救急初療室
シチュエーション


ただひたすらに酸素を求め、喘ぐ。
その度に私の喉、胸、背中が、ぜぇぜぇと悲鳴をあげる。
呼吸をする、そのためだけに身体中に力が入って、あちこちが痛い。
夏でもないのに身体中が汗ばんでる。

『こんなに苦しいならいっそ、殺して・・・』

何度そう思ったかわからない。
でも、何かを伝えようとしても苦しくて話せない。
喘鳴に掻き消されて言葉にならない。

あの夜私は、総合病院の救急外来で処置を受けていた。
何度経験したかわからない、いつもの発作。
でも、今日はいつもと違って吸入をしても楽にならない。

「ユキちゃん、大丈夫だからね」
「頑張って!」

救急医や看護師さんの言葉も、何だか遠くに聞こえた。
酸素濃度を示す数値は、90を切っている。

「呼吸器科の先生に連絡して」

救急医が看護師に指示する。
同時にすぐさま酸素を投与しつつ、気管支を広げる点滴をする事になった。

呼吸器科の先生が病棟から下りてきた。

「ユキちゃん、まだしんどいかな?」
「ん・・・。」

私は頷いた。

「失礼するよ。」

先生は、私の病衣の合わせの紐を解き、胸に聴診器を当てる。
反射的に胸を手で隠そうとしたけど、その手を先生に軽く押さえられてしまった。

「しんどかったね。すぐに良くなるから、頑張って。」

私にそう言って、看護師さんに何やら指示を出している。
気休めかもしれないけど、その一言が嬉しかった。
先生の胸元のIDカードには『南村 有』と印字されてある。
私・南村ユキの伯父だ。

小さい頃、私は

「有さんとけっこんするの!」

が口癖だったと姉から聞かされた。
忙しくて滅多に会えないけど、笑顔が印象的な有さんが大好きだった。
でも。
16歳になった今、その気持ちが完全に消えたと言えば嘘になる。
現実では無理だと、頭ではわかっているのに。
それでも、人助けのためにお医者さんになった優しい有さんは、私の憧れの人。
だから今日も『有さんなら助けてくれる』と自分に何度も言い聞かせた。
事実、処置のおかげで症状も少しマシになってきた。
酸素濃度も92〜94に上がってきている。

呼吸困難が次第に和らいでいくにつれ、私は自分の状態を客観視できるようになってきた。
鼻には酸素を送るためのカニューレ、腕に点滴の留置針。
指先と胸にはモニタに繋がれたコード。
モニタには私の心電図波形と酸素濃度が継続的に映し出される。
全身を拘束されて、何だか私、実験動物みたい。
発作で苦しんでいた必死の形相、ぜぇぜぇし過ぎて涙ながらに嘔吐してしまった跡。
有さんにこんな姿、見られちゃった・・・。

そんな自己嫌悪と羞恥心、救急処置室という非日常。
呼吸困難で少し頭がどうかしていたのかもしれない。
昔から体調が悪い時にぼーっとしてへんなきもちになる、その正体が掴めそうで掴めない。
或いはこの状況で、眠っていたマゾヒズムを喚起されてしまったのか・・・。
処置ベッドは、カーテンで仕切られている。
私は掛け布団を胸元まで被せ、唯一自由の利く左手を、病衣の下にしのばせた。

初めて見る、医師としての有さん。
身体を見られた。胸元に触れられた。手首を押さえる、大人の男の人の力。
優しい声。私に向ける温和な表情。

私の指先は、先程触れられた胸元を探っていた。
診察のためとはいえ、ここを、有さんが・・・。
若干、呼吸が苦しい。でも私の身体が、この動悸に、勝てない。
一通りその辺りを触っているうちに、人差し指の腹が、胸の先端を捉えた。
びくりと身体が反応する。

ここは救急処置室。私は要経過観察の患者。
こんな事をしたらまた苦しくなる、そんなのわかってる。でも。
利き手である左手が、理性と切り離される。

我慢の利かない指先が、恥ずかしいトコロを捉える。

「く・・・ふ、あぁっ」

声が抑えられず、私は慌てて病衣の腕の部分を噛んだ。
私はまだ16歳。男のひととの経験も無い。
だから、そういう知識はよくわからなかった。

「ん・・・っっ」

暗中模索状態で、いちばん気持ちいい部分を探っていく。

(何だろう、コレ・・・)

