気は病から 番外編(非エロ)
シチュエーション


「ウオォォォォム!」

バルバルバル、とわけ分からんちんな効果音を背負いながら、棗はいつものように教室内で暴れていた。
手を振るうたびに飛ばされる生徒たち、足を振り上げるたびに爆発四散する机の数々。
まさにベルセルクと化した少女。その小柄な身を止められるものは、この場にいなかった。

今日も元気で何よりだなあ、と暴れる少女を見ながら、有真は弁当をぱくつく。
返り血を浴びないように弁当を食べるのは大変なので、ビニール傘でバリケードは基本だ。
鼻血を出して吹き飛ぶ男子生徒たちの数々を見やりながら、有真はカニクリームコロッケを頬張った。

と、気付けばC組の男子数人が、ぼろぼろになりながら有真のもとに詰め寄っている。
こはいかなることか、と小首をかしげる有真に、彼らは問うた。

「なあ、佐藤。お前……あの副会長と付き合っているんだよな?」
「俗な言葉は嫌いだけれど、平たく言えばそうなるよ」
「だったら、止めてくれ。ほら、なんというか、彼氏権限とかいうやつで」
「いやぁ、それ無理。だって、最近の棗、とっても元気だから」



からからと笑う有真の姿を見て、とりまきの彼らはがっくりと肩を落とした。


そう、最近の棗は元気になった。
とは言っても、発作はちゃんとあるし、ヒステリーも起こすし、劣等感も健在だ。
では、何が元気になったかといえば、普段見せる表情やら心構えやら。
なんというか、毎日を重要視しているからこその輝きを見せるとでもいおうか。
一日一日を笑って生きる彼女は、なるほど傍から見れば『元気』になったと言えよう。

だからこそ、全力全壊で暴れることも出来るのだが。



「そ、漱石副会長! さすがにそれは……って、ヤベェ! 癖で言っちまった!」
「私は思った……。こいつらの『言葉』を消してやるッ! 武装現象!」
「げぇっ!? つーか、その体躯で黒板を外すとかありえねェだろ!」
「覚悟はいいか? 私は出来ている」


これがッ! これがッ! これが『棗』だッ! そいつをからかうことは死を意味するッ!


「だから私は漱石じゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「うっぎゃあああぁぁぁぁッ!?」

黒板を取り外し、それを大剣のように振るう棗。血と人間と机が吹き飛ぶ、阿鼻叫喚の地獄絵図。
そんな光景を見ながら、有真は茶をすすって一言。

「ああ、平和だなあ……」

今日も今日とて、二年C組には笑顔と悲鳴が絶えない。

「はいはい、我輩は猫である」
「そんなに拗ねずとも……」

ぶすっとむくれる棗の姿を見やりながら、有真は溜息をついた。
暴れてばかりいた棗は、いつの間にやら昼食時を逃してしまい、午後の授業はずっと拗ねてばかりだった。
唇をむすび、目を鋭く細めて、教師の質問にも視線よこさず即答で返すという傲岸不遜ぶり。

その原因を分からぬほど有真は鈍感ではなかったが、かけるべき言葉も見当たらず、放置しておいた。
触らぬ神にたたりはないが、拗ねた棗をつつくことは地雷を踏むのと同義語だ。
基本的に彼女は情緒不安定なのだから、放っておけばどうにかなるさ、そう有真は考えていた。


が、放課後になった瞬間、有真は怒り全開の棗にいきなり拉致された。

「忘れていた! こいつの……棗の、あなどってはいけないねちっこさを!」

などと叫ぶ余裕もなく、気付けばずるずると引きずられていき、大教室に有真は閉じ込められた。
お約束ではあろうが、きちんとバリケードも用意されて。

「……お昼、一緒に出来なかった」
「あー、うん、そうだね」

ぶすっと頬をふくらませて、棗は吐き出すように言う。
そう、彼女は有真と一緒に昼食を摂取することを、ことに楽しみにしていた。
誰にも邪魔されず、変なことを言い合ってげらげらと笑い合う。
そんな時を過ごすのが、彼女はこの上なく気に入っていたのだろう。

「まあ、明日もあるし、そう悲観したものでは」
「一週間に一回あるアニメ番組をずっと見続けて、うっかり今週分を取り逃した気分よ」
「分からんでもないけど」
「ああ、悔しい。とかく悔しい。だから私はあなたを拉致ったの」
「前後の文脈が繋がってないよ」

それもそうね、とあっさり認めて、棗は大教室の中を歩きまわった。
てこてこと歩を進める少女の姿は、綺麗というよりも可憐の一言に尽きる。
散華寸前の花が見せる一抹の美にも似た、柔らかな雰囲気。
彼女が美しいのは、病気をもっているゆえなのか、それとも別の何かなのか。

「そういえば、この前、ここでいたしちゃったわね」
「ん……。まあ、個人的に黒歴史だあね」
「殴るわよ?」
「いや、体を重ねたことが黒歴史じゃなくてさ……その後のこと」

