栄音(御曹司×おもちゃの女より8年程昔の話)
シチュエーション


身体が揺さぶられる。愛撫も何もないまま無理矢理捩じ込まれた物は身体の生理現象で少しずつ溢れた粘液で動きを助けた。

「…不感症か?」

胸を揉みくちゃにされても浅子は口を開かなかった。不感症かと言われたらそうかもしれない。
浅子は既に処女ではなかった。中学生の時、誘拐され父が身代金を準備している最中に犯されていた。
その時、学んだ。
こういう奴等は、暴れたら暴れただけ図に乗る。叫んだら叫んだだけ、笑いが起きる。泣いたら泣いただけ犯される。
犯人達は捕まったが、浅子も心に深い傷をおった。
そして…また…。

「…マネキンみてぇ」

つまらなさそうに男が呟いた。浅子が目を開けたまま天井を見上げている。背中はセメントで擦れ、傷だらけになっている。剥き出しにされた尻も赤く腫れている。
再び、生温い液体が臍あたりに撒き散らされた。
何分たった?ここについて…どれほど時間が過ぎた?
身体の中にも放出された。その感覚にだけ眉を顰めた。
男が萎んだ性器を抜きながら額に浮かんだ汗を拭った。

「なんか、つまんねぇな」
「話違わね?」

浅子を囲んでいた3人が首を傾げた。

「こいつ、ヤリマンだってミキ言ってたよな?」

ミキ…美紀…。ようやく後ろに隠れていた人間を見つけた。
刈谷 美紀。
バブルで急成長した建設会社の娘だった。高校から浅子の在学している学園に編入してきた。
あっというまに学校内で自分の取り巻きを作って夜な夜な遊んでいると噂が流れた。見た目も行動も校風にそぐわないと眉を顰める学生も多かった。
浅子は興味も無かったので気にもかけなかったのだが…。刈谷は何かある度に絡んで来た。つまらない話ばかりで、相手にもしなかった。だが、自分の存在が面白くないのだろうと容易に想像はついた。
決定打は…浅子の婚約だろう。一週間前の吉日、浅子は許婚の三宅 静と結納を交わした。桜の舞い散る池のほとりで静が笑わずに言った。

「出来たらこのまま東京に連れて行きたい、というのが本音だ」

浅子は黙って池を見ていた。

「だが、浅子の親の手前もある。無理強いはしない」

気を抜くなよ…。そう言われ、なんの事か分からないという顔をした。この男は誘拐は知らないはずだった。知っていたら、とっくに破談になるはずだと思っていたからだ。産まれた時からの許婚など。

「うだうだ言ってんな。…金もらっただろうが」

下半身をさらけだしたままの男が、それでも不安気に携帯を耳に当てた。

「…おい、ミキ…」

相手がミキか…あの携帯さえ手に入れたら幾らでも調べられる。
浅子はゆっくりと当たりを伺った。既に暗闇が忍び寄っている。家の近くで拉致された時にはまだ夕暮れにさしかかる時だった。
家の近所だと思い、油断した。その思いが強かった。目を閉じると瞼に刈谷の怒りに狂った顔が浮かぶ。浅子の左手の薬指に輝くダイヤ。
結納の次の日はさすがに学校が湧いた。あの三宅 静と浅子の結納。許婚という古風なしきたりは今でも、憧れに足る物がある。結婚式は一年後、東京の一流ホテルだと聞いてまた、明るい笑いが起きた。
そこに呼ばれたい。呼ばれたら自分達もまた、違う未来があるかもしれない。
夢見がちな少女達の間で一人だけ殺気に近い視線を送る少女がいた。自分の取り巻きのはずの少女達も今は浅子に群がっている。浅子は一度合った視線を逸らさなかった。逸らす意味も無かった。
これが現実だからだ。刈谷は音を立て教室を飛び出して行った。
携帯を切った男が、引きつった笑みを浮かべながらカメラモードにした。
浅子の汚れた顔を写真に撮ろうとする。

「証拠がいるんだとよ…2倍金出すって」

浅子が顔を背けた。写真はさすがに…メールなどで回されたら回収仕切るか分からない。

「動くなよ」

顔を無理矢理固定させられて、初めて浅子は暴れた。口の回りに伸びた指に噛み付き、闇雲に身体を捩らす。

「動くなって!」

指を噛みつかれた男が浅子の腹を蹴り上げた。浅子が低い呻きを上げ身体を折り曲げた時…男が三人飛び込んで来るのを霞む視界に捉えた。手に警棒を伸ばしている。それが、青白く光った。高圧電流だ。
…遅い

