snow white mermaid
シチュエーション


一辺5メートルの正方形が、私――御堂香月にとっての世界だった。



物心ついたときには既に、私はここにいた。
清潔な白で飾られた病室。
壁も、天井も、ベッドのシーツも、枕も、服も、そして蛍光灯の光も、すべてが白い。
世界を白く染めるバージン・スノウ。
今はもうなくなったけど、そのあまりの純白に思わず発狂したくなったことが幾度かある。
無垢、清純、純潔、清廉……白に象徴される言葉は数あれど、私にとってのそれは墓地や玄室に用いられる色だ。
とうの昔に埋葬され、後はただ骸が朽ち果てるのを待つだけ。
社会的には既に死んだような、いや、「ような」ではなく現象としてそう変わらない、そんな現実。
そう、それが現実だった。

私のカラダには先天的な欠陥があるらしい。
内臓機能がどうとか、遺伝子がどうとか、とにかくそういう説明を受けたことがある。
理解する気はなかったし、覚えるつもりもなかったので、詳細はさっぱりわからないが。どこの物好きが自分の処刑宣告を解読したがるというのだ。
世の中とは大抵において、要点さえ掴んでしまえば後は単純なものだ。
私はずっと過去からここにいた。
そして、ずっと未来までいるのだろう。
つまりはそう、それだけのこと。
始まりが終わりと等価で、停滞が継続しているという矛盾。……なんて下らない言葉遊び。
私の世界はこの5メートル×5メートルの中で完結している。
外で過ごした記憶など、はるか忘却の彼方だ。
私にとってのそれは、母の胎内にいた頃の記憶というのと同義でしかない。
この白い静謐を汚すものといえば、まずは毎日決まった時刻に食事や衣服を運んでくるナースと、次に一ヶ月に一度アリバイ作りのように短い診察を行うドクターだろう。
ちなみに、私の家族――少なくとも戸籍上そう記載されるはずの人間とは、もう何年も顔を合わせていない。
父も母も、入院費さえ出していれば保護者としての義務を果たしていると考える型の人間であるようだ。
いやそれとも、一向に快方に向かう気配のない娘を見るのがつらいのか。
彼らには、おそらく私が聞かされたよりはるかに詳細で絶望的な説明がなされているであろうことは、想像に難くない。
恨むつもりはなく、謗る気分にもなれなかった。
いくら手を尽くしても頭を悩ませても変わらない現実というのはあるものだ。
それと否応なしに向き合わざるを得なかった人間が取り得る術は二つだけ。
絶望と折り合いをつけて儚い希望を待ち続けるか、絶望から目を逸らして逃避するか。
そして大抵の人間は後者を選ぶ。絶望と折り合いをつけられるほど強い人間はそうはいない。
つまり、私の両親はまったく常識的な感性を持ち合わせていたということなのだろう。
まったく妥当な結末であって、どうこういう筋合いではない。
率直に言ってしまえば、どうでもいい。
好きの対義語は無関心、そういったのはマザー・テレサだったか。
なるほど私は、私をこの世に産み落とした両親に対して、いかなる関心も持てていない。
今となっては顔どころか名前を思い出すのも容易ではなかった。
ただ、私に与えられたこの病室――特に広くも豪奢でもないが、バスルームにテレビ、本棚まで備え付けられた、ちょっとしたホテル並みの部屋――を、長年に渡り維持できていることから考えると、我が愛すべき父母は経済的になかなかに裕福な人間ではあるらしかった。
私にとってはそれだけで十分だ。

