悠樹×真弓(非エロ)
シチュエーション


昨日は一昨日の続きだった。
今日も昨日と変わりなかった。
それでも、明日は違うと信じていたい。

* * *

ピピピピピッ

「………………。」

ピピピピピッ

「………………ん。」

カチ。

朝から不愉快な電子音で目が覚める。
まだ外は薄暗いが、いつものことだ。日が延びたせいか、近頃はだいぶまし
になってきている。

「ふぁ…。」

私は朝に強い方ではない。それなのにこんな時間に起きるのには、ちょっと
した訳がある。
とりあえず顔を洗って制服に着替え、リップで唇に色を注す。周りからは化
粧っ気がないって言われるけど、高校生ならこれで充分だと思う。
髪型だって別にこだわってるわけじゃないけど、ユウが「長いほうが好みだ」
みたいに言ってた…と思うから、肩にかかるぐらいで整えてる。

私の朝が早い理由。それは、身嗜みを整えた後の日課。
ホットミルクとトーストの簡単な朝食の後、私はエプロンを着けなおしてキ
ッチンに立つ。
今日の献立はピラフとレタスを添えたミートボール、それにポテトサラダ。
デザートを適当につめて、お弁当ができあがる。別に凝ったものじゃないし、
かといって超手抜きにしたつもりもない。

…ここまでなら、普通かもしれない。でも私は、同じものをもう一つ。こち
らの弁当箱は、私のより少し大きい。

ユウに、食べてもらいたい。
そう思って、毎朝ずっと二つのお弁当を用意している。

* * *

学校への通り道、ユウの家の前でユウが出てくるのを待つ。

「おはよう。」

私の一日の中で、一番緊張する瞬間。
トーストを咥えたまま飛び出してきたユウ。自分と同じ朝食のメニュー。たっ
たそれだけのことが嬉しくて、自然に笑みがこぼれる。

「急がないと、遅刻するよ。」

私の言葉にうなずくと、ユウは急ぎ足で歩き出した。コンパスの小さい私はど
うしても駆け足に近くなってしまう。

「ユウ、ちょっと、速いよぉ。」
「遅刻しそうなんだから、しょうがねぇだろ。」
「もう、遅れそうなのは誰のせい?」

待ってた私も私だけど、ちょっと不服。
ちょっぴり拗ねた私に、ユウは困ったような笑顔を向けた。

ユウの、こんなちょっとした表情が好き。初めての引越しで不安ばかりだった
私にとって、ユウが向けてくれる優しさはとっても大事なものになった。

* * *

「…ユウ?」
「…ん?」

授業の間、ユウは堂々と机に突っ伏して寝ていた。

「見事な爆睡だったね。」

寝起きの顔もなかなかにかわいらしい。
…なんて本人に言ったら怒るのかな?
…ううん、きっとユウは怒らない。きっと、「見るなよー」って照れるんだ。 そんな姿が簡単に想像できてしまって、思わず笑ってしまう。

「ねぇ、あんたたち本当に付き合ってないの?」

ユウの向こうから、親友の里加が近づいてくる。

「何だよいまさら…」

寝起きの不機嫌な声でユウが答える。
里加は私がユウに好意を持っていることを知っている。こんなことを聞くのは、
何気にユウの気持ちを聞きだそうという魂胆なのだろう。

「だって、端から見たらそうとしか見えないよ?学校来るのだっていつも一緒じ
ゃん。」
「…家が近いだけだって。」

そっけないユウの返事。なんだか悲しくなってくる。

「どーだかね……真弓、購買行かない?昼休みに行ったんじゃ、混んじゃうでし
ょ。」
「ん。いいよ。ユウも行く?」
「俺はいいや。弁当あるし。あ、でもお茶だけ買ってきて。いつものやつ。」

