ステレオタイプの腐女子
シチュエーション


いつものようにラーメン屋でバイトをしている時のことである。

「ねぇ、相馬くんってオタクなんでしょ?」
「えっ?!いきなり何を言い出すのかなきみは」

暇な時間帯、一緒に働いている女の子(俺と二人営業)にこんなことを言われ、俺の声は上ずってしまった。
といっても、俺がインドア派なことはとうに知れているから、問題ないはずではあるんだが……

「まぁ確かにその通りだけどさ」
「私もちょっとそういうところあるんだよね〜」
「えっ、ウソ?!」

胸が小躍りした。
見た目からして(本人には口が裂けても言わんが)オタクっぽいなぁと思ってたが、彼女はれっきとしたアウトドア派なのだ。
といっても釣りとか登山とかに出かけるわけじゃなく、よく友達と遊ぶという意味である。

「涼ちゃんオタクなん?!」

言ってから「しまった」と思ったが、彼女はそこまで気にしてはいなさそうだった。

「否定はしないよ。漫画とかゲームとか好きだし」
「へえ〜……どんなのが好きなの?」
「そうだな〜…………ワンピースとかあ、ナルトとかあ、あと、ポケモン!」
「あぁ〜、そこらへんかぁ〜……」

どこらへんだよ!と思わず自分に突っ込んだが、それはちょっとしたガッカリ感を隠すものであったのは否めない。
ワンピースとかナルトとかポケモンって、一般人にもフツウに人気あるじゃん
てっきり最遊記とか黒羊とかリボーンとか(俺の腐男子脳も古い)を挙げてくれるものかと期待してたのに。

「俺、最近そのへんのものは見てないしやってないんだよなぁ」
「そうなんですか?まあ確かに相馬くんはもっとマニアックなものが好きそうだもんねー!」

……申し遅れたが、俺は相馬遼、24歳のフリーター。 女の子は坂崎涼子、19歳の大学生……なのに、俺をくんづけするのはなんでなのか、未だによくわからない。
しかも彼氏もち……。しかも二股…………。

「オタクだからね。世間じゃキモがられるようなのばっか好きだぜ俺は」
「ふーん、そうなんですかー。まあ別に気にしなくてもいいんじゃないですか?」
「そんなに気にしてはないけどねー」「そうなんですか」
「小説書く立場としては、さ…………」

――――しまった。

今まで俺はオタクであることは公言してきたが、小説を書いているなんてことは口に出さないでいた。
なんでかって、いろいろ面倒だからさ(察してくれ)。 口が滑っちゃったな……

「え?相馬くん小説書いてるんですか?」

む……?涼ちゃんが丸顔を輝かせて(大げさかもだが)俺を見つめている。俺は目を逸らす。

「ま、まあね、ちょっとばかし書いてる」
「す、すごいですねー…………。あ、あたしも書いてたりするんですけど」

と、ここで涼ちゃんは急に少し挙動があやしくなり始めた。
な、なんだ…………なんなんだ?愛の告白でも始めるのか?

――一体なんなんだってばよ!

俺はさっきからずっと涼ちゃんを正視できないでいる。 たぶんアスかなんかだと思うが、今はそんなことどうでもいい。

「……書いてたりするんですけど、なに?」
「――じ、実はリアルで読んでくれる人がいなくてっ」

この台詞を言った瞬間、涼ちゃんはハッとしたらしい。
言葉は不自然に途切れ、なぜか知らんが気まずい空気が流れる。
涼ちゃんが十数えても黙っているので、俺は脊髄反射でこんな言葉を吐いていた。

「俺で良かったら読むよ」
「あ、ありがとうございますっ……本当に!!」

涼ちゃんは礼を述べると同時に、俺の両手をぎゅっと握ってきた。
俺は精いっぱい平静を保ち、「お安いご用だぜ」などと格好をつけながらも、視線は虚空を漂っていた。

『欲しいのは君の小説じゃなくて、君なんだけどな?』

涼ちゃんに彼氏がいなければ口にできただろうか?正直、自信はない。
でも、これがきっかけでいい関係になれるといいな…………あっ。

「「い、いらっしゃいませ!!」」

ふたりの掛け声が重なる……。
おっさん客は奇天烈な眼つきでこちらを睨みつけていたが、さほど興味がなかったのか、すぐに食券器の方に向かっていった。

俺と涼ちゃんの休みが重なったその平日は、駅で待ち合わせ、そこから五分の某ファミレスで食事をすることになっていた。
まあ当然ながら、俺は誘われた側なんだけどね。
俺が何ヶ月も妄想していただけのことを、涼ちゃんは一日でやったんだろうなぁと思うと、やっぱり彼女と俺は違う人種なのだろうなという気がしてならない。
いやだって、オタクの俺にはぜんぜん想像がつかないんだ。
一人とはいま仲が悪いらしいけど、(失礼ながら)顔も身体も魅力的ではないJDが二股とか、信じられないし。
だから(?)、彼女が書いている小説のついても期待はしていなかった。
たぶんケータイ小説かスイーツ小説か……とにかくフツウの人が書くような小説だろう。
普通アレルギー(と思い込みたい)の俺はそう思った。

「おまたせーっ、相馬くん!」

涼ちゃんがよく通る声を張り上げて、俺の視界外から姿を現した。
駅構内の柱によっかかっていた俺は、声のした左後方をふりむいて……眼を剥いた(といっても癖なんだが)。
涼ちゃんの格好は、俺の部屋にある女性ファッション誌(つっこみ禁止)をめくらなくても済むほどにシンプルだったからだ。
前をはだけたカジュアルな薄手の黄色めのジャケット、その下に赤にちかいピンクのシャツを着ている。
そして、生地も色もうっすい青ジーパン……。
相変わらず(文字通りの)爆乳がめだつ服装だが、ぜんぜんそそられないのはどうしてか。
アクセの類はつけてない。
真ピンクのマイバッグは相変わらず装飾多めだけど、想像してたのよりずいぶん控えめな格好だと思う。
それに、こころなしか色合わせが微妙というか、センスがアレなような?
気のせいかどうかは、オタクの俺にはわからない。

