最後
藍沢耕作×三井環奈


前回:お酒の勢い(藍沢耕作×白石恵)

あの夜から何日経っただろう。
メリージェーン洋子さんのお店でショーを見た後の、あの出来事…
2週間くらい経った…だけども藍沢はいつもの調子で
全く何も変化はない。むしろ、変化しないように頑張ってるのは白石だけだった。

お酒で酔った勢い?
それにしては…そんなにスゴイ飲んでた訳じゃないし…
疑問ばかり浮かんで戸惑う、を何度も繰り返した。
勿論、藍沢に問いただす事も考えたけどそんな度胸は無い…

「別に…1回ああいう事があったからって、どうこうしろって事じゃないし」

独り言が口から出る癖は、困る。
咳払いをして誰もいないワークステーションで一人小さくなる。
カルテを書いてたはずがペンはずっと止まっている
何かしろとか、そういう事じゃなく、自分の気持ちの問題なんだ、と行き止まる。
そう…感情の問題。1度だけ、体の関係があっただけ
でもその1度は、大きく自分の感情を動かしていることは確かだった…
最中に思わず呟いた「好き…かも…」はその場で生まれて今も奥のほうに
押し込めて飛び出さないようにずっと隠している感情――

「お疲れ」

声で誰なのか解る、思わずびくっとした。「おつかれ」と返事をする。
藍沢が背後のデスクの椅子に座る…びっくりした…そっと気づかれないようにため息をついた。
こういう二人になる時間はいくらでもあった、でも度胸が全くない…
すると藍沢が背中を向けたままでぼそりと言う

「今度…」

あれやこれやと考えていたせいか動揺が収まらないまま「え?」と聞き返す。

「今度、時間が合う時があれば…二人で会いたい」

…まん丸に目を開いたまま、驚いた表情で振り向いて藍沢の背中を見る。

「今度は酒飲まない所で。オカマも居ない所。」

そういい残すと席を立ち、再び病棟のほうへと歩いていってしまった。
残された白石はポカンとしたままで、ただ、自分のドキドキが酷い事に気づく
だけど…真意がわからない、やっぱり理由がほしい、真相が知りたい…
追いかけようと席を立って藍沢が消えた方向へ廊下を走る。
視線の先、薄暗い廊下の曲がり角に藍沢の背中が見える、声をかけようとした時に
「お疲れ」と女性の声が遠くでしたのに気づく――藍沢の横に三井が歩いてきた。
白石はあわてて壁に隠れ、忍者ごっこでもしてるのかという具合で様子を伺おうと
深夜の静まり返った廊下の音に耳を澄ます。

三井の前じゃ絶対に話せない内容を、藍沢と話したい。
内容をまとめ、なんと切り出そうか、なんと聞けばいいか、…何を聞けばいいのか。
白石は頭の中でまとめながら耳を澄ます。

「藍沢今日は当直じゃないんじゃ…」
「オペ見学に行ってたら遅くなったんで、ついでに急患が来るの待とうかと思いました」
「たまには早く帰って体を休めないと、持たないわよ。」

そんな会話が聞こえてくる。落ち着け、落ち着け、とまるで高校生の告白前の状態で
胸に手をあてて深呼吸をしていると耳に入った声でその深呼吸も止まる

「環奈さん」

――!?
今のは…藍沢先生の声…?環奈さんって…三井先生の事?
少し二人から距離があるが、思わず息を殺して会話に聴覚を全力で集中させる

「昨日、環奈さんの所に俺ん家の鍵を忘れてったと思うんですけど」
「そう…それを早く渡さなきゃって思ってたの。でもなかなか隙がなかったわね。」

――家の、鍵?三井先生の家に??っていうか環奈さんって…
そっと、曲がり角から顔を出して二人の様子を伺うと少し距離があるせいで
細かくは見えない…向き合った二人、三井の手から、話に出てきていた鍵らしい物が
藍沢の手に渡されたのはわかった。柔らかい笑みで三井が藍沢を見つめている。

「じゃあ明日…藍沢の家で。」
「…やっぱり…環奈さん…もう…」

笑みを絶やさない三井、固い表情の藍沢…何が起こっているのか把握できずに覗き見る。

「…とりあえず明日。それも含めて、ね?」
「――わかりました」

かなり小さい声での二人の会話。だけども聞いてしまった、見てしまった…
違う意味での心臓のドキドキが収まらない。壁に背中をつけたままその場にへなへなと座り込む。
…やっぱり、そういう、事だよね…自分に聞いて自分で答えらず、混乱したまま。
何か私が間違えてるのかも、と思いもう一度そっと覗き見てみると。見えてきたのは
三井が、藍沢の頬に挨拶のようなキスをする瞬間だった。
そして二人は別方向の廊下へと歩いて消えていく。白石はしばらく動けなかった。
…やっぱり、そういうコト、なんだ…。自分がさっきまで藍沢に問いただそうとしていた事よりも
衝撃が強くてなんだか色々と頭の中にまとめていたことが吹っ飛んでしまった。

