黒き娼婦と白き王子 三章
シチュエーション


パザンと部下のグーリーは港で海洋警備隊と混じり、一緒に業務を行う。
客分扱いのため、働く必要はないのだが、
御礼と情報収集を兼ねた実益のためだった。
第一部屋にこもりきりでは評判もよろしくない。

外は雪こそは降らないものの、冷たい風が吹き付けていた。
もともと南国育ちの二人にはきついことこの上ないのだが、
我慢に我慢を重ね、帆の揚げ降ろしから点検、甲板清掃まで精力的に従事する。
ほとんど全身を防寒衣で包むため、一見して外観は異国人とは気付かない。
だが動き方が明らかに違うため、一目瞭然であった。
周囲に比べ変によく動く。することが無くとも動く。
寒さによってじっとしているのが耐えられない。

「さっ・・・さむい」
「ははは、パザン殿もグーリー殿も無理されるな。
客人に風邪をひかせたとあっては、私が陛下に怒られてしまう」

シェシング隊長はあまりに寒そうな二人に気を利かせる。
そもそも今の時期は地元の人間だってつらい上、それほど業務も多くない。
こう言われては、パザンも無理に固辞することはできなかった。

「すっ・・・すまぬ」

ただ単に口を開けるだけでも、体温が逃げていく。
したがって口数も自然と少なくなる。
そんな中でもシェシングは大口を開けて、てきぱきと部下に指示を与える。

グーリーはまだまだ頑張れるが、パザンには無理だった。
シェシングらに関心しながらも、無言のまま港に上がり駐屯所へと戻った。

********************

雑然とした居酒屋で卓を囲むのはシェシングとその部下数人に、
客人ことパザンとグーリーであった。

「さて、皆よいかな。今日の糧と神のご加護に感謝を、乾杯」

まずは杯を掲げ、一斉に飲み干す。
喉を通り、胃を焼く感覚こそ、地獄のような寒さから生還した証。
なるほど、これは効くとパザンは思った。

彼らシェシングのような職業軍人は非常に珍しい。
国が交易の全てを担っているため
国民のほとんどが農夫、職工、鉱山夫である。
ならば貿易によって国庫は金が唸っているかと思えば、話を聞くとそうでもないらしい。
利益は形を変えて、うまく分配されているらしい。
その形が、いま目の前に並べられていた。

「うむ、美味い」

豆とニンジンを煮込んだシチューに舌鼓をうつ。
他にもパンにポテトとチーズを乗せて焼いたものや、
魚の身をすり潰し、団子状にして蒸したもの、
そして意外にも果物があった。
まだ凍っているので、鮮度は保たれているらしい。
はるばる海山を渡って輸入されるそうだった。
勿論その代価は充分に見合うものだと聞く。
平たく言えば、市場価格よりはるかに高く売れるとパザンも知っていた。
そしてそれを国が安く払い下げるという、
まあなんとも儲からないどころか損をする商売を国が担っていた。

「しかしこのままだと先行きは暗いぞ。明らかに無理のある交換はゆがみが生じる。
それに万一金鉱山が掘りつくされると、この国に待っているのは飢えと寒さだ」

恩になった手前、パザンが商人の見地からの意見を馬鹿正直に述べた。

最初彼らは手に職を持たないあぶれ者かと思っていたが、それは完全に違っていた。
シェシングを始め、彼らは難関を突破したエリートなのだ。
こういう話題も充分に通じる。
良くも悪くも長年の平和が軍隊を形骸化させ、
庶民から警察組織での栄達、もしくは高級官僚への架け橋として機能していた。

「うむ、まああと百年先は大丈夫だろうが、その先ともなればわからんだろうな」
「だがまあ、いつかは工船技術が発達して、風に頼らなくても航海できるさ。
さしあたりパザン殿が投資して開発を心みてはどうかな」
「そうそう、そうなれば流氷さえなければすぐにでも帰れるし、荷を積んで来ることもできる」

山脈を渡るのは野党山賊遭難ありの難所だから、
海路のほうが安全かといえば確かにそうなのだが、
季節風が吹く限られた時期しか出航もままなず、流氷に完全に囲まれれば入港も無理であった。
難破したパザンたちは運と救助のプロによる人手、両方に恵まれていた。
さすがは何百年と侵入もなければ侵攻も無い天然の要塞国家。
おまけに寒すぎて、外からの人間ならここに居座ろうとは思うまい。
本音を言えば、パザンも最初の威勢はどこへやら、さっさと帰りたかった。
サウラ経由でくる給金だけで、たくらむ必要も無いくらい一財産が出来上がるが、
商人としては実に張り合いが無い。

酒が進むと真面目な話は退場となり、お上と女、
つまりはサウラの話で持ちきりになった。
歴史ある血族だが、醜聞はご法度かと思えば真逆だ。
むしろ格好の話題となって、町を席巻していた

「ふはは、パザン。実際のところどこまで進んだんだ」
「あの時のチュルハンの顔は今でも思い出せるぞ」
「好色親父は王妃に飽き足らず、サウラどのまで……だからなあ。
ああ、羨ましい。せめて女房もあれくらいの色気があれば家も華やぐのに」

とまれ、自らの雇い主兼最高権力者をこの扱いである。

「まあ王妃にはいい薬だろう」
「まったく。まあこれで良いかと言われれば、そうではないが」
「ははは、だからいいんじゃねえか。
奪った男が奪われる。まあ王もたいした奴じゃないからさまにならんがな」

話が見えないパザンはどういうことか聞き返す。

現王妃アズメイラの年は22歳、つまりセドル王子の実の母ではない。
国母たるセドルの母は出産後に体調を崩し、長期にわたり床に付していた。
国務に耐えられないということで、何年か前に辞して新たな王妃を迎えることとなった。
だが当初は条件として、国母自ら推薦する者に限るという話だったのだが、
アズメイラはこれに該当しなかった。
しかしそんなことを気にするタマではなかったのは現王妃。
自らを積極的に動き、働きかけた。
結果として前王妃の約束ははごにされた。
これが市井の評判よろしくなく、現王妃と国王の関係にも微妙な影響を及ぼしていた。
言ってしまえば、隙間風となって少し冷えてしまった。

