義姉さん6
シチュエーション


「お兄ちゃん、今日給料日でしょ」

出勤前の朝飯。麻美ちゃんは珍しくぱっちりと目を覚ましていて、オレンジジュースの入ったコップをクイッと傾けている

「ああ、そうだよ。……小遣いはやらんからな」
「そんなのいらなーい。私も安定して予約とか指名とかのお客さんがついてくれるようになったしぃ、もうお兄ちゃんの給料なんて追い抜いちゃってるかもねー。あ、それとも私がお兄ちゃんにおこづかいあげよっか?アハハっ」

大体、いつもこの時間は半覚醒状態で、タバコを吸ってから二度寝するのが常なのだが、今日は朝から調子が良いようだ

「はっ、そんなに金があるんだったら、帰りにパンでも買って食えよ」
「へへっ、今日は四時からだからぁ、それまでにお洋服買って、エステ行くんだぁ。お釣りでお兄ちゃんにパン買ってきてあげるね。アハハ」
「あっそう。じゃあついでにコーヒー牛乳も買ってきて」
「いいよー。1リットルのヤツ恵んであげるー」
「……つか、エステとか行ってるんだ?」
「行ってるよぉ。この仕事は体が資本だし、ヒマがあったら自分磨きしとかないとね」

(体が資本、ね…)

その言葉の意味を考えると、胸の奥がぎゅうっと縮まって、少し苦しい
トーストをサクサクとかじっている麻美ちゃんは、ノーメイクだ
トーストを口に運んでいる手は白くて綺麗で、リップも何もしていないはずの唇は、つややかな、淡い桜色だ。それから、柔らかそうなほっぺと、黒い瞳
すっぴんでも、麻美ちゃんはとてもかわいい

「だからさ、今日はお兄ちゃん、私を待ってなくてもいいよ」
「………ん、なんで?」
「せっかく給料入ったんだからさ、たまには遊んできなよ。私を心配する事、無いんだから」
「………」

その言葉に、オレは何故かカチンときてしまった。麻美ちゃんは麻美ちゃんなりに、オレに気を使ってくれたのだろうが

「…いいよ、どこにも行かないよ」
「どうして?あ、もしかしてカノジョどころか友達もいないとか?」
「…今日も麻美ちゃんを待ってるから、いいよ」
「……ふ〜ん、そう。ま、別に、いいけど……」

そう言って、麻美ちゃんは、コップに残っているオレンジジュースを、一気に飲み干した

「金の話で思い出したんだけどさ、オレ、言わなきゃいけない事があるんだ」

オレはその空になったコップに、新たにジュースを注ぎ足しながら、言った

「何?借金でもしてんの?」
「違うよ。…この間さ、宝クジ当たったんだ。四十万」
「ウソっ!マジで!?」
「うん。いくらか使っちゃったけどさ、まだまだ四十万近く残ってるよ」
「へーっ、凄いじゃん!……でもさ、百万とか一千万とかじゃなくって、四十万って無難な金額がさ、お兄ちゃんらしいよね。アハハ」
「いいだろ、これだって大金なんだから。まぁ、これでしばらくは生活が潤っちゃうなぁ」
「あはっ、そうだね。じゃ、お兄ちゃんお願い」

麻美ちゃんはにこにこ微笑みながら、オレに向かって両手をちょこんと差し出した

「何よ、この手は」
「おこづかいちょーだい?」
「小遣いはあげないって言ったじゃん。つか手の平返しかよ、全く。……じゃあさ、代わりに、欲しい物何でも買ってあげるよ。一つだけね」
「ホント?お兄ちゃんマジで言ってんの!?」
「うん。でも一つだけね」
「やったー!!私、欲しいのいっぱいあるんだぁ」
「だからぁ、一つだけだって言ってんじゃん」
「あははっ、冗談冗談。…じゃあね、私、自転車欲しい」
「ん?何でチャリンコなの?」
「自転車だったら近所にもすぐ行けるし、ちょっと遠出もできるからね。それに脚の運動にもなるし、美脚維持には便利なんだよ」
「ふ〜ん、美脚ねえ…。ま、いいか。じゃあ後でお金渡すからさ、自転車買ってもいいよ」
「…お兄ちゃん、お金だけ渡して終わりなんだ」
「は?」
「一緒に買いに行ってくれないんだ?」
「…オレ、日曜くらいしか空いてないからさ」
「いいよ、別に。今日じゃなくても。今すぐ欲しいってわけじゃないし。…一緒に選ぼうよ、私の」

麻美ちゃんは頬杖をついて、返事を待っている。ショートカットの髪が扇風機の風にさらさらとなびいて、女の子の香りをふわり、とそよがせている

「じゃあ、日曜日でいい?」
「……うんっ」
「その後さ、どっかメシ食いに行こっか?どうせ金だけはあるんだからさ」
「へへっ、サンキュ。大金持ちのお兄ちゃんっ」

麻美ちゃんは、ほのかにツンと吊り上がった目を細めると、頬杖をついたまま、小さくピースサインをした

「……あっ、ちょっと待って?」
「ん?」
「さっき、宝クジのお金、ちょっと使ったって言ったよね?……何に使ったの?」

麻美ちゃんの顔がみるみる険しくなって、声のトーンも低くなる

「あっ?…だ、だから、飲みに行って…」
「何言ってんだよ。最近飲みに行った事、無いじゃん」
「……。ほ、ほら、こないだ残業したじゃん。あの後だよ?」
「ウソっ。あの時、お酒の匂いもタバコの匂いもしなかったよ。何か変だな〜って思ってたんだけど」
「………」
「つーかさ、宝クジ当たったのっていつなの?結構前の話みたいだけど。何でナイショにしてたの?」
「…………あ、そろそろ会社行く時間だ」

