ホスしき!
シチュエーション


―ガシャーン!

「ぅああっ、もっ申し訳ありませんっ!」

若い執事は慌てふためいて床に屈み込んだ。
台拭きで床に溢した紅茶を必死で拭う。

(僕は最低だ!またヘマやってしまった)

もさい丸縁メガネを涙で曇らせながら床をセコセコ拭く男の姿。正に無様である。

「マ〜キ〜ノォ〜…」

地を這うような声にビクッと縮み上がって、執事・槇野は声の主を見上げた。

「亜美子(あみこ)お嬢様っ…」

名を呼ばれたその少女は仁王立ちで腕を組み、這いつくばる槇野を鬼の形相で見下ろしていた。
カールした茶髪のロングヘアーが背でうねり、地獄の炎を背負うかのような威圧感を発している。

「お前はなぁ…」

彼女が組んだ手の先には、槇野が床に落として割ったカップの取っ手が握られていた。
あわわわわ、あれはお嬢様のお気に入りのカップ…!
槇野は歯の根も合わぬまま、真っ青になって身を凍えさせる。
身動きのとれぬ獲物を前に、ラメのシャドウで飾られた亜美子の瞳がクワッと見開かれた。

「本っっ当に使えないダサ野郎だな!!もっさいメガネして!!!」

怒号を全身に叩き付けられ槇野はフギャアと飛び上がる。

「ひぃいっ、ごめんなさいごめんなさいっ!」

手で頭をかばい身を屈めてヘコヘコ謝り続ける。どこまでも無様である。

「お前っ!今月入ってドジしたの何度目なんだよ!言ってみろ!」
「は、はいぃっ、ごっ、五回でございますぅ」
「五回!ご・か・い!だぞ、それがプロのやることか!お前サービス業舐めてんのか!?」
「ななな舐めてないですっ!申し訳ありませんっ申し訳ありませんっ」

もう鼻水すら垂らす勢いで泣き、土下座を続ける槇野。
その床に擦り付ける頭を、今にもミュールで踏み潰しそうな剣幕の亜美子。
典型的な支配者と奴隷の図である。
しかし、亜美子はチラと時計を見ると、怒りを堪えるようにフゥーと長く息をついた。

「…もういい。片付けろ。すぐに出るぞ」
「…グスッ…はひぃ…あ、あのっお、お出かけなのですか…?」

鼻をズビズビすすりながら槇野は立ち上がる。

「そうだ、お前も出かけるんだ。――その前に!」

ビシッと亜美子の艶やかなデコレーションのネイルがテーブルに向けられた。槇野の視線もそれを追う。

「このテーブルの様子を良く覚えておけ」
「はいっ!」

槇野はハンカチでメガネや顔を拭き、真剣にテーブルを見た。
テーブルは一見して雑多な印象があった。

紅茶の飛沫は勿論のこと、亜美子の飲み終わった濡れたグラスやソーサーがまばらに置かれ、水滴の跡も目立つ。

(あんまり綺麗じゃないな…)

ウムムとテーブルと睨めっこする槇野をチラと見やり、亜美子は部屋を後にした。

片付けが終わった槇野は、可愛いらしいワンピースに着替えた亜美子にリムジンに放り込まれていた。

「うわぁ!」

座席のソファーにドテンと尻餅を付く。
次いで亜美子も乗り込み、運転手によりドアが閉められ。

「新宿まで」

席に座った運転手に亜美子は行き先を告げた。「かしこまりました」とすぐさま返事がきた。

速やかに車は発進する。窓から見える空はもうだいぶ暗い。
槇野はキョトンと隣の亜美子を見た。

「亜美子様、し、新宿に?」
「そうだ。わざわざお前のために行くんだからありがたく思え」
「えっ?そんな!ぼ、僕なんかのために!?ええっ、何をしに行かれるのです?僕、こんないつものスーツだし…」

槇野は自分の着衣を見下ろす。黒いスーツはまだいいとしても、白いシャツは立襟だしクロスタイだし、繁華街に行ったら悪い意味で目立ちそうだ。
亜美子は「まあ、変だけど、そんなに浮かないかも」と良く分からないことを言う。

槇野はその意味はよく理解できなかったが、とりあえず緊張に身を正した。

(亜美子様がダメ執事の僕のためにわざわざ…。一体どこに連れて行ってくださるのだろう)

