だから(非エロ)
シチュエーション


やだっ
だって
だって…外にはコワイ人、たくさんいるもん…

わたし、ここがいいもん。
お兄ちゃんていっしょがいいもん。
お兄ちゃんがいてくれたらさみしくないから。
びょうき、なおんなくていいもん。


だから…
だから、ずっとここにいてね…お兄ちゃん。

僕だって…っ、僕だってずっとそばにいられる訳じゃないっ
僕だっていつ…



…ううん、なんでもない

やだっ
やだやだっ!

ずっといっしょだよ
ずっといっしょってやくそくしたもん!


だから…



「だからっ!」

俯いたまま彼女は語気を強める。
彼女が愛おしかった。
しかし何も言えない。
安易な慰めなど何も役に立たないのだ。
だから僕は口を閉ざしたまま彼女を見つめ続ける

「……だから」

今度は弱々しい声がした。
彼女は多分泣く寸前なのだろう。
本当に僕はなんてことを言ってしまったのだろう。
自己嫌悪と彼女への罪悪感で胸が痛くなる。

「だから…………、お兄ちゃんの心臓をちょうだい」
「え」

何を言われたのかわからなかった。
思考が停止した瞬間に彼女の体が跳びはねて僕を突き倒した。
衝撃で息が詰まり体を動かせなくなる。
その隙に彼女は僕を拘束してしまった。

「お兄ちゃんは私の中で生き続けるんだよ」

僕に馬乗りになった彼女の目は煌々と輝いていた。
ああ、彼女は化け物になっていたのか。

「それじゃ、いただきまーす」

そんな間抜けなことが僕が最期に頭に浮かんだことだった。

「って話を聞いてきたんだけど」

何か話をしてほしいという彼女に、
僕は永年勤めている看護師さんから聞いたこの病院に伝わるという怪談を話してみた。
話し終えた僕は情緒たっぷりに話すために壁に向けていた眼を彼女の方に戻した。

「…………」

固まっていた。

「…………!」

小刻みに震え始めた。

「すぅぅぅぅぅぅぅ……」

息を吸っている。

「ばかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

叫ばれた。
大声に耳に痛みと共にキーンという音が訪れる。

「病室では静かにしないと」

叫び終えた彼女に耳を手でふさぎながら注意する。

「誰のせいかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

今度は声と共に襟を掴まれ前後に揺すられる。

「やめっ、舌かっ、首っ、やばっ、」

何度も揺すられたが何とか舌も首も守れた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「はい、水」

息の荒い彼女に水差しで水を注いだコップを差し出す。

「んぐっ、んぐっ、んぐっ、はぁ……」
「大丈夫?」

コップを受け取り言葉をかけたら、今度は睨まれた。

「ほんっと信じられない。怪談なんて話す普通」
「何でもいいって……、はい、ごめんなさい」

お見舞いに来た僕に、
何でもいいからなんか話して、
と彼女が言ったので怪談を話してみたのだが不愉快にさせてしまったようだ。

「むーーーーーーっ」

彼女は怒って膨れている。
その様子は結構可愛いけど、指摘するとまた怒りを買うので黙っておく。

「えーと」

どう謝ろうか?
僕がそれを考えようとしてきょろきょろ見回していると、

「ケーキ」
という声がかかった。

「え?」
「だからケーキ。病院の売店や喫茶店のじゃなくて近くのお店のやつ」

つまり、ケーキを買ってくれば許してもらえるということのようだ。

「何がいい?」
「任せる」
「わかった」

確認を済ませ席を立つ。
扉に向かう僕に後ろから、

「10分以内ね」

と悪戯っぽい声がかかった。
その声に僕は

「ケーキが崩れてもいいのなら」

と返す。彼女は

「じゃ、できるだけでいいから急いでね」

と応える。

「わかった」

僕は短く答えを返してエレベーターに向かった。

(了)






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