「待ったー?」
「いや、ぜんぜん」

というのは嘘で、俺は約束より速く来ないと落ちつかないタチなので、集合時間の二十分まえには駅で待っていた。
涼ちゃんがきたのは、11時59分…………集合時間ほぼちょうど。
つまり俺は二十分ちかく待たされたわけだが、そんなことはどうでもよかった。

「じゃ、さっそく行こうか?」
「そーですねー。って相馬くん、なんですかその服ー?!」
「うっ…………」

俺は思わずうめいた。
そんなマズいかなこのカッコ……と一瞬思ったが、言われてようやく「まずったなあ」と思う俺は愚かだなあ。
茶色っぽい半そでのワイシャツに黒い長ズボン、黒いスニーカー、モノクロカラーのバッグ……。
左手首にはオニキスのブレスレット。イケてるつもりだったが急に恥ずかしくなってきた。
個人的にはそんな問題ない、どころか、オサレとさえ思ってた俺。
だがまあ冷静に見てみれば、色が黒ばっかなのと、ワイシャツの第三・五・六ボタンがないことを除けば、いたってフツウの格好なんじゃないか。
しかも、黒中心+ボタン失くしまくりのせいでフツウ未満の格好になってるし。

「ボタン外れまくりじゃないですかそれ!」
「ご、ごめんごめん、ファッションには無頓着でさあ」

……黒だらけなとこは指摘されなかったが、内心思ってるんじゃないか。

「いくら無頓着でもそれはないでしょう!仮にも女の子と食事するのにそれじゃ相手に嫌われますって」
「い、いやあ、ホントにごめん……」
「今後は気をつけたほうがいいですよー?私以外の子とデートする時には」

涼ちゃんがうるさいだけじゃねえの?

――そんな言葉が脳裏によぎり、実際に口に出しかけたがなんとか押し留めた。

「でも今日はもうしょうがないですから、行きましょっか♪」
「そ、そうだね」

うう……先が思いやられるなあ。
でも、この失敗は忘れることにしないと……いや、忘れようとすればするほど思い出しちゃうんだよな。
だったらずっと考えてればいいんだ。
いや、そりゃおかしいだろ……むしろ何も考えなければいい。
いや、そりゃ無理か……ということは、頭の中をめたくそな思考で埋め尽くせば!

――――などとカオス過ぎる思考のおかげ(?)で、俺はものの数分で今の失態を忘れることができた。

夏休み明け、そのうえ平日のデニーズは昼間とはいえかなり空いていた。

「で、相馬くんってどんな小説書くの?」

注文を終えるなり、涼ちゃんはだしぬけに訊いてきた。

「え、俺?」

とおどけながらも、ためらわずに「やっぱファンタジーかなぁ」などと吹く。

「剣と魔法の……ほら、ハリーポッターとか指輪物語とか知ってるっしょ?」
「ハリーポッターなら知ってますよ。最初のしか見てませんけど」

涼ちゃんの声はその風貌にたがわず、無駄に大きいうえによく通る。
彼女は他人の眼は気にならないらしいが、俺は非常に気になるタチなので思わず周りの様子をうかがってしまう。

……幸い、周囲のテーブル席には客がいない。

「そんな周り気にすることないでしょー!」

俺の挙動を眼につけてだろう、涼ちゃんは声のトーンをさらに上げて話しかける。

「ま、まあね。ここらへん誰もいないしね」
「そうですよお」

客はいなくたって店員の目があるし、それに…………まあいいや。
俺は気にする素振りを見せないよう注意しながら話すことにした。

「それにしても、ファンタジーですかあ。なんというか、けっこう想像つきますよぉ、相馬くんがファンタジー書くっていうの?」
「えっ、マジ?!」
「言われてみればですけどねー」

涼ちゃんはあっけらかんという。

…………しかし、リアルでならともかく、二次元ではモテる要素皆無に見えるよなぁ涼ちゃんは。

太ってて、顔も……で、しかもすっごい豪放な性格。そして彼氏持ち。
オタクへの理解度は未知数だけど、少なくともゲームやアニメやマンガが趣味の中心ではないことは確かだ。
本当に失礼な話だが、俺は涼ちゃんの見目だけで彼氏はいないだろうと思ったし、オタクっぽいなぁとも感じてしまった。
あまりにも独りよがりな思い込みは、本人からきいて全てが俺の馬鹿な妄想であることが発覚したが、そこまでショックは受けていない。
それにしたって、涼ちゃんに彼氏がいるどころじゃなく、二股かけてるなんて……。
もうセックスの存在はただの通り道でしかないんだろうなぁと思うと、なぜだか胸が締めつけられる。切なくなる……。

「ねえ相馬くん、もし私がオタクだったらどーすんの?」
「へ?どうするって……」

またまた、何を突拍子もないことを言い出すのかこの娘は。
正直、意図が読めない。

「どーもしないよ…………――いや」

俺は言いかけたことに口をつぐんだ。
果たして自分の気持ちを真っ直ぐ伝えていいものか迷う。

「もし、ホントに涼ちゃんがオタク‘だとしたら’」
「だとしたら」をことさら強調して言った。
「それはそれで嬉しいからね。友達になって欲しいかな」
「ふーん」

涼ちゃんは頬杖をついた姿勢で、興味なさげに淡々と頷いた。
眼も合わせてくれない。
なんだよっ、人がせっかく真剣に話してるのにさ。

「私はオタクじゃないけどー」

と言いながら視線だけはこっちに寄越してきた。

「ちょっとそういうところもあるし、相馬くんがよければこれからも付き合わない?」
「…………え?」

俺はぽかんとして涼ちゃんの丸顔をみつめた。
あまりに何気なく言うものだから、まったく実感が沸かないんだが。
まさか、これって…………

「…………それって、まさか」
「うん」

俺の不安げな表情や言葉などまったくおかまいなしの、涼ちゃんの平然とした声と顔。

「そのまんまの意味だよ、決まってんじゃん?」
「あ、あはははぁ…………」

俺はかなり引きつった微苦笑を浮かべ、思わず後ずさろうとする。
しかし、後ろはソファなので後ずされなかった。

「…………ま、マジで言ってますか?」
「ちょっとぉ、相馬くん!ふざけて言ってるわけないじゃんこんなこと」

ここで飲み物が運ばれてくる。
俺がアップルジュース、涼ちゃんがダージリンティーだが、なぜか区別がつかない。
いま目の前で起きている出来事のおかげで、いつものウェイトレスの乳揺れもほとんど気にならない。
童顔巨乳のウェイトレスがいなくなると、丸顔爆乳の涼ちゃんがずしりと響くセリフを言い放った。

