一時の慰め
シチュエーション


うっすらと湯気の立ち上る湯上がりの肌。普段は白雪のごときそれも熱を帯びて僅かに赤らんでいる。
氷のように鋭い眼差しが惚けて魅入る男に突き刺さる。
はっとして、男は自分より頭一つ分背の高い女性の前に跪いた。そうして、肌を濡らす水滴を丁寧に布で拭っていく。
女性の体は彫刻のように美しかった。均整のとれた体つきは最早芸術の域に達している。美しすぎて、欲望の対象にするなど恐れ多いと思ってしまうほどだった。
長く伸び、尖った耳はエルフ族の証。対する男の耳は丸く、彼がエルフではないことがうかがえる。
体を拭い終え、男は彼女に薄い夜着を羽織らせる。長椅子に掛けた女性の背後に回り、男は布で髪の含む水分を丹念に吸い取っていく。

「便りがないは無事の知らせ、か」

細く柔らかな巻き毛が縺れぬよう細心の注意をはらっていた男は女性の言葉に顔を上げた。

「それにしても、愛しい妻を何年も放っておくのはどうなのだ」

遠方の夫を思っている女性の表情は普段と違い幼く見えた。いつもの怜悧な彼女は女手一つで土地屋敷を守るための武装なのだと改めて実感する。

「恐れながら、マダム」

男は控えめに、けれどきっぱりと答えた。

「今しばらくの辛抱かと。あなたが立派に女主人として館を守られたと知れば旦那様もさぞやお喜びになられることでしょう」

女性は顔を上げ、男へと緩やかに手を伸ばす。

「しかし、私は寂しい」

しなやかな指が頬を撫で、唇に触れる。

「ジーク」

名を呼ばれ、男は嘆息する。しかし、拒むわけにもいかず、女性の求めるままに口づけた。

「あの人がなぜお前を置いていったか、考えるだに腹立たしい」

苦笑をこぼし、男は彼女の正面へと回り込む。
彼女に求められるままに体を開くのは男の義務だ。

「お前がいるからあの人は平気で私を一人にする」

幾度となく触れた体ながら、未だに緊張する。男がまだほんの幼子の頃から彼女の姿は変わらない。

「お前が憎らしい」

美しい女主人は男の憧れであった。その憧れを汚しているようでひどい罪悪感に苛まれる。けれどその一方で与えられる快楽には抗い難いものがある。

「それなのに、お前は可愛い。昔から変わらない」
「マダム、変わらないのはあなたです。私は、変わってしまいました。もう幼子の愛らしさはないでしょう」

まるで拷問だと思いながら、男は今宵も女主人の一時の慰めになるのであった。






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