オレはそそくさと立ち上がると、足早に玄関に向かった。若干、膝が笑っていたかも知れない

「ちょっと!まだハナシ終わってないんだケド!」

慌てて靴を履いてドアノブに手をかけたが、一歩遅かった
早足でずんずんと追いかけてきた麻美ちゃんに、がしっと肩を捕まれてしまった。振り返ると、激情を隠そうともしない彼女の顔がある。怒った表情もまたかわいい…なんて言ってる場合ではない

「何で逃げてんだよ!やっぱなんか隠してるんでしょ!?」
「も、もう行かないと遅刻しちゃうから」
「人に話せないような事してたんだよね!言ってごらん!言えよスケベ!!」
「ほ、ホントに何にもないんだよ〜」
「ウソつき!!」


…結局、その日は大幅に遅刻をして、麻美ちゃんだけでなく、会社でも大いに怒られてしまった


待っている身はつらい。三分でも五分でも。それが何時間ともなれば、もやもやは積もり積もって精神を圧迫する
結局オレは、朝言った通り、真っすぐ帰宅して、麻美ちゃんの帰りを待っている。それにしても今朝は散々だった
麻美ちゃんには、平謝りとありったけの言い訳で、何とか解放してもらったが、納得などはしていまい。むしろ、オレの様子に呆れてしまって、とりあえず勘弁してやったと捉えるのが正しかろう
会社に行けば二十分の遅刻で、大いに叱られた。まさか、義理の妹に金の使い道の件で追及されていました、などと本当の事を言うわけにもいかず、適当な理由を考えるのに苦労した

(あ〜、情けねえ…)

今更ながら、自分のバカさ加減に落胆しつつ、麻美ちゃんが買ってきたあんドーナツと、コーヒー牛乳を口に運ぶ。五個ほど食ったがまだ十個以上残っていて、コーヒー牛乳に至っては、1リットルのヤツがあと十本は冷蔵庫に入っている。…やっぱまだ怒ってるのかな?

時計を見れば、そろそろ十一時半。…今頃は最後のお客さんの相手をしているのだろうか
正直言えば、ヒマであって欲しい
出来る事なら、出勤日数も減らして、勤務時間も短くしてもらって、あまり客も取らないで、それから…

帰りを待っている間は、いつもこうだ。こんなバカバカしい、消極的な願望が、血液と一緒に体中を流れて、あちらこちらをチクチクと痛めつけているような感じ
今の仕事を辞めてくれ、なんて言えない。きっかけの一つはオレなんだし。それに、最近ではやり甲斐も出てきたようだ。前に比べて、意欲的に仕事に向き合っている。ここら辺は血筋…なのかな?
でも、もし、辞めてくれって言ったら、麻美ちゃんは何て返事をするだろうか
百歩譲ってもそんな事は無いだろうが、もし、辞めるって言ってくれたら。…確かに嬉しいし、安心する。でも、どうしよう。そうなってしまったらその先、オレはどうすればいいんだろう…

…仮定の話で、しかも自分一人でネガティブに盛り上がってしまった。ホントにダメだな、オレ

とりあえずいつも通り、麻美ちゃんの食事の用意をしとくか。体を動かしとかないと気が滅入る
食パンが残ってるから、サンドイッチでも作ろう。卵と野菜を今日買ってきたから、タマゴサンドとサラダサンド。それから、その間に風呂を沸かして……

