サナギ
シチュエーション


男の子の涙を初めて見た。
切れ長の瞳から零れ落ちそうになっているそれは澄んで美しく、それでいて胸の奥をキュッと疼か
繭せる。
繭は思わずそれに指を伸ばして絡めとる。

「繭……?」

真司の意外そうな表情を見ていたら、頬が何故か赤らんだ。



スーパー高校クイズ。
真司はこの一年、優勝するためにあらゆる努力を重ねてきた。
伝統ある進学校のクイズ研究会に所属する彼は、クイズ史上最高難度を誇ると言われるこの番組
で、王座を奪取すべく取り組んできた。
要求される知識量は大学受験を遥かに凌駕する。
それでいて暗記だけでは勝てない。
チーム3人のバランスが重要で、文系科目から理系、果ては数学五輪の問題やひらめきを要求する
パズルまで出るという。
真司の担当は理系科目だった。
数学五輪出場経験を持ち、抜群のセンスと広い暗記量を誇る。
だが、彼は痛恨のミスをする。
準決勝。
並み居る私立難関高に並び、唯一勝ち残っていた公立高である彼らは、一対一のこの勝負でイーブ
ンだった。
雌雄を決する最後の問題。
数学五輪の問題だった。
見た瞬間、方針は立った。後はパズルのピースを当て嵌めるように解いていくだけだった。
彼にとっては楽勝の筈だった。
だがその油断がミスを誘った。
最後の最後の、繰り下がりを間違うという単純な計算ミス。
チェックをしていた筈の両隣の仲間達もそれを見過ごした。
解答ボタンを押した時、あまりの瞬殺に周りがどよめいた。
真司は勝利を確信していた。
フリップに書いた解答を掲げる。が、不正解のブザー。
その瞬間、頭が真っ白になった。
簡単に紐解いて見せた筈の問題は、突如高い城壁に包まれた城塞と化した。
もう一度、方針を洗い直す。
だが、慌てた頭には別解など浮かばない。
足掻いて足掻いて、どうしようもなくなった時、隣の敵が解答ボタンを押す。
間違ってくれ!──祈る。
だが、無情にも正解を告げる軽やかな音。この瞬間、真司の高二の夏は終わった──



繭とは二年になって同じクラスになった。
初めはその天然キャラが鬱陶しく感じられ、正直好きではないタイプだったのだが、逆に妙に目に
入るため、気になるようになった。
気になり始めるとどんどん突き詰めずにはいられない。
何事も始めたら突き進むのが彼の信条だ。
いつしか、クラスの中で常に彼女の存在を探すようになり、そして自分の気持ちを自覚した。
繭のことが好きだと。
終業式の日。彼女を体育館の裏に呼び出し告白した。
スーパー高校クイズで優勝したら付き合ってくれ、と。
その時繭は不思議そうに小首を傾げ、曖昧に微笑んだだけだった。
イエスとは言わなかったが、ノーとも言わなかった。
真司は不敵に笑う。

「優勝してみせるよ」



繭はその白い指先で絡め取った涙を赤い舌先でペロリと舐めた。
その、霞がかかったような不思議な瞳を細めて笑う。

「美味しい」

何故かその姿は扇情的で、真司はぞくりと背を震わせた。
淡い色合いの瞳。
色素が薄く、肌も髪も淡い。
もしかしたらハーフなのかと思ったら、クォーターだと言う。
華やかな美少女ではないが、その淡い雰囲気と容貌で一度見たら忘れられない強烈な印象を与え
る。
真司は切れ長の瞳を細めて、そっと少女の頬を触る。
繭が欲しかった。
しかし、悲願の優勝と共に彼女も失った。
そのはずが、何故か今彼女は彼の隣にいた。
敗戦の後、一緒に出場した仲間達の誘いを断って、応援の友人達とも離れるためにマックに寄って
時間を潰したと言うのに。
人もまばらなホームで放心していたら、いつの間にか隣にいた。
励ますでもなく、諌めるでもなく。
ただ静かに隣にいる。
だが、真司は見た。彼が敗戦した瞬間、悲痛な表情を浮かべた彼女の顔を。
悲しませてしまった。

──辛い。

また、涙が込み上げてくる。
頬に温かなものを感じた。
顔を上げると、彼女が彼の涙を舐めていた。
舌先の感覚に驚き、しばらく呆然とする。
繭の顔が近づいた──と思ったら、軽くキスをされていた。

