Burn the school down
シチュエーション


「いよ〜、オタ生きてる〜?」

ノックも無しに開かれたドアから気軽な様子でかけられた声に、俺は漫画に向けていた意識を散らされた。

「ノックはしろっていつも言ってるよな?オナニー中だったらどうすんだよ」
「だって、大体この時間に来るの分かってるでじゃん。それでオナニーしてるような奴はむしろ見られたい変態でしょ」
「……マナーの話してんだよ」
「あっそ。まあ出来たら気をつける」
「う〜わ、全く誠意のない返事」
「で、学校いつ来んの?」
「行けたら行くわ」
「う〜わ、全く誠意のない返事」
「お互い様」

――俺が学校に行かなくなり、日々の八割を家で過ごすようになって半年。

ほぼ引き篭もりになった俺が家族以外で唯一会話する相手――名を浅間優と言う――は、学校に通っていた頃から付き合いがあるが、未だにその考える所を読み切れない事が多い。
俺の家にくる度に学校に来るか?とは聞いてくるものの、来いとは言われた事がない。
俺の家に来てする事と言えば漫画を読むくらい。積極的に会話をするでもない。
一度、なぜ来るのか尋ねた事があるが、その時は――。

「暇だから」

の一言だった。

「暇だったら付き合ってもない男の家に通うのかよ」

という俺の言葉にも、まあね。と呟きを返しただけだった。

――そうなのだ。俺達は別に付き合ってはいない。通っている学校のクラスメイト以上の関係ではない。
それも一緒に遊ぶような友人ではなかった。僕にとっては学校で唯一話す相手だったがあちらにとってはそうではない。
そもそも話すきっかけにしたってたまたま以外の何物でも無かった。

† † †

「あ、それ」
「……」
「それブリーチだよね」
「……」
「ねえ」
「……」
「おいっ!」
「あいだっ!?って、え?俺?」
「そうだよ」
「……びっくりした」

まさか俺に話しかけられるとは思わず、思いっきりシカトしてしまった。

「悪い。俺とは思わなくて」
「あぁ、あんた誰とも話さないもんね」
「んで、なんの用だよ浅間」
「お、意外」
「なにが?」
「いや、あんたみたいなのはクラスメイトの名前も覚えてないもんだと思って」
「いや、たまたま。半分以上覚えてねえよ。お前は目立つから」
「ふ〜ん」

実際問題として、浅間優は目立つ。それはクラスの中心グループにいる事、そして見た目が良い事が理由だ。

茶髪に染めた首に掛かる程度の髪、適度に着崩した制服、若干のギャルっぽさはあるものの余り下品さはなく、男女共に人気は高い。
だからこそ、クラスで影のようにひっそり生きている俺に話かけるのが意外だった。

「それ、ブリーチだよね」
「あぁ」
「最新刊?」
「そうだけど?」
「もしかしてさ、全巻持ってる?」
「持ってる」
「読みたい。お兄ちゃんがさ、集めてたから借りて読んでたんだけど今年から大学行って一人暮らし始めたから新しいの読んでなかったんだ」
「まあ貸すけど。何巻から?」
「せっかくだから最初から貸してよ」
「わかった何冊?」
「とりあえず三冊」
「あいよ。明日持ってくる」
「さ〜んきぅ〜」

――ということがあり、それからは放課後になる度、漫画を貸しては返してもらうというのが日課になった。
もっとも、それから二週間もしない内に俺は学校に行かなくなったのだが。
不登校になってから三週間程、俺は家族とだけ顔を合わせて生活していたが、ある日、そこに異分子が現れた。

「なにやってんの?」

久し振りに外出した(といっても本屋とコンビニに行っただけだ)帰り、部屋のベッドにまるでそうあるのが当然であるように浅間が腰掛けていた。

「なにやってんの?」
「質問に質問で返すなって言うよね」
「なんでいんの?」
「せめて質問の答えを聞いてからにしなよ」

呆れたように言って、浅間は床に置いていた紙袋を手にとって俺に向けた。

「家、先生に住所聞いてさ。ほら、借りてた本」
「……別に良かったのに」
「半端なとこだけあっても嬉しくない」
「ごもっとも」

仕方なく紙袋を受け取って中身を確認する。最新刊間近までのブリーチが入っていた。

「……続きどうする?」
「待ってる間に読んじゃった」
「そう」
「しかし……いっぱい漫画持ってるんだね」
「オタクだからね」
「やっぱりね名は体を表す」
「なにそれ」
「あんた太田じゃん。太田くん、おたくん、オタク。ほら?」

軽く口端を上げて笑むと浅間は立ち上がった。

「アホか。つかどうよ?キモいだろ?」
「オタクって事が?別に。アタシのお兄ちゃんもオタクだし。アタシも昔からお兄ちゃんの漫画とか結構読んでるしね。半分くらいは漫画オタクってやつ?」
「なんに対しての半分だよ」
「――さぁ?」

悪戯に笑って浅間が立ち上がる。

「んじゃ帰るね」
「おう」
「……学校来ないの?」
「まあ」


「あっそ。じゃね」

――というのが浅間が俺の家に初めて来た日の事。
その後日談――というか翌日談。

「オター。来ちゃった」
「何故」

 † † †

以来、浅間は俺に“オタ”という捻りもない渾名を付けた上に約一週間に一度程のペースで(とはいえ偶に連続で来るときもある)足繁く通い、漫画を読み耽るようになった。
そんな事を半年も続けるものだから俺の家族とも打ち解け、時には食卓に箸を並べるようにもなった。もっとも、俺自身は部屋で食べるので一緒に食べた事はないが。
仕舞には親が浅間を俺の彼女だと思い込んでいるから困りものである。
だからと言って浅間の来訪を拒むことはしないのだから、責任の一端は間違いなく俺にもある。故に弁解もしない。
俺自身、浅間が来てくれる事をありがたく思っているのも拒まない理由の一つではあるのだが。

「回想終わり」
「……」

突拍子のない発言だったのだからツッコミくらいして欲しいものだ。
まあ、こいつ読んでる漫画が面白いと没頭するからな。
しばらく待って読み終わったら感想でも聞いてみるか。
幸いにも割と巻末に近いページを読んでいるからさほど待たずとも読み終わるだろう。
ついでに読み姿でも観察してやろうか。

「……」
「……」

しかしこいつ、茶髪なのに髪傷んでる様子ないな。いつも艶々だし、そういえばプリンになってる所も見たことない気がする。
まさか地毛じゃあるまいな。名前もそうだが、顔立ち自体も日本人のそれだからハーフって事はないと思うけど。

