ナイーツ2(非エロ)
シチュエーション


とある騎士団領。

温暖な気候の平野地帯に拠点を構えた城は穏やかな昼下がりに包まれていた。
この石造りの執務室にも日の光が差し込み、壁を飾る紋章のタペストリーを厳かに照らす。
騎士団の紋章――
盾を背景に中央に立つ白銀の剣と、剣を守護する様に左右に対となって吠える二頭の白い獅子。
騎士の忠心と勇猛とを示す美しく気高い意匠である。
その紋章を前に、気高さの欠片もない行動をする騎士隊長と見習いが居た。

「うちの見習いが迷惑をかけてすまなかったな」
「すまん…」
「俺の真似をするな!お前は誠心誠意ちゃんと謝れ!」
「もーしわけごじゃいません…」
「噛むな!」

部屋の中央奥に構えられた机の前に執務室の主が仁王立ちしている。騎士団二番隊隊長のシスレイだ。

「あの…マシュリちゃんも反省しているようですし、その辺で結構ですから」

困りきった顔の若い騎士が怒鳴る隊長をなだめた。
立派な体躯の隊長は、その右手に小さな女の子・マシュリちゃんをぶら下げて振り回していた。
まるで子猫の首の後ろを掴み上げるように襟ぐりを掴んでぶ〜らぶら。
マシュリはやる気のなさそうな無表情でされるがままに左右に揺れている。

「マシュリちゃんが酔ってしまいますよ」

しかし、シスレイは頑固だ。

「おら!謝れ!」

とマシュリを上下に高速シェイクしだした。
マシュリのふわふわしたプラチナブロンドが宙に舞い毛玉のような残像を作る。

もふもふ、ぶんぶん、ぽよぽよ。

激しく揺られながら

「たたたすけてててて…」

とブレた声で助けを求めるマシュリ。
二人の因縁を知らない人間が見れば悪質なしごきでしかない。騎士は我慢の限界とばかりに声を荒らげた。

「女性に対しこのような乱暴をされるとは!隊長ともあろうお方が騎士道を違えますか?」

うっ。年下から正論で説教される程恥ずかしい物はない。ノリノリだったシスレイも流石に腕を止めた。

「けぷ…」

マシュリはぐったりした顔でぷらーんと力なく四肢を垂らしている。

「ほら、嫌な感じでえずいてるじゃないですか!」

騎士はシスレイからマシュリをもぎ取ると、

「失礼します!」

とツカツカ退室してしまう。

…ぽつねん。
部屋に一人残ってしまったシスレイは何かの視線を感じて振り向く。
そこには、壁に掛けられた紋章の白獅子がいた。
―騎士たるもの、婦人には優しくありなさい―そう諭すような双子獅子。

シスレイは思わず手を合わせタペストリーを拝んでいた。

(獅子様、獅子様…。今のは見なかった事にして下さい)

「うちは宗教団体じゃないんだが」

不意に声を掛けられシスレイは飛び上がる。

「お前、勝手に獅子様とか敬称付けて崇拝するなよ」

いつの間に部屋に忍び込んだのか、ラランス団長が机に腰掛けて悪戯っぽく笑っていた。
団長の神出鬼没には慣れっこのシスレイだがバツが悪そうに赤くなる。

「今の…口に出てました?」
「お前は自分が思ってるより単純な奴なんだよ。口にも出るし顔にも出る」

花のように笑って机から降りた。一息に間合いを詰めるとシスレイの太い首に自らの両腕を巻き付ける。
むにゅうっ――柔らかな胸が押し当てられた。

「わ!」
「まだ礼をもらってないからな、受け取りに来た」狐に似た長い吊り目がニィと笑う。
「礼はキスの一回でいいぞ。ただし下手糞だったらやり直しだ」
「お礼って…マシュリの夜這いのあの件ですか。あ、あの節はお世話になりました」

何とか話題を反らそうとシスレイは必死だ。
ぴたりと寄せられた団長の見事な胸やなだらかな腰から、熟した果実のような甘い香りがむんむんと鼻孔を突く。

間近に迫る美貌に頭が(というか腰が)煮立ちそうだが、白昼堂々とけしからん真似をする訳には…。
さらに獅子様がガン見する前で騎士団長と隊長が絡み合うとは、騎士団への冒涜ではなかろうか。
シスレイの心などお構いなしに団長はくつくつ笑う。

