鈴と王様
シチュエーション


王になりたいと考えた事があるだろうか。
難しい意味合いでの王じゃない。鍛冶職人の王とか、商売の王とか。
そうじゃなくて純粋な君主としての王って事だ。
国を統べるものとしての王。
判り易い意味合いでの王様の事だ。

まあ、王じゃない人にとっては
王っていうのはなりたいと思うものなんだろうな。と思う。
なんたって何でも出来る。

そこに住んでいる人間達が守らなくてはならない決まりを作るのが王だからだ。
王がこうしろと言えばそれが正しいのであり、その結果がどのようになろうともそれは正解になる。
守らなくてはならない決まりに縛られて好きな事が出来ない人にとってみたら、
これは憧れて当然の事と云う事になるだろう。

例えばの話、戦争をして何千人と人が死んだとしても、
その結果国が滅ぼされない限りは王は正しい。局地戦でいくら負けようとも王は間違ってはいない。
万が一、勝利でもしようものならそれはすべて王の手柄だ。
無論実際に戦争をするのは国民なのだからその中から何人かの英雄は出るだろう。
だが、その英雄が結局王の代わりになると云う事はまず無い。
それらの英雄は国許に戻り、王の為に戦ったと公言し、無論いくらかの出世や金、名誉を手に入れるが
それすらも正直な話、実質的に見れば王の手の平の中の話。
最終的にはそれらの英雄を持つ王は正しいと云う事になるのだ。

それだけじゃない。少々の乱暴だって許される。
王のやる事は根本的な意味で正しいのだから、その行為は極大まで善意的に拡大解釈されるのだ。
例えばある人間を特に理由もなく殺したからと言って、王が責められる事はない。
何故なら、王にそうさせたその人間が、若しくは周囲の人間が悪いからだ。
例えその理由が王の前を無断で横切った、等というものであったとしても、
それはそんな事をしたそいつが悪い。と云う事になる。

それにしたって目の前を横切っただけで殺す事は無いだろう?
そんな事は無い。
神の代弁者たる王の目の前を無断で横切ると云う事はつまりは王に従わないと云う事であり、
つまりは反逆を企てるような奴かも知れず、もしそうなってからでは多数の犠牲者が出るかもしれない。
王はそこまで考え、そして緩み、甘えきっていた配下に対して模範を示したのだ。
なんて事が勝手に後からついてくるのだ。
無論これは王が考える必要すらない。周りが勝手に考えてくれる。
つまりは王が正しいのだと。


なぜそうなのか考えてみた事がある。
王なんか敬って楽しいのか?
王が全てを決めて、本当にいいのか?王が全部正しくて本当にいいのか?
都合悪いこと、ないのか?
いや僕が言う事じゃないかも知れないんだけどさ。
横切っただけで殺されてしまうかもしれないんだよ?
しかもその後、後付けの理由で悪者にされるかもしれない。

それなのに何故?
と、王が敬われる理由って奴をずっと悩んできたんだけれど最近漸く少しだけ判って来た。

王ってのは調整弁って奴なんだろう。
別に王なんて誰だって良いんだ。

ずっと見て来たけれど、人間っていうのは何か基準がないと安心できない傾向がある。
何かをした時にそれが正しいのか正しくないのか、良い事なのか悪い事なのか。
その基準が必要なんだな。

例えば哲学的な話になってしまうけれど
人は人を殺してよいのだろうか。という奴。

そんなものいいわけないだろう。
と思う訳だけれど世の中そう奇麗事だけじゃ終らない。
隣の国が攻めて来たらどうする?殺さざるを得ないだろう?
戦争だけじゃない。例えば国内に何の罪も無い人間を10人殺した奴がいたらどうする?
それ以上殺さないように閉じ込めるか殺してしまわざるを得ないだろう?

