裏切騎士と亡国姫
シチュエーション


※陵辱注意


「…………ここは…………?」

サシャは目を覚ましたその場所に見覚えは無かった。
だが、そこは彼女の部屋にも劣らぬ位、仕立ての良い調度品でコーディネートされた部屋の、
これまた豪奢なきらびやさこそないが、手抜きのない繊細で緻密な彫刻の施された寝台の上に
彼女の身体は横たえられていた。

「お目覚めですか、姫様」

まだ完全には覚醒しきれていない身体を声がした方向に向けると、
そこには彼女の親衛隊長であるレザンが立っていた。
いつもの穏やかな口調に、真摯な表情。
レザンは彼女の知っている人物そのままなのに、サシャは何故か違和感を覚えた。

(……あぁ、いつも親衛隊の白い制服のレザンを見慣れていたから、黒い衣装が不思議に感じるのね)

だが、少し長い黒髪に黒い瞳を持つレザンには黒を基調にした軍服が似合わないとは決して思わない。
むしろ鋭さと凛々しさが増して男らしくさえ感じる。

「ごめんなさい、私、少し寝ぼけている様なの。ここはどちらのお屋敷だったしら?」

サシャが12の時から5年間、ずっと彼女の傍らにいて身を挺して護り続けてくれた存在を確認して、
少し安心した。

「ここは私の屋敷です」

瞳はいつもの穏やかで優しいそれなのに、口角だけを歪めた爬虫類を思わせる嫌らしい笑みでレザンが答えた。
こんなレザンの表情を一度も見た事が無かったサシャの心臓がドクン、とひとつ大きく震えた。
続けられる言葉の続きを知っているかの様に、青ざめたサシャの顔から瞳を逸らさずレザンは残酷な声で告げた。

「……………メージ国の、ね」

サシャが彼に違和感を感じたのは服の色の所為なのではなかった。
その胸に輝いていたのがサシャの国であるロッテン王国の勲章ではなく、敵対しているメージ国の物だったからだ。
そして今、サシャの寝台に片膝付いて彼女の頤を掴んで上向かせている、
意地の悪気な表情を浮かべるレザンは彼女の知る彼では無かった。

「ロッテンは墜ちました。
貴女はもうロッテン国第一王女ではなく、…………俺の戦利品だ」
「…………冗談………よ、ね……?」

声が、唇が震えているのが自分でも分かる。否、身体全体が震えている。
いつの間にかレザンに身体を支えられていたので寝台の上に起こした上体が崩れ落ちる事は無かった。

しかし、もう片方の手で頤を掴まれている体勢に変わりはなく、
レザンの冷たい漆黒の瞳から眼を逸らす事も出来ずにいた。
それでも、彼がいつもの優しい顔に戻って『申し訳ありませんでした』と笑ってくれるのを期待した。
そんなサシャの怯えた心中を察したのか、レザンはふっと笑って優しく告げた。
「残念ながら、冗談ではございません」

「………覚えていらっしゃらないようですから、私が教えて差し上げましょう。あなたのロッテンの最期を」



ロッテン王国は古くから続く血統を重んじる国で、小さいながら立地条件の良さに恵まれた豊かな国だった。
ただ、この国にはいくつか頭を悩ます問題あった。
ひとつは最近めきめきと勢力を付けて来たメージ国の侵略。
こんな小国ではとても太刀打ち出来ずに、ロッテンと似た境遇の近隣小国と
小魚の群れの様に固まって対抗するのが精一杯の現状。
最もメージ国の進軍から一番遠隔に位置する為、ロッテン国軍は余裕の面持ちでいた。

もうひとつは世継ぎの問題。
ロッテン国は常に男王が治めるという法がある為、
サシャは近々、婚約の決まった相手の元に降嫁させられる事が決まっていた。
それは勿論、恋愛感情の末の婚姻などではなく、王位を継ぐ事の出来ない王女達を
有効的な駒として差し出される政略的なものだ。
そして、対メージ国戦の為の武器を調達する為の資金援助を公約したブルボ国のアルフォー公爵が、
サシャの嫁ぎ先だった。
17歳になったばかりのサシャとは倍以上も年の離れたアルフォー公爵は
『脂ぎった助平中年』という形容が驚く程に相応しい人間だった。
しかし、国の為、王女の運命、と諦めていたのか、
サシャは未来の旦那と顔合わせした後、一度も不平を口に出す事は無かった。

そんなある日、サシャが婚礼衣装の仮縫いに時間を取られていた矢先の事だった。
戦の炎は街を焼かずして、城から上がった。
アルフォー公爵からの献上品として送られて来た荷の中にメージ国軍の戦士が紛れ込んでいたのだ。
国への進行は遠い未来とたかを括っていたロッテン国軍は中核をいきなり攻められ反抗する暇すら無く陥落した。
サシャは城内が何やら騒がしいと感じた直後に、後ろから甘く強い香りのする布に口を塞がれ、
そのまま意識を失い、今に至る。

サシャは『支えられている』と認識しているが、端から見れば『抱き寄せられている』という体勢にも気づかない位
ままならぬ思考で、それでも現状を整理しようとレザンの腕の中で必死に考えを巡らせた。

「………そんな……でも、それでは……父上や、母上……それに妹達は……?」

サシャは縋り付くようにレザンの軍服の袖をきつく握り締める。

「御母上や妹姫様達は今はご無事でいらっしゃいます。
………ただ、残念ながらロッテン国王に存命されると今後に障ります故、先日処刑されました。
しかし、御遺体は丁重に取り扱わせて頂きましたので、ご安心下さい」

淡々と事務的な口調で告げられた一言一言が言葉の刃となってサシャの心を深く抉る。

「なんで……!アルフォー公家の紋章がある物以外は城には入れない筈……。
………メージ軍が荷馬車を襲撃したの……!?…それともアルフォー公爵が裏切っ……」

涙をぽろぽろこぼしながら、父王が処刑されたショックで取り乱すサシャの姿に少し哀しそうな笑顔を向け、
レザンは彼女の頤にかけていた手をほどき、乱れた髪を撫でてやる。
黄金、というよりは白金に近い髪は、癖も腰も無く、輝く滝の様にその背まで流れている。

「………姫様には、もうご理解なさっているのでしょう?
……………私が裏切り者です」

ハッとしてレザンの顔を見上げてみせたが、サシャは彼の胸にメージ国の勲章を見つけた時に薄々覚悟はしていた。
だが、5年もの間、サシャの親衛隊長として常に傍にいた彼が祖国を裏切る様な真似をするとはどうしても思えなかった。
真面目で正義感が強くて頼りになって優しい、サシャにとって少し年の離れた兄の様な存在だった。

「………何故、……レザンが……その様な……」

レザンは髪を撫で付けていた手をサシャの頬に添え、
未だに涙が溢れて止まないエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐに覗き込む。

「貴女をどうしても私のものにしたかったから」

その言葉を聞いた瞬間、サシャの中で何かが弾けた。

「………この……!裏切り者!!卑怯者!!!亡き父に代わって、私がお前を討ってくれる!!!」

生まれてこの方17年、待望の世継ぎでこそなかったが、王女として完璧な容姿と品格を持ち、
蝶よ花よと育てられたサシャが他人に対して真剣に怒りの感情を向けた事は無かった。
だから、自分の中のこの感情を何と呼んでよいのか分からなかったが、ただ一つ、目の前の男だけは許せない。
父を殺した。国を潰した。民だってただでは済まないだろう。
そんな大事とこの身ひとつ、ものにする事を秤にかけるだなんて………!!
頬に添えられたレザンの手を乱暴に振り払って、サシャは彼に掴み掛かった。
しかし、哀しいかな、ただでさえ成人男性と少女の体格差に加え、
片や軍人、片や護身術のひとつも知らない細腕の姫君。
勝負以前の問題で、サシャは簡単に取り押さえられてしまった。
だが、身体を拘束されてもレザンを見上げる瞳だけは憎しみに満ちている。
ひと睨みで他人を射殺せるという邪眼もかくやといった形相で睨まれている当のレザンはどこ吹く風、
涙を表面張力いっぱいまで張ったサシャの深い湖の色の瞳を純粋に美しいと思った。
だから、許容量を超え、塞き止めきれなくなった涙が新しい筋を作った時、
自然とレザンは己の唇で零れ墜ちる雫を受け止めた。