「うわあっ?!」

いきなりの制裁に男達は悲鳴を上げた。完全に油断していた男達は下半身丸出しのまま、逃げ惑った。
悲鳴と逃げ惑う足音とガッという砂袋を殴り付けるような音。浅子は周りが静かになるのをただ待った。既に暗闇に当たりは沈み、汚された浅子の身体だけが白く浮き上がる。

「遅くなりました」

頭の上から声がして浅子はゆっくりと目を開けた。

「あいつらは?」

部屋の隅に重ねられて呻いている。足と腕が違う方向に向いていた。浅子が身体を起こすと屈んでいた男がスーツを肩にかけた。その頬をひっぱたく。

「遅いっ!」
「申し訳ありません」

もう一度、ひっぱたく。深く男が頭を下げた。
人数が複数だった為、場所を確認してからの救出だった。それでも、乱暴され写真まで取られかけた。

「携帯を調べなさい。誰かがいるわ」

男が頷く。

「病院を手配して」

身体の傷もだが、病気も恐ろしかった。出来るだけ速やかに、密やかに。
婚約者がいる立場で、こういうゴシップは許されない。だが、誰かがこのゴシップを仕組んだ。許すつもりはないし、許すはずもなかった。

「必ず見つけて」

男が1人浅子の前に立って歩き出した。携帯で病院の手配をしている。浅子は脱ぎ捨てられたパンプスを履いて振り返ることもなくその場を去った。

病院で傷の手当てと洗浄をしてもらった。念のため、抗生物質の点滴も受けた。病院のシャワーを浴び身体の汚れを落としていく。
背中に固まってた血がお湯に溶けて薄いピンクの渦を作った。
半年後、HIVの検査までして…。四年前をなぞっている自分が初めて憐れになった。壁に頭を押し当てて…静かに泣いた。
どこに置いて来たの…自分を…。
レイプも写真も恐ろしかったはずなのに、悲鳴も上げなかった。泣きもしなかった。ただ、身体をさらけだし、救出が来るのを待った。その算段だけ幾度も繰り返している自分が憐れだった。

病院で用意された服に着替えて外に出た。暗闇に煙草の火が灯る。黒のセダンの後部扉に身体を凭れかけた静がいた。

「あなたが、つけてたのね」

短大の中にも、日常でも。あの中学の事があって以来、誰かがそばにいる気がしていた。そして、今、ここに静がいる。それだけの事だ。
浅子は指輪を抜いた。静に差し出す。

「理由はご存じね。汚れた女は嫌でしょう?」

静がゆっくりと煙草の煙を吐いた。

「今、看護師があいつらの血液を採取している。HIV結果なら一週間で分かる」
「…中に出されたわ。妊娠するかもよ」

「だからどうした。お前の子供だ」

構うかと、首を振る。浅子が強く唇を噛んだ。

「昔の事も知っていたのね?」

中絶した。ひどい結果だった。だけど…なぜ、それならば…なぜっ?!