退屈は、苦痛ではなかった。
テレビにはさほどの興味を持てずにいたが、月に何度かナースが差し入れてくる雑誌や本は、それなりに時間を潰す種になった。
読み飽きてしまったときでも、ただ無為に時間を過ごすというのは嫌いではない。
おそらく私には、退屈を退屈として感じる感覚が失せてしまっているのだろう。物心ついたときから退屈は私の傍らにあった。
であれば、否が応にも馴れてしまうというものだ。
だから私は、今日も退屈を友にして、さして興味もない週刊誌――ナースの差し入れ――をめくっていた。
どこかの政治家が業者から接待を受けていたという告発。どこかの女優が不倫をしていたというゴシップ。どこかのスポーツ選手が抱えているらしいドロドロの家庭環境。どこかの国の大統領が行っている言論弾圧。
遠い遠い、御伽噺のような諸々の記事。私を囲む5メートル×5メートルには間違っても関わり合いのなさそうな、はるかな世界の寓話。
まったくもって興味のわかない記事を、それでもすべて読み込んでいく。暇でなければ出来ない芸当だが、あいにくと私に暇はあり余っている。
雑誌のちょうど半ばまで差し掛かったとき、

「――香月。君って、陶芸なんて趣味があったっけ」

そんな言葉をかけられて、私は顔を上げた。
ベッドの傍らにあつらえられている椅子。そこに、彼は当然のようにして座っていた。
年の頃は私と同じか、一つ二つ年上に見える少年だ。端正といってよい顔立ちだとは思うが、人の顔の美醜について私はあまり詳しくない。
どこかの学校の制服のような、白いシャツと黒いズボンを着ているが、彼がそれ以外の格好をしているのを私は見たことがなかった。
試みまでに付け加えるなら、つい十分ほど前にこの週刊誌を手に取ったとき、部屋の中には私以外の誰もいなかったし、それ以後ドアなり窓なりが開かれた気配もなかった。
読書に夢中になっていて気づかなかった――などという線はまったくないと断言できる。何故なら私は雑誌の中身にいささかの興味も持てずにいたからだ。

「……別に。そんなものに興味なんてない」

私はしかし、特に感慨もなくそう答える。彼の存在というより、かけられた言葉の中身の方が不可解だった。
手元に目を落として、ようやく納得する。
たまたま開かれていたそのページは、とある陶芸家が書いているコラムだった。何とかいう山へ土を取りに行ったときのエピソードを、自然の雄大さを強調しつつ記している。

「それは残念。しかしまあ、ならば読み飛ばせばよさそうなものだがね」
「興味がないのは他の記事もすべて一緒だもの」

自明の理なので、私はそう答える。
彼は苦笑とも微笑ともつかない表情を浮かべた。
とはいえ、呆れている様子も馬鹿にしている色合いもない。私がそういう人間であることを、彼はよく知っているはずだ。
その証拠に、彼はその表情のままで、ひょいと私の手から雑誌を取り上げた。

「なら、読書を中断させるのにためらう理由はないかな」

行動と問いかけの順序が逆だ。――そう文句をつける暇もなく。
私の唇は彼のそれで塞がれ、体はゆっくりとベッドに押し倒されていた。

馴れた手つきで剥がされる寝間着。
むしり取られるようにして下着が脱がされる。
私はそれを無関心に眺めていた。
胸が包み込まれるように愛撫され、先端の桃色の突起が舌で転がされる。
むず痒いような、柔らかな電流で刺激されるような、曰く言いがたい感触。
下腹部が、じゅん、と重みを持つのがわかった。
私の体を弄ぶのに、彼は手順というものを重要視しない。今日は比較的、オーソドックスな気分であるようだ。

「ん……ぅ……」

冷静であるつもりの頭とは裏腹に、喉から意図せずして声が漏れる。
ささやかに膨らんだ胸を揉まれ、しゃぶられ、お臍のあたりを突っつくように舌でなぞられて。
肉悦というものをどうしようもなく刻まれてしまった体が、勝手に熱を帯びてくる。
呼吸が荒くなり、肌が震える。
だから、彼が股間に手を伸ばしてきたとき、私の体は無意識に足を開いてその指先を受け入れていた。
くちゅり、と音がして。膣の中に入ってきたのは、彼の人差し指と中指。私の中を知り尽くした動きで曲げられ、突き入れられ、その都度私は声を上げさせられる。

「香月。腰、上げて」

彼が命じる。
応じる理由はなかったけれど、応じない理由もまたなく。
火照った体が勝手に従う。
足は広げたままで、ブリッジするように腰を浮かす。彼の目からは、割れ目もお尻の穴も、垂れた愛液が滴る様も、すべて見えてしまっているはずだ。
頬がさらなる熱を帯びる。
恥ずかしい、という感情なのかも知れない。
ただ、全身が松明のように熱いのはいまさらのことだから、どうなのかはわからない。