*********************

「あら、それは可哀そうな王妃さま。
私が気に入られたから、なおさら立場無いわね〜」

などと全然気の毒がってないのは、サウラの台詞だった。

「わ、笑いごとにならない。王妃自らお前を追放させようとしてるってことか!」

セドル王子にプレゼントされた指輪に金のネックレスを身に付け、
一段と豪華になったサウラの装飾品。
それを見て理由を聞いてみれば、王子と関係を持ったとのこと。
そこまでならまだ良いかもしれないが、その経緯を問えば、
王妃の差し金で部屋を探っていたとのこと。

「大丈夫大丈夫。私、殿下もめろめろにしちゃったから。
いやぁ、思い出すだけですごかったわよ。もう若さ溢れるって言うかさ。うふふ」

余裕綽々かつご満悦の様子に、パザンは頭が痛くなりそうだった。
好き好んで王宮内の情勢に一石を投じないで欲しい。
飽きられない程度に王だけの関心を買っていればよいものを、
いつのまにか事態が少しずつややこしくなっている。

「サウラよ、お前に何かあったら我々も一蓮托生なのを忘れるなよ」
「わーかってるわよ。ふふ、そんなに心配なら王妃も落しちゃえば」
「はあ?」
「つまり今、身も心も寂しい王妃さまの隙間を埋めて差し上げればいいのよ。
文字通り、身も、心もね」
「……俺は無理だぞ」

パザンは嫌な予感がした。

「あんたみたいな親父とむさい筋肉ダルマなんて、お断りに決まってるじゃない」

筋肉ダルマことグーリーは黙っている。
もともと無口な男である。

「シーフゥならね」
「ダメだダメだ。あいつはまだ15だぞ」
「丁度いいじゃない」
「それにそんな男娼まがいのことをさせられるか。兄から頼まれて連れてきた身だ」

シーフゥはパザンの甥。
見聞と修行のため、パザンの下働きへと連れて行くこととなった秘蔵っ子だ。

「あらあら、このままいくと春を待たず、私たちは投げ出されるんだわ。
いえ、もしかしたら王妃さまが食事に毒を盛ったり、刺客を差し向けたり、
無実の罪を被せてきたりして追放されちゃう。
異国の地で露と消える私たち、悲劇よね〜」

今更ながら、弱い立場だと痛感させられる。
サウラが例に上げた以外にも、向こうはやりようなどいくらでもあるのだ。
そのきっかけとして、ちょっとした証拠、
たとえそれが普段何気なく使ってる物でも、でっち上げれば充分こと足りる。
案外に、部屋を探られたのは危険かつ深刻である。

「……しかし、シーフゥには無理だろう。
あの性格だと、とても向いているとは思えんぞ」

サウラの目が光る。
パザンは人買いとしての選別眼は女相手には申し分はないとサウラも思っているが、
(自分を買ったのは合格だと自負している)
男相手は身内ともあって曇っている風に見えた。
サウラには娼館で見て習った経験が、シーフゥは合格だと告げている。
ちらりと見た男娼の容姿だけでの判断だったが、
性格なんて、後からいくらでも調教、矯正できるというものだ。

「あはは、大丈夫。わ・た・し・が、教育してあげるわ」
「…………」
「決まりね」

有無を言わさぬ自信に満ちていた。
遠い地にいる兄夫婦に謝る、苦労人のパザンだった。

**********************

話は少々巻き戻り、そのシーフゥ・ルオが普段なにをしているかというと、
侍従や下女たちと一緒に宮殿内のもろもろの雑事をこなしていた。
パザンが外、愛嬌と親しみ溢れるシーフゥは内という役割で情報収集にあたる。
普段の生活に溶け込んでしまえば差別意識も薄れ、
不利益をこうむるのを避けられる、まさに一石二鳥であった。

シーフゥは学者になるのが夢で、いつも読書と講義に勉強熱心な少年だった。
だが両親は息子が世間を学ぶこと、さらには見聞を広める必要があると考え、
弟のパザンに今回の旅に同行させるよう頼んだ。
最初はいやいや付いて来たが、広い海原とあちこちと立ち寄る異国の地に、
もともと好奇心旺盛なシーフゥは次第に楽しさを覚える。
船が難破したのは残念だったが、こうして無事に生活できれば小間使いとして働くのも楽しかった。
宮殿内とはいえ、周りにいる者は身分の低い者たちで、
一緒になって真面目に働くシーフゥは歓迎されるべき者である。
下々で働く者に肌や髪の色など意に介する者など誰もいなかったのは、
お互いにとって幸いだった。


セドルがサウラと交わってしまった少し後の頃、
王妃から頼まれた内調で、シーフゥにも会わなければならないと考えていた。

「ええっと、宮殿内で働いてるザムーラ人の男子、名前をなんていったっけ?」

王子のために侍女はお茶をカップに注ぎながら思い出す。

「シーフゥ・ルオといいますわ」
「そうそう、そのシーフゥを呼んできてくれるかな。少し話がしたいけど」

セドル王子の命に、侍女は緩やかに頷いき、カップをもう一つ増やす。
曲がりなりにも彼らは王の客人である。
たとえ同じ職場で働こうが、王子の招きがあれば同様にもてなすのは当然であった。
いや、当然と思えるほど、彼は品格のある青年という印象が強かった。

少し間が空き、ドアがノックされた。

「どうぞ、入っていいよ」
「失礼します」

セドルは入室した青年を見て少し驚く。
まず格好が面白い。
今シーフゥは侍従としての格好をしているのだが、それは当然皇国標準の侍従衣。
白いシャツに黒いズボン、首に赤いチョーカーを巻き、
その上に礼装用のゆったりとした黒衣をまとう。
これが異国人とのアンバランスの妙をかもし出し、
普段見慣れているにかかわらずスタイリッシュであった。
そしてザムーラ国の習慣で、成人ではない証に髪を伸ばしているのも物珍しい。
今は多少邪魔なのだろう、後ろに結わえているが、
これも独特な中性的魅力があり、密かに女性陣の間で評判になっていた。

「初めてお目にかかるね。僕はセドル・レイ・ファルセリオン。
近い歳だし、君は父のお客さんだから、気軽にセドルって呼んでいいよ」
「初めまして。セドル殿下」

人を魅了するのが悪魔の十八番なら、
間違いなくサウラも、そしてシーフゥも小悪魔だろう。

アズメイラ王妃の願いを受け、こうして彼ら一行の調査をしているが、
セドルは今思った自分の発想に自画自賛したくなるくらい適切な表現だった。
少年から抜けきらぬ整った容貌に、伸びやかな肢体が正装と相まって、
どこに出しても恥ずかしくないくらいに格好良い。

