遠い海から来たHOO 2
シチュエーション


行為の後の気怠さの中だったが、彼にはどこか心地よさを感じる時間にも感じられた。
フィオナが売春婦以前に、女性としてあまり緊張を強いられるような性格をしていないからだろうか。

「はい、バスタオル」
「あ、ありがとう……」

そんなことを考えながらシャワールームを借りて身を清めた後、待っていた彼女にタオルと着てきた服を丁寧に渡された。

「私もシャワーさせてもらうわね?」
「うん、もちろんだよ」
「そこの冷蔵庫に入ってる飲み物、飲んでていいわよぉ」
「あれ、でも……」
「まだ十分間だけプレイ時間残ってるから、サービスするわ」

乾は自分の腕時計を見た。
確かこの部屋に入ってからはもう所定のプレイ時間の一時間を過ぎているはずだ。

(あ、シャワー時間はカウントされてないのか……)

それが彼女からのサービスなのか、そういうシステムなのかは判然としなかった。
しかしせっかくなので、彼女がシャワーを浴びる音をバックに冷蔵庫から一本ジュースを拝借する。
ここのシャワーはそれこそ一人用といった感じで、日本のラブホテルに備わっている二人で入れるような代物ではない。
内装も、正直かなりぼろかった。
場末の安宿を思い起こさせるひび割れたタイルを見つめていると、彼女がこれからここで毎日この劣悪な光景を目にし続けるのかと複雑な気分になる。

「ふう、さっぱりだわぁ」

彼女は下着姿で彼の隣に腰を降ろし、小型の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

「残り十分は、休憩……」

そう悪戯ぽく笑い、彼女は風呂上がりの上気した唇にペットボトルを口づけた。
それを見るだけでまた劣情がわき上がってきそうだったが、時間はもう残っていない。
彼は残りの十分を少しでも意味あるものにしようかと思案することにした。

「そういえば」
「ん……?」
「どうして窓の外を眺めてたの?」
「ああ、あれねぇ」

彼女はどこか遠い目をした。

「海を見てたの」
「海?」
「そう、あそこからは海が見えるのよ」

ああ、と彼は合点がいく。
彼女がここへやってきたのはまさに昨日の今日といった具合なのだ。

「そっか、まだこの島に来て海に泳ぎにとか行ってないんだね」
「ええ。でもたぶん、しばらくは無理だから、せめて眺めるだけでもって」
「え? どうして? オフの日とかないの?」

言ってから気づいたが、まるでナンパ男が口説き始めているような言葉だった。
彼女はその意味をどうとったか彼には分からない苦笑を浮かべると、世間話のように答えた。

「これから一ヶ月ほどは予定してないのよぉ……」
「えぇ!? それっていいの?」

売春婦に労働関係の法律が適応されるのかは知らないが、どう考えても過労だ。

「んー、でも私の懐事情が原因で無理させてもらってるからぁ〜」
「そんなお金困ってるんですか?」
「旅費とか引越代とか結構かかっちゃったのよぉ。それに馴染みの客がいない内は顔覚えてもらわないとぉ」

乾は意外な思いだった。
しかし、考えてみれば売春婦は道徳的な面を抜きにすれば完全な接客業であり、
新規参入者が軌道に乗ることの苦労もまた同じなのだろう。
むしろ、宣伝が公にできないのを差し引くとむしろこちらの方が不利であるともいえる。
彼女自身、少し考えたくない日程だったのか、その表情には微かな陰りが見えた。
それがあるいは、客の同情を引く作戦なのか、乾には分からなかったが。
ただ、事実だとすれば気の毒としか言い様がない。

