絵師
シチュエーション


筆が紙を滑るにも、かすかな音が生じるもので。
女は、長く動かずにいたためにきしりと鳴りそうな首はそのままで、黒々とした眼(まなこ)
のみをちろと動かし、一心に絵筆を握り続ける男を見る。階下のどこかで、空々しく高い歓声が
あがった。べんと空気を震わせる三味線撥(ばち)、その遠い喧騒が時折絶えて、紙に墨の
滲みゆく音がする。あとほんの数刻で、これらは甘くも実のない嬌声に変わるのだろう。
此処はそういう場所だ。
脇息に凭れ、帯も腰紐もなく着乱れた赤紫の長襦袢から、白い体を執拗な男の目に晒し、
女は肩も動かさぬまま静かに静かに息を吐く。細い肩とたわわな胸元、きゅっと締まった
臍周り、太腿と小造りの丸い膝、ふくらはぎと小さな足。手首を返して構えた煙管に火は
入っていない。赤く紅をひいた唇は吸い口も咥えず、笑みをかたどったまま息をひそめて、
紙の上に鮮やかに写されるのを待っている。
ふと、男が顔をあげた。女の視線を捉えたわけではなく、女と手元の絵を見比べるためで
あることは、行き来する視線でわかる。よくも飽きぬ、と女は微かに笑った。

「おまえさま」
「なんだ」
「お疲れには、なりませんかえ?」

いや、と男は言葉少なに答え、ふと気づいたように瞬いた。

「―――すまん。疲れたか」

涼しくもいささか険のある目に女が映って、ぞくりとする。
否、今までも映ってはいた。だがそれは透徹な眼差し、ただ対象を見つめるものだ。物の
ように扱われるのは慣れているが、これはまた意味合いが違う。たぶん、路傍の石とても、
この男は描くとなったら同じ目を向けるだろう。それがいささか癪に障るのは、姿かたちで
生きてきた女の、愚かな虚栄心だろうか。
いいえ、と女は男の目に映る己を意識したままおっとりと笑う。

「こんな楽なお役目でおあしをいただくとは、すこぅしおかしな気分がするほどでございますよ」
「楽か」

男はまた紙面に目を戻し、首をひねった。ざっと描き出したその絵が、どうやら気に入らぬ
らしい。

「絵を志す者は、互いに互いを写しあう。無論俺もだ。描いているうちはなんということも
ない時間が、ただ座っているだけの身にどれほどきついかは、承知しているつもりだが」
「おまえさまは、お優しいこと」
「優しかったら、止める二親振り切って、絵修行になど出ぬだろうよ」

ふふ、と女は笑った。

「そうしてずぅっと御胸の内に、ててごははごを抱えておいでであれば、やはりお優しいと
あたしは申し上げますよ。さすが、当代随一の呼び声高い絵師さま」
「おだてても何も出んぞ。当代随一の太夫殿」

男はべたりと墨を塗りつけて、また次の紙を広げた。これでもう、何度目か。
構図を決め、何度も習作を繰り返し、決まったところで絹布に写し、色をのせていくと
聞いている。女が必要とされるのは習作まで。本番であるはずの絵は、男の中に構築された、
女自身ではない女が描かれることになる。

―――今とても。

描かれているのは、女なのか。
女の向こうに透ける、何か、なのか。

「おまえさま」

女は手首を戻して、かんと煙管の火皿を煙草盆に打ちつけた。しゅっと絹が畳を滑る音、
描くを邪魔され眉を寄せる男の前で、痛む体の節々などおくびにも出さず女は立ち上がり、
前の開いた襦袢からまろい体の線を見せながら、男の隣まで歩くと座り込む。

「絵の中に閉じ込められる小鳥より、一言申し上げまする」

なんだ、と男は不審と迷惑がないまぜになった顔をした。

「あたしは体を売る女」

白い手が、無骨な男の手を握る。下から掬い上げるように、女の目線が男の首から
目元を撫でた。

「味も知らずにあたしの全部を写せるとは、お思いにならないほうがよろしい」

柔らかな体が三つ組布団に沈む。絵筆しか握らない割に節のたった手が、乱雑に女の
襦袢を剥いだ。

「あ、」

無意識に追った女の手を押さえつけ、男は口の端を歪める笑い方をした。

「―――見せろ」

点いたままの行灯の光の中で、男の視線は女の体をとっくりと眺める。何が足りない、と
その目が言っていた。何度描いても、男が暴き立てたい女の本性に届かない。それは男の
矜持を著しく傷つける。何もかもを見透かしたような女の、意味ありげな視線が神経に障る。
その嫌悪がますます己の眼を曇らせるようで、男はことさら乱暴に女を組み伏せた。
と、男の手が結い髪の髷から、幾本も刺さった簪の一本を引き抜く。明かりにかざして、
透かし彫りに浮く蔓草模様を指でなぞった。

