できる限り一緒にいたい(非エロ)
シチュエーション


何度と通ったリノリウムの床を踏み、何度と通った道を辿り、何度と叩いたドアの前に着く。
形式的にこんこんと三回ノックをすれば、「……入っていいよ」といつもの答えが返ってくる。

「おはよ」
「……おはよう」

明るく挨拶をする俺とは対象的に、ベッドの上の彼女は鬼もかくやと言わんばかりの渋面だった。

「ねぇ享くん、今日は月曜日だよね?」
「そうだな。週の頭の月曜だ」
「……。今、朝の十時だよね享くん。私の言いたいこと、判ってくれるといいんだけど」

いつもならもう少し白々しい会話が続くのだが、今日は相当お冠のようで早々に彼女は尋ねて来た。
俺はわざと取り合わないでおく。そういう性分なのだ。

「いやあ、創立記念日だよ創立記念日。ガッコ休み」
「今月になってもう五回目だよね、創立記念日」
「なんでも昭和の頃に週一で建て代わってたらしいんだ。付いたあだ名が週刊高校」
「……もういいよ」

これ以上ない呆れ顔で彼女はため息をついて、観念したように改めて俺の方に向き直る。

「何で学校サボってまで来るかなぁ……」
「愛だよ愛。ラブパワー全開だよ俺」

またそんなこと言って、と頬を染めながら拗ねる彼女の名前は柊佳織。
彼女はうまれつき病弱な体質で、病院と二人三脚の人生を送って来ている。その間に割り込もうとする不埒な輩がいた。
それがこの俺、御崎享の簡潔な現状だ。
たまたま委員長だった俺が佳織と出会い、病室に通い出してもう三年になる――。
佳織は手元のカーディガンを羽織ると、ベッドから下りて来て俺の前に歩み寄り、仁王立ちしてこう言った。

「つべこべ言ってないで、今から学校に戻りなさい。まだ三限には間に合うわよね」
「気にすんなって。出欠は大丈夫だからさ」

そう言うと、まだ何か言いたげな佳織の躯を抱きしめる。ひどく華奢で、今すぐにでも雪のように崩れてしまいそうだ。

「ちょっと、やめようよ享くん、いきなりは私恥ずかしい……」
「愛をつべこべとか言われては男が廃るかなー、と」
「廃らないから安心して、ほら」

なだめてやめさせようとする佳織。いつも他人の心配ばかりして、佳織を心配する身にもなってほしい。いつもそうだ。
いったん離した後、今度は抱え上げてベッドまで運んでやる。

「明日手術なんだしあまり動いて何かあったら大変だろ」
「……うん」

佳織の顔はもう真っ赤だ。他人に敏感なくせに自分には無頓着な彼女は、直接的な言葉に弱いのだ。俺の好きなところでもある。

「……ってちょっと、ごまかさないでよ享くん。私は学校をさぼるなって話をしてたんだけど」
「いかに俺が佳織が好きかって話だろ?」
「あのね。何度もいうけど、私のせいで享くんが迷惑したり、留年とかになるのは私が嫌なの。お見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、」

佳織らしい俺への思いやりに溢れた言葉を俺は遮る。

「わかってるよ。そこは考えてる。だから、できる限り一緒にいたいって俺の気持ちも察してくれ」
「でも……!」

堂々巡りだ。いつにもまして佳織が俺につっかかってくるのは――明日が手術だからだろうか。

「でもじゃない」
「なんでいつもそんなに私ばっかりなのよ……。お願いだから享くんは享くんのことを考えて、ね」
「やだ」

ふたたび抱きしめを敢行する。佳織硬直。黙らせるには、結局これが1番手っ取り早いのだ。

「うー……」
「心配ありがと。でも、俺にも心配させてくれ」
「もう、仕方ないなぁ……」

お姫様は渋々と、俺の背中に手を回す。






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