林檎のウサギさん(非エロ)
シチュエーション


糸で一列に纏められた折り鶴を手に取り、じっと見つめる。
こんなもの所詮は紙――そう言いきってしまえばそれでお終い。
ただそう言い切れずに、今まで作ってくれた折り鶴を残している。我ながら愚かだと思う。
ふう、と溜め息をついて糸で繋がった折り鶴を元の場所のベッドの角にぶら下げておく。
竜治という少年はお見舞いと称し週に一回、私、千鶴の病室へ遊びに来る。
私の父親は一応トップ企業の社長、なので私はかなり設備が整った病院にいる。
そんな所に高校の帰りであろうブレザーを着た少年がお見舞いに来るのはとても奇妙な光景だ。
と言っても、竜治は五年前から来ているので看護師たちはもう慣れているようだった。
お見舞いの高級そうな果物をおいしそうに食べてはその包み紙で折り鶴を作り帰っていく。
私が十二歳に入院したので一年に五十個と単純計算しても五年で二百五十羽。
それを紙屑ととらえるかは私の自由だが、何故折り鶴を作るのかはここ五年間全くもって理解できない。
本人曰く「千羽鶴を作ろうと思ってたけどだんだん面倒臭くなってきて辞めた」そうだ。
人のお見舞いのために作ろうとして途中で投げ出すというのは何なのか。
大体このペースでは千羽出来るのはあと十五年後。遠すぎる未来だ。

「ん。千鶴、来たよ」

ノックはするが返事を聞く前に部屋に入ってくる。何て無礼なのだろう。

「お?今度は林檎か。待ってろ、俺が皮剥いとくから」

包み紙を破らずに林檎を取り出し、すぐそこにあった果物ナイフで素早く丁寧に剥いている。
この前母親が持ってきてくれたのだが、面倒臭くてそのまま放置していた。

「出来た、ウサギさん。可愛いでしょ。食べる?」

切り終わった林檎をお皿に並べる。何故ウサギさんなのかは聞くのも煩わしい。

「ウサギさんでないのなら」

十七歳にもなってウサギさんの形の林檎など食べるものか。

「ウサギさん可愛いのに……もう千鶴にはあげない」

シャクシャクと音を立てて食べる竜治。君は本当に高校生なのか。

「食べないとは言っていない。私にも一つ寄こせ」

お皿を私に手渡した後、林檎の包み紙を手に取り正方形に整え、鶴を折る。
その光景を見つつ、ふと昔のことを思い出す。

小学校六年生の帰り道、いきなり血を吐いて倒れた私は病院に運ばれた。
意識が戻った時には両親が泣きながら抱きしめて私はぐしゃぐしゃになった。
病気のことは十七歳になった今でも教えてくれないがもう学校には行けないかもしれないと言われた。
クラスメートの中で初めてお見舞いに来てくれたのは竜治だった。それからずっと飽きもせず来てくれる。

「千鶴、大丈夫?」

大丈夫、と答えたら竜治が満面の笑顔で良かったと言ってくれたのは今でも覚えている。

「俺、千鶴が早く良くなるように千羽鶴作る!」

と叫んでいた気もするが、あれは嘘だろう。
本当なら多分今頃私は元気に竜治と一緒に学校に通って恋だの勉強だの青春を謳歌しているはずだ。

「出来た」

そう言って彼は折り鶴を一つ私に差し出す。私はそれを糸に通す。
それを見たあと竜治はこの病室を去っていく。

「林檎美味しかったよ。ありがと。じゃあね、また来るよ。」

その言葉に寂しさと嬉しさを覚える。まだ一緒にいてほしい、また来てくれる、と。

ベッドの角の千羽鶴を見る。この未完成の千羽鶴は私と竜治との過ごした時間の表れなのだ。
ふと思う。この千羽鶴ができる頃には私はどうなっているのだろう。
千羽鶴が重なっていく分だけ私の寿命も減っている。下手したらもう途中で尽きているのかもしれない。
ただ、このごろ感じることがある。
竜治が鶴を折ってくれるたびに、早く元気になりたい、そして一緒にいたいと。

――ああ、私は彼が好きなのかもしれない

日は沈み不健康な青白さを含んだ月が照らす真夜中。潔癖なまでの清潔感を作り出す白い病室という檻に閉じ込められた少女。
今も病が体を蝕み内側から壊していて、死の恐怖と孤独に震えながら命の蝋燭の灯火を静かに揺らし続けている。
助けて、私を救って、お願い、私はまだ生きたいんだ、誰か――

「千鶴?あれ、寝てるのかな?」

竜治の声が聞こえる。私は寝ていたらしい。目を開けずにぼんやりする。

「今まで俺が来たときに寝てたことなんてなかったのにな……」

どうやら私が寝ている間に竜治がお見舞いに来た、ということらしい。
薄眼を開けると少し悲しそうな顔の竜治が立ちながら私を覗き込んでいた。

「まあ、折角来たんだから起きるまで待つか……まさか目を覚まさないなんてないよね……ハハ」

自分で言って苦笑しながらベッドの横のパイプ椅子に座る竜治。いくら寝ていても普通、病人の前でそんな冗談は禁句だ。
起きて怒ってやろうと思ったが、止めた。このまま寝たふりをして少し遊んでやろう。

「ん……竜…治」

寝ぼけながら竜治の名前を呟いてみる。寝返りを打ちながら竜治の顔を盗み見てみる。

「呼んだ?…って寝ぼけてたのか。でも何か寝ぼけて呼ばれるって照れ臭いな。変な夢でも見てるのかな?」

顔を赤くしながら静かに笑う竜治。そっと私の右手を優しく握って耳元でこう呟いた。

「フハハハハ、我ハ魔王。我ニ従エ」

何だコイツ。馬鹿にしてんのか?私はふざけてこんなことを言った。

「魔王…様…もっと手を握って」
「えと、その…ハイ」

さらに顔を赤くした。なかなか可愛い。こんなこと言ってたら普通は起きてると分かるだろうに。馬鹿め。

「……ん?何だこの手は?」

ゆっくり目を開けて、さも今目覚めたように演技をする。
竜治は目を白黒させてあの、その、と言っている。それでも手を放さない。

「何人の手を勝手に握っているんだ竜治!」
「いや違うんだ。これは千鶴が寝惚けて握ってと言ったんであって」

必死に弁解する竜治。つい追い詰めたくなってくる。

「嘘をつくな!私がそんなことを言うか!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

今日はいい夢見られるかもしれない。竜治に触られた手を握りしめてそう思う私だった。


ふと、竜治は私のことをどう思っているのか知りたくなった。病気の女の子としか見ていないのだろうか。
それならそれで私は構わない。それは変わりない事実だからだ。ただ一つ教えてほしい。私が死んだら竜治は、君は、涙を流してくれるか?
それとも――






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