じゃあ、そうと決まったら、早速風呂とメシの用意でもするか。勢いをつけてヨイショと立ち上がり、台所へ向かおうとすると、けたたましく携帯が鳴った

『ボっクっのドラえもんが、町を歩っけば〜』

オレにはお馴染みの着メロが流れる中、携帯を手に取ると、発信者は【高城えりか】
義姉さんだ。こんな遅くに珍しいな

「もしもし?」
『もしもしアキトく〜ん?こんばんは〜』
「あ、はい、こんばんは」
『ゴメンね、こんな夜遅く。まだ起きてた?』
「はい、起きてましたけど」
『そうよねー。起きてるわよねー。麻美ちゃんがラストまでの日はぁ、アキトくんはずーっと起きて待っててあげてるんだよねー』
「………それで、今日はどうしたんです?」
『そうねぇ、今日はね、麻美ちゃんの事で、ちょっとお話があるの』
「麻美ちゃんが、どうかしたんですか?」
『うん、あのね、あなた達、お家では仲良くしてる?』
「……はあ、まあ、それなりに」
『そう!よかったわぁ〜。私、心配してたんだからぁ。…それで、あなた達ちゃあんと避妊してるの?』
「はっ!?な、何言ってるんスか。してませんよ、そんなの」
『あらっ、ダメじゃない、そんな無責任な事じゃ。あのね、いくら気持ちいいからってそんな……あ、もしかして二人とも、子供を作ろうって決めたのかしら?』
「だからっ、違いますよっ。子供ができるような事はしてませんからっ」
『え〜〜〜っ!?してないの?…ちょっとアキトくん、あなたね、あんな可愛い子と一緒に住んでて、一体何やってるの?』
「いや、何って…」
『あなたももう童貞じゃないんだから、しっかりしなさい?……麻美ちゃんも麻美ちゃんだわ。今度会ったら叱っておかなきゃ』
「あの、オレは別にそういう気は無いですし…」
『いーい、アキトくん?尻ごみしてるのが一番ダメなの。とにかく行動あるのみよ?好きな子がいたら、玉砕覚悟でバシーッとぶつかっていかなきゃ。それともなぁに?あなた、あの子がかわいくないの?』
「それは……かわいいですけど……」
『じゃあ決まりじゃない。あの子の手を握って、まっすぐ目を見つめてね、好きだ、愛してるって言ってあげたら、鼻血を出すくらい喜ぶわよぉ、きっと』
「…あの、義姉さん?」
『それで麻美ちゃんをギュッて抱きしめたら、そのまま最後までしちゃいなさい。終わったら、ずっと君の側にいるよ、とか言ってあげるのよ?そしたら子供も作っていいわ。…むふふ、あなた達二人の赤ちゃんかぁ…。きゃーっ!今から楽しみぃ〜!』
「義姉さん、自分で何言ってるかわかってます?酒でも飲んでるんですか?」


「…ねえ、まやちゃん…大丈夫?」
「あ〜〜…………ん〜〜………」

まやちゃんの目は、完全に焦点が合っていない。上半身は、まるでクラゲのように力無くあっちこっちにゆらゆら揺れている

「まやちゃん…もしかしてお酒弱い?」
「ん〜……すこし……」
「も〜、それならそうと早く言ってくれなきゃ」
「あはは…、これくらいなら、へいきかな〜って、……おもったんだけど………う〜………」

思えば、居酒屋の時点で気づいておくべきだった。中ジョッキたった一杯で顔が真っ赤になった彼女を、かわいいかわいいと言って面白がり、全く気にかけていなかった。それどころか調子に乗って、あれやこれやと飲ませてしまった
今、私達はバーに来ているが、五分もしないうちにこの状態だ。まやちゃんのグラスには、琥珀色の液体が入っている

「お酒弱い人が、何でウイスキーなんか頼んだの。ホントに倒れちゃうよ?」
「うん……だって……おにいちゃん……おいしいって……いってた……う〜……」

そう言うとまやちゃんは、性懲りもなくウイスキーに口を付け、思いっきりしかめっ面になる。顔色は赤を通り過ぎて、若干白い

(はぁ…ちょっと悪い事したかなぁ…)

久しぶりのお酒だったから、正直浮かれてた
自分が楽しいばっかりで、まやちゃんの様子にも気づかなかった、っていうのは…友達として申し訳ない
時計を見ると、まだ十一時前。でもそろそろ切り上げた方がいいかも知れない
私はまだ飲みたい気分だったが、これ以上彼女を付き合わせては、本当にぶっ倒れるか、この場で寝てしまって朝まで起きないかも知れない。それどころか、今すぐまき散らしてしまう可能性も…

「まやちゃん、今日はもう帰ろっか」
「う〜〜……ごめんね………」
「いいって。まやちゃんのおかげでホントに楽しかったしさ。…じゃ、タクシー呼ぼうね?」
「うん……。あ…、いいよ。……タダのタクシーよんだげるから……」
「なにそれ?」
「うん……わたしのね……おにいちゃん……」

そう言って、まやちゃんはデコレーションだらけの携帯をいじり出し、耳に当てた

「え〜っ?いいって、こんな夜中に…。悪いんじゃない?」
「だいじょーぶだよ……。おにいちゃんねぇ……わたしのことすきだからねぇ……なんでもいうこときいてくれるんだよ……」
「………は?」

これは一体どういう意味だろうか
普通よりも妹思いな兄…という事?それならそれでやや納得いく所もあるが、「好きだから何でも言う事を聞く」という言葉には、どうしても男女の空気を想像せざるを得ない
やはり危ないお兄さんなのか。…それともまやちゃんは、私が思っている以上にデンジャラスな女の子なんだろうか

そんな事を考えているうちに、まやちゃんは携帯に向かってしゃべり始めた。お兄さんと電話が繋がったようだ

「あ〜〜、あんねぇ……むかえにきて……。…………うん、だからねぇ、はやくこっちきて。…………もおっ、いいからこっちきてよぉっ…。……おにいちゃんぜんっぜんやさしくないよ……。………うん。……あんねぇ………あ〜、ほのかちゃん、ここなんてとこだっけ?」
「…オートマグ」
「あんねぇ、おーとまぐだって。おにいちゃんしらないでしょう。としくってるだけでなーんもモノしらないんだから。……しってる?なまいき…。…………しってんならはやくむかえにきてよ……。…もぉっ、いいからすぐきてったらっ!ばいばい」