「ん?」

なんて事を考えていたら、読み終わったらしい浅間と思いっきり目が合った。

「な、なに?そんな見られたらなんか恥ずかしいんだけど」

珍しく照れた様子で浅間が聞いてくる。いくらか顔も紅潮しているし珍しい表情だ。

「いや、綺麗だなと思って」
「は、はぁ?」

浅間がますます照れたような表情をする。これは少し面白い。

「染めてるんだよな?」
「そうだけど」
「なのに傷んでないんだな」
「あぁ、そりゃあまぁ女の子だからね。ちゃんと手入れは頑張ってるわけよ」

今度はいくらか得意気な顔で答える。

「プリンにもならないし」
「割とこまめに染め直してるし、地毛も色素薄いから分かりにくいのかも」
「なるほどね」
「ね、ね、珍しいじゃん、オタがあたしに対して興味持つなんて」

自分に興味を持たれて嬉しかったのかどうか。何故か笑顔を浮かべて浅間が身を乗り出す。

「そうか?つかいい加減オタは止めろ俺がオタクなのは事実だが、俺には太田浩人という名がある」
「じゃあヒロト?」
「なうだ、ゆう?」
「……恥ずいね」
「……恥ずいな」

呼び捨てチェンジ頓挫。

「あ、これあんがと。面白いね」
「そういや何読んでたん?……『ほしのさみだれ』か」
「全部で何巻?」
「十巻だな。最後はかなり良いぞ俺は大好きだ」
「へえ。あんたの漫画のセンス、私にも合うみたいだから期待しとく」

言って、浅間がパラパラとページを捲る。

「なんかこれの主人公に似てる気がする」「ん?」

「や、ヒロトがさ」
「あ、名前呼び続けるんだ」
「呼ばれるのは恥ずかしいんだけど呼ぶのはいい」
「あっそ。そんなもんかね。てか似てるか?」
「うん、なんていうの?冷めてるとことか」
「あぁ、言われりゃそうかも。でも別に珍しくもないだろ」
「あとメガネ?」
「ますます珍しくねえな。いや、つうかさみだれは主人公をあえて普通っぽく書いてるからな」
「へぇ〜。じゃあヒロトって普通なんだ?」
「さてね、少なくとも“特別”だと思う程自惚れちゃいない」

特別を強調して言うと、浅間は少しだけ困った顔をして、そっか、と呟いた。

「ん〜……今日はもう帰るね。これ、続き借りてって良い?」
「良いぞ。せっかくだから全巻もってけ。多分その方が良い」
「そうなんだ。じゃあそうする」

手早く紙袋(浅間用貸し出し袋)に単行本を十冊詰め込んでやり渡す。

「あんがとね。読み終わったら返しに来る」
「おう」
「それじゃ」

小さく手を振って浅間が部屋から出て行く。

階段を降りる足音。居間の母親と二、三事交わす声。限界の開く音、閉じる音。
それらが遠ざかり、たっぷり五分が経った辺りで俺は部屋の窓を開けた。

「なに、考えてんだか」

言いながら引き出しに閉まっていた箱とライターを取り出す。

「俺なんか、構う程良い奴じゃねえのにな」

呟きながら俺は箱から紙巻きの棒――つまる所、煙草を取り出したくわえ、火をつける。
たっぷりと肺に煙を行き渡らせ、それから吐き出す。

「まっじぃ」

この程度、特別の内に入らない。至って“普通”の範疇だ。
浅間の前では絶対に出来ない事をしながら、また来るであろう浅間を思う。

「分からん奴だ」

――俺が学校に行かなくなった原因のあいつは一体どうしたいんだか。

俺には全く分からない――。

次に浅間が家に訪れたのは(俺にとっては)予想通り、次の日のことだった。
ベッドで寝ころび漫画を読んでいた俺に、部屋の扉を開けるなり浅間は言った。

「超泣いた」
「俺も」
「なにあれ。みんな大好きなんだけど」
「良かったな」

思い出したのか、少しだけ目を潤ませながら単行本の入った浅間袋(紙製)を渡してくる。
クッションに腰を降ろすと、浅間にしては珍しい神妙な表情で呟いた。

「……大人になるって凄いね。いや、凄くはないのかな。でも漫画読んで初めて未来に希望を持った気がする」
「……そうだな」

俺としては将来の可能性をすり減らしながら引き篭もっている身分なので、返事は曖昧な肯定に留めておいた。

「後ね、切なくなった」
「あぁ、それはあるかも」
「恋愛ってなんだろうって考えちゃう」
「人に恋し人を愛する事だろ」
「だからその恋するとか愛するってのが分かんないんだって」
「そんなもんだろ」
「え〜……?」
「そういうのって千差万別だと思うぜ?恋の形も、愛の形も。人の数だけ恋も愛もある。お前はお前の恋愛をしろよ」

俺がそう言うと、浅間はしばし呆けた顔をして、それから笑みを浮かべた。

「オタってさ、結構ロマンチスト?」
「は?」
「結構恥ずかしいことさらっと言うよね」

浅間の言葉にどう返したものか考えてしまう。ていうか、そうか、クサい事言ってたか俺。

「そういうの、嫌いじゃないよ?」
「……あ、そ」

こいつに好意を示されると、どうにも困ってしまう。どうすれば良いのか分からない。
或いは、俺が困るのを承知でやっているのかも知れない。

「次は何読もうかな。何かオススメない?恋愛モノで」
「……ロマン繋がりで純情ロマンチカあたりと言いたい所だが持ってないしな」
「何ソレ?」
「……お前が知らない事に何故か安心したよ」
「なんで?」
「知らなくて良い」

しかしさて、恋愛モノ……恋愛モノか。
如何にも男性受けばかり良い作品じゃ微妙だな。女性受けを狙える辺りだと……。

「これ……かな」

本棚から数冊の単行本を取り出して浅間の前に差し出す。

「……妖弧×僕SS?……少女漫画?」
「絵柄的にも内容的にも少女漫画っぽさはあるが一応少年誌で連載してる作品だ。ちなみに読み方は『いぬぼくシークレットサービス』な」
「へえ、じゃあ一応借りてみる」
「おう」

いつも通り浅間袋に詰めて渡してやる。

「あんがと。……ふぁ。う〜ん「あんがと。……ふぁ。う〜ん、寝不足」
「まとめ読みしたから?」
「うん。しかも最初は一冊だけと思ってたから読み始めるの遅くてさ。おかげで一日中眠くて」

