金糸
シチュエーション


後宮の誰もが、重苦しい顔で押し黙っている。
ただ一人、この後宮の主である万里(まり)だけは平然と面を上げていた。

「産めばいいのではなくて?」

その場にいた平七郎は耳を疑って身を起こした。
他の家臣も皆、万里の言葉に顔を上げる。
万里は流れる様な黒髪を下ろし、銀糸で刺繍された白い振袖を纏っている。
まるで死に装束の様に真っ白な万里の美しさは、どこか悲しく、痛々しい。

「その方を殿の側室として、正式に後宮にお迎えすればいいわ」

ただ虚ろな瞳で語る万里には、いささかの動揺も見られない。
平七郎は無礼を承知で前へ進み出た。

「お待ち下さい、奥方様」

万里がゆっくりと平七郎へ目をやる。平七郎は顔を朱に染め、憤怒に震えていた。

「殿は…もし男のお子を授かれば、この家の跡取りにされるおつもりです」
「ええ、聞いたわ」

万里の小さな顔は人形の様に静かだ。表情は無く、瞳は怒りも悲しみも映さない。

「ですから…」

平七郎は先を続けられず言葉を飲む。

――他の女に心奪われた挙句に子を成し、それを正式に跡取りに取り上げるなどと。
そもそも、武家では側室を持つことは恥とされているが、今回は、ただ手付きとなった娘を囲うのとは分けが違う。

家の血筋も、万里の立場も全てが転覆する。不義と不忠を極めた行為だ。

(万里様、どうぞ怒って下され。儂に何でも命じて下され)

平七郎は、喉が焼けるような怒りを感じていた。
元は万里も平七郎もこの国の人間ではない。他国へと嫁ぐ万里に付き従い、共にこの家へと来た。
幼き頃より仕えてきた万里の名誉を汚した殿に対し、不快と侮蔑が渦巻いてゆく。
万里は何でもないことの様に答えた。

「いいのよ。もし殿がその方を正室になさるのなら、私がここから追い出されるだけ」

ザワッと部屋の空気が震えた。
誰もが触れることを恐れていた可能性を、渦中の万里から付きつけられた。
固く握り締めた平七郎の拳に、爪が食い込む。
自らの発言で不安気に揺れた面々を目にして、万里は初めて瞳を伏せた。
軽率な言葉を詫びる様に悲しそうに微笑み、努めて柔らかな声で言う。

「殿のお子なのよ。お家が無事継がれれば、喜ばしいこと」

平七郎は泣き出しそうな顔で、そんな万里を見つめていた。

夜風が冷たい。
岩間に伸びる松を震わせ、万里の打掛を揺らせて吹き抜ける。
今の自分を人が見れば、それは幽鬼に似ているだろうと万里は思う。

曇った鏡で覗く顔は、いつだってそれほどに青い。
新しい鏡など、十五で嫁いでから四年経った今まで、一度も贈られてはいない。
物だけではない。殿の言葉も笑顔も全て、ただの一度も。
たった一月の新婚の間に、殿は別な娘と恋に落ちた。
万里はそれからの年月をあの城で、ただ飾りとして生かされてきた。
そして今、飾りの役目も見失なった。

(…何も感じない)

ふらり

水中を歩いている様に、歩く足に力が入らない。

(いつから、寂しいとも悔しいとも思わなくなった?ないがしろにされるのに慣れた?)

小石と草で荒れた地面は足に痛い筈なのに、その感覚すら淡い。
妻としての存在を無視され続け、いつしか心は硬くひび割れていった。

(もう私は帰れないの?)

ふらり

(ねぇ、平七郎…)

幼い頃の記憶が鮮やかに溢れ、万里は瞳を閉じた。
故郷の国の紅葉が燃える山で、万里は走り回ってはしゃいでいた。
今よりも若い平七郎に袖を振っては、苦笑をさせた。
眩しい夕日が金糸を引いて山を染めてゆく。暖かい、金糸を。
虚しいだけの毎日の中で、その記憶だけが熱を持っている。

(会いたい。平七郎)

万里の胸にとうに忘れた筈の痛みが走った。

その時、月明かりに照らされた道に人影を見た気がした。
万里がギクリと歩を止めた時、すでにそれは闇に消えていた。
草の者だろうか。今は付近で大きな戦は無いといえ、まだ天下は一つに定まっていない。
この家とて、将軍の命あらば兵を出すのだ。乱波がいたとて不思議ではない。
人影が消えてからも呆然と立ち尽くしていた万里の耳に、小石を踏みしめて歩く足音が聞こえた。
目を凝らしてその人物を認めた時、万里の虚ろな瞳に光が灯った。
それは、今まさに万里が想っていた平七郎だった。

「…奥方様…!」

こちらに気付いた平七郎もまた目を見張る。

「…このような遅くに、どうされました…。お付きは?」
「一人よ。少し外を歩きたかっただけ」

万里は少し押し黙った後、潔く切り出した。

「先ほどここで草の者を見たわ」

平七郎は静かに聞いている。
平七郎はあの草の者と同じ方向から現れた。
密会していたのだろう。
だが、万里は恐れずに平七郎を見つめる。平七郎もまた、誤魔化すこともせず万里の視線を受け止めていた。
思いつめた顔で、平七郎が口を開く。

