IceDoll
シチュエーション


「わたくしは貴方の下僕です。」

それが彼女と私の出会いだった。
誰も訪れる事のない地下深くに凍結されていた私を、目覚めさせたのは彼女だった。
彼女は起きぬけの不機嫌な私に、必要な情報を淡々と伝えた。
私が眠りについてから既に300年近く経過したこと。3国間の戦争は終結し、ひとつの国家となったが、今になって新たな脅威に怯えている事

。そのために、この時代に私の力が必要だと言う事。
こちらの了解も取らずに起こしておいて、ずいぶん勝手な要請だと腹も立ったが、それを伝えるメッセンジャーが可愛らしいだった少女の姿を

していたのは、この時代の人間達の策略だったのかもしれない。
私の両手を取って、すがるような目で「貴方が必要なのです」と懇願されれば、嫌とは言いにくい。
もう、二度と地上に戻るつもりは無かったのに。ましてや、人殺しの私を必要とする時代など。
しかし、結局私は、地上に帰還した。彼女に寄り添われて。

彼女は実に優秀な『下僕』だった。
強化人間である私のサポートをするために調整されたアンドロイド…彼女はそう自己紹介した。
状況分析と戦闘支援に特化された彼女の助言も援護もとても的確で、人外との戦いの中で私は常に、背中の心配をすることもなく、存分に己の
力を発揮する事ができた。
戦闘下においてだけでなく、食事や身の回りの世話など、私生活のあらゆる物事を一人でこなしてくれていた。
与えられた、広いが丈夫な鍵と監視つきの部屋に帰ると、私は彼女と二人きりになる。
料理は上手いし、掃除も行き届いている。毎日の体調管理も滞りなく、働き者の優秀なメイドなのだが、私には少しだけ不満がある。

「…食事は、お気に召しませんでしたか?」

浮かない私の表情を気遣って、彼女が遠慮がちに声をかける。

「いや、とても美味いよ。」

そう答えながら、私は皿の中身を平らげた。お世辞ではない。さっぱりした野菜ベースのソースが、合成肉特有の臭みを消して食べやすかった。

「それは良かったです。今日はソースの味付けを少し変えてみましたので、お口に合いますかどうか、心配しました。」

彼女はにこりと笑って、汚れた皿を下げる。
この笑顔だ、私の憂鬱の元は。
私と接する時に作る、いつも同じ笑顔。
アンドロイドとはいえ、彼女は生身の部分が多く残されていた。顔も機械化していないので、少女らしい自然な表情を作る事ができる。それな
のに、彼女の笑顔はいつも、作り物のような情緒に欠けるものに見える。
私の考えすぎなのかもしれない。

『わたくしは貴方の下僕です。』

その言葉に囚われすぎているのかもしれない。

彼女はキッチンで丁寧に皿を洗っていた。食器洗浄器を使えば楽だろうに、彼女はいつも手洗いする。
ひとつに束ねられた柔らかなプラチナの髪が、静かに彼女の背中で揺れている。
近づいてみるとしみじみ思うが、戦闘にも耐えうるように開発されたアンドロイドの割には、彼女は本当に華奢だ。背は、強化人間である私の
胸くらいまでしか無いし、首も肩も驚くほど細い。身体の線の出るぴったりとしたスーツが、四肢と尻尾のしなやかさを際立たせる。
私が背後に立つと、人間の耳に聞こえない音まで感知する猫のような三角の耳が、ぴくりと動いた。

