少しでレイドの…



「…―勇者…様ぁっ…!」
「!!」


ククリが勇者様の名前を呼んだ瞬間、レイドが手を離した。

「…勇者、勇者って…っ、一体あいつのどこがいいんだ!?
あんな奴より…俺の方が…」

ぼうっとする。
レイドが部屋の中を歩き回っている。
大声上げて色々喋ってるみたいだけど、よくわからない。
頭の中は勇者様でいっぱいで…

「ゆ…うしゃ、様…」

ただ呼びたい。勇者様のこと。
勇者様はずっと、ククリの勇者様でいて欲しい。
やっぱり一緒に旅したい。
ずっと、ずぅっと…これからも…

「ククリは…勇者様が…好き、なの」

「目を覚ませ、ピンクボム!」

ガタンッ!

レイドが椅子を蹴り上げた。
そして、またつかつかとククリに近づいてくる。

どうして、こんなことになってるんだろう…
何で、こんなところにレイドと2人でいるの?
ふらふらする頭で一生懸命考える。

「ピンクボム、お前は気が付いてないだけだ。お前は勇者に憧れていて、
あいつが勇者勇者って周りから言われたことから、”勇者”様を好きになった」

「…そ…んなこと、ない…」
違う、ククリは…

「でもあいつは勇者なんかじゃない。俺達闇魔法に対しての敵なんだ…―」
「きゃっ…」

急に、強く押し倒される。
手首を強く握られて、痛い…

「や…だよぉ…」
「思い知らせてやる。俺の方が、余程良いってことをな」

ねぇ…勇者様。
レイドにこんなことされたら、ククリ勇者様のこと忘れられるかなぁ。
もし忘れられるんだったら…忘れた方がいい?
もし、勇者様がそういうなら、ククリ…


ああ、勇者様に…後で謝ろう。

ククリがした失敗たくさん。
ククリのせいでかけた迷惑たくさん。
勇者様にいっぱい助けてもらったことも。
…そして最後まで勇者様に迷惑たくさんかけてしまったこと。

謝ろう…―

『役立たずの魔法使いでごめんね。』

何故か、そんなことが脳裏によぎった。
…レイドが顔を近づけてくる。

(…さよなら、勇者様)

ぎゅっと、目をつぶった。


キィ…

「あのー、すいません、隣の部屋に…――」

信じられない光景だった。

そこにいたのは俺が探し回っていた相手…ククリ。
そして…

そして、レイドの姿。
二人とも、驚いて固まっている。
俺も…
目を向けたはいいが、逸らすことが出来ない。

「……―」

自分で顔が真っ青になっているのがわかる。
頭の中がこんがらがって、何も考えられない…

「ゆ…ぅ…しゃ、様ぁ」

ククリの息遣いが荒い。
ただ、信じられないような顔つきで俺を見つめている。

「…何しに来た?」

レイドが俺に尋ねる。

…何しにって。そりゃあ…―

…何も答えられない。

ククリがパジャマでベッドに寝ていて。
レイドがその上に覆いかぶさっていて。
依然レイドはククリの手を強く握っている。

「フッ、どういう状況か、見たらわかるだろう。
お前の出る幕はない。さっさと帰るんだな」

「や…ぁ、待ってぇ…勇者様ぁっ…」

ククリはそういいながらも、ベッドから起きようとしない。
俺は、ようやく目の前に起きていることを理解出来たようだ。

1週間前のククリの夢の中にいたのはレイドだった。
これまで俺は何も認めたくなくて、ずっと目をそむけてきた。

…だけど、これで何もかもがハッキリとしたんだ。

帰ろう。
俺はここにいるべきじゃない。

パニックになりそうな頭で、何とかドアを閉めて外に出ようとした。

「待っ…てぇ…、お願い…」

ククリの声、俺もう聞けなくなるのかな。
そう思ったら少し、足を止めてしまった。

…そうだ。

「ククリ…」

俺は背を向けたまま、まだベッドに寝ているであろうククリに話しかけた。

「レイドのことは…好きになってもいい。
だけど…ギリの手下にだけは…なるな」

ククリはみんなの光でなければいけない。
ククリがグルグルをギリの為に使うようなことがあったら、この世界はお仕舞いだ。

こんな状況だってのに、何故かこれだけはいわなくちゃって…思った。
ククリがそばにいなくても。
ククリがレイドを…好きだとしても。

俺にとって、ククリは天使であって欲しいんだ…―

「じゃあな、ククリ」

そこに勇者様がいた。
頭はうまく働かないけど、
体はほとんど動かないけど、
勇者様だけはハッキリ目にうつっている。

「ゆ…ぅ…しゃ、様ぁ」

搾り出すように声を出した。

勇者様、あのね、これは…違うの。
これはね、ククリが望んだんじゃないよ。
レイドがね、急に入ってきて…
そして、変な粉を振り掛けられたの。

だからククリ、体が動かないんだよ。
思うように喋ることもできない。
勇者様、わかって…

勇者様がククリのこと嫌いでも。
ククリは勇者様のことが好きだったの。
レイドじゃないよ。
勇者様が好きなの…

誤解だけはしないで、お願いだから…

なのに、思うように言葉が出ない。出せない。
こんな状況でお別れなんて、寂しすぎるよぉ…―

「ククリ…」

勇者様はククリに背を向けたまま…

「レイドのことは…好きになってもいい。
だけど…ギリの手下にだけは…なるな」

違う!そうじゃない…!

