夏の足跡(非エロ)
シチュエーション


振り返れば何も残っていなかった。

もうすぐ19。貧乏な俺、橘 久人はこんなくそ暑い日でもバイトをしなければならない。
しなければならないといっても直接生死に関わるわけではない。高校を卒業してから『何かしなければ』という強迫観念に支配されている。

中学時代、高校時代は明らかに平均以下の青春を送っていた。
一時は『なんで俺を産んだんだ』と親を責めたりした。モテないし頭も悪いし、中学生なら誰もが通る道だろう。ちなみに親は『ぼーっとしてたらもうおろせなかったのよ』と答えた。答えになっていない。
改めてこうやって振り返ればまた『そういう感情』が沸き上がってくるが、俺ももう19だ。黙って死ぬさ。


あー最悪だ。最悪。
コンビニのバイトでよかった。クーラー気持ちいい。

「橘くん、品出ししてきてくれる?」

来た。天使の声来た。
彼女は結木(ゆいき)さん。かわいくて優しくて現在俺の生きる意味ベスト3にランクインしている。同じバイトをやってる先輩は『ケバいし腹黒そう』と評していたが俺からすればそんな事はない。

「……おーい、そんなに見つめられても困るんだけど」
「は、はい、行ってきましゅ」

本当はもう6時間ぐらい見つめていたかったが彼女のお願いを叶えてあげなければならない。
ぐふふふ。かわいいよぉかわいいよぉ
というわけで俺はバックヤードへ向かった。
そうだ、今日こそ。今日こそ彼女のアドレスを教えてもらおう。もっと仲良くしてほしい。本当にあの人が好きなんだ。



「チッ 一回で聞いとけよゴミ虫が」


1日前

今あたし結木はこのクソ蒸し暑い次期に家で大学の課題をやっている。あたしの部屋にクーラーはない。とはいってもクーラーのある一階にはクソ親父がいる。一緒の空気を吸うと考えるだけで吐き気がするので暑さを我慢している。

英語わかんねえ。胸焼けがする。あのハゲクソゴミ教師だけは許せねえ。
頭にはまったく入っていないがとりあえず値段が馬鹿高い大学の教科書から答えを探して書きまくり無事?課題を終えた。汗をかいたのでお風呂に入ろ。

一階でゴミと目があった。吐き気がした。

シャワーを浴びている間最近やりはじめたバイト先のことを考えていた。みんなよくレジ打ちに苦戦するというが、脳みそ入っているのか???
バイト先の一つ下の子…橘くん?もそういう事を言っていた。
いっけね、空気キャラの名前ってよく忘れるんだわ。いっつも名札見なきゃわかんねえよ。そろそろ覚えてやろ。ゴシゴシ。


でも、顔は綺麗だよなぁ、橘くん。


今あたし結木はこのクソ蒸し暑い次期に家で大学の課題をやっている。あたしの部屋にクーラーはない。とはいってもクーラーのある一階にはクソ親父がいる。一緒の空気を吸うと考えるだけで吐き気がするので暑さを我慢している。

英語わかんねえ。胸焼けがする。あのハゲクソゴミ教師だけは許せねえ。いっつもニコニコして何でも言うこと聞くと思ったら大間違いだぞおら。

頭にはまったく入っていないがとりあえず値段が馬鹿高い大学の教科書から答えを探して書きまくり無事?課題を終えた。汗をかいたのでお風呂に入ろ。

一階でゴミと目があった。吐き気がした。


シャワーを浴びている間最近やりはじめたバイト先のことを考えていた。みんなよくレジ打ちに苦戦するというが、脳みそ入っているのか???
バイト先の一つ下の子…橘くん?もそういう事を言っていた。
いっけね、空気キャラの名前ってよく忘れるんだわ。いっつも名札見なきゃわかんねえよ。そろそろ覚えてやろ。ゴシゴシ。


顔は綺麗だよなぁ、橘くん。


いい湯だった。などとおっさんみたいな事を言ってみる。
お風呂から出たあたしはバスタオルで体を拭き、ミニタオルで頭をガシガシ拭いてる最中にふと思った。

「パーマとれてきてんだった…金ねぇよ」

はぁっと溜め息。自分で言って泣けてきた。一気にやる気が失せた。適当に手洗い場の鏡の前に並べた数10個以上の化粧品から化粧水を取り出し、蓋を開け、だらしなくパンパンと顔につけた。

服を着ないままバスタオルを胸から巻いた。心置きなく部屋で裸になるためだ。我ながら家ではおっさんだとおもう。


二階に上がる途中楽にお金を稼げる方法を考えてた。風俗でもやろうか?
前に元風俗の人が性病に感染して死にかけてたのをテレビで見たのを思い出した。性病なんてものがなかったらやってたのに。