「いかがなさいましたか?」

怪訝そうに彼女は振り返る。
用が無くては、近寄ってはいけないのか?…そう、問いかけそうになる。

「手伝おうか?暇だし。」

私は努めて軽い口調で提案すると、袖をまくる。

「貴方にそんなことをしていただく訳にはまいりません。」

彼女はあっさり断って背を向け、また黙々と皿をすすぎはじめた。

「皿を洗うのをやめてこちらに渡しなさい、と言えばいいのかな?」

私はすこし苛立っていた。
先日の戦闘で後れを取り、彼女を負傷させてしまった。ひどい怪我を気遣う私に、彼女は言い放った。

「わたくしは『物』です。『人』であるあなたが『物』の心配をなさる心配はございません。」

なんだか、突き放されたような気がした。
手当てはしたものの、スーツの下に隠した腕の裂傷は、今もまだ完治したとは思えない。
痛むのなら雑用など溜め込んでもいいし、私ができることは代わってやりたいのだが、彼女は頑としてそれを受け入れようとしないのだ。

「それが、ご命令ならば。」

唇を引き結び、彼女は手を止め、綺麗にすすぎ終わった皿を差し出した。

「…命令なら何でも従うんだな。」
「はい。」

私の言葉に臆することなく、彼女は頷く。

「わたくしは貴方の下僕ですから。」

その言葉がまた、ちりちりと私の胸を焦がす。
感情の色を見せない冷たい色の瞳が、静かに私を見つめていた。

「…それが主人なら、どんな嫌な相手にも従うのか、君達アンドロイドは。」
「………はい。」

ほんの少し躊躇してから、彼女はまた、頷いた。
どんな嫌な相手にも、か。それは私自身も含まれるのだろうな。
心の中にあった黒い小さな染みが、夕暮れの影のように広がる。

「…笑え。」

予想外の命令に戸惑って、それから彼女は、あの笑顔を作る。
作り物の微笑みの仮面。
私は、彼女が強い感情を露にするところを見たことがない。怒る顔も、泣いた顔も、嬉しそうに笑う顔も。
きっと、「私を愛せ」と命ずれば、彼女は一生懸命、恋する女性の姿を演じてくれるのだろうな。そんなことを考えて、可笑しいような、泣きたいような気分になる。
情けないことに、私はこの人形のような少女に夢中なのだ。

「命令だ。」

自分でも驚くほど、声が低く冷たい。

「服を脱げ。」
「え…」

一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろう、彼女は振り返ったまま絶句した。そして、凍りついた表情のまま、するするとスーツを脱ぎ始める。
全身を覆っていたつやつやした布地がはがれて、彼女の素肌がさらけ出された。
衝撃や温度差に耐える為コーティングされた素肌が、部屋の照明に照らされて淡い真珠色に光る。普段スーツに隠された機械化された手足も姿を現す。
下着まで一体化されたスーツをすべて脱ぎ捨て、両腕で申し訳程度に身体を隠して、室温の寒さにかすかに震えながら彼女は目を上げた。

「これで、よろしいでしょうか。」

露になった肢体を舐めるように鑑賞する。
こうやって見ると改めてアンドロイドだと認識させられると同時に、生身の部分が多いことにも驚かされた。
両脚は膝上からつま先まで銀色の有機金属で構成されていたが、あとは耳と尻尾、左手の一部くらいしか、はっきり機械化されていると分かる部位はなかった。頭の中、脳と神経の一部もいじられているらしいが、そちらは髪に隠されていて見た目では分からない。
アンドロイドでも羞恥心があるのだろうか。値踏みするような私の視線が乳房から下腹部に向けられるのに気づき、うつむいた顔が赤く染まる。
豊満ではないが、椀を伏せた形の整った乳房。折れそうな細い腰から臀部へのなめらかな曲線。
ふるいつきたいほど魅力的な身体だった。
脚の間を隠そうとする、包帯を巻いた右腕が少し痛々しかった。

「寝室に来い。」

私が背を向けベッドに向かうと、ひたひたと、素足で歩く控えめな足音が従った。

わざわざ女性型のアンドロイドをあてがった理由など、簡単に想像がつく。主の性欲処理までもが彼女等の仕事なのだ。
…そうだ、どうせそういう人形なんだ。遠慮などせず、最初からこう扱えば良かったんだ、と今頃気づく。
現に、彼女は嫌がらず、要求どおり従順に身体を開いた。
控えめだが綺麗な形の乳房にむしゃぶりつきながら、いったい今まで、何人の主人にこうやって仕えてきたのだろうと思うと苛立ちは増し、
憤りは乱暴な愛撫になって彼女をさいなむ。

