一樹と結衣
シチュエーション


「ところでこのスープの秘伝はなんでしょうか?」
「それは秘密ですね」

ったくどいつもこいつも同じことばっか言いやがって・・・

にこやかに笑ってるが、立花一樹はかなりうんざりしていた。
はっきり言って雑誌の取材は苦手だ。
取材は約1時間ほどで終わったが
明らかに店にいるときよりも気を遣う。
父親の代から続いていたラーメン屋(立花屋)が注目され始めたのはここ最近のこと。
ある雑誌に載ったことと、有名なラーメン評論家が絶賛したことからだった。
もともとは地元でひっそりと(何気に旨いラーメン屋)と評判だったが
そこから火がついたように店が忙しくなっていった。
「雑誌に載せてほしい」との話もちらほらあったが
めんどくさいと言って一樹はすべて断ってきた。
元から小さい頃から亡くなった自分の父親に厳しく修行されてきたので
味にはそんじょそこらの店には負けない自信があった。
雑誌に載ってにわかに客が増えることよりも
今、贔屓にしてくれている客を大事にしたかったのだ。

「兄貴は古いよ。やっぱこれからはメディア展開してかないと。不況だしね」

そう言って勝手にOKを出したのは、今年大学を卒業して広告代理店に勤めだした弟の直樹。
ラーメン屋を開いた父親は一樹が高校生のときに亡くなった。
亡き父の後を継いで、店も少しずつ父親の時と同じくらいに流行りだした頃
母親も事故で亡くなった。
一樹には兄弟が4人いる。
すぐ下の弟の芳樹は、26にして家庭を持って美容師として働いている。
その後が直樹、今は代理店に勤めながら家の近くのコーポに住んでいる。
紅一点の美樹は現在看護学校に通っている。
一番下の基樹は工業高校の整備師専門課程に在籍中である。
4人とも親が残してくれた遺産と、昼はラーメン屋、夜は工場で夜勤バイトをして
一樹が学校にいかせた。
現在一樹は29歳になったばかり。
今はおかげさまでラーメン屋一本で生活は成り立っている。

立花屋は一樹が注文を聞いたり、厨房に入ったりしているが
時折、基樹や美樹にも手伝わせている。
にわかに店が活気づいてきて
ほとんど広さのない、カウンターとテーブル席2席しかない小さな店も
食事時は客待ちをするようになった。

「バイトを雇おうよ。あたし実習始まったら店手伝うの無理だし」
「俺もいろいろ忙しいし」

今一緒に暮らしている美樹と基樹からのかってからの要望もあり
バイトを一人雇うことにしたのだが
このバイトの存在が一樹にとってはあまり心地良いものではなかった。
なぜならそれまでは家族だけでやってきたから
赤の他人が店にいるのがなんだか嫌だった。
時給も800円で決して高いとは言えない。
どんな人間が来るかもわからない。
面接を仕入などの忙しさから美樹に任せたのが良くなかった。
最初に来た女子高生は3日きただけで

「こんな忙しいとは聞いてなかったし」

といってすぐに辞めた。
次に来た主婦パートは

「子供が熱を出して」

などの理由で2日目から欠勤し
4日間で辞めてしまった。
そして3人目やってきたのは
化粧気のない、地味な女性だった。
だが、この彼女がもう3か月続いている。
名前は相川結衣。
履歴書に目を通すと、どうやら年も33歳で独身、以前はスーパーで接客業をしていたらしい。

(どう接したらいいか分からない)
(なんでこんな年でこんなバイト?リストラされた?)
(何か華がないなあ)

いろいろな思いがあって一樹はなかなか彼女の存在を受け入れられなかった。
しかも彼女は仕事以外では
ほとんど自分から口を開くことはなく
自分のことも一切話さない。
だが、彼女は結構真面目で
些細なことでもメモを取り、必死で覚えようとしているようだった。
意外にも客の応対は慣れており
クレーマーにもきちんと対応している。
頭の回転が早く
昼食時、夕食時など客が多いときでも
混乱することなく、注文も内容もきちんと把握出来ている。
勤務し始めた頃はミスも多く
やや短気なところがある一樹がどなることも多々あったが
3か月、それでも彼女はめげず、今ではかなりの戦力となっている。
忙しい時は厨房に入り、一樹を助けることもある。

そしてなによりも妹の美樹が彼女を気に入っているらしい。
一樹たちは店の二階に住んでいるのだが
美樹は店が暇になると下に降りてきては
彼女を捕まえて延々とたわいのない話をしている。
内容は彼氏との話だの
実習がすごくつらいだのそんなことなのだが
結衣はにこやかにうんうんとひたすら妹の話に耳を傾けている。
そんなヒマあるなら手伝ってほしいのが一樹の本音だが
早くに親をなくし、男兄弟の美樹には身近な同姓がいないのだ。
女同士で話したいこともあるのだろう。
最近では基樹も彼女に何やらぐちっているが
彼女は嫌な顔一つせず、楽しげに弟と妹の話を聞いている。
聞き上手なのだ。
それは一樹も感じていた。
彼女には、なんというか不思議な雰囲気がある。
両親は早くになくなっているのか、緊急連絡先には叔母と思われる女性の住所と
電話番号が書いてあった。
それだけでなく、時給800円でどうやら一人暮らししているようなのである。
確かにできないことはないが、それでもなかなか厳しいものがあるだろう。
以前はスーパーで接客業をしていたとのことだが
なんとなく(違う仕事をしていたっぽいな)ということは
一樹はうすうす感ずいていた。
もともと一樹はあまり女性と接したことがない。
高校は男子の方が多かったし、彼女らしい彼女がいたことも
わずかな期間しかない。兄弟の学費のために働いていたころは
それこそ彼女を作るどころではなかった。
余裕ができ、最近ではお見合いなどもしてみたが
なかなかうまくはいかなかった。
だから女性とどう接していいか分からない。
どんな話をしたらいいのか。
仕事では平気で話したりすることはできるが
普通に会話することが難しい。