「あはは、まあ新生活ってのはいつだって大変よねぇ〜」

そう彼女が取り繕うように言った時だった。
無機質な電子音が小さく部屋に鳴ったのだ。
それがプレイ時間を計っていた時計であるのは素人の彼にもすぐ理解できた。

「あらぁ、ごめんなさい、五分前だわぁ」

フィオナは申し訳なさそうにそう言うと、欧米の女性にしては珍しい少し促すような視線で料金を求めた。
彼は慌てて財布を取り出すとドル紙幣を彼女へ渡した。

「あの……代金」
「ああん、ごめんなさい、ありがとぉ〜」

彼女は満面の笑みでそれを丁寧に受け取った。
そして、彼の服をハンガーから降ろすと丁寧に彼に渡す。

入り口まで送られ、ドアを開けてくれる。
彼は異性にここまで奉仕されるのは初めてだったし、同時にビジネスのサービス的に扱われるのも初めてだった。

「今日はありがとう。初めてのお客さんがアナタで本当によかったわぁ〜」

そう言うと、彼女は最後にお別れのキスを軽く彼に送る。

「また気が向いたら来てねぇ〜、私はしばらくはここにいるからぁ」
「う、うん」

彼は笑顔で手を振って見送ってくれるフィオナの姿に気恥ずかしさを感じながらも、
けして悪い気はしなかった。



「気ぃつけろよ、貢がされないようにな!?」
「あ、はは……」

翌日、会社のクルーザーのエンジンの点検がてらに寄ったカナカ・マオリ≠ナ、
カイルに昨日のことをほんの少しだけだったが口を滑らせてしまったのが運の尽きだった。
結局、冷えたコーラがぬるくなるまで説明させられ、乾はげんなりとするよりなかった。
しかし、カイルの言うことももっともだった。
自分のような経験の浅い男など、フィオナのような本職¢且閧ノは子供も同然だろう。
それに、外国にいる日本人の常識として、ボッタクリ共にとって人の良い日本人など良い金ヅルである。
用心するに越したことはない。

「でもまあ、まだ一回だけだし、連絡先もお互い教えてないしさ……」

乾の言葉に、カイルはオーストラリア訛りの英語で唸った。

「まあそうだがよ……しかしヤンキーのHOOがこんな辺鄙な島まで来るなんて、そりゃ何かワケありなんだろうな」

聞き慣れない単語に、乾は思わず聞き返す。

「HOO(フゥ)≠チて?」
「ああ、HOOKER(フッカー)の略でな、いわゆる売春婦って意味のスラングさ。」

乾は今座っているグロサリーの軒下から見える太平洋の水平線を見やり、ふと思った。

(遠い海から来たHOO≠ゥ……)

この島には昔から様々な境遇の人々がやってきていた。
大航海時代の船乗り、海賊、流刑者に奴隷商人、
時代が下れば公国として貴族が住むようになり、国としての形が出来、
やがて起きた第二次世界大戦では乾の母国日本の軍隊が占領していた。
この穏やかな風の吹く島に、多くの人々がそれぞれの立場や運命に翻弄されてここへ来たのだ。
好むと好まざるとは関係なく。

彼女は、どっちなのだろう……?

乾はそれが気になった。

「しかしまあ、その女、ベガスにいたってのは納得だな」
「どうして?」

彼女のことに、思わず彼は聞き返していた。
カイルはクーラーボックスから冷えたビールを取り出すと、タブを起こしながら語った。

「日本人のイヌイは知らないだろうがな、アメリカで売春が合法化されてるのはラスベガスのあるネバダ州だけなんだよ」
「そう……なの?」

自由の国アメリカのイメージだと、そこまで厳しいとは想像できなかった。

「まあ、問題は合法かどうかじゃない、そのフィオナちゃんとやらが公営売春宿の出身かどうかだな」
「普通の売春宿とは何か違いがあるわけ?」
「大ありさ。公営売春宿はちゃんと審査があるからな。
性病検査だけじゃなく、犯罪歴や薬物反応検査、マフィアの友人がいないか……
だから、そこの売春婦はアメリカじゃあ一番安全だって言われてる」

乾は「へぇ」と相槌を打ちながらそれを聞いた。

「しかしな、当然公営売春宿なんざで需要の全てを賄ってるわけじゃねえから、ほとんどの売春婦は非合法の存在さ。
その娘、たぶん何かあってこの島に流れてきたんじゃねえか?」
「そこまでは、聞いてないけど……」
「公営売春宿みたいな娼婦にとっては安心できる場所捨ててまでこんな島の場末の売春宿に来るかよ」
「そうなの、かな?」
「ああ、悪いこた言わねぇ、その女はこれからしばらく様子見だけにしとけ。そうだ、俺が今度良い女紹介してやるよ!」
「え!? い、いや別にそこまでしてもらわなくても……」

