囚われの身の、お姫様 2
シチュエーション


麗華は自室へと戻る途中、ふと思案に暮れた。
もしも彼が少しでも自分達との間に聳える壁を乗り越えて自分に接してくれたなら、病の事も告げられるだろうか、
と。事務的に心配するのではなく、彼女の名前を呼び捨てにでもして、必死になってくれたなら、それでも自分は病の
事を隠し通そうとする事が出来るだろうか。
麗華が感じる彼への情、それには疑いようのない懸想の念が含まれている。それは彼女自身よく理解しているつもり
であったし、それだから今のこの関係が酷く虚しく、そして寂寞漂うものになってしまっているのだ。けれども、黒川
が麗華に向ける想いはどのような形をしているだろうか、と彼女は考えて不安になる。

それは彼女が知る由もない事だが、それでも考えずには居られない。少しでも期待を込めた日々を送らねば、麗華は
日常の重さに耐えかねて、塞ぎ込んでしまうだろう。だからこそ、何時までもこうして日々を平然とした調子で送って
いられるのだ。

麗華は物憂いげな表情を浮かべると、黒川が今何をしているかを想像した此処の仕事は熾烈を極めるものである。
普通なら、一人で遣る事ではなく、少なくとも十人は必要な仕事だろう。しかし、それを黒川は一人で毎日こなしてい
る。休暇などは与えられず、麗華の為に仕事の疲れを仕事で癒すかのような日々を送っている。
それが、一寸の希望の光を彼女に差し込ませるのだ。

「……普通の人なら、とっくに辞めているはずだもの」

彼女はその光に拘泥されて、離れる事が出来なかった。
主人と使用人の立場で均衡を保つ二人の関係に、新たな刺激を与える勇気を持ち得ていなかった。何時までも暗く孤
独な小部屋に閉じ込められて、小さな窓から時折差しこむ陽光に想いを馳せる事しか、彼女には出来なかったのである。
以前の彼女であったなら、常に昂然としていられただろう。彼女の元来の気質は、そう云った燦と輝く太陽のような光
に満ち溢れていたからである。

しかし、自分が黒川に抱いている感情が、恋慕の情であると気付いてからは、彼女の気質は瞬く間に変貌を遂げた。
そして運の悪い事に、彼女がそう成り始めた時期は丁度病に侵された時と重なるのである。そうなれば、人間が行う解
釈など一つに定められてしまうだろう。事実、黒川や、そして両親でさえそう思い込んで疑わなかった。

彼女の気質が変わったのは、病気に罹った所為≠ナあると決め付ける事には刹那の時間すら必要としなかったので
ある。年頃の遊びたい盛りの女が、病気で外出すらままならないと云う事は誰彼が哀憐の念を抱く事だろう。誰も、彼
女が伝えられない想いに悩乱している所為≠セとは考えなかったのだ。

そうして、彼らの均衡は保たれたままこうして膠着状態を続けている。
それだから、彼女は平然として居られる。
そして、索漠とした感情に煩悶しているのだ。

「……いっそ、黒川が居なくなれば悩む事も無くなるのかしらね」

自嘲気味な笑みを讃えて、麗華は自室のドアに手を掛けた。どうせ出来もしない事なのに、と自らを嘲弄しながら。
そして、その時であった。
突然、彼女は身体の異変に気付かされたのである。答えは簡単に見出す事が出来た。恋々たる想いが積み重なった結
果の限界点――病気の、発作だ。
その確信を抱いた麗華は、直ぐに自室のドアを開け放って室内に入り込むと、乱暴にドアを閉めて寝台に飛び込んだ。
そして、柔らかな布団の感触に抱かれながら力を込めてシーツを握り締める。続く、病魔に耐え得る為に。

「はあっ……はあっ……はあっ――」

それは苦痛とは違うが、明らかな苦悶であった。
時が一刻を刻む度、上昇して行く彼女の体温は熱に浮かされる時のような意識を朦朧とさせるものではなく、体の底
から熱さを訴えるような、発散しなければ正気の喪失を彷彿とさせる熱だった。そして、麗華はその発作が起きる度に
一貫して同じ方法で発散させてきた。それ以外の対処法などは知らなかったし、存在しなかったのである。