「貢いでくれる男でもいればなぁ」

階段を上がり終えたあたしは絶対あり得ないと思いつつ独り言を言いながら部屋へ向かった。

バイトよはやく終われ。時計の針よ早く進め。そう心の中で唱えながらバックヤードから運んできた商品を積んだカートを冷蔵庫の前へつけた。お客さんが来た。

「いらっしゃいませー」

めんどくせえ。こういう時どうしたらいいの。もう入って結構だけど未だにわからん。お客さんはカートの前の商品がほしいようだ。

「ごめんなさいねっ」

俺はニコッと笑いカートを前に進めた。

「……無いんだけど。」

お客さんは120円のジュースの棚を指差し、やや不満げに俺にいった。

「ああ、ごめんなさい」

俺はカートに積んである箱からジュースを取り出し、お客さんに渡した。

もともと人付き合いが苦手だからこれだけの動作でかなり精神に負担がかかる。それでもバイトをして少しマシにはなったと思うけど。
あー結木さんとメールができる。結木さん、ちゅっちゅっ。

あ、結木さんと目があった。ニコッ(^-^)と笑ってくれた。天にも上る気分である。

……まてよ、

品出ししている手が止まり、あることに気がついた。

断られたらどうしよう。
いや、断られなくても心の中で避けられてたら。

…顔が青ざめてきた。と思う。

それに…どうやって聞けばいいんだ。やっぱあほだ、俺は。
『仲良くしてほしいです、アドレス交換してくださいです』とかかな?でも仲良くして、なんて下心丸出しだと思われるに決まってる…どうしよ


あ、………そうだ。いい事思い付いた。名案だ、今世紀最大の。
絶対に成功するはずだ。俺は心のなかでニヤけた。

〜♪

品出しを終えた俺はカートをバックヤードへと運ぼうとした。その時お客さんにすれ違った。

「いらっしゃいませ」

さっきよりもいい声でお客さんに声をかけた。恋をすると人は変わるものなのだな。

バイト終っわれ〜バイト終っわれ〜ヒューーッッ!!!
名案をゲットした俺は気持ちが昂ってきて万能感に似たものを得た。
いやでも結木さんとずーっとレジ打ちするのも悪くないか。結木さんさえいいならここに住むしね。
さぁ早く戻ろう。結木さんが困ってる。

だりー、だりーわマジで。お腹痛い。
客が来る。客が来る。そして客が来る。このコンビニの周辺は会社も多いしトラック野郎なんかもよく行き来する。おまけに学校も近くて学生がわんさか来る。なかなか繁盛してやがる。イライラ
あたしはロボットみたいに挨拶をし、ポイントカードの有無を聞き、レジを打ち、お釣りを返し、ありがとうございましたと言う。そしてまた客が来る。不毛だ。
ああ、300円の買い物に万札出しやがった。すげぇ。
おっと、表情に出てないだろうな。すかさず笑顔を作り直す。

「いらっしゃいませ♪」


ようやく客が落ち着いてきた。楽になってきた。

…おい、橘ちゃん。品切らしてんじゃねぇかよ。そこの棚。さっさと行けよおい。

「棚くん、品出ししてきてくれる?」

作り直したての笑顔をくれてやった。誇りに思え。

……ん?さっさと行けよ。

「……おーい、そんなに見つめられても困るんだけど」

おどけて言ってみた。

「は、はい、行ってきましゅ」

なんだ今の?寝てねえのか?
さっきの客の多さにただでさえイライラしてたのに橘のあほさがそれに拍車をかけた。

「チッ 一回で聞いとけよゴミ虫が」

レジに小走りで戻った俺は結木さんのレジ前に並ぶお客さんに声をかけ、こっちに誘導した。
さすがの俺でも客がちょっと多い時はレジ打ちに集中するさ。ミスなんてしたら結木さんにドン引きされるもん。

でも、もうすぐだ。もうすぐで結木さんとメールができるかもしれないという気持ちを糧に、レジ打ちに集中していた。
そして長い長いバイトは終わった。


バックヤードへ戻り、制服を脱いだ俺は深呼吸をした。
これから戦場に行く兵士の気分だ。
これから敵将を討ち取りに…いや討ち取ったら駄目だ。
あの、アレ、わ…和平的なのを結びにいかなきゃ。

彼女も制服を脱ぎおえ、俺に挨拶をしようと顔を覗き込むようにして「お疲れ様です」と言った。反則的な笑顔で、だ。俺もお疲れ様ですと返事した。
いつもならとろけているのだが今日はそういうわけにはいかない。今日はとっておきの和平案を持ち込んだのだ。

俺はすかさず言った。

「結木さん、アドレス教えてくれない…?」

言った。言ってしまった。
下心のなさをアピールする為さりげなくかつストレートに言う、つもりだったんだけど……若干必死な声を出してしまった。
顔が物凄い勢いで真っ赤になってるのに気がついた。心臓がバクバク言っている。そのたび首、顔の脈が共鳴している。
嫌われたら、最悪だ。

しばらく、といっても3.25秒ぐらいだろうが、とても長く感じた。ますます脈打って死にそうだった。そして彼女は若干目を見開き、声を出した。

「えっ…?」

「だ、だって、シフトとか変えたい時にいいじゃん」

ガタガタ震えながら、泣くように声を出した。
これこそが名案のはずなのにいざやろうとしたらこれだ。

「それでもちょっと困る……」


えっ。
なにそれこわい






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