言うだけ言って、まやちゃんは通話を打ち切った

「なまいき…」

テーブルの上に投げ捨てるように携帯を置くと、いまいましげにタバコに火をつけ、うめき声とともにむせた

「…いいの?やっぱり迷惑だって」
「げはっ、げほっ…、う〜。いいんだよ…。おにいちゃんどうせねえ、わたしのいうこときくのがたのしいんだから……」
「……あのさぁ、そのお兄さんって一体何なの?」
「え〜とねぇ…、わたしのおねえちゃんのだんなさんのねぇ、おとうと…」
「あ、ああ…、そうなの…」

私はちょっとだけ胸がほっとした。実の兄妹でそういう関係なのはさすがに引くし…。て言うか普通に考えれば、義理の兄妹かあだ名のどっちかだよね…。早とちりな思い込みをしてしまった自分が少し恥ずかしい…

「じゃあ、あんた達付き合ってるの?それともお兄さんに告白されたとか?」
「それはないよ……。ジッサイそんなんなったらキモいんだけど…マジで」
「…は?じゃあ何であんたの事好きだってわかるの?」
「……いっしょにすんでたらねぇ、わかんの……。おにいちゃんねぇ…わたしをみるめがマジでキモいんだよ……」
「へえ、二人とも同棲してんだ」
「…あ?……そ、それはちがくてぇ……いろいろりゆーがあって、おいてもらってんの……」
「ふ〜ん…。ははっ、でもさ、まやちゃんくらいかわいい子と一緒に住んでたらさ、みんなおかしくなるんじゃない?男だったら。あんた襲われないの?つーか、もう襲われた?」
「そーゆーのさ…マジでありえないからやめてよ……。もうね、シンケンにサイアクなんだから…おにいちゃん…」
「そんなにヤバい人なの?」
「うん…。もうね、いままでみてきたおとこのなかでねぇ、サイアクにキモい…。もう二十七なんだけどねぇ、いちどもカノジョいたことないんだよ。おかしいっしょ?コレ」
「ははっ、珍しいね、そんな人」
「そんでねぇ、しかもねぇ、しろうとどーてーなんだよ。おかねはらってしかひととエッチできないってさぁ、マジおわってるよね。なさけないっつーかさ、もうキモいよね」
「はははっ、確かにヘンだけどさぁ…私達の仕事ってさ、何だっけ?まやちゃん」
「そ、そうだけどぉ……。だからぁ…、そんなひとにすかれてもぉ、ぎゃくにキモいってことだよ。いっしょにすんでるからってさぁ、いちいちキモいきたいすんなってハナシ」

お兄さんの話をしているまやちゃんは、やけに生き生きしている。さっきまで弱々しかった喋り方は、徐々にはっきりした物に回復し始めていた

「はぁ…。じゃあさ、出てけば?そんなにキモい人と一緒に暮らす必要、ないんじゃない?」
「そう…だけど…なんかねぇ、ちょっと…りゆーが、あるから…しかたないっつーか……」
「何それ?……なんか色々ごちゃごちゃ言ってるけどさあ、ホントはお兄さんの事、悪くないって思ってんでしょ?実はもうヤっちゃったとか?」
「なっ…!あ、あのさほのかちゃん、そういうのさ、いくら友達でもホントに怒るよ!?」

つい今まで顔面蒼白だったまやちゃんは、いつの間にか顔を真っ赤に紅潮させていた

「そんなにキレる事ないでしょ」
「キレる事だよっ。お兄ちゃんとヤるとかありえないよっ!絶対気持ち悪いもん!」
「へぇ〜。でもキスはしたんでしょ?手ぇつないで買い物行くとかは?帰ってきたらただいま〜おかえり〜とか言ったりすんの?はははっ」
「あ〜〜もう!そーゆうの絶対ないの!さわられるのもイヤ!見られるだけでヤなんだから!」

タバコの灰を撒き散らしながら反論するまやちゃんの姿は、非常に面白くてかわいい。こうなってくると、いやがおうにもサドっ気がわいてくる

「え〜、好きな女の子からそんな風に思われてるとか、お兄さんかわいそ〜」
「だって、私ホントの事言ってるだけだし…」
「ははっ、じゃあ私さ、かわいそうなお兄さんをなぐさめてあげよっかな〜、なんて」
「はっ???ほ、ほのかちゃん、何言ってんだよ」
「だってさぁ、好きな子がそんな態度だったら傷ついてるだろうしぃ、しかもまやちゃんさ、やらしてあげてないんでしょ?お兄さんには癒しが必要なんじゃないかな〜って」
「あ、あ、えっと、あのね、お兄ちゃんね、顔はブサいし話は面白くないし、気が弱くって給料安いんだよ。絶対オススメできないよ…」
「そんなの、お客さんの中にはそういう人いっぱいいるじゃない。まやちゃん、お兄さんの事キライみたいだしさ、私が引っ張っちゃってもかまわないでしょ?」
「いっ………いいんじゃない?別に………」
「はははっ、まやちゃんのお兄さんが私のお客さんかぁ。悪くないねー、そういうのも」


冗談半分、からかい半分

まやちゃんの反応が面白くて、つい口に出た言葉

本気なんかであるはずがない

少なくとも、この時点では、まだ……

結局、義姉さんは三十分以上しゃべり続けた
一体何の用で電話をしてきたのか、さっぱりわからないが、オレの心はちょっと楽になった…気がする
はは、義姉さんってホント明るい人……


