おかしな二人3(非エロ)
シチュエーション


「本当によろしいんですか?お会いにならなくて」

八月。屋敷を囲む青々と茂った木々の間から蝉の声が聞こえてくる。
日差しは強いが、この小山は風の通りがいいので空気の道さえ作っておけば屋敷の中は案外
快適だ。
庭に出られる南向きの窓と入口を開け放ち、英博様は普段通り書斎で読書をされていた。
私は白いレースのカーテンの陰に隠れて、屋敷から離れていくご婦人の後ろ姿を見送っている。

「いい。次も不在だと言って追い返してくれ」

面会を謝絶されたご婦人は英博様のご親戚だという。遠くからわざわざ汽車と馬車を乗りついで
やってきたらしい。名前を告げると英博様は本から顔も上げずに「散歩に行ったと言っておいてくれ」
とおっしゃった。

「どうせ大事な用ではない。縁談の話だ」
「お見合い……なさるんですか?」
「まさか。見合いをしないかとここのところ毎年、この時期にやってくるのだよ。三十男の寡暮らしが
気に入らんらしい」
「そうですか」

憮然とした英博様がおかしくてくすりと笑い、同時にどこか安心している自分に気付いた。

「でも、挨拶ぐらいされては……」
「あの手のご婦人は顔を合わせたが最後、自分の言うことを聞くまで放してもらえないから会わない
ことにしている。それだけで本が三冊は読める。時間の無駄だ」

まるでそれに賛同するように、ざあっと風が開け放った窓から部屋の中を通り抜けた。それに煽られ
机の上に積まれた読了後の本の山の一角が崩れた。

「あら大変」

急いで駆け寄り本を拾う。どれも辞書のように分厚く重い。

「ああ、いい。自分でやるよ」

言って英博様はまるで板切れでも拾うような調子でひょいと私の手から本を抜き取った。英博様の
手はかなり指が長く大きい。私が抱えるような本も片手で持てる。

「厄介な客も帰ったことだ、君は好きなことをしたまえ」
「……はい」
「?どうかしたかね」
「え?」
「随分ぼんやりしているじゃないか。体調でも悪いのかね」
「いえ、そんなことは」
「体調が悪いのは私よ、ヒデヒロ」

気がつけば、書斎の入口にローズさんが立っていた。いかにも気だるげにドアに体を凭れている。
いつもは既に帰国の途に着いているらしいが、今年は秋口までこの屋敷に滞在するつもりだという。

「何、この異常な湿気。日元の夏っていつもこうなの?もういや、町に逃げようかしら」
「町中に比べればここはまだ天国だと思うがね。石畳は熱を吸収して中々逃がさんからここよりも
数倍暑いはずだ」

ローズさんはまるで十年分の宿題を一度に出された学生のような顔をした。

「失礼します」

ローズさんの横を抜け、逃れるように書斎を出た。
涼しいと思っていたが、案外そうでもないらしい。夏の陽気に少し顔が火照っている。

――そのせいかしら。

あの手に少し触れてみたいなどと、はしたないことを考えてしまったのは。


*******************

「ねぇ、どう思ってるのよあの子のこと」

「あの子とはどの子のことだね」
「セツに決まってるでしょ、白ばくれないで」

目をやると、書斎の入口でローズがこちらを睨んでいた。

「白ばくれてなどいない。何のことだ」
「どうするつもりだって聞いてるの」

少しイラついているらしく、組んだ腕を右手の人差指が叩いている。

「ちゃんと彼女にふさわしい環境を用意するさ。君の国が好ましくないというなら他の国に当てを探す」
「あのねぇ……そういうことじゃないのよ、私が言いたいのは」
「ではどういうことだね?君にしては歯切れが悪いじゃないか、はっきり云いたまえ」
「……あ〜〜〜〜、もう!」

凭れていたドアから離れてこちらに歩み寄り、ローズはびしりと私を指さして捲し立てた。

「あなたってどうしてそうつっけんどんなのかしら!?鈍感もそこまでくると罪になるわよ!?」
「だから何の事を言ってるのかはっきりしてくれたまえ。主題の明確化なしに議論は展開できん」
「……やめた。時間の無駄だわ」
「そうか。では出て行ってくれたまえ。読書したいのでね」
「わかったわよ!」

つかつかと速足でドアまで戻り、扉を勢いよく閉める――直前、ぴたりとそれを止めて、ローズは
冷静に言った

「……ヒデヒロ、これは友人として忠告しておくけど、もしあの子が大切なのなら一度ちゃんと話し合った
ほうがいいわよ」
「……?どういうことだ」
「あなたの望みとあの子の望みがイコールだと考えないほうがいいということよ」

そう言ってローズは静かに扉を閉めた。

――イコールでない?

学習意欲旺盛な彼女のことだ、海外に留学できることを喜ばないわけがない。
まだ海綿のようなその脳髄にこの狭い島国では見ることも聞くこともできぬものを無限に吸収して
帰ってくるだろう。そしていずれ大事を為すに違いないのだ。
先だってローズからその話をしたときには断りを入れたらしいが、それは話が突然だったからだ。
あの聡い娘のことだから船賃や学費などの金銭面を気にしているのだろうが、それについては私が
負担すればいい。
才能の卵を、何故ここで腐らせることができよう。

「……」

だが、ローズの言葉は気にはなる。彼女があそこまでいうからにはそれなりの根拠があるのだろう。

――そういえば。

もし今年の春私が彼女の身請けをしていなければ、今頃肥田のような下劣に買われ異国の空の
下にいたかもしれない。

――海外に行くことに、自らの身にありえていたかもしれない負の可能性を抱いているのだろうか?

気がつけば、長いこと考え込んでいたらしい。遠くで柱時計が二時を告げていた。

「考えあぐねていてもしようがない」

我ながら馬鹿であった。本人に直接聞くのが一番早い。
三時のティータイムはまだである。ここ一月ほどの夏の陽気のおかげで洗濯物は既に取り込み済。
掃除は朝に終えていたから、今頃は自室で私が貸した本や自分で買った本をもとに勉学に勤しんで
いるはずだ。
私は読んでいた本を書架に戻し、数時間ぶりに書斎のドアを開けた。






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