「斉藤さんが「相馬くん彼女欲しいって言ってる」っていうから、私が立候補するの!おっけー?」

ああ…………やはりあの人の差し金か。
俺はほんの一瞬、視界がぼやけたような感覚に襲われた……

俺は涼ちゃんとセックスがしたかった。

確かに彼女はちょっと太ってるし、顔も可愛くはない(言いづら過ぎるんだが)。
二次元にはまずいないであろう容姿であることは確かだ。
なのに……っちゃあなんだが、彼女はモテるらしい。
二次元では九割がた容姿で人気不人気が決まるが(俺の主観)、リアルではそうでもないということの証明なのか。
まあ、リアルでも最も女の子に求めるものといえば容姿だろうけど、その比率は四割くらいか。

どちらにせよ、俺は涼ちゃんとやりたかった。
でももし二次元にいたら、まず確実にオタク共(あ、俺もか)に排斥される存在だろう。

「ドブス」
「ブタ」
「中古女」
「ビッチ」
「ブタビッチ(笑)」
「爆乳(爆笑)」
「平野未満のクソアマ」
「いや、やつよりはマシだろ」
「あーや馬鹿にしてんじゃねぇよks」
「デコビッチ(笑)ヲタは一生中古品崇めてろw」

…………たぶんこれらの罵倒は確実にされるだろうなぁ。

けど…………けど、俺は童貞なのである。

二次元の美少女とセックスはできないけど、リアルの……女の子とならセックスできるのだ。
俺は涼ちゃんの彼氏になったのだ?!
だから、涼ちゃんとセックスしたい(しつけえ)。

悲しいかな、生まれてこの方24年間、彼女がいたことはない。
行動を起こしたことすら皆無なのだ。
だからか、俺は「彼女である涼ちゃん」という存在を過剰に意識せざるをえなかった。

涼ちゃんが気付いているかどうか定かではないが、俺は彼女と一緒に仕事するのに大きな支障をきたした。
普段から多い小さなミスをさらに連発する。
彼女と顔を合わせられない。
どもる。

なのに涼ちゃんには気付く様子はない。

……もしかして、気付かない振りして俺で遊んでるのか?
いやいや、そんなことして何の得があるんだよ……ありえないって。
それに………………それに、だ。

「む?相馬っち、ナンか考え事してるか?」

と声を掛けてきたのは、五十すぎのオッサンであり店長でもある斉藤さんである。
遅番はたいていこの斉藤さんと俺で店を回している。

「え、ええ…………涼ちゃんのことでですね」
「やっぱりか」

斉藤さんは閉じているのか開けているのかわからない眼を細めてうなずく。

「ったってさ、まだ付き合う言って三日しか経ってないし、二人で何かしたわけでもないでしょ?」
「ええ……俺も涼ちゃんも忙しいですからね。でも、一緒にはたらくと、その……けっこうドギマギするんですよ」

斉藤さんは「うん、わかるよ」と言って微苦笑を浮かべた。

「なんつっても俺は女の子と付き合うのなんて初めてですし、なのに涼ちゃんは二又かけるほどモテる。経験の差は大きいっすね……」
「まあそりゃしょうがないね。でも、そうやって経験して色々知っていかないと。ずっと独りってわけにもいかないんだから」
「ええ、そうですよね…………」

いつものごとく口ではそう言うが、今現在の俺は嫁さんをもらう想像なんてこれっぽっちもしてなかった。
高校でてすぐフリーターになって……今まで六年間ずっとそのままやんけ(今24歳)。
色んな職場転々としてるうちに「小説で飯食ってやる!俺才能あっしいけんだろ!」なんてノリで小説を書き始めるも、結局五年経っても一度も投稿せずの俺が伴侶のことなんて考えると思うか?
自分食わせることもできねぇのに他人様食わせられるかっつうの。

「涼ちゃんは良い子だけど、ものもはっきり言うしあいまいなことは嫌いだから、相馬っちもふらふらしてると嫌われるから気をつけたほうがいいよ」
「そうですよねー…………あの、それで思い出したんですけど」
「うん?」
「実は明日、涼ちゃん家に来るように誘われたんすよ」
「…………そうなの?」
「……そうなんです」

斉藤さんは難しい顔をした。
昨日から続く俺の懸念事項がこれだ。
付き合い始めたばっかりの男をすぐ家に呼ぶというのは、世間ではどういう認識になってるんだろう。
DTオタクじゃ解るはずもない。

「身の振り方を考えとかなきゃいけないのは当然なんですが、何しろこういう事は初めてなもんですからどうしたもんかと…………」
「そういう時はとりあえず‘常識的な’振るまいをこころがけるといいよ」

う…………「普通アレルギー」の俺には耳が痛い。
というかまあ、単に常識がないだけなんだが……

「常識的な、ですかぁ……難しいですねぇ」
「相馬っちの場合はまず、簡単に出来ることは‘身だしなみ’だね」

斉藤さんは苦笑いしながら言った。

「行動や言葉ももちろん大事だけど、見た目も同じくらい大事だよ。
髪をちゃんとセットして髭をそって、歯をみがいて顔洗って風呂入って……あ、これは全部出かける前にやんなきゃね」
「そ、そうですね」

うちの母さんみたいなこと言うなこの人は……

「服に関してはオレは偉そうなことはいえないけど、やっぱり今の時代の子だったら格好もかなり大切なはずだから、そこにもやっぱり気をつかった方がいいんじゃない?」
「そうですね…………難しいけど、なんとかしなくては」