「…!……っ!!」

美しい人形は、私の腕の中で声を押し殺して身悶えた。ひんやりとした感触の肌が熱を帯び、氷のような表情が少しずつ崩れ、とろけていく。

…いい顔をするじゃないか。
顎を掴んで、伏せている顔を上げさせる。上気して朱に染まった頬、潤んだ瞳。誘うように薄く開いた薔薇色の唇を奪った。
舌を絡めるとおずおずと受け止める様は、実に初々しく見える。

…鳴き声はどうなんだ?
声を上げるのを我慢しているのが癪で、刺激に固くなった乳首を軽く噛んでやる。

「あっ!」

思ったよりもずっと甘く甲高い声が、解放した唇から漏れた。私はその反応に満足して、指先で弄んでいた下半身にも舌を這わせる。

「…ん…っ!」

誘うようにほどけたひだをかきわけ、かすかに漏れ出した蜜を舐め取ると、女の匂いが鼻腔をくすぐり、私の中の雄を刺激する。
もっと乱れろ。もっとだ。
はぁはぁと荒い息を吐く唇に私の指を押し込むと、彼女は卑猥な表情でそれを舐めた。その指を、しどしどに濡れた彼女の中心に埋める。

「…あ…っ!」

びくんと、腕の中の細い躯が硬直する。指一本挿れただけだというのに、そこはとてもきつく締め付ける。
包帯を巻いた腕にくちづけながら、その指をゆっくりと動かす。

「…ん……ん……ぁ……ぁ…ぁ」

せつない吐息が、私の胸にかかってくすぐる。
心はもう要らない。本当の笑顔を見せないならそれでも良い。素直で従順な身体だけあれば…。
行き場のない感情を持て余しながら、私は彼女を責める指をもう一本増やした。

「ぅ…ぁぁ…」

長い尻尾が苦しげにシーツを叩く。
動かすには狭いと感じるが、ほぐすようにまさぐると、じわじわと力が緩んでくるのがわかる。漏れ出した愛液も、二本の指が滑らかに動くのを
助けた。

「あ…あああああ…あああ…っ!」

もはや声を抑えることもできないのだろう。彼女は喘ぎながら、私にしがみついてきた。
顎を上げさせ、貪るように口づけると、指を激しく突き立て、もう片方の手で最も敏感なしこりを探し、指先で揉みしだく。

「あっ…だめぇっ……っ!」

細い体がぴんとのけぞり、私の指を咥えたままがくがくと収縮する。すがりついた左手の爪が私の背を引っかき、傷を作った。

放心して、ぐったりと力の抜けた彼女の身体を、仰向けに寝転がった私の胸に引き上げる。

「ぅ…」

潤んだ瞳が私を見た。そこにかすかな怯えの色を見つけて、私はまた苛立つ。
身体だけでいい、と納得したはずなのに、私はまだ彼女の心が欲しいのか。

「跨れ。」
「…え……?」

理解できないという表情の彼女に、私の声は驚くほど冷たい。

「挿れろ。」

彼女の細い指が、そそり立った私の男根におずおずと触れた。膨張しきったそれは期待にうち震える。
が。その時、彼女の肩がかすかに震えた。

「でき…ません…」

その言葉に耳を疑う。

「命令だ!」

怒鳴りつける私に、ふるふると首を振って、嗚咽の混ざった声で、もう一度彼女は告げる。

「…できない…です…」

熱にうかされていた頭の芯が、すっと冷える。
それほど嫌か?命令ならばどんなことも従うと言ったくせに、そんなにも私に抱かれたくないのか?