「………なっ!?放して!!……放しなさい!!この無礼者!」

抵抗を試みるが両腕を拘束され、両膝を突き合わせた体勢で彼女に出来る事は、
せいぜい虚勢を張って声を上げる事だった。

「……さっきも言っただろう。お前はもう俺の『戦利品』で、俺はメージ国の軍人だ」

慇懃無礼な口調でそう言うと、片手で彼女の両腕をまとめて捕らえ、
もう片方の手で無理矢理その頤を上向ける。
真上から見下ろしたサショの顔は、最早隠し様が無い程、怯えの色が滲んでいた。
その血の気の無い表情に、レザンは宥めすかす様に、クスリと優しい笑みを浮かべ猫撫で声で言った。

「悪い様には致しませんから、どうぞ、そんなに怯えないで下さい」

そしてその桜色の唇にそっと口付ける。
触れていたのは一瞬の事なのに、まるで火掻き棒を当て付けられたみたいに、体中が一気に熱くなった。
サシャがその口づけの熱さに驚き、怒りの声を上げる間も無く、
レザンは手際よく彼女の身体を組み敷いて激しい口付けを降らせた。
最初の触れるだけのキスにすら衝撃を受けたのに、飢えた獣が獲物を貪る様に唇ごと吸い上げられた時には、
その行為に恐怖を感じた。
そして、病人の様に熱っぽい癖に、眼光だけはやたらとギラついた瞳で自分を見下ろすレザンの瞳を怖い、と思った。
今まで挨拶としてサシャが受けて来たキスの数を越す勢いで、ある時は激しく執拗に、
またある時は優しく繊細に口付けし漸く満足したのか、レザンの顔が少し離れた。

「ずっと、こうしたかった」

その口調は彼が親衛隊長をしていた時の穏やかなものだったが、サシャを捕らえた瞳は相変わらず獣じみていて、
その表情のちぐはぐさが彼女の恐怖心をより強いものにした。

「……レザン、お願いだから、もうやめ………っん!」

度重なる口付けにより呼吸もままならず、息も絶え絶えながらに懇願されたサシャの言葉は
レザンの唇に閉ざされ最後まで紡げなかった。
先程までのキスとは違い、一向に重ねた唇を離す気配が無い。
酸素を求めてサシャが口を開いた瞬間、生暖かくぬめったものが口腔に侵入した。
レザンの舌だ。レザンの舌がサシャの口腔中を這いずり、歯列の表裏、上顎、所構わず舐め回している。
気持ち悪い様なくすぐったい様な未知の感覚に、サシャは背筋から震えが走るのを感じ、
何とかレザンを引き剥がそうと彼の袖を握り締める。
その抵抗にレザンの嗜虐心が煽られたのか、口付けは角度を変え、一層深いものになっていく。
無目的に口内を犯しているように思えたレザンの舌は、確実にサシャの舌を追いつめていた。
本能の為せる業だろうか、逃げに走っていた彼女の舌がついに絡め取られ、きつく吸い上げられたその瞬間、

「……ぅ……んっ!?」

脳髄から電気を流された様な、ビリビリとしたショックにサシャの背がしなった。

引き剥がそうとしているのか縋り付こうとしているのか、分からない程強く袖を掴まれてもお構い無しに、
レザンは絡み繋げた自分の舌から彼女の口腔へと唾液を流し込む。

(……嫌……生暖かくて、気持ち悪い……)

何とか拒絶を試みるが、口を塞がれたままでは吐き出しようもなく、唇の端から流れ出なかった分がサシャの唾液と混じって体内に落ちていくのが分かった。
こくん、とサシャの咽が唾液を飲み込む音を立てたのを聞き届けて、漸くレザンが唇を離した。

「……ハァ……ハァ……」

上がった息を整えるのに精一杯で、口角から伝わり流れる唾液を拭う事すら出来ない。
サシャの方は既に満身創痍といった態なのに対して、レザンの方は淡々と、
しかし興奮冷めやらぬ調子でサシャの額や頬、その顔に口付けを落としていく。
いつの間に流れていたのか気づきもしなかった涙や先程、流れ落ちた口端の唾液を唇で拭い取っていく。

「……も…………や…め……」

焦点も覚つかず意識も朦朧としているだろうに、それでも懇願を止めないサシャの耳元でレザンが囁いた。

「何を言っている。ここからが本番だろう?」

熱い吐息を吐き出し、サシャの小さくて柔らかい耳朶を軽く噛んだ。

「……ひゃっ!」

突然、吹き込まれた息と甘いつままれた感触に、今まで出した事も無い様な声サシャの咽から漏れた。

「良い反応だ。これなら随分と愉しめそうだな」

その声を聞いたレザンはサシャの耳朶を弄びながら薄く笑った。

顔から首へ、首から鎖骨へと強弱を付けながら、レザンの唇が降りていく。
少し強く吸い上げるとサシャの真珠の様な白い肌に、紅い花びらの様な跡が浮かぶ。
レザンにはそれがとても愉快で、新しい玩具を手に入れた子供よろしく、彼女の身体の至る所に花を散らしていく。

「………っくッ……ふぁっ……」

サシャは何とか声を上げるのを堪えているが、こういった経験が皆無な為、
少しでも強い刺激を与えられると知らぬ間に切ない溜め息の様な声が漏れてしまう。
今までは所有の証を付けるのに夢中になっていたレザンが、
今更ながらにサシャの着ている衣装に気付いたのは
彼女の胸元近くまでその唇を落とした時だった。

「そういえば、城が奇襲された時、婚礼衣装を合わせていたのだったか……」

最高級のシルクや柔らかなシフォンで作られた純白のドレスは若く清らかな王女の花嫁衣装に相応しく、
惜しげも無く付けられたレースと金糸銀糸で縁取られた刺繍は華やかさの極みで、
サシャの瑞々しい魅力に拍車を掛ける。

「今となっては俺の為の花嫁になるみたいにしつらえたみたいだ」

レザンが笑ったのを聞いて、サシャは身動きが取れないながらもキッと睨み、視線でその言葉に抗議する。
その可憐でたおやかな容姿とは裏腹に、飽くまでも高潔な態度を崩さない強気な態度に男心がくすぐられる。

「……貴方みたいな裏切り者の妻になる位なら、死んだ方がマシです!
これは、もう花嫁衣装なんかじゃない……、祖国を奪われた、王女としての私の死に装束だわ……」

先程までの口付けによって随分、大人しくなっていた筈のサシャの反撃の声を受けて、
レザンは少しだけ我に返った。

確かに、この純白のドレスはサシャによく似合っていたが、
元を正せば、これは婚約者であるアルフォー公爵から未来の花嫁への贈り物だった。
そして、メージ国の奇襲が無ければ、このドレスを纏ったサシャの隣に立つのはあの脂ぎった中年親父だったのだ。
そして、おそらく今のレザンの立ち位置で、好色じみた表情を浮かべて
サシャの身体を貪り尽くしていたのだろうと思うと、沸々と怒りが込み上げて来た。
だから、そのドレスに八つ当たりとして、乱暴に胸元から引き裂いた。