カイルの酒臭い息に、今の彼が自分にとってかなり面倒くさい状態になっているのを理解したときにはもう遅かった。

「なぁんだ、いいのか? じゃあお前も飲め!」
「ぼ、僕は車で来てるから飲めませんってば!?」

彼はそれからしばらくの間、酔ったカイルと悪戦苦闘するハメになったのだった。

フィオナを初めて買った日から三日ほどが経っていた。
その日、乾は会社の船を借りて、地元大学の研究のサポートの仕事を請け負っていた。
半ば趣味も兼ねている仕事だった。
このブルースノー島の周辺海域は、まだ解明されていない自然の姿がそのまま残されている。
最近では、世界の様々な場所であの生きた化石であるシーラカンスが発見されるなど、
海は未だに驚きの発見に満ちているのだ。
乾にとっても、新しい発見の助力になれば無上の喜びだった。

(それに、こうしてないとあの事が頭から離れないしなぁ……)

カイルから「貢がされるな」と注意をされたのは分かるが、
フィオナのあの極上の身体と、あの安らぎさえ覚える彼女の笑みを思うと、
ついついまたあの娼館・マーメイドへと足を運んでしまいそうになるのだった。
仕事を取り付けることができたのは幸いだった。

「この近辺は潮の流れが速いですし、サメの狩り場にもなっています。気をつけて行きましょう」
「オーケー、イヌイ、ガイド頼むぜ」

乾の他、数人のダイバーが準備を終えて集合していた。
天気は快晴。海の状況もそこまで悪くはないので、調査にはもってこいのコンディションといえた。
彼らは耐圧水中カメラなどの特殊機材などを手に、次々と海へと身を投じていく。
ボンベを通常より多く携行し、かなりの深度まで潜っていく。
徐々に身体を水圧に慣らしながら潜行していかなければ、潜水病で失明や失神の症状を引き起こしかねない。
経験と訓練を積んだダイバーしかできないダイビングだった。
乾は慎重に仲間たちの姿に気を配りながら海底を目指した。



ボンベを丸々一本使い果たし、予備ボンベに切り替えた頃、海底が見えた。
日光が微かにしか届かない深海なので、ライトを点灯して周囲を観察する。
シーラカンスを含む深海生物や、海底環境の調査が目的だ。
乾も初めてこの海域の海底をじっくりと調べる機会なので、
ライトを手に海底を探ってみる。
いわゆる南国のイメージである色とりどりの珊瑚礁は、日光が届く範囲にしか生息していないので、
今目の前に広がる光景は荒涼とした岩礁だった。
岩の隙間などにシーラカンスが潜んでいることが多いので、それ目当てに覗きこんでみる。

(ん……?)

乾は違和感を感じた。
岩の裂け目の奥に、深海にあるはずのない木製の破片を発見したのだ。

(なんでこんな所に木の切れ端が沈んでるんだろう?)

彼はそっと手を伸ばした。



次の日、彼は街の古美術商の店を訪れていた。
狭いがよく整えられ、年季の入った物特有の高級感を漂わせる店内に、
乾と店主の老人がカウンターを挟んで座っていた。

「どうです? いつの時代の物か分かりますか?」

乾は勢い込んで尋ねる。
彼の問いに、無愛想に店主は虫眼鏡を置いた。
店主のしわがれた手には、彼が昨日、深海から持ち帰った『金貨』が光り輝いている。

「資料を調べてみれば正確な時代まで分かるじゃろうが、おそらくあの大海賊一つ眼のロイドが奪った物の一つじゃろうな」
「ほ、本当ですか!?」

歴史の教科書に載っている伝説の海賊の名に、乾は言い様のない高揚感に襲われた。
自分が深海から持ち帰ったこの金貨は、数百年前に海賊たちが戦利品として手にしたであろう財宝なのだ。
外国人が日本の侍や忍者にやたらと好意的なのと同様に、彼も海賊といったロマン溢れる存在がたまらなく好きだった。