タイを直したりメガネを直したり落ち着きのない槇野とは対照的に、亜美子は足を組んでリラックスしたまま外の景色を見つめていた。
窓を見た、横顔でポツリと話し出す。

「お前はさ、いつも何を思いながら私の世話してんの?」
「へっ?」

不意な質問に、槇野は答えに詰まる。

「その…ええと…」

いつも亜美子の身の回りの世話をする時、常に思っているのは、亜美子自身のことである。
今日はご機嫌悪いなーとか、風邪気味なので心配だなーとか、今日もオシャレで可愛いなーとか、綺麗だなー好きだなーとか……
槇野は頬を赤くした。
執事の分際で何をと自分でも思うが、可愛くて強気な亜美子に惹かれているのは事実なのだ。

(いつも僕は亜美子様に見とれて、亜美子様のことで頭がいっぱいで…)

ゴニョゴニョ

こんなことを本人に言うわけにもいかず、しどろもどろになってしまう。
亜美子は要領を得ない槇野の答えにケッと顔をしかめた。
そうこうしてる内にリムジンは目的地に辿り着いた。

テレビ番組でよく中継されている場所だ。今も駅前の開けたスペースに人が大勢たむろしていた。

「ここでいい、ありがと」

亜美子が停車指示を出す。
駐車スペースに車を停めると、槇野は亜美子にタイを掴まれリムジンから引きずり出された。
ゲホゲホとむせながら、亜美子に連れられるままに信号を渡り、路地に入る。
槇野は徐々に不安になった。

「あ、あのっ、どこに…」

だが亜美子はそれに答えずスタスタと進んで行く。
なんだか妖しげなネオンや店名の連なる通りではないか。
肌も露な女の子の写真が貼られた看板も見え、槇野の不安は最高潮に達した。

亜美子は、一件の店の前で足を止めた。

「ここだ」
「はぁ……は、はぁああぁいぃっ!!?」

その店を見た瞬間、槇野は通りに響く絶叫をかました。

『Club・ORIGIN』

黒光りする柱と金の装飾に包まれた扉。その横のショウウィンドウに飾られた茶髪の男性達のスナップ。

そう、そこはまぎれもなく、
ホストクラブだったのである。

「ぃらっしゃぃませーぃ」
「「ぃらっしゃぃませーぃ」」

入店と同時に男達の威勢の良い声が掛けられる。
槇野は思わずたじろいだ。
いらっしゃいませ、の「せ」にアクセントがあり、尻上がりに高くなる独特の発音。少しかすれた声は、酒ヤケというやつ?
暗い店内に、酒と煙草と香水の混ざりあった甘苦い空気が充満し、無数の男女の笑い声がさざめきあう。
亜美子はカウンターの人物と目くばせし、小声で話し合った。

「遅くなってごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫です。ではこちらへどうぞ」

応対するこの男は、地味な黒い服でホストという感じではない。ボーイさんなのだろうか。
男にテーブルへと案内される間、亜美子が「彼は内勤」と耳打ちしてくれた。どうやらホストクラブ内にも様々な職種があるらしい。
女性同伴ならば男でも入店できるとすら知らなかった槇野には、まったくの未知の世界だ。
槇野は歩きながらそっと周囲の様子を盗み見た。
間接照明で巧みにムードを煽る店内に、黒で統一された背の低い机とソファーが並ぶ。
キャバ嬢のような派手な女の子から、意外にも地味なOL風の女性まで、客はそれぞれのテーブルでホスト達と盛り上がっていた。

(皆楽しそう…)

アンダーグラウンドな怪しい場所かと思ったが、ホストクラブはなかなか明るく開放的な雰囲気だった。
槇野は少しほっとする。

予め用意されていたらしい角のテーブルと着くと、内勤は会釈してどこかへ向かって行った。
亜美子に倣って、ソファーの隣に槇野もおずおずと腰を下ろす。

「おい」

槇野の腕をグイッと引き寄せ、亜美子が耳元に顔を寄せた。

(ひ、肘に胸が当たってます!耳に吐息がぁっ…)

一瞬で沸騰する槇野だが、真剣な様子の亜美子の手前邪まな態度を出す訳にはいかず、ビシッと背筋を伸ばした。

「今から一流のホストがテーブルに付いて、お前に接客の基本を叩き込む。お前のために特別に店に頼んだんだ。
一応お客さんの少ない時間を選んだけど、それでも忙しい合間を縫って来てくれるんだから、しっかりと身に刻めよ」
「は、はいっ!」

亜美子の言葉に槇野は気を引き締める。
僅かでも成長して帰らねば、お嬢様にもこのお店にも申し訳が立たない。
そう固くなる槇野と厳しい顔で監督する亜美子の前に、トレイを手にしたホストが現れた。