「うちにおいでよ」

プラットホームに滑り込んできた列車に、繭は真司をいざなった。



繭の家は真司宅の最寄り駅の隣だった。駅から徒歩10分。
ごく普通のマンションだ。

「誰もいないよ」

繭は微笑み、真司を招き入れる。

「お邪魔します」

まるでショールームのような調度品なのだが、どこか現実感がない。
一度は諦めた繭に、こうして彼女の家に招かれているという事態からして現実とは思えない。
夢の世界にいるかのような心地がする。
繭はエアコンを入れ、窓を開けていた。
その現実的な動きを見て、やはり夢ではないのかと自問する。
勧められるまま腰を下ろし、彼女が差し出すグラスを手に取った。
よく冷えた烏龍茶を一気に飲み干すと、ようやく人心地つく。

「何で誘った?」

向かいのソファーに座り、同じく烏龍茶を飲んでいた繭は、けぶるような笑みを浮かべる。

「何となく」
「優勝してみせるなんて格好付けたのに──この様だ」
「別に」

繭は小首を傾げた。

「何でキスした……」
「うーん……」

繭は言い淀み、立ち上がった。
後ろを向いたかと思うと、しばらくしてそっと振り返った。

「涙が綺麗だったから」
「俺の……?」
「そう」

しなやかな動きで真司の傍に近寄ったかと思うと、またキスをした。
軽く触れただけなのに、その部分だけが発熱したかのように感じた。
あの時が初めてのキスだったんだと気付いたら、頬も熱くなった。

唇の熱は腹の奥へと伝わり、直接的な欲望へと化学反応を起こす。

──誘っているのか?

だが、踏ん切りがつかない。
少女は彼を見つめながら、淡い瞳に笑みを浮かべている。

「もう一度、舐めたい」
「──何を?」
「涙」

その答えに困惑する。
流せと言われて流せるものでもない。

「無理だよ──」
「残念」

ちっとも残念そうに思えない声音。
もう一度、彼女の顔が近づく。

「何でキスする?」

もう一度訊く。

「綺麗だから」

唇が触れそうな距離で繭が囁く。

「誰が」
「正木くん」
「男に言うセリフじゃないだろ」
「そう?」
「そうだよ──」

彼女の後頭部に手を伸ばし、そっと引き寄せる。
今度は目を閉じた。
夢なら覚めないように。



強引に舌を割り込ませたらピクッと肩を震わせた。
嫌がるかと思ったが、繭は微かに頬を赤らめ身体を離そうとする。
後頭部を押さえる手に力を込め、強引に口内を蹂躙する。

「あ──…」

更に深く探ろうと唇を離した一瞬、小さな声が上がった。
脊髄を刺激する微かな声に、下腹部に痛みを伴って勃ち上がるものを感じる。
色素の薄い白い首、細い肩。
真司の胸の中で微かに震えている。
怖がらせたか──
自分の行動を後悔する。

「悪い……」

後頭部から手を離した。
そのぬくもりが手から離れてしまうのが惜しい。
繭はその瞳を開き、真司を見つめた。
霞の掛かったような──と思っていた瞳が濡れていた。
匂い立つ色香に眩惑される。

「駄目」

何が駄目なんだと詰問したかったが、頬に口付けられる感覚に何も考えられなくなる。
柔らかな舌が頬を撫でる。
くちゅ、と唾液の絡まる音がした。
捉えようとすれば逃げ、手を離すと寄ってくる。
苦しくなって髪に手を伸ばせば、甘く香る。

──やはり、夢か……。

ならばと肩を引き寄せ、もう一度口付ける。
唇を舐めればようやくその扉は開き、彼を甘く受け入れた。



ソファーに押し倒すように体重を掛けると、呆気ない軽さで倒れた。
耳朶を甘噛みし、首筋に唇を滑らせる。
柔らかな皮膚に甘い香りを感じた。
年頃の少女らしいコロンなのか?いや、もっと清涼感のあるそれは──彼女の体臭だろう。

強めに吸うと、また「あ……」と声をあげた。
制服のリボン、水色のシャツのボタンと徐々に彼女を解いていく。
隙間から顕になった抜けるように白い肌に興奮を覚えた。
そして、白地に水色の小花のレースをあしらったブラジャー。
その小さめのカップの後ろには柔らかな膨らみが息づいている。
下の部分に手を掛けて、上にずらし乳房を露出させた。
桜色の乳首が柔らかそうだった。
そっと指の腹で撫で上げた。

