ミナと殿下 2(非エロ)
シチュエーション


現王ハラルドは人望も厚く、寛大にして聡明、偉大な王と讃えられていた。
一方王弟ラルスは『変人殿下』の名で通っているほどで、王位継承権はある
ものの権力争いに巻き込まれる可能性は低い、はずだった。

しかし次第に王の専制が目立ち、臣下の声を聞き入れず、更に先日は先代からの
忠臣を遠ざけ流刑に科すという暴挙に出た。
そのため宮廷は、現王派と、子のない王の代わりに王弟を担ぎあげようとする二派に分裂した。
自領に引きこもっていたラルスが宮廷に登城した今回、刺客に狙われた背景はそこにある。


「あの、殿下、わたしが降りますので、どうぞお乗りください」
「“お嬢様”を差し置いて従者が馬に乗っていてはおかしかろう」

「二人で乗っているのはもっとおかしいと思うのですが」
「次の町で馬を手に入れるまでは仕方あるまい。追手との距離を
少しでも開かなければ」
「……そうですね」

最初は馬車を仕立てていたのだが、足が遅くなるので先程の宿を取った屋敷に
置いてきてしまったのだ。

護衛のはずの自分が抱えこまれる格好になってしまい、ミナは落ちつかない。
これで狙撃でもされたら、自分は何のためにいるのか分からなくなってしまう。
周囲を窺いながらも、早く無事宿場町に着くよう祈るばかりだ。

きょろきょろとあたりを見るたび、身じろぎして殿下の胸に当たる。

「少しじっとしておれ」
「は、申し訳ございません。ですが」
「こっちが落ちつかないのだ、いろいろと」
「?……はい」

夜通し走ってきたが、宿場町にはまだ着かない。
馬であと一日程度の距離だったはずだが、東の空が白々と明けてきた。
すっかり徹夜だ。

「あれは?」

殿下の声に顔を上げると、街道沿いに驚くほどの巨木がそびえていた。
葉陰をねぐらにしていた鳥たちがさえずり始めている。

「この辺りでは有名な古木です。旅人の憩う木として知られています」
「ああ、これがそうか……。そうだな、眠くなってきたことだし少し休んでいくか」

と、殿下はいつもと変わらない表情で欠伸をした。

急がなくてはならないのだが、確かに全くの休みなしではかえって危険かもしれない。
街道を少し外れた辺りに馬を停め、水を飲ませて休ませ、僅かな荷物の中から敷布を
引っ張りだすと、なるべく平らで木陰になる草地に敷いた。

「どうぞこちらへ」
「うん。おぬしも少し休め。疲れておるだろう」
「いえ、わたしは」

いつもの表情だが、殿下は少し考えるように眉根を寄せた。

「そうだな、では、おぬしはしばらくの間見張っていてくれ。交代で休むとしよう。
何かあれば遠慮なく叩き起こす、それでよかろう」
「畏まりました」
「ではここへ座れ」

示されたのは敷布の上だった。

「こちらへは殿下が」
「うん、そこで横になるとも」

無理やりミナを座らせると、殿下はその膝を枕に横になった。

「あの……殿下、これでは非常時に動けないのですが」
「どうせ非常時には私も起きねばならんのだ。かたいことを言うな」

そう言って満足げに頷くと、すぐに寝入ってしまわれた。
殿下の薄灰色の眠たげな眼は瞼に隠れ、くすんだ金髪が膝の上に散る。

これでは幼い子供のようだ。昨日から妙に我儘だった。
普段は、妙な言動はしても手のかかるようなことは言わない方なのに。

次第に、安らかな寝息が聞こえてきた。
殿下の乱れた髪をそっと直すと、思いのほか柔らかく、手触りがよかった。
ほとんど毎日その顔を見てきたのに、触れるのは初めてだ。