言いながら伸びをする。大きな欠伸をたっぷりと吐き出してから浅間が言った。

「詰めて。アタシもベッドで横になる」
「おい」
「よいせっ」

俺が制止する間もなく浅間がベッドに這い上がってくる。決して広くはないベッドの上で浅間の体が触れてくる。

「やめっ、せまいっ!」
「アタシは降りないよ」
「じゃあ俺が降りる」
「別に良いじゃん。言うほど狭いかな?」
「落ち着かねえんだよ」

浅間の上を乗り越えようと身を乗り出した途端、首元を捉えられる。
まるで押し倒すような体勢にさせられた俺の眼前で浅間が笑みを浮かべた。

「……離せ」
「やだ」
「ふんっ」

思い切り背を反らして浅間の腕から逃れる。

「いやん」
「いやんじゃねえよ。冗談でもそういう事すんな」
「純情だね」
「悪かったな童貞で」
「や、童貞とは言ってない」
「ぐぬぬ」

浅間の上を越えてベッド脇に腰を降ろす。

「……止めろよな」
「……ごめん」

なんとなく気まずくなって沈黙してしまう。

「……」
「…………」
「………………」
「…………すぅ……」
「寝た!?」

思わず振り返る。

「……本当に寝てやがる」

仰向けで瞼を閉じ、口を半開きにして胸元を一定のタイミングで上下させている。
完全に無防備な姿を晒しているのはそれだけ俺を信頼しているからか、男と見られていないのか。

「……んむぅ」

本当に、こいつが何を考えてるか分からん。

「はぁ……」

今のうちに煙草でも吸うかと思い、喫煙セットを持って部屋から出る。吸ってる間に目を覚まさないとも限らないから台所で吸うためだ。

一階に降り、台所に入ろうとすると、居間でテレビを見ていたらしい母親から声を掛けられた。

「お菓子でも取りに来た……わけじゃないみたいね」

俺の持った煙草を見て母親は溜め息を吐いた。

「あんた、優ちゃんが居るときは煙草吸ってないんじゃなかったの?」
「あいつ今寝てるから」
「あら」

意外そうな表情を浮かべ、母親が下品な笑みを浮かべる。

「疲れて寝ちゃった?気付かなかったわ。すること――」
「してねえよ。貸した本読んでたら寝不足になったんだとよ」
「あらあら。それでわざわざ部屋から逃げてきたの?我が子ながら肝が小さいこと」
「うるせ」

女子が眠っている状況が気まずかったのは確かなので否定は出来ない。

「そう言えば優ちゃんご飯どうするか言ってた?」
「いや、知らんけど。起こして聞くか?」
「まあ、あんまり遅くなっちゃわなければ良いんだけど。あぁでもご飯食べるならもう今の内に聞いちゃわないと駄目ね」
「あ?なんで?もう飯出来てんの?」
「ばかね。今から作らなきゃ遅くなるからでしょ」
「いや、なら良いだろまだ。いても余るくらい作るんだから一人増えたり減ったりは気にしなくて構わんだろ」
「……もしかしてあんた知らないの?」
「なにを」
「優ちゃんがご飯たべてく時は優ちゃんがご飯作ってるのよ?」
「……いや、意味分からん」
「健気よね〜。私にお味噌汁の作り方聞いてくるのよ?お嫁さんにしなきゃバチ当たるわよ」

――いや。
いやいやいや。

何その嫁入り前の彼女みたいな。
何をしとるんだアイツは。

「あのさ。もしかしなくても、俺の分も?」
「当たり前じゃない。せっかく作って貰ってるのに一緒に食べもしないで」
「……マジか」

あれかなぁ。結婚の流れを外堀埋められて避わせない男みたいなシチュエーションじゃね?
いや、付き合ってねえけどな。母親はその事を知らんけど。

「いい加減、優ちゃんの為に何かしないと本当にバチあたるわよ?とりあえず学校行ったり、学校行ったり、後は学校行ったり。愛想尽かされるわよ」
「へ〜いへい」

適当に流しながらキッチンに入り、換気扇を回した上で煙草に火を着ける。
煙が頭上に吸い込まれるのを眺めながら考える。

――あいつが愛想を尽かす?

そんなの今更だ。
そもそも恋愛関係にある訳じゃない。そうなる事も、もうない。今ある関係ですら偶然と気まぐれでしかない。

いつかこんな状態も終わる。だから、現在の状況はそれまでの時間を食い潰すだけの惰性だ。
なんの意味もない。

「……っと。無意味にネガ入っちまったな」

いかんいかん。これだから根暗は困る。
まあ――今は精一杯この状況に甘んじようかね。

† † †

「ぅおう」

部屋に戻った俺を迎えたのは白い三角形だった。

「無防備に過ぎるな」

パンモロである。

うつ伏せの浅間の尻部分のスカートが不自然な程まくれあがり、形の良い尻肉と、それを包む下着が露わになっている。

――まあ不自然だと言うことは故意なんだろう。
俺は視線を一瞥くれる程度に留め、ベッド横に背を預けて座り、乱雑に投げ出された漫画を手にとって読むことにした。

「びっくりするくらい淡白な反応するね」
「だって狸寝入りだろ?」
「そうだけど」

寝たふりを止めて浅間が身体を起こす。
その気配を背後に感じながら、俺はページを捲った。

「こんな可愛い女子のパンチラ拝んでそこまで平常心なのはオタくらいなもんじゃない?」
「自分で可愛いとか言うな、ギリギリAKB未満レベルが」
「……むしろ、あんたなら49人目になれるんじゃない?」
「女装して?冗談じゃねえっつかアレ読んでんのか」
「まあ立ち読みでね」
「実際どうなん?アレ。俺AKB自体は興味ないから知ってる人間からの意見が分からん」
「さあ?アタシもAKB興味ないから。知らないなりに楽しんではいるけど」
「むしろ知らないからこそ?」
「かもね」
「てかAKB聴かねんだな。普段何聴いてんの?」
「前はZebra headとか?」
「何ソレ」
「洋楽。結構ノリよくて好き」
「ロック?」
「ロック」
「ロックか……。the pillowsなら好きだが」
「何ソレ」
「フリクリを観ろ」
「へえ」
「……どのタイミングで起きた?」
「階段登ってくる音で」
「眠り浅かったから」
「そか」

煙草を吸っていた事を気取られやしないかと不安を覚えたが取り敢えずは大丈夫なようだ。
後は匂い次第だな。まさかこんなすぐに起きるとは思わなかったから油断していたな。

「……あんたってさ?ご飯ちゃんと食べてる?」

――こいつのタイミングの良さというか悪さというか。なんなんだ?