「ふ……ぁあんっ……」

漏れる息づかいに甘い声が混じった。
その瞬間、彼の中の何かが音をたてて切れ落ち、むしゃぶりつくように舌を這わせた。

「蔵田……!」

彼女の名字を呼ぶ。
本当は名前を呼びたかったが、気恥ずかしく名字でしか呼べない。
繭は熱を持った瞳で真司を見つめる。
そして、今度は自分から口付けをせがんだ。
唾液を交換し合う。
舌の絡まり合う淫らな水音。
何て柔らかく、蕩けるような口付けなんだろう──
やはり夢だと確信する。
小さな膨らみを、掌全体を使ってそっと包み込む。
暖かな体温。そして、例えようもない柔らかさ。
指先に微かに力を入れるようにすると、彼女の肩が震えた。
唇を離して顔を覗き込むと、眉根に小さな皺を寄せ、頬を微かに赤らめていた。

「感じるのか……?」

呟くように囁いた声に小さく頷く。

「どうすればいい?」

目の奥を覗き込む。

「判らない……」

小さな声だった。

「しても……いいのか?」

何が、とは言わなかった。

「したいの?」

何が、とは言われなかった。

──憐憫なのか。
──性欲なのか。
──愛情なのか。

「蔵田……」

もう一度名を呼ぶ。
繭がその薔薇色の唇を開いた。

「繭──」

『と呼んで』とは言わなかったが意味は通じた。
口の中で「繭──」と反復する。

「俺は真司だ」
「真司──」

まるで幼子のようにおうむ返しする。
名を交換し合うと本当の恋人同士になれたような気がした。
真司は口付けながら、繭のスカートを捲った。

ブラジャーとお揃いの白いショーツ。
クロッチ部分を布地の上から輪郭をなぞった。
そこは染みができており、生地越しにじっとりとした湿気を伝えた。
柔らかな体毛の直ぐ下を指で探すと──あった。
女の快感を伝えると言われる突起。
生地の上から優しく撫でる。
彼の肩を掴む指先に力が込められ、痛みを感じた。
繭は苦しそうに息をあらげ、頬を上気させている。
乳首を舌先で愛撫しながら、円を描くように撫でる。

我慢できず、横から指を差し込んだ。
くちゅと粘った水音。とろとろに蕩ける柔らかな泥濘。
真司は感動のままに指を蠢かして中を探った。
入口近くのざらっとした部分を引っ掻くように刺激する。
甘い吐息はいつしか、嬌声と呼ぶべきものへと変わっていった。

「真司──いやっ、怖い……」
「繭──」

そっと腕の中に包み込んだ。

「怖いのか?」

真司が問うと長い睫毛を震わせてその瞳を開いた。
夢見るような──濡れた熱い瞳。

「気持ち好すぎて怖いの……」

恥ずかしそうに微笑んだ。
真司は胸が一杯になり口付けすると、無言で繭のショーツを剥ぎ取った。
髪よりも幾分濃い色の翳りの下に、薔薇色の花弁が開いていた。
上部の突起は既に顔を出し、赤く色付いている。
そして、先程までの彼の指を受け入れていた花弁の奥からは愛液が滴っていた。

「恥ずかしい……」

繭は顔を両手で隠した。
シャツのボタンを全開にし、ブラジャーのカップを胸の上に乗せ、タータンチェックのプリーツス
カートを捲り上げたその姿は、息を飲むほど扇情的な眺めだった。
眩惑されるように、花弁の中心に口付けた。

「あぁ……んっ──」

一際高く甘い声。
小さな突起を、固くした舌先で刺激し、唇で包み込み、吸い込む。
中指で中を解すように愛撫し──さらに一本、そしてもう一本と増やす。
繭はソファーの端を握り締め、嫌々をするかのように首を振っている。
嬲れば嬲る程に柔肉は溶ける。
真司は夢中で自身のベルトを解き、ファスナーを下ろして固くなった陰茎を取り出した。
避妊をしなくてはならないという意識は飛んでいた。
この柔らかなものに己れを突き立て、包まれ、そして快楽を得たい、もうそれだけしか考えられな
かった。
互いに着衣のまま、彼女の中に押し入った。

──これは、夢なんだから。

リアルな淫夢だと思う。
想像していたような抵抗もなく、するりと中に入ったが──どう動けばいいのか。
戸惑いながら繭を見つめると、彼女は静かに涙を流していた。

「ど、どうした?痛いのか?」

今まで夢中で、彼女を思いやる余裕が無かった。
明確な同意も得られぬまま繋がってしまった。
もしや、処女──?