シーフゥ自身も今回の旅と難事によって、
一回りも大きくなったと自負している。
その自信は表情は勿論のこと、どことなく風格にも表れていた。

「今日はお話をしたかったんだ。
堅苦しいことは抜きにして、まあ座って」
「はい」
「一杯どうぞ。はるか東の国からの紅茶だって」

風味優れる暖かい飲み物を味わい、冷えていた身体が温まっていく。
シーフゥは強張った筋肉がほぐれ、人心地をついた。
厨房はともかく、廊下や使われていない広間はやはり寒い。

セドルはそんなシーフゥの様子をつぶさに観察した。
カップはわざわざ銀製を持ちいり、今飲ませた紅茶にも特別な香り付けがされていた。
全て魔除けの類いに使われる代物だったが、
意に介する様子はまったく見受けられなかった。

我ながら苦笑する、第一己がまったく信じていない。
万が一、彼がこれで正体を現したら、自分は殺されてしまうのではないか。
子供じみた考えにセドルは可笑しくなる。
いっそのこと、火酒でも入れた方が正体を見れる気もした。
それは正体と言うのかどうかはともかくとして。

「どうされました? なに分この国での礼儀作法を知らぬもの。
不調法があれば言ってください」

シーフゥの怪訝な表情に、あわてて顔を引き締める。
まずは仲良くなるのが先決だった。

「いやいや何でもない。それより毎日ご苦労様。
ただでさえ住む人に比べてれば広い宮殿で大変だろうに」
「とんでもございません。さすがは歴史に名高いファルセリオン神皇国です。
あちこちで見られる装飾は黄金の国にふさわしく豪華、
古代からの文様や彫像などこの目で見れるとは思っても見ませんでした」
「それはそれは、光栄だね。
確かに歴史ある国家だって言われるけど、そこまで私も良く見てなかったな」
「あっ、すみません。しっかりと仕事もこなすのですが、つい見入ってしまいまして」
「いやいや。本来ならそんな必要もないのだから、こちらからお礼を言っても良いくらいだよ。
でも詳しいんだね。何か面白いものでもあったのかい」
「はい。彫刻を見て思ったのですが、北方民族の共通点が神話によくありますが、
やはり皇国においても神像を見た限りでは確認できました。
月を主題として語られることが多いですが、主神の持つ剣に――」

この後も博覧強記ぶりを示す感想に考証が続き、
当のセドルも詳細まで知らぬ皇国の神話から歴史を学ぶはめになった。
まったく、彼らを悪魔だの蛮族だの言う奴はここに連れてくれば良かったと思った。
楽しく熱弁をふるうシーフゥを眺め、
後で城下施設図書館へ案内してあげようと思いつつ、ゆっくりと紅茶を飲む。
お互いのカップにつぎ足すとき、面白半分少しばかり火酒を入れた。

そのおかげか後日の感想として、とても和やかに楽しく話ができた思い出が残った。
宮殿内では歳の近いこともあり、あまり身分関係を気にしない良い友人になれた二人だった。
翌日の公務、仕事に差しつかえたのはご愛嬌ともいうべきだろう。

********************

話は戻り、
シーフゥはサウラの後姿を眺めながら付いて行く。
どこへ連れられるのか、不安と期待がないまぜであった。
長い付き合いがあるわけではないが、それでも一年ほどは一緒に旅をしたわけである。
ある程度はどういう性格かわかっている

(読めない、食えない、普通じゃない……程度だけど)

普通あるじである叔父のパザンに対して恭しい態度をとるものだろうが、
そんな様子はとんとお目にかかったことはない。
叔父は叔父で気にもしないで、さも当然のように対等で話をする。
こうして自分を付き従えて歩けるのも当然と思っている節があるが、
違和感が無い上に正しい認識として成り立っている気がした。

「さあ、裸になって入りなさい」
「……はぁ?」

今居る場所はとても暖かい。
いつのまにか浴場の手前、脱衣場に入ってきていたことに気付く。
気付いたら気付いたで戸惑った。
当然だ。すぐそばにサウラがいる。

「あんたは服を着たまま風呂に入るの?」
「い、いえ」

サウラはガウンを外し、背中と腰にある衣の結び目を解いた。
重力に従い、さらりと衣擦れの音の後に下に落ちる音。
もはや戸惑うどころの話ではなかった。

「サ、サウラさん?」
「なにかしら」
「いったい何を……」
「四の五の言わないで、来なさい」

********************

シーフゥは緊張と羞恥のあまり、がちがちになりながら、
石鹸水に浸したタオルを軽く絞り、サウラの背中へと触れる。
これは罰ゲームだろうか。とびきり強烈な。
布越しとは言え、女性の素肌に触れるのは初めてだ。
指先から感じる女体はどこもかしこも柔らかく、そしてしなやかだった。

「お手を拝借します」

二の腕を添えるように持ち、
陶磁器を磨く丁重さそのままに拭いて行く。

「ど、どうですか」
「後ろばっかりじゃなくて、前もからもしてね」
「う、うぅ。シツレイします」

覚悟を決めて、正面に向かい合う。
ここは腹をくくって、しかと目に焼き付ける気持ちでいた。
相手が見ろと言うのだ、見て何が悪い、といった感じである。

「……は」

少しの間、意識が飛ぶ。
慌てて手を動かし身体を拭く。
胸の辺りも、下腹も、そして水をたたえる薄い茂みも。
跪いて太腿から膝裏まで丹念に拭く。
一切無駄の無い肢体は邪な心すら吹き飛ばすほど、造形と美の女神の祝福に輝いていた。

一通り終わると、サウラは椅子に座る。

「お顔を……」

と、シーフゥは言って目をつぶらせ、
今度はよくタオルを絞り、美しさ溢れる尊顔に触れる。
近くで見れば見るほど、本当に惚れ惚れする。
自前の物かと疑ってしまうほど長く整った睫毛に、すっきりと通った小鼻。
自然かつ美しい、頬から描く輪郭に艶やかで花のような唇。
じっと見れば、この唇に吸い寄せられそうになる。