く……以前失敗してるだけに二の轍を踏まないようにと思ってたけど、さらに釘を刺された気分だ。
けどうちの店のシャツ着たまま外出てる斉藤さんに言われてもあんまり説得力ないなぁ……

「あとはそうだね、すぐに下に走っちゃダメだよ」

オッサンが笑いながら言うのを見て、俺もつられて微笑み「ですよねー」と返す。

「いくら経験豊富といえど、いきなりそうこられたら涼ちゃんも引くでしょうから」
「うんうん。それはもちろんだけど、‘涼ちゃんから振られた場合’も注意しなきゃだめだよ」
「えっ、それってどういう…………」
「涼ちゃんから下ネタ振られたとしてさ、『お、相手から振られたから俺も景気良く返していいだろ』、ってなっちゃ駄目だよってこと」
「はは〜あ…………なるほど」

俺は大仰にうなずいた。

「確かにそうですね。なんというか、確かに……女の子からの下ネタって『OKサイン』かと勘違いしちゃうようなイメージがありますからね」
「実際には全然OKじゃないからね、本当に気をつけないと」
「ええ」

なんとなく、斉藤さん自身がそんな類の失敗をしたんじゃないかと思わせるような口ぶりだった。

「あと何かありますかねぇ、気をつけるようなことって」
「そうだねえ……あんまり言っても頭に入らないだろうし、とりあえず今言ったことは最低限守ればいいと思うよ」
「そうですかぁ…………」

と、ここでお客さんが来る。

今日この話題はこれきりになってしまったが、俺は斉藤さんに言われたことを守れる自信はほとんどなかった。
俺には常識なんてないし、身だしなみも「めんどくせぇ」とかいって適当にやってしまう気がするのだ。

……こう書くとダメ人間に見えるけど、俺は性格はともかくスペックは実際かなり低いんだよなあ。
家事めんどくせぇ、準備めんどくせぇ、勉強めんどくせぇ、しまいにはメシ食うのめんどくせぇ、トイレ行くのめんどくせぇ…………

………………もしかしなくてもダメ人間だな、俺。

さて、当日がやってきた。
例によって涼ちゃんに指定された某駅で待っている。

えー、準備に覚悟に、身だしなみ…………………………。。。
――――まぁ、なるようになるだろ。


今日は例によって平日――水曜の正午である。
間違っても情事が起こるような時間帯ではないから安心だ(?)。
……大学行ってない俺は、大学は水曜が休みだと彼女からきいて初めて知ったんだが、これは世間知らずの範疇に入るのだろうか?
って訊くまでもないわな。

「おまたせー、相馬くんまったぁー?」

相変わらず異様によく通る声を響かせて、涼ちゃんはのっしのry いや、てくてくとやってきた。

……って、あれ?

以前会った時とまったく同じ格好じゃん。
――と思いはしたが、俺はファッションにそこまで頓着ないのですぐに思考から抜け出ていった。

「いぃや、ぜんぜん待ってないよ」

と言いながら二十分は待ったが、これは瑣末な事項である。

……なんか必死っぽいな俺。

「ところで相馬くん、お腹空かない?」

涼ちゃんは俺にまっすぐ視線を合わせて話しかけてくる。
俺は一秒に二回はその視線から眼を逸らしながら口を利かなければならない……

「え、あー、もちろん空いてるよ。ななんつったって、朝も昼もくってねぇーし」
「そう、それは良かった!実は家に私が作ったオムレツがあるんだけど、食べる?」
「え…………え?――え゛っ!?」
「いや、「え゛え゛っ!?」じゃなくて、何そんなおどろいてんですかぁ!?」
「い、いやだって…………あいや、じゃじゃあ、ありがたくもらおうかなぁー↑」
「もぉう、はじめからそう言ってればいいんですよお」



俺の心の動揺を理解してもらえただろうか?(多分むり)
なんで俺にそんな展開が待っているのかというか、こういう展開になるとしても心の準備もできてないしそういう経験もないし。
俺らはファラとリッドじゃねーんだぞ全く……


そんなこんなで、俺らは涼ちゃん家へ足を運んだわけである(どんなわけや)。

――今は親も弟もいないとか、そんないきなりおかしな想像を催させるコトを言わないでくれないか涼ちゃん。

「あははははっ!相馬くん、いま何時だと思ってんのぉー!?」

あら…………思っただけじゃなくて口にも出してたか。
それにしても、この娘はホンマに声がでかいなあ……

「相馬くんってホント、独り言大きいよねぇっ。独り言選手権があったらいいとこまでいけるんじゃないっ?」
「そ、それはちょっと…………」
「とりあえず上がって上がって、ほらっ!作り置きのオムレツだけど、お腹空いてるなら早く食べたいっしょ?」
「うう、うん…………」

なんとか作り笑いをする俺だが、何故か気持ちが萎縮している。
いや、‘萎縮している気がする’。
大して変わらんだろと思われる方が多いかもしれないが、俺にとっては雲泥の差だ。
実際には萎えちゃいないのに、自分の中で「俺は涼ちゃんに対して萎えている」という‘仮想現実’を創り、それがだんだん現実に近づいて……ついには本当に萎縮してしまう。
皆さん御存知の通り(?)京極かぶれなわけだが、こういう事を考えられているあいだはまだ気持ちに余裕があるのだろう。

記しそびれたが、涼ちゃん家は一軒家である。
都心部に一軒家とは、なんというかもう、なんとなくだが「さすが!」と言いたくなる。

彼女は自分がバイトしているラーメン屋に、色んな人を連れてくる。
両親を連れてくる。
弟を連れてくる。
友達を連れてくる。
彼氏を連れてくる。

――みんなつれてくる。

なんとなくだが、「なんでやねん」と言いたくなる。
でも、「さすが!」とも言いたくなる。
そんな俺に「なんでやねん」と突っ込みたくなる。

――何考えてるのかわからなくなってきた。

「はいっ、どうぞ!」

ゴトッ!

