厨二ヲタ男とぬるヲタ女の話。
シチュエーション


「好きです」………は?

暗闇の中、部屋の呼吸が止まる緊張感は、使い慣れた自室とは思えない程の気まずさを発していた。

「は?」

今しがた心の中で呟いた台詞が、そのまま口から漏れていた。
悪気があった訳では無い。これは普段からの口癖のようなもので、 それはきっと彼女にも伝わっていたと思う。

「……だーかーらー、好きっ!…だったの…あーもう2回も言わせんな、このすっとこどっこい!」

しばし間を空けてから、彼女は絶叫を上げ、眠りにつこうと横たわっていた僕の隣につっぷした。ベッドのスプリングが軋む音が耳障りで、併せて布団が弾んだことが不愉快だったから、目を瞑っていても理解が出来た。

「馬っ鹿じゃねーの?」

冷静になっても、これが本心だった。
悪気があった訳じゃない。僕の言葉遣いの悪さや他人を見下す物言いは、親しくなった相手になる程増すものであり、それはきっと彼女にも伝わっていたはずなのだ。
愚の骨頂。僕は他人から好かれる要素は全くと言って良いほど持ち合わせていない。身長も高くなければ、身なりにも気を使わない上、中二病を引きずる生粋のオタクだ。
そんな自分に、何故?。

うっすらと目を開け、彼女の方へ視点を移す。俯せで、ショートカットを頭ごと布団に埋めており、表情は見えない。よって彼女の心意も返答も、僕は推測することが出来なかった。
そして再び、沈黙が訪れる。

「バッカじゃねーの?」

あーもう言うんじゃなかった!
バカって言われたよwうはw心の中でも草生やしてんじゃねーよwww

2ちゃんに入り浸るようになってから、リアルでも思わず2ちゃん語が出てくるのが最近の悩みだ。ガチヲタ的にはKYだと思われるんだろう、私がにわかでヌルヲタだということはバラしてはいけない。
咄嗟にそんなことを思った自分に、再び草を生やしそうだ。

あ、そういえばバカじゃない。『馬っ鹿じゃねーの』て言ったんだろうな、この人の場合……。分かってはいるけど、ヘコむわなぁ。
それにしても言うんじゃなかった!この気まずい雰囲気どうすんだ、畜生。言うんじゃなかった!息がさっきから苦しい…
…でもこの枕凄く良い匂いが…これってきっとこいつの匂い…嗚呼!もうどうにでもなればいい!

「……ごめんなさい」

他に選べる言葉が無かった。彼は人との関わりをあえてとらない、人が嫌いだから。それを知っていて、勢いあまって言ってしまったから。
言いかけたところを、無理に追及されたせいではある。にしたって、それは言い訳にしかならないし、私が言いかけなければこの人だって追及はしなかったし。
結局は、私が悪いことになる。私の気持ちは彼にとって迷惑にしかならないことを分かっていて、口を滑らせてしまったのが悪いんだ。

くぐもった声では伝わらなかったのかもしれない。息の苦しさも限界だった。腹をくくって、顔を彼の方に向けてから……とてもじゃないが、目を開けることは出来ない。けど、もう一度、ちゃんと言おう。

「ごめん…なさい。何って言うか、その、迷惑なのは分かってるから……気にしないどいて」

面倒臭いことになった。意外にも僕の本心に近い場所を見据え言葉を選んだようだが、彼女のこんな声色は今までに聞いたことがない上、態度も別人のように変わっていた。
呼吸は浅く音を立てないように気を使っているようで、体を震わせながら強張っている。まるで、ただの女だ。
恋愛感情なんていうものは、性欲を正当化する為のまやかしであり、もし目の前にいる級友が、アイドル声優のような容姿だったとしても、残念ながら僕は惚れた腫れたとう感情には飲まれはしない。僕の愛すべき場所は二次元のみにある。

だからこそ、不思議でならない。どうして、僕を?

「別に、気にはしない。僕が急かしたから、君が言った。それだけのことだし」

慰めの言葉にもなっていない。気にはしないという言葉が、彼女の告白に対してのYESでもNOでもない答えになっているのは明白で。ありのままを淡々と口にした僕に対して、抱いていたであろう夢ごと幻滅すれば良いとも思った。
その思惑が実を結んだのか、徐々に彼女の呼吸は落ち着きを取り戻し、体の力も抜けてきた。

「で、どうする?僕はもう寝る。話がこれで終わりなら、帰る?」

言い過ぎただろうか。しかし見たところ彼女は平静さを取り戻していたし、男のように整えた形の良い眉をハの字に曲げていた。どうするべきか、迷う時の印だ。

「ああ、帰らないなら電気さえ暗くすれば、エロゲでもニコ動でも好きに見て構わない。勿論、本棚も」

選択肢を与えたところ、彼女の瞼はピクリと動き、見た目に似合わぬ二重と長い睫毛が花を咲かすように動く。
当然、目が合う。良かった、どうやら全てを水に流してくれるようだ……と思ったのは束の間だった。

「それは流石にちょっと堪えるわー…」

耐えて耐えて耐え抜いた。私がこいつに好きと伝えたところで、きっと無関心さをひけらかすことは、何となく予想していたさ。
KOOLになれ、KOOLになるんだ私。ずっと励まし続けたけど、瞼にたぎる熱さを留めることが出来なかった。

涙が、止まらない。どうしよう……この数分の間、こんな風に感情をかき乱しているのは私だけなんだ。そう思うと、どうしようと考えたところで、目から出る汗を止めることは出来なかった。

「…あー…でも気にしないでね、ってホントに気にしてないだろうけど。あっはっは」

やりきれなさや気まずさやらをひっくるめて、自然と両手が顔を覆う。元々不細工な顔立ちが、泣いたら更に酷くなる。涙も拭きたかったし、この両手で全てを隠せたら、どれだけ良いだろう。
彼の方に顔を向けているのが恥ずかしくて、体ごと天井を仰いだ。

「あー、やばい少し枕汚れたかも。ごめん、ちゃんと洗って……いや買って返すわ」

彼はどんな顔をしているんだろう。呆れただろうか、下らないと思っているだろうか。少しでも私は冷静であるということをアピールしたくて、考えナシにすらすら言葉が出てくるのは、声優サークルで培ったアドリブ力のお陰かもしれない。

「とにかくもう大丈夫だから、寝たいなら寝て下さいな」

何をどう口に出していたか、ほとんど意識に残らなかったが、何とか最終的に言いたいことを言えた。
その間、彼は一言も口を挟んだりはしなかった。恐らく、これはこの人の優しさなんだと、そう感じた。落ち着くまで、待っていてくれたんだ。
そうだ。大丈夫と口にしたからには、それなりの態度をとらなければならない。意を決して、涙を拭い、視点を変えた。

こうして彼女を観察してどれくらいたったろう。かれこれ10分以上は、涙を流し取り乱した姿を弁解する台詞を吐き続けている。
何を言っているかすら分かっていないだろう、彼女の言葉は支離滅裂で、時折ひっくひっくと鳴いていた。
その間、僕は彼女の言葉を一々聞くはずは無く、先刻より悪化したこの状況をどう変えようかとぼんやり考えながら、彼女を観察していた。

泣き顔を覆う掌の隙間から、赤く上気した頬の上を通り、涙は絶え間なく流れ落ちている。涙の流れは重力に逆らうことなく、下の方まで伝って枝分かれを作る。
最終的には、短く切り落とした耳回りの毛先や襟足、意外と細い首筋などを経由し、僕の枕に染みとして広がった。

僕が彼女の告白に意味を見出ださなかった時より、息は荒く声も鼻声になったり掠れたりしている。肩を上下させると同時に、胸元から胴回りも上下運動を繰り返す。
彼女の服装は僕の趣味にやや近いところがあり、今日は黒と白のボーダーTだったことに気付く。ところどころ破れたダメージデニムも黒、このセンスは嫌いじゃない。
恐らく彼女と僕のウエストは同じくらい。それを茶化せば、いつもの彼女なら愉快な反応を示すだろうに……残念ながら、今はそんなことを言える空気ではない。
今まで眺めたルートを今度は逆に、下半身から上半身へと視点を返す。

「とにかくもう大丈夫だから、寝たいなら寝て下さいな」

そんな時、彼女が再び目を開け、僕の方を見据えた。指先で何度か目元を拭うが、微量ながらも止めることが出来ないらしく、潤む瞳からまた一筋涙が零れ落ちた。

「大丈夫だから……っぐす…」

それは突然の変化だった。

……悪くない。悪魔の囁きじみた思いが、僕の中を駆け巡る。
心境の、肉体の変化に戸惑いながらも、僕はこの変化に対して、柔軟に対応をし始めた……

「そんな煩わしい音たてられて、人が安眠につけると思う?」

私はこの人の逆鱗に触れたようで、私がどうしようもなく惹かれてしまった冷たい声と切れ長の目で言い放った。
本音を言うと怖い、と同時に憧れの強さを目の当たりにして、クラクラもしていた。

