病弱な少女と医師の物語
シチュエーション


カタカタ、カタカタ。

ベッドの上に起こした体をクッションで支え、病人用のテーブルの上のノートパソコンを操る。
病気がちな彼女を心配した両親が、少しでも外の世界に触れられるようにとプレゼントしてくれたものだ。
通信教育も受けられるし、同じ病気の人たちともブログやSNSを介して話し合える。
気分のよい日にはこうして長い時間をネットに費やしている。

その日はたまたま、よく利用するサーチエンジンの中から新たな創作サイトを探していた。
ネットで発表される恋愛小説を読むのも彼女の趣味の一つ。
年頃の少女として、彼女も恋愛への興味も憧れも人並みに持っている。
読みたい本は母親に頼めば手に入ったが、ティーンズ向けのものであっても恋愛小説をお願いするのは気恥ずかしかった。
結果自分でネット上の作品を探すこととなり、それを読むことで想像を広げて楽しんでいる。
サイト紹介が並ぶ中に“病弱な女の子の恋愛小説”とあるのを見つけ、彼女は強く興味をひかれた。
学校は休みがち、もちろん習い事も続かない彼女は極端に人と接する機会が少ない。

『病気がちな子は、どうやって恋をするんだろ?』

自分にもこんな恋が訪れるんじゃないか、そう思える小説だといいなとそのサイトのURLをクリックした。

「…え」

途中までは、入院中の少女とエリート医師の出会いに胸を高鳴らせていた。
重い病気に苦しみながらも周囲には明るく振る舞うヒロインに、医師は徐々に惹かれるようになり
二人はついに気持ちを通わせる。
しかし、その後は夜の個室でキスを交わし、ヒロインのパジャマが脱がされる、と話は展開されていった。
驚いた少女は、サイトに入る前に年齢確認を求められたのを思い出した。
深い考えもなく実年齢より上の「18才以上」をクリックしてしまったが、ここは官能小説を公開するサイトだったのだ。

『やだ、気づかなかった…』

これ以上は読んではいけない、そう自分を戒めるが展開が気になって画面から目が離せない。
今やヒロインは医師の前に晒された裸身をよじり、その貧弱さを嘆いている。
その気持ちは彼女もよくわかった。着替える際に自分の体をみて、あまりの細さに情けなくなることがある。

『肋骨も鎖骨も浮き出てるし、二の腕も華奢っていうよりゴツゴツだもん』

実際に自分のその部分を体を触ってみる。白く薄い皮膚の下に、細い骨の感触が伝わってくる。

『…それでも、きれいって言ってくれる人いるのかな…』

小説の中では、医師がそうヒロインの耳元で囁き、体を隠す腕を取り、ヒロインをベッドへと倒している。
首筋へのキス、肩を暖めるように手を添え、鎖骨の間に舌を這わす。
いつしか彼女の指は、医師の唇の動きを追うように動いていた。
まるで愛撫を受けているヒロインと同化したような感覚。
開襟の隙間から胸元へ、さらに下へと指を進める。

『胸の膨らみに沿って…そっと、くすぐるように…』

むず痒いような、くすぐったいような波が広がっていく。
体つきのわりに豊かな胸の谷間に差し掛かるとゾクゾクと身を震わせた。
もう少し下の方まで…とパジャマのボタンをひとつ、ふたつ、外していくとひんやりとした空気が素肌を刺激する。
頭の隅に追いやられていた禁忌の意識が戻りかけたが、指の動きを止めることができない。

『それまで肩におかれていた手がそっと胸を包み…さするように…』

手のひらの中央に、堅くなり始めた乳首があたる。
少し力を入れると先がこすれ、直接的な刺激にさらにその存在感が増す。
震えた肩からパジャマが滑り落ち、片方の乳房が完全に露わになった。
それすら気づかずに彼女はより大きく手を動かし続ける。

「ふぁっ…!」

長く伸びた髪が偶然、敏感になったしこりに触れた。
思わぬ刺激に声を上げる。
慌てて口を押さえ、ドアの向こうの気配を探る。
しばらく待ったがなにも起こらない。階下の母には聞こえなかったようだ。
ほっと息をつきパソコンの画面に目を戻すと、おりしもヒロインも自分のあげた嬌声に戸惑っているシーンだった。
さらにヒロインの声を引きだそうと、医師の指が乳首を捉え、やさしく撫でさする。
描写を読みながら再び目をとろんと潤ませた彼女は、今度は声が漏れないようにと、
胸をいじるのとは逆の手をあげ、袖口を噛む。
医師の指の動きは段々と激しくなり、2本の指で挟んで転がし、軽く摘み

「は……んぅ…」

色づいたヒロインの胸の先端に、唇を寄せて柔らかなキスを落とす……

コンコン。

突然のノックの音に、言葉通り飛び上がった。
慌てて胸元を合わせ、思い通りに動かない手でもどかしくボタンをとめる。

「沙希、起きてる?