「ーーーーいやぁあぁっっッ!!」

ビーッと派手な音を立てて、レザンの手により、簡単に只の布切れになっていくドレスを見て、
サシャの恐怖心は頂点に達した。
組敷かれた身体を遮二無二に動かして抵抗を試みるが、レザンに軽くいなされ、
最後まで彼女の身を隠していた下着すら一切れのレース辺を残して無惨に破り捨てられた。
咄嗟に胸を隠そうとしたサシャの両手を、ドレスに付いていた白い飾りリボンでひと纏めに縛り上げると、
レザンは5年間、自分が身体を張って大切に守って来た娘の、生のままの姿をじっくりを鑑賞する。

「……見ないで……おねがい……」

固く閉じられた瞳からは大粒の涙が零れ、上気して薄紅に染まった身体にはレザンが刻んだ紅い花が舞っている。

「恥ずかしがる事はない。とても綺麗だ」

レザンの賛辞の言葉に、サシャはハッとして目を開けた。
どんなにめかしこんでも世辞のひとつも寄越さず、護衛役に徹していたレザンに、
いつか必ず自分の容姿を賞賛させるのだ!と息巻いて飾り立てていた時分を思い出した。
その願いは漸く叶ったが、こんな状況下で言われても、全然嬉しくない。
むしろ無邪気にレザンを兄の様に慕っていた過去の自分の愚かさに哀しくなるばかりだ。

そんな事を考えながら、まだ膨らみかけの乳房を揉みしだく事に夢中になっているレザンをぼんやり見ていた。
頭の中に靄がかかったみたいで、まるで他人事みたいに思えてくる。
小さくなった反応が面白くないのか、レザンは片方の乳首を口に含み、軽く歯を立てた。

「……ッ!……くゥんっ!!」

目が醒める様な衝撃を与えられ、反応が再び激しくなったのを見て、胸全体に加えていた愛撫を止め、
すっかり桜色に染まったその頂点を集中的に責め立てる。

「はぁ……っふあ…!!…やぁ…ん……!」

その敏感な部分を指の腹で押しつぶされたり、触れるか触れないかぎりぎりの所で掠めたりされる内に、
サシャの口から漏れる声にも、甘く苦しげそう吐息が混じり出す。

「そんなにここが良いのか?……本当に素直で可愛いな」

レザンは揶揄る様に嘲笑うと、胸への攻撃は続けたまま、甘い声を紡いでいる唇を塞ぐ。
最早、抵抗する気力もないサシャはされるがままにレザンの口付けを受け入れる。

「……本当に、愛しいな……」

ふと、呟いたレザンの顔がとても優しい表情をしているのに気付いた。
サシャはすっかり思考のぼやけた頭の片隅で、もっと冷酷な顔をしてくれていたらもっと憎めたのに、と思った。

胸を中心に責められていた愛撫は汗ばんだサシャの身体の降りていく。
すっかり感度の高められた素肌は、レザンの唇や節ばった指に触れる度に、ビクリと震えて切ない声を漏らす。

(なんで、こんな事になったんだろう……)

自分の声であるのがおぞましいとさえ思える嬌声をあげながら、今更ながらに自分の置かれた境遇を思った。
アルフォー公爵との婚姻の話が出始めた時から男女の性の営みについての一通りの知識は教えられてきた。
勿論、父親程の年齢の離れた異性と関係を結ぶ事に抵抗が無い訳ではなかったが、
身体を張って国交を保つのが王女として生まれた者の義務、と割り切って考える様にしていた。
ただ、性行為は子孫を残す為の儀式としてしか教わらなかったので、
国家レベルの金額援助をしてまで他国の王家の血筋を取り入れたがる公爵の考え方が不思議だった。
高潔に育てられた王女には、よもや自分が欲望の対象になっているなどとは、夢にも思わなかったのである。
だから、レザンがこの行為にここまで固執する理由が分からない。

「……ねぇ…レザン、そんなに王家の血を継ぐ子が欲しいの……?」

サシャの身体に快楽を刻む事に夢中になっていた為、突然投げかけられた突拍子も無い質問にレザンの思考が一瞬停止した。

「………何が言いたい?」
「還る国の無い私を抱いて、子孫を残そうとする貴方の考えが分からないの」

本当に皆目見当がつかないといった様子のサシャを見て、彼女が受けていた性教育の授業風景を思い出し、なるほど、と独りごちた。

「……本当に可哀想なお姫サマだな。
……まぁ、いい。子孫を残すためだけに男女が交わる訳ではない事を俺が教えてやる」

口角は笑みの形に持ち上げられているのに、瞳だけは泣きそうに哀し気な表情を浮かべたレザンを見て、
何故だかサシャの胸がドクン、とひとつ大きな音を立てる。
そして、彼の言葉から質問の回答は得られなかったが、レザンが行為を止めるつもりは無い事だけは分かった。

レザンはサシャの細い腰から柔らかい太腿を愛でていた指の動きを止め、両膝を掴んで大きく左右に開く。

「ーーーッ!!」

覚悟を決めたつもりだったが、実際に自らの恥部が人目に晒されると、恐れの方が勝ってしまう。
黒い軍服の上着をを脱ぎ捨てたレザンは、無理矢理開けたサシャの両足に間に身体を割り込ませる。

「結構濡れているな」

サシャの秘裂に指を沿わせると、そこはすっかり潤っていて周りの薄い恥毛もしっとりと湿っているのが分かる。

「……そんな事……言わないで……」

震える声で懇願するサシャの羞恥心を更に煽る様に、レザンは指でその秘処を上下左右に嬲り、
わざとくちゅくちゅと粘った水音を立てた。

「……はぁ……や…ぁん……こんなの……やだ…ァ……」

サシャはうねる様な腰つきで身を捩って、レザンの指から逃れようとするが、
その艶かしい動きこそが男を誘う仕草と気付いていない。

「今、しっかり濡らしておかないと、後で痛い目を見る事になるぞ」

荒い息を隠す事無くサシャの身体に覆い被さったレザンは耳許でそう囁きながら、随分と解れて来た彼女の秘裂に指を忍び込ませる。

「ーーーッひやァあぁッ!」

身体の中に異物が侵入する恐怖に、サシャは悲鳴と嬌声の入り交じった声で啼いた。
サシャの激しい喘ぎと、その秘裂を出入りする指が奏でる水音の淫靡な二重奏に、レザンの興奮も徐々に追いつめられていく。

「……もう、そろそろ頃合いか」

秘処から溢れた蜜で濡れそぼった指を一嘗めすると、聳り立った怒長をズボンから取り出す。
男性の赤黒く光るグロテスクな昂りを初めて目の当たりにしたサシャは咽の奥で小さな悲鳴を上げたが、
そんな事には全く気づかず、レザンはサシャの身体に覆い被さり、ぴったりと肌を密着させる。

男の熱い欲望が自分の内股に宛てがわれたのを知り、サシャは恐慌状態に陥る。

「……いやぁあっ!!やめてぇえッ!ーーー怖いっっ!!」

髪を振り乱して、泣きじゃくり怯えるサシャの姿を目にしたレザンは、
彼女の両手の戒めていた純白のリボンを解き、その手を自分の肩に導く。

「怖いなら爪を立ててもいいから、しっかり俺に掴まっていろ」

パニック状態のサシャには、最早その声も届いていないかも知れないが、なるべく諭す様に穏やかに囁きかける。
それでも、何とか本能的にサシャが固く抱き付いてきたのを確認すると、レザンは一気にその身体を貫いた。