「そうだね……うん、ごめんなさい」
「ふーん。じゃあ、君は自分が悪いと認めていることを、分かっているにも関わらず僕に言っていた訳だ」

慎重に言葉を選んだつもりでも、間髪入れずに言い返される。

「すいま…せん…つまりそういうことかも」
「すいません?君は謝れば全てが許されるとでも?良く言うだろ、謝って済むなら警察は要らない」
「そりゃそうだけど……」

小学生かよっ!私、これあまりに理不尽じゃない?しかし彼はしどろもどろの私に、その言葉の先を鋭い視線で求めている。
胃にキリキリと叫ばれるのが辛い、どんな屁理屈でもこの人が言うと正論に思えてくるから不思議だ。

「ガキの戯言だと感じたの?でも事実、子供でも分かることだし?」

あ……読まれてた。吐き捨てるように舌打ちを投げた音を聞くと同時に、私の頭に痛みが走る。

「分かってるなら初めからするな、目障りなんだよ」

頭…と言うよりもその辺りの皮膚が痛い。頭頂部の髪を強く握られていた。そのまま首ごと彼の眼前に振り向かされたようで、引っ張られた髪も痛いし、無理に曲げられた首筋も痛かった。

……今まで冷たくあしらわれたことはあっても、手を出されたのはこれが初めて。
やっべー…この人マジでキレてるよー!身の危険を感じても良い状態?!

僕が然程、怒りを覚えてないということを、彼女は知らない。
ことは思惑通りに運んだだろうか。いや、この怯え方を見たところ間違いないだろう。知ってか知らずか、彼女は微かに歯の音を鳴らしている。
怯えの描写にカタカタという擬音が多用されているが、成る程、本当にカタカタと鳴ることを知り、思わず笑みが溢れた。
きっと、その様も彼女の危機感に拍車をかけただろう。

「……××さん?…あの、地雷を踏んだのは謝りマス…だからそーいう…ことは……」

伺いを立てる目で彼女は訴えた。開いた瞳孔、改めて自分とは正反対で瞳が大きいことを知る。

「そういう?何?」
「暴力は……良くないと思います」

声を振り絞った反抗。同世代の男を彷彿とさせる格好の癖、何故だか先ほどから女に見えて仕方ない。

「暴力?別に、野郎同士じゃ良くある話。拳のコミュニケーションだろ?」

彼女の黒髪に込める力を強めてから、反対の手を使い、体を起こす。僕の言葉と行動に相当驚いたのか、彼女の瞳は開いたまま不安の陰りを強めた。
拳、という普段僕が使いそうもない発言に対して、その視線は体を持ち上げた側の腕にいき、それを見計らった上で僕は振り上げる。

「やめっ……」

数十分前に、他人に興味がないと言った僕はどこへ消えてしまったのか。喉から響いた彼女の悲鳴を聞くと、とても心地よく、その痺れのような快感をもっと手に入れる為、思考を駆け巡らすことへ更に集中出来た。

「冗談だ」

彼は握り締めた拳を振り上げたまま、私に告げた。シニカルな含み笑い、痛みを感じていた頭部の感覚が和らぎ、気付く。要は彼に遊ばれていたのだ。

……冗談にするにしても、洒落にならないレベルじゃないか?からかわれたことに対して怒りが増し、徐々に私は生きた心地を取り戻す。

「あのなー!冗談やるにしても、それはやり過ぎっていうんじゃないかい?この似非紳士!」
「何のことでしょう?僕、紳士ですけど何か?」

うって変わって、おどけた態度を取る彼は、私の髪から手を離し、両手を上げてヒラヒラと降った。物言いは冷たいが、彼は普段から紳士を自称し、他人に暴力は振るわない。
だからこそ、さっきの出来事は信じがたく、本気で彼を怒らせたと実感したのだ。
勘弁してくれ……と言うのが私の正直な感想で、固まりきった体に血の巡りも感じたところで、隣に座る彼に見下されている状況がイヤになり起き上がった。

「何が紳士だ、この鬼畜野郎!悲しみに耐えるオナゴにいきなり頭鷲掴みが紳士のたしなみかってんだゴルァ!」
「あ、何?鬼畜のままの方が良かった?そういえば君、ゲームにしろ同人にしろ、その類いが好きだったよね。もしかして、されたい願望でもあった?」

墓穴を掘った。まず、悲しみに耐える…とかいう先程の号泣を振り返る一言がひとつ。次に、彼に当てられた私の性癖について。彼風に言うと身から出た錆だけど、恥ずかしさから頬っぺたに熱を感じる。顔が真っ赤になってないことを祈るしかない。
どうやって否定をしようかと目が泳ぐ、すると彼は水を得た魚のように喜びの眼差しを向けたのだ。

「図星か…「否!断じて違う!」

彼が言い終えないうちに、とりあえずで言い返す。焦りから、私の脈打つ音が彼に聞こえているのではないかという、錯覚に陥りそう。

「ふーん、あっそ。まぁ真実だとしたら?僕が布教した大量の同人に君の汚れがついてることになるしぃ?それもそれで気持ち悪いから、否定してくれてホッとしたよ」

「汚れって何だよ、汚れって!誰があんな薄っぺらいモンで……っていうか、私がそんなことするかって言うんだクソッタレえ!」
あながち嘘では無さそうだ、彼女の反応から得た僕なりの答え。紅潮した頬に、白黒させた目、彼女が持つ目を団栗眼と言うのだろう……ふと、そんなことを思った。
観察していることを気取られないよう努めることにする。

「ベジータ?」
「……似てなかった?」
「うん、似てない」

彼女が必死に我を取り戻してくれたのは、僕としては好都合。そうしてくれていた方が、やりがいがある。
二次元を攻略するにあたっては、数パターンはあれど正解にはいつか辿り着く。しかし人間を相手にするとなると、反応は僕の対応次第で何通りもあり、どれが正解かをやり直すことも出来ない。
それが今までの僕には煩わさの何でも無かったけれど、今の僕にはとっては、それがたまらなく愉快だ。

彼女が肩で息を撫で下ろしたところを、つつくことにする。何とか誤解を解くことが出来たと、安心しきっている彼女には、警戒心と言うものがまるで無い。

「で、どうして僕なんかに好意を寄せる気になった訳?」

僕の読書の幅は、自慢では無いが幅広い。彼女の顎を片手で掴み、少コミさながらに引き寄せる。
演技がかり過ぎた可能性もあるが、もしも彼女に女としての欲があるならば、動揺を誘う行為に間違いない。

「…ちょ、おまw…もう冗談には引っかからないぜ?……」

言葉では否定しつつも、彼女の頬は今まで以上に羞恥を自覚する色を見せた。
今夜だけで、僕は何度彼女の知られざる一面を見たか。この顔を見れたのが僕だけで、本当に良かった。
認めたくは無いが、彼女はれっきとした女だったのだ。普段から交流のある仲間を思い浮かべると、二次元に夢を見ながら現実世界へ思いを馳せる者ばかり。
三次元の女を嫌悪していた僕自身も、同じ穴のムジナだということを自覚しつつ、彼らに彼女の女を見られないで良かったと、心から思った。

「冗談も何も、君が僕に明かした思いに対して、僕は僕なりにシンシに応えてるつもりだけど?」

……シンシ……真摯?それとも紳士?彼と会話をするときは、酷く頭を使う。私には少しい難しい言葉を彼はところどころに使うから、集中していないと、彼の言わんとすることを見逃してしまいそうになる。

「君は少し誤解しているけど、僕は人の思いを踏みにじったりはしーませんよー?」

出た、こいつの十八番!声変わり以前VOICE。彼は低くムードのある声だけでなく、弟キャラ的な声を出すのも得意で、間接的に私が彼に好意を向ける一因でもあった。
もう騙されないぜ!私の腰と精神を砕くその萌えVOICEをもってしても、鉄壁ミュラーよろしく守りは固めているんだから。

「いやいや、人を暴力でからかう人がー!そんなこと言ったって、通用しないんだからねっ」

距離が近い!どこからこんなことを実践する度胸を手に入れたのか、彼は私の顎を掴んだまま、微動だにしない。女の子みたいに白いモヤシ肌も、BLの挿絵から飛び出したような切れ長の目も、こんなに間近で拝んだことはない。
その上、悔しいことにこの人は、可愛い女の子の為に育て上げた私の男役としての生き方を捨てさせる程、私の理想の男性像を持っていたりする。
至近距離で、目と目が合うだけで、固めたばかりの決意が、萎えてしまいそうだった。

「それは、君が勝手に泣き出したから。あれくらいしなきゃ、君の調子を戻せなかった」

それからそれから、話しかける度、息がかかってんだよ……彼の呼気を感じる数だけ、何とかボルグに撲殺される気分。ぴぴるぴるぴる、以下略!