「えっ……うぁぁっっ」

――奇襲された。
後ろの穴に異物感。
彼の人差し指が突き入れられたことを確信する。
半年ほど前に、おおよそ一ヶ月をかけて開発され続けたお尻の穴は、今では少し荒っぽく扱われても快感を生み出してしまう。

「ちょ……待っ……て……っっ!!」

次になされるであろうことを確信と共に予感して、私は制止する。
だって、それをされたら、歯止めが利かなくなる。肉悦が溢れる。制御できなくなる。
絶対に聞き入れられないとわかっていたはずなのに、反射的に私は制止しようとした。

――彼は。
まったく完全に予想通りに、止めてはくれなかった。
じゅるるるる……と、浅ましい水音。
食らいつくように膣に口が当てられ、花弁に柔らかく歯が立てられる。
とどめに、剥き出しにされた陰核が摘まれ、捻られる。

「っっっっ――――――――――――――――!!」

膣が締まり、内から染み出た液体が噴き出される。小水のような勢いで放たれたそれが、彼の顔を叩いているのがわかった。
頭の中で火花がかちかちと瞬いて。
私はこの日、最初の絶頂に達していた。

荒い息を必死で整え、汗だくになった体をベッドに横たえる。
運動などろくにしていない体だが、彼に弄ばれ続けることで、妙な体力がついてしまったのではないかと最近思う。
私が絶頂に達しても、彼はそれで手を休めたりはしない。
いや、彼にとってはこれからが本番なのだろう。
休ませて、と無駄を承知で頼んで見るが、彼はいつものように微笑を返すだけでそれを却下した。
大人しげな顔をしていて、こうしたときの彼はまったくの暴君だ。
好きなように私の体を蹂躙し、肉悦によがらせ、恥ずかしい姿をあらわにさせる。
このときも彼は、力を失って投げ出された私の足を、無造作に大きく開かせて自分の腰にあてがった。
ごくりと、自分の喉が鳴るのがわかった。
不思議なものだ。
たった今絶頂に達して、体はくたくたに脱力しているはずなのに。
彼のモノで犯されるのを予感して、私の体はすぐさま熱を取り戻しつつある。

「んっ…………」

膣の入り口が、彼の先端で擦られる感覚。

「……あ――――っっ」

そして、奥まで一気に突き入れられる。
最初は浅いストロークで、ゆっくりと。
それから徐々に激しく、奥まで犯される。
足が突っ張り、喉が反る。
胸が揉みしだかれ、陰核が擦られる。
体は汗だく。
喉からは尽きることのない喘ぎ声が漏れて、もう自分が何をされているのかすら判別できなくなる。
時折、膣の奥のさらに奥、子宮の入り口に彼の先端が当たる。
こつんという音が体の中で響く度、目の中で火花が散って、意識が飛ぶ。
繰り返し繰り返し、意識が飛んではまた引きずり落とされる。
気持ちいい。
全身がそう叫んでいた。
そして、

「んっ……」

彼が呻くようにそう声を漏らすのと同時、

「くぁぅっっっ!!」

子宮の中に、熱い液体が叩きつけられる。
その衝撃はさらに子宮を抜けて、脊髄を貫き、脳をノックする。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

この日最大の快感に、私はもはや幾度目かもわからぬ絶頂へと達し――
そのまま、意識を失っていた。

泥のような眠りからようやく覚めたとき、彼の姿は既に病室から消えていた。
裸のままの体からは、当然のように汗は引いている。
ただ、ベッドのシーツはいつの間にか取り替えられていて、全身にも不快な汗の残滓はなかった。
失神している間に、彼がタオルで拭うなり何なりしてくれたらしい。
妙なところで律儀というか、後始末のきちんとした性格のようだ。
まったく、ならば最初から、気絶するまで責め抜かなくてもよさそうなものなのに。
私はため息を一つつき、ベッド脇のキャビネットに畳まれていた下着と寝間着――これもまた、彼が帰る前に折り畳んでいったのだろう――を身につけた。
椅子の上に置かれているものに気づいて、ふと苦笑する。
彼が来る前まで暇潰しの種にしていた週刊誌だった。ご丁寧にも、例の陶芸家のコラムのページで開かれている。
何気なく手にとって、ぱらぱらとめくる。
やはり、興味のない記事ばかりだった。
読み直す気にもなれず、そのまま雑誌を放り捨ててベッドに寝転がった。