「お疲れー。あれ?白石、顔色悪いよ?寄り道も買い食いもしないで帰ってちゃんと寝ろよ」

当直の森本に言われると私は小学生か、と苦笑いして会釈をする。
通用口から出て、まだ少し混乱気味の頭を自分で叩いてみた、すると背後から

「白石」と呼ぶ声――藍沢だ。振り向くと私服でこちらに歩いてくる。

彼も…帰りなんだ、それと同時に動揺しまくってしまい目を合わせられない…

「今から時間、あるか?」
「……一応、ある」

すると藍沢は何も言わずに白石の2歩前を歩き出す。
本当に彼だけは、全くわからない。今まで自分がいた環境には居なかったタイプだ。
だけども今は…確かめたい…

「あのっ、藍沢先生。…三井先生、なんだけど…」
「三井先生が何?」
「………カナさんって呼ぶの?…」

藍沢の足が止まる。白石も立ち止まる。
暫くの沈黙…白石が一番苦手な空気…

「いつから知ってた」
「―――さっき。偶然…偶然なの、廊下でたまたま…話し声が聞こえてきて…」

藍沢の目をおそるおそる見上げる…でもやっぱり反らしてしまう。

「…つきあって、るの?三井先生と…」
「―――ああ。」

短く小さい返事を聞くと、感情に体を動かされたようにいきなり白石は走り出した。
涙が出そうなのが悔しかったから。藍沢が追いかけてきた、もちろん追いつかれてしまう
腕を振り払おうとするが、男の力に勝てる訳もない。
泣く寸前でがんばって止めて、我慢しながら藍沢の顔を見る

「その事とか…この前の事とか、ちゃんと話そうと思って」

冷静なままの藍沢が淡々と言った。
それは…一時の酒の過ちで、ちゃんとした彼女がいるんですって説明?
白石は自分の中の感情が頭の中で爆発しそうな感覚になる。言葉が出ない
藍沢の腕をやっと振り払うと、まとめたはずの言葉が粉々に壊れて
まとまってない言葉が勝手に飛び出した

「酔った勢いでああいう事して、同じ職場の中で2人も肉体関係のある人がいるって
 不謹慎だよ。藍沢先生は…仕事と同じでもっと真面目かと思ったけど違ったね。
 忘れるから。もう…私もあの日は酔ってたってことにして忘れるから」

感情のままに出た言葉は、こんな時まで妙なプライドのせいで淡々と静かに語られた。
その言葉を聞いた藍沢は表情を変えずに黙り込んでしまった。
また…沈黙…もう、逃げ出したい…

「白石には、話しておきたい」

藍沢がやっと、口を開く。

「結論は話を聞いてからにしてほしい」
「…うん…。わかった…」

そう言うと再び二人は歩き出す。

終電もなくなった時間のファミレスは、案外客が多い。
少しざわついた中でお通夜のような静かな席…白石だけがお通夜のような顔をしている。
コーラを飲んで藍沢が話し始めた。

「三井先生とは…前の病院からの知り合いなんだ」

意外な話のスタート地点に白石は藍沢の顔をじっと見つめる。
せっかく、私に聞いてほしいって言ってくれたから、全部聞いて…できれば受け止めたい。
藍沢は俯き加減に、右手の指先を弄りながら淡々と、静かに話し始める―――

数年前…研修医の藍沢がいた病院は、地方都市の翔陽医大の系列病院で
地方病院の中でも救急医療には力を入れている病院でもあった。
ある日そこに産科から転科して救急にきた、救急の研修にきたのが三井だった。
同じ救命内に既に三井という名の医師が居たために、「環奈先生」とみんなが呼んでいた
態度が大きく生意気な研修医、しかしセンスはあるという評価だった藍沢は
寝食を惜しんで仕事に没頭していた。そしてぐんぐんと腕を上げて
1年先輩よりも早く正確な判断をして診断できるまでになった。
三井も産科でのオペ経験が豊富で、すぐに救急医療に馴染む。

ある日、自分の生活を省みずに仕事に没頭していた藍沢は倒れた。
過労というと大げさだったが、睡眠不足と軽い栄養障害…
周囲からは散々怒られたが、三井は黙ってある日、弁当を藍沢に作ってきたのだ。