工藤先生がいらしたわよ」

「は、はぁい!ちょっと待って…」

インターネットのブラウザを消し、ボタンを掛け違えてないか確かめる。

「なんですか、先生をお待たせして」
「起き抜けだったから髪を直してたの。」

入ってきた母親に、いいわけ紛れに髪に手を伸ばし、手櫛で整える。
その後ろから長身の男が姿を表した。

「遅くなってごめんなさい、先生」

今や珍しくなったが、往診を行う医師は僅かながら存在する。
しかしその中でも20代の若さで、クールな雰囲気が漂う彼のようなタイプはめったにいないだろう。
挨拶もそこそこにベッド脇の椅子に腰をかけ、彼女の顔をのぞき込む。

「顔が赤いね。熱は?」
「全然ないです!大丈夫です」
「一応、体温と脈取らせて」

まさかイヤとも言えず、いわれるがままに体温をとるために髪を耳にかけ、脈をとるために手首を預ける。

「…なんかこぼした?」

パジャマの袖を捲り上げた医師に問われ、首を傾げる。

「いえ、何も?」
「少し濡れてるようだけど」

その指摘に、先ほどまで噛みしめていた場所だと思い出して、さらに顔が赤くなる。

「あの、さっき口元拭ったから」

苦し紛れについた嘘を気に止めるでもなく医師は手際よく仕事をこなし、問題なしと診断を母娘に告げ帰って行った。

数日後。
あれに懲りて問題のサイトの閲覧は避けていたがどうしても好奇心が抑えられず、
誰も部屋を訪れる心配のない夜中になるのを待って彼女はパソコンを立ち上げた。
緊張しながら、前回と同じ手順で例のサイトを探し当てる。

『確か、こんなタイトルだったっけ』

うろ覚えの作品タイトルをクリックしたが、それは目的の作品とは違っていた。
病弱なヒロインの設定は同じだが、舞台は自宅で医師が訪ねてくる展開だった。
ヒロインの部屋で二人きりになり、初めは熱がありそうな彼女の様子を心配していたが
不自然なほど狼狽えるヒロインの様子に医師は不審を抱く。

――――

“これ、どうしたんだ?”

男は少女の袖口が濡れているのに気づき、手を取って持ち上げた。

“寝起きに口元拭いた時に…”

赤く染めた頬の色がさらに深くなる。
あからさまな言い訳に男は少女から見えないように口の端で笑った。
眠っている間に唾液が流れることはあるだろうが、袖口で拭うなどこの少女には似つかわしくない。
脅えたように身じろぎする少女の様子に気づかない振りをして顔を近づけると甘い汗の香りが漂ってきて
男は自分の想像が事実だったと確信する。
顔を背けた少女の耳元に、息を吹きかけるようにして囁いた。

「今までひとりでなにしてた?」
「………」
「喘ぎ声堪えてたんじゃないのか?」

――――

……まさか。
余りに似通った状況に、頭の中が混乱する。ほとんど再現と言っていい。

『けど…どうして…?』

めまいを覚えてヘッドボードに背を預ける。

『あの時部屋にいたのは、私とお母さんと先生だけ。
…先生…?』

あの無口な医師が小説を書いた上ネットで公開するなんて考えられない。
しかしただの偶然の一致とするのも、可能性の低さはほぼ同じくらいだろう。
さらにこの作品につけられた公開日はあの出来事の日のあと。タイミングまで合いすぎる。

『先生…気付いてたの…?』

ショックで意識が遠のきそうになる。
暗い室内で唯一光るパソコン画面が、彼女の顔色を一層青ざめさせた。

同時刻。
彼女の母親もまた、パソコンに向かっていた。
先日公開したばかりの、病弱な少女と医師の物語に対し掲示板に感想が続々と寄せられている。
その一つ一つを読み、丁寧にレスを返しながら、心の中でひとりごちた。

『虚構の世界ででもいいから、病弱なあの子に恋を知ってほしくて書き始めたのに
結局18禁小説になって、あの子に読ませられなくなっちゃったわね。
そう言えば、この間の濡れた袖口。
ネタに使わせてもらったけど本当はなにが原因だったのかしら?』

ふと浮かんだ疑問にキーボードを叩く手を休める。

「…せめて涙を拭いていたのなら盛り上がったでしょうにねぇ。」

涎を拭いてたんじゃロマンスも何もあったもんじゃない、と母親は肩をすくめ、
再びパソコンへと注意を戻した。






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