「…ねえ、まやちゃん…大丈夫?」
「あ〜〜…………ん〜〜………」

まやちゃんの目は、完全に焦点が合っていない。上半身は、まるでクラゲのように力無くあっちこっちにゆらゆら揺れている

「まやちゃん…もしかしてお酒弱い?」
「ん〜……すこし……」
「も〜、それならそうと早く言ってくれなきゃ」
「あはは…、これくらいなら、へいきかな〜って、……おもったんだけど………う〜………」

思えば、居酒屋の時点で気づいておくべきだった。中ジョッキたった一杯で顔が真っ赤になった彼女を、かわいいかわいいと言って面白がり、全く気にかけていなかった。それどころか調子に乗って、あれやこれやと飲ませてしまった
今、私達はバーに来ているが、五分もしないうちにこの状態だ。まやちゃんのグラスには、琥珀色の液体が入っている

「お酒弱い人が、何でウイスキーなんか頼んだの。ホントに倒れちゃうよ?」
「うん……だって……おにいちゃん……おいしいって……いってた……う〜……」

そう言うとまやちゃんは、性懲りもなくウイスキーに口を付け、思いっきりしかめっ面になる。顔色は赤を通り過ぎて、若干白い

(はぁ…ちょっと悪い事したかなぁ…)

久しぶりのお酒だったから、正直浮かれてた
自分が楽しいばっかりで、まやちゃんの様子にも気づかなかった、っていうのは…友達として申し訳ない
時計を見ると、まだ十一時前。でもそろそろ切り上げた方がいいかも知れない
私はまだ飲みたい気分だったが、これ以上彼女を付き合わせては、本当にぶっ倒れるか、この場で寝てしまって朝まで起きないかも知れない。それどころか、今すぐまき散らしてしまう可能性も…

「まやちゃん、今日はもう帰ろっか」
「う〜〜……ごめんね………」
「いいって。まやちゃんのおかげでホントに楽しかったしさ。…じゃ、タクシー呼ぼうね?」
「うん……。あ…、いいよ。……タダのタクシーよんだげるから……」
「なにそれ?」
「うん……わたしのね……おにいちゃん……」

そう言って、まやちゃんはデコレーションだらけの携帯をいじり出し、耳に当てた

「え〜っ?いいって、こんな夜中に…。悪いんじゃない?」
「だいじょーぶだよ……。おにいちゃんねぇ……わたしのことすきだからねぇ……なんでもいうこときいてくれるんだよ……」
「………は?」

これは一体どういう意味だろうか
普通よりも妹思いな兄…という事?それならそれでやや納得いく所もあるが、「好きだから何でも言う事を聞く」という言葉には、どうしても男女の空気を想像せざるを得ない
やはり危ないお兄さんなのか。…それともまやちゃんは、私が思っている以上にデンジャラスな女の子なんだろうか

そんな事を考えているうちに、まやちゃんは携帯に向かってしゃべり始めた。お兄さんと電話が繋がったようだ

「あ〜〜、あんねぇ……むかえにきて……。…………うん、だからねぇ、はやくこっちきて。…………もおっ、いいからこっちきてよぉっ…。……おにいちゃんぜんっぜんやさしくないよ……。………うん。……あんねぇ………あ〜、ほのかちゃん、ここなんてとこだっけ?」
「…オートマグ」
「あんねぇ、おーとまぐだって。おにいちゃんしらないでしょう。としくってるだけでなーんもモノしらないんだから。……しってる?なまいき…。…………しってんならはやくむかえにきてよ……。…もぉっ、いいからすぐきてったらっ!ばいばい」

言うだけ言って、まやちゃんは通話を打ち切った

「なまいき…」

テーブルの上に投げ捨てるように携帯を置くと、いまいましげにタバコに火をつけ、うめき声とともにむせた

「…いいの?やっぱり迷惑だって」
「げはっ、げほっ…、う〜。いいんだよ…。おにいちゃんどうせねえ、わたしのいうこときくのがたのしいんだから……」
「……あのさぁ、そのお兄さんって一体何なの?」
「え〜とねぇ…、わたしのおねえちゃんのだんなさんのねぇ、おとうと…」
「あ、ああ…、そうなの…」

私はちょっとだけ胸がほっとした。実の兄妹でそういう関係なのはさすがに引くし…。て言うか普通に考えれば、義理の兄妹かあだ名のどっちかだよね…。早とちりな思い込みをしてしまった自分が少し恥ずかしい…

「じゃあ、あんた達付き合ってるの?それともお兄さんに告白されたとか?」
「それはないよ……。ジッサイそんなんなったらキモいんだけど…マジで」
「…は?じゃあ何であんたの事好きだってわかるの?」
「……いっしょにすんでたらねぇ、わかんの……。おにいちゃんねぇ…わたしをみるめがマジでキモいんだよ……」
「へえ、二人とも同棲してんだ」
「…あ?……そ、それはちがくてぇ……いろいろりゆーがあって、おいてもらってんの……」
「ふ〜ん…。ははっ、でもさ、まやちゃんくらいかわいい子と一緒に住んでたらさ、みんなおかしくなるんじゃない?男だったら。あんた襲われないの?つーか、もう襲われた?」
「そーゆーのさ…マジでありえないからやめてよ……。もうね、シンケンにサイアクなんだから…おにいちゃん…」
「そんなにヤバい人なの?」
「うん…。もうね、いままでみてきたおとこのなかでねぇ、サイアクにキモい…。もう二十七なんだけどねぇ、いちどもカノジョいたことないんだよ。おかしいっしょ?コレ」
「ははっ、珍しいね、そんな人」
「そんでねぇ、しかもねぇ、しろうとどーてーなんだよ。おかねはらってしかひととエッチできないってさぁ、マジおわってるよね。なさけないっつーかさ、もうキモいよね」
「はははっ、確かにヘンだけどさぁ…私達の仕事ってさ、何だっけ?まやちゃん」
「そ、そうだけどぉ……。だからぁ…、そんなひとにすかれてもぉ、ぎゃくにキモいってことだよ。いっしょにすんでるからってさぁ、いちいちキモいきたいすんなってハナシ」