「さすがに、上物だな。助平爺からの貢ぎ物か?」
「さて、どうでございましたか」
「冷たいことだ」

とぼける女に、男は簪を遠くの床へ滑らせる。一本、また一本と引き抜くたびに、女の髪が
乱れて黒々と渦を巻いた。ふと思いついて、男は金属の簪の環細工で、女の顎から首をなぞる。
長いこと空気に晒されていた肌は冷たさも感じないか、女は震えもせずに男を見上げた。
気にせず、鎖骨のまんなかを辿って右の乳房の丸みを一周し、次に左、腹を辿って臍を軽く掻く。
ん、と女は軽く腰を泳がせた。女の髪を畳に縫いとめるように、男は広がる黒髪の海のただなかへ、
とすりと簪を突き立てる。軽く体を引いて全体を眺めると、ひくひくと蠢きながら虫針で標本に
される、蝶を思わせてひそかに満足する。
ならばと男は絵筆に手を伸ばし、馬乗りになった女の白い腹に滑らせる。くすぐったそうに
身をよじった女に一言、動くなと命じた。

「線が歪む」

女は、無体なこと、と眉を寄せる。筆先の感触を堪えてぴくぴくとかすかに震える肌は、かすかに
汗ばんでしっとりとした手触りに変わった。ことさら細い線で蝶の羽模様を描き込み、さらにその蝶が
休む大輪の牡丹も咲かせる。さらと勢いよく枝葉を伸ばせば、ああと女の口から吐息が洩れた。ふと
気づいて男が背後の秘裂に左の指を這わせると、びくんと女が喉を反らす。とろりと蜜がこぼれて、
男の指を濡らした。それでも腹は動かさぬとは、天晴れと言うべきか。ふむと男は唸り、そっと筆を
持ち替えると水だけを含ませたそれで葉脈を描き込むふりをした。あわせて左手で女の小さな突起を
探り当てると、蜜を塗り込む。

「あっ、あぁぁ……っ」

高く尾を引く声。ぐ、と女の体が張り詰める。ふるふると腹の筋が震え、振動が伝わって乳房の先端も
揺れる。吸い寄せられるように、穂先が薄桃色のそこを下から上へ撫で上げた。

「ひぁっ。お、おまえさま、おやめを」
「もう少し、辛抱しろ」

ちろちろと柔らかな筆先で鋭敏な乳首を嬲り、必死にこらえる女の表情を堪能する。きつく寄った眉根、
潤む瞳に上気した頬。両手はきつく布団を握り締めていた。それでも懸命に男の言葉に従おうという意思が
健気だ。執拗に陰核と胸への愛撫を続けると、まず下腹がびくびくと震え始め、腿が強張るのが触れた
皮膚を通して伝わる。
なるほど、見るばかりが形をとらえるということではない、と男はひそかに頷いた。女の腹で蝶が飛び、
牡丹が風に揺れるようで、なかなかいい。女の体は絶え間なく蜜を吐き出し、ついにびくりと大きく揺れた。

「あっ、ああーーーーっ!」

女が荒くなった呼吸を繰り返すと、牡丹は重たげに揺れる。浮いた汗に線が滲んだ。もう、と黒々と
零れそうな眼が男を睨む。

「意地の悪いことを、なさる……」

「よく、似合うが」

男の言葉に女は俯き、腹の蝶を白い指でなぞった。汗に滲んでいた墨が掠れて、あ、と
残念そうに呟く。それが男の何かを刺激した。
ぐいと全身を寄せると女の赤い唇を食む。ふっくらと柔らかいそれを甘噛みすると、
鼻にかかった吐息が男の鼻先をくすぐった。何を口腔に仕込んであるのか、甘い匂いが
する。女の白い手が伸びて男の首にまわった。くちゅと音を立てて、ぬるついた舌が
男の中に忍び込む。ざらりと男の歯の裏を舐め上げ、丁寧に舌を吸い、背に回った手が
ついと指先で上下に線を描く。
薄目を開けた男は負けじと女の体に手を這わせ、たっぷりとした胸の膨らみをやわやわと
左右から寄せ、押しつぶし、円を描くように揉んだかと思うと、触れるか触れないかの
指先で形を辿ってみせた。はぁん、と女が吐息混じりに啼いて、かすかに体をくねらせる。
男の指が秘裂を割り潜り込むと、くぐもった呻きが互いの口中に消える。

「んっ、ふむ…ふぅっ、ふ、ふぁぁ……ぁっ」

ぐちゅぐちゅと掻き回す指、女は懸命に唾液を飲み込み少しでも呼吸を楽にしようと
足掻く。今度は男が女の舌を吸った。そこを押さえられると溢れる唾液を飲み込むことも
ままならない。女は苦しげに身をよじらせ、きゅっと目を瞑る。だがその腰は前後左右に
揺らめいて、もっともっとと男の指を求めるようだ。

「―――っは、はぁっ、は……っ」

唇が離れると、女は空気を求めて金魚のように小さな口を開閉した。睨む目元がほんのり
染まって、ひたむきに男を見る。男の口元にこぼれた唾液を、女の赤い舌が舐めとって、
かすかな熱い囁きが、おまえさま、と呼んだ。舌の動きは淫靡そのもの、しかし眼差しは
少女のようだ。多くの男を虜にするだけはある。