と置かれた皿の上に、俺の想像とは違う卵料理がある。
大判サイズ?……の皿のでかさにも驚かされるが、こんな「オムレツ」もあるのかと二重に驚かされる。
……一言でいうと、「お好み焼きっぽいオムレツ」。

「う、うまそーだけど、これってオムレツなんだぁ↑?」
「そーだよっ、相馬くんレストランでも働いたのに‘あの’丸いオムレツしか知らないんだ!?」
「あはは……う、うちではぜんっぜん料理しないからねっ」

レストランというのは、まあ結構本格的な洋風料理の店の事だ。
高校を卒業してすぐそこで働きはじめたんだが、あそこでの出来事はできれば思い出したくない。

「しないったって、知らなさすぎじゃないすかー?!」
「まぁね……料理より小説書くほうが好きだし」
「へー、そうなんですかぁ」

……そこってスルーする場面じゃないような。

「とりあえず召し上がってくださいよっ。冷めちゃいますよぉ?」
「お、おうっ。…………どうやって食うんかな?」
「えぇっ?!そんなの決まってるじゃないれすかぁ」

彼女はちょっと噛みながらも(可愛くない……)、茶黒い液体が入った例のものを指差して言った。



「ソースっ!!」



…………オムレツってケチャップじゃなかったっけ?


「ところで相馬くんっ、私の小説読んでくれるって言ってましたよねえ?」

俺がオムレツを食い終わるなり彼女はバックアタックをかけるようにそう言ってきた。

……全然落ちついて食えなかった。

「い、言ったけど」
「じゃあこれなんですけど」

涼ちゃんはふt いや、ふくよかな腕を俺の眼前にさしだした。
その掌の上には、何かの黒いカセットみたいなのが乗ってる。

……要するにUSBだ。

「ナナメ読みでもいいんで、眼を通してくれませんか?」
「え、えと…………」

俺がもごもご言ってるうちに彼女は半ば強引に俺の手の中にUSBをうずめさせた。

「よ・ん・で!」
「いいい、YES!」

俺は上ずりまくった返事をかえすのがやっとだった。



「あ、いちおう言っとくけどぉ、まだ私の部屋に入っちゃダメだよおっ」


「う、うん…………」

俺は冷静に言うことができただろうか。

涼ちゃんのそのセリフは、声色や調子はいつもとまったく同じだったと思う。
なのに、俺には何か深い意味か、あるいは(彼女の)含みが込められているような、そんな気がしてならなかった。
俺の弱いメンタルは漬け物石でも乗せられたかのごとく、ずしりと来た圧力の大きさは尋常じゃなかった――――

午後二時過ぎである。

俺は自分ちに帰ってくるなり、さっそく涼ちゃんからもらったUSBの中身を覗こうとしていた。
心臓の鼓動がやかましく鳴り響く……そんなにうるさくしなくたっていいだろってくらいに、ドクンドクン脈打っている。

女の子の家に上がらせてもらったのは小学生以来だし、それ以上に……家族以外の女の子と二人きりになるなんて初めてなんだから、興奮するのはもう自明の摂理(?)としか言い様がない。
涼ちゃんは終始自然体だったけど……なんか俺だけ勝手にドキドキして意識して、ほんと情けないったらないな。

あーもう、無性にオナニーしたい。
まあ、たぶん…………俺は勝手に期待してたんだろうな。
何を?って……言うまでもないだろ。

万一に備え、人生で初めてコンドーム買ったんだぜ?
24年生きてきて、初めてコンドーム買ったんだぜ?
みんなは高校生、下手すりゃ中学生の時にはもう持ち歩いてただろうがよ、俺は人生☆初(以下略)。

けど…………二次元だったら、別においしくもなんともないどころか、必死に回避したくなるようなイベントだったのかもなぁ。
相手は自分より肥えてるうえ、顔も下の上くらいの女の子。
性格だってオタ向けとは言いがたいし、しかも既に彼氏が二人いる状態の女の子を、一体誰がヤりたいと思うかっ?!

…………ええ、サーセン。
ほぼイキたかった男がここにいるんです(泣)。

一応いっとくけど、俺はD専でもB専でもない。
ロリコンで軽めのリョナ好きではあるけどよ、そんなのオタクとしては「普通」だろ?
抜く時は頭の中で美少女を××にするのは普通だろ?

でもやっぱり、バーチャルとリアルはぜんぜん別物じゃないか。
そりゃもう色んな意味でさ。

二次元なら性格も容姿も魅力的な女の子がいっぱいいて……性的に惹かれる子がいたら、脳内で好きなようにできる。
……まあ、三次でも脳内‘のみ’だったら各人の自由だが、少なくとも日本じゃあ浮気は許されない。
その点、バーチャルならば「俺の嫁」が何人いても全く問題ない。

「いや、俺はくぎみーひと筋だ、浮気なんてしない!け、決してかがみんに萌えたりはせん!」

とかいう人もいるかもだが、そんなのは個人の倫理観にすぎないと思う。
だって、そこで別の声優(キャラ?)に浮気しようがしまいが、‘外部からの影響’は全くないわけだからね。
……え?そんなの自明ですか?それとも公明ですか?そうですか…………。

――ま、まあとにかくさ、実生活だったらそうとう慎重に事を運ばないと、複数人と(というか異性と)つきあうのは難しいと思うわけよ。
知り合いにインド人がいるけど、彼らはお国柄たくさんの女の人と結婚できるし、もちろんそれぞれとHできるけど、それは例外中の例外だからな……。

彼氏彼女の関係ならまだいいけど?結婚したらもう、離婚するまで伴侶以外の異性とセックス出来ないって?冗談だろ…………。
その点、二次元だったら数百人の美少女と(脳内で)Hしてもなんの問題もなし。
うーん、二次元万歳…………。

だいぶ脱線したな。
話を戻そう。


あー、そうそう、涼ちゃんが俺にあやしげなUSBを託した(?)んだったな。
正直、真面目に読む気が起こらないんだよなぁ……だって、素人が書いたスイーツ小説(もしくはケータイ小説)だそ?
「あたし彼女」(ケータイ小説大賞第三回大賞受賞作)はまあまあ良かった、つか参考になったけどさ、やっぱスイーツと邪気眼(あ、俺ね)は相容れないと思うんだ。