「…もういい!」

私は彼女の肩をつかむと、体の上から引きずりおろした。

「出て行け!二度と、私の前にその顔を見せるな!!」

彼女は、はっと私の顔を見て、唇を噛みしめてうつむいた。そして、のろのろと立ち上がってスーツを着ると、静かに立ち去った。

彼女がいないとこれほど退屈なのかと思うほど、時間の流れは遅い。
手当たり次第に辺りの物を蹴飛ばして気を紛らす。食事を作る気にもならないので、そのまま口に入るものを食い散らかす。そして半日も
しないうちに、彼女がきれいに掃除していた部屋は台風が通り過ぎた後のように物が散らかり、陰鬱な気分を加速させた。
心も体も拒まれた怒りと、泣くほど追い詰めてしまった罪悪感が、胸の中で荒れ狂う。
不意に、機械的な呼び出し音が、静かな部屋に響いた。普段なら彼女が取り次いでくれるのだが、今この部屋で他に対応してくれる人間は
いない。
今は誰とも話したくない気分だったが、戦闘任務なら思う存分暴れる事ができると思い直し、モニターの電源を入れる。
オペレーターのアンドロイドの女性が、モニターに映し出された。その感情を読み取ることのできない表情が、どこか彼女を髣髴とさせる。
――貴方の所有するアンドロイドが、許可無く市街を徘徊していたため、公安に拘束されました――

オペレーターは私に、機械的に告げる。
徘徊?公安?
私が、状況がよく理解できないことに気づいて、オペレーターはいろいろ補足した。
現行の法律では、アンドロイドは所有者が申請しなくては、公共の場に出す事はできないということ。無許可で出歩かせれば、所有者が厳しく管理責任を問われるということ。
アンドロイドを物のように扱うこの法律を、そのアンドロイド本人から説明を受けるのは、奇妙な光景だった。
今までも彼女と二人で街に出た事は何度かあったが、そういう決め事があるとは知らなかった。おそらく外出が必要な時は、私に代わって
彼女自身が法的な手続きを済ませてくれていたのだろう。

「彼女は、既に貴方が所有権を放棄していたと証言しています。これが真実ならば、貴方が罰せられる事はありませんが…」

暗に、所有権を放棄しろ、と言いたそうな口ぶりだった。誰か『偉い人』が、オペレーターを通して、私にそう言わせようとしているのだろう。
政府の監視下にある私が法に触れることをすれば、誰かがその責任を負わねばならない。

「…私が所有権を放棄したら、彼女はどうなるんだ。」

オペレーターが一瞬、答えに詰まるのが分かった。しばらく何かを考え込む素振りで…おそらく内部のデーターベースから、事例を探しているのだろう…沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。

「所有権を放棄されたアンドロイドは、通常は製造されたファクトリーに戻されて調整され、再出荷されます。しかし、政府の重要な機密に
関わったアンドロイドは、情報の流出を避けるため、廃棄されることになるでしょう。」

廃棄?
その言葉の意味することに気づいて、背筋に寒気が走った。
廃棄だと?殺すのか、彼女を。私が一言、「出て行け」と言っただけで、彼女は死なねばならないのか…?
焦りを隠し、できるだけ冷静を装いながら、私はオペレーターに告げた。

「彼女は間違っている。私は、所有権を放棄などしていない。」

…本当は、間違っているのは私だと言うのに。
オペレーターは静かに、分かりました、とだけ答えた。その瞳に一瞬、柔らかい光が差した気がした。

ファクトリーで私を出迎えたのは、不機嫌な青年だった。
彼女のメンテナンスでたびたびここを訪れているので、何度かは会った事がある。
50年に一人の天才、と言われるこの博士は、有機人体工学研究の第一人者であり、彼女の製作者でもある。自分自身にも臨床試験と称して改造を施している変人らしいが、驚くほど若く、神経質そうな男だった。