…またか。
ユウにお弁当を作り始めてから、一度も渡せたためしがない。いっつもお弁当
持参で来るユウなんだから、あたりまえではあるけれど。

「ん。わかった。」

「…で?今日もお昼をご馳走になれるのかな?」

悪戯っぽく笑う里加。私のお弁当は、毎日里佳のお腹に納まっている。陸上部
の里加はユウのために用意した分でも平らげてしまう。

「…ごめんね、毎日付き合わせちゃって。」
「いいって。真弓の料理は美味しいからな。悠樹も馬鹿だねー、こんなにうまい
ものほっとくなんてさ。」

大き目の弁当箱を受け取りながら、冗談交じりに笑う里加。
いつかユウにお弁当を渡せるようになったら、今度は三つ作らなきゃ。
・・・そんな風に思えるくらい、里加はおいしそうに食べてくれた。

  ** *

放課後、特に用事も無かった私は図書室にいた。
難しい本は苦手だけど、この空間特有の静けさがお気に入り。
ここへはよく来るし、慣れた場所ではあるんだけど、今日は全然落ち着かない。
だって、今日は里加が・・・ユウをつれて来てくれる、はず。

「今日、野球部はオフになったってさ。私が悠樹引っ張ってくからさ、
一緒に帰んなよ。」

そう言って悪戯っぽく笑ってたけど、その心遣いが素直にうれしい。
もっとも、慣れた場所で緊張してるのはそのせいなんだけど。

「来たよ、真弓。」

里加が来たときにはだいたい借りる本の目星はついていた。

「ん、ちょっと待っててね。」

里加の後ろで待ってるユウに目が行って、ちょっと声が上ずった。

「お待たせ。」

いそいで二人のところへ戻って、家路につく。
とはいっても、里加とは家が逆方向だから、校門で別れることになる。
だからほとんどユウと二人で帰れるんだけど・・・
当のユウはそんな私と里加が一緒に帰ることを不思議に思ってるような顔してる。

「鈍いやつだな、おまえ。」

別れ際、里加が唐突にユウに言った。
ユウに私の気持ちが伝わっちゃいそうで、思わずそっぽを向く。

私だって、もっとユウの近くにいたいと思う。
だけど、すでに私たちは結構仲良しだ・・・と、思う。
今のこの関係はなんなんだろう?
近くに行きたいけど、遠くなってしまうのが怖い。
結局、私は臆病なのかな。

ユウとの帰り道、朝と同じ時間が流れていく。
ちらちらと横顔を見てみても反応は薄くて、ちょっと悲しくなってきた。
夕日に染まり始めた町は人気もなくなり始めている。

「ねぇ、ユウ。」
「ん?」
「里加ってさ、誰か好きな人いるのかなぁ。」

ユウの事を聞くのは怖いから、ちょっと外れた質問。
意気地ないなって自分でも思う。

「わかんねぇ。っていうかさ、真弓が知らないのに俺が知るわけないじゃん。」
「本当に?里加、私にはしつこく聞いてくるのに自分のことはなんにも教えて
くれないんだもん。…ユウなら知ってるかと思ったんだけどなぁ。」

あまりにそっけない答えにちょっとがっかり。

「…聞かれるんだ?」
「聞かれるよー。ユウとは本当に付き合ってないのか、って。」

思わぬ切り返し。
胸がどきどきする。
必死に平静を装って、今の距離を保とうとする。
 
近づきたい。
離れたくない。

相反する想いの中で、自分の殻にしがみついた。

「…そりゃ、里加もわかってねぇな。」
「…だよね。ふふっ。」

・・・胸が、痛い。
私はここにいるのに。
ユウは見てくれないの?
精一杯の強がりで、笑って見せるのが私の弱さ。

 

「じゃあね、ユウ。」
「ああ。また、明日。」

ユウの家の玄関先で、挨拶を交わす。
ユウの顔は見たいけど、今の私の顔は見られたくない。

だから振り返らずに家まで走りたかった。
走り出さずに歩いたのは、せめてもの強がり。


 明日のお弁当のおかずは何にしよう。
 明日もあさっても、いつも作って待ってるから。
 いつかは食べてくれるよね。






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