「…………っ!」

悔しくて…涙が出てくる。

これから先、もう喋れなくなってもいい。
ククリ、言葉をなくしてもいいよ。
だから今一言だけ喋らせて。

『勇者様が好き』って…―



「じゃあな、ククリ」

バリッ…
パリーンッ!

「レイド様!まだこんな所にいたでしかっ!!」

「げっ…チ、チクリ魔!…と、カヤ…」

レイドはとっさにククリの手を離した。
窓ガラスを破って入ってきたのはチクリ魔とカヤの姿。
突然の出来事に、ビックリする他ない。

「レイド様…一体どこへいったのかと探しておりました。
あまり勝手に行動されては困りますな…」
「いっ、いや、しかし…」

コワイ顔に威圧されてたじたじになるレイド。
ククリは、まだ…起きられない。
どうしよう、こんな状態でグルグル使えないのに…―
もし攻撃なんてされたら…!

「さぁ、レイド様帰るでし!こんな所で道草食ってる場合じゃないでしよ!」
チクリ魔は少し慌てた様子でレイドをせかす。

「レイド様、例の計画はお忘れですかな?今は一旦引き下がる必要があるかと。
…一体いつまでそこにおられるおつもりで」

「〜〜〜っ……ああ、確かに…」

レイドがようやく、ククリの近くから離れた。
レイドはしぶしぶ、といった感じで窓から外へ出て行く。

「グルグル使いと勇者、あいにく今回は私達も忙しいんだ。
お前達の相手をしている暇がないのでね。
せいぜいそれまでに、腕を上げておくことだな」
「〜〜くっそぉ、ピンクボム!…覚えておけよっ」

小雨の降る中、レイド達はさっさと帰っていった。
窓ガラスの破片が所々に落ちていて、痛々しい。

「…………」
「…………」

この状況は…一体、何なの?
ククリもわからない。
勇者様も…多分、よくわかってない。

急にチクリ魔とカヤがレイドを連れて行った。
…攻撃もなにも、せずに。
ククリは動けなかったのに。

例の計画って何なのかな…―

だけど、その前に…

急に部屋の中が静かになって、俺は呆然とした。
何だったんだ、今のは。
ただ、破られた窓ガラスの向こうに小雨が…


…いや、問題はそんなことじゃない。
とにかく、目の前に横たわっているククリ。
俺にとって、カヤやチクリ魔が出てきたことは問題ではなかった。
目の前にいるククリ…

「…………」

未だ状況を把握出来てないのかもしれない。
俺は一体、これからどう動いたらいいんだ。
ククリがレイドと一緒にいたから部屋を出ようと思ったんだ。
レイドが去っていった今、俺がここを出る理由は…無くなった。

だからといって、ここにいるのもどうなんだろう。
さっきはククリに会いたくて仕方なかった。

…だけど今は…


「勇者…様っ…」
「!…………」

声に反応してククリの方を向く。
ククリはとても苦しそうに俺を見つめていた。

…………

…そして、何かに違和感を感じていることに気づく。
涙を流しながら、俺を見て…
だけど…おかしい。

「…ク…ククリ。起きられない、のか…?」

ククリはずっと仰向けになったまま、俺の方を向いている。
明らかに起きられないように、見える。

「勇者、様ぁっ…ククリ…」

ようやく、体を起こそうとするククリ。
しかしうまくいかないようで、俺の方へ寝転がることがやっとのようだ。

「はぁっ…はぁ…勇者様ぁ…来て…」
「………で、でも」

こんなときに…こんなことを考えるのはいけないかもしれないが。
やたらと…色っぽい。
ククリがすごくいやらしくみえる。
いつものククリと…違う。

「お…ねがい…。勇者…様っ」
とても苦しそうにしている。

「ク、ククリ…―」

その時、はっとした。

「も、もしかして、毒か!?」
もし毒なら、すぐに治療しなくちゃいけない。
さっきから苦しそうにしてたのは、もしかしたら毒のせいで…―

俺、ククリが苦しい時になんてばかなこと考えてんだろ。
…くそっ、本当に情けない。

「待ってろククリ、今薬探して来るからなっ!」

宿屋だったら、どっかに救急箱くらい…

「違うのっ…待って!」

精一杯大きな声出したつもり。
これ以上大きな声なんて、出ないくらいの。
でもかすれて、勇者様に届いたのかもよくわからない。

段々頭のふらふらするのが強くなってきてる気がする。
さっきまではそんなことなかったのに。
もっと、もっと…熱いの…―

「毒、なんか…じゃ…」
「えっ…」

勇者様はククリの方を見て立ち止まった。

「あ…の、毒じゃ、ないのっ……」

―ううん、わかんない。
もしかしたら毒かもしれない。
ククリこのまま死んじゃうかもしれないけど。
でも…

「もう…どこも、行かない、で…勇者…様ぁ…」

ククリの気持ちがまだハッキリしていて、伝えられる間に。
勇者様に伝えたい。
ククリの…この気持ち。

「…ククリ、俺は…―。ククリは…その、さっきレイド、と…」

勇者様…どうしてそんな寂しそうな顔するの?
レイドとは、何にもしてない。
どうしたらわかってもらえる?
ククリは、ククリはね…

ククリはレイドと、キス…したんだろうか。
ククリはこの宿屋のものであろう、ボロボロのパジャマを着てる。
だから、変なことはしてない、はず。

…むしろ、今から、だったのかもしれないけど。

でも…

「ククリ、はね…」

「え…?」

ギクッとする。
ククリの口から出る言葉がレイドのことだとしたら…







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