「否定しないなら、君のその態度は肯定と受けとるよ?」

この野郎、声色を使い分けてやがる。相変わらず視線を反らさずにいるから、私も彼から視線を外せない。
私が最も好む官能を帯びた声色に、徐々に変えていることが分かっていても、彼の瞳に映る私は戸惑いの表情を隠せない。
ないないだらけで、これは正に抵抗出来ないというモノなのかもしれない。

「改めて聞こうか、どうして僕に好意をもったか」

からかわれるものかと反抗を決め込む意思に、躊躇いと恥じらいが見え隠れ。白々しいウィスパーを浴びせる度、彼女の決心が揺らいでいくのが手にとるように解り、彼女が女として接して欲しいことや男に免疫が無いことを知り得た。
異性に免疫が無いのは、つい先程まで二次元以外に興味が沸かなかった僕にも同じこと。彼女と僕の違いは、プライドの高さだけでなく欲求に対する価値観にありそうだ。

「……本気で聞いてる?」
「でなきゃ今更掘り返さない」

彼女はすがるように、彼女の視線を固定する僕の手を握り締めてから、ついに視線を外した。
そして諦めたと肩をすくませ、いつもとも先程とも違う口ぶりで、ポツリポツリと呟き始めた。

「あなたは博識なのに、あえて自分を過小評価してる……それと、絵が巧い……それ以外の外因もあるけど。きっかけは絵の中に…感情があると思ったから、だから好きになった」
「他人に興味がないと言うけど、それはただ、あなたから他人に触れるのが嫌なだけじゃなくて?拒否されるのが、怖いから」
「……そこまで頑なに冷たい態度を取れること、私にとってそれは憧れだったの。私は弱いから。強さを感じるから好きになった」
「でも、あなたの弱さは仲間の誰もがきっと知ってる。弱音を吐かないのは、弱さを見せる勇気が無いってことで。ただの強がり」
「自分でも良く分からないけど、私は……あなたの弱さを、受け入れる存在に……なりたかった」

彼女の言動に目を見張るのは、今日で2回目だ。彼女は自身が好意を寄せる対象、つまり僕についてそれなりに分析していた。
手玉に取るつもりが一瞬、手綱を奪われたと例えれば良いだろうか。確かに、僕の強かさは意思薄弱を隠すためのものだ。
ただ、彼女の洞察力は僕の一面しか見ておらず、彼女の言うところの冷たさが、元々僕にある素質だと気付いていない点に安堵した。

「……怒った?よね…分かったような口きいて」
「いや、そこまで君の頭が回ると思ってなかった。ただ感受性が高いだけかもしれないけど」

何度も何度も繰り返す思い、私の心は今日どれだけかき乱されているんだろう。
思い切って前々から勘づいていたことを告げた。男友達としての態度で伝えるのが嫌で、妙にしおらしくなったことが照れ臭く、少しばかり脈が早くなる。
好きだと言う以上に彼を逆上させる可能性を秘めていたけど、結果的に目の前にいる彼は、私との距離を狭めたまま瞳を反らさずにいた。
その表情は、別人のように穏やかさを見せていた。

「それって、私のことバカにしてるのかな?かな?」
「有り難いってこと。ああ、それとその口調を君が言うと、かなりウザいから黙った方が良いよ」
「バカにしてんじゃねーかぁ!」

ふわっと、彼の枕と同じ匂いが鼻をくすぐる。
私が握り続けていた──私の顔を持ち上げていた方の──腕が、いつの間にかこの手をすり抜けており、気付いた時には体ごと抱き締められていた。
彼は私の肩の上に頭を乗せており、そうすると当然、私も彼の首筋から肩のラインの辺りに顔を埋めることになる。
彼の匂いを感じたのは、これが理由だ。

「ええっと……これが冗談だったら、私また泣くぞ?」
「君は……冗談で僕が、他人にこんな施しをすると思う訳?」

私が彼の耳元で尋ねると、彼も私の耳元で尋ね返した。吐息混じりの囁きは、敏感な私の耳には少し毒で、少しだけ身を捩らせてしまった。カモフラージュを兼ねて、私も彼の背中に腕を回す。
彼の行為は、遠回しながらもYESと捉えて良いのだろうか。明確な答えが欲しくて、言えなかった言葉を、告げ直す。

「好きです……付き合って下さい」

どれだけの間、ただ抱き締めあっていたか分からない。なかなか返ってこない答えに不安がよぎるが、もし答えがNOだとしたら、彼はこんな風に他人に触れたりはしないはずだ。
とにかく、彼からの答えを待とう。それまでは、この温かさをじっと感じることにしよう。

「沈黙は、肯定と受け取って」

頃合いだろうか。これで僕は本音をぶつけて彼女と恋人同士になったことになる。
正直、人と人との関係性に名前を付けたところで、僕以外の人間はただの他人でしかない。彼女に対して執着を感じたのも、振り返れば泣き顔や苦しむ様に興奮を覚えたのがキッカケで、性欲の捌け口程度にしか考えていないかもしれない。
多分僕には、彼女という存在や世間で言うところの優しさなんて、必要が無いのだ。
その証拠に早速僕は彼女の弱点を責めようと、可笑しいくらい敏感なその耳元に、彼女好みの声と呼吸音を響かせている。

「有り難う、こんな僕を選んでくれて」
「……んっ…」

我慢の限界を迎えたらしく、小さな鳴き声を小耳に挟む。彼女は一瞬、反応に困り首を傾げたが、僕が知らないフリをすると元に戻った。

「僕の弱さを受け入れる存在になりたいと、さっき君は言ったよね」
「!…うん……言った…よっ…」

耳元に唇を這わせると、無意識で背中に爪を立てられた。その痛みさえも、これからの思えば快楽に変わる。

「受け入れてくれる?こんな僕でも」

つかず離れずの密着感、頬と頬を擦りよせるようにスライドさせ、彼女と目を合わす。こちらから働きかけたのが意外らしく、彼女の方から唇を差し出した。

「痛ッ!…ごめん、ぶつけたぁ…」

痛みに耐え、彼女は申し訳なさげに呟くが、悪いのは僕の方でこれはワザと。彼女の厚い唇は微かに出血しているが、気にせずそのまま続きをする。

「んんっ…」

彼女に唇を重ねると、驚きと痛みからか声にならない叫びをあげた。

「ぁっあ……ちょっと、それやめ……んっ」

彼女の唇から漏れる血液を舐め上げると、今度は声に出していた。もっと抵抗すれば良い。

「やあっ…あっ……」

泣かせたい衝動にかられ唇を吸い上げると、更に扇情的な声をあげた。

「…やあってば……んん…こら……あっ…んふ」

吸い上げるだけでは反応が薄くなったので、甘く噛みつつ舌先で傷口を擦る。彼女は抵抗しているようだが、どうやら性的に感じているようで大して力が出ていない。
張り合いが無く、これだけでつまらない。それなら、どこまですれば悲鳴をあげるか、確かめていこう。

時計に目をやると、深夜1時過ぎ。夜はこれからだ。

──うまく行き過ぎでは無いだろうか?
彼の答えを聞いただけなら、きっとそんな疑いを抱かなかった。ただ、その後の彼らしからぬ優しい言葉づかいが、私は妙に気になっていた。

「んーっ、うう…」

キスを促された時もそう。軽くのつもりだった、こんなに激しく求めてくるなんて。人一倍彼を見てきた私だから、分かることもある。
仲間内での集まりで、彼は回し飲みを避ける。間違って口にしたら、拭うだけでは済まされない、下手したら中身を捨てカップを取り替えるような、潔癖の持ち主だし……

「やぁ…あっ、…んん」

まるで第三者の立ち位置にいる私と、彼の執拗なキスにどうしようも無く感じる私が、頭の中で交錯していた。
ううん、どちらかというと第三者的立場の私は、唇に与えられた痛みや柔らかいぬめりに翻弄される私に、負けていたのだけれど。
耳が、熱い。さっき耳元で囁かれたせいでもある。反抗してもしつこく唇を吸われ、私はエロゲ声優もびっくりな喘ぎを漏らしていた。
その声が、意識したくなくても、どうしたって耳に入っちゃうし、何て言うかもう……恥ずかしさに死んでしまいそう!