体の奥から渦巻いて昇ってくる熱は、忽ち彼女の頭を蕩けさせた。そうして、正常な思考を段々と無くしていく彼女
の中に、或る渇仰が生まれる。それは、貪欲なまでの性的な欲求であった。

「はあっ……駄目、なの、に――」

自制を利かせる彼女の理性が、自身の行動を拒もうと奮闘する。絶え間なく生まれる自己嫌悪はその間にも彼女を苛
めるが、それでも麗華は自分を止める事が出来なかった。逆らうなど、元より不可能な事であった。
だからこそ、原因も、症状ですら病気と診断するには不明瞭であったのに、彼女が病気に罹った≠ニ云われる所以
に成り得るのである。その病気に抗うと云う事は、百人の兵が百万の兵と戦っても、決して勝てぬ事と同義であった。

抑え切れない情動が、彼女の手を突き動かす。最早、彼女の脳が身体に送る指令は彼女からのものであって、彼女の
ものではなくなっていた。理性的な彼女の部分は、淫蕩な行いを今から行おうとしている自身の身体を、何処か身動き
出来ないような暗い牢獄で見せ付けられているかのように、客観的で屈辱的だった。

「熱い――熱くて、どうにかなっちゃう……」

彼女の細い指が、ブラウスの釦を一つ一つ外して行く。一つ、釦が外れる度に、彼女の中のもどかしさが歓喜の声を
上げていた。先に迫る快楽に向けて準備を着々と進めて行く自身の行動は、どうしようもなく煽情的で、どうしようも
なく厭らしく、異なる二つの感情の挟撃に晒された彼女は最後の釦を引き千切ろうとするかのように乱暴に外した。
はだけたブラウスの隙間から窺える白磁のような真白な肌が、外気に晒される。ただそれだけの事で、彼女は快感に
身体を強張らせた。未だ脱ぎ切れていないブラウスを完全に取っ払う事すら面倒に感ぜられて、麗華は服の隙間から手
を差し込ませる。片方の手は未だシーツを堅く握り締めていて、手持無沙汰に震えているようだった。

「ぁっ……」

小さな喘ぎが桜色の唇の隙間から漏れ出る。下着の上から触っただけで、敏感に快感を感じてしまう自分の身体に嫌
悪しながら、それでも彼女はこの行いを止める事が出来ないまま、本能に近い行動を続行した。下着の中に手を滑り込
ませると、撫でるように手を動かす。その手が軽く乳房の頂点の突起に触れると、そこは既に屹立していた。
その様子を、牢獄に捉えられた彼女自身が冷やかな目で見詰める。厭らしい、汚らわしい、卑俗にも程がある。この
ような行いに耽って快楽に身を捩っているなんて、大きい家のお嬢様だからと云ってその本質は淫乱な雌なのだ、と攻
め立てる心の声が何処からか聞こえる気がしても、麗華の手は止まる事が出来なかった。

「は……あ、あぁ……」

切ない声が豪奢で広い室内に木霊する。可憐な唇から漏れ出る吐息は麗華の体温を、そしてこの部屋の室温ですら上
げているかのように、熱く、甘い。彼女の乳房が自身の手によって形を変える度に、体の底から蠢く快楽への渇望が更
に麗華を追い詰めていた。冷やかな自分の目ですら、最早彼女の快感に貢献するものへと成り果てている。
頭の中が狂気に満たされているかのように、快楽を求め、真白になって行く感覚は、この発作が起きる時は必ず起こ
る事象だった。そして、着実に視界が白い霧に満たされて行く度に、彼女が感じる悦楽は増大して行く。乳房を揉みし
だくだけでは我慢が出来なくなれば、次はその頂点で屹立している突起を摘まみ、背筋を仰け反らせた。

「あっ、んぁぁッ……!ダメ、おかしく、なっちゃう……ッ!」

自分を狂わせる性欲が理性をことごとく瓦解させて、周りが見えなくなり、聞こえる音も自身の喘ぎだけになった頃
に、麗華の頭の中には一人の男の姿が浮かんでくる。麗華がこうなった時には、既に自分を冷罵するかのような目付き
で眺めている自身の姿などは目の端にも映る事は無い。
最早彼女が目にしているものはその想像によって創造された男と自分とが、淫猥な情交をしている光景だった。そし
て、その男こそが彼女に仕えているこの屋敷の使用人――黒川だったのである。