そういうわけでね、もうそうとう落差の激しいナナメ読みをする気満々なわけだ。
ああ、俺って最低だな(棒)。

じゃあ、さっそく…………じゃねえなもう、ぜんぜん。
と、とにかく読むぜ。
つーわけで、USBをパソの穴(名前知らん)に差し込んで、マイコンピュータをクリック、リムーバブルディスクをクリック…………。


ディートリッヒの憂鬱冒頭19KBテキスト ドキュメント2010/09/01 03:13


表示されたのはこんだけ…………。
と、とりあえず中身見てみっか……ちゅうか涼ちゃん、何時に起きてンだよ(俺も人のこと言えねっけどさ)。
そして、俺は「ディートリッヒの憂鬱」をクリックした――


ディートリッヒの憂鬱

ディートリッヒ王子は、傍目には不足しているものは何も無かった。
金糸のように輝くぬけるような金髪と、澄み渡った空のごとくきらめく碧眼。
陶磁のようにきめ細かい宍肌に、精巧に創られた彫像のごとく整った顔貌。
性別不詳な彼はまるで、物語にしか出てこないような面差しを持っていて、宮廷中の女性を魅了していた。。
その上、平和で豊かな国シグデルンに生まれ育ち、武術・才知・美貌に恵まれ、両親の寵愛を受けてすくすくと育ってゆく。
十四にして愛妾を囲い、十五にして学習院の主席に立つ。
十六歳になったばかりの頃に剣の師と手合わせした際には、師の油断もあったろうが、見事に剣を弾き飛ばしてみせた。
そんな、周囲の誰もが羨む才能・地位・そして容姿を兼ね備えておきながら、ディートリッヒの心は虚無感に満たされていた。
剣も、本も、酒や女でさえも、彼の心を躍らせることは無くなっていた。
かつては澄み渡る空のように煌めいていた碧い瞳も、まるで雨雲で覆ってしまったかのごとく、暗鬱な色に染まってしまっていた。
彼の人生の転機といえる出来事がおこったのは、ちょうど17の誕生日を迎えた日である。

―――

ディートリッヒはその日、川辺で小鳥達とたわむれていた。
彼はなぜか小動物に‘異常に’好かれる傾向がある。
きわめて静かで自然なたたずまいが原因なのかもしれないが、確かな理由は本人も含めて誰にもわからない。
だがディートリッヒは、そういったことを深く考えようとはしなかった。
動物達がよって来ようが来まいが同じだと思っていたからだ。
彼の心に巣食った闇はそれほどに大きくて、深刻なものだったが、やはりその原因は誰にもわからない。
傍から見れば理想を体現したような王族の少年であるはずなのに、ディートリッヒは誰にも心の鎧を脱ごうとはしないのだ。

「……………………」

眉目秀麗な顔の表情をまったく変えることなく、少年は仰向けに寝そべりながら自分の手にとまった小鳥を見つめる。
小鳥も、首をかしげながらチチチチと鳴き、光を失ってしまったかのようなディートリッヒの瞳を見据える。
天賦の才に恵まれたが、人として持つべき言葉や感情が希薄になってしまった少年。
空を自由に飛びまわれるが、人の言葉や感情は理解できない小鳥。
彼らに何か通じ合うところがあったのだろうか。
周囲の小鳥はかわるがわる美少年の手に乗っては、彼の蒼い瞳を首をかしげながら覗き込む。
ディートリッヒも何ゆえか、わざわざ自分の顔の前に右手をもってきて、小鳥に自分の姿がよく見えるような配慮をしている。
かといって、彼は決して小鳥が好きというわけではないのだ。
しかし、嫌いではない……――ありていに言ってしまえば、すべての対象がどうでもいいような存在だった。
ディートリッヒが‘こう’なってしまったのは、本当に唐突であったと両親は思っている。
十六歳半ばまでは、確かに寡黙で皮肉屋な性格なのは否めなかったが、感情が喪失しているような雰囲気はまったくなかった。
一体どうすれば良いのか。
両親はこれに対し、ディートリッヒの誕生日に合わせて大胆な手を打っていた。
――紅顔の美少年にたかっていた小鳥たちが、いきなりバァッと飛び立って森の方へいってしまう。と、
「よおっ、あんさんがディートリッヒってのかい?」
何事かと思う間もなく、よく通るバリトンの声がディートリッヒの耳朶を打つ。
少年は無言でゆっくりと起き上がり、機械的な動きで声の主のほうを振り向いた。
ディートリッヒの眼に映ったのは、駿馬に乗って不敵な笑みを浮かべる褐色肌の青年だった。
針山のように刺々しい短い銀髪と、燃えるように鮮やかな赤眼をしている。
いかにも傭兵然としたきわめて立派な体格をしていて、それに見合う精悍な顔立ちでもある。
ディートリッヒには劣るかもしれないが、絵になる男であることは確かだった。

「あんさんがこんなとこで油売っとるから、親御さん心配してたで。親不孝は感心せんなぁ」

少年よりふた回りも大きな身体をもつ青年の言葉は、そうとうなまっていた。

おそらく、ブランスカ地方の出身だろう。
シグデルン王国で二番目に大きな街がある地方である……しかしなぜか、王都リールビとブランスカとの民衆の仲はよろしくない。
しかし、ディートリッヒにそんなことは関係ない。

「……………………」

美少年はふたたび川辺の方へ身体をむけ、仰向けに寝転がりはじめた。が、

「おいおい、ずいぶんつめたいなぁおニイちゃん」

青年はバリトン声をはりあげた。

「おりゃー(俺は)あんさんの従者に任ぜられたんやで、あんさんの親御サンから!」

青年の言葉に、ディートリッヒは耳をぴくりと反応させた。

「せや、まだ名乗ってなかったわな!