ぬるぬるしたものが、指先にたくさん絡みつく。
その指で前のほうを触れると、身体と脚が勝手にぴくぴくしてしまう。
そこには、小さい豆のようなものがあった。
ぬるぬるを潤滑剤にして、指の腹で優しく擦ってみる。

(有さんにこんなことされたら、わたし、どうなっちゃうんだろう・・・)

頭がおかしくなりそう。涙が出てくる。
胸がどきどきする。呼吸が荒くなる。
私は自分の立場も忘れかけ、快感を求めていた。

「ヒュウ・・・」

自分の呼吸の音で我に返り、青ざめる。
点滴で抑えられていた発作が、『激しい運動』によって再び出てしまったのだ。
そのうちに激しい咳が止まらなくなり、看護師さんが慌てて飛んでくる。
私は震える手で乱れた病衣を直し、指先をシーツで拭った。
こんな非常事態でも、さっきのことは絶対に知られまいと必死だった。

「ユキちゃん、どうしたの!?」

話ができない。代わりに、ぜーぜーと異常な音を立てて呼吸をする事しかできない。

「先生!南村ユキさん、発作です!!」
「脈拍124、サチュレーション89です」
「おかしいな・・・ユキちゃん、何かした?」

私は慌てて首を振る。自業自得。今更ながら、恥ずかしい。
有さんが気づいてるんじゃないか、怖かった。
酸素を調節してもらって、点滴をもう1本入れるうちに、症状は良くなってきた。

だけど、困った事が起きた。
トイレに行きたくなってしまったのだ。
ナースコールのボタンを押すと、看護師さんが来てくれた。

「どうしたの?苦しいかな」
「いえ・・・あの、トイレ・・・」
「あ、ちょっと待っててね」

発作の時は歩く事もままならないから、看護師さんに支えてもらうか
車椅子で、処置室内のトイレに連れて行ってもらっていた。
だから、今日もそうだと思っていたのに・・・。

しばらくしてからベッドサイドに来たのは、有さんだった。
有さんは少しかがんで、私の目を見て言う。

「ユキちゃん、さっき、一旦治まりかけた発作がちょっと酷くなったよね」

トイレに行きたいだけなのに一体何だろう、と思いながらも私は頷いた。

「今の状態では、ベッド上から動かないほうがいいと思う。
トイレのほうも、症状が落ち着くまで、おしっこの管を入れるね」

黙ってるのは、わかりました、っていう事と同じなのかな・・・。
でも私には、それが意味する事も、何をされるかもわからなかった。
ベッドから離れた有さんと入れ替わりに、さっきの看護師さんが入ってくる。
そして・・・『処置』の準備が進むうちに、自分の顔がこわばるのが感じられた。

たすけて。こんなの、いや。今すぐこの場から逃げ出したい。
発作を起こして医療機器に繋がれているこの状態で、そんなことできないのはわかってる。
私は今、病衣の裾をまくり上げられて、家族にさえ見られた事のない所を蛍光灯の下に晒している。

「ユキちゃんいいかな、下着、取るよ」

看護師さんの言葉に抵抗する術は無かった。

「お膝を立てて、脚を開いてね」

そんな事、できないよ・・・。
看護師さんに目で訴えても、慣れた手つきでぐっと脚を開かれてしまった。

「先生、準備できました」

この姿を有さんに見られるなんて・・・。
脚を閉じたいけど、看護師さんに押さえられてそれもかなわない。
呼吸を楽にするためにベッドを起こしてあるから、処置する所も視界に入る。
恥ずかしすぎて、とても直視できなかった。