「ーーーーーひっ……ぃやぁあぁあぁっっ!!!」

破瓜のショックと痛みで、レザンにしがみ付いていた指先に力が籠る。恐らく彼の背中には既に幾筋かの引っ掻き傷が出来ているだろう。
涙と汗でクシャクシャになっらサシャの頬を愛しげに撫でながら、彼女の上がった息が治まるのを待つ。

「……レザ……いたい……恐………たす……け…て……レザン……」

サシャは混乱した頭で自分を犯している相手に助けを求めている。
その声が大分しっかりした口調に戻りつつあるのをを聞いて、レザンは腰がゆっくりと動かし始める。

「………ふぁあ……あぁ…ん……!……も…おかし……なる…ンくぅっ…!」

ぬちゃぬちゃと次第に大きくなる水音に合わせる様に、サシャの口からは意味を為さない言葉が漏れている。
焦点の定まらぬその瞳を覗き込みながら、快楽に溺れて自分の言葉が彼女には届かなくるのをを見計らって、
耳許に何度も「愛してる」と囁いた。
そして囁く度にその腰の動きを一層早めていく。

一方のサシャは自分の意思とは関係無く揺すぶられる振動に頭の中が真っ白になっていく感覚に襲われた。
レザンに身体の芯の部分を突かれる度に、痛みとは異なる甘い痺れが身体中を支配していく感じた。
そして、その痺れはレザンの動きが早まるにつれ、徐々にサシャ自身の身体を追いつめていく。

「……ハァ……ハァ……そろそろイクぞ……!!」

最早、止めようもないくらいお互いが高め合ったのを認め、
レザンは自身の哮る怒長を秘処の入り口から子宮の奥までねじり込んだ。

「……やぁ…、も……だめぇええっっ!!!」

身体の最奥を貫かれた瞬間、サシャの背中が大きく反り、
次の瞬間には糸が切れた操り人形の様にぐったりとにベッドに沈み込む。
サシャが果てたの見届けてから、レザンは彼女の中から自身を抜き出し、
その欲望をサシャの白い腹に勢い良く吐き出した。
自らの破瓜の血とレザンの放った白濁という2人の欲望が混じり合った液体に濡れた腹部を妙に冷めた目で見ながら、
自分の身体がすっかり汚された事を知り、静かに涙を流していると知らぬ間に意識の闇に落ちていった。

初めに寝ぼけ眼に感じたのは、ぬるま湯のような温もりに包まれている心地よさだった。
次に感じたのは、優しく髪を梳かれる感触。目を瞑っていても、上下に滑る動きが分かる。
あまりに気持ち良いので、しばらくはされるがままに身を任せていた。
目を閉じていると自分のものとは違う鼓動の音が聴こえる。
ノロノロを重い瞼を持ち上げたサシャの瞳に飛び込んで来たのは、見慣れた彼女の親衛隊長の顔。

「……起こしたか?」

レザンの逞しい腕を枕に、もう片方の腕で抱き込む様に、サシャの小さい身体はすっぽり包み込まれている。
何も知らない人間が見たら、仲睦まじい恋人同士にしか見えないだろうその光景に、
一気に目の醒めたサシャは昨日の陵辱劇を思い出す。
汗と欲望でドロドロになっていた身体はいつの間にか清められており、
上半身には男物の黒い寝間着が羽織らされていた。
しかし、シルクで織られた寝間着は薄過ぎて、嫌でも密着したレザンの身体の一部始終が伺い知れてしまう。

「ーーー嫌っ!離して!!」

サシャは盲滅法に暴れてレザンの腕から逃れようとするが、下半身がだるくて思う様に動けない。

「もうじき、朝食が届くから大人しく寝ていろ」

力を込めて押さえ込まれると、サシャには僅かばかりの勝ち目も無く、レザンの逞しい胸に頭を押し付けられる。
少し汗の匂いがする男の香りに軽い目眩を感じた。

「……朝食をお持ちしました」

沈黙を破る控え目なノックの後に、まだ若そうな女性の声が響く。

「……ーーっ!」

こんな娼婦の様な姿を誰かに見られたくない。ましてや同性の目に晒されるなんて惨め過ぎる。
サシャは慌てて布団を頭から被って顔を隠す。
己の今の状況を恥じて身を隠すサシャには目もくれず、レザンは寝台を出て行く。
朝食の支度をしている侍女に二言三言、指示を出した様だが布団に遮られてサシャの耳には届かない。
だが、侍女の発音がロッテン国のそれに似ている為か、どこかで聞いた事のある様な彼女の声が気になった。

(でも、まさかメージ国に知人なんている筈ないし……気の所為よね)

と、突然、被り込んでいた布団を引き剥がされた。
悶々と考え込んでいる内に朝食の支度を済ませ、侍女は退室したようだ。

「朝食だ。……食べられるか?」

レザンに対する対抗心もあったが、実際、空腹より身体のダルさが優先して食事を採る気になれなかったので、
サシャは黙って首を横に振った。
その気怠げな様子を見たレザンは、熱い紅茶が注がれたティーカップをサイドテーブルに置いた。

「無理に食べろとは言わないが、水分だけは取っておけ」

紅茶からはほのかに甘い蜂蜜の匂いがする。
それはロッテン国にいた頃のサシャが、食欲の沸かない時にいつも煎れてもらっていたものだった。
まるで心の内側から懐柔する様なレザンのやり方に腹を立てたサシャは、そっぽを向いてカップに手を掛けない。

「………勝手にしろ。冷めたら不味いだけだぞ」

すっかり表情を強ばらせたサシャを尻目に、レザンは独り静かに朝食を採る。
沈黙の落ちた部屋にカチャカチャと食器同士のぶつかる音が響く。
食事を終えると、レザンは黒い軍服を纏い身支度を整えていく。
そして、続き部屋の鍵を開けると再びサシャの元に歩み寄って来た。

「仕事に行く。隣の部屋は好きに使えば良い。夕刻には戻る」
「…………」

何の反応も無いサシャの前髪をかき上げ、白い額に唇を落とす。
サシャは触れられた瞬間、キッと睨んでその手を振り払おうとしたが、それよりも素早くレザンは身を離していた。

「良い子にしていろ」

そう言い残すと、レザンは部屋から出て行った直後、カチャンと金属音が鳴った。
恐らく外側から鍵を掛けられたのだろう。

相変わらず身体の倦怠感は抜けないが、陵辱の行われたこの寝台にこれ以上いるのは苦痛だったので、
他に身体を休められそうな場所を探す。
ふと周りを見回すと、サイドテーブルに置かれたティーカップが目に入った。
先程は頑として拒絶して見せたが、本当は咽が乾いてしようがなかったサシャは傍らの紅茶を口にした。

(ぬるいし……あまり美味しくない……)

冷めた所為で蜂蜜のくどさだけが浮き立ち、咽を灼く。
いつも飲んでいたそれとはあまりにかけ離れた味に、サシャの心は一層萎れる。

(レザンは私の事を何もかも知っているけど、私は護衛していた彼しか知らなかったんだ……)

彼女の親衛隊長をしていた頃のレザンは慇懃無礼な仏頂面で女官の一部では恐れられていたが、
サシャの前では涼やかな笑顔を見せてくれていた。
その事がサシャにとっては密かな自慢だった。自分は他の誰もが知らないレザンを知っているのだと。
だが、彼女はレザンの事など、何一つ分かっていなかったのだ。もっともその事実を知るのは遅過ぎたけど。
否が応にも昨日のレザンの残酷な顔が脳裏に浮かぶ。