ある日の午後、店に一本の電話が入った。
遠縁にあたる叔母からだった。
そういえば、こないだまで叔母の娘が妊婦だったが、先週無事出産したらしい。
一樹には

(無事に生まれたのはおめでたいけど、相変わらず叔母さんハイテンションだなあ)

ぐらいにしか思えなかったのだが
その日の夕食・・・といっても12時は余裕で過ぎているが・・・にそのことが話題に上った。

「出産祝い何がいいかなあ?」
「なんでもいいんじゃない?」

興味なさそうな基樹。

「美樹は何がいいと思う?」
「なんでもいいんじゃない?」

こちらはドラマに夢中で答える美樹。

「お前ら、もうちょっと考えてくれよ。おれ、出産祝いなんて何送ったらいいかわかんねーんだから」
「だってー別に興味ないし、マキねえってあたしらめっちゃ小さい頃にあっただけじゃん」
「そりゃそうだけど」
「相川さんに聞いてみたらいいんじゃないの?」

基樹がだるそうに膝をついて答える。

「俺なら最新の○ケータイが欲しいけど」
「あたしノートパソコン!」
「お前らのほしいもんきいてんじゃないの。大体あの人うちと関係ないだろ」
「でもさー、なんでも(うるさい)ですます兄貴よりはうちらの話親身になって聞いてくれるよ」
「お前は話がワンパターンだからだろ」
「まあ、いいんじゃね?あの人30代だし、色々しってるんじゃない」
「そうだな、明らかにお前らよりは頼りになるな」

基樹の言葉に皮肉をいいつつ、一樹は明日彼女に聞いてみることにした。

昼時が過ぎて午後3時
店がひと段落したころ、一樹は思い切って彼女に聞いてみた。

「・・・出産祝いですか?」
「何がいいと思いますか?」
「・・・そうですね」

彼女はちょっと考えた。

「ベビー服とかは?商品券とかでもいいんじゃないでしょうか」
「女の子らしいんですが、どういったものを送ったらいいんでしょう?」
「スタイとか肌着とかそんなものですかね?」
「スタイ・・・なんですか?それ」

一樹は困った。大体男が一人でデパートでベビーグッズを買うのも抵抗がある。

「あの・・・」
「はい?」
「明日、店、定休日ですけど、何か予定はありますか?」
「いえ、特にないですけど」
「じゃあ、俺に付き合ってもらえませんか?一人では何かっていいかわかんなくて」

言いながら一樹は

(おれ、この人をさそってるみたいじゃねーか)

とやや気まずい空気を感じたが、彼女は何とも思わなかったらしく

「・・・いいですよ。私でよければ」

とすぐに、以外にもOKのことばが出た。

「買い物の後で食事を奢らせてください。お礼ですから」
「いえ、そんなの結構ですよ。どうせ暇でしたし」

彼女はそういうと少しクスリと笑った。
なんとなく近寄りがたい雰囲気だった結衣が
すんなり了承してくれたことに少し驚いた一樹だった。

(ちょっと早く来すぎたかな?)

定休日の水曜日。
一樹は腕時計を見ながら駅前のデパートの入り口で結衣を待っていた。
時計は10時50分を指している。
食事はいらないとのことだったが、こんな時間から来て
そのまま帰るのも失礼だろう。
食事して、そのあと帰ればいい。
でも、何を話したらいいのか。

(まあ、いいや。俺は年上には興味ないし)
(第一あの人を異性としては見れないし)
(食事も適当にそこらへんのちょっと高めの店に入ればいいや。お礼も兼ねて)

そんな風に一樹はぼんやり考えていた。

「ごめんなさい。待ちましたか?」

考え事をしていたので、彼は彼女が来たことに気がつかなかった。
慌てて顔を上げる。
そこには別人がいた。

大きいはっきりした意思の強そうな茶色の瞳
小さな輪郭のはっきりした目鼻立ち。
いつもは縛っている茶がかった髪を下ろして
きれいに化粧している彼女は誰が見ても美人だった。
美人と可愛らしいが同居しているような感じだ。
どことなくほんわかしている雰囲気があり
それが彼女がきている桜色のワンピースと似合っていた。
店にいる時とは明らかに違って見える。

「・・・あ・・・すいません」

いきなり一樹は誤ってしまった。心臓がどきりと音を立てた。
顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