「はあ……はあ」

強烈な欲求だった。
唇を重ね、舌を伸ばし唾液を絡ませて飲みたい、飲ませたい。
息を吸うのを忘れるくらいに、貪りつくしたい。

「……シーフゥ」
「は、はい」
「合格とまではいかないけど、
きちんと最後まで自制して奉仕できたのはまずまず良かったわ。
男娼としての心構えは、熱くなる自分と冷静な自分、
この二つをきちんと使い分けてこそよ」
「ダンショウ?」
「そ、不満?」
「もしかして売られるんですか!?」
「安心しなさい。売られたら私が一番高値で買ってあげるわ」

それは安心していいのだろうか。
シーフゥは内心首をかしげる。

「ふふ、あのね――」

サウラはこれまでの経緯をかいつまんで説明する。

「む、無理です。絶対」
「あら? とっても簡単よ。男は男の武器を使って女を従えればいいのよ」
「……」
「まずは優しく形から入って慰め、癒すのが先決だけど、
いざとなれば薬とか、道具も使っていいし、一人がダメなら二人や三人とかね。
三日三晩続ければ、大抵の女は音を上げるわよ」

何かさらりと恐ろしいことを言っている気がする。

「それは犯罪ですよね」
「まだまだお子様ね。世の中成立してしまえば、万事問題なしなのよ」
「それは犯罪ですよね。さすがに加担できませんけど」
「青いこと言っててもダメよ。
明日を切り開くためなら、どんな手段でも講じなければならないのよ」

聞き分けの無い子供を諭す口調にシーフゥは憤慨した。
いつまでも子供扱いするなよ、といったところである。

「話になりません! そんな子供じみた理論で正当化しないでください」
「あら? 私は世の中の真理をうたってるつもりだけど」
「どこが?」

サウラはシーフゥにもたれかかり、股間をまさぐる。

「あっ! な、なにを」
「丁度いいわ。それもついでに教えてあげる。世の中の真理のひとつ」
「やっ、そんなところ……うっ」

お互い丸裸のままサウラは擦り寄りながら、
手軽に勃起した肉棒を付け根からマッサージする。

「ふふ、子供扱いされたくないかしら?」
「はあぁ……くぅぅ」
「まずは我慢しなさい。男娼なんだから、女より先にイったら興ざめしちゃうでしょ。
それに男は女と違って、そう何度も達することもできないしね」

歯をくいしばって、必死に我慢するシーフゥをサウラなりのやり方で可愛がる。
先端から汁が溢れてるのを指先ですくい、肉幹へと擦り付ける。
頃合を見て、ぺろりと舌先で愛撫しはじめた。

「んん……ちゅるる。ふあ、まだ出さないこと」

睾丸の付け根から吸い上げられるような、得体の知れない快楽を必死に我慢する。
出したら何されるかわからない怖さと、失望を買う恐怖がかろうじて限界の一線を保っていた。

「ふふ、本当はそんな必死なそぶりも表に出してはダメ。冷静な自分を保つのよ」
「そ、そんなぁ。無理だよ」
「可愛いシーフゥ、簡単よ。
快楽を感じている自分、感じていない自分、二人に分かれて使いこなすのよ。
同様に冷静な自分、熱くたぎる自分も。それほど難しい話ではないわ」

シーフゥには、まるで雲を掴むような話に聞こえた。

「どうすればそんな風にできるのか、見当もつかないけど……」
「そうかしら。人は誰しも良い感情と悪い感情、言い換えれば天使と悪魔を住まわせてるもの。
そうね……たとえば乞食を見て自分が優越感を持ち、汚らわしいと排除したくなる気持ち。
そして可哀想と同情してお金を恵みたくなる気持ち。
相反してるけど本来感情は色々と混じっているものよ。
本当は人は一人だからどちらかが勝り、奥底にしまわれたり打ち消されたりするけど、
これを二人に引き裂き両方持ち合わせてしまえばいいの」

今まで聞いたことも、読んだ本にも無い奇抜な理論だとシーフゥは思った。

「ふふ、今は実践してる途中だから、わからないのも無理はないよね。
さっ、今は冷静に感じてみて……んん……」
「はあ、はあぁ……ふうぅ」

じっくりと息を吐いて、努めて冷静になる。
敏感な亀頭を撫でる舌の感触に背筋を反らしながら、
意識してもう一つの自分にその快楽を委託する。
快楽が強ければ強いほど、神経が引き裂かれそうになる。

「むちゅぅ……ん、はあぁ、ん、ん、ぷはぁ……気持ちいい?」
「ふうぅ。はい……気持ちいい」

よく保てるものだと、シーフゥ自身が思っていた。
はじめにサウラの裸体を見ただけで天を仰いだ一物も、
こうして望みどおり彼女に弄ばれている。
もともとこういうことを生業とする女性だけに、想像しなかったわけではない。
だがその行為は想像以上だ。

「しっかりしてる。今度はね……」
「ふぅ、ふうう」

ようやく解放された男根が外気に触れ、ぬらぬらと唾液の跡が光る。
サウラは少し身を乗り出し、肉竿を胸の谷間に収めた。
見事なその乳房の柔らかな感触は、先ほどまでの吸い取られる感じとは違い緩やかで暖かみがある。
それでもふるふると上下に揺すり、擦れるたびに刺激が走る。
先端から走り汁が流れ、水とは違う粘着質な音も浴室に響いていた。

「おっぱいでするなんて……エッチな感じ」
「もう出していいわよ。我慢に我慢した分、たっぷりと」
「くっ、はあはあ」

跪き、胸で奉仕するサウラ。
力を強め、時々亀頭を舐めていたずらする。
倒錯的であり、ごく自然な位置関係にも感じる。
シーフゥが見下ろしながら髪を撫でると、愛撫にも熱がこもっていくように思えた。
乳房のいただき、朱色の突起が肌に触れると、硬くしこって立っているのがわかる。
サウラも同様に感じているのだとわかると一層興奮する。

「ふうぅ……、んちゅ。さあ……ん、ん、じゅちゅぅ」
「はああっ! もう……あああぁぁ!!」

柔肌に袋ごと包み込まれ、しごかれればひとたまりも無かった。
一気に駆け上がるものがサウラの顔へ飛び掛る。
褐色の美貌に、白いどころか黄濁の粘液でもって汚していく。
満を持して発射しただけに、その量も濃度も尋常ではなかった。