「国立博物館に行きゃよく似たモンが展示してあるわい」

店主は乾の興奮をよそに、電卓を弾いて何か計算している。

「凄いなぁ、この金貨も博物館に行くのかな?」

乾がわざわざここへ足を運んだのは、この古美術商が国の文化財の買取・回収を請け負っているからだった。
彼にとって、財宝は金銭というより、その文化的な価値の方が重要だったのだ。
店主は、そんな欲のなさそうな日本人青年を一瞥し、息を吐くように少しだけ柔らかに笑った。

「さぁな、金含有率はかなり高いから価値があるのは確かじゃが……ほれ」
「え?」

差し出された封筒と書類に、乾は目を丸くした。

「金貨五枚で、買い取り価格五千ドルじゃ。寄付するならその欄にサインを、受け取るならそっちの欄にサインじゃ」



あぶく銭、とはこのことだろう。
乾はスーパーへの買い出しついでだった古美術商からの帰り道を、
ゆっくりと愛車のピックアップトラックで流しながら、もらった金の使い道を考えていた。
当然、若い彼にしてみれば大金である。
会社の船を使用した際のことなので、とりあえず社長にも問い合わせたが、
海での拾得物はサルベージ業務でもない限り個人の物だと言われた。

「どうしたもんかなぁ……」

嬉しくないわけではないが、生来真面目な彼には、どうにもあまり努力せずに金を得ることに抵抗があった。
同時に、その使い道も思い切ることができない。

「って……」

気がつくと、フィオナのいる娼館の近くに来ていた。
まだ少し柄の悪いだけの通りだが、彼は慌てて引き返そうと車をUターンさせる。
運悪く、交差点で信号に捕まった。

「あーあ……」

自制心のなさに嫌になってくる。
信号待ちをしながら、ため息をついて彼は窓の外を眺めた。
建物と建物の合間の暗い路地裏の入り口に、ぽつんと女性の姿が見えた。
銀髪に白磁のように白い肌。

(綺麗な人だな……フィオナみたいだ)

まだストリートガールが目立つ区域ではないこともあって、彼は何となしにフィオナによく似た女性の姿を見つめ続けた。
しかし、見つめていると、その女性がいわゆる売春婦の出で立ちであることに気付く。
南国とはいえ露出の大きい服装に、フェロモンの漂ってきそうな扇情的な口紅。

「あれ、もしかして……?」

そもそもこんな昼間にこんな場所でする事もなく立ちつくしている若い女性がいるわけがない。
彼女がこちらに気付いたらしく、不意に目があった。

「あらぁ?」

アンバーアイが彼の顔を捉える。
ぱっと笑顔が咲いた。

「フィオナさん!?」
「イヌイく〜ん」

カツカツと黒いハイヒールを鳴らしながら、彼女がトラックへやってくる。
彼女は乾が何か言うより先に、滑り込むように助手席のドアを開けて車内に入ってきた。
初めて会った時に嗅いだ、あの甘い香りがした。

「あ、あのちょっと……」
「お待たせお待たせ、じゃあ、行きましょうかぁ! あぁん、ほら、信号青になってるわよぉ?」

一見すると図々しい行為だったが、笑顔のままの彼女にすっかり異を唱える機会を逸した彼は、
信号が青に変わるなりそのまま彼女を乗せて走りだしてしまう。

「うふふ、ごめんなさぁい、イヌイくん」
「どうしたんですかいきなり乗り込んできて?」
「実はねぇ、ほら、バックミラー見てみて」
「え?」

さっきまで止まっていた交差点を確認する。
警察のパトカーが巡回しているのが見えた。

「売春街から出て立ちんぼしてると罰金くらいそうだったのよねぇ」

彼女は苦笑いして、手を合わせて彼に謝意を伝えた。

「どうしてあんな場所に? お店にいればいいんじゃ?」
「それがねぇ、一週間フルではお店に出られないのよぉ」

彼女の説明に、彼はフィオナが一日も休まず客をとっていることを察した。
新生活で大変と前に話していたのを思い出す。

「でも、ストリートはストリートで縄張りってのがあるからぁ……」
「……なるほど」

警察に捕まりそうな場所で立っていたのはそのせいなのか、と彼も納得する。
彼女はそこまでして稼がなければ暮らして行けないのだろうか?
乾は彼女のあっけらかんとした笑みからは、そんな辛そうな生活は想像できなかった。