「いえ、待ちました?ごめんなさい。行きましょうか?」
「ああ・・・は・・・はい」

しどろもどろになりながら一樹は歩き出した。

並んで歩いていても彼女の端正な横顔がちらちら視界に入る。

(こんな美人だったなんて・・・)

一樹は考えながら、そういえば化粧してないときも
結構目鼻立ちははっきりしていたよななどと考えていた。
女の子向けの子供服屋はどれもピンクやら可愛いキャラクターで囲まれており
一樹はやっぱり一人で来なくてよかったと改めて思った。
彼女は店員といろいろ会話し、一樹に予算をきいてから
とてもかわいいピンクのベビードレスと靴と帽子のセットを選んでくれた。
一樹もこれがいいと納得し、店員に送ってもらえるよう手配してもらった。
あっという間だったので時間は1時間も掛からなかった。
時間が余ってしまった。

「・・・少し早いけど、飯食いに行きますか?」

デパートのフロアをぶらつきながら、一樹はちょっと詰まって彼女に聞いた。
顔はたぶん、まだ赤くなっているだろう。声がやや上ずる。

「・・・食事はいいです。私はここで・・・」
「でも、そういうわけにはいかないですから・・・」
「・・・いえ・・・・本当に・・・」

彼女は遠慮しながら首を振った。

「そんな大したものじゃないですし、俺も家帰ったら基樹も美樹もいないし一人ですから。
よかったら付き合ってください」
「・・・でも・・・」
「・・・このままじゃおれの気が済みませんから」

言いながらやっぱり誘ってるみたいだと何回も一樹は考えていた。
だが、不思議なことに彼女とここでわかれるのが
なんとなく嫌だった。
もう少し、一緒に居たくなった。
心臓がどくどくとはっきりと響いている。

「・・・じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・」

彼女はそういうとにこりと笑った。
それは今まで見たこともないような
かわいらしい笑顔だった。

小さなイタリア料理店でランチのコースを頼んだ二人は
窓際の席で向かい合って座っていた。

(・・・何から話せばいいか)

誘ったのはいいが、一樹には話すきっかけがなかなか掴めない。
沈黙が続いた。

「・・・すいませんでした。今日ついてきてもらって」

先に話し出したのは一樹だった。
軽く頭を下げて話す一樹に彼女は再びにこやかに笑った。

「・・・今日は店長は誤ってばかりですね。私も暇を持て余していたのでいいんですよ。
家は私一人だし、約束もないし」
「・・・そうなんですか?」
「ええ、だから今日は久し振りに休日を人と過ごせて楽しいです」

あきらかにお世辞に聞こえたが、一樹を気遣ってのことだろう。
彼女の優しい心づかいに感じられた。

「・・・それより店長は店と雰囲気が違いますね。店ではいつもあまり話したこともありませんし、すごく気づかいされるんですね」
「そんなことないですよ。それに、相川さんも店とは違って・・・」
「・・・何か派手ですか?私」
「・・・いえ、あ、っていうかそういう意味じゃなくて、なんていうか、垢ぬけてるというか・・・」

言ってしまってから一樹はしまった!と思い、慌てて口を押さえた。
それなら普段の彼女は垢ぬけてない、地味だと言っているようなものだ。

「すいません。おれ、そんなつもりじゃ・・・」
「いいんですよ。確かに店ではこんな格好じゃなくてジーパンにTシャツだし、化粧もしてないですしね。化粧ぐらいしなくちゃって思ってるんですけど、なんだかついつい・・・」

彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。確かに、店で彼女が、例えジーパンにTシャツでも今のように綺麗に化粧していれば、かなり客受けは良いかもしれない。
ただ、その場合は一樹も彼女を明らかに意識していただろう。

「・・・どこかに出かけたいって思っても、一人なら行く気も起きないし、駄目ですね」

(失恋でもしたのかな?)

一樹は彼女のうつむいた顔を見ながらふと考えた。
店ではともかく、今の彼女なら、言い寄ってくる男も少なからずいるかもしれない。

「俺もです。休日はパチンコ打ったり、やること無くてだらけてたり」

いつもは彼女と話すときは何も考えず、ポンポンと言葉にするのだが
今日は意識してしまってうまく会話が続かない。

「・・・あの・・・」

彼女が口を開いた。

「店長はおいくつなんですか?」
「・・・俺ですか?俺は29に今年なります」
「弟と一緒の年ですね」

彼女はにっこり笑って言った。
弟がいるなんて知らなかった。
だったらなぜ連絡先を弟にしなかったのだろう。

「・・・店長はいいですよ。名前で呼んでください。弟さんがいるんですか?」
「・・・もう2年ほど前に亡くなったんですけど、生きてたらあなたと同い年だなって思って」

彼女はそう言ってさびしそうに笑った。
悲しげな笑顔だった。

「・・・すいません。失礼なことを聞いてしまって」
「・・・いいんですよ。それよりも今日は店長、立花さん、誤ってばかりですね」

彼女は再び一樹に微笑みかけた。

「・・・俺、口下手で、失礼なことばっかり言ってしまって。妹にもいつも怒られてるんですよ。兄貴は女の人に対して失礼なことばっかり言うって」
「そうなんですか?兄弟仲がいいんですね」
「ぎゃーぎゃーうるさいだけですよ」
「でも、うらやましいな。私も弟と二人だったんで、妹がいればなあってずっと思ってたんですよ」