「いらっしゃいませ」

微笑む茶髪の彼は、正に槇野が思い浮かべるホストそのものの姿だった。

軽く跪くと二人にお冷やとおしぼりを出してくれる。

「ああ、ど、どうもです」

ホストが両手で丁寧に差し出すおしぼりをペコペコ受け取り、槇野は感嘆した。

(イケメンだなぁ…)

長く流した前髪に、フェミニンとも思えるパーマのかかった襟足。鼻筋が通った精悍な顔に似合った細身で綺麗なスーツ。
これぞザ・ホスト。彼の前で古めかしいスーツを着て座っている自分が恥ずかしい。
亜美子が着席を勧めると、イケメンはきちんとお辞儀をして通路側の小さな丸椅子に座った。
槇野はハッとして彼の一挙一動に注目する。
この礼儀正しさと洗練された動き。彼の顔立ちよりもこれを見なくてはならないのだ。

「優夜と申します」

イケメンは自己紹介し、槇野を見た。

「今日はこちらの王子がホストのお勉強をされるということで…」

ブゥウーーーッ!

槇野は口に含んでいたお冷やを盛大に吹き出した。

「きゃあっ!?コラァ!ふざけんなよ槇野!」
「ずびばぜんっ!で、でも…王子って…」

突然の王子呼ばわりに槇野はゲッフゲッフと激しくむせる。王子って何?犬野郎の言い間違いではないだろうか。
幸い噴射物を被ることを免れた優夜は、慌ても怒りもせず、素早く槇野に清潔な手拭きを渡す。

そして、瞬時に台拭きでテーブルを拭いた。
優夜は苦笑して槇野に言う。

「お客様は皆『姫』。接客するホストは『王子』なんです。いきなりだからびっくりしますよね。ごめんなさい」
「いえ!そんな、僕が悪くて…」

優夜の手際の良さは圧巻だった。一瞬でテーブルも元通りに片付け、槇野もフォローするこの気配り。これが一流のサービスか…!
見れば、小さなワゴンがテーブルの脇に置かれており、そこに替えの灰皿や氷など、必要な物がすぐ取り出せるようになっているらしい。
僕も真似しようとじーっとワゴンを見ていた槇野の脇腹を、亜美子が肘でつつく。

「おら、テーブル見ろ。よそのテーブルも」

テーブル…
槇野はハッとして他の客のテーブルを見た。

(ど、どのテーブルも…綺麗すぎる…!)

「それでぇーなんか、私が悪いみたいに言われちゃってんのぉ」
「えーマジ?それ最悪じゃん!ありえないわー」

まるで友人との飲み会のようにはしゃぐあの一角。
担当となっているホストと会話に花を咲かせている横で、脇に小さく控えたヘルプが素早く机を片付けている。

「ねえ〜、どういう髪型の女の子が一番好き?」
「そうだな…好みっつーか、キミの髪型がいつでも一番好きだよ」

恋人同士のようにくっついているあのテーブルでも、客が目を離した瞬間、さりげなくホスト自身が客のグラスの水滴を拭った。
汚れた灰皿や飲み終わったグラスは自らの前に引き下げ、それをヘルプがササッと回収する。
なんという完璧な流れ…。
白鳥が水面下で激しく水を掻いているように、彼らは客に夢を与えながらも、常に綺麗な環境を保つ努力をしているのだ。
整ったテーブルで過ごす客は、ストレスなく心から寛げる。

(それに比べ僕は…いつもつっ立ってるだけで、全然亜美子様のために動いてない…)

自らを顧みて重い顔になる槇野に気付き、優夜は優しく声をかけた。

「上手いやり方さえ覚えたら、すぐに王子も最高のエスコートができるようになりますよ」

…優夜さん優しい。槇野はもさいメガネの下で目をうるませた。イケメンで性格が良くて、そりゃ指名もくるはずだ。

「とりあえず何か飲みますか?グラスの出し方や乾杯のお作法も覚えるでしょ?」

うーん、と亜美子はブラウンのロングをかき上げた。

「こいつお酒弱いからなー。なんか水多めの割り物でお願い。私は焼酎」

…亜美子様、結構飲むなぁ。

「はあ…優夜さんも努力なさってナンバーワンになったんですよね」

呟いた槇野の言葉に優夜は破顔した。

「やだなぁ!俺なんかがナンバーワンな訳ないじゃないですか!俺はヘルプですよ」

……は?