「んく………ぷ、はっ」
「ごめん、痛かった?」

結局彼は私の口元から鉄の匂いが無くなるまで、行為を続けた。
こいつと舌を絡めるようなキスをしたらば、速攻はね飛ばされ口をゆすぎに去られてしまう。これが私の中にある、正解だと思っていたのに。
実のところ、私から舌は絡めておらず、互いの口の中まで侵入していくようなキスでは無かったけど、あらゆる手段で唇を刺激されたアレは、エロエロなキスに違いない。

「前から知ってたけど、やっぱり相当敏感だねぇ。痛いっていうよりは、随分良さそうだった」
「そんなこと……ちょwやめいって」

解放されて油断したところに、首筋を撫でられゾワゾワする。触れるか触れないかの隔たりで、首筋からうなじ、うなじから鎖骨、彼は指の先でいったりきたりさせながら、涼しげに笑う。

「そんなこと、何?無かったと?いや、残念ながら君の声は悦んでいたね、間違いなく」
「……そーいうエロ漫画みたいなのを、そーいう声で言うのはやめよーぜ…」

「んー、そりゃ痛かったけど大丈夫だっ…ひゃっ」

「前から知ってたけど、やっぱり相当敏感だねぇ。痛いっていうよりは、随分良さそうだった」
「そんなこと……ちょwやめいって」

解放されて油断したところに、首筋を撫でられゾワゾワする。触れるか触れないかの隔たりで、首筋からうなじ、うなじから鎖骨、彼は指の先でいったりきたりさせながら、涼しげに笑う。

「そんなこと、何?無かったと?いや、残念ながら君の声は悦んでいたね、間違いなく」
「……そーいうエロ漫画みたいなのを、そーいう声で言うのはやめよーぜ…」

図星を指摘されて、また耳に熱っぽさを感じる。彼は指を使う時も、指の腹、爪の先、指の関節や手の平と、キスの時と同じくあらゆる部位をフル活用していた。
その上、撫でる早さに緩急をつけ、強弱までも変えていくから、少しでも気を抜くと声が漏れてしまいそうになる。

「やめて欲しい?」

声の調子をいつものように戻してから、彼は言った。一体、どういうつもりなんだろう。どうしたいか聞いている癖に、その手は一向に止まる気配が無い。
からかって楽しんでいるのか?それともマジでやっているのか?この先まさかヤっちまうつもりなのか?!

「そりゃあ、いきなりこーいうのは、なぁ……」

体は正直で嘘をつけない、これがまさに今の状態にふさわしい言葉なのだろう。彼は指先だけで私の情感を煽っている。
恥ずかしいからやめて欲しい、確かに私は彼に感じている。認めたくないからやめて欲しい!
頭の中で彼の言葉がリフレインする。ええ、間違いないですよ!残念ながらよろこんでますとも!

「そう」
「聞いたならやめっ…っん……ぁ」
「ま、やめるつもりは毛頭無いけどな」

──うまく行き過ぎでは無いだろうか?
──私と彼との距離は、こんなに簡単に突き崩せるようなものだったのか?

第三者の視点を持つ私の疑念は、不意に耳元に訪れた舌先と囁きより、完全に頭の中から追いやられていった。

意外としぶとい。結局彼女はちょっとやそっとの痛みでは、悲鳴をあげることなく、歓喜の声をあげていた。
彼女の容姿は中性的を通り越し、同年代の同性を思わせる。短く切り揃えた黒髪、やや太めで直線的に処理した眉、僕の趣味にあったモノトーンのTシャツに黒のダメージデニム。
男の娘のようにも見える彼女が出すあられもない声は、日常的にヘッドホン越しで聞くプロの声そのもの、しかしそれ以上にリアルで。
それが彼女自身気恥ずかしいのか、会話のところどころで必要以上に男の風を吹かせていた。

快感を享受している事実を気取られない様にしつつ、苦悶を浮かべる仕草も悪くない。小刻みに震える身体、大きな瞳が僕を直視できずに泳いでいること、耐えきれずシーツを握り締めた手の形。
初めて僕に迸った感情だったが、それでも僕は今しがた目覚めた本能からか、この感情の名を悟っていた。
苛虐心に、火が灯る──

やめるつもりは無い、とは僕自身への宣言でもある。ただ愛でているだけだと告げれば、今からでも言い訳になる。しかし歯止めの効かない欲は、彼女を蹂躙しつくすことを求めて、僕を誘うのだ。

「だめだめっ、耳はっ、ゃあっあっ…だめえぇ…あっ」

悲鳴が聞きたい、涙に濡れ、苦痛に歪む顔が見たい。
それにはまず、彼女がひた隠しにする性癖を引きずり出す作業が必要だと、脳より先に体が動いていた。曖昧な抵抗は、淫売が腰を振ることと同意義だ。これは、どの媒体で記憶した台詞だったか……
「……ぇあっ、…めてっ、み…みっ、ひゃっあっ、あっ」

耳たぶを甘く噛み、舌でラインをなぞり、唇で撫で上げ、吸い付くと同時に噛む強さを強める。それから吸いつき、離す際にはわざと音をたて、鼓膜にも性的な刺激をやる。
歯を離してからは、唇と舌を使い端から穴まで、唾液を擦り付け舐めあげた。忘れた頃に噛み締めて、また振り出しへ戻す。
単純な行動だが、繰り返せば繰り返すだけ彼女は僕の行動に併せて声を出すので、僕の新たな楽しみとなる。
「やめて」と言葉にならない鳴き声だけが響いていた。

「ふぁ…あっ…っやあ…」
「……もう1度聞くけど、まだやめて欲しい?」

途中から彼女の頭がバランスを崩したことに気付き、両手で首元と頭を支えながら責めていたのだが、とうとう座っていることさえままならなくなったのか、彼女は僕の背中に腕を回し体を預けきっていた。
手を離し彼女の肩を抱き抱えるようにすると、支えを失った頭部は僕の胸元に埋まった。返答は無く、洋服越しに生温い彼女の荒い息が吹きかかる。

「…ふぅぅーっ……。だから…やめろっつってんじゃねーか、この……」
「本当に?」
「さっきから言ってンだろ、いったいてめえは、何がしたああっ…またかぁっ…あっ」

相当しぶとい。まだ反抗する気力がある辺りに、二次元と三次元との違いを実感する。ここまで感じきっていれば、シナリオ上はそろそろ屈伏し始める頃なんだが……
肩から肩甲骨を経由、Tシャツ越しに背筋をなぞると、それだけで彼女は再びリズミカルに声をあげ、体に変化を起こし始めていた。

「っっくぅ…バカぁっ…てめっ…ぇあっ…」
「言動と行動が伴ってないね。嫌なら離れれば良いだけなのに」
「!…やあっ…」

その変化は、彼女の短い黒髪を先程のように引き上げた時、顕著に現れた。ああ、やっぱり普段貸し借りしている本のようにされたいのが、彼女の願望らしい。
淫卑な色を見せる瞳が僕の目と合い、更に大きくなった瞬間。だらしなく開いた口から声が漏れると同時に、肩が、背中が、腰が、ねだるように震え始めていた。

「嫌なら何故、僕を掴んだまま、こんなにヨガってるの?」
「んく…ぅ…だから……それ…は…ぁっ」

限界が近い。
彼が私に与える刺激は常に脳天をぶち抜くような強さで、普段自分で自分を触る時とは比べ物にならない快感に、理性と体は麻痺していた。
触られた場所から、電気のように全身にその刺激は広がって、最後にあの場所に辿り着く。
なんでやめて欲しいんだっけ?──恥ずかしいから──でも感じる、そう、もっとして欲し──いやいやダメだろ──どうして……

「腰、動いてる」
「ちがっ……やっ、あっ、あああ」

彼は数十分前にしたのと同じように、私の頭頂部の髪を掴み、引き上げる。
小さな痛みが束になり襲った時、視界には無表情な彼がいて……私はその、無機物のように冷たくて鋭い目から、意識が離せなくなっていた。

「違う?嘘も大概にしておけば?」

全てを見抜くような視線が怖い、この先に身の危険を感じる。でもそれ以上に何を期待しているのか私は、高揚感にクラクラしていた。
そう、これはさっきの時も、感じていたクラクラじゃないか。

「痛い方が良いんだろ、この変態」

耳元を突き刺す声で抜けるその言葉は、今まで言われたどの言葉より、私の頭の中に響き渡って頭の中を痺れさせた。

「……ああっ…やっ…ぁぁあっ」

首と肩の間の辺りに、強い痛みが走る。この痛みも、今まで与えられたどの感覚より、私の理性を奪うものだった。

痛いのに……思いきり噛まれている首の辺りがとても、掴まれた髪の根元にある皮膚が焼けるように、腰をまさぐる骨ばった手が時に強く爪を立てるのに、……気持ち良い。

「っ、だめぇ…んっ……」
「口答えするな変態」

当たり前だ、痛め付けられることを前提にしたジャンルが好きで、日課のように“している”のはどこの誰?