「なぜ、私と婚約などするのっ!」
「お前が浅子だからだ」

意味が分からず、思わず口を閉じた。静の携帯が震える。メールを確認し画面を閉じた。

「すぐ検査に回す」
「誰が後ろにいたの?」

浅子の言葉に静は答えなかった。

「答えなさいっ!」

悲鳴みたいな声が上がった。久しぶりの大声に自分でも驚いた。静が携帯灰皿に煙草を押しつけて消す。

「お前は、心配しなくていい。俺の問題だ」
「私の問題よ」

こんなにこの人と話した事があっただろうか。

「俺のモノに手を出した。俺の問題だ」
「人を物扱いしないでっ」

怒鳴られて静がきょとんとした。

「悪い」

謝られて無言になった。浅子が俯いてアスファルトを見る。静の革靴が街灯に照らされ鈍く光っていた。

「…助けてくれて…お礼を言うべき?」
「言わなくていい。俺の事だから」

静の中で浅子は一体だった。二歳の時、初めて会った浅子は白い産着の中で小さな口を開いて欠伸をした。
この命はお前の物だと祖父に言われ頷いた。許婚など知るよしもなかったが、この命は自分のものだという事だけで静には充分だった。
中学生の時、浅子の誘拐を知った。関東にいた静は何も出来ずただ、関西からの報告のみ聞いた。しばらくして浅子の縁者から許婚を取り下げて欲しいと言われて理由を聞いた。そして、聞かなかった事にした。
そのかわり8歳年下の弟をすぐにスイスの全寮制の学校にいれる手配を親にさせた。二人は守り切れない。そう判断したからだ。
弟の薫には五歳年上の従兄弟を同伴させた。スイスまでは手は出せない。あらゆる王国の子供が集う学校だ。警備も厳しい。
その代わり、従兄弟の徹哉にはくどく念を押した。薫には相応しい娘をあてがうから絶対に虫をつけさせるなと。ついでに酒も煙草も20までは駄目だと刷り込ませるよう頼んだ。
徹哉はあっさりと頷いた。ヨーロッパで絵の勉強が出来たら構わない。どちらにしろ、本家の静の言葉は絶対だった。
これを16の子供が決めた。
それから約5年。静は何も知らない振りをして浅子と接した。浅子は誘拐された後、表情を無くした。

だが、構わなかった。それが浅子だからだ。自分の伴侶だと決めていた。とうの昔に。
だが、今回の事は許す気は無かった。相手が浅子個人の恨みや嫉妬であろうと、自分の物に手を出されて許すほど人間は出来ていない。

「明日、退学届を出せ」

再び、煙草に火が灯る。

「なぜ?」
「東京に移動する。お前はうちに来るんだ」
「勝手な事を…」

声が震えた。だが、静が腕を振り上げて車体を殴る方が早かった。

「なんの為に薫を海外に行かせたと思ってるっ!お前を守る為だ!俺1人ではお前しか守れない!なのに守れなかった!二度もだっ」

激しい口調に静が本気だと知った。静の腕が震えている。

「…短大まで親元に置いてくれと言われてこの有様だ。もういい!冗談じゃない!これ以上、お前が傷ついてたまるかっ!」

静が泣いている。浅子の手が伸びた。その唇を塞ぐ。塞いで知った。泣いているのは自分だということだった。

浅子はその夜、東京に静と共に移動した。結婚式は取りやめた。いきなり娘を東京に連れて行かれ戸惑った浅子の親が幾度か上京した。だが、静が会わせなかった。何があったかだけ淡々と話した。
そして浅子とは連絡が取れなくなった。一枚の葉書のみが親元に届いた。元気だから、心配しないでと。それだけ書かれていた。
浅子の過去の事もあり親はそれ以上追及するのはやめた。

ガッシャン!という音に静が跳ね起きた。階下ですごい音がした。

「なんだっ!」

すっぱだかでガウンだけ羽織り階段を駆け下りる。キッチンの入口にいろはが立っていた。

「奥様…」
「来たら駄目です!割れてしまったわ…」

いろはのがっしりした肩越しに中を覗き込む。淡いピンクのシルクのガウンを羽織った浅子が困ったようにキッチンの奥で固まっていた。

「怪我はないか?」

浅子が静を見て、申し訳なさそうに頷く。そして床に散らばったティーポットを見て深い溜め息を吐いた。

「…ふじさんになんて言ったら」

掃除道具を手にしたいろはが戻る。割れた破片を跨ぎいろはが浅子を抱き上げた。そのまま静に渡す。
静の胸に身体を預け、浅子は勿体ないという顔でキッチンを見た。

「何を割った?」
「多分…有田の窯物だと」

静が痛い顔をした。最近のふじのお気に入りだ。

「それだけの音だったか?」
「トレイまで落とされましたね」

いろはに言われて小さく頷いた。

シルバーのトレイがキッチンの端でひっくり返っている。

「見ろ。驚いて栄音まで飛んで来た」

ピスプスと鼻をならしながら不細工な子犬が静の足元にじゃれる。

「あら…だめよ」

慌てて浅子が静の腕からすり抜けた。足元の栄音を抱き上げて、リビングに向かう。

「いろは、ごめんなさい」

肩越しに謝られていろはが軽く頭を下げた。

「お元気になりましたね」

静が頷く。無事に生理が来た。床にしゃがみこんで泣いていた。新しい…望んでいなくても…命を授かっていなかった事を神に感謝していた。
身体の傷もゆっくりと薄くなって来ている。静が目を怒りに震わせたのは腹に出来た内出血だった。だが、それも色が薄れた。
HIVも陰性だと出た。性病も心配ないといわれた。
なにもかも、表面上は落ち着いて行く。だが…心が少し不安定だった。まるで中学生に戻ったような素振りを見せる。もう一度、静の元で育ち直そうとしているように見えた。
あどけない表情が増えた。それが幼い浅子と重なる。