「本当に所有権を放棄したと言ったら、一発ぶん殴ってやろうかと思ってたよ。」

彼の細腕では、私にダメージを与える事など出来ないだろう。逆に拳の骨が折れるかもしれない。
戦闘のプロである私を恐れず、博士はストレートに怒りをぶつけてくる。

「あの子に何を言った?一生懸命尽くしたあの子を気まぐれに捨てるのか。所詮どいつもこいつも、あの子達を『物』扱いだ。あの子達に
だって、心はあると言うのに!」
「…心は…ある…のか…。」

私のつぶやきに、博士はふん、と鼻を鳴らした。

「当たり前だ。僕がいくら天才でも、あの子が持って生まれた心は消せない。…それがどれほど辛い現実でも。」

そして博士は、立ち止まった。
透明なガラスの棺のような、アンドロイド調整用のベッドの中に、彼女は横たわって眠っていた。

「…公安から身柄を引き取ってきた。可哀想なほど傷ついて、取り乱していたから、無理やり眠らせたんだ。」

普段の落ち着いた大人らしい雰囲気と違い、寝顔はとても幼く見える。頬にはまだ涙の跡が残っていた。

「僕は所有者には逆らえん。起こせと言われれば、どんなに可哀想でも起こすしかない。」
「…起こしてくれ。」

私が即答すると、博士はうんざりとした顔で操作盤をはじいた。透明な蓋が音も無く開き、彼女がうっすらと瞳を開ける。

「…おはよう。」

私の声に、彼女は信じられない、という顔をしてみせた。

自室に帰っても、彼女はうつむいて、一言も喋ろうとしなかった。
ただ、おそろしく散らかっている部屋を見て片付け始めようとするから、私は慌ててそれを制止すると、二人掛けのソファに招いた。

「話を、したいんだ。」
「…申し訳ありません。」

傍らに座り、顔を伏せたまま、抑揚のない言葉で彼女は謝罪する。

「…申し訳ありません。もう二度と、あのような真似は致しません。」
「やめてくれ。あれは私が悪…」
「…申し訳ありません…」
「………やめろ!」

機械のように繰り返す彼女に、私は怒鳴りつけた。小さな背中がびくっと震える。
うつむいたまま目を合わせようとしない彼女の顎をつかんで、無理やり上向かせる。彼女は一瞬、泣きそうな顔をして、ぎゅっと目をつぶる。

「申し訳…ありません。…顔を見せるなと…言われてたのに…」
「…そんなことを。」

どうしてそんなところだけ従順なんだと、私は呆れた。
私が出て行けと言ったときも、そのまま出て行けば死ぬ以外に道は無い事も分かっていただろうに。

…私の元にいるよりも、死ぬ方が良いと思った、か…
そう思うと、情けないほど寂しくなった。

「………せめて、これ以上君に嫌われないようにするから…どうか、ここに居てくれ。」

それは心からの懇願だった。言葉にすれば、彼女にとって抗えない命令になってしまうのも分かっている。
抱けなくても良い。愛されなくても良い。今はただ側に居て欲しかった。

「嫌う…?わたくしが…貴方を…?」

彼女は、とても不思議そうに私に問いかけた。私は力なく頷く。

「…そんな…そんなこと、ありません!」

彼女はすがるように私の手を両手で掴み、己の行動にはっとした様だった。「申し訳ありません」と謝って離そうとしたその手を強く握り
返すと、彼女の頬がすっと朱に染まった。

「わたしくが貴方を嫌っているなんて、何かの誤解です。わたくしは貴方を…」

そこまで言って、彼女は口ごもると、いつもの無感情な顔になった。

「わたくしは貴方の下僕です。」
「…やめてくれ。」

私は首を振り、うめいた。

「私は、下僕など要らない。」

要らない、という言葉に、彼女はひどく傷ついた顔をした。一瞬息を飲み、表情を凍らせたまま、いっぱいに涙をためる。

『可哀想なほど傷ついて、取り乱していたから』

あの日、出て行けと告げた後、自分のいない所で彼女がどれだけ悲しんだか、私にはわからない。私を嫌ってはいないと彼女は言った。
それが主をのための嘘でなく、心からの言葉だと信じたい。