「そうだ。あの時私が誤魔化してやらなかったらお前、今頃騎士団を除名された上に切り殺されてるぞ」

その言葉にシスレイの煩悩は一気に冷めてしまった。

――そう、あの夜。マシュリにハメられ絶対絶命というあの瞬間、

「皆の者、そこまで!これは私が仕組んだ訓練だったのだよ」

と団長がペロリと嘘をついたのだ。
流石は騎士団長の一声、納得した騎士達は直ぐ様剣を鞘に戻し、破りかけた扉の前でお開きになった。
安堵のあまりぶっ倒れたシスレイの上を、とっとと服を着たマシュリが踏み越えて行く。
部屋を出る瞬間「失敗した…」とつまらなそうに吐き捨てたマシュリをシスレイは涙目で呼び止めた。

「マシュリ…お前…ここまでして俺を蹴落としたいのか?」
「うん」

うん…て。ブワッと泣き伏せるシスレイを置いて、マシュリはクールに闇に消えたのだった…。

(本当に最悪だった…)

シスレイは当時を思い出し瞼の裏を熱くした。

今まで持っていた男としてのプライドをズタボロにされてしまった。ある意味犯されたのはこっちである。
シスレイは騎士の中でもエリートであり、権力あり金あり上背あり、オマケに床の上でもそれなりに強い男である。
女性にはモテていたのだ。
「あはん、騎士殿はこっちの剣捌きも凄いんですねぇ」とか、
「隊長さんの一番槍が熱いのぉ。あたし、もう落城しちゃう!」とか、
上手いんだか上手くないんだかよく分からない喩え文句で賞賛を浴びていたものだ。
それが、たかがチビ見習いの手の平でいいように転がされるとは…。
マシュリは憎いが、自分自身にも腹が立つ。
女の子なんて一発やれば調教できるだろうなんて不埒な考えがこんな事態を呼んだのだ。

「なあ、早くしろ」

団長が口付けを急かす声でシスレイは我に返った。
反省は後にして、とりあえず今はこの困った上司をどうにかしないと。

「ほら、見せつけてやろう」

団長がシスレイの耳に素早く囁く。クスクスと忍び笑う吐息が耳朶に熱い。
見せつける…?壁の二頭の白獅子に?
しかし、意味ありげに入口を横目で見る団長に気付いてハッと視線を追った。

じー…。

薄く開いた扉の隙間からこちらを見つめる瞳がある。

あの重い二重瞼の眠そうな目は――

「い、いけません!駄目です!お礼なら何か他の物でしますから!」

マシュリの姿に気付いた途端、シスレイは団長の腕の拘束をヒョイと解いた。
団長は目を丸くする。

「ほう。随分とマシュリに弱くなったな」
「べ、別に」
「すっかり脅えてしまって情けない」
「…違いますよ」

シスレイはマシュリには聞こえぬよう声を潜めた。

ゴニョゴニョゴニョ…

二人の間から甘い空気が消えたのを見計らい、マシュリは扉を押し開けて突入した。
さっき青い顔で運ばれた癖に、トテテと小走りにシスレイに駆け寄って来る。

「お、来たなマシュリ〜」

団長が子どものようにマシュリの行く手を阻んだ。

「ほら、お前がグズグズしているからお前の隊長は私が取ってしまったぞ。お色気作戦永久に失敗ー」

わざとシスレイの腕に絡み付いてしなを作る。無表情のマシュリの瞳に一瞬険しい光が走った。

「駄目…」

マシュリはもう片側に回り込んでシスレイの腰に抱き付く。
未だ自分に執着するマシュリの姿に、シスレイはホッとしたようなドッと疲れたような複雑な感情を覚えた。
何にせよ、目の届く場所に居てくれなくては手に負えない。

「ひっ付くな、離れろ。団長ももう悪ふざけはやめて下さい」
「えー、つまらん」
「つまらん…」

シスレイは女二人を振りほどくと、マシュリの背中を押して歩き出した。

「ほら、今日の分の稽古が残っているぞ」
「やだ…」
「マシュリ、隊長にはちゃんと従うように。団長命令だ」

団長もマシュリのお尻を叩いて送り出す。

「やだー…」

マシュリは面倒臭そうにシスレイに連行されて行った。

「シスレーイ!頑張れよ」

まるで娘のようにキャッキャと手を振って見送る団長に、「用が終わったなら早く出て下さいよ。机とか荒さないで!」とシスレイは釘を刺す。

シスレイが扉を閉める瞬間、紋章の二頭の獅子と瞳が合った。

(婦人には優しく…)

いや、力技なくてこの性悪を躾るのは不可能だ。
シスレイは胸の中で獅子様に手を合わせ、早速逃亡を試みているマシュリの襟首を掴み上げた。

「けぷ…」

――団長。俺はマシュリを一人前の騎士にしたいんです。
――男の…いえいえ、騎士の意地です。

シスレイの言葉を反芻して団長はプッと吹き出した。
ムキになっちゃって。しばらく退屈はしなさそうだ。






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