「ああぁ、すごい。どろどろでこってり」

シーフゥは腰を震わせながら次々と射精する。
止むことを知らない牡の獣液が優美な目元を覆い、
鼻先から滴り落ちるのをサウラは舌で受け止めた。
顎から垂れた分は胸の谷間に溜まり、尿道の残滓と共に青臭い匂いを発する。

「こんなに出して。ふふ、顔がべとべとよ」

シーフゥは内心いい気味だと思った。
ここまで散々いたぶったお礼には、まだ足りないくらいだ。

「……舐めてよ」

まだ鈴口から盛り上がる精液をサウラの口にもっていく。
脳裏が熱く、どくんと血流を感じた。
朦朧とする意識の中、熱い自分を冷静な自分でつきつける。
なんだろうかこれは、すごく愉快で楽しい。

「ふう、まだ熱いわ。ん……じゅるる、んちゅる、るる……あぁふ」

汚液のこびりついた男根を、サウラは言われるまま咥えて舐める。
そのまま唾液に絡めて嚥下する瞬間を見たとき、
シーフゥの中に形容しがたい感情が渦巻いた。
嬉しく、楽しく、喜びに溢れ、差別的な優越感と卑しいものを蔑む心、
表に出るのは愛しくもあり侮蔑の目。
日ごろ温厚な彼であっても、
ふつふつと湧き上がるマグマのような感情を抑えることはできなかった。

「どんな味? 美味しい?」
「ん……。ええ、とってもね。
若さでぷるぷるな子種が舌の上で踊るのよ。
青臭くって苦い、でも濃厚な味」

サウラは妖艶に微笑んだ。

「シーフゥの精の味。今度はどこで教えてくれるのかしら」

******************

セドルは赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。
基本的に宮殿内は不必要に広く作られてない。
容積が大きくなれば、それだけ暖めるのに苦労するからだが、
部屋の間をつなぐ廊下は、そもそも暖かくすること事態が放棄されてるため非常に寒い。

「うぅ……。こっちで見かけたって話だけど」

シーフゥを探しているのだが見つからない。
二週間後に催される王妃の23歳の誕生日祝いに、
シーフゥもゲストとして一緒に出席してもらおうと伝えるつもりだった。
とにかく百聞は一見、王妃も実際に間近で見て、できることなら会話すればいいのだ。
おそらくサウラも二次会からなら出られるはず。
両者に遠まわしな確執があっても、それほど悪い結果にはならないような気がしていた。

「うん? 昼間から風呂? 風邪でもひいたのかな」

皇国では風邪をひいた場合、
海草を煮出したお湯を大量に飲んで風呂に入り、汗を流すのが一般的なやり方。
掃除をしてるのかと思ったが使用中だ。
ここで待つには寒すぎる。
使用中の札が掛けられてる扉を開け、脱衣場で待つことにした。

「失礼、ごめんよ……えっと……サウラさん?」

独特の、身体に巻きつけて結んだり金具を留めるタイプの服はサウラのものだ。
そしてそれがここにある。
シーフゥのものらしき侍従の服も同様だった。
耳を澄ませば、二人の声も微かに聞こえる。
セドルは迷った。ここで引き返すべきか、それとも中へ足を踏み入れるか。
いや、後者はない。
ならばさっさと引き返すべきなのだが、足が踏みとどまることを選んでる。
あの濃厚なひと時が、シーフゥとの間で起こっているのなら羨ましい。
仄暗い嫉妬の念すら湧く。

(どうなんだろ。本当に……。でも実は姉弟とか……)

好奇心と期待、いけないと思っても両者が歯車となってセドルを前に動かす。
最後まで迷ったが、少しだけ戸を開けて覗いた。

********************

シーフゥは腕に力をこめサウラを抱き、口いっぱいに乳房をほおばる。
女性の豊かさの象徴は男を誘惑する先鞭を果たしていた。
次第に滑るように先端のつぼみに吸い付く。
腕の中のサウラが震える反応に、
舌を巻きつけ、また吸い付くのを交互に繰り返した。

「ああん、あふぁ……」
「ちゅうぅ、んん。はあはあ、美味しい。なんでこんなに甘いんだろう」

舌では飽き足らず、たまに甘く噛んだり指先でつねったりする。
サウラは好奇心旺盛な愛撫に感じながら、自らも抱き寄せて催促をした。
何もせずとも誘惑せずにはいられない乳房だ。

「もう、赤ちゃんみたいね。ほら、胸だけじゃなくてね」

シーフゥの耳を甘噛みしながら囁きかける。
サウラの手に導かれるまま、下半身の熱く湿った箇所へと指を沈める。

「あふぁ……そこ」
「ここがすごく熱いよ。うねってる」
「そこに……今度はシーフゥの、あん!」

すでに屹立とした男根を宛がったが上手く入らず上滑りした。

「ここに、僕のを……いいんだね」
「ふふ、焦らない。今のあなたは男娼よ。まだ……あぁそれ、たっぷり感じさせて」

堪らない熱情に、乳を舐めながら性器へと指で開き、
中をかき回し、ぬらつく蜜の濃度を高めていく。
指に感じる熱さが増すたびの、己の股間も同調するのだった。
硬く芽を出した突起を弄ると、一際高い声で喘ぐ。

「サウラのここも……気持ちいいんだね」
「はあっ、あぅんん……」

本当なら挿入したくてたまらない。
入れて、突いて、掻き回して、自分自身を注ぎ込みたい。
だがそれは彼女の許しがあってこそ。

「このまま……湯船に入りましょう」

シーフゥはうなずき、サウラの腰を抱いて一緒に湯へつかる。
何度もキスをして、今度は腰を浮かべて性器に接吻した。
身を捩じらせ、ふちへと這い上がるサウラを追うように捕まえ、舌をねじ込んでいく。


セドルは隠れながらそれを覗いていた。
サウラの甘い声が聞こえる度に、溜まった唾を飲み込み実体のない愉悦に身体をくねらせる。
反響音となって木霊するのは声だけではない。
水の跳ねる音、すする舌の音、そして音が止むとゆっくりと湯をかき分けていく音がした。
もう愛撫は終わり、今にも本格的な性行為の始まりが待っていた。
飢えた牡が獲物をモノにする瞬間だった。