「博士は、君にも心はあると、言った。私と同じように。…だから」

諭すように、私は言葉を捜す。

「私は、君に隣にいて欲しい。主人と下僕ではなく、対等なパートナーとして。」

私の言葉を、目を丸くして聞いていた彼女は、苦しげにふるふると首を振った。

「そんなこと、許されるはずがありません。…わたくしはアンドロイドです。ただの『物』であって…人ではないんです。」

彼女はまるで、自分に言い聞かせているかのようだった。

「君は『物』なんかじゃない。」

私はきっぱり言い放った。

「誰にも許されなくてもいい。私は、君が好きなんだ。どうしようもなく、ね。」
「…あ…」

やっと告げる事のできた私の想いに、彼女の声が震えた。
細い腕が遠慮がちに私の背に回され、ぎゅっと力が込められる。

「…こんなこと…許されることのないことなんです。…でもわたくしは、ずっとずっと、貴方をお慕いしていました…」

「アンドロイドにどうして人権が無いか、貴方はご存知ではありませんね。」

長い口づけの余韻に浸る私に、彼女の澄んだ声は心地よかった。
君の本音が聞きたい、と請うと、彼女は少しためらったあと、胸の奥に閉じ込めていた思いを語り始めた。

「生きている人間の改造や機械化が、倫理の問題から全面的に禁止されて、もう100年くらいになります。…全ては、貴方がたのような悲劇を、もう二度と起こさないために。」

君は私の…私達のことを知っているのか。
遠い遠い、記憶の底の悪夢が一瞬、記憶の表層まで浮かんでくる。
私が『虐殺の魔人』と恐れられていたことを知って、それでも君は私の側にいるのか。

「ですからわたくし達アンドロイドは、亡くなった人間…主に幼い子供…を素体に作られます。一般の方はわたくし達を、動く死体のごとく捉えられ、気味悪く思われているようです。」
「そんな馬鹿な!」

私は思わず叫んだ。腕の中でこんなにあたたかく息づいている彼女が、屍と同等の扱いとは、この時代の人間はいったい何を考えているのか。
彼女は静かに微笑んだ。それはとても綺麗な、春の日差しのような優しい微笑だった。

「…生きていた頃の記憶は深層意識の底に沈んでしまうので、思い出すことはありません。ですからわたくしの最初の記憶は、成長促進カプセルの中で聞いた、博士の声です。」

彼女は歌うようにそらんじた。

「『僕が君に与える運命は、君にとって死ぬより辛い思いをさせることになるかもしれない。でも僕は君に生きて欲しいと思った。そして君が幸せになって欲しいと、心から願っている。』」

つい先程、私に食って掛かった博士のことを思い出す。大量虐殺の担い手と知って、それでも私を恐れず向き合って話すことのできる人間は、昔も今も、ほとんどいない。

「カプセルの中で、アンドロイドとしての教育を受けながら、わたくしが仕えるべき主のことも、聞かせてもらいました。…自分の意思とは 関係なく身体を作り変えられて、悲しい使命を果たさなければならなかった方。…そして、守ったはずの人々から裏切られて、長い時間をただ独りで眠っている方だと。」
「…そんな格好良いものじゃない。ただの人殺しだ。」

暗い記憶を振り切るように、私は目を閉じる。彼女は不安そうに私の手を…血にまみれた私の手を取り、抱きしめるように胸元に引き寄せた。

「わたくしは、その方に仕えるためにこの命を頂いたと知りました。だから、その方がどんな方でも、精一杯お勤めしようと、心に決めました。
…それが。」

そして、はにかむようにうつむく。

「こんなに…素敵な方だとは聞いていなくて…本当に…気づいたらわたくしは…貴方が好きで好きで、たまらなくなってしまいました。」
「だったら…」

不満げな私の言葉を、彼女の指先が遮る。

「しかし、それは許されない想いです。アンドロイドが人に…しかも仕えるべき主に恋をするなんて、身の程をわきまえない愚かな事です。
ですからわたくしは、この想いを凍らせる事にしました。」