苦笑しながら吐き出された有真の言葉に思い当たることがあったのか、棗は赤面してうつむく。

「セックスの最中って、あんな恥ずかしいことも平気で言えるのね……。軽く自己嫌悪」
「行為後の液体処理も大変だったよね」
「そこ! 生々しいこと言わない! そ、そりゃあこっちが多めなのは悪いと思うけれど……でも、体質だし」

恥ずかしさをごまかすかのように、棗は近くにあった椅子を手に取り、それをへし折った。
相変わらずのバイオレンスぶりに、有真は軽く恐れの念を抱くが、どうにかそれを無視。


あの、大教室内での行為のあとは、それはもう大変であった。
自分の出した液体と、有真に出された液体、それにまみれた棗の目は、どこかうつろで。
教室内にはどうしようもないほどに性の臭いが充満し、湿度も高く、気温も上がり。
どう見ても事後です、本当にありがとうございました、な状況だった。

とりわけ、棗の秘所から湧き出た液体の量はあまりにひどく、飛び散ってもいたため、処理は苦労した。
ハンカチやタオルを用いて床を拭く際、棗は冷や汗を流しながら機械的な動作で処理を続けて、一言。

「なんか屈辱的なんだけれど」

別に液体の量が多かろうと少なかろうと有真はどうでも良いのだが、処理は確かに大変だった。
教室のすみに何故かあった流し台、そこの石鹸を用いて必死に床をこする二名の生徒。
色々な意味でしまらなかった。

「……ね、有真」
「ん?」

大教室を暇つぶしに清掃していた有真は、ささやくように言葉を放った棗の方へと振り向く。

「やらないか」

棗はにやにやと笑いながら、右手親指と人さし指で輪を作り、左手の指をそこに入れる仕草を取った。
早い話が、交尾最中の縮図を指で表現しているということになる。
あまりに露骨なその行為と言動に、有真は盛大な溜息で返さざるを得なかった。

「……あのね、ここ学校なんだけれど」
「ね、最後までしなくていいから。私、結構たまっているのよ」

いつの間にやら棗は有真にすりよって、胸板の辺りをその五指でいじくっている状態。
ぞわぞわとした快感が有真の全身に走るも、彼は社会的外聞を尊ぶ力でどうにか我慢。
されど身体的快楽は脳髄と理性をとろけさせる。

「家に帰るまでが遠足です。学校出て、家についたらすぐしてあげるから」
「へえ、ふぅん」

諭すように有真が言えば、棗はいきなり薄く笑い出す。
見る者の背を凍てつかせる、氷の女王のごとき微笑で。
こりゃスイッチ踏んでしまったかな、と有真はその瞬間、薄く後悔をした。

「私……あなたに会ってからね、一日一日が、とてもとても楽しくて、生まれたことを感謝しない日はなかった」
「はあ、さいですか」
「でも! 駄目なの! 体の繋がりが……肉の、愛が欲しいの! だから、抱いてっ!」

まるで演劇でもするかのように、身ぶり手ぶりで表現する棗。
言葉こそ真面目なものであろうが、その姿は稚気に満ち満ちていて、悲愴感など微塵もなし。
目を炯々(けいけい)と輝かせ、期待に満ちた表情で有真を見る棗。

「やーだプー」

それを有真はばっさりと切り捨てた。

棗、轟沈。同時に激しく有真に詰め寄り、目を鋭くとがらせて、有真の服を思いきり引っぱる。

「な、なんでよ!? ブスとはいえど、ファックの承認があったのなら、男は飛びつくんじゃないの!?」
「いや、俺はそこまでたまっていないし……。というより棗、いいかげん鏡を見ろ」
「あ……ごめん、なさい。調子のったブスに寄られても、うざったいだけだよね……」
「そこだけ真面目に応答するな! だから違うってば! 曲解するなよ!」
「じゃあ抱いてくれる?」
「論点のすり替えをしちゃいかんだろ……常識的に考えて」
「やっぱり、私がブスだから、ゆーまだって、わたしの、こと、嫌々抱いているんだ……」
「泣くなってば! 違うって言ってんでしょうが!」

ああ、悲しきかな平行線。
棗の劣等感は健在で、ちょっとしたことでも表に出る現状。
袋小路に追い詰められた少女は、はなから人の話を聞かない、聞く耳すらもたない。
とどのつまりは平行線、選択肢のない平行線。

だからして、その終焉をむかえるには。

「……はあ。分かったよ、やりますよ」

有真が棗の提案に折れるしかないのである。
いつの時代も女性は恐ろしい。男は常に敗北者である。いたしかたなきことよ。

「ごめんね」
「ん?」

誰もいない大教室。カーテンをひいたせいか薄闇に包まれたその空間。
有真に抱きしめられた棗は、うつむきながらぽつりとそう言葉をこぼした。

「わがまま言って、ごめんなさい。……本当は、怖いの」
「持病?」
「うん……。一日一日が楽しい、というのは正直な話。あなたといて、とても嬉しい。
けれど。それと同じくらい、怖い。もしも、私があっというまに逝ってしまったら」
「やりきれないか、やっぱり」