お兄さんの話をしているまやちゃんは、やけに生き生きしている。さっきまで弱々しかった喋り方は、徐々にはっきりした物に回復し始めていた

「はぁ…。じゃあさ、出てけば?そんなにキモい人と一緒に暮らす必要、ないんじゃない?」
「そう…だけど…なんかねぇ、ちょっと…りゆーが、あるから…しかたないっつーか……」
「何それ?……なんか色々ごちゃごちゃ言ってるけどさあ、ホントはお兄さんの事、悪くないって思ってんでしょ?実はもうヤっちゃったとか?」
「なっ…!あ、あのさほのかちゃん、そういうのさ、いくら友達でもホントに怒るよ!?」

つい今まで顔面蒼白だったまやちゃんは、いつの間にか顔を真っ赤に紅潮させていた

「そんなにキレる事ないでしょ」
「キレる事だよっ。お兄ちゃんとヤるとかありえないよっ!絶対気持ち悪いもん!」
「へぇ〜。でもキスはしたんでしょ?手ぇつないで買い物行くとかは?帰ってきたらただいま〜おかえり〜とか言ったりすんの?はははっ」
「あ〜〜もう!そーゆうの絶対ないの!さわられるのもイヤ!見られるだけでヤなんだから!」

タバコの灰を撒き散らしながら反論するまやちゃんの姿は、非常に面白くてかわいい。こうなってくると、いやがおうにもサドっ気がわいてくる

「え〜、好きな女の子からそんな風に思われてるとか、お兄さんかわいそ〜」
「だって、私ホントの事言ってるだけだし…」
「ははっ、じゃあ私さ、かわいそうなお兄さんをなぐさめてあげよっかな〜、なんて」
「はっ???ほ、ほのかちゃん、何言ってんだよ」
「だってさぁ、好きな子がそんな態度だったら傷ついてるだろうしぃ、しかもまやちゃんさ、やらしてあげてないんでしょ?お兄さんには癒しが必要なんじゃないかな〜って」
「あ、あ、えっと、あのね、お兄ちゃんね、顔はブサいし話は面白くないし、気が弱くって給料安いんだよ。絶対オススメできないよ…」
「そんなの、お客さんの中にはそういう人いっぱいいるじゃない。まやちゃん、お兄さんの事キライみたいだしさ、私が引っ張っちゃってもかまわないでしょ?」
「いっ………いいんじゃない?別に………」
「はははっ、まやちゃんのお兄さんが私のお客さんかぁ。悪くないねー、そういうのも」


冗談半分、からかい半分

まやちゃんの反応が面白くて、つい口に出た言葉

本気なんかであるはずがない

少なくとも、この時点では、まだ……


「……それでね、お兄ちゃんね、宝くじのお金、何に使ったか言わないんだよ。言い訳ばっかしてさ、私に隠し事してんの。絶対ウワキしたんだよ…」
「はははっ、付き合ってないって言っといてさぁ、浮気って何よ?…もうさ、正直にデキてますって認めちゃったら?」
「だ、だからぁ、ホントに違うんだったら!」
「じゃあ不安なんだ?」
「も〜っ!ほのかちゃんしつこいよぉっ!」

お兄さんの話題で長々と盛り上がっている中(と言っても、まやちゃんによる悪口の独演会状態だったが)、テーブルの上に投げ置かれた携帯が、メールの着信を知らせる

「ほら、まやちゃん、ラブメールじゃない?これ。はははっ」
「っさいなぁ……。…………もう着いたって。…もぉっ、お兄ちゃんっていっつものそのそしてトロくさいんだから……」

まやちゃんは携帯をバッグにしまうと、ぶつくさと文句をたれながら、生まれたての子馬のようによろよろと立ち上がった
おしゃべりは若干回復しているものの、やはり体の中のアルコールは抜けていないようだ。立っているだけで脚はプルプルふるえて、首はゆらゆら揺れている

「まやちゃん、大丈夫なの?ホントに転びそうなんだけど」
「ん…もう平気。完璧にフッカツしてるから……」

と口では言っていたのだが、店の出入口に向かって進む彼女の歩みは、子供のよちよち歩きよりスピードが遅い。しかも千鳥足なものだから、今にも足をくじいて転んでしまいそうで、かなり危なっかしい
酔ってないと言う人ほど酔っている、の典型的な例だ