生き生きとしていた彼女の表情が、すぅっと、あの冷たい仮面をかぶる。

「わたくしは貴方の下僕です。」

その言葉は今でも私の胸にちくりと刺さる。

「…こうやって己に言い聞かせて、心を凍らせれば、辛くありません…でした。ただ…」

仮面が砕け、今度は本当に寂しそうに笑う。

「お料理を褒められたり、怪我を気遣ってくださったり…アンドロイドのわたくしに、貴方は本当に優しくて…そういう時は、嬉しくて泣き たくて、どうしていいか解りませんでした。」
「…そう…か…」

私は声を絞り出す。どうして気づかなかったのだろう。彼女もまた、あの凍りついた笑顔の下で、苦しんでいた。

「あの…夜…も…」

唇を噛みしめて涙を堪えるのを見て、私は制止する。

「…あれは私が悪かったんだ。本当に…」
「いいえ。」

くるりと私に背を向け、彼女は眼を伏せる。尻尾だけが所在無げにうろうろと、私の手をくすぐった。

「…男の方にお仕えしていれば、寝所に侍るのもまた務めだと、わたくし達は教育を受けています。ですから、あの時も…ああ、ついにこの日が来たんだな、と覚悟しました。…でも…」

耐え切れず、顔を覆って泣き出すのを見て、私は慌てて背中から彼女を抱きしめた。

「…知識はあっても…どうすればいいのか…本当に…わからなかったんです。」

ああ。あれはそういう意味だったのか。
私は自分の愚かさを心から呪った。初めての経験でどれだけ不安にさせただろうか。優しくしてやれば、あの時もきっと応えてくれただろうに

「済まない。」

許してくれ、とは言えなかった。そう請えば彼女は簡単に私を許してしまうだろう。

「…もう一度…あのときの続きを、どうか…」

力の限り抱きしめると、彼女はせつなげにねだった。

ほんの少しでも気を緩めると、その細い躯を滅茶苦茶に蹂躙してしまいそうなほど、気持ちが高ぶっているのが自分でも解る。
望んでも手に入らないと思っていた彼女の心は、本当はもうずっと、私の元にあった。そして自分から、まだ男を知らない身体を私に奉げて くれる。
こんな、気が狂いそうなほど誰かを愛する事があろうとは、思っていなかった。

「できるだけ、優しくする…」

自分で自分に言い聞かせるようにつぶやくと彼女は、大丈夫ですよ、と柔らかな声で答えた。

「わたくしは、戦闘も想定した個体ですから、痛覚は鈍く調整されています。その代わり、他の感覚は敏感な設定に…」
「なるほど、つまり…」

私は彼女の三角の耳に口元を寄せ、ささやいた。

「イヤラシイ身体なんだな。」

彼女は真っ赤になって顔をそらした。その仕草が愛しくてどうしようもない。
独特の艶のある、しっとりとした肌に掌を滑らせると、ぴくんと肩が震える。優しく、優しくと頭の中で唱えながら、うなじから肩、腕に唇を這わせ、赤い花びらのような痕を残す。

「怪我は、治ったんだな。」

裂けて骨まで見えそうだった右腕の怪我も、もう、うっすらと赤い筋のような傷跡を残すだけになっていた。

「…はい。ファクトリーで、再生治療を受けられましたから。」

せっかくなら、こちらの手も機械化しても良かったのですが…まだ生身の右腕をかざしながら、彼女はつぶやいた。

「そんなことはしなくていい。」

私はその手を取り、傷跡にそって唇を這わせる。

「もう、君に怪我などさせない。」

彼女は困ったように私を見た。しょげた顔をするな、と私は彼女の眉間をつつき、キスを落とすと、今度は柔らかい乳房に手を伸ばす。

「…あっ…」

身をよじり、その手から反射的に逃げようとする彼女を背中から抱きしめ、両手でやわやわと揉みしだいた。

「…ぁ…は…ぁ…」

軽く頂点に触れると、ぴくぴくと耳が揺れる。反らせた細い喉から、高く甘い声が漏れ出した。
あの時処女だと思い及ばなかったのも仕方ないと思った。男を喜ばせるために調整したわけじゃないだろうが、この反応の良さはたまらない。