――おりゃーカイン=デュナミスっちゅうんや。
ふだんは傭兵やっとるんやけど、なぜか知らんが、いきなし王族サマの従者を頼まれるなんて、ホンマすごいわーワシ!」
ディートリッヒにはそっぽを向かれているにも関わらず、青年は堪える様子もなく喋り続ける。

「いやぁしかしあんさん、めっちゃイケてるなあー!
ワシにはかなわへんけど、ワシの次くらいにはイケてるでぇあんさんもー」
「……………………」
「あ、せやけどワシと組んだらええユニット組めそうやなぁ。
イケイケでダイナミックな美好青年と、憂いを帯びたクールな美少年!こら売れるでー」
「……………………」
「ちゅうことで、ディードリットちゃん、ワシと組まへん?」
「……………………」
「そっかーっ、そんな組みたいなら、ほなさっそく調印……」
「名前が違う」

カインに背を向けたままのディートリッヒが口を開いた。
すべての女性を魅了しそうなくらい甘ったるい、テノールの声。
カインはニヤッと笑った。

「なんや、喋れるやないか」
「僕の名は、ディートリッヒだ…………名前を間違えられるのは、好きじゃない…………」

ディートリッヒは小さく呟いているが、そのとろけるような声は意外にもよく通る。

「好きじゃないちゅうことぁ、すなあち(すなわち)嫌いやないちゅうことやろ?問題ないちゃうの?」
「黙れ、下郎め」

言いながら、金髪の美少年はきわめてゆったりとした動作で立ち上がる。
そして、スローモーションでも見ているかのような動きでカインに振り返る。
カインはハッとした。
彼の親から聞いてはいたが、ディートリッヒは本当に、もの凄い美貌の持ち主であった。
ほんの一瞬、女性なのかと思い感じ見入ってしまうくらいだった。
これならおそらく、‘自分以外の男も’眼が離せないだろう。
心が闇だか病みだかに侵されているとかいう話だが、この美しさを手にするためなら何でもできる気がしてきた。

「僕に従者などいらない。父上にそう伝えろ」

淡白な声に、ほんの少しだけ感情が乗っているのをカインは感じ逃さなかった。
フッと不敵に微笑み、スッと駿馬から飛び降りて、優雅な足取りでディートリッヒの方へと歩んでゆく。
カインは背に両手大剣を、ディートリッヒは腰に儀礼細剣を帯びている。
立ち合えばどちらが有利なのかは子供でもわかる。
彼ら二人の間には並々ならぬ緊張感がただよっていた。
おたがいに尋常ではない剣の使い手であると知っている。
とはいえ、カインの立場からしてみれば、油断さえしなければ足元をすくわれる相手ではなかった。
だからこそ、もし王子が剣を抜いて斬り掛かってきたならば、全力でその剣を叩き落とすつもりだった。




…………………………………………ふぅ(賢者タイムにあらず)。

いやあ、正直びっくりしたなあ。
あの……いや、失礼かもだけどさ、あの涼ちゃんがだよ?
彼氏二人もいていかにもリア充っぽい性格の彼女が、こんな小説を書いてるなんて、なんつーか……ちょっとだけ嫉妬と羨望を覚えちゃったなぁという感じ。

同じ物書きとしての、ね…………正直、文章力はなかなかだし、お話も結構面白い。
五歳も離れてるのにほぼ同等の実力を持ってる……そう思ったら、俺は続きを読めなくなっちまった。
面白いんだけどね…………

そう、俺ってさ、畏敬を抱いてる相手の小説は読めないんだよね。
プロでいえば、代表格が西尾維新。
一つだけ彼の作品を拝見してみたんだけど、物語はもちろん、特にあとがきを見てもの凄い嫉妬心がわき上がっちゃって。
どう転んでも彼には敵わないってね……。
ポテンシャルの事は……情けなくなるだけだから言及しないけど、モチベーションとメンタリティにおいては、向こう三十年、いや三百年かかっても彼には追いつけない。

なんつーの?
むらこじゃないけど、まさに「モノが違うぜ」としか言い様がない。
生まれ持った才能とか運のことをうだうだ考えたところで、前には進めないってのは解ってるつもりなんだけど……やっぱり…………

――って、ああもう、やめたやめた。
俺らしくないな、マイナス思考なんて……前向きに行こう、前向きに。


と……とにかく、続きを読むのはまた今度にしよう。
――けど、涼子の小説見たら、なんだか俄然書く気が湧いてきたぜ。
身近にこんな物書きがいたなんて、俺は運がいいな。
いつか涼ちゃんにも俺の小説みせてえな…………そんな思いに駆られながら、今度は自分のリムーバブルディスクを挿し込んだ。



風雷魔法少女サイモリルプロット58KBテキスト ドキュメント2010/09/11 03:13

レツィン・サーガプロット91KBテキスト ドキュメント2010/09/10 14:14

レツィン・サーガ本文43KBテキスト ドキュメント2010/09/05 12:54

剣魔幻想譚プロット62KBテキスト ドキュメント2010/08/17 02:06

剣魔幻想譚本文15KBテキスト ドキュメント2010/08/09 13:33

(以下略)



……………………。

プロットは、書けるが本文、進まない。
しかも、まともに最後まで書き終えたものねぇしなー……なさけね。

とりあえず、今度2ちゃんのエロパロ板に投下する(予定の)プロットを綿密に練っておくか……

俺がふたたび涼ちゃんとあいまみえたのは、4日後、9月15日(水)だった。
偶然シフトが重ならなかったためである。

いつものように朝九時に出勤し、開店の準備や仕込みの真っ只中である。
朝番の涼ちゃんも当然いるわけだが、おしゃべりな彼女は出勤するなりすぐに核心(?)をついてきた。

「ねぇ、そーまくん」
「んあ?なんだい涼ちゃん」
「私のあれ読んだ?」
「あー、あれね。冒頭だけ読んだ」
「なんで冒頭だけなんですかぁー!」
「ご、ごめんごめん……疲れて眠くてさぁ」――ウソだけど。
「でも、どうでした?私のあれ」
「いやあ、正直びっくりしたよ。涼ちゃんがあんなに巧い文章を書けるなんてさっ。俺以上かもしれない」
「マジっすかぁ?!」

涼ちゃんが店内に轟きわたるものすごい声を張り上げたので、俺は思わず耳をふさぎながら苦笑した。
「本当にそう思います?!」
思い過ごしではなく、彼女はそうとうに興奮している。
そこまで昂ぶらせるようなコト言ったかな俺……?