「媚態はいらぬ」

男はぐいと女の細い顎を掴む。溢れた唾液がぬるりと滑った。もう一度唇の触れる寸前で、
ありのままを見せろと囁くと、嘘も女の一部にございますよと女が笑う。

「どうしてもとおっしゃるならば」

お見極めなさいませ。
たっぷりと濡れた唇が男の唇に触れ、顎に触れて首筋を舐める。男の指が女の脇腹を
たどって腰の丸みを撫で、内腿を上へ向かって撫で上げた。

「あ、」

男がぐいと両脚を広げさせると、女の脚は逆らいもせず両側へ倒れた。ぐにゃぐにゃと
した関節は同じ人間ではないようだ。その中央へ、男は硬く屹立した陽根をためらいも
なく沈める。十分に濡れている割にそこはきつく、侵入者を押し出すように抵抗するが、
肝心の主が腰をくねらせて男を助ける。一旦引いてもう一度腰を押し出すと、女は深く
男を咥え込んで、ああと満足げに啼いた。

「おまえ、さまぁ……」

白い脚は懸命に床を踏みしめ、腕で上半身を支えると腰を浮かせる。押しつけるような
動きに応えて男が腰の両脇を掴むと、安心したように女は腰を使い出した。とろりと女の
蜜が溢れて水音を立て、軽く内壁が擦れると、もう止まらない。

「あっ、ああっ、……はぁ、うん、あっ……おまえ、さまぁっ」

ぐちゅり、ぐちゅりと男を貪る女は、熱に浮かされたような目をしていた。熱く柔らかい
秘肉が男のものを挟み、絞り、擦り上げる。ぬるりと滑るようで浅い部分の突起が男の根元
から中央までを甘噛みするように刺激する。蠢く襞が吸いついては解け、また別の角度から
絡みつく。ぞくりと男の腰に快楽が走った。背骨のつけ根が熱を帯び、荒くなった呼吸に
背を押されるように女の中を突き上げる。

「ああっ、あっ!あっ、いいっ、おまえさま、おまえさまぁっ!」

女は頬を染めて首を振る。黒く長い髪がうねり、男に食われようとするように胸まで
差し出す。そこに男が顔を埋め軽く歯を立て、先端を吸い上げるとひときわ高い悲鳴が
上がった。結合部が泡だってこぽりと流れて、高価な絹布団に染みをつくる。

「こっ……これっ、が…ああんっ、あっ、ああっ!はぁっ……あ、あたしでぇ…んぁっ、
は、ふぅ、あたしで、ございま、すぅ…ぅんっ、あああああっ!」
「……なるほど」

淫猥に乱れてみせる女を、男は見下ろす。上壁を擦りあげる角度で何度も突き上げると、
女の体がびくびくと揺れ跳ねた。併せて女の中も忙しなく収縮し、男の背筋が細かく震える。
このまま終わることもできる、が。

「……もっと、見せてもらおう」

男の手が先ほど畳に突き立てた簪に伸びると、それを引き抜き遠くへ放り投げる。
解き放たれた女を引き起こして、男の上へ馬乗りにさせた。ほどけた結い髪が白い肌の上を
流れて、ざらりと女と男にかかる。こすれた腹の絵は、もう子供が手習いでこさえた汚れに
しか見えない。下から突き上げると、女は素直に男の上で腰を振りたてた。行灯の明かりに
ひらひらと黒髪がなびき、苦しげに寄せられた眉とぬらぬらに光る唇を天へ向け、乳房を
揺らして尻を突き出す弓なりの体。溢れる愛液が男のものを伝っていくことすらわかる。
頬をひとすじ滑る涙が、たとえようもなく―――そう、

「うつくしい」

思わず零れた賞賛に、女は嬉しそうに笑んだ。その微笑に誘われて、男は自ら腰を動かす。
自重でこれ以上ないほど深く男を穿たれ、女はいやいやをするように首を振った。幼げな
仕草にさらに劣情を煽り立てられ、男は構わず女を責め立てた。ぐっと互いの腿に力がこもる。

「ま…っ、まだ、まだだめぇ……っ!」
「許さん。果てろ」

その様の隅々まで見せろ。
何ひとつ見逃すまいという男の目の前で、女は高く啼くと爪先まで硬直して、男の精を
細い体に受け止めた。



眼差しひとつ、煙管を支える指先ひとつ、はたまた何気なく流れる襦袢の裾にすら匂い立ち
滲み出るものがあると、傑作の呼び声も高い男の絵が、依頼主の気に入らず火にくべられたと
伝え聞き、女はたっぷりした袖で口元を隠し、ふふと笑った。
原因は、依頼主であるところの助平爺が女に贈った簪を、男が頑として描かなかったから―――。

「……そうでなくては、太夫など務まらぬもの、でございますよ」






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