「んぅ……ッ!はっ……ぁ……もう、我慢、できないよぉ……!」

発する声は幼児の如く稚拙な発音で、どれだけ彼女が自慰行為に没頭しているかを窺わせる。
頭の中でのみ見える、黒川との情交はとても甘美で、この時ばかりはそれを虚しく思う暇も無く、彼女は長いスカートを
たくし上げ、その裾を自分の口に挟むと、シーツを握っていた手で既に染みが広がっている純白の下着に触れた。
けれども彼女自身、もうそのような行いを自分がしているなどとは、思っていなかった。彼女の瑞々しい太股を、そ
して恥ずかしい染みが広がる下着を露出させているのは、彼女にとっては黒川が行っている所業になっているのだ。

そして、黒川は囁く。麗華の想像から創られた理想の彼は、優しく彼女の耳元で囁くのだ。
綺麗です、お嬢様
それを聞くと、麗華は自分の中に羞恥と随喜とが入り混じり、云い知れない感情の萌芽が胸に芽生える感覚を覚え
る。それは、荒れ狂う波が暴れて、何もかもを吹き飛ばす凶悪な暴風が吹き荒れる快楽の海へと身を投じる事を躊躇い
無く鼓舞して、現実の彼女の指を下着から透けている裂け目へと這わせるのだった。

「ふっ……んんッ!ふ、むぅぅ……!」

触れた所はもう液体が絞り出せるのではないかと思えるほどに濡れていた。彼女の指は下着越しにその割れ目をなぞ
り、そして蜜が滴る壺を見付けるとそこに指を挿し込んだ。逆碁を打つような形になった麗華の細い指は下着の抵抗だ
けを受けながら埋没して行く。ざらざらとした布の感触が内襞に擦れ、彼女は法悦とした表情をしたまま小さく震えた。
唾液を次々と吸収していくスカートの端も、その黒の生地を更に濃く染めている。

彼女の頭の中では、黒川の、男の割に華奢に見える指が自分の秘部に埋没して行く様が映し出されている。それだけ
で、彼女の体は歓喜に打ち震えるのに、彼女の中の黒川はまた甘い囁きを耳元に零すのだ。
もう、こんなに濡れていますよ。麗華お嬢様
と、意地悪い微笑を湛えながら囁かれる彼の言葉は、羞恥を煽るのに不足など無いのに、更なる快感を麗華に与えた。
彼の意地悪い笑みも、甘い囁きも、全てが媚薬になっているかのようで、麗華の身体を昂らせて行く。彼女の凄艶さは
増して行き、絡み付くような熱を孕んだ喘ぎは更に熱くなり、行為は加速して行った。

「あっ……ああっ……!だめ、そこ、おかしくなっちゃ――ふあぁッ!」

彼女は下着を太股の中間辺りまでずり下げると、完全に露出した自身の、柔らかな茂みに覆われた割れ目にいきなり
指を挿入した。布とは違う感触にまた身体が震え、体から吹き出る汗はその量を増した。膣の中を擦るように、指を曲
げればその度に背を反らせ、出し入れを繰り返せば淫靡な水音が室内に木霊した。余りに強い刺激に咥えていたスカートは
腹の上に被さっている。その所為で、口の端には滔々と唾液が流れていた。

想像の中の黒川は彼女の制止も聞かず、その白い指で彼女の中を容赦なく掻き回した。時折彼女の反応を窺っては、
意地悪い微笑みを湛え、そして空いている手の方で麗華の豊かな乳房を力強く揉みしだく。お嬢様は淫乱ですね≠ニ
云って胸の突起を甘噛みすれば、彼女は反論も出来ずに快楽に酔いしれた。

「くろ、かわぁッ……あっ、んんっ……!はッ、あああッ!そんなところ、だめ……んうぅッ……だって……!」

既に赤く充血した陰核を、彼女の指が優しく摘まむ。未だに膣内は蹂躙されているままであるのに、そのようなとて
つもない刺激を与えられては、もう耐える事は叶わぬ事であった。

