執事×お嬢様(非エロ)
シチュエーション


「ちょっと!離してよっ。離しなさいったら、この無礼者!!」

少女は叫びながら、自分を横抱きに抱えたまま廊下を歩く青年から身を離そうと暴れていた。
だが、青年の細身の体のどこにそんな力があるのか、少女を捉える腕は小揺るぎもしない。

「大人しくなさって下さい。こんな所を誰かに見られたら、どうするおつもりです」
「はぁ!?何を言ってるの。見られて困るのはあんただけでしょう!執事のくせに、気安く触るんじゃないわよッ」
「お嬢様。レディがその様な粗雑な言葉遣いをするものではありません」
「なら離しなさいよ!!」
「お断りします」

何を言っても表情一つ変えない青年を、少女はきっと睨みつける。

「心配なさらなくても、皆様まだパーティ会場におられますから、邪魔は入りません」

と、不意に青年がドアの前で足を止めた。
少女を抱えたまま器用にそれを開けると、部屋の中に入っていく。

「ちょ、ちょっと・・・!」

非難めいた声をあげる少女を無視し、その体をドサッとベッドにおろす。

「さて、お嬢様」

慌ててベッドの上で身を起こす少女に、青年はにこりと笑いかけた。

「私があれほどパーティー前に申し上げたこと、貴女様は一つも聞いていらっしゃらなかったのですか」
「・・・何のことよ」
「殿方に誘われても、ホール内から出ないようにと再三申し上げたはずですが」

その言葉を聞いて、少女は不満そうに顔をしかめた。

「一旦外に出れば、社交の場でなく男女の駆け引きの場になります。
その後の覚悟があるか、上手く相手をかわす技術がない限り、安易に誘いにのってはいけません」

青年は打って変わって厳しい目で少女をみた。

「それなのに、よりによってプレイボーイで有名なディール卿の誘いにのるなんて・・・。
私が行かなければ、どうなさるおつもりだったんです」

いつになく苛立った口調で言われて、少女はぐっと押し黙った。
実際、ディール卿は自分の手に負える相手ではなく、青年の助けがなければ相当まずい状況に陥っていただろう。
だが・・・

「ひとりでも、どうにか出来たわよ」

そんな言葉が口から飛び出す。
明らかな強がり。
その言葉は、青年の苛立ちを煽るだけだった。
冷たい視線が、少女を貫く。

「貴女には、まだ早い」

叩きつけるように言われて、少女は思わずかっとなって怒鳴った。

「子供扱いしないで!!わたしはもう、子供じゃないわ!!」

怒りの表情とは裏腹に、その瞳は今にも泣き出しそうに揺れていた。

それを見た青年は、一瞬驚いたように目を見張ったが、次の瞬間、不意にくすりと色っぽい笑みを零した。

「な、何を笑っているのよ!」

馬鹿にされたと思った少女が、激しく食ってかかる。
だが青年は、余裕の表情で少女を見つめた。

「お嬢様は、私に子供扱いされたくなくて、こんな無茶をなさったんですね」
「っ!?な、別に、そんなんじゃ・・・」

いきなり言われた言葉に、少女は動揺して視線を逸らした。
肯定しているも同然の態度に、青年は妖艶な笑みを浮かべる。

「そうですね。それならお望み通りに、女性として扱って差し上げます。
これ以上危ない事をされても困りますし」

言いながら伸ばされた手が、少女の顎を捕らえる。
驚きの浮かぶ少女の瞳を楽しげに見返し、青年は少女の唇に口付けを落とした。

「・・・ッ」

突然の事に硬直する少女。
それが我に返って押しのけにくる前に、青年は少女から離れた。

「ぁ・・・う、なん・・・」

少女は青年の触れていった唇に手をあてたまま、呆然と青年を見上げる。
言葉も満足に紡げないらしい。
混乱の極みにあるような様子の少女に、青年は口元に笑みを浮かべながらさらに追い討ちをかける。

「お嬢様。私のことが、お好きでしょう?」

「・・・ッ!!な、だ、誰が、あんたの事なんかっ!!!」

少女の顔が瞬時に真っ赤に染まった。
動揺に目が泳ぐ。

「お嬢様。お顔が真っ赤です」
「う、うるさいっ。違うっ」
「何が違うんです。愛しているくせに」
「・・・ッ」

青年は言葉を失った少女ににこりと笑いかけた。

「私が気づかないとでも、思っていらしたんですか」

そう言って再び少女に手を伸ばした。
それを払いのけようとする少女の手を逆に絡めとり、そのまま抱き寄せる。
少女が驚きに目を見張った。

「なっ。ちょっと待っ・・・」
「待ちません」

耳元で囁かれて、少女がぴたりと動きを止めた。
少女を抱きしめる腕は強く、その身体は熱い。
少女はいつになく激しい鼓動を自覚して、悟った。
もう、逃れようにも逃れられない。
捕らわれたのは、体ではなく。
この、心だ・・・。

いつになく静かになってしまった少女の髪を優しくなでながら、青年は少しだけ体を離し、少女と視線を合わせた。
真っ赤な顔に、潤んだ瞳。
思わずこぼれた笑みを隠すように、青年は再び少女に口付けた。
少女も抵抗せずに、それを受け入れる。
口付けがとけると、少女は恥じらうように、青年を胸に顔をうずめた。

「もぅ、なんなのよ。執事のくせに・・・」

泣き出しそうな声音。
青年は少女の思いを察し、口元に笑みを浮かべた。
ポンポンと頭をたたく。

「問題ありません。
アスター家の若君が使用人との結婚を決めてくれたおかげで、今は身分違いの恋がトレンディー。
それに乗るのも悪くないでしょう?」

少女はうつむいたまま、青年の服をきゅっと握った。
可愛らしい仕草に、青年は再び少女をきつく抱きしめる。
そしそのまま耳元に唇を寄せ、甘く囁く。

「大丈夫。愛してますから」

さらりと言われた言葉に、少女は顔を真っ赤に染めた。

「ううぅ。もううるさいっ。黙れっ」
「素直じゃありませんねぇ」

本気でない少女の抵抗を軽く抑えながら、青年はクスクスと笑う。
せっかく素直に大人しくなったと思っていたのに。
どうもこの少女の意地っ張りは、簡単に治りそうもない。
だが、それさえも愛おしい。
ふと悪戯心が頭をもたげて、青年はからかうような瞳で少女を見た。

「時にお嬢様。ものは相談なのですが・・・」

訝しげな顔を向ける少女を頬をすっとなで上げ、言葉を続ける。

「どうされます?これからここで、大人の階段登ってみますか?」

ちらりと後ろのベッドに視線を投げながら言われた言葉に、少女はばっと赤くなった。
同時に、思いっきり青年の体を突き飛ばす。

「だっ誰が登るかーッ!!」

必死の形相で叫ぶ少女に、青年は堪えきれずに吹き出した。
それを見て、少女がさらに怒りを募らせる。


少女が大人になるには、まだ少し、時間が必要なようだ。






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