抵抗するのは言葉だけで、体はもう理性の叫び声を聞けない。だって私は知っている。本当はこんな風に、罵声を浴びせられて、乱暴にされたかったから。

「そ…ぃうこと……んん、言…ないでっ…て」
「黙れ変態」

涙の跡が残るシーツに押し倒されて、期待を込めて目を瞑った。気付かれないよう薄く開くと、予想通り私を見下す彼がいる。その視線すら、こうなってしまった私には、興奮剤だ。
恥じらいが消えた訳ではなくて、恥じらいまでもが胸を高鳴らせるだけ。
私は知っている。きっと彼は私が歯向かう、きっともっと酷くしてくれるはず……

仰向けに倒した彼女へ馬乗りになった頃には、彼女はほぼ“出来上がって”いた。早くこれを試したいと昂る欲は、幼い頃手にとった新品の玩具に期待したものに近い。

「言ったよね、僕の弱さを受け入れたいと」
「…それとこれとは……!っ…」

小気味良い音に高揚する。未だ口答えをする彼女に飛ばした平手打ちの音。ついに手を上げた僕の行動に彼女は閉じていた目を見開いたが、放心状態なのか言葉は出てこない。

「黙れ」
「………」
「これで二回目だから、次はないよ?」

体重をかけないよう注意し、彼女の上に覆い被さった。彼女は数回瞬きをし、それから少し眉をハの字に曲げて、黒々とした目を泳がせたが、最終的に僕から視線を反らせことはしなかった。
僕の手により従順になったと心が躍る、ただ冷静にことを運びたい。

「君の思いはどこまでが事実?この行為が僕の弱さの象徴であるなら、君は受け止めてくれるの?」
「………」
「覚えてるだろうけど、僕は責任を持たない発言と嘘は最低だと思ってる」

現実の女を攻略することは、やはり難しい。これほどまでに攻略対象のモノローグを求めたことは無いだろう。僕が反射的にやった命令を、彼女は懸命に守っているだけであっても、今となっては逆効果だった。
答えが返ってこない苛立ちから、殴ってでも聞き出そうかと逸る思いは、明らかに八つ当たりだ。気取られないよう、唾を飲み抑える。

「……口を開く許可は?」

平静を装いきれない声と、苦虫を噛み潰すような表情で彼女は答えた。殴らないで良かった、心の中で安堵しながら、首を縦に降る。

「こーいうことされたからって……嫌いになったりはしない」
「そう、それで?」
「でも、どうしても私に触りたいならひとつだけ言いたいことがある」
「何?」

瞬きを繰り返す幅広の二重瞼。境遇を受け入れかけていた瞳が、少しずつ張りつめていく。

「これ以上触らないで。私が変態なら……それ見て楽しんでる基地外も十分変態だろ」

先程まで愉悦に浸っていたことを否定するように、言葉を選びながらも、きっぱりと彼女は吐き捨てた。
何故、今になって態度を急変させるのか。もしも、心から拒否をするのであれば、こうなる前に抵抗するはず。
感情に動かされず侵蝕を進めようと努めていたが、彼女の一言はそこにどんな意味合いがあろうとも、僕を煽りたてる言葉に違いは無い。

彼女の頬を無意識に打った時と同じように僕は、理性が抑える限度を越えた憤慨によって行動していた。

「そう。それなら君が目を覚ました時には、もう触れないことにするよ」
「かはっ…っ!……っ」

本能のままに僕の利き手が、彼女の首に触れる。見た目に似つかぬ女らしい細さを堪能し、柔らかな肌に指を食い込ます。
ここまで他人に触れたのは久しぶりだ、温かく鼓動する脈を感じる。彼女の命はこの掌の中にしか無いという優越感が心地よい。
確実に落とす為には気管では無く、頸動脈だ。狙いを定め力を込めると、彼女は陸にあげられた魚のように痙攣をし始めた。

我儘な欲はどこまで僕を残虐にさせるのだろうか。混濁した意識の中、僕の手の中で彼女もまた、本能のままに肢体を踊らせていると思うと、麻薬にも似た快感が押し寄せてくる。
心だけでなく体にも欲望の形が表れ始めた頃、ようやく彼女は視点の覚束ない死人の目をゆっくりと閉ざしていった。



──目を開けているはずのに、何故か世界はキラキラと真っ白に輝いていた。
嫌なことや取り返しのつかないミスがあった時、頭が真っ白になる……という表現が使われるけど、冗談ではなく目の前が本当に真っ白だから困っている。

息は出来ている、確かに呼吸をしているのに、酷く苦しい。くらくらと目眩がして、それから体が急に暴れだして──ここで一度、私の意識が無くなる。

──身体中の痺れ。上手く力が入らない、それに頭がボーッとして……
あれ、私何してたんだっけ、あいつんちに遊びに行って、それから色々あって……うわあああああ!

この部屋で繰り広げられた様々な恥ずかしい出来事が、記憶となって数秒で頭の中を駆け巡る。
そして、思い出す。彼の手で首を締められ、失神してしまったのだ。

「ん……んん!んぐ〜〜!」
「起きたか」

ベッドに放り投げられた私の隣、丁度腰辺りの隣に、彼は座っていて、より無表情な顔つきでそう言った。

「ん〜ん〜んー!!!」
「騒ぐな。仕方ないだろ、君が触れるなと言うから、僕なりに考えた結果だ」

言い返したいけど、言い返せない。口にはハンカチのようなものを詰められて、ビニテか何かで塞がれている。
信じられない!ちょっとした挑発のつもりだったのに、まさか、ここまでするなんて!

KNE……これ、なんて、エロゲ……。

「君が許すまで、僕が直接君に触れることは無いから、安心しな」

信じられないのは口を塞がれたことだけではなく、体の自由までもが奪われていたことだ。後ろ手にされた両腕、手首に感じるヒンヤリとした物体は恐らく手錠、それから膝の少し上と足首が紐のようなもので拘束されている。

「折角だから選ばせてあげようか?フレンチバニラとミッドサマーナイト、ミッドナイトジャスミン、それからレモンラベンダーがあるけど。どれが良い?」

最初は何を言っているのかさっぱり分からなかった。でもバニラとかラベンダーとかいう単語を並べて連想された考えは、私の血の気を引かせる恐ろしいモノになり、現実として突き付けられた。

カチリ、と響く音の後に、彼の手元に小さな灯りが揺らめく。

「んんー!んー!ん〜〜〜!」
「考えてみたら、その口じゃ選択出来ないね。剥がすのも面倒だから、適当に決めたよ」

揺れる灯りが二つに別れて、片方が消えた。こんなのって無いよ、こういう時のこれの使い道なんて一つしか無いじゃないか!。
彼の手には、ベージュがかった大きな蝋燭。逃げたい一心で体に力を込めるが、上手く動かない。

「僕は君に触れることをまだ許されてないから、拘束を解くことは出来ない。残念だね」

ゆっくりと彼は手を上げて、手に持つ蝋燭を傾けた。二次元ならはにゅーのおかげで世界が止まったり、スローで動いたりしてくれるんだろうけど、現実は残酷で……熔けだし流れ落ちる蝋に、私は為す術が無く、それは一瞬で皮膚にこぼれた。

「んぐうううう、んんんー」
「口を塞いで正解だね、時間が時間だしあまり大声出されても困るから」

痛い痛い痛い!

針で刺されるような熱さが、Tシャツから伸びた腕全体を、絶え間なく襲う。痛みに耐えきれず口の中にある詰め物を、ギリギリと噛み締めた。

「〜〜!んむ、んんっ、んぐ……ぅ」
「仏壇のじゃないだけ、優しいと思いな。香料入りの方が、温度は低い」

そういう問題じゃない!叫びたくても、言葉にならない声で抗うしかない。熱い、痛い……彼は手を休めない。蝋はポタポタと容赦なく、熱さを通り越した苦痛になって降り注ぐ。

「随分甘ったるい。別のにすれば良かった」

この状況で匂いのことなんか考えられないけど、意識しなくても、確かに濃厚なバニラが漂っている。そんなことを思った時、痛みは更にキツくなって私を襲った。

「んんんんぅっ!っんん!」
「これは痛いよ、皮膚が薄い場所だから……腕も内側の方が熱かっただろ」

肩、鎖骨、首筋、次はデコルテ部分全体に蝋が落ちてきた。宣言通り、腕とは比べ物にならないくらい熱い。
とにかく無我夢中で、何とか逃れたい一心で仰向けになったけど、そこから先に体を転がすことが出来ず、逆に広範囲を晒すことになってしまった。

「させるか、馬鹿。それとも、もっとされたかったの?筋金入りだね」

足を組んでいた彼がこちらへ向き直り、ベッドの上に座り直した。片足はあぐらの形で、もう片方で私をまたぐ。こうなると、もう動けない…!