「繭……痛い?」

だが、もしやそうだと言われても最早抜くこともできない。
入れているだけで、全身を快感が貫くようなのだ。

「初めて……なのか?」

ただ、涙を流しているだけだった繭にようやく反応があった。
こくり、と小さく頷いた。
真司も全くの初めてで──彼女もそうだと言う。
バクバクと心臓が大きく鼓動し、頭が真っ白になる。
昼間のクイズの再現のような気がした。
これは淫夢ではなく、悪夢だったらしい。

「続けて──真司」

パニック寸前の彼を救ったのは繭だった。

「大丈夫──嬉しいから」

嬉しい?

「え……」
「真司、泣いてた。私、あなたを癒してあげたかった。ずっと好きだったから」

彼女は彼の腕の中で小さく微笑んだ。
やっと捕まえた──

夢は今、現実の重みを持って目の前に拡がっていった。



「俺、夢中だったから避妊具着けていない……」

おたおたと慌てる真司に繭子は微笑んだ。

「この前、学校帰りに貰ったのがある」

身体を起こす繭に譲って、陰茎を抜く。
繭は財布から小さな避妊具を取り出した。

「着け方、知ってる?」
「多分……」

パッケージごと貰い、口を使って封を切る。
上下を確認し、空気を抜きゆっくりと被せる。
ついでに、制服も下着も脱ぐ。
繭も彼の横で脱いでいた。
横になっていた時より、胸が大きい──気がする。
互いに生まれたままの姿になって抱き合った。
優しく口付け合う。

「怖かったら言って」

こくん、と繭は頷いた。
もう一度繭をソファーに横たえ、両足を肩に担ぎ、己れの昂りを突き入れる。
今度は慎重に腰を進めた。
柔らかな締め付けが脊髄を這い上がり、思わず声を漏らしてしまう。
繭は泣いていなかった。

「痛い?」
「平気」
「そっと動くよ」

彼女のいらえを待たず、腰を引く。
気を付けながらも本能のままに浅く深く動かす。
懸命にこらえるその様が愛おしい。

「繭……」

繭の吐息は徐々に甘くなってきた。
痛みだけではない疼きを感じているのか──?
繭は蕩けるような笑みを浮かべた。

「真司──」

彼の名を呼ぶ。
言葉にできない熱い想いが身体の奥から込み上げ、胸の奥を締め付ける。
もう限界だった。
彼女の身体を気遣う余裕も無くなり、真司は繭の名を何度も呼びながら激しく腰を打ち付け、身体
中の全ての想いを解放した。



気付いたら、部屋の中は暗くなっていた。
真司は慌てて彼女から身を離した。

「繭、大丈夫か?最後、優しくできなくてごめん」

繭は静かに首を振る。
足の間に流れる鮮血──純血の証が胸に刺さる。
テッシュを持って来てそっと拭ってやり、自分のも処理した。
互いに身繕いを終え、もう一度抱き合って口付けし合う。

「おうちの方が戻って来る?」
「大丈夫だけど、ご飯作らなきゃ」

たしか、繭は母子家庭だった。
繭を見つめる。
ついさっき彼が手折ったばかり花は、輝くばかりの美しさで鮮やかに香っていた。
どちらかと言えば曖昧な印象だった瞳は、今やきらきらと澄んだ輝きを放っていた。
たったそれだけで、なんと美しい少女に生まれ変わるのだろう!
真司はそっと恋人を抱き締めた。

「ありがとな……繭」

昼間の悪夢は繭に昇華され、もう奥の方で小さく疼くだけだった。

真司は想いを込めてもう一度彼女を抱き締めた。
繭は柔らかく微笑んだ。
そこにはもう少女の不安定さはなく、女の優しさに溢れていた。
それは蛹が蝶になる鮮やかさに似ていた。
俺は、そんな繭に似合う男になれたのだろうか?──真司は自問した。








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