(大好きだったのに……)

大切な想い出が壊された気がして、知らずに涙が頬を伝う。
あまりに居たたまれなくなったサシャは乱暴に涙を拭うと、ノロノロと寝台を降り、続き部屋を覗いてみた。

そこは客間らしく、レザンの部屋よりも豪華な調度品に飾られていた。
クィーンサイズの寝台に、年代を重ねた木製の本棚。そこにはサシャの気を引く題名の書物が並べられてある。
本棚と同じ素材で作られた箪笥を開くと、女性用の部屋着が何枚も掛けられていた。
レースのカーテンが引かれた窓際には御丁寧に白いクラシックローズが生けられていた。
何から何までサシャの好みで仕立てられた部屋に、レザンの息がかかっているのが感じられ不快ではあるが、
それより何より、十中八九、彼の物であろう寝間着を着ているのは耐えられない。
箪笥の中から適当に、薄緑色の室内着を引っ張り出して着替えた。
昨日の出来事を彷彿とさせる白い服はわざと避けた。
はしたないな、とは思いながらもその格好で寝台に倒れ込む。
シーツの温かな陽の光を空気いっぱい吸い込むと、落ちる様にサシャは眠りに誘われた。

サシャが再び目を覚ますと、傍らでレザンが手持ち無沙汰に書物を読んでいた。

「随分とぐっすり眠っていたな」

からかわれる様な口調で声をかけられ、サシャが顔を逸らすとすっかり暗くなった空が見えた。

「……夕食の支度が出来ている」

サシャの眠っている寝台に書物を放り出したレザンは、寝ぼけ眼のサシャを軽々と抱き上げた。

「放してっ!!自分で歩けますっ」

一気に覚醒したサシャはレザンの腕の中で暴れるが、腕力で彼に敵う筈もなく、
食事の準備されたテーブルまで運ばれてしまった。
テーブルに並ぶ食事に見向きもしないサシャの姿に、痺れを切らせたレザンが声を掛けた。

「……強情を張るのもいい加減にしろ。お前にもしもの事があれば家族が悲しむ」

その言葉に、ぴくん、とサシャの顔が持ち上がる。

「……お母様や、妹達は無事なの?酷い事されていない!?」

悲哀に満ちた表情で詰め寄るサシャとは対称的に、レザンは冷静に答える。

「今は俺が保護している。どのような境遇で生きる事になるかはお前の心持ち次第だ」
「……この卑怯者!」

どこまでも冷徹なレザンを憎々しげに睨み上げ、サシャは手許のフォークとナイフを手に取り食事を始める。

言葉一つ交わされなかった食事の後、レザンは隣にサシャを侍らせて先程の書物の続きを読んでいた。
時折、手持ち無沙汰に酒杯を傾けながらサシャの髪を梳く。
サシャもその書物の文字を追う事でレザンの指の感触を意識下から追い払おうとするが、
返って逆効果になるだけだった。
そんな状態が2時間程過ぎた頃、読書に一段落付けたレザンが静かに本を閉じた。
長時間緊張したままでいた為、すっかり身体の固まってしまったサシャを再び抱き上げ、
レザンは自分の寝台にそっと降ろした。

すっぽりと覆いかぶさられた体勢に、昨日の陵辱劇が鮮明に蘇り、知らずとサシャの声が掠れる。

「……お願…い、酷い事…しないで……」

何もされる前から涙目で怯えるサシャを、苦笑を浮かべたレザンが抱き寄せ、その耳許で優しく囁く。

「今日は何もしないから、ゆっくりお休み」

自らの言葉を裏付ける様に、暫く後、規則正しいレザンの寝息が聴こえて来た。
今が好機、とばかりにサシャはその腕の拘束から逃れようと試みたが、流石にそれは敵わなかった。
そんな風に抱き締められていると、まるで子供が添い寝しているぬいぐるみにでもなったみたいだ、
などと思う内に
サシャも深い眠りに付いていった。

初めて陵辱された日から数週間が過ぎた。
レザンは3日に一度はサシャを抱いたが、交わらなかった日もしっかりと彼女を抱き寄せて眠った。
初めは無駄と分かっていても抵抗するのを辞めなかったサシャだが、最近ではすっかり抗う気を無くしてしまった。

彼女が大人しくなすがままに身を任せるようになると、それまでは力づくで何事も済ませていたレザンが、
まるで親衛隊長を務めて頃みたいに、壊れ物でも扱う慎重さで彼女に接し始めた。
その事実に一旦気づいてしまうと、サシャは自分の心が徐々に波立つのが分かった。
21歳の時から片時も離れず、サシャを護衛していた頃から変わらぬ真っ直ぐな瞳で見つめられていると、
サシャはその熱い視線で胸を射抜かれた様な錯覚に陥る。
只でさえ、王女として生まれた義務感から諦めこそしたが、一時は最も身近な異性として淡い恋心を抱いた相手に強く求められて心が揺れないでもない。
だがその一方で、飼い猫の様にレザンに飼われていく事を受け入れ始めている己を、苦々しく思うサシャがいた。

(どんなに優しくされてもレザンは父上の、国の仇。私の事だっていつ捨てるか分からない裏切り者なのだ)

そう自分に言い聞かせる事で、彼の腕の温もりを心地よいと感じる気持ちを振り払った。

サシャの心がぐらつき始めたのと同時期に、彼女はレザンの屋敷の侍女から身を隠さなくなった。
もう彼女達にどの様に思われようと構わない、という投げやりな心境になったからかも知れない。
事実、彼女達の想像と実際のサシャの立場に恐らく相違はないだろうから。
そのある日、サシャの昼食の支度をしてくれている侍女、名前をチェルシーと言ったか、に
ひとつ心掛かりになっていた事を尋ねた。

「この屋敷にロッテン国訛りの使用人はいらっしゃる?」

初めの日に聞いたあの声の持ち主の事がずっと気になっていたのだ。

「えぇ、それでしたら最近はロッテン国から優秀な人材が多く登用されておりますから。
この屋敷にも何人か勤めさせて頂いておりますよ。
侍女でしたら、フランの事かと思うのですけど……」

特に質問の意味も考えずに躊躇無く答えたチェルシーが挙げた名前に、サシャの脳裏に一人の娘の顔を思い浮かぶ。

「……ひょっとして、そのフランって子、……栗毛の髪を肩の処でカールさせて……」
「あぁ、やっぱりご存知だったんですね。彼女、ずっとサシャ様の事を心配してたんですよ」

嬉しそうに語るチェルシーとは対称的に、サシャは頭の中はすっかり混乱していた。
フランはロッテン国にいた頃、サシャの身の周りを世話していた侍女の一人だった。

「でも、やっぱり、同郷の方が近くにいるとサシャ様に……お里心付かれてはお可哀想だから、と
旦那様が担当を交代なさったんです」

サシャの置かれた立場を全く知らされていない訳ではないようだ。
漸く言葉を選ぶ様にサシャの顔色を伺い出したチェルシーに、サシャは重ねて質問をする。

「ロッテン国の人間がこちらに流出しているという話だけど、どれくらい規模でだか分かる?」
「旦那様もそうですけど真面目で仕事熱心な人が多いですからね、ロッテンの人は。
……元々この国は、地方の国を吸収して大きくなった国だから、他所の国の人を雇う事に偏見がないんです。
私も移民の出身だし。能力さえあれば出身、家柄の分け隔てなく採用してくれるから
ロッテンの人達も優秀な人程、こちらに流れて来ているんじゃないかな……と思うんですけど」