「……朝は寝てるから食べない事が多いけど昼と夜はちゃんと毎日食ってるよ」
「そか。なら……良い」
「……そういやお袋が飯食ってくのかって」

「どうしようかな?」
「ナチュラルに悩むんじゃねえ。お前、俺んちに居着き過ぎだろ」
「大丈夫。食費入れてるから」
「入れてんのかよ!?え?マジで!?」
「まあ材料費くらいは」
「マジか……」

なんか俺追いつめられてる感がはんぱない。なんだか冷や汗が出て来たよ。

――いや、まぁ。

こいつと実際どうなるかなんてないか。それだけはきっと間違いない。

「で、飯は?」
「ん〜。止めとく」
「あっそ」
「…………だしね」
「は?」
「な〜んでもないっす」

溜め息を吐き出すようにそう言って浅間はさて、と言った風情で立ち上がった。

「んじゃ借りてくね」
「おう、帰んのか」
「ん、じゃね」
「あいよ」

いつも通り、浅間が部屋の扉に手をかけ出て行く。そう思われた。

「オタさ」
「あん?」

足を止めて振り返り、浅間がそんなことを聞いてきた。

「恋したい?」
「……今は良い。お前がいるし」
「まるで恋人に言うみたいなセリフだね」
「意味合いは全く違うけどな」
「まあね」

それだけ言って、今度こそ浅間は扉を後ろ手に扉を閉めて去っていった。

「……やれやれ」

変な事を聞くものだ。

「いやだって恋とか無理でしょ」

――そんな期待は出来るはずもない。

「お前、俺の事好きじゃないじゃん?」

相手が不在の問い掛けは、壁に吸い込まれるように消えていく。


放課後。痛いくらい、のオレンジ色の閃光じみた日差し。教室には二人。俺と浅間。
いつもみたいに漫画を貸して、感想を語り合い。少し駄弁ってハイ、さよなら。
退屈な学校で、唯一の割と楽しい時間。僅かに満たされる時間。
それを失うのが惜しいのに、それを繰り返すのが惜しくなり、俺は愚かにも血迷った。

「浅間。俺と付き合える?」
「ソレって告白?」
「……うん。まぁ」
「じゃあ無理」
「……ちなみになんで?」
「だって普通なんだもん」
「普通?」
「性格とか見た目もそうなんだけど、何より太田自身に変わり映えがない。
いつも淡々としてて“普通”以外のテンション見たことないし。だからアタシを好きなんて思わなかった。そういう風に考えたことなかった」

それから浅間は考え込むように軽く首を捻ってから言った。

「うん。やっぱり付き合えない、かな」

† † †

「なんつう夢だ」

学校行かなくなって半年以上経つのに舞台学校かよ。つか浅間に告白かよ。しかもフラれんのかよ。

「まあ、目覚めとしては最悪の部類と言えよう」

ちなみに独り言だ。
いやしかし、自分でもびっくりだね。まさかの展開だよ。
うん、夢の内容もそうなんだけどさ。今の状況がね。
ふと壁に掛けられたらカレンダーを見る。そこから遡り、日付を数えていく。

「28……か……」

まるまる四週間である。

「いや、意識してなかったけどやっぱりアレかね。寂しいのかね」

本棚に視線を移す。漫画が並ぶ中、ぽっかり四冊分空いた穴。そこにあるはずの「妖弧×僕SS」が埋まらない。

――浅間が来なくなって、そろそろ1ヶ月が経とうとしていた。

† † †

「ゆう〜」

昼休みの昼食を終え、今朝コンビニで買ったキャラメルラテを飲んでいた所に掛けられた声に、浅間優は振り返った。

「どしたのサヤ?」
「ね、ね、今日さ、カラオケ行かない?ユカリが隣のガッコの男子連れてくるって」
「あ〜、合コン?メンツは?」

浅間優が聞くと、サヤはにんまりと笑ってサムズアップをして見せた。

「バッチリ。写メも見た」
「人数は?」
「3対3。こっちはワタシ、ユカリ、ゆう」

まだ返事もしていないのにしっかり頭数に数えられていることに内心で苦笑しながら答える。

「いいよ。放課後直行?」
「もち。んじゃ頼むね。ユカリに話してくる」
「はいはい」

全くせっかちなものだ、と浅間優は思う。

顔は悪くないのに短気な性格なせいで恋人が出来ても長続きしないのを本人は果たして気付いているのだろうか?
もっとも、日々を思うがままに楽しんでいるようだし、きっと本人は満足なのだろう。
そう結論付けて、視線を自分の列最後尾に向ける。
まるで最初からそうであるかのように空っぽの席。

「来ないよね〜」
「誰が?」
「うわ、びっくりした」

独り言に返事をされ、驚いて視線が席から離れる。掛けられた声の主は如何にも今時の男子高校生風であり、彼がこのクラスのリーダー格であった。

「なに?太田の席?いやアイツは来ねえだろ?」

半分ニヤケながら言う男子生徒への軽蔑は胸に隠して浅間優は問い掛ける。

「で、どうかしたの?」
「あ、いやさ。今日の放課後買い物行くんだけど付き合わね?マックくらいオゴるし」
「ごめん。今日はもうサヤとユカリに誘われて約束しちゃった」
「なんだよ〜。しばらく付き合い悪いし、最近付き合いよくなったと思ったら他のヤツとの約束あるし」
「あはは。ゴメン」
「つかなに?三人でどっか行くの?なんなら俺ついてくし」
「や、無理っしょ。合コンだし」
「はァ〜!?何ソレありえねェ!」
「また誘ってよ」
「んだよ。マジねえし。マジないわ〜」

ぶちぶち言いながら立ち去る男子生徒の背中を眺めながら考える。
例えば、彼は自分の事が好きなんだろう。
いや、下卑た言い方をすれば「ヤリたい」と思っている事を浅間優は知っている。
根拠はない。しかし、浅間優は一種の本能的な直感でそれを理解していた。
こういう勘に浅間優は昔から長けていた。それは自分の特技だと思っていた。なのに。
誰しもが彼くらい分かりやすければ良いのに、と思う。

――否。

ある一時まで浅間優にとって、自分の周囲知る範囲の人間は分かり易い人間ばかりだった。
だから上手く立ち回れたし、友人も増えた。
なのに一人だけ分からない。
空席に視線を戻す。空席の主がまだ居た頃の景色をそこに重ねる。
いつも、関心なさそうに周囲を眺めていた彼。その姿を思い返す。