「んっ、んっん、んぐ、うぅぅ」
「無駄に動いたら、顔にもかかるから気を付けな」

熱い、痛い、熱い……いつまで続ける気だろう。夜はまだまだこれからだった、思い出すと気が遠くなる。さっきみたいに気を失えれば楽なのに、痛みによって現実に引き戻されてしまう。
麻痺しては元に戻り、感覚が戻ればまた朦朧とする……その繰り返しに気が狂いそうになるのに、許さないとでも言うように私を責めてくる熱。

「……そろそろか」

鎖骨の下辺りを中心に、蝋は私の皮膚を埋めていた。隙間が無くなり少し楽になっていたのもつかの間、先に落ちた蝋の上で固まりきらなかったものが、埋もれてない肌に流れてくる。
直接落ちる感覚とは違う、ジリジリとした痛みがやってきた。

「次に動いたら、確実に火傷するから注意しな」

この人、まだやる気なんだ……。自分が望んで彼に喧嘩を売ったのは事実だけど、想像以上の危険と不安に、逃げ出したくて仕方がない。

彼は私の体から足を離し立ち上がって、手に持つ蝋燭を、私の胸元にある固まりきらない蝋の上に乗せた。まるで使い慣れた燭台のように。

「少し席を外すよ。最悪のケースは焼死だから、そうなりたくないなら動かない方が良い」
「んっ、んんんん〜!」

ちょっと待て、そんな放置プレイってあり?!言葉になるはず無いのは承知でうめき声をあげても、彼の背中は遠ざかり振り向こうとしない。
そして、身動き出来ない私をベッドに置き去りにしたまま、彼は本当に自室を後にしてしまった。

痛みが走るのは、蝋をあてられた部分だけじゃない。仰向けになったせいで、後ろ手にされた腕が、自分の体重に潰されている。それだけでも痛いのに、手首を拘束する手錠が皮膚に食い込んでいて、これもこれで辛い。
シンプルだけど、確実に苦痛を与える、彼らしいやり方。このまま蝋燭が傾いたらどうしよう、短くなって火が体に近づいたらどれだけの熱さになるのか。
パニックになりそうな頭を落ち着かせないと、本当に死ぬ可能性だってある。

「…んくっ…んん……。…ふー……」

恐怖にかられても、結局は彼を待つしかない。腹をくくるほか、今の私に出来ることは無い。
鼻からゆっくり深呼吸をし、出来るだけ早く彼が帰ってくることを祈りながら、私はそのまま目を閉じた。

やり過ぎたかもしれない。彼女の拘束を仕上げるまでの間、あの言葉は売り言葉だと推測出来た。手が出る前に推測出来ていたら、ここまでやらずに済んだのでは無いか。
こうしてシャワーを浴びている間も、自室に放置した彼女の身の危険を思い、チリチリと良心が痛む。と同時に、獲物を残酷にもて遊ぶ行為が、とびきりの悦びになっている。

「確かに、変態だな……」

飲み物を取りに、リビングへ寄るだけの予定だった。何故、わざわざシャワーまで浴びに来たのか。時間を稼ぎ彼女を焦らす為、それだけではない。

「下らね……二次元以外にマジで勃つとか…っ…」

痛め付けるだけで欲は満たされるはずと自負していたにも関わらず、彼女の一挙一動を観察する程に欲は増し、彼女の首に手をかけた時から下半身が主張し始めていた。
こみあがる声を飲み込みながら、自慰行為にふける自分が情けない。独り言を吐いたところで、内なる自分にしか冷静さをアピール出来ないのだ。

片手にマウスを持ち作業のように行うオナニーとはまるで違う。今頃、彼女はどんな風に苦しんでいるかを思うと、抗いたくとも手にこもる力が強まり早くなる。

「……くそっ」

吐き出された欲の固まりを出しっぱなしのシャワーで洗い流して、ついでに体を洗う。そろそろ戻らなければ、取り返しのつかないことになりかねない。



「生きてたみたいで良かった」

急いで部屋に戻り、揺れ動く火の明るさに照らされた彼女の横顔を見て、安堵した。自室が火事になっては困るから、続けて彼女にそう伝えたが、勿論本音は違う場所だ。
蝋燭は思ったより短くなっており、吐き気を誘う程バニラの匂いが充満している。流れた蝋は重力に従い思うがままに広がっていた。注意深く観察すると、布団の方にまで。
蝋に蝕まれずに済んだ肌には玉のような汗が浮かび、閉じられた瞼には汗と混じった涙が浮かんでいる。

「……んっ…ん…」

この顔が見たかった。先程発散したにも関わらず、実際に苦しむ様子を見ると、再び僕の中の欲が触手を動かした。

焼けるような熱さから逃げることが出来ない囚われの身で、彼女は何を思ったのか。僕の帰りに気付き瞼を開いた彼女の瞳から、ボロボロと涙の粒が溢れる。

「何?放っておいてもいずれ火は消えるから、泣く程良いならこのままにする。僕には被害が無いし」
「んうぅ〜んんぅー」

分かっている、泣く程辛いのだろう。彼女は必死に首を降り、解放を求めていた。やり過ぎを自覚しているが、都合良く放すつもりは無い。僕を煽ったことを後悔させなければ、許すつもりも無い。
それを思い出させる為、フローリングに座りベッドに凭れた。

「なら、触れても構わない?」
「……んんっ!…」

仰向けのまま動けずにいる彼女の耳元へ、吐息混じりに問いかける。敏感な彼女の耳はそれだけで感じたのか、面白いくらい腰をくねらせた。

「縛られて口塞がれて、その上燭台代わりにされて、そんな状況で反応するって……本当はこのままにされたい?」

短かな蝋燭は安定して立っている。僕の言葉に大きく首を降り腰だけでなく体全体をくねらし始めた彼女と、ある程度の振動では蝋燭が倒れないことを確認して、徹底的に責めることにする。

「認めろよ、変態。そうしたら、火だけは消すから」

彼女に僕は触れない、触れるのはあくまで空気と無機物だ。手に持つ携帯を開き時刻を確認。バイブレーションし始めたそれを迷わず、一番落ちにくく一番敏感であろう場所、恥丘と太ももの間へ放り投げた。

「んっ…んんんんんぅぅぅ」

風呂で味わった屈辱感を思い出す。同じ思いを自分以上に味わうと良い、より苦しませてやる。その表情さえ目に焼き付ければ、きっと僕の溜飲も下がるはず。

彼女の声にならない悲鳴と甘い鼻声は、断続的だが止まることは無く、いずれは嬌声に堕ちていくだろう。
さて、いつまで保てるかな。期待を胸にした現在時刻は、アラームが鳴り終わる二時五一分になろうとしていた。

「因みにこれ、1時間半は続くから。我慢は体に悪いよ」

急に与えられた刺激は、元々湿り気を帯びていた割れ目に対して、ジーンズ越しでも十分に届いてくる。
体を動かせば、目の前にある蝋燭や燃え上がる火が顔や体にかかるかもしれない。分かっているのに、全身が言うことを聞いてくれず、ビクビクと反応してしまう。
熱さや痛み、火傷への恐怖感、耳元で私をなじる彼の言葉、あそこにあたる正体不明の快楽。それらが頭の中でぐちゃぐちゃになった混乱。

「認める?認めない?」
「うっ……んく、んっ、んんっ」

……認めれば楽になる。

彼が部屋を去ってから数十分経った頃に気付いてしまったこと。後ろ手の腕を楽にさせたくて腰を浮かした時に感じた、下着の中のぬめり。
熱いのに、痛いのに、蝋の責め苦を受けるうちに感情がたかぶっていたこと。拘束されて身動きの出来ない無様な自分に、いつの間にか興奮してしまっていたこと。
楽になれるなら、今すぐにでも指を伸ばして自分を慰めてしまいたい。けれど、この気持ちを晒す程、羞恥心は鈍ってないから、苦しくて仕方がない……

私の頭をおかしくさせる原因は、しばらくしてから一度止まり、それから同じくらいの時間をおいて再開した。
ずっと、その繰り返し。ずっと、ずっと。
気持ち良くなってくると止まって、落ち着こうとすると動いて、焦らされ続ける。
インターバルの間、彼は度々悪魔の囁きで私に答えを求めたけど、刺激が止まると私の中に残る理性が、認めることを拒んでいた。
「…っん…んぅぅ…っ…ん…」

本当はすぐにでも触れて欲しい。疼くここをどうにかしたくて、気持ち良くなりたいのにどうしようもなくて。
我慢の限界が着々と私のマトモな部分を蝕んでいく。

「言わないの?言えないの?言いたくないの?誰がどう見ても、マゾ奴隷だよ。今の君の状態」

どれだけ時間が経ったかも考えられなくなって、彼の言葉の意味もほとんど分からなくなった頃、強く耳に残った言葉がある。

“マゾ奴隷”……もどかしい快楽の波の中で、ぐるぐるとその言葉が響く。

そうだ。こんなに苦しくて、涙と汗で顔を汚くしてるのに、それでも浅ましく感じている私は、やっぱりドMで変態なんだ。

縛られて感じてる変態、熱いのが気持ち良いマゾヒスト、ローターみたいな振動だけじゃ我慢出来ない淫乱女。
私の心の声なのか、彼の囁きなのか、もう区別がつかない。認めてしまえ。我慢はもう嫌だ、早く楽になりたい……

「んっ、ん…んぐん…んーっ…」
「ようやく答える気になった?」

彼の行動は素早かった。口元のテープを即座に離し、中に詰め込まれたハンカチを取り出す。唾液でいっぱいになった布は、にちゃりと音をたてて、聞いただけでどうにかなってしまいそうだった。

「はぁ、はぁ……も…ゅるしてぇっ!…んふっ、くぁ、あっ…」
「また始まったね。折角だからその状態で言って貰おうか」
「やっ…っあ…んぁっ…」
「言えよ、ほら」

蝋の滴る刺激とズボン越しの意地悪い刺激、そして心まで縛り付けるような拘束に包まれながら、私の口から無意識に言葉がわき出てくる。

「さわっ…んんっ、さわってほしぃ…です、…はぁっ、あっ」
「何を触って欲しいの?」
「わたひ、わたしの……からっだ、んんっ」
「君の?どんな体?」

彼の冷淡な声は、まるで洗脳のように耳に溶け込んで、羞恥心を屈伏させながら頭の中を駆け巡る。安っぽい誘導尋問に、私が出しているとは思えない、いやらしい声が答えさせられていた。