そう言う時に王ってのは必要になる訳だ。
王の治世を乱すものだから殺していい。
そいつらを殺す事は王の為になるのだから殺した奴は悪い事をしたどころか良い事をしたって事になる。

人は人を殺してよいのだろうか。
いいのさ。王様の為ならば。

この便利な概念を使う為に、人は王を敬うのだ。
敬うだけじゃない。反発するものだって国の中にはいるけれどそれだって王を基準にして考えられる。
王の支配にはもううんざりだ。王を倒して俺が王になる。
全て王が基準になって考えられる。

そういう事だ。
王がいるだけで色々な事がとても判りやすくなる。
0か1か。
その判断の為に王はいるのだ。


最初の質問に戻ろうか。
王になりたいと考えた事があるだろうか。

もしあるというのならそれに対する僕のアドバイスはこうだ。
いい事もある。
しかし、ならないにこしたものではないし、
何でもできる王でも、できない事はあるって事だけは知っておいた方がいい。

@

いや、まあでももしかしたら、とも思う。
もしかすると僕の子供あたりになるとなって良かったと思うのかもしれない。
いや、僕だって良かったと思う事は多々ある。あるとも。
でも同じ位良くないと思う事だってあるのだ。

きっと王である事が当たり前に感じられるようになるのは僕の子供か孫あたりなんだろう。
僕が王で良いのだろうか。
こんな事を悩むのは、こんな気持になるのはきっとこの国では3代目である僕が最初で最後になるんだろう。
そう思う。


最初に王になったのは僕の爺さんだった。
僕が物心付いた頃は既に国王を退いており、
僕には甘くてとても優しい人という印象しかないが、これがまた優秀な人だった。

簡潔に纏めるとこうなる。

地方の農村の長だった爺さんは飢饉の際に自衛の為の組織を作ったのが切っ掛けで、
それがどうしたもんだか周囲の村を巻き込んだ連合体の作成となって、
あれよあれよという間に領地を増やし、飲み込み、切り取った末、
一代で周囲の領主達を全て飲み込んで僅か40年程でこの広大な王国を作り上げた。

書けばそんなもんだが実際やったのだからたいしたものだ。
そんな風だから国産みの物語として爺さんの話は今は国中で語られており、
話半分に聞いたって大層な伝説には事欠かない。

なにせ周囲を全て敵にまわしながら大会戦を軽く10回、
小さいのを含めると100以上の戦争の悉くに勝利した結果での王国の樹立である。
物語として読むととても面白いが、当時はさぞかし凄かったのだろうと思う。
僕が遊びに行くと目元をぐんにゃり曲げて抱き上げてくれた優しい爺さんだったけれど
敵には鬼神、魔神と恐れられたというのだから人は判らない。

爺さんがそうやって広大な領土を手に入れた後、次に王となったのは僕の父だった。
父は爺さんに付いて各地を転戦したという意味では歴戦の勇者であった事は間違いないだろうが
寧ろその仕事の多くは国王になってから為された。
つまり、父はこれまた優秀だった。爺さんとは違う方向で。
爺さんは何だかんだ言っても要は地方の農村の長だった。
戦争には強かったが、国を作って王になった途端、何をやっていいのか判らなかったのだろう。
父に全てを任せて国王を退いて、後は昔の仲間と酒盛りなんかをやって楽しく過ごしていた。

爺さんに全てを任された父は国内から優秀な人間を集めて政治を行った。
連合体に近かったこの国を国王を中心とした強大な国に作り変えたのは父の力だ。
父の治世は15年に渡り、その間に父は戦争を治め、国内を安定させ、
ある意味では徹底的な粛清を行い、そして強大な権力をすべて国王の元に集めた。
それを全部やった後、父は満足しきった顔で17歳だった僕に国を譲り、
思い残す事は無いとばかりにあっさりと病気で死んだ。
当然爺さんはその前に死んでいた。