ふと我に返る。当たり前だ。身辺のお世話をする侍女ならいざ知らず、自分は
近衛兵、ただの護衛なのだから。

自らの本分を思い出し、周囲に目を向ける。今のところ、追手の気配はない。
ミナは服の下の剣に手を添え、じっとしているしかなかった。

ふと、思う。

殿下は、ご自分の状況を分かっていらっしゃるのか。
おそらく刺客を差し向けたのは国王派の臣下の誰かだろうが、それは国王の
――つまり、殿下の実の兄の命令かもしれないのだ。

幼いころから聡明にして寛大といわれてきた、あの国王陛下が。
領地にいる殿下を気遣って、お忙しい身なのにまめに親書を送ってよこしていた、
あの国王陛下が。

実の兄が、弟を殺そうとする。そんなことが、あっていいものなのか。
殿下は、お辛くないのだろうか。

だが殿下はいつもどおりのあの調子だ。刺客に追われているというよりはお忍び旅行の
気分でいるんじゃないだろうか。

殿下は、兄王のことを、何とも思っていないのだろうか――?

陽がすっかり高くなった頃、殿下が目を覚ました。
膝の上でもそもそと身じろぎするのを感じて、殿下が馬上でミナに「動くな」と言った
理由が分かった気がした。これは非常に落ちつかない。

「ご気分はいかがですか」
「最高だが最低だ。うっかり寝入ってしまった」
「お加減が?」
「いや、いい。気にするな。おぬしも休め」
「わたしは結構です」
「なにを言う。寝不足の体で護衛が務まると思っているのか」
「訓練は受けております」
「いいから大人しく寝なさい。一刻で起こす」

「……ありがとうございます。では、失礼を」

といって傍らの木に寄りかかろうとして引き留められた。

「なにをしておる」
「わたしはここで」
「それでは休まるものも休まるまい。おぬしもここで横になれ」

と、無理やり殿下の膝の上に引き倒された。

「いいいいえっ!そんな、滅相もない!」
「嫌か」
「いえその、嫌とかそういう話では……」
「ではよかろう。私が好きでしているのだ、遠慮するな」

といって、寝かしつけられる。

膝枕なんて、幼い頃に母や乳母やにしてもらったとき以来だ。
殿下の脚は硬くて、記憶にある母の柔らかいものとは違っていた。

男の人だからだろうか、などと考えているうちに、思った以上に体が疲れていたらしく、
気づけば泥のような眠りに落ちていた。

「殿下」

背後から声がする。低く、小さな声だがよく通った。

「目星は付いたか」

振りかえらずに答える。刺客ならば、声もかけずに襲いかかって来るはずだ。
それに、この相手なら振りかえったところで姿を現しはしない。

「今、国王陛下の身辺を探っております。おそらく、二つとも殿下の予想通りかと」
「そうか。……一刻も早く、挙げるように」

膝上の赤毛を弄ぶ。触れたくても触れられなかった、その手触りを慈しむ。
硬くて真っ直ぐな髪は、そのまま持ち主の性格を表しているようだ。

「もちろんでございます。恐れながら、殿下」
「何だ」
「そこにいる護衛の娘、果たしてその様子で役に立ちますので?」

無防備に寝入っている。
違う意味で刺客よりも危ないかもしれないというのに。鼻でもつまんでやろうか。

「少々疲れておったようだからな。それに、今はおぬしもいるだろう」
「契約外でございます」
「そのくらいまけろ。だいぶ弾んだだろう」
「……仕方ありませんな。殿下が亡くなられては我々も困る」

それきり、声は消えた。辺りは小鳥のさえずりのみが響き渡っていた。

ふと瞼に熱を感じ、目を覚ました。陽が動いて、木漏れ日が目を射たようだ。

「ん……」

身じろぎして目をこすり、瞼を開いたところで殿下と目があった。

そうだ。恐れ多くも殿下の膝を枕にしていたのだった。
ミナは慌てて飛び起きた。

「まだ一刻経っていないぞ」
「いえ、充分すっきりしました。もう大丈夫です!」
「……そうか」

「さ、だいぶ時間が経ってしまいました。急ぎましょう、殿下」

ミナは馬を曳いて来ると、手早く手荷物をまとめた。
殿下は渋々といった表情で肩をすくめた。






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