「大丈夫。すぐに終わるよ」

有さんは手袋をはめた指で、私のアソコを開いた。ぜんぶ、見られてる。
いや、と抵抗する間も無く、

「ちょっと冷たいかな」

と、ピンセットで挟んだ綿球で、開いたその中を丹念に拭かれる。

・・・恥ずかしいなんてモノじゃない。私は目をぎゅっと閉じて、唇を噛んだ。
看護師さんが、大丈夫よ、我慢して、と手を握ってくれる。

でも、身体の反応は、逃げ出したいという感情とはまた別のものだった。
少し前に自分で触ってきもちいいと思った所を、有さんが触れている。
なんでだろ。拭いてもらってるのに、ぬるぬるがたくさん出てる。
おしりの辺りがむずむずする。
腰がぴくっと動いてしまって、有さんに「じっとしててね」と注意された。

ぬるぬるが収まらないので、何度も何度もそこを拭われた。
拭くたびに綿球を替えて、優しく、中をなぞるように。

「ちょっと汚れてるから、きれいになるまで拭くからね」

そんなこと言わないで・・・恥ずかしいよ・・・。

消毒が終わっただけで、呼吸が乱れてる。でもこれはきっと、病気のせいじゃない。
有さんは、細いチューブをピンセットで挟んで、もう片方の手でそこを押し広げた。

(それ、何?)

見たことのない医療器具。何をされるのか、急に怖くなってしまった。

「ちょっと痛いかもしれないけど、すぐに終わるから頑張ろうね。
尿カテ入れるよ。力を抜いて、深呼吸して」

有さんに言われるがままに深呼吸を繰り返す。
けど、怖さと恥ずかしさで、呼吸が浅く、速くなってしまう。
その瞬間、おしっこが出るあなの辺りに強烈な違和感を感じて、私は声にならない声を上げた。

「い・・・っ!!」

看護師さんに身体を強く抑えられた。

「動いたら危ないよ。ちょっと辛いけど我慢してね」

有さんがなだめるように言う。危ない?わたし、何されてるの?

「く、あぁ・・・痛い・・・痛いよぉ・・・!!」

『痛い』とは少し違うけど、咄嗟に出たのは『痛い』という言葉。
言葉で表現できない違和感と、何をされているかわからない恐怖。
そして、自分でも見た事のない部分を見られている恥ずかしさで、大粒の涙が止まらない。

「うう・・・っ」

こんなに泣いてよく発作が起きないな、と、自分でも不思議に思う。

「お疲れさま、痛いのはもう終わりだよ。よく頑張ったね」

処置の続きを進めながら、有さんは私に笑いかける。
恥ずかしい部分を見られて、処置の苦痛に泣いて・・・。
それもよりによって、その処置をしたのが、ずっと憧れてた有さん。
私は優しい言葉に答える余裕も無く、ただ頷いて涙を流した。

処置が終わっても不安な表情をしてる私の頭を撫でて、有さんは、

「もう痛い事はしないから。初めての事でびっくりしちゃったね」

と微笑む。
心が落ち着かない。ほんとうはもっと撫で撫でして欲しい。
でも、有さんに子供だと思われるのもなんだか悔しい。

「平気だよ。わたし、もう高校生だもん」

ついつい強がった態度を取ってしまった。
有さんはくすっと笑う。

「胸の音が綺麗になって、身体の状態が安定するまで、このまま経過観察するね。
何かあったら、すぐにこれで知らせて」

と、ナースコールを私の手に握らせてくれた。

酸素濃度は95。
健康な若い人が精一杯息を止めても95が限界って聞いた。
この状態に慣れてしまってる自分が悲しい。
成長すれば治るよ、って言われて、もう16歳になってしまった。
私の病気は治るのかな。
患者が私しかいなくなった明け方の救急処置室を見渡して、そんなことを考える。

「有さん、私・・・」

言いかけた言葉を飲み込んだ。

「どした?」
「ううん、何でもない」

また泣きそうになって、慌てて言葉を打ち切る。

「大丈夫だよ、ここは病院だから。しんどくなったらすぐに助けてあげる」

助けを求めて縋る私の手を握り返してくれた、大きな手。

(ひとの手って、こんなにあたたかいものなんだ・・・)

病気になったことで知りえたことも、あるのかもしれない。
わたしもいつか、そんな優しい人になれたらいいな。


おしまい。






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