「………………」
「…………」
「……」
「ダメだ部屋着姿で思い出しちゃう」

ある意味、制服姿よりも自分にとっては馴染み深い部屋着姿。
その姿で机に座り、だるそうにぼんやりこっちを眺めている姿を思い浮かべて、自然と笑みがこぼれた。
そう言えば、と思い出す。

彼の家にしばらく寄り付いて居ない。携帯を取り出してカレンダーを呼び出す。

「試しに四週間放置プレイしてみたけどさ。なんのアクションもないとはね。本当、アタシに興味ないのかね」

まあ今更文句を言えた義理ではないのだけど、と内心で付け加える。

「メールの一つくらい寄越しても良いよね」
「誰が?」
「うわ、びっくりした」

再び掛けられた唐突の声に振り返ると、件の合コンの主催者であるユカリが立っていた。

「あ、あんがとね。来てくれるんでしょ?実は優の写メ見せて釣ったもんだからさ。断られたらホント困るとこだった」

ケラケラと笑う友人に溜め息混じりの笑いで返す。まったくみんな勝手なものだ。

「んでメールがどうしたの?」
「いや、メール全然寄越さなくてさ」
「ダレ?」
「あ〜……うん。太田」

その名を出した途端、ユカリが怪訝な表情を浮かべる。

「太田?アイツ学校来てないじゃん。つかそれって……」
「まあ色々あるんです〜」
「なになに?珍しくはっきりしないじゃん。なんかあった?
「べっつに〜。なんにも〜」
「てかさ」
「ん?」
「あんた太田のメルアド知ってたんだ?このクラスにあいつメルアドとか知ってる奴いないでしょ」
「まあ一応……ね…………?」

そこで浅間優は考える。太田のメルアドってどんなだっけ?そう言えば全然覚えてない。

「え……うそ?」

慌てて携帯のアドレス帳を開く。
あ、い、う、え、飛んでか。
「お」から始まる名前が――ない。
ということはほぼ間違いなく、彼も自分のメルアドを知らないのだと言うことだ。
そんな事に今更思い当たるだなんて。

「ユカリ」
「え?」
「ごめん。急用出来た。今日はアタシ抜きで楽しんで来て。ついでに早退も報告しといて。それじゃ」
「え?ちょ……優!?」

早急に荷物をまとめ、教室を後にする。今はどこぞの馬の骨やら知らぬ男との出会いよりも大切な事がある。

「バカみたいじゃんアタシ」

試すような真似をして、結果を確かめる事を考えてないだなんて。

「あ〜あ、損した。普通に遊び行ってた方がまだ楽しめた。ホント、イライラし損じゃんか」

呟きながら下駄箱を抜け、そのまま駐輪場に向かい、停まっている自分の自転車に跨がる。
目指すは通い慣れた彼の家。
漕ぎ出した自転車は加速する。

――弾む気持ちに気付きもしないで。

† † †

俺は歩いていた。
舗装された道を独りてくてくと。
散歩である。
例え、およそ半年ぶりに通学路を歩いていようが、満たされぬ気持ちを埋めたい衝動を抱えていようが、これは散歩なのである。
さりとて今は午後一時をいくらか過ぎたあたり。「気まぐれ」で始めた散歩のルートに「たまたま」学校があり、「奇遇」にも浅間と会ったりなんて期待はしていない。断じて。
故に俺は自分に言い聞かせる。
俺はただ散歩をしているだけなのだ。
なのに何で俺はキョドって辺りを見回してるんだ。
いや、いないから。浅間とかまずいないから。

――嗚呼、なのに。なのにである。俺は無意識にも浅間の姿を探してしまっているらしい。自覚的な辺り無意識とは言い難いが。

「向かいのホーム、路地裏の窓。こんなとこに居るはずもないのに……っと」

……やれやれ、いい加減にしないか俺。しまいにゃ今し方、自転車で通りがかった女子高生が浅間に見えちまったぜ。

「どんだけ恋しいんだっての」
「あ、やっぱりオタだ」
「ついには幻聴まで……ってマジか」

すれ違った女子高生がチャリンコを回して戻って来ると、本当に浅間だった。

「なにやってんの?」
「え?あぁ……なんだ。散歩、そう散歩」
「こっちに本屋とかあったっけ」
「いや本じゃないんだけどさ」
「……久しぶりだね」
「久しぶりだな」
「今から行こうと思ってた」
「あ、そうなん?なら俺も帰るわ」
「じゃあ一緒に行こうよ」
「まあ、良いけど」

浅間が自転車から降り、それを押しながら並んで歩く。

「髪伸びた?」
「タモさんか。逆パターンだけど。まあ少しは伸びたかな」
「切らないの?」
「もう少ししたら」

適当に返しながら、俺は内心焦っていた。
まるで寂しさから、浅間を探していたみたいじゃないか、俺。そう思われたら俺恥ずか死ぬかも知んない。

「そだ、オタ携帯持ってるよね」
「そりゃまあ」
「ちょっと見せて」
「……まあ良いけど」

ポケットから取り出した携帯を凄まじい勢いで操作していく。

「はい」
「え?なに?」

答えもせず今度は自分の携帯を操作する。
きみのゆめが〜゙かなうのは〜゙だ〜れ〜か〜の〜……

「それあたしのメルアドだから」

言われて携帯を開くと、先程入力したのだろう。浅間優という文字がディスプレイに表示されていた。

「……何のまねだよ」
「友達のまね?」

表示された本文にはハートマークが書いてあった。

「……友達?」
「なんとなく」
「あっそ」

カチカチとキーを叩く。

ヘ〜イユ〜アユフィーリンライミトゥ〜゙

今度は浅間の携帯が鳴りだす。
浅間が操作するのを横目に見ながら反応を伺う。
しばらく考え込んだ様子を見せたかと思うと浅間が操作を再開する。
今度は俺の携帯が鳴った。

『(≧∇≦)』

言葉は発さずに、無言でメールを打ち返す。

『ε=ε=┏( ・_・)┛』
『Σ-Д-』
『( ̄3 ̄)゙』


   ____   
/ \  /\  
 / (●)(●)\ 
|  (_人_) |
|    )_( |
\______/


「なんか割と本格的なの来た!」

浅間がしてやったりという顔で笑う。

「あははは!……酷くない?」
「酷いわボケ。いきなりこんなん来たら驚くわ」
「そうじゃなくて」

浅間が俺に向けて自らの携帯ディスプレイを向ける。
そこには、俺が最初に返信したメールの本文があった。

『嘘だろ』

なんとなく黙ってしまう。
だって、仕様がない。嘘だって俺は理解している。理解しなきゃならない。

「オタさ。アタシに興味ない?それとも興味ないフリしてるだけ?」
「……ノーコメント」
「私が行かなかった間、寂しかった?」
「ノーコメント」
「アタシに会えるかもって思ってこっちに来た?」
「断じてノーコメント」
「アタシの事す――」
「さみいから帰ろうぜ。チャリンコあるし二人乗りでもする?」
「……うん」
「よっし、後ろ乗れ。貧弱なる俺様が漕いでやる」
「頼りないな〜」
「抜かせ」