そして僕だ。
爺さんと父さんが大層働いたお陰で、国内は安定し、
長く続いた戦争は過去のものとなり民の声は喜びに溢れている。
つまりは平和だ。
国内は国王を中心とした強力な体制を引いているお陰で穀物も安定して生産されており飢える事はなく、
町には様々な文化が生まれている。
爺さんと父さんが作った法律は優秀で、しかも野心を持たない政治家達によって磨き上げられ、
悪商が栄える事もただ虐げられる国民も存在しない。
外交関係も順調で確かに敵対する勢力もいないではないが、
こちらの繁栄に合わせるように近年では寧ろ共に手を取って栄えようという風潮に変わってきている。

@@

「つまり、何をやるべきかって事だ。」

僕が呟くと、鈴が顔を上げた。

「ん……ぷはっ・・・何?」

ベッドに横たわった僕の下半身に跪いた格好のまま、口の端に着いた唾を右手で拭う。
30分に渡っての行為によって、鈴の顔は紅潮している。
僕の言葉を聞くために顔を上げたものの、手は休まない。
ぎんぎんに反り返った僕のモノをさりげなく左手で拭い、すかさず扱きあげて来る。
カリ首を鈴の温かい手で包まれて、じんわりとした快感が背筋を上ってくる。

「いや、僕ってさ。何すればいいのかなって思って。」

そういうと、鈴がついと目を細め、こちらを睨みつけてきながら名前通りの鈴の鳴るような声で返してくる。

「あのねぇ・・・幼馴染にこんな事させながら言う言葉がそれ?」

尖ってはいるが、ちょっとした甘えの口調もそこには響いている。

「あー、そういうことじゃなくってさ。ちょっと聞いてくれる?」

小さな声で言うのは部屋の外には御付の女官が控えているからだ。
鈴がこんな口調で喋ったと知れたら鈴の首が飛ばないまでもとんでもなく叱責されるのは目に見えている。
唯でさえここで僕が喋った言葉は全て後で全て報告するように鈴は言われているはずだ。
まあそこら辺は上手くやってくれているようだけれど。

「んっ・・・じゃあこっちはもうおしまい?」

僕のものをくっくっと優しく扱きながら、鈴が小首を傾げて聞いてくる。

「うん。」
「えーと。出さなくていいの?」

そういうとちょっと口の端を持ち上げた可愛らしくも悪戯っぽい笑顔になって、扱く手に力を入れてくる。

「あっ・・・ああ、もう、うん。ごめんね。」
「そ。判った。」

そう言うとベッド脇からハンカチを取り出して、
鈴の唾液と僕の先走り液でヌルヌルとなった僕のものを手馴れた手つきで優しく拭っていく。

そして綺麗に拭い終えた後、鈴は当たり前のようにぱくりと自分の指を咥えた。
そのまま口をもごもごとさせ、舌で自分の手についた鈴の唾液と僕の先走り液を舐め取っていく。
これも鈴の仕事だから当たり前なのだそうだけれど鈴にやられると妙に照れる。
ん、今日も体調良好。と、鈴が呟く。
それは僕の味がそうなのだという意味で、やたらと恥ずかしいけれど鈴は必ずそうする度に言う。

全部終った後、鈴は猫のように首を回しながらベッドの上に余分なものや汚れが無いかどうかを点検し、
女官用の水差しから水を口に含み、そしてワンピース状の女官の服を上から羽織ってから僕の枕元へと来た。

枕元に座ると一仕事終えた。という感じにほう、と溜息を漏らす。
ちなみに女官が疲れを王に見せると云う事は厳禁、らしい。
これもばれたら大事だそうだけれど鈴は幼馴染の気安さからかそこらへんはかなりオープンに僕に晒す。
それが鈴の良い所でもあった。

「ご、ごめんね。いつも。」

そう言うとじろりとこちらを見てから僕の横に寝そべり、小声で囁きかけてくる。

「王様がそういうこと言わない。これしか方法ないんだからしょうがないじゃない。
…で、何を聞いて欲しいって?またあの話かな。」

ふふん。と顎を上げて言ってくる。口調も変わる。
先程までの雰囲気とは違う。友人としての雰囲気といえば良いのだろうか。
僕には鈴しかいない、鈴には他にいるのだろうか。対等な、そういう僕の大好きな雰囲気。