彼女は笑いながらも心底うらやましそうに見えた。

「・・・そういえば今日、デパートで全国ラーメン店やってるんですね。今日来るときに気がつきました」
「・・・気になります?」

彼女は肩をすくめてふふっと笑った。今日の彼女はよく笑う。
だが、その笑顔が逐一、一樹の心にどくんどくんと跳ね返る。

「うちの店は出店依頼こなかったなあ。よりにもよってうちを飛ばすなんてねえ?」
「そうですよね、立花屋のラーメンはおいしいのに」

二人は顔を見合せて笑った。さっきまでのぎこちなさが少しずつ消えかけていた。

「・・・立花さん、この後何かご予定はありますか?」
「俺は特に何も・・・」
「じゃあ、映画見に行きません?今すごく見たい映画があって。ひとりで映画みるのもつまらないし」
「いいですね、俺も映画なんて久しぶりです。こちらこそお願いします」

二人は食事が運ばれてからも、少しずつたわいのない会話を続けた。

結衣の見たい映画はてっきり恋愛ものだと思ったら
ホラーものだったのも一樹には意外だった。
彼も映画を楽しみ、その後二人でショッピングモールをぶらついたりして
夕食も一緒に過ごしてしまった。
彼女と一緒にいると何だか楽しかった。
なんだか時間があっという間に過ぎたような気がした。
今日、一樹が彼女について分かったことは、決して彼女は暗い性格ではないということだ。
そして他人を思いやる優しさも持っている。
一樹の話に耳を傾けて、くだらないことでも笑ってくれる。
その笑顔と声が耳に心地よく、一樹は美樹がきいたらおこりそうなくらい
だらだらと話続けてしまった。
休みのときに気づかなくて、次の日の朝まで寝てたとか
パチンコに行って大勝した日に財布を落とした話とか
基樹が学校で軽音部に入っていて、整備士になるつもりが、本人は歌手になりたがっていることとか
本当にたわいもない話ばかりしてしまった。
反対に彼女は、自分が弟がいること以外、あまり自分の身内のことを話さなかったが
好きな食べ物がラーメンで、求人広告を見て面接に来たことや
休日はほとんど家にいて過ごしているらしかった。
前職のことや、今までどんな生活を過ごしてきたのかなどには触れなかった。


夜10時を回った頃

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。おれも楽しかったです」

一樹と結衣は二人で駅までの道を歩いていた。
クスリと彼女が笑った。

「・・・?なんですか?」
「・・・私、立花さんてもっと怖い人だと思ってました。入ったばかりのころはよく怒鳴られてましたし・・・」
「・・・そうなんですか?すいませんでした。俺、本当にぶっきらぼうで、短気なとこあるから・・・」
「・・・でも、すごく真面目に仕事されてるなあって思いましたよ。いつも最後まで残ってスープの研究とかしてるじゃないですか?私、立花さんより遅く帰ったことなんてありませんから。朝もいつも早くから仕事してらっしゃるし」
「・・・そんなことないです。相川さんだってすごくうちの店を助けてくれてるし。本当に感謝してるんです」
「・・・ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」

彼女はにこやかに一樹に返した。
一樹の心臓がどくどくと音を立てた。

「・・・あの・・・」
「・・・はい?・・・」
「また、誘ってもいいですか?」

一樹は顔を真っ赤にしながら彼女に震える声で言った。
彼女は一瞬きょとんとした後、少しだけ顔を赤らめた。

「・・・私なんか立花さんより年上ですし・・・」
「そんなこと全然関係ないです!あの、誘うといってもその、食事とか気が向いたらで・・・」

思わず声が上ずる。喉がひりひりした。

「・・・それに、その嫌ならいいんです!すいませんでした。さっきのことは忘れてください」

一樹は慌てて彼女に言った。言わなければよかったと少し後悔した。

「・・・そんなことないです。私、嬉しかったです。よかったらまた誘ってくださいますか?」
「・・・あああ?は、はい!ありがとうございます。また、飯でも食いに行きましょう!

今度は何が食べたいか教えといてください。俺、調べときますので」

「そんなに気を遣わないでください。立花さんも気が向いた時でいいので」

彼女はにっこり笑って言った。一樹の心臓がまたドクドクと声をあげ始めた。

デパートに付き合ってもらってからというもの
一樹は暇ができると、厨房の中から
仕事の手を止めて、ボケーっと店の中の結衣ばかり見るようになった。
勿論、マジマジとみると彼女に気づかれるので盗み見しているのだが
ふとした瞬間に彼女の方に目をやってしまう。
あの後、結衣とは特に何もなく、相変わらず仕事上の関係だが、彼女がいないときでも
彼は彼女のことを考えてしまう。
あのデパートでの日の彼女のことばかり考えてしまうようになった。
かわいらしい笑顔の結衣、耳に心地よい笑い声
クリっとした大きい眼で自分を見つめながら話を聞いてくれたこと。
仕事場では彼女はジーンズに化粧もしていないが
あの時のワンピース姿の髪を下ろした姿など。

(・・・やばいな・・・)

一樹はうすうす感じていた。

(・・・俺、好きになったかもしれない・・・)