優夜さんのレベルでヘルプだと…?ホストクラブの戦力は底無しか。
亜美子は気まずいことを口走った馬鹿の頭をバシッと叩いた。

「なんかごめんなさい」

槇野の代わりに謝るが、優夜はいやいやと笑って流す。

「あ、ほら本物のナンバーワンが来ましたよ」

テーブルに近付く人影に気付き、優夜は顔を上げた。つられて槇野も亜美子もそちらを見る。

「悪い、お待たせ」

さっと上げた指に輝くシルバー。暗い中で映える純白のスーツ。ナチュラルに黒いショートカット。
こ、これがナンバーワン…?
槇野はズリ落ちた丸メガネを掛け直した。

…フツメン。

そう、彼は雰囲気イケメン。髪型と服装がきまっているフツメンさんだった。

「ううん、昴、忙しいのに来てくれてありがと」

亜美子はスバルと彼を呼んで笑った。ムッ。久しく見ない可愛い笑顔である。
昴は慣れた様子で亜美子の隣へ腰掛けようとするが、慌てて逆側へと回った。

「今日はカレが主役だったね」

ハハハと笑って槇野の隣に座る。
背もたれに腕を回し、槇野を包囲するようガバッと体を向けた。

開いたシャツの胸元から、フェロモンだかフレグランスだかがフワンと漂う。

(え…何この人近い、近いって)

槇野は思わず亜美子側にずり寄って逃げる。嫌な汗が額につたった。

「ね、槇野君さ」

ふいに名前を囁かれ、バクンと全身が跳ねた。「はいっ!?」

「君はすごく真面目で、いつも亜美子ちゃんのことを思って頑張ってるんだね」

ハスキーで、柔らかな声。槇野は思わずはうと胸を押さえた。

「そ、そうなんです!でも毎回毎回失敗ばかりして…」
「思いは強いのに、中々言葉や行動に出せない?」
「はいっ!本当に…空回りばっかりなんです」
「うん。それじゃ、君も辛いよね…解るよ」
「解っていただけますかぁ?うぅ、ありがとうございますっ」

と、ものの数秒で槇野は昴に落とされた。
亜美子は槇野の単細胞を横目で見ながら、「そういうのいいから実践的なの教えてあげて」と焼酎を煽った。

「ハハ、そうだね。じゃ、ほら見てごらん。今独りで席にいる姫は居ないよね」
「はい」
「姫が退屈したり寂しくならないように、ちゃんと気遣ってキャストを回してるからなの」

なるほどー、為になるホスト講座である。
槇野はふむふむと昴の言葉を噛み締めた。

厳しいプロ意識。客や先輩を立てる心構え。さらには女性の誉め方まで。
ホスト式の接客を必死に学ぶダサメガネの横顔を、亜美子はそっと見つめた。
槇野の、不器用だが真面目な眼差し。グラスで隠した亜美子の口元がふっと緩む。

「じゃーシャンパン入れよっかな!」
「ありとぅーす!」

突然挙手をしてピンドンをお買い上げした亜美子に、テーブルの周りはにわかにお祭り状態になった。

「ひっ、何?」

わらわらと集まってきたホストの群れに槇野はキョロキョロと辺りを見回す。出来上がった亜美子はケラケラ笑っていた。
マイクを持ったホストが司会者のように飛び出て、テーブル前で音頭を取り出す。

「こーちらーの姫からぁ、シャンッパンッいただきました〜!」
「「ぅぇあぃ!」」

よく聞き取れない合いの手が一斉に上がった。

「あ、感謝の心をぉ、あ、込めましてぇ(あいあい!)シャンパンコォール行くぞオラァ!(おぁーぇ!)
ハイ、姫ありがとう!(っえーい!)マジ可愛いよ!(かわいいよぉあ!)
ハイ、王子もイケメン!(あい!あい!)マジイケメンだぁ(いけめんだぁあ!)
あい、二人に感謝ぁ!本当にありがとぉ!いっただきまーす!!(いぃただきますぁあ!!)」

異界の儀式に固まる槇野を置いて、亜美子も優夜も昴も、皆高らかに乾杯していた。


「亜美子様大丈夫ですか?」
「だぁ〜めぇ〜」

うわ、酒臭い…。焼酎、ワインにシャンパンとチャンポンした亜美子は見事に酔い潰れた。
行きに通ったネオン街を、亜美子を背負って駅に向かう。涼しい夜風が心地よい。

(疲れたけどすごく勉強になったな。…やっぱりホストさんは皆かっこよかった)