「・・・うん、僕って何をすればいいのかなって。前にも言ったけどさ。笑わないで。なんだろう。
前にも言ったけどそういうのを考える事があるんだ。」
「だから、いつも言ってるじゃない。君、王様なんだから好きな事すればいいじゃない。」
「だから好きな事って何だろうって。戦争とか?」
「・・・君、戦争好きなの?」

私はやだなあ。やめときなよ。と鈴は眉を潜める。

「いや嫌いだけど。王様のやる事って言ったら領土を広げたりとかそんな事じゃない?爺さんとか父さんみたいに。」
「これ以上どこに広げるのよ。」

いや、海越えてとか・・・
と口ごもると鈴はへちゃん、と体の力を抜いてシーツに体を預けた妙に猫っぽい仕草をしながら睨んできた。

「本当にしたいの、それ。多分すっごい大変だしいっぱい人死ぬよ。」
「全然したくない。」
「じゃ、やめときなさい。」
「そうする。でもさ、じゃあ何すればいいのさ。僕。

毎日毎日儀式やら何やら。政治に口出す訳でもないしさ。」

「口出せばいいじゃない。君、王様なんだし。」
「あのね。簡単に言うけどね。僕が言うとそう決まっちゃうのよ。軽々しくそんな事言えないの。」
「何か問題でもあるの?」
「国内の政治ってのは、専門家がそれこそ毎日首ひねってバランス取ってるんだよ。
そこに僕が軽々しく何か言ってみ?
周りの人間は僕が言った事は実現しなきゃならないし、そのバランスは取らなきゃいけないし。
簡単に何かをしろなんて言えないの。」
「よく判ってるじゃない。」
「・・・判ってるなら言わないでよ・・・」

はあ、と頭を下げると、鈴は妙に優しい顔になった。

「大王様は何て言ってたんだっけ?」

そう言うと純白のシーツの上で完全にリラックスした体勢になってひょこひょこと足を揺らせている。

「父さんが死に際に言ったのは唯一つだけ。
爺さんも俺もこの国を平和にする為に、そしてお前にこの国を渡す為に頑張った。
沢山子を作り、この国を繁栄させよ。ってさ。」

「うん。じゃあそうすれば良いじゃない。王妃様と側室様だけで何十人もいるんだしさ。」

鈴の気楽な声にはあ、と溜息を吐いてごろん。と寝転がった。
鈴の顔が近くに来る。鈴の隣に寝転ぶ形になって、鈴の優しい匂いを感じた。

「こわいんだよあの人達・・・他国から来た人たちばっかりだし。
なんかもっとこうさ〜。父さんや爺さんも全部やる事はないんだよ。
こう、テーマというか課題を残しておいて欲しかったよ。
現状維持で子供だけ作れってさ、そりゃないだろ。
僕、将来、女好きで子沢山の王様として名を馳せるの確定じゃないか。」

「平和を維持するのだって立派な仕事じゃない。
女好きで子沢山の王様ってのはきっと悪いことじゃないよ。多分。
領土を倍に広げた王様より、私はそっちの方がずっと良いと思う。
・・・それにさあ、君、まだお世継ぎ作ってないでしょ。
ご遺言を果たしてからその手の文句は言うべきよ。」

「・・・だから、こわいんだってあの人たち。
夜の順番一つで御互い暗殺とかしそうになるんだよ。
おちおち寝室にも行けないんだってば。」

そう言ったその瞬間、鈴の目がびっくりしたようにひょっと開いた。
あんぐりと口をあけてもいる。

「じゃ、その、またしてないの?」
「ぅ・・・」

鈴のあからさまな言葉に口ごもる。
ない、訳じゃあない。夜は王妃や側室の所へ行くのは王の義務でもある。
でも何故だか鈴に言うのは憚られた。

それに確かに積極的に子作りに励んでいる訳でもなかった。
鈴に言った事は本当の事でもあった。
他国から来た年上の王妃とは話が合わなかったし、側室も他国から来た女が大半だ。
無論皆が若く美しくはあったけれど、鈴のように楽しく話が出来る間柄ではなかった。
その為、何だかんだと理由をつけては王妃や側室の所へ行かずに過ごす事もよくあった。
というか最近では月のうち王妃や側室のところへ行くのは3日程度だ。
それもサボる事が良くある。

