Broadcast to the World
シチュエーション


「あ、あ、おkかな?聴こえる?」
『わこつですーw』
「あ、はーい。わこつありです。ちょい待ってね、今コメビュ起動するから。……あ、さやさんか。いつもありがとうございますー」
『どもw』
「今日は人どんくらい集まるかなー?平日だしあんま期待できないか?」
『そうかも知れないですね〜』
「まあ雑談してるだけだし有名でもないからそもそも人集まんないけど」
『www』
「でも、さやさんいつも来てくれるよね」
『アラート入れてますしお寿司』

多分、端から見たらおかしな光景だろう。
ヘッドセットから聞こえる音声は、マイクが拾った自分の声だけ。なのにPCの画面を見ながら俺は会話をするかのように話し続ける。
いや、一応ちゃんと会話はしているのだけど。

「う〜ん。なにやろうか。このままじゃ聴いてるさやさんも退屈でしょ」
『大丈夫w』
「そう?でもなぁ……」

俺が答えるのはディスプレイに表示された文字に対して。専用ソフトは流れるコメントが単一の人物である事を示している。

――ヌコヌコ動画。

元々は動画共有サイトだが、サイトの人気が高まるにつれサービスを拡大。現在ではユーザーによるリアルくるコメントにレスを返すだけ。
はっきり言ってつまらない。やってる俺自身、客観的に見て二分以上の視聴に耐えられる内容ではない。
辞めた方が良いレベルだ。
なのに俺がダラダラとこんな放送を続けるのは――。

『なんもしないなら歌ってw』
「えー?聴かせられるレベルじゃないって。別にさやさんも聴きたくないでしょ」
『え、聴きたいw』
「えー……」

何故か俺の放送に頻繁に現れる、唯一の固定リスナーである、さやさんが居るからだ。

『せっかく良い声なんだから歌練習しなよw』
「良い声ねー?」

俺は疑問に首を傾げる。初めからさやさんは俺にそう言ってくる。
曰わく、甘いけど軽くなくて落ち着く声音だと。
はっきり言って自分自身では分からない。
未だにヘッドセットから聴こえる自分の声は違和感だらけで慣れないし、話し方もいくらか聴きやすくを心掛けてはいるがカッコつけたりはしていない。
確かに生配信をしている人間の中にはイケメンボイス、略してイケボと銘打って配信している者もいるが、俺にはそんな大それた自負なんかない。

「第一、なに歌えば良いのさ?」
『“二足走行”とか?w』

「いや、ボカロ聴かないし。知ってるでしょ」
『聴きなよw』
「うん、まあ気が向いたら」
『あ、思い付いたw』
「うん?」
『凸待ち枠やったら?』
「え?誰もこないでしょ?」
『じゃあアタシが凸する?w』

――胸が、大きく鳴った。
凸待ちとはスカイプのアカウントを晒し、スカイプ通話を掛けてもらい、その会話の内容を放送する事だ。
今までやってきた放送でこんな話が出たのは初めての事だった。

「え?さやさんが?」
『いwやwなwのwかw』
「そういうわけじゃ……」

嫌な訳はない。わざわざ俺なんかの放送に頻繁に来てくれる、言わばお得意さんだ。
リスナーとしてでなく、一個人として彼女個人に興味がないかと言えば嘘になる。
スカイプのアカウントは一応持っているから凸待ちは出来る。放送に反映するやり方も知っている。後はアカウントを晒すだけ。

「じゃ、じゃあする?」

彼女に対する興味がその言葉を言わせた。
面と向かってどころかスカイプ越しですら女の子とはまともに話した事はない。
大学でも、僅かな友人以外とは会話をしない。
今までは文字に対するレスだったが、スカイプなら顔は見えないが生の会話だ。
極度の緊張を覚えながらも、指はアカウントをコメントフォームに打ち込んでいた。
後はコメントボタンをクリックすればアカウントが晒される。どうせ過疎放送だしコメントをしているのもさやさんだけだ。
恐らく変な凸をしてくる人間はいない。
カチリ、とマウスが鳴った。
投稿者コメント欄に俺のアカウントが表示される。
暫くの沈黙が息苦しい。
俺の沈黙と、コメントの沈黙。だが――。

ピコン。

『コンタクト要求がきています』

来た。アカウント名『saya』。間違いないさやさんだ。
コンタクト追加を承諾する。そこから間が五秒程。スカイプが通話着信を告げる。

『やほー』

若い女性の声がヘッドセットから聞こえた。

「あ、はい。ど、どうも」

どもりがちに答えると向こうから苦笑混じりの返答があった。

『あはは、いざとなると緊張するね〜』

言う割には落ち着いた声音でさやさんが喋る。

「そう、ですね。めちゃくちゃ緊張……してます」
『硬い硬い』

苦笑混じりの声でさやさんが言う。

「いや、だって……ねぇ!?」

緊張が度を超して、大きな声が出てしまった。

「だって知ってるでしょ?女の子に免疫ないし、実際話すの初めてだし、どうしたらいいか分かんねえし!」
『そうだね、色々知ってるかもw』
「だから……っ」

――ディウン。

そんな感じの音が耳に聴こえた。

「え……あ……?」

通話――終了?