シーフゥはお湯とは違う、ぬめりと暖かさを味わいつつ、腰を跳ね上げた。
仰け反る背中に手を回して支え、眼前に揺れる乳房を眺めながら深く浅く結合する。
お湯の浮力が重力を適度に殺し、補助してくれる。
力こそないもの、勢い有り余るシーフゥには最適な状況だった。

「はあはあ、こんなに……」
「やぁん……んん、はあっ、激しいわ」

サウラの方から優しく接吻した。
唇を合わせたままゆっくりと双方の舌を味わう。
じゅるじゅると唾液を絡めて、粘膜を溶け合わせるように。

「ん……ふぅ、言ったでしょ。まずは優しく。そして自分を見失わないこと。
うふふ、初めてのシーフゥには難しい注文だったかしら」
「くっ……そうですよ。 難しい注文です」

至近距離にいながら、顔を見合わせることも出来ないほど恥ずかしく、
俯いてしまった。

「大事なのは相手と一緒に感じること。独りよがりは厳禁よ」
「う、うん」

今度は自制しながら、動きも一辺倒にならないよう腰を動かす。
膣内で肉棒が擦れるだけでも、シーフゥにとっては充分すぎるほど快感だった。
それでもサウラの反応を伺いつつ、締め付ける箇所を探って突くのは楽しい。
抱き合いながら密着し、徐々に奥へ奥へと進入を試みる。
奥へと刺激しながら、男根を強く主張するように襞に擦りつけた。

「はっ、はあっ。ん……うんそう、いいよそれ」

確かに美しいが、普段は気取って小生意気にしか思わないサウラが、
何故こんなにも愛しく思えるのか。
楽しそうに、気持ちよさそうな顔をするのを見て、
単なる快楽とは別種の温かみを感じる。
そこには一切の邪気がなく、純粋に求めるままに躍動する。


教育のため性行為についてレクチャーしているのだが、
離れて見るセドルの目には、仲むつまじく慰めあう二人に見えた。
遠く異国の地で寂しさを募らせたのか、
などどと見当違いもはなはだしいことを考えていた。
自分の時は壮絶なまでに淫らで官能的だったのに、
どこかゆったりとした温かみのある二人に妙な寂寥感を持ったのだった。

「いかんなあ……」

我が身を振り返り、このまま覗くのは悪いと考えた。
とりあえずこのまま居るのはまずい、
貴重なサウラの裸体を見ていたく思ったが、身体ごと剥がすようにして引き返した。

サウラは外にあった人の気配が消えたことを察知した。
足取りからして、おおよそ誰であったかもわかっていた。

「ん……ねえ、最後はシーフゥの好きにしていいわよ」
「はあっ、はあ……。はい」

冷静な心を取り払ってみるこの瞬間にぞくぞくする。
殻にちょっとひびを入れてみるだけで、自ら割って出るような熱い魂。
自分を焼き焦がすものが何か知るのは重要だ。
シーフゥがサウラの脚を抱えて大きく股を開かせる。
このまま最後までするつもりで、強い律動を始めた。

「はあん、はあぁ……アん!!」
「もう、ふう、イきそうです」
「ひゃん、いいわよ。好きにして……」

眼前で上下に揺れる美乳、きつく締め付ける蜜壷。
淫らさと愛しさが渾然一体となって欲情の炎を燃え上がらせた。
次第に小刻みに動き、やがて大きく挿入して射精した。
シーフゥにしてみれば初めての体験だった。
空恐ろしいほどの勢いで鈴口から迸る精液。

「サ、サウラさん……」
「うん、あぁぁ……出てるのがわかるわ」

罪悪感に苛まれながらも、この快楽には勝てない。
膣内で留まりながら尚も突き上げ、胎内へと精を注いだ。
ようやく終わったのを感じ、いそいそと腰を引いて結合を解いた。
お湯にぽたぽたと白いものが垂れて落ちるのを見て、
何かよくわからない敗北感がじわじわと湧く。

「ふふ、たくさん出したわね。でも相手の許可なしに、中に出してはダメよ」
「はあぁ、はい……」
「まあ今日はこんなところ。技術的なことは追々と知っていきなさい」
「はうぅ……」

シーフゥは恥ずかしくて、顔までお湯に沈めた。

********************

サウラは鏡の前に座って、シーフゥが髪を梳くのをじっとしていた。
中々手際よく、かつ気持ちもよい。

「ふんふん、さすがね。自分も手入れしてるからかしら」
「いえ、前に湯浴み場で小遣い稼ぎをしていたので」
「ふーん、意外に苦労してるわね。あなたの家ってそんなに貧乏だったかしら?」

パザンの羽振りは良い方だったし、確か兄も私塾経営兼講師という、
金持ちでもなければ出来ないようなことをしていたはず。

「貧乏ですよ……。実際月謝を払ってる人はほとんどいないそうですし。
僕が叔父さんの下で働いてるのも、もしかしたら支援の見返りかもしれません。
でも父が楽しそうにしているのを見ると、叔父さんは何も言えないそうです。
町の皆が読み書き計算できるのは自分のおかげと豪語してますし、
感謝されてるところは本当に嬉しそうですから、わかる気もします」
「ふふ、それならなおのこと篭絡して、進んで貢がせるくらいにさせてやりなさいよ」
「あはは……」

今の話を聞いて、そういう発想しかわかないサウラに、
シーフゥはただ乾いた笑いをするしかなかった。

「シーフゥ、先に行って今日はもう休みなさい」
「はい。そうします……」

正直、ゆっくりと眠りたい気分だった。

シーフゥが去り、サウラも自室に戻ると侍従から手紙を渡された。
読むまでもなく、別棟の王室が住むところへと赴く。
セドルが何をしていたか、サウラにはわかっていた。
扉のそばに控えていた侍従に来訪の旨を伝え、許可が下りると続く通りから室内に入る。
セドルが椅子から立ち上がるのを見て、サウラも一礼をした。