「ろーそくで、んん…かんじちゃうぅ、どえむなからだです…ぁうっ、あっ、んっ」
「へえ……まさかこれで感じるとは思わなかった。じゃ、定番だけど最初から言おうか」
「そんんっ…、やらぁ…んぁっ」
「言え。私は変態マゾ奴隷ですって、最初から」

命令口調の低い声に心の壁が脆くなった時、彼は定規のようなモノで私の顎を引き寄せた。無理矢理されたことでも発情しきっている私を蔑んでいるのか、じっと見つめている。
舐められるような視線によって、完全にタガが外れた私の心から、恥じらいという感情が崩さった。

「わたひは…あっ…つぃので…かんじてるっ…んっ、へんたいですぅぅ!ぁあっ、マゾどれ…のからだ…さわってくださ…っ…おねがいっ、ひぅっ」
「……傑作、本当に言うとか…。言ったからには、僕の言葉に従う?」
「するぅっ、なんでもするからっ、おねがぃさわってぇえ…っ…」
「何でも、ね。……上出来」

ジュッと何かが燃え尽きるような音の後、部屋中に漂うバニラの一部が焦げ付く。彼の指が蝋燭の芯に触れた音だった。
灯りは勿論消えてしまい、振動音も一時的に止まって、部屋の中は拘束された私の姿を除いて、いつも通りの夜の形になる。

「はぁっ…はぁっ……」
「お願い、か。そこまで言うなら、好きにやらせて貰うよ」

降参した私に満足したのか、胸元の蝋燭を流れ固まった蝋と一緒に剥がし始める彼。皮膚まで一緒に剥がれているような錯覚に陥るのは、それだけ蝋と私が同化していたからかもしれない。
一瞬、後悔の念が沸き上がったけど、すぐに期待の膨らみでかき消された。
もっと、もっとして欲しい。このもどかしい振動から解放されて、早くイってしまいたい。

「返事は?」
「……はい」

もっと、もっとして欲しい。このもどかしい振動から解放されて、早くイってしまいたい。快楽の先しか考えられなくなって、彼の言葉に何の疑問も抱かずに答える私がいる。

「良い返事。ただ、残念ながらその拘束も……そこに置いたものからも、君はまだ解放されない」
「!……あんなことまで言わせた癖に。なら…、これ以上何をどーするつもり……」

期待外れと更なる過酷な責めを予告するような彼の言葉に、目眩を覚えるくらいで、私は素直に心境を口走っていた。

「期待してたの?僕が好きですることが、必ずしも君の求めることに直結するとでも?」

図星に言葉が出てこない。
てっきりこの先は、私の体を求めるものだと思っていた──

「その状態の腕はそろそろ肩壊しそうだから、体勢だけは変えてあげる」

彼は気だるげに立ち上がり、仰向けになった私の足を持ってベッドから引きずり下ろした。
フローリングに前屈で座る形になり、自身の体重からは逃れられたけど、この拘束からはいつになったら──何をすれば解放されるのか。
強制だとしても口にしてしまった奴隷の誓いが、自分の自由を捨ててしまった言葉ということに気付いた私は、これから起こるであろう恐怖と興奮に身を任せるしかなかった。

何故自室を後にした際、わざわざシャワーを浴びに行ったのか。ただ抜きたいだけなら、用を足すついででも良かった。
もはや、疑う余地はない。止まらない涙と汗に汚れた表情を見る度、くぐもった甘い声を聞く度に、彼女の存在に心を奪われている。
これをモノにしたい。遊ぶだけでは物足りない加虐心が、所有欲を生み出し、またもや僕は感情に操られていた。

彼女は今、ベッドに腰かける僕の目の前に、拘束されたままでいる。後ろ手の手錠、膝の少し上と足首を紐で縛り固定しているので、それさえ気付かなければ礼儀良く正座している風にも見える。

「ぁっ…ふぁっ…っん、ゃあっ」

ベッドから引きずり下ろした際に落とした携帯は、隙間の無い太ももの間に挟み込んだ。1分ごとにスヌーズをかけたアラームは未だ振動を続け、彼女を狂わせている。
もう少し、放置をさせてその様を眺めていたかった。絶頂を求めて僕に誓いの言葉をたてた彼女が、拘束を解かないと言った時に見せた、絶望の色をした目が脳裏から離れない。

「認めれば火を消すとは言った。だからそれを止めたいなら、努力することだね」

彼女は時折我に帰るらしく、表情を見せることを拒むように俯いていた。隠したところで、止まらぬ嬌声と小刻みに震える体を見れば、だらしない表情は推測出来る。

「上手く出来たら、止めてやる。何でも、するんだろ」

先刻落ち着かせたとは思えない程怒張するそれを、ファスナーから取り出し、彼女へ声をかけた。
目の前に何があるかは、顔を上げなくても見えるはずだ。フローリングに座る彼女の位置とベッドに腰かける僕の位置は、幸いにもその行為をするには丁度良い高さにあった。

「いつも見てる通りに、やってみろよ」

BL小説、同人やエロゲー等々で得た知識は、確実に普通の女子よりはあるだろう。本当は自ら動くまで待っていた方が、彼女を更に屈伏させるには良かったのかもしれない。
ただ、その時間に耐えられる程、僕自身は我慢強く無かったらしい。

「いやっ…っ!…んむうぅぅ」

短い黒髪を両手で掴み上げて、無理矢理先端を押し込むと、彼女は吐き出すように舌と口を動かした。

「んんっ…ふ…ぅえっ」

皮膚で感じるとものは異なる、生暖かくぬめる粘膜同士の触れ合い。
初めてのフェラチオの刺激は、強烈な彼女の抵抗で激しく亀頭を嘗めあげられるもので、それだけで腰が融けだしそうな程だった。
「抵抗するな。無理矢理つっこまれたい?」
「んぅう゛うっ、ぅえっ…!」

先端だけでは物足りない。その先を求め、堪えきれず一気に突くと肉の壁に当たり、反射から彼女のむせる声が漏れた。
ゆっくりと引き抜き、口内の感触を味わいながら喉奥まで戻し、回数を重ねる。

「苦しそうな割には、目が悦んでる」

口をすぼめて醜くなった彼女の顔は、新たな苦痛の形に歪んでいるが、潤んだ瞳と目を合わせると愉悦に浸っているようにも見えた。
その姿と、抑えがたいであろう咽頭反射による断続的な刺激だけで、僕自身と征服感が満たされていく。
髪を掴む力を緩め、片方で頭を撫でてやると、彼女は驚くほどに従順になり、唇を動かし始めた。

「んっ…、うぅっ…んく…んっ」

口便器に成り下がった彼女は、舌先を蔦のように絡みつけながらくわえ込み、ショートカットを前後させる。
端から見れば男同士の倒錯した口淫のようだが、唾液と共に漏らす喘ぎは、間違いなく女特有の官能を含むもので、不覚にも硬さを増してしまう。

「ふぁっ…!…」

無意識の動作に驚いたのか、彼女の口からそれが離れ、勢いで弾くように彼女の頬を打つ。
隠茎で頬を叩かれるという屈辱的な刺激は、更に彼女を火照らせたらしく、従順な犬というよりは貪る獣と化していった。
裏筋を根元から先まで絶えず熱心に嘗め上げる。その合間合間に降る口付けは、彼女の全てを委ねる誓いにも見えた。
舌先を使った繊細なタッチが、舌全体や唇を使い横から挟む大胆な動きになり、次第に激しさを増す。
先走る液と彼女の唾液の区別がつかなくなるまで、彼女は飽きることなく僕のモノを嘗め続けた。

「…んっ…はぁ…きもち…いぃ?」

こういう場合は、どんな表情と言葉で答えるべきだろうか。脳裏に某アルエが流れ出す、実に下らない。
一言でも答えようかと考えたが、結局、この場にあった罵倒の台詞も浮かばず、彼女の頭を再び自身へ押し込んだ。
耐え難い快感だ──。口が裂けても言えない答えを、行為で示す。

「ん…うっ…ぅぅ…」

最初に口内へ侵入した時と、感覚は全く異なっていた。彼女は舌と口を駆使し自ら奥へと沈み、そして上目遣いで浮いていく。
浅く遅いその動きが、勢いをつけながら徐々に深く早くなっていた。
ふと見ると、彼女の上目遣いはしてやったとでも言うような、ドヤ顔に変化していることに気付く。