「都で…将軍が御亡くなりになられました。…戦が始まります。天下を分ける大きな戦です」

草の者から伝え聞いたそれを、平七郎は万里に聞かせた。
万里の瞳が揺れる。
圧倒的な武力で全国を蹂躙したあの将軍が、召されたか。

「亡き将軍の世を守ろうとする者、この機に都に反旗を翻す者…。天下は二つに裂かれます」

平七郎の声は静かに澄んでいて、迷いは無かった。

「この家は将軍家と親交が深く、将軍の姫君が嫁がれたこともあります。おそらく亡き将軍の側に付きましょう」

ですが、と平七郎は言葉を区切った。

「私達の国は…故郷は違います。圧政に苦しんできた我らの国は、都を攻める軍に呼応します」
「父上も…?」

呆然とした様な万里の問いに、平七郎は重く頷いた。

「……戦は…反将軍側が勝つでしょう。将軍側には未熟な小飼しか付いていない。この家に残っていても…先は…」

平七郎は万里へと手を差しのべた。
幼い頃から万里の側にあった大きな手。

「万里様、帰りましょう。我らの国へ」

奥方ではなく、万里の名を呼んだ。ふっと万里の瞼の裏にあの日の紅葉が走る。

「平七郎…だけど、私はこの家の…」

言って自らの未来を思い出す。捨てられるしかない正室としての閉じた未来。

「…私、私は…」
「儂が、さらって行きます」

強い声だった。

「万里様を苦しめるだけのこの家に、何の未練がありましょうか」

平七郎の目に光るものに、万里は気付いた。伸ばされたままの手は、細かに震えている。

「万里様が…貴方様だけが平七郎の命の全てです。どうか…どうか、儂と共に…生きてくだされ」

万里の胸が、喉が震え、それは鳴咽となって溢れ出た。
眼から涙が落ちる。
帰りたい。平七郎と。あの山へ。
差し出された手を万里が掴む。
そして万里は、崩れる様に平七郎の胸へとすがりついた。
その身を固く抱き締め、平七郎は感じていた。虚ろな瞳の万里はもういない。
今腕の中にいるのは、あの頃の熱を持った素顔の万里なのだ。

「平七郎……私はずっと帰りたかった…」

万里が涙で途切れ途切れに言う。

「私の帰る場所は…平七郎の…ところ……平七郎の…側…」

濡れた顔を上げた万里が、平七郎の頬へと手を伸ばす。
唇が、重なった。

「万里様…」

平七郎の腕が素肌の背に回る。
万里はほどけぬ様にしっかりと腕を平七郎の体に絡め、その肩に顎を乗せた。
平らな岩に背を委ね、平七郎と身を合わせる。

「ぁっ…」

胸を吸われ、万里は喉を反らせた。
平七郎の肩越しに月が明るく光を放つ。

近くの松の枝にかけられた打掛と着物が、夜風から二人を守る様に揺れた。
平七郎は丹念に乳房を吸っては体を撫でる。
青白かった万里の体も、愛撫によって血が通い、しっとりとほてっていた。
ずっと傍らにいた平七郎が今自分の胸に顔を埋めている。不思議な気もする一方で、これがごく自然な縁なのだとも感じる。
二人はずっと昔から、あの金の糸で結ばれていたのだろう。
平七郎の舌が尖った赤い乳首を舐め、ぐっと悲鳴を飲んだ。
手に吸い付くような湿り気を帯びた肌をなぞりながら、平七郎の手が胸から腰へと辿る。その先は。
万里は目を閉じ、熱い息を長く吐いた。
指が、貝の合わせ目に触れ花弁を撫でる。
くちゅ、と甘く水音が響いた。

「は…ん…っ」

柔らかに抜き差しをするように蜜壺に指が押し入れられる。
敏感な秘所をほぐす指の動きに、万里の腰が浮いた。

「…万里様……」

内部の溶けるような熱がきつく指に絡み付く。

「あぁ…っ!あ!…はぁっ」

歯を食いしばろうとするが、艶やかな声は止まらない。

くちゅっくちゅ…ぐちゅっ…

その水音に気が高ぶったのか、平七郎の手の動きは激しさを増してゆく。

二本に増やされた指が、中の蜜を指に絡めながら出し入れされる。

「あぁっ!はぅ…、んあっ…ぁ…平…七郎っ」

はらりと涙を溢して名を呼ぶ万里の姿を、目に焼き付け、平七郎はしっかりと万里の身を抱き締めた。

「万里…様…愛しております……」

万里の左足を大きく担ぎ上げると、自らの肩に乗せる。

「はぁ…っん…私も…、私も…お前を………平七…郎…」

花弁を大きく開かれ、身を奥まで暴かれる。風が濡れたそこを優しく撫でていった。
平七郎は万里の腰を強く掴むと、大きな高ぶりを秘所へと当てる。
そして、一息にその槍を突き立てた。

「んぁあああっぁっ!!」

万里の頬に幾筋も涙が落ちた。
大きく固いその熱が、女の部分を強く割り開き中を擦り付ける。
担ぎ上げられた足が踊るように夜空を掻いだ。
強靭な腰が鋭く叩き付けられる。
万里は平七郎が奥にくる度に、引き抜かれる度に濡れた悲鳴を上げた。
そして、深くに槍が押し入り飛沫を放つ。
万里は朦朧とした中でも、しっかりとそのとろみを感じ、共に果てた。

平七郎の肩越しに、月が輝く。
あの日の夕日の様に、金の糸を伸ばす温かな月が―――

後に、戦は反将軍側の勝利となる。

新たな治世の下、二人は故郷の国で妻と夫となり寄り添っている。






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