「サウラさん。ゆっくりされているところをお呼びしてすみません」
「いえ、殿下のお呼びとあれば、いつでもはせ参じますわ」

セドルは社交辞令にも関わらず、嬉しさと期待を感じざるにはいられず、
そんな自分を恥じて顔が熱くなる。
なぜなら彼女を呼ぶということは、即物的に言えば伽の時に通ずるからだ。
サウラもその反応がわかったらしく、妖しく微笑んだ。

「相談なのですが、2週間後にアズメイラ王妃の誕生会があります。
それで相互理解のため、今度はシーフゥくんを王妃に謁見をしてもらおうかと思います。
勿論私も全面的に協力いたしますが、サウラさんから見て何か問題ないかとお聞きしたのですが」
「あらっ、そういうことですの……」

手紙を受け取った時点から身体を要求するものだと思っていたため、
覗きをしていたわりには、一線を守る我慢強い性格だと感じた。
とは言え、表情の裏では微妙に面白くなく少しばかり傷ついたサウラだった。
まあ予想とは違っていたが、それはこちらにとって好都合な提案である。

「問題なんてありませんわ。
私もシーフゥを社交の場に出せないかと思ってましたところ。
殿下のご協力、痛み入ります。
それで私からも、少々申し上げにくいご相談なのですが……」
「どうぞお気になさらず言ってみてください」
「はい。どうせならシーフゥを王妃に売り込めないかと思いまして。
小姓でも男娼でもよろしいので、傍で世話をさせてやってほしいですわ」

これ以上ないストレートな要求に目が点になったセドルだった。

「ははは、それは面白いです。
さすがに難しいでしょうが、
仲良くなれればチャンスはあるかもしれませんね」

嫌っている一派を傍に置くなど、王妃の性格からして絶対に考えられない。
険悪感を解消するのも難しいのに、あるわけがないという笑いだった。

********************

その晩、疲れて安らかに眠るシーフゥの邪魔にならぬ場所で、
パザンとサウラは話し合う。

「よっぽどお楽しみだったようだな」
「まあね。素質あるわよ、あの子」

言われた方はかなり渋い顔をする。

「そんなこと言われても嬉しくないがな」
「あら、甥っ子の隠れた才能を引き出してあげたのよ。感謝なさい」

もう少し経験と年月があれば、最高の女たらしになることも可能だろう。
本人が望む可能性は低いが。

「そうそう、セドル王子も協力してくれるようよ」
「もしかして話したのか?」
「話したわよ。苦笑いしてたけど、別に構わない様子だったわ。
まあ実の母親ではないのだから、どうでもいいんじゃないかしら」

だいたいセドルは本気で狙っているとは夢にも思っていない同意だった。
もう少しサウラの性格を知れば、大真面目に言っていると理解でき、
なおかつ勝算があるとすら思っているのがわかる。
そして長年付き合いがあるパザンにはわかっていた。

「信じられんな。罠じゃないのか?」
「王子が私を裏切る可能性はないわね」

本当はシーフゥを裏切る可能性も加味してだが、
サウラのプライドがそれをあえて無視した。

「だが仮にも王家たる人間がなあ……」
「ふふ、パザン」
「なんだ」
「私たちって一蓮托生だったわよね」

パザンはがっくりとうなだれた。

**********************

翌日パザンたちは部屋を整えた。
失礼があってはならない相手だが、サウラはのんびりお茶をしていた。

準備が整い、指定された時間きっちりに扉をノックされた。

「ようこそセドル王子。歓迎します」
とパザンが挨拶すれば、
「歓迎も何も、この部屋も殿下のものでしょ」
とサウラが茶々をいれ、
「あはは……、あまり気にしなくてもよいですよ」
とセドルがフォローした。

一人渋い顔なのはシーフゥ、
なぜなら今日の議題はいかにシーフゥを王妃に売り込むか、であった。

「僕はどう考えても無理だと思うけど」
「なーに弱気なことを言ってるのよ。
殿下も協力してくれるのだし、大船にのったつもりで行きなさいよ」

セドルは苦笑いをする。
ここに来た理由は、確かに協力することだが、
そもそもの目的はサウラと異なる。

「あの、サウラさん。私はシーフゥを……その、男娼として云々ではなくて、
単に毛嫌いと誤解を解くために、まずは仲良くしてみましょうってことなんですが」
「ですよね! ですよね王子!! ああ、本当に話がわかる人が居て良かった」
「嫌疑派の最たる人が、今はアズメイラ王妃ですから、
今回の誕生会は絶好の機会です。
向こうも失敗はできませんから、多少なり乗って来ざるをえません」

こんどはサウラが渋い顔をする番だった。

「なに甘っちょろいこと言ってるのよ。王妃を堕として金銀財宝を持って凱旋す――ぐ」
「はははは、サウラも面白いことをいうなぁ」

パザンは慌ててサウラの口を塞いでいた。
まず間違いなく、国家の準最高責任者を目の前にして言う言葉ではない。
だが終わりまで聞かなくても趣旨は理解できるに充分な情報量だ。
おそるおそるセドルを見るのだが、笑顔のままだった。

「いやあ、サウラさんって本当にすごいですね。感心します」

本当に楽しそうに破顔するセドルを見て、サウラを除く三者は複雑な顔をする。

「さ、左様ですか」(変わった王子だ)
「ある意味、同意します」(ある意味、まったく同意しません)
「……」(大物だ)
「ぷはぁ……。もう、苦しいじゃない」

ようやく解放されたサウラは新鮮な空気を吸う。
そして自分を褒めてくれた相手に、腰に手を当て人指し指を向けた。

「セドル王子、あんたはそれでいいの」
「へっ?」

突然の言い草にセドルは驚く。

「だってお母さんは、今の王妃によって望まない退位にされたようなものじゃない。
悔しいとか一泡吹かせたいとか、復讐したいとか思わないの」
「……私は」

正直なところ、思ってもみなかった言葉だった。
言われてみて、ああそういう考えもあるのだな、と気付くくらいに。
セドルは指先から視線を外し、外の風景、穏やかなというより、とても弱々しい日の光を眺める。
まだまだ春は先だが、それでも冬将軍からの安息はありがたい。