今までひたすら兄弟のために頑張ってきたため、おおよそ恋愛とは程遠かったが
急にこんな気持ちになった自分に戸惑いを感じずにはいられない。
結衣の存在が一樹の頭の半分以上を占めるようになってしまった。

(・・・まるで高校生じゃねーか。いや、いまどき高校生でももっと進んでるって)

一樹は思わず苦笑する。
もとから年上には興味がなく、好みのタイプは年下だとはっきり言っていた一樹にとって
年上にひかれたのも意外だった。
よくみればノーメイクの今だって、地味にこそみえるがなかなか整っている顔立ちをしている。
客の一人が

「・・・かずちゃん、あのバイトの子、あれは化粧したら化けるでえ」

と冗談半分で言っていたが、まさにそのとおりだと思った。

でも、時折、一樹にはちらちらある思いが浮かぶ。

(・・・俺が店主だから断りづらかったのかも・・・)
(・・・彼女は今までどんな人生を送ってきたんだろうか・・・)

あれだけの美貌だ。言い寄ってくる男もいたことだろう。
もしかしたら履歴書には書いてないだけで、結婚歴もあるかもしれない。

(・・・くだらないこと考えてるな、俺・・)

夜12時を回り、閉店作業をしながら一樹はそんなことを考えていた。

(とにかく明後日の定休日には彼女を誘おう。今日は何が食いたいか聞いておこう)

彼は店の掃除を始めた結衣に声を掛けようと厨房から出てきた。
その時だった。

「・・・もう店じまいかよ?まだいけんだろ?」

ぶっきらぼうな言い方をしながら、年配のスーツ姿の男が入ってきた。

「・・・申し訳ありませんが、本日はもう終了しましたので・・・」

男は結衣の言葉を無視して、カウンターの席にドカッと座り込んだ。

「お客様、大変申し訳ありませんが本日は閉めさせていただきたいのですが・・・」

一樹も客の態度にむっとしながら繰り返す。
だが男は一樹を一瞥しただけで

「ラーメンひとつと生ビールくれや」

と投げやりに言った。
近くにあったスポーツ新聞を手に取ると足を組んで読みだした。
ここにくるまでにずいぶん飲んできたらしく、酒臭い匂いがプンプンする。
一樹は溜息をついた。こういう客はちょくちょくいる。
腹をたてても仕方ない。

「相川さん、今日はもう帰ってもらってもいいですよ。後、俺がやりますんで」

こんな客の相手を結衣にさせたくなかった。

「ええ・・・でも、まだレジ閉めも残ってますし・・・」
「いいんですよ。遅くなったら申し訳ないし・・・」

男が新聞から目を離し、ふと結衣の方を凝視した。

「・・・あれ?あんた?どっかで?」
「ああ!あんた(銀座のはるか)じゃねーの?銀座で有名だった。本田代議士の愛人だった人気ナンバーワンホステスだろ?」

結衣はハッとした顔で男を見つめた。
その顔はみるみる青ざめていった。
一樹も男の声が心臓に突き刺さっている。

「俺、覚えてないか?汚職事件のときにあんたが囲われてたマンションに張り付いてた新聞記者だよ。あんた、ずいぶんあの男と親しくしてたんだろ?」

男は下卑た笑いを浮かべながら、結衣の近くに寄ってきた。

「それにしても銀座でナンバーワンだった女が、今はこんなラーメン屋で働いてるとはね。一体どんだけ落ちぶれたんだ?あの後、何人かパトロンになりたいって名乗りを上げてたんだろ?」

結衣はもう真っ青になって後ろずさっている。
一樹には今の状況がなかなか飲み込めない。ただわかっているのは結衣がこの男にひどく怯えていることだけだった。

「・・・お客様、私には分かりませんが・・・」

結衣は震える声で男に精一杯返す。
だが、男にはまるで効いていなかった。

「あんた、本当にいい女だったよ。おれも一発やってみたいと思ってたんだけどね。
しかし、今は落ちぶれてラーメン屋とは。どんだけ困ってんだ?なんなら俺が援助してやろうか?一晩3万でどうだ?ん?どうせ爺に金で飼われてたんだろ?」

その言葉に一樹は我に返った。

「・・・お帰りいただけますか?お客様。もう店を閉めますので」
「なんだ、てめー。ああ、お前もこの女とできてんのか?いったい何人咥え込んだんだよ。なあ(はるか)さんよお?」
「帰れっていってんだろ!」