「いろは!栄音がお漏らし…」

リビングの悲鳴に静が溜め息を吐いて、いろはが雑巾の準備をした。
朝食を作る為に現れたふじは、深く溜め息を吐いて浅子の謝罪を受けた。

「一週間に一個ずつは勘弁していただきとうございます」
「ごめんなさい」

素直に謝る浅子にきつく言う事も出来ない。ふじは、ふと気がついたように浅子を見た。

「お茶を煎れてみたいのでございますか?」

ぱあっと浅子が顔を明るくした。そして頷く。お茶など煎れた事がないのだ。ふじのお茶はおいしい。その手順を見てみたかった。

「ふじ、浅子は思ったほど器用じゃない。火傷されたら困る」

静が溜め息を吐いて二人のやり取りを見ていた。浅子が振り返る。

「でも…お茶ぐらいかまわないでしょう?ここでなら」

東京の片隅にある広大な敷地の屋敷だった。庭も散歩が出来るほど広く、浅子は沈丁花などの香りを楽しんでいた。
屋敷を取り囲む塀は高く、さらにその上を鉄柵が並んでいる。完全に異空間だった。静など、すっぱだかでガウンのみでたまに庭に出ている。そういう屋敷なのだろう。

「駄目?」

可愛らしく首を傾げられ静が苦笑いする。

「じゃあ、浅子用の食器を買い揃えるところからだな」

ようするに、割れる前提だといわれ浅子が軽く頬を膨らませた。

「ひどいわ」
「おいで」

静の手が浅子に伸びる。時計を見て浅子が顔を染めた。

「…時間?」
「そうだ。リハビリの時間だ」

静に手を引かれて階段を上がる。二階に上がるといろはがいた。

「始められますか?」
「大丈夫よ」

いろはと共に三人で寝室に入る。静が着ていたガウンを脱いだ。現れる背中に浅子が顔を赤くして俯く。

「奥様、どうぞ」

いろはが、浅子をベッドに乗せた。ただ1人裸になった静が浅子の腕に触れる。浅子の身体が怯えて震えた。静が手を放す。

「大丈夫…続けていい?」

浅子が少し顔を強張らせながら、横たわった静に触れた。

「奥様…口上を」

いろはの言葉に浅子が慌ててシーツの上で膝を揃える。三つ指をついて静に頭を下げた。

「…触れさせていただきます…でいい?」
「いい。おいで」

静に許され小さく息を吐く。男と女がベッドに入って裸になるときに口上がいると教えられた。
今は、まだ静の身体に触れる事しか出来ないが、…もし、浅子が静に抱かれても大丈夫だと思ったら、口上を代えたらいいといろはに言われた。
ご奉仕させていただきます。
とても、へりくだった言い方だが…なんとなく浅子に甘い疼きを起こした。なんだろう…胸が苦しくなるほど切ない。
静がベッドに伏せ、鍛えあげられた背中を浅子の前にさらけ出す。形よく筋肉がついている。不思議だった。

「背ばかり伸びていらっしゃると思ってた」

浅子の指が静の背中を押す様に触れる。静が笑った。

「背ばかり伸びた時期もあった。…なかなか、中味が追いつかず悔しかった事もある」

浅子が手の平を静のしまった尻に置いた。

「…固いわ」

静といろはが小さく笑った。浅子の物言いは小さな子供がなんでなんで?と聞くのに似ている。

「仰向けでも、大丈夫ですか?」

いろはに聞かれ、小さく頷いた。無意識に身体が緊張する。男性の性器を見るのはやはりどこか怖いという思いが強い。
静がゆっくりと身体を仰向けにした。形よく張り出した胸筋。日本人には珍しいスーツが似合う体型。軽く割れた腹筋。そしてやや力を込め始めている性器が茂みから立ち上がり始めている。

「好きに遊べ」

軽い口調で静が固まってる浅子に伝え目を閉じた。

「寝られましたよ」

動けない浅子を励ます様にいろはが小さな声をかける。浅子は困った顔をしていろはを振り向いた。

「目を覚まさない?」

いろはが頷く。
このいろはという男はこの屋敷の管理人みたいなものだった。

庭の手入れから簡単な大工仕事までこなす。静が信頼を寄せている男だと聞いて無条件に浅子もいろはに心を開いた。
見た目は怖いが、優しい男だ。そう言って笑った静にいろはが苦笑いした。恐ろしい事もやってのける。三宅の人間に頼まれれば。そういう人種だった。主人にのみ忠実であれと教育されてきた。そして静の側に置かれた。