「どれか一人に行くと、その後色々大変なんだよ・・・」

取次ぎの女官が群れを成して陳情してくるのだ。今夜はこれこれこうしてお待ちしています。と。
男としては名誉で、王としては義務かもしれないけれど、なんとなく脅迫されている気分にもなる。

「道理でいつも一杯出…って・・・あのねえ・・・」

鈴が自分の出した言葉に照れたのか少し顔を赤らめながら声を更に潜める。

「…私がどういう理屈でここ来てるか知ってるでしょう。」
「…し、知ってるけど。」

鈴がここにいるのは、僕と話をしたりするのは国の仕来りから言えばありえない事だった。
僕は国王になってから今まで一度だけ、国王として我侭を言った事があって、それがこれ。
鈴との事だった。

@@

その一度の我侭は僕にとっては大事で、そしてささやかな事だったけれど、
その所為で王侯庁やら宗教庁が大変な事になった。
鈴がここに来るのに理由をつける為に、王侯庁と女官のまとめ役と宗教庁の長が何週間も頭を捻る羽目になった。
何度も会議が開かれ、毎日のように何人もが僕の意図を確認しに来、でも僕は頑として譲らなかった。

そして出来たのがこれだ。
僕は絶対に認めたくないし、そんな事を思った事もそうあってほしいと思った事も無いけれど、
でもこれが精一杯の国の仕来りと、僕の我侭との間に出来たものだった。

鈴はここには穢れ落としという役目の為に来ているのだ。
女官としても城に入る資格の無い鈴にはそれしか方法は無く、
王侯庁と宗教庁が各地の仕来りと法律とを照らし合わせた上で考え出した新しい仕来りであるそれ。

「…ごめん、でも。えっと、そうだ、でもさ、だからって鈴に迷惑には」

ふと気になって、というよりもそのままだと会話が終ってしまいそうで口に出した言葉だったけれど
鈴は非常に遺憾だったらしく、僕のほうにばっと顔を向けてきた。

「あのね。大迷惑なの。最初に説明したでしょ。王様の身体を清めるのが穢れ落としで来てる私の役目。」
「・・・うん。」

「でも本当はそれは上官の女官の役目。君も知ってる通り、私はそもそも下官以下なの。
城に来てもいけないし、そもそも下官だって本当は王様の身体に触れちゃいけないの。
それなのに君が王妃様の所や側室様の所に行かないから、体調が悪いんじゃないかって、
ご機嫌はどうか、私が何か知ってるんじゃないかって取次ぎの女官の人が私を責める訳。」

「・・・ごめん。でもやっぱそれってさ、変だよ。」

「皆で考えた結果。私も納得してるの。君も覚えてるでしょう?
君のあれ、とんっでもない我侭だったんだから。」

唾を飛ばさん勢いで、僕を責める口調で、肩までの髪を片手で弄りながら
でも何となく楽しそうに鈴は話していた。

「いやだってさ、鈴とは今後目も合わせちゃ行けない、名前で呼ぶなんてもっての外、
そもそももう会えませんとか言われちゃ黙ってられないし。」
ふと思い出す。そう、大喧嘩したのだ。その所為で。

「でもルールはルール。私はお爺さま・・じゃない大帝様には君と一緒にすっごく可愛がってもらったけど、
父があんな事を起こしたから、下官にだって本当はなれないの。それなのに君が我侭言うから・・・」