……彼が何者なのか、私は知らない。
問い質してみたことも、実はない。
もう一年と半年ほど前になるだろうか。

――君は死人のように冷たい目をしているね。

そんな言葉と共に。
彼は今日のように、唐突にこの部屋に現れた。
それに対して何と返したかは覚えていない。
ただ、いつものように、どうでもいいような返事をしたのだろうとは思う。
とりあえず、誰ですか、とか、いつここに、などと問いかけなかったのは確かだ。
そんな疑問を抱くほど、私は彼に興味を抱けなかった。他のすべてに対するのと同様に。
二、三、世間話のような他愛のないやり取りをしてから、彼はその延長のように私を犯した。
抵抗した記憶はない。その必要を感じなかった。
人間の男女がそういう営みをするということは、知識として頭にあったし、その意味についても知ってはいた。
社会の常識、倫理という事象についても理解はしていた。
けれどもそのとき、私は私が陵辱されるのを冷静に眺めるだけだった。
目の前の少年が何者であるかにも興味がなければ、自分の体が弄ばれることにも関心が持てない。
私はそういう人間だったということだ。
嫌悪も恐怖も何もなく、まったく無感動なままに、私の体は男を知った。
処女を失ったときは、激痛が全身を走ったものだが、それも私の情動を揺るがすには足りなかった。
痛覚というのはつまるところ生命への危険信号であり、死から遠ざかろうとする本能の叫びだ。
私には、生存への執着がなさ過ぎた。
痛みを苦として受け取るには、自身への関心がなさ過ぎた。
以来彼は、おおよそ週に一度ほどの頻度でこの部屋に現れては私を犯す。
私の都合に関わりなく、好きなように私の体を弄んでは去っていく。
苦痛と違和感だけがあったのは最初の一ヶ月ほど。
二ヶ月目からささやかな快感を覚えるようになり、三ヶ月目に絶頂を知った。
半年目から、人間は強烈な絶頂感によっても失神するということを実体験で知らされた。
一年が過ぎた頃、お尻の穴でも快感を得られることを教えられた。

……そして今。

私は相変わらず、彼が何者かも知らぬまま、ただ好き放題に犯され、嬲られ続けている。
一時期は、この病室を埋め尽くす白にとうとう自分が発狂して、あの少年は自分の頭が生み出した空想の存在ではないかと疑ったものだが――
それはありえないこととして、すぐに内心で却下した。
枕の横に添えられた、メモ帳か何かの切れ端。
犯され続けた私が意識を失い、目覚めたとき、いつも残されている彼の足跡。
そこには流麗な筆跡で、無造作な一言。

――また来る。

末尾には、「周防」という簡潔な署名。「すおう」と読むのだと、以前教えられたことがある。
名字も何もわからない、ただの周防。
どこの誰とも知れないヒト。
一方的に私を犯して、性欲を吐き出しては消える。
ただこのメモ帳の切れ端だけが、彼の実在を証明する。
私は欠伸を一つした。失神するほどに犯され続けた疲労が、今更になって思い出される。
来たければ来るがいい。犯したければ犯すといい。
最近、ほんの少しだけど、私は彼が来るのを喜んでいる。彼に触れられ、抱かれるのを楽しんでいる。肉悦のためか、それ以外の何かなのかはわからないが。

……けれど、そうしたところで、私を囲む5メートル×5メートルの世界は、何も変わらないのだ。
私はいつもそうするように、メモの切れ端をくしゃりと片手で丸めて、ゴミ箱に放り込んだ。
毛布を被り直し、目を閉じる。
それから後は、夢も見ずにぐっすりと眠った。






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