「まやちゃんっ、そんな歩き方してたらホントに危ないってば…。ほら、タバコ。忘れてたよ」
「ごめん…ありがと…。あ、そういえばお金…」
「私が払っておくから。今度会う時に返してくれればいいから。ね、だから早くお兄さんのとこ行こう?」
「お兄ちゃんはもういいよぉ……。タクシー呼んで二人で帰ろうよぉ……」
「あんた何言ってんの。自分でわざわざ呼び出したんじゃない」
「う〜、もうお兄ちゃんなんかしらない…。あんなのほっといても大丈夫だよぉ…」
「そうだね、大丈夫だね。わかったから、とりあえず早く行こ?ね?」
「う〜〜」

私はまやちゃんの体を支えながら、一緒に歩き出した。それにしても疲れる…。これから先、この子と飲みに行くのは、ちょっと考えた方がいいかも知れない……

エアコンの効いた店内から外に出ると、外の空気がむわっとした暑さをともなって、私の肌を苛む。汗腺がプツプツと広がるのが感じられて、非常に不快だ
店の前には白い車が一台停まっていて、側には背の高い男の人が立っている

「麻美ちゃん?」

人影が私達の方を向くと、早足で近づいてきた。まやちゃんを本名で呼んだあたり、きっとこの人が例のお兄さんなんだろう

「お兄ちゃん…、お兄ちゃん来るの遅いぃ…」

まやちゃんは私の手をするりと離れると、よたよたとした足取りで、お兄さんに駆け寄って行く。その姿は、さながら親を見つけた迷子のようだ

「バカバカっ。何でもっと早く来てくんないんだよっ。すぐ来いって言ったじゃんっ」

まやちゃんは悪態をつきながら、お兄さんの肩をべちべちと平手で叩いている。一方彼は普段からやられ慣れているのか、平然とした顔でされるがままだ

「何言ってんだよ、いきなり電話しといて。オレ麻美ちゃんのご飯作って待ってたんだよ?飲んでくるならちゃんと言ってくんなきゃ」
「うるさいっ。言い訳なんかしてっ。お兄ちゃんぜんっぜん男らしくないよっ
…私がさ、早く来てほしいって言ったのにさ、あーだこーだテキトーな事ばっか言ってさ、お兄ちゃん、ゴメンも言わないで言い訳ばっかしてさ…。お兄ちゃんウザい。ぜんっぜんやさしくないよ……うえっぷ」
「麻美ちゃん……相当酔ってる?」
「そうだよっ。だからお兄ちゃん、早く来てほしかったのにさ、遅刻の言い訳ばっかしてさ…。しかもウイスキーおいしいってウソまでついてさ……」
「あれ?麻美ちゃんウイスキーなんて飲んだの」
「飲んだよっ。でも辛くって臭くって、あんなの全然おいしくないじゃんっ。お兄ちゃんのうそつきっ」
「…あのさ麻美ちゃん、自分で酒弱いのわかってんのに、なんでそんなの飲んだの。大体オレ、確かに美味いって言った事あるけど、麻美ちゃんに飲めって言った覚えないよ。無理して飲まなくてもいいって、酒なんて」
「なんだよその言い方…。お兄ちゃん、私にお酒飲ませといて…、なんだよぉ…その言い方ぁ…」
「…いや、別にオレが飲ませたワケじゃねーし」
「〜〜〜っ!もういいよバカッ!これ以上しゃべんなボケッ!」
「はあぁ、全く……」

他人の目もははからず、会うなり早速痴話喧嘩ですか…。何してんのこの二人
盛り上がっている当人同士はさぞ楽しいだろうが、目の前で見せつけられている側としては、呆れを通り越して極めて不愉快だ
と言うか、屋外で言い争いを展開している為、通行人の目が気になってこっちまで恥ずかしいし
とりあえずまやちゃん達はもうほっといて、自分だけこっそり帰ろう…と思ったのだが、うっかりお兄さんと目が合ってしまった

「どうも…」

反射的に会釈をすると、お兄さんもバツが悪そうな愛想笑いをニヘラと浮かべて、軽く頭を下げる
まやちゃんが言っていたほどのブサイクではないが、いまいちパッとしない
優しそう…と言うより頼りなさそう、純情そう…と言うより子供っぽく見える。180cmはあるだろう高い身長が、かえってそれらの悪印象を助長している風に感じられる
なるほど、かわいそうだが、これでは女性に縁遠い人かもしれない

「おいっ!」

私が失礼な値踏みをしている最中、突然まやちゃんがお兄さんの頭を、本気でビビってしまうほど大きな音を立てて、思い切りひっぱたいた

「いてーなっ!」
「あの子ね、私の友達なのっ。エロい目で見んじゃねーよバカ!」
「何言ってんだよっ、違うって、そんなの」
「うそっ!絶対目がエロかったもん!お兄ちゃん、何で私の言う事にいちいち逆らうんだよっ、スケベッ。ホント信じらんない…」
「だから違うったらっ。挨拶しただけだろ?」
「また言い訳だよ…。バッカみたい。もうお兄ちゃんウザいよ、バカ…」
「はあぁ……。わかったわかった、いいから早く車乗ってよ。もう帰ろう?」
「…お兄ちゃん、あそこにいるほのかちゃんもお家まで送ってってよ。お兄ちゃん、今日はタクシーの代わりに呼んだんだからね」
「……うん?」
「…はっ!?い、いやっ、いいよいいよっ。一人で大丈夫だから…」