「でもさ、鈴のお父さんだって父さんと喧嘩はしたけどすぐ謝ったじゃない。そもそも父さん同士だって仲良かったんだしさ。」
「だーかーら。そういう訳にはいかないでしょ。大王様が優しかったから私の父は許されたけど」
「いやー、あれは父さんが頑固だったからだと思うよ。」
「あーもー!それだって許される事じゃないの。貴族に残れたのだって奇跡だったんだから。
准男爵に落ちる位は当たり前なの。で、下官は男爵以上の家の子女がなる決まり。私は駄目なの。
だから、私は特別扱いな訳。下官になったってだけでも特別な上に、
君に会う事を許されるなんて本来ならありえない訳。それを無理やりどうにかしたんだから。」

「やっぱりそれが良く判んないんだよな。そもそも幼馴染の鈴に会うのが何でいけないの。」

はあ、と鈴が溜息を吐く。

「そんなの当たり前でしょ。君のお父さんはこの国を国らしくする為に色々決めたの。貴族は5爵2階級。
政治は子爵男爵が行い、公候伯は土地を治める。王にお目見え出来るのは5爵とその子女のみ。
・・・だから本当は貴族ですらない私はここにいちゃいけない位なの。君、知らないだろうけどね。
この城の内部に足を踏み入れられる人間は、つまり君の目の前に出られる人間はこの国じゃ本当に一握りだけなの。
ここじゃ下官と呼ばれる女官だって、外に出たら自分で足だって洗わないような身分なんだから。」

「だから鈴とは会えない。なら変だよ。」

「変でも、国は治まった。大王様は凄い方だった。」

鈴は真っ直ぐに僕を見ていた。

「だから私のお父さんみたいな反逆者は出なくなった。」
「あんなのただの喧嘩じゃ」
「うううん。違うって事は君が一番良く知っているはず。
本人達はただの喧嘩のつもりでもあれで何人も死んだの、知ってるでしょう?」
「でも」

「でもじゃない。いいの。」

俯いた僕に、鈴はちょっと笑いながら僕を励ますように声を続ける。

「穢れ落としで会えるようになったじゃない。」

「くだらないと、思う。」

鈴に判ってもらいたくて言葉に力を入れた。

穢れ落としは、国中の法律学者と宗教学者が父の決めた法律と身分制度、
それと国に根付く宗教と慣わしを捻り出して決めた新しい決まりだ。

汚れた王の身体を清めるのは女官の1人が行う。
その際に布、水は使用せず穢れ落とし女官の口及び手、体のみをもってそれを行う事。
聖なる王の汚れは穢れ落としの女官のみが落とす事ができる。
穢れ落としの女官はその口で、王に憑く不運や悪霊なども清めるのだ。

これはある田舎の地方の専制的な領主に伝わっていた習わしらしい。

後一つ、その日一回目の精液にて妊娠した場合、
女が生まれやすくなるという迷信から、
穢れ落とし役の女官が王のその日一回目の精液を頂き、男が生まれやすくするという役目も付け加えられた。
又その際は口内にて頂き、女官はその精液の濃度、味覚等を報告する事。

(但し王が拒否した場合はその限りではない。)

これもその田舎に伝わっていた習わしで。宗教庁が何度も確認した結果、その2つは不可分のものと結果が出された。
王侯庁と宗教庁は国中の仕来りを調べ、このしきたりが一番都合がよく、
鈴が城に入る為には穢れ落としの女官とするのが一番である。
と、そう結論付けたのだった。
穢れ落とし役の女官は下官と同様の身分とし、その期間は王が別途定める事とされた。

そして穢れ落としの女官に鈴は任命された。

あと、慣わしにはもう一つあった。
法律には入れなかったけれど、その仕来りが出来た田舎では実行されていた慣わしで、
おそらく実際にそうなった場合に実行されなければ侮辱されたとその地方の人間は感じるだろう。