「一人暮らしだと面倒だから食事取らなくてもいいやって思うでしょ。
 強制的に食事が出てくれば、食べるわよね?医者は自己管理も仕事のうちよ。」

当時既婚者だった三井は、自分と旦那の弁当を毎朝作るから1つ弁当が増えても
全く手間ではないから食べろと、二人の勤務が重なる日は毎日弁当を作ってきた。
弁当箱のやりとりから…ある日感情のやりとりに変わる。
藍沢は、三井に特別な感情を持つようになった。しかし三井は既婚者…
その想いを告げる事はなく、三井の研修期間は終わり、今の病院へと移動していった

「――じゃあ、今の病院を選んだのは、三井先生を追いかけて…?」

氷が解けて水と2層になってしまったオレンジジュースを混ぜながら白石が聞くと
藍沢は半分程呑んだコーラを見つめながら答える

「違う。単純にドクターヘリ目当てだ。三井先生がいると知ったのは今の病院に行くって決めて
 資料を見てて初めて知った。」

数年を経て再会した二人は、経験を数年積んだ若手救命医と、離婚暦有りの子持ち医師になっていた。
藍沢が今の病院に配属になった日、再会を祝い二人で食事に行くと三井のほうから切り出してきた
「泊まらない?」と…。忘れかけていた妙な感情を押さえ込んでいたが
積極的な三井から誘いが…それを無駄にしてしまった…
1度の間違い、1度だけの、とならずにその後時間さえ合えば睡眠を削って会いに行ったのは
藍沢のほうからだった。三井との甘い時間に私生活全部を注ぎ込んでしまう。

「――藍沢先生、が…?」

驚いた顔で白石は窓の外へと遠い視線の藍沢を見る。
意外すぎる。感情の一切を出さずストイックに仕事をする藍沢が、恋にのめり込むなんて…

しかし三井の藍沢への感情は同じ物ではない事を、しばらくして藍沢は気づいてしまう。
小さい子供がいる事を知って、つれてくればいい、3人で食事してもいいと申し出る藍沢に

「うちの子にも、藍沢にも…妙な感情や情を持ってほしくない」

そう言って三井は断ったのだ。二人は会う度に肌を重ね、快楽を貪った。
単純に藍沢は年上の女性の体に溺れてしまっていたのかもしれない…。
三井は年下の藍沢に、執拗に甘え、慰めを求めてきた。それが自分の持っている恋愛感情ではなく
「慰め」る存在をひたすら求め、現実を忘れただ安らぐ時間を藍沢に求めている事に、気づく。
自分は無駄な感情を抱いているだけなのか…感情とは私生活でも「無駄」なのか――
そして藍沢は、三井にある時切り出したのだ。

「もう、やめましょう…。俺は、環奈さんの辛い事を全部消す器量はないです…。
 それに…消すだけの役割は、他の誰でもできる。」

服を着ながら世間話でもするような口調で三井が答えた

「誰にでもはできないわ。研修医から知ってる藍沢だから…安心するの」

それはやはり、男として、恋愛としての「必要」ではないんだ、そう藍沢は解ってしまった。
それからは二人で会う時間も減り…藍沢の心境にも変化が生まれ始める

少し気の抜けた様子で白石が言うと、藍沢がため息をついて「そうだよな」と小さく答えた。

「三井先生は…多分、身近な存在の何かが欲しかったんだと思う…
 俺だったら昔から知ってて、職場も一緒で、余計な事を言わずに欲求に答える
 そんな…丁度いい存在なだけだったんだろうな」

そして今までずっと合わなかった視線を合わせ、白石の目を真っ直ぐに見て

「この前のは…酒の勢いでも、ヤケを起こした訳でもない」

どきん、と自分に話の矛先がいきなり来て白石は小さく飛び跳ねた。
わかりやすい態度に藍沢は柔らかい口調になり

「ちゃんと…終わらせるから。三井先生の事だ、後腐れも無いだろう。だから…」

藍沢の声が小さく消えた。白石は周囲の雑踏よりも自分の鼓動の音が大きくなっていくのが
痛いくらいに感じられてきゅっと両手を握り締める

「全部ちゃんと終わったら、――また二人で会いたい」

自惚れ者と思われたくない、簡単な女と思われたくない。そんなプライドから
会ってどうするの?何するの?なんで会いたいの?という質問が浮かぶが、それを飲み込んだ。
黙って…頷いた。だけどもどうしても飲み込めなかった言葉が口を突く