多分、時が凍りつくっていうのはこんな感じだ。
動揺と、疑問符と、後悔なんだか怒りなんだか。

(え……俺、なんかした?)

僅かな声すら出せず、指一本すら動かせず、脳内でさっきの会話を反芻して何がいけなかったのか考える。
そんな事をしても理由なんか分からず、俺は混乱を深めるばかりだった。

† † †

どれくらいそうしていたのか。
気が付いたら三十分の枠は終了していた。

「十五分近くも無言だったのか、俺」

意外な程ショックなものだ。

「なんだろう。さやさんて荒らしだったのか?」

いや、だとしたら随分な手の込み様だ。
スカイプに表示されたさやさんのアカウントはオフライン。
ログイン状態の隠匿を行っている可能性もあるが、どちらにせよ自分からアクションを起こす気にはなれなかった。

しかし――。

「……オンラインになった?って、え、うわ、着信?」

sayaの表記がオンラインになるとほぼ同時、スカイプに着信。相手は勿論そなアカウントからだった。

「は、はあ?」

取り敢えず通話に応じる事にしてみる。

「ごっめん!親フラで切っちゃった!」「え?」
「しかもお母さんがパソコン使いたいって言うからスカイプも落としちゃって……マジゴメン!」
「あ……そう、だったんだ」

俺は、悪意から通話を一方的に切られた訳ではないと分かって無性に安心していた。

「まあそれならしょうがないよね……」
「あの後放送は?」
「あ〜……びっくりしちゃって、なんか黙り込んじゃった」
「うわ、ごめん……」
「いや、いいっていいって。人も来ないし」

自嘲を込めて笑いながら答えると、ヘッドホンから息を吐く音が聞こえた。

「優しいよね」
「いや、そんなことは――」
「そういう所、好きだよ」

その一瞬、心臓が跳ねた。

文字なんかではなく、生の感情が乗った声で好意を示される。それも、見えていない筈の表情――無邪気な笑みさえ見えそうな声で。
はっきり言って、耐性のない俺には色々と響くものがありすぎる。

「ねえ、今日はまだ放送ってやる?」
「あ、いや。今日はもうやらない……かな?」
「じゃあさ、このままお話していい?」

再び胸が高鳴る。
どうしよう。気付いてしまった。

――さやさんめっちゃ声可愛い。

透き通るようで、甘えたような声。アニメ声とも少し違うけど、愛らしさに満ちた声。
そして、それが自分個人への語りかけとなった時の破壊力たるや。

「だめ?」
「だめじゃ、ないですっ」

あぁ、ヤバい。これはヤバい。萌える。めちゃくちゃ萌える。
そんな気がなくても、まるで恋人に語りかけるような声音は――いや、恋人とかいたこと無いから実際は分からないけど。
好きに――なりそうじゃないか、俺?

「年って言ったっけ、私?」
「そう言えば知らないかも」
「19歳。覚えといて」
「二つ下か……」
「あ、そうなるのか……ふむ、二つ違いか、どうなんだろ?」
「え?」
「あぁいや、なんでもない」
「うん。あ、さやさんってさ」
「ちょっと待って。敬語……っていうか、さん付け、やめない?」
「そう?いいの?」
「当たり前でしょ。そっちが年上なのにこっちだけタメ口もおかしいじゃん?」
「ああ、うん」

昔から同級生の女子にすら敬語だったからな……なんというか違和感というか。
非リアが染み着いてるな、俺。

「ねえ?」
「なに?」
「ボカロ聴かないって言ってたけど、普段なに聴くの?」
「あ〜、大体ロックかな?洋楽でさ、ゼブラヘッドってバンドがあってさ、これは妹に布教するくらい好き」
「へ〜、綴りは?」
「あ、じゃあスカチャで送るよ」
「ありがと」

スカイプのテキストボックスにzebra headと打ち込んで送信する。

「あ、来た来た……オススメはなんて曲?」
「なんだろ……あ、ゲームとかやる?」

「じゃあソニックシリーズ分かるかな。ソニックの主題歌あるからそれとか」
「曲名は?」
「『His world』って曲」
「へ〜ソニック。ん〜と……あったこれかな?」
「……なにしてんの?」
「つべ」
「なるほど」

あまり誉められたらやり方ではないけどまぁ聴いて貰えるのは嬉しいから黙っておこう。

「ふんふん……なるほどかっこいいじゃん」
「だろ?」
「意外。結構センスあるね」
「や、まぁ基本はオタクだけどさ」

なんとなく自分如きがセンスあるとか言われると気が引けてしまい、思わず謙遜してしまう。

「そういえば今期アニメなに見てる?」
「え?アニメ?」

いきなり話題が変わり面食らう。

「そう、あたしは日常とか見てるんだけど――」

――その日、結局話題はコロコロと移り変わり。自分から話題を出すことなく尽きぬ言葉が交わされていった。
二人が眠りについたのは最終的に明け方の事だった。






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