「別に悔しいとか、そういう思いはありません。
むしろ病弱な母が、公務などの煩わしい行事から解放されたのは良いことだと思います」

笑いの種類にもいくつかあるが、今のセドルは明らかに楽しい笑みではなかった。

「公式の場で、二人そろって出られないのは、やはりさまになりませんよ。
薄情とお思いですか? でもたまに見舞いに行くんです。
床についたまま立ち上がれない母を見るのは、正直気がめいりますね。
会話するたびにわかるんです。母は私をとても愛していること。
そして父へも……まあ口では悪口を言ってますが、その実私と変わらぬものを持っています。
そのつど考えるのは……どうして私を産んだのか、父は産ませたのかって……。
これが王族の勤めとはいえ、運命はむごいものかと疑問抱かずにはいられません。
せめてもの救いが、母がまだ生きていることです。だけど――」
「あ〜はい、そこまで」

ぱちんと両手を打ち合わせて話を打ち切った。
少しばかりばつが悪いサウラは、髪を指先でくるくるといじくる。
薄々感じていた、この王子が単なるお人好しという訳ではない、
我慢強いこと、弱者に対しても分け隔てのない柔軟な心を持っていること、その裏を垣間見れた。
だがそれは聞いていてあまり気分のいい独白ではない。
おそらくセドル自身も、内に抱えたまま誰にも言うことの無かった気持ちだったのだろう。
誰にも吐くことを許されぬ重荷は、目に見えぬところで少しずつゆっくりと心を押し殺す。
お互い気安く、そして所詮は外部の人間だから、ぽろりと零れ落ちた言葉だった。

「でもそれなら、なぜ私たちに仲良くさせようとしてるの。王妃と」

サウラは単に王妃に対して嫌がらせをしたいものだと軽く考えていた。
発想がすでに根本からズレている。

「……本当は皆嫉妬してるだけなんですよ。
だからそんな醜い心を払拭して欲しい。
またそんなつまらない理由で、せっかくの客人を迫害しようなんて言語道断です。
私は純粋に羨ましいと思いましたが」
「ふふん、当然よね。私の美貌を見れば」

扇を顎に添えて、さりげなくサウラは流し目を送る。
誰もが心を蕩かされる視線だろうが、今のセドルにはある種の感心をする勘違いだった。

「えっと、水を差すようで悪いですけど、そういう意味ではなくて。
いえ、言ってることは間違いではない……とも思いますけど」

シーフゥとの風呂場での一件は、間違いなく嫉妬も含んでいたが、それはそれ。
こほんと咳払いをしてセドルは仕切りなおしをしたが、
ザムーラ人一同はほぼサウラと似た意味に捉えていたため怪訝な顔をする。

「何と言うか、太陽の寵愛を受けてるのが羨ましいのです。
これはきっと、皇国の人間なら絶対に感じることだと思います」

白皙の頬を朱に染め力説した。
この国にとって、太陽とは外にあるのではなく、内に秘める熱い思いこそに使われる言葉だ。
それが外見からして発散されているザムーラ人は、皇国の人間には嫉妬するに充分な理由だった。

***********************

セドルは今や押しも押されぬ、時期国王である。
見目麗しく温厚で人情豊か、聡明で才覚もなかなか光るものがある。
異才など不要の平和なこの時代、将来の担い手としては充分な素質で誰も異論はない。
そのことを誰よりも誇りに思っているのは、
慎ましやかなベッドに横たわる国母、ティーサだったかもしれない。

「わざわざ見舞いに来なくともよろしいのですよ。多忙でしょうに」

ティーサはそっと明かりが陰るのを感じて、そう述べた。
もはや目は光の強弱を感じるだけで、物を見ることはかなわなかった。
だが今時分この部屋に来るのは息子、セドルくらいだ。

「残念でした。セドル王子ではございませんわ」
「おや? どなたですかな」

付き添いのものを除けば、おいそれとこの部屋に入ることはできない。

「そうですね……死神さんってことでどうでしょうか」

女の声で朗らかに物騒なことを言った。
だがティーサには死神など、馴染みの存在だ。
思わずくすくすと笑ってしまう。

「あらら、何が可笑しかったですか」
「お気に触ったのなら謝ります。
今の私にはただ死を待つばかりの存在、
それなのにわざわざ来てくださってご苦労なことだと思いまして」
「おやおや、生きていたくはないのですか」
「勿論生きていたいですこと。せめて息子が立派な姿で……。
いえ失礼しました。今の私には目が見えません。はあ……」

魂が抜けるような大きなため息をついた。

「そうでしたわ。一目見ることも叶わぬとは……。
これでは生きていても何か意味があるのでしょうか」
「悲嘆なさるものではありませんわ。私が枕元に立ったのも何かの縁」
「はて、縁などとおっしゃりますが、死を待つ身には必然のような気もします」

ティーサは気丈に会話のボールを投げたが返事が来ない。
しばらく沈黙が続いたが、どうやら考えことをしてるらしかった。
目的は何だろうか、死を待つ身には不思議だった。

「いいえ、やはり何かの縁なのです。本当に不思議ですから。
私という存在が、わざわざ風と海の偶然でこの地に来たこと。
たまたま会った人の中に、神に近い古い血脈が今も残っていたこと。
そうして関わりを持ち、私が望まぬ力が戻りつつあること。
その解放の場が、都合よく用意されていること。
ここまでくれば、人ならざる私ですら、全ては運命の輪の中か……と思ってしまいます」

女はティーサの手を取り、両手で包み込む。

「もしもあなたが春までご存命なら、私は去ります」
「それは……」
「ふふ、あなたに春の日差しが照らすとき、死の影も払われるでしょう」
「どういう意味で……」

影の女はそっと囁く。

「強く生きたいと望むことです。人が、人であるからこその力。
それは神も、精霊も、自然も、全てを凌駕するような強い望みを持つことができること。
希望、渇望、時として狂気にすら置き換わる欲望、
それを悪魔の仕業だと言うものもいますが、私は一概にそうとは思いません。
まずは生きること、あなたがそれを望みとして持てるのなら、
それはきっと心の内に花を咲かせることができると……そう強く信じてください」

女はそっと手を放した。
だが人肌の温もりは不思議と消えない。

「それではまた、春にお会いできると信じてますよ」

手に伝わるぬくもりが全身へと広がっていく。
すると自然と眠くなった。
普段から横になってる所為もあって、普通眠気など有って無いようなもの。
欲求に従うまま、ティーサは熟睡した。
眠ったまま目を覚まさない恐怖に怯えることもない、深い眠りだった。






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