一樹は男の胸倉を掴むと店の外まで引きずり出した。

「二度とくるんじゃねえ!」
「うるせえ!だれが来るかよこんな店!畜生!客に乱暴を働いたって記事にしてやるぞ!」
「勝手にしろよ!」

一樹は思い切り店の入り口を閉め、鍵を掛けた。

結衣はただ黙って俯いている。
その顔には血の気が全くない。
ただ、一樹と顔を合わせないようにひたすらうつむいているように見えた。
一樹は黙って彼女を見つめる。

銀座のホステス
愛人
囲われていた

その単語がグルグルと彼の頭を回る。
彼が重い口を開いた。

「・・・さっきの男の話・・・」

結衣の体がビクリとする。

「・・・本当なんですか?」

一樹は聞きながら、どうか冗談だと言ってくれ
酔っ払いのたわごとだと言ってくれと願っていた。
だが、彼女の口から洩れたのは一番聞きたくない言葉だった。

「・・・本当です・・・」

一樹は目の前がグルグル回った。そのまま前のめりに倒れる感覚が起きた。

「・・・すいません。いままで黙ってて。突然ですけれど今日で店を辞めさせてください。
後、この間の話は忘れてください」

結衣は振り絞るように言うと、そのまま店から飛び出した。そして戻ってこなかった。

彼女が出て行って1時間後、雨が激しく降ってきた。
古い家屋の立花屋の屋根に激しく打ち付けている。
一樹は彼女が出て行った後、何もする気がおきず、そのままカウンター席に座りこんでいた。
彼女は嘘をついていた。スーパーの店員も嘘だった。
本当は銀座のナンバーワンホステスで、代議士の愛人で、囲われていた。
どうしてラーメン屋の店員になったのか?
どうしてあの日、自分の誘いに乗ったのか?
どうして自分の告白に答えてくれたのか?

一樹は顔をあげると、奥の壁に掛けてあった自動車のキーを取り出した。
例えそうだとしても
どうしても聞きたいことがあった。
彼女の履歴書を奥の事務所の机から取り出す。

(どうか住所だけは真実でありますよう)

そんな風に思いながら。

都心近くにそのマンションはあった。とても豪華でオートロックのそのマンションは
どう見ても一樹の店の倍以上はするだろう。
入るのに手間取ったが、ちょうど入口に住民が帰ってくるところだったので
男の後に続いて入ることができた。
もし、結衣に電話して開けるように頼んだら
断られてしまったかもしれない。
拒絶されるかもしれない。情けないが。
それでもやっぱりあきらめられなかった。
はっきりと彼女の口から拒絶の言葉を聞くまでは
あきらめることはできないと自分でも思っていた。
部屋は501号。角部屋だ。ドアも重たそうな扉が付いている。
震える指先でチャイムを押す。

(こんな深夜に、彼女は出て来てくれるだろうか?)

だが、どうしても聞きたい。

「・・・どなたですか?」

結衣の声が問いかけた。一樹は唾を飲み込んだ。

「・・・立花です。どうしてもお話したいことがあって・・・」

結衣はしばらく黙り、ためらいながら答えた。

「・・・帰って下さい」
「・・・少しだけ、話をさせてください」
「・・・お願いします。私はもうあなたとは関係ないんです。店も辞めたんです。
お帰り下さい」
「・・・嫌だ。」

彼女がドアの前で戸惑っているように彼には思えた。

「・・・ここで帰ったら、きっとおれは後悔するから」

しばらくの沈黙の後、ドアが静かに開かれた。
泣きはらした顔の結衣が立っていた。

部屋は広々としており、家具も高そうなものが並んでいる。
彼女がナンバーワンだったというのもうなずける。
小さなチェストの前に写真が飾ってある。
おそらくホステスだったころの結衣だろうか
きっちりと化粧を施された顔は驚くほど美人で
妖艶に微笑む夜の女の顔をしている。
青いカクテルドレスが似合っていた。
その横に、おそらく弟だろうか
一樹と年の変わらなそうな青年がほほ笑んでいる。
どことなく、以前どこかで会っていたような気がした。

「・・・お掛けください」

結衣に促され、一樹は大きな来客用のソファに腰かけた。
おそらくかなりの値段のものだろう。
彼女も彼に向かい合って座った。

「・・・私は店を辞めました。」

結衣は少しきつい話し方をした。
顔は俯き加減で一樹の顔をみていない。

「・・・あなたとももう関係ありません」
「・・・相川さんはそれでいいのか?」

一樹の言葉に彼女はピクリと反応した。

「・・・聞きたかったんだ。何で、あのデパートについてきてくれた時、これからも誘ってもいいかって問いかけに、あなたがまた誘ってくれって言ってくれたのか」

彼女は下を向いたまま黙っている。

「・・・俺の勝手な考え方だけど、多分、あなたも俺に少しでも興味もってくれて、それで答えてくれたのかと思ってた」
「・・・違います。ただのきまぐれです」
「だったら何でこっちを見て話してくれないんですか?」

結衣はひたすら下を向いている。

「俺はあなたのことを何も知らない。けど、あなたに惹かれ始めてる。だから簡単にあきらめきれないんです」

一樹は立ち上がり、彼女に近づいた。
目の前に立っても彼女は顔を上げようとしない。

「・・・答えてください」

一樹は彼女の目線に屈みこんだ。
彼女がようやく顔を上げた。
大きな瞳からポロポロ涙を溢しながら肩を震わせている。

「・・・だって・・・全て・・・本当のことだから」

彼女は嗚咽を漏らしながらまっすぐに彼を見つめた。

「・・・私は・・・」

一樹の胸が締め付けられるように苦しくなった。
彼女の体に手を伸ばし、包み込むように抱きしめる。
なぜかためらいはなかった。
彼女は抵抗もせず、一樹の胸になだれ込んだ。
ひたすらしゃくりあげている。