「あーあ、また場所変えかしらぁ……」

彼女は少ししゅんとした表情を初めて見せた。

「この辺りのこと、詳しいんですか?」
「ううん、まだ来たばかりだし、あっちこっちで追い出されてばっかりだわぁ……」
「そうですか……」

それが嘘が本当かは彼には判別がつかなかった。
だが、彼はどちらかといえば本当そうな気がしていた。
『貢がされるなよ』
カイルの言葉が脳裏を過ぎる。
しかし、今の彼には貢いだところで痛手にならない金があった。

「ねえ、そこで相談なんだけどぉ」
「何ですか?」

いくら鈍感な彼でも、フィオナの次の言葉は大体想像がついた。

「せっかくだしぃ、アタシをまた買ってみない? 店より安くしとくからぁ」

「あん、嬉しいわぁ!」

フィオナの『商談』に対して、乾の選択は肯定しかなかった。
この魅惑の香水の香りを感じて、このまま彼女を追い出すようにどこかへ降ろすのは、
よほど淡泊な男か修行僧でもなければ難しいことのように思われた。
仕方がない、彼女の方から乗り込んできたのだから、と、彼は自分自身を必死で納得させる。
だが、心の奥深くでは、再びこの美女と淫らな一時を過ごせることへの期待が膨らんでいた。

「ねぇ……モーテルもいいけど、イヌイくんなら人気がないところとかも知ってるんじゃなぁい?」

車をあてもなく走らせていると、フィオナは乾という『客』に対して、そんな提案をした。
当然、乾は目を丸くした。
彼女はいわゆる青カンをしようというのだ。
蠱惑的に笑う彼女を見れば、まるで淫乱な売春婦がマニアックな趣味を満足させようとしているかのように感じられる。
だが、乾には別の理由があるような気がした。
フィオナの今までの行動を考えるに、もしかして路上売春をしていたことをホテルなどで通報されたくないのかもしれない。
日本でいう、中年親父が女子高生を連れて歩いていたら職質間違いなしなのと似ている。
乾にその手の業界の知識は乏しかったが、そういった目的をメインにする売春専用のラブホテル的な宿屋もあるのだろうが、
新参者のフィオナはその場所を知らないか、あるいは爪弾きにされている可能性がある。
だから、まともな場所では事に及ぶことができないのだ。

「まあ、なくはないですよ」

乾はそういった彼女の背景については気付かないふりをした。
今、自分に求められているのは、客としてのノリの良さだと思ったからだ。

「あ、そうだ」
「え?」
「ありますよ、ちょうどいい人気のない場所」

更に、彼はふとこの機会に彼女を連れて行きたい場所を思いついた。
山道に続く道は少し遠いが、彼は少しアクセルを踏む足に力を込め、車を走らせる。

「ず、随分遠いのねぇ?」

しばらくして舗装されていない、車一台が通るのがやっとの山道へ入ったことに、
フィオナは少し不安げな表情をみせた。
無理もない。土地勘もなく、更に売春婦という職業柄こういった状況は犯罪に巻き込まれそうなイメージがついて回るのだろう。
彼もそれくらいは理解していたので、安心させるように笑顔で応える。

