<巡回警備員の午後>プロローグ(非エロ)
シチュエーション


世間では一昨日辺りまで、「お盆休み」というものだったらしい。
私の身にとって、それが関係のないものとなってどれくらいたっただろうか…。
以前勤めていた会社に突如降って湧いた「製品不良による、医療事故への加担」の疑惑。第三者委員会は結局原因究明に至らず、あれだけ騒ぎ立てていたマスメディアも、今では水を打ったかのようにすっかり静まりかえっている。
彼らは何時だってそうだ。自分たちに興味が無くなれば、視聴者・読者の反応が薄くなれば、すぐに別な話題作りに躍起になる。
翻って、切れ目無い弾幕のような、暴力的な言葉の集中砲火を浴びた私達はどうなる?
私はあの時まで、将来への期待に満ちた新人MRだった…。仕事には、毎日新しい発見が感動があり、残業続きの日々にも苦は無かった。クライアントから求められる、知識レベルの高さに武者震いし、それこそ寝る間が惜しくて徹夜で資料に目を通した。
何より私をそこまで駆り立てる原動力、「婚約者」の存在が大きかった…。
中学時代2年間クラスメートだった彼女とは、大学のゼミ交流会というひょんな場所で再会し、以来私自身驚くくらい焦らずに交際を進め、遂にプロポーズまで漕ぎつけたのだった。
それらの「希望が詰まった箱」を、あの時突然にぶちまけられたのだ。当然私の世界は一変した…。
(若い君なら、まだやり直しが利くから、ねぇ?)業績が急に悪化した会社ではベテランMR達の圧力に屈し、早期依願退職の列に加わった。(わたし自身の気持ちに揺らぎは無いんだけれど、ね?)ごめんなさい、そう言い残して彼女は私の前から姿を消した。
そうだ、彼らはズルい!会社にしがみつくことを選ぶのはプロフェッショナルでは無い、ベテランだ。周囲の理解ない声に結局傾くのは、本当に婚約者の行動なのか?
…これは私自身の心の叫び。自らの力ではどうする事も出来なかった、哀れな遠吠えだ。
そうして私は、人との関わりの少ない仕事、少ない仕事へと職を住居を転々とし、今に至っている…。
さて、午後の巡回警備の時間だ。

構内警備の仕事とは、私自身思うに、単調の積み重ねの永続である。
何事もないことが美徳。
だが、今現在のように一度事が起これば…。
(君は一体何をやっていたんだ!)と当事者側から激が飛び、(君、こんな事では困るじゃないか…)と、先方に平誤りに駆け付けた担当上司に、粘り気のあるお小言を掛けられる。
赤の他人からの、いわれのない罵声・ヤジ。厭味を含んだ非難の声。そんなものは慣れてくれと謂われても、馴れたと外には言ってはいても、とめどなく溢れて来る感情がある。
かつては、傍にそっと寄り添ってくれる存在があった。そんな小さな幸せが永遠に続くと信じて疑わなかった。今ではそれすらも叶わない…。

私はそっとその場を辞し、人気の無い方人気の無い方へと、歩を進める。
はっきり言って、大人な行動ではない。反社会人的な行動。ふとそんな一節が脳裏を過ぎる…。

傍から観れば通常の巡回中の警備員さん、そうにも見えただろうか。なるべく自然さを心掛け、私は目的の場所の前に立つ。右手側ポケットに手を突っ込み鍵束に触れる。
すっと抜き取った手の平のハーネス先に、それらは扇状に拡がると小気味よい金属音を聞かせてくれる。
目当ての一本を選び抜く。油性マジックで黒色に塗られた鍵先、持ち手には[9]とテプラが貼られている…。
ふっ、と一息ついて、鍵穴に差し込みシリンダーを廻した。毎度お馴染み解錠の音、私は同時にドアをそっと押し始める。これは所謂ホテル錠、従ってドアノブを動かす必要が無い。
戸口の先には非常口を知らせる緑色の弱い光、続いて青・濃紺・黒と闇が広がりを見せている。

果たして今の私はどんな顔をしているのだろうか…?一瞬だけそう思い表情を引き締める。予想外に表情筋の動きが大きい。
おいおい、しっかりしろよ。大丈夫か?自分自身に叱咤しつつ、半身分だけ開けた空間にするりと身を滑らせ、そっとドアを閉じた…。


<巡回警備員の午後>プロローグ・完






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