「なん…で。何で、私、なのかな…」
「白石は…傷の手当をしてくれたから。あの時から…」

そこで言葉は消えてしまう。傷の手当…思い当たるのはあの時しかない。
藍沢の祖母が暴れ点滴を倒した時に、藍沢が顔を切ってしまいその傷を消毒しただけ――
その時に交わした会話…彼の、せつなさ、悲しさ、やりきれなさ、初めて人間的な感情に触れた。

「嫌だったら、言ってもらっていいから」
「別に…嫌なんかじゃないよ…私も、また二人で…会いたいって思ったから…」

ファミレスを出るとお互いタクシーを拾って帰路につく。
車中で白石は、自然と顔が笑ってしまって困った、それと同時に、あの三井先生が、という驚き。
三井との関係にのめりこんだ藍沢、信じられない話を飲み込もうと目を閉じた。

数日経った深夜に、藍沢は電話をすると三井がタクシーで藍沢の部屋へやってきた。
部屋に入るなり三井は藍沢に抱きつく。しかし藍沢の手は、動かない――

「本当に…終わりにしたいのね」

藍沢の頬から耳元へゆっくりとキスをしながら三井が呟いた。そして一歩離れると
自身が着ている服のボタンを外しだす…藍沢はその様子を見て「環奈さん…」と止めようとするが
三井はそれが聞こえていないように服を脱いでいく。足元に…着ていた服と下着がストンと落ちていく
見慣れて、触れ慣れて…藍沢の目が、手が、よく知っている白い体が晒される。
そして藍沢の着ているTシャツの裾に三井が手をかけながら呟く

「最後、だから…。最後にしてあげる…。」

その言葉を聞くと、藍沢は止めようとした手を下げた。
Tシャツを脱がされてベッドに座ると環奈に肩を押されて倒れこむ。環奈の髪が首筋をくすぐる。

「藍沢の感情を…私が奪ってしまったのかもしれないわね…」

環奈がそっと唇を重ねると、藍沢は環奈の体を抱きしめた。
そこから一気に加速するように激しく互いの舌を求めあいながら、環奈は藍沢の下着に手をかける。
足を使いそれを手伝いながら環奈の胸を掌で包み、確かめるように揉むと体制を変えて
藍沢が上になる。環奈の表情を見つめるとそっと、環奈の掌が藍沢の頬を包む。

「好きだった…。でもいつのまにか、私の都合のいいように…藍沢を使ってたのね…」

藍沢はゆっくりと唇を重ね、環奈の足を開かせていくと指先を胸から腹部へと辿るように滑らせて
僅かに湿るそこへとたどり着かせる。綿に触れるように軽く刺激しはじめると
環奈の息遣いが不規則になり、体が反応を見せた。唇が離れると両腕を藍沢の首にまわし環奈が
再び首筋にしゃぶりつくように舌と唇を使って、顎先へと舐めあげる。
身震いした藍沢に気づくと体勢を変えるように手で促し、ゆっくりと寝返りをうつように回り
環奈が藍沢の体に跨る。そして、再び貪るように、食べるように唇にかぶりついた。
腰を動かし、硬いそこを太腿で感じると、ヌルッとする程に濡れたそこを腰を動かし擦りつける。
太腿に藍沢の手が添えられる…目を閉じている藍沢を見下ろしながら環奈がそっと言う

「最後だから…見て…繋がる所…」

環奈がM字に足をして腰を浮かせると、藍沢のそれを手でしごきながらすっかり潤ったそこに宛てる。
そして見せつけながら…ゆっくり腰を落として、上下に動かし始めた。
生温く卑猥な音をさせながら繋がる場所を、表情を歪めながら藍沢は見つめている
少しずつ環奈の短く甘い声が聞こえ始めると動く度に水音が大きくなっていく。
腰を動かしながら、環奈は舌全体を使って藍沢の腹部から舐めまわす…胸元へと丁寧に舐めていく。
ザラザラとした独特の感触が、下品で煽られていく――
環奈の中が熱く、ヒクつくような締め付けに変わっていき、動いていない藍沢の呼吸も乱れ始めた。
腰を動かしながら犬のように首筋から唇へと、舌で愛撫する環奈、昇り詰めるペースを押さえようと
歯を軽く食いしばる藍沢…。体を起こし、角度を変えてより深く…自分の中に刺さるような感じを求め
環奈が動き始めると藍沢がはぁっと大きく息をした。