「静様は一度寝入ると深いです」

いろはの言葉に頷き、震える指を伸ばす。軽く上下する胸。そこばかり色がちがう乳首。胸の谷間にはうっすらと毛が生えている。

「こんな所に?」
「男ですから」
「いろはも?」
「私は熊並みです」

そう言われ笑った。いろははいつも糊の効いたカッターシャツを着ている。制服なんだろうと納得した。
指を下に走らす。くすぐったげに静が呻き、一度寝息が途絶え、また元に戻った。恐る恐る見ていた浅子が指先を静の臍辺りで止める。

「今日はここまでに致しますか?」

首を横に振った。今日はこれに触れようと決めていたのだ。鼓動が早くなる。

「どうしたらいい?」

いろはに聞く。いろはが顔を浅子に寄せた。

「ですが、さすがに静様も目を覚まします」
「構わないわ…お願い。出来ると思うの」

どうしても、触れたい。半起ちの性器が浅子を待っているように見えて仕方がない。

「おふざけなら、やめるべきです」
「ふざけてないわ。いろは、教えて」

浅子のしっかりした口調にいろはは顔を覗き込んだ。先程までのあどけない表情が消えている。正気に…戻られたか。

「続けられますか?」

浅子が頷いた。そして、ベッドの上でもう一度正座をしてみせた。いつの間にか起きた静が浅子を見つめていた。浅子が薄く微笑んで頭を下げる。

「ご奉仕させていただきます」

はっきりとした口調だった。いろはの手が浅子のガウンを脱がす。ようやく、初めて…二人とも裸で同じベッドの上にいることができた。

「大丈夫なのか?」

静が低い声で聞く。

「途中でやっぱり、は受け付けんぞ」

浅子が笑った。

「あなたなら…大丈夫。」

傷ついた身体も心も穏やかに見守っていてくれた。あれから一か月以上経った。たまになにかの拍子にフラッシュバックはあるが…この屋敷にいる限り心配することはないと、身体が覚えた。
この屋敷には、いろはもいる。
守られてる。その思いが強い。

「大丈夫よ」

繰り返す浅子に静が笑った。

「先に言っといてやる。…俺は特殊な性癖があるらしい」
「ちょうどいいわ…私は不感症ですって」

受けてあげるわ。浅子が静に唇を寄せた。柔らかい乳房が静の胸に重なる。
静がゆっくりと浅子の背中に腕を回した。浅子の身体が静の足の間に引き込まれる。

「…不感症か」

面白そうに静が呟いた。浅子の心には傷はまだあるだろうが、どうにか咀嚼したらしい。

「まあ、口上が聞けただけありがたいがな」

静の指が浅子の背中から尻にかけて走る。所々で指先に擦過傷の痕が当たり面白くなかった。絹の様な肌に傷を付けた事は許される事では無いが、すでにその罪を受ける人間はこの社会にはいない。

「ね…全部教えて」
「最初から、教えてやる。」

そしてベッドの足元に立ついろはを見る。

「俺がいない間はいろはに教えてもらえ」

一瞬戸惑った顔をした浅子だったが、困ったようにいろはを見て顔を伏せた。頬が赤い。

「どうした」

面白がって顔を覗き込む。浅子が軽く睨んだ。いじわる…唇だけで呟かれ…腹の奥に鈍い火が付いた。

「いろは、浅子の腕を持て」

いろはが浅子の腕を後ろに掴み揃える。浅子はされるがまま、静から身体を引き離された。嫌がらない浅子によく出来たと唇を重ねる。

「口でするんだ」

意味がわからないという顔をする浅子に笑った。髪がほつれ頬にかかる。その髪を掻き揚げた。

「ゆっくりと、教えてやる」

頬に手を当てて深く口付ける。いろはに拘束された浅子はただ口付けを受けた。静の舌が浅子の舌を絡める様に動く。
そして、いろはが浅子の身体を引いて静のペニスに顔を寄せさせた。白い背中が赤く染まり震える。

「口に入れるだけでいい」

今日はそれでいい。これからは、違う。
恐る恐るというように口に含まれた感触に静が身震いした。

「歯を立てないように」

いろはの言葉に浅子が頷く。苦しそうに一度口を放して呼吸をした。そしてまた自分から顔を伏せる。
ようやく、己の物になった。静は微笑んだ。20年待った。この女を…自分の物にするために。
浅子の舌が堪えられないよう動く。苦しかった。静のペニスは喉を突く。だが愛しかった。