それから半日、サシャは魂が抜けた様に呆然と過ごした。
気の遠くなる程の長い時間をかけて伝統と血筋を重んじて来たロッテンと、
実力だけを頼りに一大勢力となった若きメージ国。
もう何が正しくて、何が間違いなのか分からない。
ロッテン国の存続を思えば、レザンは裏切り者以外の何者でもないが、
真に能力のある国民からすれば、彼の行動は間違いなく英雄的決断なのだろう。
そして、サシャ自身、ロッテン国最後の王女として、この結果をどう受け止めればよいのか。
レザンを国の仇として憎めば良いのか、国民の新しい導き手として認めれば良いのか。

レザンが部屋に戻ると、そこには灯りも付けずに膝を抱えて丸まったサシャが居た。

「どこか体調が優れないのか?」

気遣わしげに声をかけられ、顔を上げた途端、サシャの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れた。

「……レザンは何を考えて、国を捨てたの?本当の事が知りたいの……」

レザンは黒い前髪をかき分けて苦しげにひとつ大きな息を吐いた。
サシャの張りつめた様子に、もう彼が何を言っても彼女には誤摩化しが効かない事が分かった。

「誰に、何処まで聴かれたのかは存じませんが、姫様のご想像の通りだと思います」

レザンは長椅子に座っているサシャの前に跪き、彼女を見上げる様に語り出した。
その姿は姫君とその身を護る騎士そのものだった。

「私は姫の親衛隊長まで勤めて参りましたが、それでもロッテンの国ではかなり異例の出世だったのです。
姫もご存知かと思われますが、ロッテン国は何より血筋を重んじます。
只でさえ、王家の方々の身辺をお守りするのは、最低でも上流階級の嫡男、
もしくはその家の嫡男以外の男子でも有力貴族のお墨付きの者とされています。
その中で、妾の子として家での立場も低い私が登用出来たのも、
やはり異端な考えの父が手筈を整えてくれたからだったのです。
本来なら嫡流でなければ、平民同様に扱われる筈だった私の戦の腕を惜しまれた父が
表に裏に、手を回してくれたお陰で今日の私があるのです。
私は理解ある父に恵まれたから良かったものの、生まれの差により、才能を活かせぬまま一生を終える人間を
私は多く見て来ました。
それとは逆に大した能力もないのに、重要な官職に就いては無駄な法ばかりを作っていく人間も」

レザンの静かな怒りが王女として生まれた自分に向けられている気持ちになり、サシャは気弱げに尋ねる。

「……レザンは、……本当は私の護衛をするの、嫌だった……?」

まるで叱られた子供みたく俯いたサシャの頭を、あやす様にレザンの大きな手が優しく撫でた。

「姫様の事は御役を任せられた時から、ずっと大好きでした。
素直でお優しくて、花の様に可憐で…それでいて時々、手がつけられなくなる程、拗ねられる処も全て」

サシャは涙目で、酷い、とふくれて笑って見せる。

「だから、そんな貴女が国の為に御自分の心を偽らなければならなくなるような、
ロッテン国の伝統を重んじる体勢が許せなかった。
………姫は誰にも気づかれてないとお思いでしょうが、アルフォー公爵との婚姻話が決まってから、
貴女は毎晩の様に枕を濡らしていたのでしょう?」

まさか気づかれていたなんて。サシャは思わず瞠目する。

「ずっとお傍で見て来たのです。どんな小さな変化だって、貴女の事なら見逃しはしません。
ですが、貴女は最後まで、不平を口になさらなかった。それがいじらしくて、……………憎かった」

「望みもしない相手の元に貴女を取られるのを、指をくわえて見ている事しか出来ないなら、
いっそ自分の我がままを優先してしまおうと思ったのです。
……私は貴女を縛る全てのものから解き放って、ただの一人の女にしてしまいたかった」

レザンは辛そうに笑うと、撫でていたサシャの頭から手を離し、彼女の視線から目を逸らした。

「……確かに元々はロッテン国の選民思想に異を唱えての行動でしたが、
貴女の事が引き金ではないとは言えません。
その為に、貴女の父上をはじめ、多くの血を流してしまった。
……私の……浅ましい願望と引き換えに……」

自嘲の笑みを浮かべるレザンがノロノロと顔を上げて見せた。
サシャはこんな頼りなさそうな彼の顔を初めてみた。

「……私の甘い夢も覚める時が来ました。もう、姫は自由の身です。
お母上様はカヴァ=ヤの修道院にいらっしゃいます。
他の妹姫達は既に養子として引き取られてしまいましたが……。
お二人でロッテンの同盟国にでも亡命なさるのが宜しいでしょう」

これを見せれば、メージ国では大体の要望は通りますから、とレザンのサインの入った証書を手渡される。
展開が急過ぎて思考が追いつかないサシャは、差し出された証書を呆然と受け取った。

「今までの無礼の数々、誠に申し訳有りませんでした。
………それでは、姫様の御身がいつまでも健やかでいらっしゃいます様、いつもお祈り申し上げております」

レザンはそう言うと、未だに惚けているサシャに哀しい笑みを寄越すと、黒い軍服を翻して扉の向こうに消えた。
いつもの様に鍵を掛ける音は、ついにしなかった。


「どうぞ、お気をつけてお降り下さい」

御者のうやうやしい言葉にサシャは我に返った。
レザンが部屋を出て行った後、すっかり呆然自失となったサシャは侍女に促され、
無意識のまま部屋を出て、用意された馬車に乗せられた。
久し振りの外出だというのに、馬車の小窓から見える景色も何も覚えていない。
実はもう、屋敷を出てから何日か経っているのかも知れないがそれすら分からない。
まるで心にポッカリと穴が空いたような、自分が自分でないような錯覚を覚える。

(知らずと目を背けていたロッテン国の欠点をまざまざと見せられた所為かしら、それとも……)

モヤモヤと悩んでいる頭とは別に、足はまっすぐ教会へと続く道を行く。
そこは海の見える丘の上に立つ白い建物で、飾り気はないが、楚々としたモダンな造りだ。
馬車が近づく気配に気づいたのだろうか、建物の中からシスターとおぼしき姿の女性達が出て来た。

「…………サシャ……!?」

その中から少し年配の女性がサシャの姿を認め、駆けて来る。

「……お……母様????お母様っ!!!」

サシャの金髪と良く似た色の髪を真っ黒なベールの中に隠していた所為で、
遠目には他のシスターと見分けが付かなかったが、それはサシャの母親、ロッテン国最後の王妃だった。
ひと月も会わなかった訳でもないのに一気に老け込んだ母の表情に、
サシャは母妃の辿って来たこれまでの心労を思うと胸が痛んだ。

「……よくぞ、ご無事で……」

なんだか一回り小さくなったように思える母に抱きつくと、先程までは無気力だった筈なのに、
涙が後から流れて止まらない事に気付く。

「貴女も無事な様子で、何よりです……。サシャの事はずっと気になっていたから……
会えて、顔を見れて本当に良かった……」

幼子のように泣きじゃくって止まない我が子の髪を優しく梳いてやりながら、亡国の王妃は微笑んだ。

「他の妹姫達も皆、良いご家庭に養子縁組が決まってね。3日前に末姫のアンシスが出てしまって、
ここもすっかり寂しくなってしまったけれど貴女が訪れてくれて嬉しいわ。……レザンも一緒なの?」

その名前にサシャの涙も一息に止まる。
どんな想いで母がレザンの名前を出したのだろうか?
母妃は、彼とサシャの関係を知っているのだろうか?
色々な想いが交錯する中、サシャは小さくかぶりを振って答えた。