「随分、余裕があるみたいだね」

癪に触った。
一層奥を目指し、頭を抱えくわえ込ませる。腰も動かし押し当てると、彼女は僕の怒りを買ったことにようやく気付き、生意気な目の色を怯えさせた。

「ぅうっ、ぐぅぁ…ぅあ゛っ……!」
「奴隷の分際で調子に乗るからだよ、自信があるなら耐えてみろ」

自分でも容赦の無い責めだと思うが、こうなると後には引けない。今更、優しい舌使いで満足は出来ないだろう。

一心不乱に喉の壁を突き、往復を繰り返す。

「苦しい?」
「…ぁあ゛っ…うぁっ、ぐぅふっ…」

抜ききる際と入れ込む際に彼女の厚い唇が、鋭敏になる雁首を引っかける。

「そんな訳ないよね」
「ぅがっ、…んぅっ、う゛えぇっ…」

打ち付ける度に反射で痙攣する喉と舌が竿部を撫で上げる。

「痛いので感じる、変態だから」
「ぅぐえっ、…っ…、ぐぇほっ、」

奥を突くうちに、喉を保護する為か唾液とも痰とも違う粘度の高い液体が湧き出て、先端に絡んでくる。

「こうすると、感じるんだろ……くっく」
「う゛っ、ぐぁはっ……」

ひとつひとつの快感が、確実に射精感を高めていく。
下品にむせる彼女の瞳は、光を無くしたレイプ目のように焦点が定まっておらず、開ききった目から涙が流れ落ちている。
鼻と口からも、すすることも飲み込むこともの出来ない汚れが、ダラダラと垂れ流しのまま。
下半身に直接宛がわれた強い快楽よりも、人としての尊厳を無くしかけたこの表情が、何よりのエクスタシーだった。
視覚的な刺激に絶頂の時は一気に訪れ、黒髪を掴む力が強くなり、1回でも多くの快楽を得ようと腰を振り立てた。

「…っ…出る…」

息もろくに出来ないラストスパートの中──くぐもった彼の声の色っぽさにときめきながら、少しでも楽になる為に出来るだけ開けていた喉の奥を、アレの訪れに備えて閉めた。
まるでセックスをしているように、少しでも奥へ入ることを求めるように、彼のモノは私の喉へとねじ込まれ、びゅるびゅるとその精を放つ。
ツンと鼻をつく匂い、生暖かい液体が私の喉に勢い良く当たって、舌の付け根に流れ落ちる。気管に入らないように喉を閉めてるから、水位を上がるように精液はだんだんと口の中いっぱいに広がった。

「んんっ…んぐ……」

欲望を出し尽くした彼はゆっくりとそれを引き抜いたので、鼻から思う存分に空気を吸ってから、彼のモノが汚れないように舌を絡めて精液を口の中で拭う。
すると彼は、任せたとでも言うように動きを止めた。
お掃除的なプレイもご所望なのね。口をすぼめて顔を引き、更に拭う。カリの辺りまで引いてから、舌で凹みを一周させて、少しずつ抜いていく。唇も使って、一滴も溢さないように。

「少し待ってろ」

全てを吸い上げ彼のモノから口を離した時に、彼は言った。
何を待つんだろう。酸欠状態の朦朧とした頭で考えても良く分からない。口の中にあるものが邪魔で、自然とそれを飲み込んでいる自分がいた。

「んっ、……ふぅー…」

精液がイカ臭いって言うのは、嘘だと思う。どちらかと言うと苦い薬のようで、舌全体がピリピリと痺れている。
ねっとりとした食感で、喉に残っている気もするけど、好きな人のモノだからか性的興奮のせいか生臭くても不思議と美味しく頂けた。

「おい、てめぇ今何しやがった……」

立ち上がろうとしていたらしい彼を見上げる。珍しく口が悪いだけでなく、言葉遣いまで荒い。一体、どうしたと言うんだろう。

「何って、…何。あなたが無理矢理やっ…んんっ……またぁっ…ひゃっ…も…やぁあっ」

また例のケータイが動き、声が漏れてしまう。お預けをくらい続けてる、仕方ないじゃない。
目が合うと彼は、呆れ返った顔をして立ち上がり、吐き捨てた。

「もう良い。このド変態が」

否定出来ない。彼のモノに唇が触れた時から、キスしてるように舌も口も感じてしまって、自ら刺激を求めてくわえていた。
あそこへの微弱な振動だけじゃ、物足りなくて。私の口で良くなって欲しくて。飼い慣らされているような錯覚に酔いしれて、ひたすらに舐めていた。

挙げ句の果てには、無理矢理のイラマチオや喉奥を突かれるディープスロートの責めを、あんなにも苦しかったのに…頭の中ではうっとりしながら受けていた。
これじゃ悪堕ちエンドまっしぐらか。
彼が、私のことを全く好きじゃないことに、気付いてしまっても──私は彼のことを求めずにはいられないんだから。

「言ってもいないのに飲むか、普通」

机に向かっていた彼が、手にいくつかの物を持って戻ってきた。
なるほど。彼が持ち出した物達を見て、待ってろの意味がようやく分かった。

「んっ…だって、ぁっ、あっ…」

私の言葉にならない声を聞き流しながら、彼はベッドを背もたれにして、私の斜め前を向かい合わせになるように座る。
ベッドに投げ出した物達のひとつ。箱ティッシュから数枚を取り出し、べトベトになった私の口元を拭ってくれる。そんな優しさが、今は苦しい。

「ま、変態だからごっくんだって朝飯前か」

ティッシュを丸めて入り口に近いゴミ箱へ放り投げた彼は、声をあげ笑ってから、同じように置いてあった見たことも無い小瓶を空け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲みだし──

「んうぅぐっ…んんっ…ふぁっ……!」

その時は、口の中に熱い液体が注がれてることしか判断出来なかった。痛みすら感じるほどの水分を全てを飲み干して、ようやく状況を理解出来たのだ。
彼に引き寄せられて、口をこじ開けられて、キスをされて、舌がねじ込まれて──それからこの正体不明の飲み物が流れ込んできたんだ。

「あっつぃ…やめろっ、んっ……」

状況を判断している間に、彼はもう1度瓶を傾けて、私に唇を押し付けた。
さっきと同じように、舌と度数の高いアルコールが私の唇を割って入ってきて、頭をカッとさせる。
胃が不慣れな侵入者に対して、キリキリと叫んでいる。これ以上飲まされたら死ぬ。そもそも禁止されている年で、どうしてこんな強い酒が飲めるっていうんだ。
彼が私から離れて酒を入れないように、その一心で舌を吸い引っ張る。

ぬるぬるした感触と口に残るアルコールの熱さをきっかけに、さっきまでしていた口での奉仕と、思い出したくないことまで思い出してしまった。


「んっ、んん……ん」

イく寸前に彼が見せた表情。確かに彼は、笑っていた。ちょっと違う、もう少ししっくりくる変換……何かのラノベであった、そうだ。

“嗤っていた”これが正しい。

確かに彼は、嗤っていた。苦しむ私を見て、夜に溶け込む暗く冷たい目で、私を嘲笑っていた。

「やめろって言われて、この僕がやめると思う?王道な台詞を言わせるのが、随分好きだねぇ」

必死の抵抗も空しく、力の出ない私は、逆に舌を吸われるだけ吸われてしまう。そしてまた、大量のアルコールが口移しで注ぎ込まれた。

「んく…っく…ぅぐ、ん…」

吐き気と共に視界が霞み始める。急性アル中の類いって、こんなにすぐに来るものなのか。これってただの虐待……
そんなことを考えている間に、耳元に彼の熱い息がかかっていることに気付く。

「欲しがりの淫乱は、言われたくて誘ってるんだろうけど」
「ひゃあっ、あぁ……あっ、ちがっ、みみやだ…ぁあっ」

唐突な囁きの後、そのまま耳たぶを噛まれる。わざとらしい音をたてたキスと舌での責めに、熱くなった頭と体はますます熱を上げる一方だ。

「約束は約束。上手く出来たから、外してやる」

震動が止まったケータイが太ももの間から抜き取られ、後ろ手の手錠と両足を閉ざしていたロープも外される。
拘束を全て解かれたところで、私は彼に逆らえない。拘束をされたあの時から、逆らうことは許されていなかった。
時刻は3時を過ぎている。1時間以上も意地の悪い刺激を与えられ続けたあそこは、失禁したとも思えるくらいに濡れていて、疼きが止まらなくて。

「で、熱いのと痛いので感じる変態マゾ奴隷さんは、これからどうする?」

饒舌なのは酔いのせいか、上機嫌で彼はあの蔑む目をして嗤った。さっきと違い、隠すつもりは無いらしい。
彼の嘘にかかり発情させられた私が、どうでるかなんて分かっているだろうから。

全身を触って欲しい、泣くまで虐めて欲しい、狂う程イかせて欲しい、ぐちゃぐちゃに犯して欲しい!
悔しくて、たまらない。私はこんなにもあなたが好きで求めているのに、あなたは私のことを無様な女としてしか見ていない。

……それなら、徹底的に抗ってやる。お願いなんてもうしたくない。

言いたいこと全部飲み込んで、ドMな私にはお似合いな焦らしプレイ。
不本意な形で奴隷に成り下がった私の、これが最後のプライドだった。






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