先に俺がサドルに座り、浅間が後ろに跨がったのを確認して自転車を漕ぎ出す。

「うぉ怖ぇ怖ぇ!バランス悪ぃ!」
「ちょ、ふらつかないでよ!落ちる落ちる落ちる!」

ぎゃーぎゃー言いながら二人で昼過ぎの街中を進んでいく。
これが朝なら車輪の唄なんだがね、とか青春っぽいだとか、そんな事を話ながら、俺達は進む。
大切な事には触れもせずに。


前略。
彼女が出来ました。

「嘘だけど」
「オタってたまに唐突な独り言するよね」
「独り言ではなく語りかけだ」
「誰に?」
「……内なる自分に?」

と言うわけで偽装カップルである。
なにが「と言うわけで」なのかというツッコミも多いと思うので、そこについてはこれから説明したいと思う。
とはいえどこから話したものかと考えると、説明が難しいので事の顛末を最初から遡ってみるのが一番であろう。
故に、話はおよそ一週間程前まで遡る。

† † †

「浅間、土曜ヒマ?」

相も変わらず懲りずに浅間優に声を掛けたのはクラスのリーダー格である男子生徒だった。彼の名を早尻篤と言う。
早尻篤は普段からの軽薄そうな(とは言えそれなりに整った顔立ちなので異性からの評価は良好な)笑顔を浮かべて問いかけると、浅間優もまた笑顔で答えた。

「ヒマじゃない」

いい加減諦めてくれないかな、と思った所で鈍感な相手は心情を察してくれるわけでもなく、不躾に話を続ける。

「浅間ってさ?もしかして彼氏いる?」

その問い掛けに、何故こんな答えを返したのかは、当時から一週間経った今に置いても、本人含め誰も知らない。
だが、浅間優は答えた。

「あ〜……うん。居る……って事にしとく」

動揺したのは早尻篤だった。いくらか声を低くして浅間優に詰め寄る。

「あ?ナニソレ?」
「居る、居た、居ます、居ますれば」

咄嗟に思い付いた断り文句を補強するために言葉を重ねる。内心では似たようなもんならいるし、と自分に対しても言い聞かせる事を忘れない。
嘘を吐く時のポイントは自分で自分の嘘を信じる事だと思う。

「でもお前こないだ合コン行くとか言ってなかった?あ、でも何か午後サボって帰ったんだっけ?」
「……あれからゲットしたのさ」
「……マジ?」
「マジ……だよ?」
「誰?」
「……アンタが知らない人」

アタシも知らないけどね、とセルフツッコミ。

「他校生?」
「みたいな」
「はっきりしねえな」
「疑うわけ?」
「うん」
「じゃあ今度からメールとか見せようか?」
「……見せてもらおうじゃん」

売り言葉に買い言葉である。
とは言え啖呵は切ってしまった。もはや後には引けないのだ。
いくらかの後悔を抱えながら、誰を巻き込むかはこの時点で既に決していた。

† † †

ということがあったらしい日の放課後、浅間は俺の部屋に来るなり俺を巻き込んで来た。

「よく漫画とかでさ、当て馬からのアプローチをかわす為に偽装カップル作戦とかやるじゃない?」
「ラブコメなら鉄板展開、もはや使い古された手法だな」
「というわけでアタシとイチャイチャメールして」
「……何故俺なのだ」
「だってアンタくらいじゃないとバレるじゃん」
「……交友関係が広いとどこから漏れるか分からねえか。面倒だな」
「ね、だからお願い!メールのやりとりとたまに電話をするだけの、お家で出来る簡単なお仕事です」
「まあ、学校関係と隔絶されてる俺は格好の相手なんだろうがよ」

友達がいない事が利点になりうるとは世の中分からないものだ。
もっとも、俺にとっての利点ではなかったわけだが。

「しかしねえ、タダでやる……ってのもなぁ。ほら、世の中ギブアンドテイクじゃん?」
「分かってる。既に報酬は用意してあるし」
「なん……だと?」

あらかじめ報酬を用意?
いや、言った手間あれなんだが、冗談のつもりだったんだ。これで現金でも渡されたら気まずい事この上ないぞ。

「……はい。どうせなら大事にしてよ?」
「あ、いやあの」

差し出された物を受け取る。思いの他柔らかく、小さく丸められたそれは――。

「……って、ぱんつかよ!お前さぁ!前々から思ってたけどネタが捨て身過ぎない!?」
「嬉しいかなって?」
「いや、まあ、嬉しくないわけじゃないけど!」

そこは健康優良不良少年(学校行ってないのは十分に不良の部類だろう)として、それなりに可愛い女子のぱんつは垂涎の逸品だが!

「うう受け取れるか!」
「いらない?」
「ちょっと欲しい」

嘘、本当は正直かなり欲しい。

「なら受け取って。……あぁ、使用報告は要らないから」
「しねえよ!ってそうじゃなく!」
「なに?」
「受け取れるか!」
「……じゃあコレをその辺のオヤジに売ってそのお金で」
「ぬぐっ!」
「ブルセラより、なんか夜の繁華街とかでオヤジ引っ掛けてその場で脱いで見せれば良い値付くよね?」
「待て、まあ待て」
「そんでそのお金でなんかご飯でも奢るから」
「待て。お前のぱんつはありがたく頂こう」

見知らぬオヤジにやるくらいなら潔く受け取るわ。
まさか本当にやるとは思いたくないが、こいつ何考えてるか分かんないからな。

万が一、本当に路上ストリップでもして何かあれば事だ。
なにより俺にNTR属性はないのだ。

「じゃあ契約成立という事で」
「はぁ……あのな、言っとくけどギブアンドテイクだなんだは冗談だぞ?お前とイチャイチャとやらも、わりかし楽しそうだしな」
「……知ってる。だけど貰っといて」
「いやまぁ……貰ってどうしろと」
「おな……」
「使わねえ」
「……なんで?使って良いのに」
「俺のプライドが許さんよ」
「意地っ張り」
「性悪」
「童貞」
「処女……は罵倒になんのか?そもそも処女なのか?」
「セクハラ」
「最初にセクハラしたのはお前だ!」

そんな感じで口喧嘩を繰り広げつつ、偽装カップルが成立したのである。

† † †

「ちなみに学校で脱いだ、正真正銘の女子高生ぱんつだから」
「マジで!?」

† † †

『つわけでメール送ってみたよん』
『一応それっぽく何してた?とか聞くべき?』
『ヒロトのこと想ってた(はぁと)』
『俺も(はぁと)』

Prrr...

