表面上だけ優等生で通している私(非エロ)
シチュエーション


「城崎さん、今日一緒に帰らない?」
「ごめんなさい。今日は用事があるから……」

愚民の分際で私に話しかける馬鹿は毎日毎日絶える事はない。
その原因は表面上だけ優等生で通している私にあるのだが、私は何時の頃からかその仮面を脱げなくなっていた。

「城崎さん、今回のテスト何点だった?」

私の点数を知ってどうすると言うのか。私にその質問を投げかけた女生徒は、にこにこと笑みを浮かべながら私の点数を知ろうとしてくる。
私は心の中で悪態を吐いたが、それを表面にまで表す訳にも行かず、テスト用紙を見せた。
100点と点数の欄に書かれた数字を見て、その女生徒は黄色い歓声を上げる。そうして、私を褒めて来る。
愚民の褒め言葉など、私にとっては何の役にも立たないと言うのに。
大体、こういう手合いに限って、私が少しでも傲慢な態度を見せれば手の平を返したように虐めの加害者になるのだ。
この女生徒だけではない。人間はどいつもこいつも汚い言葉を人に対して向けているのだ。
ならば、こうして私が腹の底で人を嘲笑い、侮蔑しても何ら問題はない。その上、私が傍目から見ても優等生の鏡であるなら、それが露見する事態も成り得ない。

帰りのホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り、日直の号令がかかった後、私は自分の鞄を提げてすぐに教室を出た。
下らない話題で盛り上がり、時には私まで巻き込んでくるあの馬鹿どもと関わりたくないからだ。
先ほど私と一緒に帰りたいと言った男子生徒の視線を背中に感じていたが、気色悪いだけなので無視する事にした。
下等な分際と一緒に帰路を共にするなど、考えただけで吐き気を催す。
奴らは自分に見合った相応の五月蠅い女性と付き合えば良いのだ。私とでは到底釣り合わない。その自負が私には在った。

校門を潜ると、生活指導の教師が生徒の素行について注意をしている光景があった。
髪の毛を染めている者、校則違反のアクセサリーを身に着ける者、スカートの丈が短すぎる者――そう言った生徒を手当たり次第に叱り付けている。
どうせその場凌ぎにしか成り得ないのに、その熱心さには心底敬服する。私は心の中でその教師を嘲笑して、門を出ようとした。

「おい、城崎。ちょっと待て」

私の足が門を一歩出た時、その教師の声が私の耳を突いた。
鬱陶しい。私に注意する事など何一つ無いだろうに、何を理由に注意をしようと言うのか。
生徒を先導する立場である教師がこれでは、他の教師の高も知れている。職員室で世間話に花を咲かせている奴らも、無能に違いない。

「何か」
「スカート丈が短いぞ。少し測らせて貰おうか」

そう言って、教師は私の太股に手を伸ばしてくる。私のスカート丈は校則に則っているはずなのに――いや、下心しかこの男には無いのだろう。
私はそう判ずると、反論も無駄と考えて、一思いに痴漢だと叫ぼうとした。
幸いこの教師の、生徒からの評判は悪い。私がここで叫べば、十中八九周りの生徒は私の証言を信じるだろう。
教師の手がとうとう私の太股に当てられ、私が叫ぼうと空気を思い切り吸い込んだ時、一人の男子生徒は卒然と登場した。

「止めたら、先生?城崎さんが叫べば教師じゃ居られませんよ」

教師の手首を掴み、彼は私を横目で見た。教師の目も、同時に私に向く。
すると、その教師は私が叫ぼうとしているのを悟ったのか、聞こえるか聞こえないかの舌打ちを残してその場を去った。
後に残されたのは、校門を出ようとする生徒達の波に抗うようにその場に留まっている私と、私を助けた男子生徒だけだった。

「大丈夫?あの先生、平気でああいう事するから気を付けた方がいいよ」
「どうせ叫ぶつもりだったもの。助けられなくても、どうにかなったわ」
「あ……そっか。ごめん、余計な真似して」

心配気に私を見詰めていた瞳に、悄然とした光が宿った時、私は仮面を被っていない事に初めて気が付いた。
何時ものように、ありがとうと優等生らしく謝辞を並べれば良かったのだ。
何故私はそれを放擲してまで素の自分を出してしまったのだろう。今になって後悔の念が湧き上がる。

「それじゃ……僕は帰るから。また学校で、城崎さん」
「あ、あの!」
「え?」
「その、ありがとう……」
「……どういたしまして」

何故だろう。咄嗟に彼を呼び止めた訳も、微かな羞恥を持ちながらお礼を言ったのも、何もかも判然としない。
ただ、私のお礼を聞いて嬉しそうに微笑んで、心なしか軽い足取りで帰って行った彼の後姿を眺めていた。

――止まらない生徒達の波に抗うように、私は暫くの間校門の前で立ち尽くしていた。


続かない。






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