「あ、ああw涼ちゃんがどれだけ書いてるか知らないけど、物書き歴五年の俺並かそれ以上か……それは言い過ぎかもしれないけど」
「うれしいっ!!相馬‘さん’に褒めてもらえたぁ!!」

…………‘さん’?
それに、この喜びようは尋常じゃない……けど。
ぶっちゃけ、俺もすごくうれしいよ。
実際にそう感じてそれを口に出しただけなのに、彼女がここまで喜ぶ姿がみられるなんて…………――ん?

気のせい……だろうか……。
心なしか、涼子、すこしだけ可愛くみえる……や、すげー失礼かもしれない考えだけど。
今までは正直、太ってて器量も微妙な彼女を可愛いとは思えなかった。

なのに今、涼子が笑顔で喜んでる姿は、思いのほか可愛くみえる。
なんでそう見えるのか分からないけれど、それもまた嬉しいなぁ…………というか、嬉しすぎる。

「そ、そんなに嬉しい?」
「あたり前じゃないですかっ!私、自分の書いたもの誰にも見せたことないし、褒められたことだってないんですからっ」
「そ、そうなんだ……ネットとかはやらないの?」
‘とか’って何だよ俺……

「インターネットは……やりたいんですけど、やらないですねー。たまに弟にやらせてもらうくらいで」

彼女は小説投稿サイトに投稿したいとは考えないのかな、と俺は思った。

小説を書く理由はまあ色々あると思うけど、自己満足で完結させる人はまずいないだろう。
人に見せるため、人に見せたいからこそ書くのだ。
俺も自己顕示欲と性欲を書くことで昇華するために、今はエロパロ板に投稿しているのである。
フツウの小説投稿サイトに投稿していた時期もあるにはあったが、ノリとか規約とかについていけなくて、結局2chのエロパロ板に流れてきた。

「ちょっと聞きづらいことなんだけどさ……」
「なんですかぁ?」
「涼ちゃんって、なんで小説書こうと思ったの?」
「いやぁ、小説で一山当てようかな、なんて思いまして」

彼女は後頭部に手を回し、照れるような表情をうかべた。

「どっかの新人賞に投稿して受賞すれば、お金貰えるじゃないですか。
正直、小説って一番簡単そうだし、適当に書いたものが当たればウハウハじゃないすかぁ」
「ま………まぁ……確かにそうだね」

作り笑いを浮かべながら辛うじて言葉を返す。
なんというか………………そんな理由だったのかと、俺的には少しガッカリした……。

でも、じゃあ涼ちゃんは何故俺に見せようだなんて思ったんだ?
まだ冒頭(の冒頭w)しか読んでないけど、あれはどうやら普通の少女小説だ。
BL小説じゃあるまいし、知り合いの友達に少女小説読んでる子が一人や二人いたって不思議じゃないと思うんだが…最優先に俺に見せるメリットってなんだ?

「でも涼ちゃんさぁ」
「ん?」
「なんで俺に見せようと思ったの?」

俺がそう言うと彼女はかすかに吹き出した。
けど別に不快な感じはしなかった。

「フフ………なんでだと思いますかぁ?」
「え、えぇっ……わかんないよそんなの」
「答えはカンタン……――成り行きですよ」

涼ちゃんはすごく得意げな顔でそういった。
なりゆき。

…………成り行き?

「相馬さんが『俺は小説書いてる』って言ったから、あたしもつい自分も書いてるって言っちゃった。
小説読んでる人はたくさんいると思いますけど、書いてる人と比べればやっぱり少ないじゃないですか?
いや、それは関係ないか……とにかく、私的には物を書いてる人の方が見せやすかったんですよ」

涼ちゃんはしみじみと喋るが……理由はそれだけではないような気がした。
彼女はいわゆるパンピーだから、体面というものがとても大切なのだと思う。
彼氏も(俺も一応含む;;)いるし、友達もたくさんいるし、完全なアウトドア派だ。

彼女にとって俺は、この仕事場だけの関係だ。
それにここの人間関係は結構ゆるいし、自分で言うのもなんだけど、少なくとも俺は性悪野郎ではない。
加えて、俺が物を書いていることを知った……それで彼女はうれしくなって、思わず勢いで自分の創作を見せたくなったのだろう。
……たぶん。

こう書いていくと、俺は『俺妹』を連想するな。
とにかく、今の日本は「オタクっぽいもの」に対する風当たりが半端ない気がする。
俺は高校時代はオタクラスだったし、今も持ち前の「明るい変人奇人ぶり+仕事熱心」が幸いしてオタク属性はどうでもよくなっているが……

たとえば、「無口で不細工で勤勉」だけなら相手にされないだけだが、これに「オタク」が加わったらいきなりイジメの対象になったりするイメージがある。

……俺にはね。

大学生がポケモンをやっているというだけで「きち○い」と言われたり、アニメを見る成人男性=ロリコン(=蔑視の対象)という思考を持っている人もいるらしい。
まあこれは極端な例なのかもしれないけど。

けどよ…………俺は空気を読まずに自分の信じる道を拓いて行くつもりだ。
他人がどう思おうが知ったことか。

え?高卒二十代フリーターが偉そうに言うなって?
いやぁ、もう…………はい、さーせん。

「ねえ、涼ちゃん」
「なんですか?」
「俺の書いたものもいつか見てみない?」
「いつかと言わず、今すぐにでもいいですよ!私も相馬くんの書いたもの、読んでみたいし!」

ふくよかすぎる身体をもった涼子の力強い返答。
俺の心臓の鼓動は、きのうと同じくらい強く脈打っていた。
小説を見せ合いっこして、切磋琢磨するとともに彼女との仲を深めていきたい。
そして、いつかは…………。

なんとなく涼子の相貌を映したとき、俺はいままで重大な事実を見落としていたのに気付いた。

――痩せている。

気のせいなんかじゃなく、彼女は少しだけ、腹回りがへこんでいたのだ。
四日前と比べて、明らかに。
考えすぎだろ、と自分でも思うが、その時の俺はかなり激しくこう思い込んだ。

彼女は、俺のために痩せる努力をしてくれているのかもしれない、と………………






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