「大丈夫ですよ、この山を越えれば、ちょっと良い場所があるんです」
「良い場所……?」
「まだ海、行ってないんですよね?」



彼女は目の前の広がる光景に、大きく息を吸って叫んでいた。

「すっごっーいっ!」

眼前には太平洋の蒼い空と、その色をそのまま写し取ったかのような海原。
踏む度に楽器のような音を立てる濁りない砂浜。

「どうです、良い場所でしょう?」

彼女の後から車を降りた彼は、彼女の背中にそう言葉をかけた。

「あははっ!」

フィオナは彼の言葉など耳に入っていないかのようにさんさんと砂を踏んで砂浜を駆けていく。

「冷たいわぁ〜!」

途中で砂浜に不釣り合いな黒いハイヒールを脱ぎ去り、ショルダーバッグを投げ捨てると、波打ち際へと飛び込んでいく。
海水に足を浸すと、艶めかしい白い足が跳ねた。

「本当に誰もいないなんて信じられなぁい」

追ってきた乾の姿に、満面の笑みでそう漏らす。

「この辺りはもともと先住民の居留地の一つだったんです。
彼らが別の島に移った後も自然保護区になりましたから、開発の手がまだ入ってないんですよ」
「へぇ〜!」

彼女は両手で海水をすくうと、ちょびりと飲んでみる。

「しょっぱいのねぇ〜」
「当たり前ですよ」

彼女は派手な服装と化粧の中で、純朴な少女のように笑った。

「滅多に人も来ないのぉ? 泳ぎに来る人とか……」
「波がそこまで良いコンディションではないですからサーファーもここは利用しないですし、
保護区なんで漁も禁止されてますからね。ガイドマップにも載ってませんから観光客は来ませんよ」
「そうなのぉ」

彼女は乾が拾っていた靴とバッグを受け取ると、周囲を少し見渡し、車を止めている側の椰子の木の方へと彼を促した。
椰子の木々はさわさわと風に揺れ、静かな南国の情緒を辺りに振りまいていた。
フィオナは椰子の葉の合間から漏れる日の光に目を細める。

「フィオナさん?」
「ここなら涼しいし、人がいないならここでしよっか」

フィオナは妖艶に微笑むと、彼の首に腕を回し、身体を密着させてキスをした。

「くちゅ……」

挨拶のようなキスではなく、性的な興奮を目的にした深い愛撫のキスだった。
フィオナのぬめった舌が、彼の舌を蹂躙する。
乾は一瞬動揺したが、今の自分が何のためにここにいるのかを思い出し、
彼女の淫らな舌を楽しむことにする。

「ん……ちゅっ……あふ……」

潮風の自然な香りの中に、彼女の男を猛らせる香水の香りが混じる。
彼女の柔らかな身体の感触に、彼の股間は既に熱くなりかけていた。

「んー……」

彼女はキスを終えると、彼の首筋に舌を這わせ、シャツをめくって彼の乳首を責めた。

「あ、ああ……」

男性でも、乳首を異性に愛撫されるのは大きな性的快感であることを彼は知る。
首筋を徐々に降りていくフィオナの紅い舌先は、やがて彼の乳首に至り、そこを刺激しながら、
彼女は両手で彼の股間をやんわりとなぞった。

「ふふ、日本人のここってホントに堅いのねぇ」

彼女は躊躇いなくズボンを降ろし、彼の男性器を両手で包み込んだ。
派手なマニキュアに彩られた彼女の指先が、彼のものをしごく。

「う、ああ……」
「イヌイくんの、凄く熱くなってるわぁ」

彼女はその場に跪くと、先走りの出始めた彼のものを口にくわえた。

「くっ!? うう……」
「んっ……んっ……ちゅるっ…んはぁ……」

まるで別の生き物のようにペニスを這い回り、快楽を与える彼女の舌技に、彼は思わず天を仰ぐ。
いつの間にか、彼女は服をはだけ、その豊かな乳房と、自身の雄を受け入れる場所を自ら愛撫していた。

「ああ、フィオナ……」

あまりにもその姿が男の情欲をそそる光景で、彼は一瞬せり上がってきた射精感を抑えるのに必死だった。

「ふふ……」

フィオナは亀頭の怒張からそれを察したのか、口からペニスを開放し、紅潮した顔で微笑んだ。

「このままドピュドピュする? それとも……」

彼女は傍らに置いていた自分のバッグからコンドームを一枚取り出した。

「こっちまでする?」

フィオナは自分の愛液で濡れた指で、コンドームをこれ見よがしに彼に提示した。



彼女は椰子の幹に手をつくと、自身への挿入を許すように大きく足を開いた。
客のいきり立ったペニスには、紫色の避妊具が被せられている。
フィオナは指先で自分への入り口を開き、ペロリと紅い口紅の塗られた唇を舐めた。