「……レザンなんて……ここに来れる筈ありません……あんな……人………」

震える声で呟く。

「そう。……彼がメージ国王に助言してくれたお陰で、こうして私達が今なお生き延びているという話を聞いたものだから、
もし会う機会があればと思っていたのだけれど……」

その様子に気付かなかったのか母妃は一人ごちる。

「……レザンは……来てないの……もう、私…前には………二度…と……」

声に出してみると嗚咽に遮られて、最後まで言葉を紡げなかった。碧い瞳から再び大粒の涙がこぼれ落ちた。
だが、それは先程までの堰を切ったような涙ではなく、静かににじみ出るものだった。

(自分の身体なのに、全然思う様に動かない……。あんなに憎んでいた筈なのに……。
何故、レザンの事を思い出すとこんなに涙が出てくるのだろう……)

「……もう、私達は自由にしていいって……、どこに行くのも自由だって……。
お母様、この国を出て、2人で暮らしましょう……、ね?」

ロッテン国の滅亡も、レザンに受けた陵辱も、王国の真実も、サシャに対する彼の想いも……。
全て忘れてしまえば、いつかはこの不可思議な感情も消えてなくなるかも知れない。
そう思ったサシャの提案を、王妃は静かに、しかし確実に拒絶した。

「……よくお聞きなさい、サシャ。ここには父王が眠っておられます。
私は妃として、妻としてこの地を離れる訳にはいかないのです。
確かに、あの人は決断力が乏しくて国を纏める器ではなかったのかも知れない。
貴女にだって、国が有利になる為だけの道具の様な育て方をしてしまった、駄目な父親だったかも知れない。
……でもね、それでも、私はあの人が大好きだった。だから、お父様のお墓を最期まで護って生きたいの」

我がままな母親でごめんなさいね、と少し寂しそうな顔でサシャに笑い掛ける王妃の顔は、確かにくたびれてはいたものの、誇り高く輝いていた。
サシャのよく知っている優しくて清々しい母の笑顔だった。

「貴女も自分の思う道を行きなさい。……何も慌てて結論を出す事はないわ。
答えが出るまでこの教会でゆっくり考えてご覧なさい」

それからしばらくの間、サシャは教会で穏やかな日々を過ごした。
小さなものではあったが父王の墓には毎日参ったし、生まれて初めて自分が食べる為の野菜を栽培した。
刺繍は一般教養として一通り身につけていたが、古布を繕い直して再利用する事など考えた事もなかった。
何から何までサシャにとっては新鮮で楽しい体験だったし、
祈りに始まり祈りに終わる緩やかで優しい生活を送る内に、
このまま母妃と一緒にここで暮らすのも悪くないと思わないでもなかった。
だが、何をしていても、心に大きな穴が空いたような空虚な気持ちに突然襲われる。
朝、起きた時の一人きりの寝台の冷たさに不意に涙が零れる。

……原因は既に分かっている。
だからこそ、敢えてその事を考えないようにすれば、いつかは忘れてしまえると思っていた。
でも、出来なかった。むしろ一層、その存在が日一日と心の中で大きくなるばかりだった。

「………レザン……」

口に出して呼ぶ。当然、返事はない。
分かり切った事なのに、胸が刺すように痛い。
声に出して名前を呼んでしまった事でその想いもひとしきり強くなってしまった。
レザンに、会いたい。
根本的に向こうが会ってくれるのかすら確証も持てないが、とにかく会いたい。声が聞きたい。
彼に対して怒りたいのか謝りたいのか、はたまた許したいのか許されたいのか、
自分でもどうしたいのかすら分からないが、レザンに会えば何らかの決着が付くであろうと、
根拠のない確信がサシャの中で大きくなる。
一度そう思い至ってしまうと、もはや居ても立っても居られなくなってしまった。
サシャは寝台から飛び降りると、恐らく今の時間なら父の墓前にいるであろう母の元に駆け出した。
もう、涙は流れていない。

「もう貴女はレザンに会いに行くと決めたのでしょう。
ならば私に貴女を止める権利はありません。
貴女の選んだ道をいきなさい。
ただし、これだけは約束して。
例えどの様な結果になろうと決して後悔しない事、そして自分で下した行動に最後まで責任を持つ事。
これがロッテン国最後の王女として生まれた貴女が出来る最後の公務です」
サシャの決意を聞いた母が静かに、だが厳格に応えた。
そう言うと母はてきぱきとサシャの旅支度を調え、シスターに馬車を手配させた。
固い抱擁を交わして別れた娘の乗せた馬車を見送りながら母后は傍らの墓に語りかけるように呟いた。
「貴方は国を滅ぼした相手の元に娘を行かせた事をお怒りになるかしら?
それでも、私は誰かの言われるがままに生きてきたあの娘が自分の足で道を進んで行く事の方が嬉しいの。
今までは誰かの言われた様にしか生きる事が出来なかったのに……。
私達は上手く親の役目も、王族としての責任も果たせなかったけど、
それでも何でもあの娘には幸せになって欲しい私を貴方はお許しになって下さるかしら?
………それとも私達よりも、もっとずっとあの娘を幸せにしてしまう誰かに嫉妬なさるのかしらね……」

行きはいつの間にか教会に着いていた筈なのに、帰りの道のなんとじれったい事。
御者に頼み込んで、出来る限りの速度で走って貰ってまる1日かかって懐かしい屋敷に辿り着いた。
だが、サシャが知っている屋敷の様相とは少し面持ちが変わっていた。
何かあわただしい気配。
使用人も侍女達も上へ下への大騒ぎで、こっそりと屋敷の中に入って来たサシャに気づく者もいない。
とはいえ、実際、この屋敷で彼女の顔を知っている者も限られてはいるのだが。

大きな木製の扉の前に立つ。内側から見慣れたレザンの部屋の扉。
小さくノックをふたつ。扉を叩く拳が震えているのが分かる。

「入れ」

すっかり聞き慣れたレザンの低い声。
もう泣き癖はすっかりなりを潜めたと思っていたのに、その声だけで鼻の奥がツン、とする。
押し遣るように扉を開けると、漆黒色をした戦支度に身を固めたレザンが立っていた。

「……姫…なぜ……」

冷静沈着が常だったレザンがすっかり目を丸くしてサシャを見ている。
そんな表情の彼をついぞ見た事がない。
吹き出したいくらい滑稽な筈なのに、サシャに出来る事と行ったぽろぽろと瞳から涙を落とすくらいで、
身体はまるで金縛りにあったみたいにちっとも動かない。
レザンも同じ状態のようでお互い一歩も動かず見詰め合って、一刻。

「―――……レザンに…会いた…て…」

喘ぐ息の中、なんとか言葉を紡ぐ。
水中で空気を求める様に伸ばされたサシャの手に、レザンは後じさって避ける。

「何故戻って来たのです。せっかく自由になれたのに…」

苦しそうに顔を背けるレザンに、サシャはそれでも手を伸ばす事を止めない。

「……私だって、ずっと貴方の事を忘れようしました。どこか他の地で新しく人生をやり直そうとも。
…………でも出来なかった。何をしていても貴方の事を考えてしまうの。貴方の声を思い出してしまうの。
笑顔が浮かんでしまうの。ぬくもりを求めてしまうの。
お願いだから、ずっと傍にいて……もう、お姫様扱いされなくても良い、只の小間使いで構わないから……
……睦言にも『好き』と言ってくれなくても良いから……だから……だか…ら…」