「寒くない?」
「寒いな」
「距離感分かんないよね」
「分からんな」
「……想像してみようか。彼女出来たらどういうことしたい?」
「つってもあんま彼女欲しいとか考えねえからな」
「そこをこう……イマジン!」
「そう……だな。あんま出掛けるタイプでもないからな」
「部屋デート?」
「そうなるか。あと積極的に話す方でもないから……」
「映画見たり……漫画読んだり?」
「だな。んで感想を交換しあったり。後は適当に手ぇ繋いだりスキンシップ?」
「ベッドに並んで横になったり」
「ああ、良いかも。別にエロい事とかじゃなしに、そばに居るってのは良いな」
「ふむふむ」
「逆にお前は?」
「アタシもそんな出掛けたりとかは良いかな。どこに行くかじゃなく、誰と居るかですよ」
「だな」
「だからそうだなぁ、細かい事で良いんだ。頭撫でてくれたり、微笑んでくれたり、好きだよって言ってくれたり」
「頭撫でか」
「うん。結構好きな女の子多いんじゃない?アタシも好きだし」
「そうか、じゃあ今度撫でてやろう」
「うん」
「……わり、やっぱ止めとく」
「え〜、なんで?」
「想像したら顔赤くなった」

「……ばか、こっちまで想像して赤くなるじゃん」
「……てかもう良くね?メールの照れ隠しは」
「……慣れなきゃならんのよねぇ」
「俺も頑張る。だからお前も頑張れ」
「ん〜……うん。頑張る」
「おう」

と言うような感じで一日目のお勤め終了。

† † †

「――どうよ?」

浅間優の携帯を睨み付けながら、早尻篤は唸った。

「これ彼氏?」
「そう言ってるじゃん」
「……」

眉間に皺を寄せて珍しく真剣な顔の早尻篤を見ながら、浅間優はこの一週間のやりとりを思い出す。

――普通に楽しくて見せるって事忘れてた。

お陰様でメールの内容は中々に恥ずかしいものが出来上がっていた。

――恥ずかしいなあ。アタシ、今顔赤くない?

「……仲良さそうじゃん」
「そりゃあもう」
「……っち」

――おお、悔しそう。こりゃ効果ありか?

「……どんな奴?」
「いやメール見たら分かるかと」
「俺、こいつ以下?」
「は?」
「納得いかねえ。こいつ止めて俺にしろよ!」
「いやいやいや」
「なに?俺じゃダメなん?」

――ダメに決まってるだろう。何を言っとるんだこいつは。ていうか、もう隠しもしないんだなぁ。
それくらい追い詰められてるって事か。まあ概ね追い詰めたのはアタシなんだけで。

「俺と付き合えよ」

羨ましいな。他人の気持ちも考えずにものを言えるって。私は人の顔色窺うのに慣れちゃったもんな。

――あぁ。

「だから好きなんだ」

顔色なんか気にしなくて良い。話も合わせる必要がない。
それはアイツが他人の顔色を窺わないし、他人に合わせないからだ。

「そっか、そっか」
「……いきなり何言って」
「アツシ」
「あ?」

「アタシの好きな人に会ってみる?」

はっきりさせなきゃ。じゃないときっと、アタシもアイツも救われない。

† † †

「早尻篤……か」

あいつ、まだ浅間狙ってたんだな。
いやまぁ色々思い出すな。お陰様で不登校だもんな。あいつのせいだけでもないけどさ。

「いつになったら解放されるかねぇ」

あいつが浅間諦めなきゃ学校戻れんしな。今回のが良い切っ掛けになればとは思うけど。

唯一の救いは今回の偽装メールは俺ではない誰かという体でやっていることだ。
俺自身という体じゃ俺が不登校やってる意味ねえもんな。
「役得はあるけど、少し虚しいやな」
今までのままじゃ、浅間はきっと早尻にトドメを刺せない。

――ああ見えて、人に嫌われる事に極端に臆病なのだ、浅間は。

でもまぁ早尻の奴も今回ばかりは白黒させなきゃいかんだろうな。
なまじモテるから言い寄られんの待ってるからなぁアイツ。自信過剰な上にチキンという。

――卑屈な上にチキンな俺よりはましか。

「さてさて、どうなることやら」
「こうなるんよ」
「……は?」

浅間の声が――。
浅間の顔が――。

浅間の、唇が――。

「あ?え?」
「ヒロト」

浅間が俺の名前を呼ぶ。
頭が回らないのに、浅間の声だけはいやにすんなりと思考に浸透してくる。

「好きだよ」
「……バカじゃねえの」
「バカなんじゃない?」

まるでいつか見たのとは逆のそれは。
愛の、告白だった。

橙に染まった世界。
あの教室で、俺は絶望した。
橙に染まった視界。
まるで、燃えるような景色だった。

「いっそ、本当に燃えれば良いのに」

あの時、俺は誰かに命じられた気がした。
学校を燃やし尽くせ、と。

† † †

「こないだ夢を見た」
「どんな夢?」
「お前にフられる夢」
「あ〜……」
「自分でもびっくりしたわ。まだ引きずってんのかって。でもまぁ、だからこその疑問なんだけどさ」

「最初にフったのはお前なのになんで今更?」

俺はとっくに拒絶されていたのに。なんで今更好きだなんて言葉を信じられる。

「……オタってさ、普通じゃん?」
「……」
「だから最初は意識できなかった。こいつと付き合うってどんな感じ? みたいな。で、オタ学校に来なくなるじゃん。なんか流石に傷つけちゃったかな〜って思って、様子見に行くじゃん?
これがまた普通なんだもんびっくりするよ。むしろもっと落ち込んでろよ! ってこっちがツッコミそうだったよ。
したらなんか無性に普通じゃないとこ見たくなるし、漫画読みたいし、居心地良いし。なんなの?」
「え、あれ? これ逆切れのパターン?」
「……でさぁ、そんな事続ける内に気付く訳。ほら、アタシさ周りに合わせんのうまいじゃん?」
「まあ一種の才能だと思う」
「でもそれってさ、周りの顔色窺って、身の振り計算してるって事じゃん。それ、すごい疲れるんだよね。
だから、それをしなくていいっていう存在が、オタがすごいありがたかった。
気付いたらさ、他の人と居るよりオタと居る方を選ぶようになっててさ。
んで思ったわけ。あぁ、オタと一緒に居たいんだなって。それって好きって事じゃない?」
「……ごめんちょっと話長かったかな」
「あんたは……」
「いや、ごめん嘘。動揺を隠す為の軽口です」