このバカ兄妹二人と一緒の車に乗れと?
本気で勘弁してほしい。車内という密室で、一人ぽつんと場違いな人間になるのはまっぴらゴメンだ

「ほら、お兄さんも迷惑だろうし…。ね、二人で帰りなよ?私はいいからさ」
「いや、別に構いませんよ。行き先を言ってくれれば送っていきますから、気にしないで下さい」

ああ…何て親切な人なんだろう…。でも余計な優しさは人を傷つけるだけだと知って下さい、お兄さん…

「ほら、お兄ちゃんもいいって言ってるしさ、乗ってきなよ、ほのかちゃん」
「さ、どうぞ。もう遅い時間ですから…」

お兄さんは、ご丁寧にも後部座席のドアを開けてくれて、よちよち歩きのまやちゃんは、私の腕を引っ張って車内へいざなう

「だ、だから、あの…」
「ほらほら、早く乗って?」
「麻美ちゃん、気をつけないと自分が転んじゃうよ?…さ、遠慮せず乗って下さい。暗いですから、頭を打たないように気をつけて…」
「…………はい」

負けた
二人がかりでの親切の押し売りに、負けた…
観念した私は、座席に座ると、目をつむって、ふぅ、と短いため息をついた
家に帰れるまでの時間、一体どうなる事やら……
私の頭の中は、やり切れない不安感で一杯だった

夜道を走る車の中に響き渡っているのは、カーエアコンが作動する音、わざとらしい口調で喋るDJのFMラジオ、それから、まやちゃんの寝息…いや、いびき…

「はは、寝てますね…」
「そ、そうですね…」

飲み疲れか、それともお兄さんが迎えに来て安心してしまったのか、まやちゃんは、助手席に座ってシートベルトを締めるやいなや、即座に眠りについてしまった
すやすや眠るその顔は、まるで天使のようにかわいらしい……が、それとは正反対に、ぐごごごご、とか、ぐがががが、とか、非常に豪快で男らしいいびきを大音量で発していて、だらしなくぽっかり開いたピンクの唇からは、ヨダレがアゴまで垂れている
まさしく百年の恋も冷める痴態だが、お兄さんは落ち着き払った様子で、何も言わずにティッシュで彼女の口元を、優しくふきふきしてあげている。見せつけてくれるなぁ

「はは…、すいません、やかましくしちゃって…」

使い終わったティッシュを小さく丸めて灰皿の中に入れながら、私に言った
別にお兄さんが謝る必要はないんだけど…

「あ、いえ…別に…」
「この子…やっぱりいつもうるさくしてますか?その……仕事場では」
「い、いえ、そんな事ありませんよ。明るくって友達作るの上手いし…とってもいい子ですよ」
「はは…、そうじゃなくて…、仕事中って言うか…その…お客さんにです」
「あ、ああ…。まぁ…少し…。あっ、でも最近はそうでもないんですよ?…まぁ、たまにそうなりますけど…」
「あはは…。そうだろうな〜って思ってたけど、やっぱ、そうですか…」
「まやちゃんから、聞いたんですか?」
「違いますけど……、この子の性格を考えたら、そうかな、って」
「性格って?…あ、そこ左です」
「あ、はいはい。……何て言うか……男の言う事聞かなきゃいけないとか、自分が男に何かしてあげるとか、そういうのが出来なかったんですよ。男を下に見てるって言いますかね…」
「そうなんですか?え〜、ちょっと信じらんないです…。だってまやちゃん、私達にはすっごく優しいし…」
「女の人には、そうみたいですね。でも男にはね…。なんつーか、そっちが言う事聞いて当然、みたいな感じで…」
「へぇ…。でも意外ですね…。なんか、ギャップありすぎって言うか…」
「元々はそんな性格なんでしょうけど、昔っから相当モテたみたくて…だからじゃないですかね。彼氏切らした事、無いらしいですし。中学の時から、色んな男に相当貢がれてたみたいで」
「そんなにモテてたんですか?」
「直接本人から聞いたわけじゃないけど、何もしなくてもメチャクチャモテてたらしいですよ
…まぁ、別に何もしてないのに、毎日毎日誰かに告白されて、高い物もらって、メシおごってもらったりしてたら、やっぱおかしくなっちゃうんでしょうね。羨ましいっちゃ羨ましいですけど」
「へ、へぇ…。でも、まやちゃんかわいいから…」
「ま、見てるだけなら性格なんてわかんないですからね」
「あはは、ひどいなぁ。…あ、次の信号、真っすぐで…」
「はいはい」

男にメチャクチャモテた、かぁ……
私の方がもっとモテてたよ!……と馬鹿馬鹿しい対抗心が若干芽生えたが、正直言って、私もちょっと羨ましい。まやちゃんと知り合う前の私なら、絶対そんな風には思わなかっただろうけど
確かに、私にはたくさんのファンがいた。でも、それはやっぱりモテているのとは違うと思う
応援してくれるファンの声援ではない。身近な男性や、周囲の人達が、恋愛や友情の対象として、直に接してくれる事
まやちゃんには、それがいっぱいあった。しかも、何の努力もしないで
私には、それが無かった。…いや、自ら進んで拒絶していたんだ


時折、義理の妹を見つめるお兄さんの顔は、何だかちょっとだけ、男らしく見える

羨ましい
……少し、嫉妬を感じてしまうくらいに






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