「駄目、です…もうちょっとでいきそ…」
「いいのよ…私でいって…?」

藍沢の反応を楽しみながら腰の動きを早めると、息遣いも激しさを増す。
そろそろヤバイのか、藍沢の両手が環奈の腰に添えられ、力が入る、指が食い込む。
それを振り切るように、頭の先まで貫かれる快楽を貪って深く、強く、腰を落とす――

「ゴム、してないです…」
「いいから…。このまま、イッて…?見ててあげるから…」

その言葉に本能が先に従ってしまう。何かキッカケでもあったかのようにびくっと体をさせると
藍沢が再び歯を食いしばるような顔になる。そして、「イク…」と言い掛けて全身が固まる。
環奈はその表情、息遣い、一部始終を見つめている――そして自分の中で弾けるような感覚…
びくびくっと中で脈打つ感覚を合図に腰を擦りつける。
昇りきった後に息切れをはじめる藍沢を見ると満足そうにゆっくりと腰を上げて抜く…
そしてそのまま…自分の中で弾けたばかりの、愛液と精液がべっとりついたそれを、手を使わずに
いきなり口に含んだ。驚いたように思わず腰が引けた藍沢は、その様子を眺める。
丁寧に舐められ、口の中で吸われたりしている――暫くは達した直後の余韻もあり
くすぐったいような妙な感じだったが、数分そうされていると新しい快楽への準備になっていた。
頭を何度か上下に動かし先のほうまで丁寧に舐めあげて、再び深く根元まで口に含むと
先ほど体を嘗め回していたザラザラとした生暖かいものが纏わりついて刺激する…
それはそのうちピンポイントになり、藍沢がする反応を見極めて環奈はよく知る藍沢のツボを
舌先で刺激しながら時折、強く吸ったり…数分前に弾けたばかりの筈が、すでにまた…

「環奈さん…っ」

名を呟いた後で、彼女の求める思惑通り。環奈の口の中で、今度は弾けた――
口内の温度よりも少し高い液体が注がれると、独特の味に少し顔を顰めながら
喉を小さく鳴らして、環奈は飲み込んでいった。そして…そっと口を離す。
口元を腕で拭うとただ息切れしている藍沢に覆いかぶさり、抱きしめる…
髪をぐしゃぐしゃと軽く撫でながら、彼にそっと呟いた。

「…ありがとう…。『環奈さん』って呼ばれるの、さっきで最後ね…」

白石は一晩寝て起きて、全部夢だったんじゃないかと疑うようになる。
そんなはずはないのだけど…そう思わないと、なんだか混乱しすぎてしまうのだ。
当直だった看護師から、担当患者のカルテを受け取りチェックをしていると

「お早う」

三井が髪を結いながら入ってきた。
少し…動揺したけど、もう勤務時間だから忘れよう、と必死で飲み込む

「おはようございます」
「緋山は?」
「さっき、ICUに行きました」
「そう。」

三井がICUへと歩いていくと小さくため息をついた。
やっぱり夢だった、それでもって、藍沢先生とああなったのも夢で
昨日のファミレスで話したのもなにか夢とか勘違いとか…
現実逃避方法を自動的に頭が編み出すようになって、ぼんやりしていると

「お疲れ」

藍沢がやってきた。びくっと小さく跳ねた心臓を押さえるようにしながら

「おはよ…」

返事をしてチラリと藍沢を見るが…やっぱり、いつもの、淡々飄々のカンジ。
だけど…耳にしっかり残って焼きついてしまっている『会いたい』の声――

「白石」

ふいに藍沢に呼ばれ「はいっ」少し高い声になってしまった返事をする。

「挫骨骨折の原田さんと腹膜炎の伊藤さん、検査出ししたのか」
「うん…もうすぐ検査室から迎えがくると思う」

…勤務中、勤務中、そう自分に言い聞かせているとさっきより少し小さい声で藍沢が言う

「いつでも声、かけてくれ。待ってるから。」

それは仕事に関する内容…では、ないとわかると「うん」と頷いてから
自然と顔が笑い出すのを必死で堪えた。

「夢かと思ってた」

口元が笑ってしまっている白石を横目で見ると「リアルすぎるだろ」と答える藍沢。

「夢かどうかわからなくなったらこれ見ろ。目、覚めるから」

そういってメモを2枚、白石に渡すと藍沢の院内PHSが鳴る。「はい」と応答し電話をしつつ
おそらく呼ばれたのだろう、病室のほうへと早足で藍沢が歩いていった。
渡されたメモは、担当してる患者に藍沢が処方した投薬記録と…携帯電話の番号。
一気に目が覚めた―――白石は満面の笑みになって番号のメモを大事そうに畳んだ






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