泣きながら自分に手を伸ばし続ける少女の姿に、深く息を吐いた後、レザンが呻くように呟く。

「…………離れたい、と言っても二度と手放しませんよ?」

その言葉を合図にサシャはレザンの胸に勢いよく飛び込んだ。

………くちゅ……ぴちゃ………。

すっかり日も落ちた暗い部屋に水音と荒い息遣いが響く。
2人は生のままの姿で、互いの体温を守るかのようにきつく絡み合い、蕩けるような口付けを交わしている。
そして、唇が重ねられる度に、交わされる瞳。
未だにこの行為に羞恥を隠せないサシャは、レザンの情熱的な視線にぶつかると恥ずかしそうに逸らしてしまう。
その一瞬後、おそるおそる瞳を掬い上げる。
そこには熱に浮かされ、目前にある水を求める様に自分を見詰めるレザンの瞳と、彼と全く同じ眼をした己の姿があった。
度重なる口付けにほだされたのか、どちらからともなく互いの身体に指を、舌を這わせる。

「…っ、やぁ、レザン……くすぐったい……」

腋と胸の中間点辺りを触れるように舐められて、サシャはクスクスと笑った。
と、次の瞬間、笑っていたサシャがレザンの手を捕らえて、まだ実りきっていない緩やかな胸に押し付ける。

「……優しくしてくれなくて、いいから……レザンの感触をしっかり刻み付けて欲しいの……」

羞恥で耳の先まで真っ赤にしながら、それでもまっすぐに自分に向けられた言葉にレザンは言葉を失う。
だが、今にも泣きそうな顔でこちらを見上げる亡国の王女に、今まで以上の愛しさを感じ、身体の中心から熱が生まれる。

「―――至らず、申し訳ありません」

「………はぁ、ん……っう、くぅ……」

以前、レザンがつけた跡がすっかり消えた肌に新しい花が咲く。
サシャは上に下に跡を残していくレザンの頭に縋り付いている。

「――――っひぁあ!!……んくぅ、ふ…ぅ…」

思い出した様に、既に固くなった胸の突起を弄ってやれば、荒い息の中、一際極まった声で啼く。
そして、その差し迫った息は刻一刻と激しさを増していく。
サシャの秘所に手をやれば、これまでの愛撫に解されたのか、すっかり潤っていた。
指についた蜜を舐め取ると、その味に一層欲望が深くなる。

レザンは力なく横たえられたサシャの足下に跪き、その股間に顔を埋める。

「………?……レザン、何、し???キャッ!駄目―――――ッ、そんなとこ……」

秘処に触れる、指とは異なる生暖かく滑る感触にサシャは驚愕の声を上げる。
その感触の主がレザンの舌だと知ると、より慌てふためいて離れようとするが
脚を押さえられていて、それも叶わない。

……ヌチュッ……ズニュ……

とめどなく溢れる蜜を吸い上げられる水音に、サシャは気が触れてしまいそうになる。
身体の最奥が熱を放出したくて疼く。

「……ハァ、……ハ……レザ、……もう……お、願…!!」

瞳いっぱいに涙を溜めて懇願する少女の頬に軽い口付けをひとつ落とす。
レザンは彼女の身体に割入り、その両脚を自分の肩に掛ける。

「……行きますよ?」

もう、届いていないかも知れないが、レザンは激しい呼吸を繰り返すサシャに声をかけ、
ゆっくりと彼女の中に侵入した。
何度も体験した筈なのに、まるで初めての交わりかの様にきつく締め付けて来るサシャの中に、
思わずレザンもクッと声が漏れる。
汗の滲む額に、そっと触れるものがあった。
息も絶え絶えだった筈のサシャの細い指が、レザンの顔をなぞる。

「………姫……」

呼ばれてにこりと微笑むサシャの表情には、花の様な可憐さと華の如き艶やかさ。
恐らく、彼女のこんな顔を知るのは自分一人。
その至福の笑みにレザンは一瞬、このまま死んでしまっても良いさえと思ってしまった。
身体の中心に着いた火はますます熱く燃え滾る。
その昂りを組み敷いた少女の最奥に向かって何度も何度も叩き付ける。

「――ひャぁっ!……レザ、ン……はぁ……レザ、っっくぅあぁああ!!」

荒い息の中でも必死に自分の名を呼ぶその声にレザン官能が刺激され、腰の動きが激しさを増す。
その律動に合わせる様に拙く動くサシャの腰。

(……もう、限界、か―――)

「――く、ぅ――!」

レザンの切羽詰まった様子から彼の次の行動を感じたのか、サシャは渾身の力でレザンにしがみついた。

「―――行かないでッ!!」

その突然の行動に動きを封じられたレザンは、自身の欲望をサシャの身体の最奥に吐き出してしまった。

「……そんなに謝らないで。私が望んでした事なのだから……」

ひたすらに謝罪の文句を並べる彼女の騎士の胸に頬を寄せて、サシャは言った。
白魚の様なその指で、剣ダコの出来たレザンの無骨な手をぎゅっと握り締めている。

「………戦に行くの……?」

屋敷に辿り着き、その様相を見た時から覚悟はしていた。

「………はい。明日の夕刻には出立致します」

およそ甘い情事の後に交わす睦言とはかけ離れた会話だと思いながらも、レザンも会話を続ける。

「…………そう」

サシャは一言呟くと、愛おしそうに握りしめた手に頬擦りをする。
…………国を、父を斬った、そして私を護り、愛した、不器用な手。

「……必ず、帰ってきて」
「私が姫の命を違えた事がありましたか?」

真剣な面持ちの元主に、レザンは優しく笑って答える。

「…………命令ではなくて、『お願い』では駄目?」

少し考えて、上目遣い気味にレザンを見上げるサシャは子供がものをねだる表情そのものだった。
彼女のその表情の可愛らしさに心を奪われたのか、はたまたその問いの意味に瞠目したのか、
すっかり言葉を失ったレザンにはお構い無しに、サシャは『お願い』を続ける。

「……絶対に、生きて帰ってきて。そして………」

海風が教会までその潮の匂いを運んで来る。
海の見える丘の上に建てられたその建物はいつか訪れたその時と変わらぬまま。
あれからひと周り季節は巡った。
きっとこれからも、天気の良い日もどしゃ降りの日も変わらず、そこに在るのだろう。
講堂には少女とも女性とも言い難い、微妙な年頃の娘が一人。
天井の窓から刺す明るい真昼の光に似合わぬ、真っ黒な衣装とベールでその白い肌も金の滝の様な髪も隠している。

(全身真っ黒で、まるで彼になったみたい)

白い軍服を纏っていた頃の記憶は朧げになり、漆黒のイメージの彼の方が定着してしまっている。
手には純白のカラーを一輪。

と背中で重い扉を開く音がした。
すぐには振り向かない。こんな日に遅れて来る方が悪いのだから。
珍しく息を切らせながら、靴の音を響かせながら足早に近づいて来る。

「………遅れて申し訳ありませんっ!」

漸く彼女の許までたどり着いたが、まだ、許してやらない。
謝る相手にそっぽを向いて顔を合わせない。
と、息を飲む音がして、そっとベールを持ち上げられる。
その相手は彼女と同じく真っ黒な軍の礼服に身を固め、黒い髪と瞳を持つ男。

「………変?黒い婚礼衣装なんて……」

この国では『誠実』を意味する黒が婚礼の色として用いられているが、なじみのない彼女には少し面映い。

「――すごく綺麗だ」

なのに、何のてらいも無く男は答える。そして、その真っ直ぐな瞳を逸らす事無く、彼女に告げる。

「これからも、ずっと側にいて頂けますか?」

ずっと焦がれていた言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべて男に抱き着いた。
そんな彼女の耳許で男が囁く。

「……愛してる―――――サシャ」






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