手紙(非エロ)
シチュエーション


俺は今、救急車の中だ。天井は暗く、音も遠くなってきた。
ぼんやりと、ここで俺は死ぬのか…とある種の諦めの様なものを覚えた。
遠ざかって行く誰かの声を聞きながら俺は闇に身を任せた。
次に目覚めた時、朝だった。シーツの白が眩しい。
枕元を見た。ご丁寧に様付けの名前と血液型が記された紙が刺さっている。
俺を見た女性看護士が走り去っていく。数分後、俺のオヤジより少し若そうな先生がやって来た。

「気が付いたかい。今日は八月二日、三日間君は寝ていたんだ。」

医者はこの他に容態、現状を説明し去っていった。
俺は頭を強打していた、腹に裂傷があったらしいが全く気付かなかった。
あの時は、腹の感覚はおろか、痛みさえ知覚出来なかったのだから。
包帯が腹と頭に巻かれていた。そのせいか腹がザックリと言われてもイメージが沸かない。
少し動いただけで鈍痛が襲ってくる。シャレにならない痛みだ。
そんな感じで一ヶ月が経ち、病院内をリハビリ代わりに歩いていた時、"彼女"と出会った。   

「ハァハァ…ハァ…すみません…誰か呼んで…ハァ…貰えません…か?」

俺は自販機の前でうずくまっている女の子に助けを求められ、迅速に行動した。

「ありがとう、後数分遅かったら危なかったよ。彼女がこれを君にって…」

俺は彼女の担当医と思われる医師に礼を言われた。
一緒に手渡された紙を見てみた。

"先程は有り難うございました。今度良ければお話しませんか? 502号室・信濃早紀"

俺は明日、502号室に行く事にした。女の子に手紙を貰ったのはこれで三回目だ。
もっとも、一回目の手紙の内容は“死ね、ウザい、首吊れ”だったが。
ベット上でニヤけていて向かいのベットの鈴木さんにからかわれたりした。
俺の頭は明日の事で埋まった。

今、俺は早紀さんと学校について話をしていた。
病室中が聞き耳を立てているので色気のある話は出来なかった。

今朝の俺はかなり興奮していた。ま、妄想を繰り広げていただけなのだが。
コツンコツンと樹脂のサンダルがいつもより大きく音を立てる。
ガチガチに緊張しながら502号室に辿り付いた。
名前を見て六人部屋だという事に気づいたが、まだ緊張が抜けない。
学校の職員室で、「●●先生はいらっしゃいますか?」と言う時の感覚だ。
窓際左手側のベットの前で止まり、カーテン越しに声を掛けた。

信濃早紀さんですか?藤代卓也です…あの…手紙をいただいた者ですが…」

すぐにカーテンの向こうから返事が帰ってきた。

「どうぞ、そこの椅子に掛けて…よろしくね。藤代君。」

美しい。それが俺の感想だった。あの時はそれどころでは無かったからな。
彼女は病人服に点滴、と色気もお洒落も無い格好だったけど、とても美しく存在感があった。
何で入院しているのか?はNGワードに登録し、話題に上らないようにした。
日常の事、病院のテレビを通して見た世界の事などが話題に上った。

「藤代君って歳幾つ?」信濃さんに聞かれた。

「16歳、三河高校一年六組二番」

俺はご丁寧に聞かれてもいない学校名、クラスまで答えてしまった。
信濃さんは笑いながら、

「私と同じ歳なんだね。ところで藤代君の学校ってどんなところ?」

と聞いて来た。

「丘の上にあるんだ。バスで通学する奴と自転車通学が大半かな。」

俺はその他に食堂の話や、自転車最速王の話をした。

「今度は私の番だね。私の学校は仏教校で、女の子と男の子が3:1の割合なんだ。でも、私は二ヶ月しかまだ通って無いの。入院しちゃったから。」

信濃さんは少し悲しそうだった。
そして、お昼が近づいて来たので病室に帰る事にした。

「これからも話し相手になってくれますか?」

信濃さんが不安そうな顔で聞いて来た。
俺は笑顔で

「よろこんで。また来るよ。」

昼飯がいつもより美味しく感じた。






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