「さ、来てぇ……」

男が彼女にのし掛かる。
まるで暴漢に襲われるかのように彼女は背後から深く貫かれた。

「あうぅぅーーーっ!!」

銀髪が乱れ、小さく汗が舞った。
男が彼女の形の良い尻肉へ腰を打ち付ける乾いた音が、静かな砂浜に響く。

「あっ あっ ああぁっ 凄いわぁっ! 凄く堅い!」
「はぁっ! はぁっ!」

乾は快楽に我を忘れ、犬のように腰を振っていた。
突き上げる度に揺れる彼女の乳房を存分に揉みし抱き、汗と香水の混じった彼女のフェロモンを楽しむ。
彼女のラビアからは蜜が溢れ、ゴムとこすれるクチュクチュという卑猥な音を出している。
乾は初めて女性を責める体位を経験し、脳が痺れるような支配感と背徳感を覚えていた。
こうして彼女が自分に身体を許しているのが、愛情ではなく金銭によるものだという事実もそれを加速させる。

「あんっ いいっ いいわぁっ!」

彼女の喘ぐその姿が演技なのか真実なのか、彼にはまるで見分けがつかない。
ただ、それはたまらなく扇情的で、彼の快楽を増幅させる。
元より前戯の段階で暴発寸前だった彼のものは、急速に射精へ向かって昂ぶっていった。

「うぁあああっ!? も、もう出る!」
「ああん出してぇっ! イヌイくんのザーメンいっぱい出してぇ!」

振り返るようにして彼とキスを交わし、最後の時に向かって彼女も激しく膣壁を収縮させる。
その瞬間、彼は限界を迎えた。

「うっ!?」
「あっああっ!!」

がっしりと腰を固定し、膣奥へと先端を押し当てた状態で彼は射精した。
ビクビクと腰が痙攣する度に大量の精液が彼の鈴口から飛び出し、彼女の子宮口を叩く。
コンドームに遮られ、愛のない精子は彼女の子宮へと届くことはない。
それでも、最高の快楽によって彼は今までの人生で最も多くの精を放っていた。

「ああんお腹の中が熱いわぁ……」

彼女は未だに射精の続く中、髪を掻き上げて蠱惑的に彼に微笑んだ。
衝動が終わると、彼は脱力して彼女を抱きしめた。



「はぁ……はぁ……フィオナ……」

しばしの余韻を楽しんだ後、フィオナともう一度唇を重ねる。
そしてゆっくりとペニスを彼女の中から抜こうとすると、フィオナがにやりと笑った。

「それ!」

キュッと彼女が下腹部に力を入れると、膣壁が油断していた射精後の敏感なペニスを締め上げた。

「はうっ!?」

その瞬間、敏感な状態だったものがビクンと跳ねる。
もう出し尽くしたと思っていた精液が、少量だが絞り出された。
彼女は悪戯っぽく笑い、小さく「サービスよ」と言った。
男以上に男のツボを知っているのは流石といったところか。
そんなことを考えながら、やっとのことでペニスを抜くと、
彼女は先端にだらしなく垂れている使用済みコンドームを外し、中身を確認した。

「ふふ、いっぱい出たわねぇ……。どうだったかしらぁ? アタシのテクニック」
「は、はは、完敗だよ……」

まさにその通りの感想だった。
セックスがこんなにも気持ちの良いものだったのかと今更ながらに気付いたくらいの快楽だった。

「じゃあ……一つだけお願いしていいかしらぁ?」
「何をです?」
「……海で、ちょっと泳いできていいかしら?」
「え? ああ、どうぞどうぞ。別に急いではいませんし」
「本当? ありがとぉイヌイくん!」

ちゅっ、と彼の頬にキスをすると、彼女ははだけた状態だった衣服を全て脱ぎ去る。

「わ、ちょ、ちょっとフィオナさん!?」
「誰もいないんでしょう? あ、もしまたしたくなったら言って頂戴ね? じゃ、ちょっと行ってくるわぁ!」

一糸纏わないフィオナが椰子の木陰を出て行く。
それまで淫らな行為に耽っていた彼女とはまるで別人のようだった。
しかし、その白い肌が太陽に照らされ、海へと飛び込んでいく姿は、なぜか彼にはとても眩しく見えた。

「綺麗だな……」

彼は思わずそう呟く。
そして、足下を見た。
愛液を拭き取ったティッシュと、使用済みのコンドームだけが、彼女との行為が夢ではないことを教えてくれた。






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