星の少ない夜空を見上げると、途端に不安が胸を突いた。

「あの…亜美子様」
「なにー?」

かったるそうに、背中から投げやりな返事がする。

「亜美子様は、その…ホストさんみたいに、イケメンで話が上手な人が好きなんですか?」
「アホかー」
「え?」

いきなりアホって。

「だ、だって、今日も僕をホストみたいに磨きたいから、店に連れて来たんですよね」
「そんなにホストが好きならホストを執事として雇ってるわアホー」

投げやり調子のまま亜美子は言う。

「お前は本当にバカだなアホー。おらー、ここで休むぞアホー」
「へ?ここで…?」

足を止めると、そこはラブホテルの真ん前だ。
ガチッと全身を硬直させる槇野のうなじに、亜美子は顔を埋めた。

「お前はもう一つ学ぶことがあるな」

酔いも醒めたのか、それともさっきまでは酔ったふりをしていたのか、亜美子の声は少し落ち着いている。
ホテルで学ぶこと…

「せ、性教育ですか…?」

ゴンッと後頭部に頭突きされた。
自らも痛む額を押さえ、亜美子はダサメガネのダメ野郎と呟く。

「“私の気持ち”だ」


大きなベッドの上、バスローブ一枚を纏った亜美子が寝そべっている。
槇野は真っ赤な顔で、亜美子の上に覆い被さった。

「亜美子様…き、綺麗…です」

槇野は慣れない誉め言葉に照れながら、本当に綺麗な亜美子の頬に微かに触れた。

「言うようになったじゃん」

シャワーを浴びた亜美子はすっぴんで、勝気そうな眉と目元の印象が和らぎ幼く見える。
素顔の方が可愛くて好きだと槇野は思った。

「思いはちゃんと言葉と行動で姫に伝えなきゃだめって、教わったので…」

亜美子の胸元を緊張に震える手で開く。
重力で潰れた半円はそれでも可憐な形を保っていた。
桃色の先端を唇でつまめば、酔った体は緩慢に反応を示す。
舌で撫でられ、もう片方を指で押しされて、亜美子の乳首はジワジワと硬度を増した。

「もう…痛いってば!下手くそっ」
「ご、ごめんなさ…」

慌てて口を離し顔を上げる。

睨む亜美子の目はうるんでいた。マスカラではない裸のまつ毛に涙の玉が光る。

「!!痛かったですか?僕初めてで解らなくてっ、申し訳ありませんっ」

途端に青ざめて亜美子をわたわたと心配する槇野。
やっぱりダサいその様子に、亜美子はプッと小さく吹き出した。

「そんな大げさにしなくて平気だっつぅの。……お前は、いつも不器用だしダメ野郎だけどさ」

機嫌良く微笑むのは、やはり酒が抜けきれないからか。

「いつも真面目に頑張るもんな。私、ちゃんと見てるから」

嬉しくて、やっぱりなんだか申し訳なくて、槇野は恐縮したようにペコリと頭を下げた。

「ねぇ…、お前メガネ外さないの?」

亜美子は槇野の腰にすらりとした足を掛けて、槇野の纏うバスローブをずり落とす。
槇野は亜美子の広がった裾の間にぎこちなく手を差し込んだ。そっと指先で探れば、濡れた柔らかいものに当たる。

「メガネ外したら見えなくなっちゃいます…姫からは目を離しちゃいけないんです…」

言いながらそこを上下に擦った。亜美子は両足をヒクンと漕ぐように震わせる。

「んっ…あ、だって、邪魔、じゃんっ、それぇっ」

槇野は亜美子のバスローブを足まで引き下げ、優しく抜き取り床に捨てた。

「見えなきゃ、姫がして欲しいこと…解らなくなるから…」

素肌の亜美子を掻き抱いた拍子に、槇野の鼻先にメガネがズリッと落ちる。
体の分け目を撫でる指はたっぷりと濡れ、試しに一本挿し込めば安々と中に飲み込まれた。
亜美子の体を甘い快楽が襲う。出し入れされる指がひだを撫でた。

「やぁあんっ…あ!あっ、キス、するのに邪魔だって!」

亜美子は槇野の首に抱きつくとメガネをむしり取る。
噛みつくように、口付けた。
どちらの舌もシャンパンの香りが残っていて、二人はキスしたまま思わず微笑した。

「あは、酒くさっ…、うン!ああぁっ!あ!」

笑い声が鼻にかかった悲鳴に変わる。
入口を思い切り指で押し広げ、槇野の不器用で真っ直ぐな固まりがそこに割り込んだ。

「亜美子様っ…あ、姫…大丈夫、ですか…?」
「は…はぁあっ!…あ、あはは、やっぱお前には似合わないな…姫とか」

身を貫く硬い物に涙しながら、それでも亜美子は笑った。
チップを外した爪が槇野の背中に食い込む。痛ててと顔をしかめつつ、槇野も笑った。

お嬢様と執事って、ホストの永久指名に当たるのだろうか。
カップを割るドジが減れば、愛あるアフターも増えるかもしれない。






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