穢れ落としの女は処女でなければならず、もし妊娠した場合、死が命ぜられる。
という慣わしが。

「我侭言ってさ。」

はあ、と鈴が力んで言った僕の顔を見ながら溜息を吐く。
そして笑う。

「幼馴染にこんなことさせて、さ。こんな事してくれる幼馴染、いないよ。」

昔から思っていた、色の深い、宝石みたいに綺麗な瞳。
決め細やかで、しっとり濡れてるようにすら見える真っ白な肌。

それを見ながら思わず声に出していた。

「僕は鈴が一緒に」

その瞬間、ドアが叩かれた。

「王様、お食事はいかが致しましょう。」

扉の外、扉にくっ付いて喋ってるんじゃないかという感じに声を響かせながらやたら尖った声が飛んでくる。
鈴がへたっと寝転んでいたその体勢のまま、ぴょんと跳ねる。

「は、はいっ!王様はお食事を御取りになるそうですっ!」
「なら鈴、あなたは早く出てきなさい。下官のあなたがいつまでも王様の手を煩わせるものではありません。」
「はいっ!」

言いかけた言葉を飲み込んで、僕の顔を見る鈴に頷く。
鈴はぺろっと舌を出してからベッドの上に立ち上がり、そしてドアの方へと駆けて行った。

@@

まあ、つまりはそういう事だ。そういう事。

王は何でもできる。でも何でもできるからって何をしても良いわけじゃない。
王が何かをしようとすると、それは実現されなくてはいけないから、周り中が迷惑するのだ。
だから決まりを作る。仕来りを作る。
それは不便だけれど、それを守っている限り、王は完全だ。
周り中が迷惑する事無く、完全な王を守り続ける為に仕来りや決まりというものがあるのだろう。

確かに王への反逆は許されない。
例えそれが始まりの時代の領主同士の些細な喧嘩であってもそれは許してはいけないのだろう。
許したら、それはもう完全な王ではないのだ。

そしてそういう事をした家に生まれた鈴は、そういう事になる前に仲良かった僕と会ってはいけないのだろう。
それを破って、会いたいと言ったから、穢れ落としなんていう歪んだ仕来りが一つ出来た。

これからもそうだろう。僕が我を通せばそれだけ歪んだ仕来りが出来ていく。

問題はそういうことだ。
王は自由ではない事もあるって事。

鈴の事を好きでも、それでも彼女と一緒にいるにはあんなに歪んだ事をしなければいけないって事だ。

鈴は僕の為にあんな事を毎日している。口と手を使って、僕の体を全て舐めて清めるなんて事をしている。
そして僕はそれを嫌だと思わずに、いや、少し期待してさえいて、そして鈴にさせている。
きっと鈴にとっては楽しいはずなんて、無いと思いながら。

それだけじゃない。鈴は毎日仕事の後処女であるかの検査をされる。
僕が手を付けていないか、誰かに手を付けられていないかを確認する為に。

何も知らない僕でもそれがきっととても楽しくない事だと云う事位は判る。
幼馴染に、いや多分僕の唯一の友人に僕は毎日そんな思いをさせている。

爺さんは何でもできる王を作り上げた。
父さんは何でもできる王がずっと存在し続けられるように決まりを作った。

僕は?
きっとそれを守る1人目の王になるのだろう。
それを守り続ける2人目の王、3人目の王へと引き継ぐ為に。
出来るだけ歪んだ仕来りを引き継ぐ事無く、そうする為に。

でも、もし
もし鈴と一緒にいられる違う方法があったら。

周りに迷惑を掛けず、忌わしい仕来りも作らずにもしそうする事ができたなら。
いつかそうできたら良いけれど、今はまだその方法は判らない。

僕は何をすればいいのかと、鈴に問う度に、少しだけ期待する言葉。
「私を、君と」
もしそうなら、もう一つだけ、忌わしい悪弊を作った王と呼ばれても良いと思っている。
でも鈴は決して言ってはくれないけれど。


だから夕方にまた会える事を願って、次の日の朝に会える事を願って、
鈴に会う事を願って、
僕は王様を続けているのだ。






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