どれぐらいそうしていただろうか。
ゆっくりと彼女が語りだした。
結衣が高校生、弟である隆が中学生のときに両親が蒸発した。
多額の借金を背負っていたのだ。
結衣の両親は小さな町工場を経営していたが、経営にゆきづまったらしい。
結衣は高校に通いながらバイトをして、弟と暮らし始めたが
生活はなりただず、卒業後は水商売の世界に入った。
彼女は慣れないながらも、銀座の世界で生きていた。
生きざるを得なかったのだ。
そのころ、常連だった本田という初老の代議士が彼女に目をつけ
妾にしたいと申し出てきた。
丁度その頃、隆も受験生であり、医者になりたいと思っていたが
姉の苦労や、親の借金のこともあり、あきらめようとしていたらしかった。
だが、結衣は弟の願いをかなえてやりたかった。
自分も大学進学を希望していたが、諦めざるをえない状況だったからだ。
だからこそ、弟だけでもと考えていた。
彼女は本田の申し出を受け入れ、弟に医大を受験するように促したのだ。
当初、弟は猛反対したが、結衣の強固な願いの前に折れ
大学卒業までという期限付きで、彼女が妾になることを了承した。
好きでもない、孫と祖父に近い年の男に抱かれるのは、最初抵抗があった。
だが、それさえも初めのうちで、だんだんと結衣は麻痺していった。
本田は結衣を束縛したがり、高級マンションを借りて住まわせ、そこに頻繁に通うようになった。
その頃、本田が政治献金を受けているという話がにわかに湧き出して
新聞記者が結衣の存在を知り、付きまとうようになった。
やがて本田は逮捕され、マンションは引き払われた。
時を同じくして、弟も無事大学を卒業して、医者になることができた。
そしてその頃には、弟の力もあり、借金は完済できたのだった。
生活にゆとりができ、10年以上に渡るトップクラスのホステスの報酬と弟の給料によって現在住んでいるマンションを買うことができた。
弟と二人で暮らし始めた結衣は
ホステスの仕事から足を洗うことにして、仕事を探し始めた。
その矢先だった。
弟が不治の病に掛かってしまった。
しかも発見したときにはすでに手遅れ状態であった。
彼女は弟を必死で看病した。だが、結局弟は帰らぬ人となった。
医者になって3年目のことだった。

それからの彼女は抜けがらだった。
何をする気も起きず、何も食べることができなかった。
いつも泣いてばかりいた。
弟は結衣だけに苦労かけたくないと
バイトしながら学生生活を送っていたが
ある時、給料日になると結衣をある場所に連れて行った。
それが立花屋だった。
姉にせめてラーメンでも御馳走したいと
連れて行ったのである。
弟と二人で食べたラーメンはとても美味しく
とても温かなものだった。
彼が大学卒業の時も
二人は立花屋でささやかなお祝いをした。
ある日、結衣は足先がふらっと立花屋に向いてしまった。
勿論、その頃は胃が何も受け付けず、何も口にできなかったが
弟との思い出が懐かしく、ついラーメンを注文してしまった。
そのラーメンの味は優しく、今まで食事もできなかった結衣が
初めて全部食べることができた。
店主の青年・・・一樹はどことなく隆をほうふつとさせた。
店から出た彼女は弟との思い出に
涙がこぼれおちるのを我慢できなかった。
嗚咽を上げていると、雨が降り出して、彼女を濡らした。
弟ともう二度とここにこれないのだ
そう思うと、彼女の胸は締め付けられた。
どうしょうもなく悲しみが彼女を襲った。
その時、彼女が雨から遮られた。
驚いて顔をあげると、さっきの青年が傘を結衣に手向けていた。
・・・濡れるでしょう?よかったら暇だし、店で休んでいってください・・・
青年はそういうと優しい笑顔を向けた。
青年は彼女を店の中でしばらく休ませてくれた。
何を聞くでもなく、ただ黙って結衣に温かいコーヒーを淹れてくれた。
その温かさが結衣にはどうしょうもなく嬉しかった。
結衣はその後、自分を奮い立たせ
亡くなった弟の分まで頑張って生きようと心に決めた。
彼女はそれから少しずつ元気を取り戻しはじめた
その時のお礼が青年に言いたかったのだ。
そして2年後、再び立花屋に行ってみると
求人広告が張り出されていたというわけだ。

「・・・すいませんでした。俺・・・気がつかなくて・・・」
「二年も前の話ですもの。仕方ないですよ」

彼女は彼を見上げて涙で濡れた顔でほほ笑んだ。

ああ・・・そういえば・・・

一樹は思い出した。
あの頃はやせ細ってガリガリで目の下に隅を作っていたし
髪型もロングではなく、ショートカットだったが
雨の中でずぶ濡れで泣いていたのは間違いなく結衣だった。
あれから彼はその客のことが少し気にかかっていたが
今は元気になってることを願っていた。
あの時の彼女が結衣だった。
弟の隆もかすかに覚えている。

「・・・分ったでしょう?私はこんな女なんですよ・・・だからあなたみたいな人には
私は向いてない・・・」

結衣はそういうとそっと一樹の腕から抜け出した。

「・・・やっぱりあなたは分かってない」

一樹は涙でグシャグシャになった結衣を見つめていった。

「あなたにどんな過去があろうと、俺はあなたが好きです。俺にはその感情しかない。
あなたが妾だったとしてもそれは過去のことだし、俺が好きなのはその過去も生きてきたあなたなんです」

