家庭教師
シチュエーション


――なぜ、今、自分は彼の私室で裸で転がっているのか。
確か風邪をひいたと聞いたから、お見舞いに林檎を持って部屋を訪れて───

国内でも有数の資産家の下に産まれ、蝶よ花よと育てられたニィナは生粋のお姫様だ。
男ばかり三人も続いた男兄弟の末妹で両親も兄達もニィナを溺愛している。
その過保護さは、ニィナの病弱な体質を理由に学校へやらず代わりに多数の家庭教師を雇うほどだった。
その家庭教師の中でも彼――クランは、名門の大学で教鞭を取っていた経歴と、複数の教科をこなす優秀な能力を買われ、屋敷に住み込みの教育係として滞在している。
男の身でニィナの側にいることを許されているのは親族以外ではクランのみだ。
そしてニィナは、そんなクランを師として兄として友として敬愛していた。今日、服をはぎとられるこの瞬間までは。

「…どうして…?」

ニィナは冷たい床を裸の背で感じながら、自分を押し倒す男に問う。

「貴方こそ、どうしてそんなに残酷なのですか?」

床に広がるニィナのミルクティー色の巻き髪を指でもて遊び、クランはいつもと変わらない声色で笑った。
いつもと変わらない優しい表情。その整った顔の右半分を大きくえぐる古傷も、片目だけの穏やかな視線もいつもと同じクランだ。

「残酷…?わ、たしが…?」
「ええ、ニィナ様が」

クランはニィナの愛らしい顔を、大きく繊細な両手でそっと包む。

「…どうして私がニィナ様のお側に置いていただいているか、ご存知でしょう?」
「それは…クラン先生がとても優秀な方だから…」
「これは酷い回答だ。0点を付けますよ。……正解は、私が醜いから、でしょう?」

醜い、と自ら口に出す瞬間クランの表情が一変した。
家庭教師の優しい顔は消え去り、自虐と劣情にまみれた冷笑が浮かぶ。
尊敬していた師が一瞬で他人へと変貌する姿に、ニィナは首筋に鳥肌を立てた。

「や…」

怖い。逃げようと肘を立てるが、すぐさま腕を掴まれ床に倒れ込む。

「こんな化物みたいな顔の男なら貴方と間違いなど起きないだろうと、そう雇われたのです。貴方も本当は分かっているのでしょう?」

ニィナは涙を浮かべて首を左右に降る。彼の待遇や外見をそんな目で見たことはなど無かった。
床に倒れるニィナにクランの影がゆっくりと被さってゆく。
ニィナの白い素肌をスーツの生地が撫で、二人の吐息が熱く混ざり合う。これから何が始まるのかニィナには分からない。

「私は…っ、私はただ、クラン先生が優しくて立派な方でっ……ぅ!」

言葉の途中で遮ったのはニィナの下半身に伸びたクランの手だった。
人差し指と薬指で貝を柔らかに揉み込む。

「い、いやぁっ!そんなところ触らないでください!」
「性教育ですよ。これからたっぷりと教えて差し上げます」

排泄にしか使わない不浄な秘所を他人にいじられ、ニィナはショックのあまり悲鳴をあげて暴れた。
抵抗するニィナのか細い体を体重差で押し伏せ、クランは笑う。

「ここをどんな風に使うか、そんな馬鹿みたいな常識すら知らされずに生きてきたのですか。さすがはお姫様だ。無垢で無知で可愛らしい」
ニィナの両手を頭上で押さえ付けた瞬間、クランの片目とニィナの瞳がかち合った。

「…先生っはっ…」

思わず、ニィナの口から涙声がこぼれる。

「クラン先生は…私がお嫌いなのですか…?」

二人の時間が止まった。その言葉にクランの体がこわばるのを、彼の身の下でニィナも感じた。
ニィナの瞳から視線を外せず、クランは初めて笑顔を失った。
一瞬、助けを求めるように唇が震え、そして彼はまた笑う。

「…そうですよ。私は…貴方が嫌いです。綺麗な世界しか知らないで…勝手に他人も綺麗な物だと信じこんで…、そんな馬鹿な貴方が不愉快で…大嫌いだ」

ニィナの頬に小さな雫が筋を作って落ちた。ニィナの涙ではない。クランの片目から落ちた雫だった。

「…先…生…」

濡れた瞳を張って呆然と見上げるニィナを、クランが固く抱き締める。

「嫌いですよ…。だから、こんな酷い事をしているんです。こうしたらもう、私は貴方から離れられるでしょう…?」

クランの肩越しには豪奢な天井しか見えない。彼が今どんな顔をしているのか見えない。

「…先生……私、は、私は…」

クランが落とした涙の筋に、ニィナの涙が混ざって滑り落ちた。クランの背中に震えながら両腕を回しニィナは彼を抱き返した。

「私は、先生が…好きです…」

ニィナは瞳を固く閉じて思い描く。
彼の優しい笑顔を、その古傷を、大切なクランの全てを。






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