「あっ、ああっ!もう……だめ……ッッ!!」

麗華は背を弓なりに仰け反らせると桜色の唇が真白に変わってしまうほどに強く噛み締めて身体を震わせた。そして
恍惚とした表情で絶頂の余韻に浸かると、虚ろな眼差しで室内に目を巡らした。手は、未だに淫猥な手付きで自身の秘
部を弄っている。彼女の身体に蔓延る淫魔はこの程度の快楽を得たくらいでは満足しなかったのである。

麗華は部屋の壁際に位置している一つの棚を見遣ると、震える足で立ち上がりそこへと歩みを進めた。息は荒く、
目は蕩けているかの如く焦点を失い、意識があるのかどうかですら判然としない。もしかしたなら、彼女に意識は
無かったのかも知れなかった。彼女が見ている光景は甘美な妄想の世界に存在しているからである。
もう、いいでしょうか?お譲様
黒川がそう囁いた時には、麗華は再び寝台に坐していた。彼女の右手には、男性の性器を模した淫具が艶めかしい光
沢を放ちながら握られている。彼女は黒川の囁きに、黙って頷いた。そして、手に握られている醜い男性器を既に愛液
が溢れ出している割れ目に宛がうと、ゆっくりとそれを体内に埋めて行った。

「ふあぁ……入って、る……黒川のが、あたしの中に……ッ」

ちゅく、と云う音と共に無機質な冷たい塊が彼女の中を犯して行く。しかし、それが彼女の最奥に達する事は
無かった。無論、彼女の想像の中で黒川の性器は侵入を進めている。けれども、無意識の内に彼女はその無機質な道具
で自身の純潔を失う事を恐れていたのである。彼女は偽物の男性器を半分も埋め込まない内に出入を始めた。
その雁首が、彼女の中に溜まっている愛液を掻きだし、膣壁を擦り、浅い場所で快感を与え続ける。麗華にはそれだ
けで充分であった。彼女の想像に鼓舞される快感は普通の自慰行為などでは及ぶ事のない範囲にまで上り詰めていたの
である。異物が自身の膣を蹂躙する中で、一度絶頂に達した彼女の体は早々に高まり続けていた。

「あっ、ふっ……!ああっ!黒川ッ……くろかわぁっ……!」

黒川の腰の律動は、麗華の現実での手の動きと呼応して彼女を苛めた。
彼女の表情は、普段の怜悧な面を影も残さず消して、そこには陶然とした快楽に打ち震える一人の女があるばかりで
ある。弛緩した唇の端からは涎が流れ、陽光を受けて厭らしく光り、涙の伝う頬は赤く上気している。余りにも、凄艶
な姿。彼女の容姿がそこに合わされば、その美しさに敵う者など他に存在するだろうか。
人形のような容貌が醸し出すその光景は、もしも此処に観客が居たならば、欲情よりも先に溜息が出てしまうだろう。
それはまるで、例えようもないくらいの美しさを持つ風景や、とてつもない値打ちの絵画を見た時に感じる情操に酷似
したものだ。兎角、彼女の今の姿は美しく、そして淫乱だった。

「はぁっ……!ふっ、くぅ……ああぁっ!」

黄金の水が氾濫しているかのように乱れる金の糸が、浮かぶ汗の所為で至る所に張り付いて、煌めいている。何時し
か喘ぎ声を耐えようと噛んでいたスカートの裾は寝台の下に脱ぎ捨てられて、最早使い物にならない純白の下着もその
上に投げ捨てられて、上半身に纏うブラウスの下に着ていた下着も同じように放られている。
上半身にただ一つ纏う白のブラウスは快感を渇仰する自身への細やかな抵抗であったのかも知れない。

淫猥な水音は絶え間なく室内に響き渡り、麗華の喘ぎ声は叫喚のようにも聞こえ、その部屋は淫蕩が極められた様を
克明に、刻薄に表しているかのようだった。麗華はもう直ぐ達せられるだろう快楽の高みに向かって、疑似男性器の出
入を激しくさせる。空いている手は豊満な乳房の形を変えて、高みへの促進剤となっていた。

視界に掛かる、白い霧は全ての音を、映像を隠してしまって、彼女はもう達する事でしか周りが見えなくなっていた。
それ故に、気付く事が出来なかったのである。
自分の病の事を、隠していた事が全て泡沫に消えてしまう音に、気付けなかったのだ。けれども、その音の主は今#゙女と
交わっているのだから、彼女にとって仕方のない事であったのかも知れなかった。






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