一度はフられて、なのにまるで慰めるように、追い詰めるように俺の前に現れる浅間を、俺は理解出来なかった。

「……いやまぁ、うん。すげぇ嬉しい」
「……あたしも」

この――なんっつうかこっぱずかしい空気はたまんねえな色々ともう。

「ねね、そっちいっていい?」
「お、おう」

向かい合った形から自分の方を指され、頷く。
と、隣か。割と普段から至近距離だったけど意識するとなると改めて緊張するな――。

「ってアレ?」
「うんせ」

浅間の、背中が、うなじが、体温が、匂いが――。

「アサマサン」
「ん?」

肩越し、互いの頬が掠める距離で浅間が振り返る。

「これはいわゆる」
「らっこほぉるど」
……あったけえなこいつ。
「ヒロトさ」
「……あぁ、俺の事か一瞬わからんかった」
「……学校来ないの?」

いつになく真剣な声。それはきっと、俺にも学校に来て欲しいからなんだろう。

「俺はさ……NTR属性はないわけ」
「えぬてぃーあーる?」
「寝取られ。……他人に女取られて興奮する性癖ってこと」
「普通そうでしょ?」
「ところがどっこい。結構な割合でNTRフェチは存在するんだな。まぁ、その話は置いといて」
「うん」
「まあ、単純にお前が他人と仲良そうなのが嫌だったわけ。早尻もそうだけどさ。なんだかんだモテるじゃん」
「……んまぁ否定はしない」
「でさ、お前にフられてさ、あぁ俺のもんにはならねえか。いつか他人のものになんのか……って考えたら学校行けなくなった」
「え?」
「学校いたら絶対見るじゃん。それがめちゃくちゃ嫌でさ。それこそ早尻なんか毎日のようにアプローチしてるじゃん」

俺はあの放課後の事を思い出す。

「そんなの見続けるくらいなら、いっそ学校燃やしてやろうかと思った」
「……ふ〜ん」
「なんだよ?」

何故か浅間は口端を歪めてにやにやと笑っていた。

「妬いてたんだ?」
「……そんなんじゃ……あるのか」
「でもさ。これでもう学校来れるじゃん」
「え? あ、いや行かないけど」
「なんで!?」
「おおう……至近距離で叫ぶなよ」
「なんで学校来ないの?」
「え? だってお前、半年だぜ? 進級できねえよ。いや、つかさ。別に学校行っても良かったんだけど。なんだかんだで性に合うもんで」
「つまり最終的にはめんどくさいから来なかっただけだと」
「そうだな」
「……あんた本当に普通だよね」
「そらぁな。失恋して不登校にもなりゃめんどくさいから引きこもりにもなる。好きな女に告られれば舞い上がる」
「……でもアタシにとっては特別だよ?」
「恥ずかしい奴」
「うれしいくせに」
「うれしいけどさ」

より深く背を預けて、俺の肩に頭を乗せて来る。

「すっぽり包むようにとはいかないね」
「まあ身長あんま変わらんしな俺ら。下手したら俺の方が低い」

まあお陰様でこの体勢だと顔がむちゃくちゃ近い訳だが。

「ひろと〜?」
「あん?」
「今度はそっちからちゅーしてよ」
「……ん」
「ん」

触れる唇。伝わる体温が妙に熱く感じる。

「……っし。やっぱ明日から学校行くわ。ダブるけど」
「来年は同級生からさん付けだね」
「萎えるな。それ」
「そういえば親は?」
「三年分の学費は出すと前々から言われてる。その先は知らんとさ」
「大学どうすんの」
「進学するよ? なんなら一緒に受験だ」
「どうやって」
「大検。まあ今からでも十分パスするだろうけどな。学校は受験前に中退だな」
「あんた勉強出来たんだ」
「何気に引きこもり中もしてた」
「学校行くのは嫌なのに勉強は良いんだ……」
「まあミスター普通だからな。そこまでレールを外れる人生は歩まんよ」
「逆に凄いわアンタ」
「でも色々安心したろ?」
「まあ。アタシのせいみたいなもんだし。それで進学できなかったらしたら目覚め悪いじゃん」
「まあきっかけはな」
「そこは否定する所じゃない?」
「うるせ」
「ちゅーで許す」
「ん」
「ん」
「うへへ」
「もっと可愛らしく笑えんのか」
「良いじゃん」
「良いけどよ」
「もっかい」
「あいよ」

………………
…………
……

† † †

少し話は飛ぶが、その後のお話。
復学したものの当然出席の足りない俺は進級出来ないと釘を刺されながら学校に通うことに。
浅間は改めて早尻に俺を彼氏と紹介した上で今までのネタばらしをした。
早尻は案外すんなりと引き下がった。
というか、そこまで手の込んだ手段を使う程嫌だったことがショックで心が折れたらしい。
こうして、意外な程あっさりと、俺の学園生活は当面の平穏を保った形で帰ってきた。

† † †

放課後。痛いくらいの、オレンジ色の閃光じみた日差し。教室には二人。俺と浅間。
いつかみたいな、でも、いつかとは違う。

「こんだけ日差しが赤いとさ、燃えてるみたいだよな」
「そだね、たしかに」
「……あの時もこんな感じだったよな」
「だねえ」
「学校、燃えねえかなぁ」
「いや、燃えないでしょ」
「……やり直していい?」

「何を?」
「告白」
「良いよ」
「好きなんだけど」
「アタシも」
「……普っ通だなぁ」
「普通だねえ」
「ま、そんなもんか」
「ま、そんなもんよ」
「帰るか」
「帰ろか」
「あ、本屋寄ってっていい?」
「アタシも欲しいのあるから良いよ」
「何買うの?」
「乙男、友達がドラマ見てたらしくて、原作読んでみようかなって。ヒロトは?」
「仮面ライダースピリッツ」
「おお、男の子だ」
「ライダーマンがかっこいいんだぜ?」
「なん……だと……?」

そんな風にグダグダと俺達は話ながら歩いていく。
中身もなく、意味もなく。
教室から去る間際、俺は一瞬だけ振り返って教室を見た。
まるで燃えてるみたいな景色。ここで一度は燃え落ちて、それでも尚くすぶって、結局今こうしてる。
恋の炎とはよく言ったもんだと呟いて、俺はまた歩きだした。








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