有真の言葉に、棗は小さくうなずいた。

「もっと抱きしめてほしい、もっとくちづけをしてほしい、もっと言葉をぶつけてほしい。
もっとあなたと一緒にいたい、もっとあなたと温かい時を過ごしたい。
焦燥感もあるのかもしれない。あなたと、いっぱい色々なことをしたくて。だから……」
「楽しいけれど怖い、嬉しいけれど悲しいのか」
「うん。……ね、有真? わがままなお願いだけれど」
「なに?」



「あなたは、私より先に死なないで」



柔らかく、冷たく、悲しい沈黙が教室内を支配した。
さやさやと流れる風の音すら、どこか薄ら寒く、細く細く鋭利になって。
薄闇に包まれたその空間の中は、夜を支配する冷たい沈黙にも似た空気が流れて。

有真が意識を取り戻した時には、その手を棗の頭へと伸ばしていた。

「出来ることなら、そうするけれどさ」
「違う。絶対に、絶対に死なないで。私が白骨化したら、すぐに死んでもいいから」
「ずいぶんとわがままなことで。まあ、嫌な気分じゃないけれど」
「……耐えられないの。この、あたたかさを知ってしまった今、あなたがいなくなると」

肩を震わせ、唇を震わせ、なにかにすがるような眼差しを有真に向けた棗は、声を殺して泣いた。
泣いても現状が変わるわけではないが、泣かずにはいられなかったのだろう。
少女の落とす涙は、明日への希望を示すものでありながら、明日への絶望を恐れる証でもある。
有真に頭を撫でられ、棗は泣いた。声を極力出さずに泣いた。

「日常を、あなたを、好きになればなるほど苦しくなるわ。愛別離苦ね」
「人は、いつか死ぬんだから仕方ないよ。事故ですぐに死んじゃうこともある」
「あなたが死んだら私も死ぬ」
「太宰コースに片足突っ込んでないか?」

からかい混じりに放たれた有真の言に、棗は大きく首を横に振って応対した。
涙は流れているが、美貌は損なわれることなく。
黒い髪を流して、薄くはかなく微笑む少女の姿は、精巧なガラス細工を思わせる姿で。
他の何にも増して美しい、と有真は少女の姿を見て思った。


「ううん。片足たりとて、どこにも突っ込ませない。この体は、全部、あなたのものだから」



棗のその言葉があってから、有真は何をしたのかあまり覚えていない。
ただ、棗が心の底からいとおしくて、それでいて悲しくて。
抱きしめ、頭を撫で、接吻をし、むちゃくちゃをやったような気すらある。

意識が覚醒した時には、有真は棗を背負って、自宅まで到着していた頃だった。
どこをどうやったらこのような状況になるのか、痛む腰を無視して考えても答えは出ず。

「ゆ、ゆーま、すごすぎ……。絶倫エロ魔人の片鱗を見たわ」

うんうんと悩んでいれば、背で寝ていた棗は目覚めた。
はふぅ、と吐き出される桃色の吐息は、艶という艶に満ち満ちている。

「……俺、そこまでひどいことした?」
「うん、したした。舌技だけで何回もイかされたし、私。もうそれからあとは無茶苦茶」
「う、ごめん」
「いえいえ、いいのよ。……で、自宅まで私を連れ込むってことは、二回戦やるつもり?」
「いや、そうじゃなくて」
「ええー、やりましょうよ。ね? 運が良ければガキだって出来るんだから。うへへぇ」

夕日さす路地。
平行線のやりとりをする有真と棗。
ひっきりなしに車の稼動音がこだまし、流れる風はどこか冷たく柔らかく。
行き交う人々が言葉を交わし、行き交う風の数々は、路地を行く人々に降りかかり。
それは有真と棗も例外ではなく。

「高校生で幼妻って、甘美なる響きよね!」
「わあああああ! こんな近所でそんなこと言うのやめろ!
って、秋山のおばちゃん!? ああ違うんです違うんです! その、これは」
「あ、私たち、結婚しまーす!」
「違うだろおおおおお! そうじゃなくて!」
「そんなっ!? じゃあ、今日あんなに激しく抱いてくれたのは嘘だというの!? 成田離婚よ!」
「うわああああああ! 俺の社会的外聞が大地をこえてマントルまで堕ちるううううう!?」


笑う。
ただ笑って、笑って、ふたりの顔には笑顔が満ち満ちて。
喜びも悲しみも、何もかもを内包して、風の祝福を受けたふたりは、いつしか手を繋ぎ合う。


「……ん。やっぱ、私は、有真のこと好きだわ」
「はいはい、こっちも同じ気持ちだから心配しないでいいよ。まったくもう……」
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして」

ふたりは、繋ぎ合わせる。
その手とその手を。

その、絆を。



(おわり)






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