至高の薔薇2(非エロ)
シチュエーション


予定されていた案件を全て決裁し、当主―インヘルトは出席した面々の顔を見回した。

「これで必要案件は終了したわけだが…なにかあるか?」
「当主」
「なんだ?」
「何故、その男がここにいるのですか」

インヘルトの隣に座すフラウの背後に、一族ではないスヴァンが控えていることに不快感を露にしつつ、壮年の男が問いかける。

「フラウの、次期当主の要望だ。これより先、ずっと側に控える」
「なっ!?その男は!」

淡々としたインヘルトの返答に、その壮年の男は顔色を変えた。
その男は、と続けようとして、フラウの一瞥を受けて黙り込む。
スヴァンはフラウの護衛ではあるが、ただ、インヘルトとフラウに気に入られているに過ぎないのだ。
一滴たりとも血を引いていない男が控えるなど、そう許せることではない。
彼らにとって、血族以外がこの場にいることなどあってはならない。
ましてやスヴァンは――。

「これは決定事項だ」

ざわざわとざわめくなかにインヘルトの声が響く。
当主の決定であるから従わなければならないが、そう易く従えるものでもない。

「……言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃい」

是とも否とも言えずいると、鈴を鳴らすような凛とした声音が零れた。

「フラウ様」
「なにかしら?」
「何故、この場にこの者をお許しになったのですか」
「私の側近にするからよ」
「畏れながら、それは…」
「血族から選べと言いたいの?」
「はい」
「血族というだけの馬鹿は私には必要ないわ」
「フラウ様、お言葉が過ぎましょう」
「何故?血統だけを重んじて潰えた家は多いわ。そうならないようにするのは当主の義務ではないかしら?」
「っ…」

正論をぶつけられ、二の句が継げない。
血に頼って潰えた家を、彼らはフラウ以上に知っているのだから。

「私の寝室に忍び込んだりするような馬鹿も、要らないわ」
「ほう?…それは報告になかったな」
「していませんもの。あまりにもくだらなすぎて」

くつくつと楽しそうに笑う父にフラウは答えた。
その、くだらないと評されたことで子を失った者たちは唇を噛み締める。

「ではそろそろ定めてはどうだ?無為に失うのもつまらないからな」
「……伴侶ですか?」
「そうだ。そうすれば煩わしいのが少しは軽減されるだろう?」

嫌そうに顔を顰めるフラウにインヘルトは苦笑を零す。
フラウの思惑とスヴァンの想いを知っているし、理解しているので急かすつもりはない。
つもりはないが、そろそろあちこちが五月蝿い。できればこの機に黙らせてしまいたい。

「私、結婚しません」
「夫を迎えないというのか。では跡継ぎはどうする?」
「……子の父親に、スヴァンを指名します」

やはりか、とインヘルトは思う。
フラウの思考についていける者が血族にはいない。
しかし、スヴァンはフラウの目を見ただけでそれらを汲み取ることができる。
当然のこと、フラウが命じるまで動くことはないが。
仮にフラウの許しなく動くことがあっても、フラウの不興を買うことは決してない。
優秀な子を望むフラウがスヴァンを指名するのは、インヘルトの想定範囲内だった。
想定内のこととはいえ、すぐに「許す」と返答してやってはいちいち五月蝿い輩が揃っている。

「なりません!!」

どうしたものかとインヘルトが暫し逡巡していれば、金切り声にも似た声が上がった。
それを意に介することなく、フラウは首を傾げた。さらり、と夜の底の闇の髪が流れた。

「何故?スヴァンより優秀な男がいるかしら?」
「その男は闇市で買われた人間ではありませんか!」
「それが?」

インヘルトとスヴァン以外が絶句したのを感じ、フラウはきょとりと首を傾げた。
それがどうしたと言うのだろう。不思議でならない。

これも社会勉強の一つ、と幼い頃父に連れられて行った闇市。
そこでたしかにスヴァンは、競りにかけられていた。
虚ろで澱んだ目をする者の中で、一人だけ目を引いた。
銀灰色の髪と澄み渡る水の色の瞳の、静謐な印象を受ける自分よりいくつか年上だろう子供。
人を売り買いするのはあまり気入らなかったが、父親に競り落としてもらった。
どうだろう、叶えてくれるだろうか、と思ってねだってみればあっさり叶えられた。
父は、何にも興味を示さなかった聡過ぎる娘がようやく興味を示した、とでも思ったのかもしれない。
綺麗な生き物だと思ったから、どうしても欲しかったのだ。
それは例えるならお菓子やおもちゃを欲しがるのと大差なかっただろうと思う。

「私は、スヴァンを伴侶に選んだのではないの。私の子の、父親に選んだだけ」

スヴァンを伴侶にするつもりは無論のことないし、他の男を伴侶に迎える気もさらさらない。
一番優秀な子供が生まれる可能性を考え、その筆頭がスヴァンであった。ただ、それだけのこと。

「―――スヴァン」
「はい」

待たせることは罪悪であるとでも言うように、即座に返答する。

「お前の望みは何?」
「何も。何もありません。フラウ様のお側にあり、フラウ様をお守りできるならば」
「それだけでいいの?」
「はい。他に何を望めと仰せになるのか、私にはわかりません」

本当にわからない、と首を傾げてスヴァンは答える。
本能とさえ言えるほどの恋情。息をするより容易く、募り続ける。
見返りを求めることのないそれは、どこか崇拝にも似ているかもしれない。
募り続ける恋情は、フラウの側にあることでしか満たせないのだ。

「そう。では、私は何?」
「フラウ様は私の主。生涯かけて私がお仕えする方です」

愚問だと、改めて聞かれるまでもないと思いながらもスヴァンは答える。
今日からお前は私のために生きるのよ、と言いながらフラウがスヴァンをじっと見つめたときから決めていた。
教えられる全てを余さず解する頭脳を待ったこと、フラウの側近くにあることができたことは僥倖と言える。
蔑視を受けることはあるが、インヘルトとフラウに気に入られているためにささやかな嫌がらせはあっても虐げられることはない。
間違いなく、あの場で売られていた者の中では最上の位置にいるはずだ。

「では、私の子は?」
「フラウ様の御子も、私の仕えるべき方です」
「――父親が誰であっても?」
「はい。フラウ様の血を継いでおられるのであれば」
「それがお前を父親とする者だとしても?」
「御子の父親がたとえ私であっても、フラウ様の御子ならばお仕えするべき方に変わりはありません。
父親が誰であるか、ということよりもフラウ様の血を引かれる、ということが肝要かと」

父親が誰かという論議など、くだらない。それは誰でもいい。
フラウの腹から生まれる者なら、それだけで価値があるのだから。

「当主、いかがいたします?」

フラウはインヘルトに問いかける。
しばらく考えるそぶりを見せ、インヘルトは決定を告げた。

「許可する。……しかし不満もあるだろう。ならば、その不満を排除するがいい」

それは、邪魔ならばスヴァンを消せ、と言っているのと同義だった。
フラウはそれを予想していたから驚くことはなく、容認の意味で頷いた。
無論、スヴァンも動じることはない。否などありはしない。スヴァンの命はフラウのものなのだから。






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