自慰や
シチュエーション


昼下がり、気持ちの良い日が差し込むころ。
この屋敷の執事であるアサトは高級な絨毯を踏みしめ歩いていた。手には薄茶色の小包をもっている。
濃い色の目、濃い色の髪、けれど出身は想像が出来ない。
その容姿から年齢を読むことも難しく、奇妙だが不快ではない男だった。

アサトはある扉の前で立ち止まり、白い手袋に包まれた拳で軽く叩く。控えめなノックの音が響くが、部屋の主は何も答えない。

「お嬢様……いらっしゃらないのですか?」

アサトは少し待ち、静かに扉を開けた。

すると、ばさばさと布を大げさに捌く音。
アサトは足を部屋に踏み入れ後ろ手に扉を閉める。訝しげな視線を部屋の奥にやると、ベッドの中央が不自然に盛り上がっていた。

「……ユメノお嬢様?」

「勝手に……入ってくるなんて!」

厚い上掛けの中から篭った声が答えた。
察するに、屋敷の主人の一人娘のユメノお嬢様は、昼間からベッドの中に居たらしい。

「失礼いたしました。外出なさっているのかと。外は良い天気ですよ」
「ああ、そう。でも私は今日は部屋でこもって読書の気分なの」

申し訳なさそうな様子は一切感じられないアサトの声音にひるんだユメノは「それに昨日は、遅くまでキャンベル邸で夜会で疲れたし……」と言い訳がましく続けた。

「ノックにも気付かずに熱中していらしたと……読書に」
「そう! そうなの。で、何か?」
「はい。密林商会からお嬢様にお届け物だそうです。お買い物の心当たりはございますか?」
「密林……あるわ。ありがとう。置いていって」
「かしこまりました」

アサトはベッドに歩み寄る。
その気配を察した布の塊は内部で身じろいだ。
もぞもぞとうごめき続けるそれを一瞥し、アサトはベッドサイドのテーブルに小包を置く。
布の塊は動きを止め、役目を終えた執事の退室を無言で待っているように見えた。

「……ところでユメノお嬢様」

そこで言葉を切りアサトが息を吐く。
それがため息なのか、笑いなのかはアサト本人にも解らない。

「お探しの下着はベッドの下に落ちていますよ」

たしかに、アサトの足元には丸まった女性用の下着が落ちていた。その近くには揃いのレースのキャミソール。ユメノが包まっている上掛けからは部屋着に使っているワンピースがはみ出て床まで垂れている。

「いいかげんにしたらどうですか。隠しきれているとでも?」
「なんの……こと?」 

まだ顔も出さないユメノに、アサトはため息をつく。

「お嬢様、あなたのお召し物をランドリーまで運ぶのは、誰だと思っておいでですか?」
「人の、洗濯物を!? そんなの卑怯よ!」
「偶然、気付いただけですよ……おや、後ろ暗いことが何も無いのなら、どうして声を荒げるんです?」
「……大体あなたも! そんなの見て見ない振りくらいしなさいよ、執事でしょ!?」
「今までは目をつぶって差し上げていましたが、最近のお嬢様はすこし活発すぎます。……失礼いたします」

言うなり、アサトは勢いよく上掛けを引いた。
ユメノはとっさに手を上げるが空を掴む。
そこには予想通り、全裸のユメノが顔を赤くしていた。
横向きに寝て膝を曲げ、腕で体をかばうが意図した意味をまったく成さず何も隠せてはいない。


「良い格好ですね、ユメノお嬢様。まさに読書にふさわしい」

アサトの無表情での皮肉にユメノは顔を赤くするが、さらに無遠慮に言葉が続けられる。

「別に、ユメノお嬢様くらいの年頃の子が、そういう事に興味を抱くのは自然なことです」

アサトは上掛けを床に放ると、ベッドサイドに片膝をついてかがみこんだ。
顔の距離が近くなり、反射的に身を固めたユメノは目を硬く瞑る。すると、いつのまにか手を掴まれた。アサトの片手はユメノの右手首を握り、もう片手は肘辺りをしっかりと押さえている。
ユメノは右腕の自由が利かなくなった事よりも、いつもとは違う執事の無礼に目を剥いている

「アサト! あなた何を!」
「しかし……こんなに長い爪で弄ってしまっては、傷でも付けたらどうするおつもりですか」

ユメノの爪は過剰ではないが、それなりに飾り立てて手入れをしてある。
その指にアサトは口付けた。
ユメノが驚いて手を引こうとするが、アサトは手首をしっかりと掴んだまま放さない。手袋越しに細くも骨ばった男の手の感触にユメノは身を竦める。
アサトはユメノの指に舌先で触れ、そのまま付け根まで舌を這わせる。そして指の股を押し開くように舌を押し付け唇でついばんだ。

「悪い指ですね」
「あ……うぁ……、……痛っ!」

指の付け根に歯を当てられて、ユメノは声を上げる。
皮膚だけを甘く齧られただけなのに体中が痺れた。
その場所をさらに舐め上げられて肩をすくめる。唇はいつの間にか手のひらに押し付けられて、舌先はゆらゆらと動いていた。
噛まれ、舐められ、ユメノがどう感じていいのか解らずに混乱していると、いつの間にか手は開放されていた。
ユメノが見上げると、唇を舌で舐めているアサトの顔があった。

「私は、あなたの世話をする為にこのお屋敷にいるんですよ」
「……それが?」
「あなたはご自分の指を汚すよりも、私を呼べば良いんです」

すっかり涙目になったユメノは、相変わらず無表情のアサトを精一杯睨みつける。

「そんなこと……出来るわけがないじゃない!」
「自らを慰めるよりは、恥ずかしげのない行為だと思いますがね」

冷たく言い放つアサトに、ユメノはまた顔をかっと熱くさせる。

「ユメノお嬢様。あなはもいつかはどなたかに嫁ぐ身ですよ? その前に悪い癖をつけてしまうなど……それに」
「それに……?」
「それに、一人で悦んでいるよりは、おねだり上手なお嬢様のほうがよっぽど可愛い」

あまりの言い様にユメノが絶句していると、アサトは肩をすくめて苦笑した。






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