結衣はただ黙って彼を見つめる。

「もっとあなたといろんな話がしたいし、もっとあなたが知りたい。おれのことが嫌いならそれでも構いません。嫌いならここではっきり言ってください。だったら俺はあなたをきっぱりとあきらめます。ただ、俺に少しでも望みがあるなら、俺の傍にいてください」
そういうと彼は彼女にかすかに手を伸ばし、もう一度ギュッと抱きしめた。

結衣の手がおずおずと彼の背中へと回される。

「・・・いいの?私で・・・本当にいいの?・・・」
「あなたじゃないと駄目です・・・」

一樹は結衣をもっと強い力で抱き締める。

「・・・私・・・ずっとあなたが好きだった・・・」
「え・・・?」
「ずっとずっと好きだった・・・一緒に仕事をするようになってもっともっとあなたが好きになったんです・・・」
「・・・相川さん・・・」

一樹は顔を上げて、彼女を見つめた。
どうしょうもなく嬉しさがこみあげてくる。
自然に顔が近付き、彼は彼女の唇を塞いだ。

「・・・結衣さん・・・」

何度か口づけを交わす。

「・・・立花さん・・・一樹さん・・・お願いがあるんです・・・」
「・・・なんですか・・・?」
「・・・抱いてください・・・」

一樹は顔を上げ、驚いた顔で結衣を見た。
心臓がドクドクと音を立てる。

「・・・嫌、ですか?」

結衣は顔を真赤にしながら、彼を潤んだ瞳で見つめる。

「・・・いいんですか?」
「・・・はい。今・・・抱いてほしいんです」

結衣の声は微かに震えていた。

広い寝室の中央に置かれている白いベッドの上
二人は抱き合っていた。
結衣の身体は白く、それでいて華奢で
年齢よりも幼く見えた。

「・・・私の身体、汚くないですか?」
「・・・どうして?すごく綺麗だよ」

一樹は心からそう思った。
なんだか触れるのに戸惑ってしまう。
指先で胸の突起を軽く刺激し始めると
結衣は可愛らしい声で嗚咽を漏らす。
舌先で突起を転がすと
その声がもっと強くなり、身体がピクンと仰け反る。
感じやすい身体のようだ。
一樹はその身体の反応を楽しむように愛撫を繰り返す。
暴走しないよう気をつけながらも
その手にはつい力が入ってしまう。
彼女の声が、一樹の手や舌によってもたらされる快感によって激しくなり
震えるしなやかな身体が彼を限界まで高めていく。
舌先で彼女の秘部を舐め、一番敏感な蕾を軽く歯を立てて噛むと
結衣はビクンビクンと仰け反りながら喘ぎ声を上げた。
奥からはとめどなく愛液が溢れ出し
彼が蕾を指先でいじったり、舐めたり、吸ったりするたびに
早く一樹が欲しいと要求するように結衣のふとももまで濡らしていく。
彼の肉棒も跳ね返り、痛いまでに張っているが
一樹はどうしても彼女からのお願いの声が欲しかった。

「あああ・・・っ!あ・・も、もう、駄目っ・・・」

結衣は白い肌を仰け反らせ、シーツを掴んで叫んだ。

「・・・お願い・・・いれて・・・挿れてください・・・」

涙声で一樹に懇願する。
彼はしっかりと彼女を抱きしめ、一気に結衣の中に押し入った。

「・・・ううっ!」
「・・・・あああああっ!」

結衣は彼の背を抱き締める。
中に一樹がいる。一樹の存在を膣で感じる。

「・・・動くよ・・・」

一樹は結衣の耳を甘噛みしながら、腰を動かしていく。
突き動かすたびに、彼女は小さく声を上げながる。
切なげな、それでいて悦びにも思われる彼女の喘ぎ声に、彼は一段と激しく腰を打ち付ける。

「・・・結衣っ!結衣っ!」

彼女の名前を呼びながら、ひたすら奥へと突き立てる。
二人が繋がっているところから、ジュブと淫らな音を立てる。、
結衣は白い裸体に汗を滴らせ、彼女の小ぶりだがきれいな胸は
彼を受け入れるたびに震える。
深く、深く、子宮の奥まで

「あああっ!そんなっ・・・ダメ・・・・ダメええええ・・・っ」

結衣は声にならない声をあげ、白い喉を一樹に見せる。
白い裸体がうっすらとピンク色に染まっている。
先に達してしまったのだ。

「・・・結衣!」

瞬間、一樹の頭が真っ白になり
彼女の中に彼の白い液体が打ち放された。

しばらく二人は繋がったまま、ぐったりとしていた。
静かな静寂の中、時計の音がカチカチと鳴っている。

「・・・結衣・・・さん・・・」

一樹は口を開いた。
結衣の髪を手で、愛おしそうになでる。

「・・・何ですか?・・・」
「・・・順番逆になっちゃったけど、俺と付き合ってくれますか?勿論、結婚前提で・・・」
「・・・はい・・・よろしくお願いします・・・」
「こちらこそ・・・よろしくお願いします・・・」

二人は顔を見合わせて、にっこりほほ笑むと、微かに口づけした。






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