「離れろ」

静の声にいろはが反応した。浅子が腕を引かれて放される。

「…今日は、ここまでだ」
「…そう」

浅子がもの足りなさそうに呟いた。静が笑う。それでいい。

浅子の腕をいろはが放した。浅子が静のまだ立ち上がったままのペニスを見つめる。唾液で濡れ、鋭く光って見えた。

「…痛くないの?」

浅子の言葉に静が笑う。

「心地いい。今日は気にしないでいい」

浅子の身体にガウンがかけられた。浅子が袖を通す。

「…なんか、身体が変だわ」

浅子が呟いた。いろはが大丈夫ですかと顔を覗き込む。

「気持ち悪い所がございますか?」
「…いいえ」

しばし考えて、そう答えた。なぜか、いろはの顔が見れない。静が小さく笑った。

「下に行け。ふじが飯の準備をしてる」
「はい」

一度、浅子が静に口付けてベッドから滑るように下りた。いろはがスリッパを揃えて履かせる。

「お茶が冷めないうちにいらしてね」

扉に消えた浅子を見て静が笑った。

「不感症だと」

いろはが苦笑いする。

「知らないだけだと」

静がいろはが揃えたスリッパに足を収めて立ち上がった。部屋の一画をしめている棚の鍵を開ける。
黒光りする革が並んでいた。手枷に足枷、麻縄に竹竿。そして、ディルドにアヌスパール。クリップに首輪。
首輪を手に取る。そこには金のプレートがついていた。ASAKOというローマ字が並んでいる。

「…ピアスは何がいいと思う?」
「もうしばらくは、お待ちください」

いろはが慎重に答える。今、浅子は自分を取り戻したばかりだ。性急に事を進めたら…壊れてしまうかもしれない。静が首輪を軽く手の平に打ち付けながら考え込んだ。
壊した人間など、既に何人もいる。浅子に暴行するように仕組んだ娘は今壊されている真っ最中だ。知った事ではない。快楽漬けにして放り出せばいい。
あとは自分達でどうにかするだろう。
痛みだけの暴行と、快楽で破壊される暴行。
静が冷たい笑みを浮かべた。いろはの背中に冷や汗が浮かぶ。22歳の男が浮かべる笑みに見えない。
世の中の裏も表も見尽くした上にさらにそこで歩む。そういう覚悟を決めた男の笑みだった。

「石がいいか…飾りがいいか」
「静様、奥様がお待ちです」
「そうだ。浅子に決めさせればいい」
「お茶が冷めてしまいます」

ヒュッと空を切る音がした。いろはが呻きを飲み込む。静の手に乗馬鞭が握られ軽く揺れていた。

「今、行く」

いろはの裂けたシャツに血が滲む。いろはが頭を下げ部屋を出ていった。鞭と首輪をしまい静が棚に鍵を閉める。

「…ダイヤにするか」

呟いて頷いた。浅子には似合う。

花びらをキラキラと飾るダイヤ。泣くだろうか。泣いて喜べばいい。

「静さん?」

扉から覗き込んだ浅子に静が振り向いた。

「どうした?」
「もう。お茶がはいりました。」
「浅子がいれたのか?」
「ふじさんが淹れました。でも、ちゃんと見てましたわ」

そして部屋の中にいろはがいない事に気がつく。

「いろはは何処です?」
「さっき出ていった」

あら…と廊下を探す素振りをした浅子の手をとった。左の薬指に光る指輪。

「ダイヤが欲しくないか?」

プラチナの結婚指輪だ。浅子がきょとんとした。

「ダイヤなら、婚約指輪についてましたわ」

大切にしまってある。静はあの晩指輪を受けとらなかった。だが、次の日には結婚指輪が左手に嵌められていた。

「いつも、つけていられるようなダイヤだ」

静がなにか熱に浮かされた様に浅子の唇を塞いだ。浅子が、んっと軽く眉を顰める。
静の舌がゆっくりと浅子の舌を絡め擦り合わす。ねっとりとした口付けに浅子が軽く喘いだ。唾液で浅子の唇が濡れる。
唇が離れた時、浅子が軽く睨み付けた。

「ご飯、冷めてしまいますわ」

いきなり日常に戻され静が2,3度瞬きをした。






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