「本当に敏感なんだな。」

私が笑うと、彼女は目を閉じ身体をこわばらせ、唇を噛んだ。だんだん濃厚になってきた愛撫にも、必死に声をかみ殺す。

…強情だな。
乳房を玩ぶ片手はそのままに、もう片手をするすると脚の間に伸ばす。尻から太股を撫であげる感覚に、彼女は慌てて脚を閉じようとしたが、
私は自分の足でそれを押さえ込み、抵抗を許さない。
濡れぼそった裂け目を下から上に撫で、最も敏感なしこりを探しあてると、つついてつまみあげる。

「ひあっ!」

耐え切れず、彼女が高い声を上げた。慌てて口を押さえようとする仕草に気づいて、私は弄ぶ手の速度を増す。

「だめ…だめぇ…っ」

絶え間なく与えられる強い刺激に、どうしようもなく彼女はただ悶える。

「可愛いな。」

普段の清楚さからは考えられない乱れぶりに、否応無く興奮させられる。
指先に彼女の蜜をなすりつけると、半ば強引に、二本の指を秘所につき立てた。

「ん…っ!」

苦しそうに顔をしかめたのに気づいて、私は焦って指を引き抜いた。びくっ、と尻尾が跳ね上がる。
今度はもう少しゆっくり、馴染ませるように差し入れていく。そこは異物を拒むようにきつく締め付けながらも、反対に招くように
絡み付いてくる。

「ん…ぅぅん…。」

さっきまでの弾けるような反応とは違って、なまめかしく身体をくねらせる。

「キモチイイ?」

彼女ははぁはぁと喘ぎながら、潤んだまなざしでこくりと頷いた。

「ね…これ…で…いいん…ですか…?」

吐息の混ざった細い声で、彼女は問いかける。」

「何が?」
「…わたしだけ…気持ちいい…から…」

私は嬉しそうに笑って見せた。

「とても楽しいよ。」

男が、こうやって思い通りに女の身体を味わう事も、知らないらしい。
ゆっくりゆっくり、指が奥まで潜り込み、引き出されるたび、彼女は快楽に身を震わす。その間隔をだんだん短く、動きを激しくしてやると、彼女は私にしがみつき、嗚咽のような嬌声を上げた。

…もう、いいかな。
ぐずぐずに濡れて、柔軟に指先を受け入れるようになったそこに、根元まで指をねじ込み、もう片手は陰核を、唇は乳首を吸い上げる。

「ああああああああぁ……っ!」

甲高い切れ切れの声が上がる。小さな身体がわなわなと震え、内壁がきゅうっと指を締め付け、快楽の天辺に達した事を教えてくれた。

がくりと力が抜け、半ば気を失った彼女に口づけた。
まだ夢の中にいるように、ぼうっとしている彼女の脚を、いっぱいまで開かせる。
私のものはとんでもなく熱く、痛いほど張り詰めていた。もう我慢できる余裕は、ない。
指とは違う、固いものの感触に気づいたのか、彼女は不安そうに顔を上げる。その唇にもう一度キスをすると、たぎった欲望を思い切り深く、
彼女の中に沈めた。
私の脳髄に最上の快楽が駆け抜ける。
悲鳴が上がった。さっきまでとは違う、甘さのかけらの無い声。
中はとんでもなくきつく、痛いほど狭い。強引に貫かれて、彼女の身体もぎちぎちと悲鳴を上げているかのようだった。彼女は苦痛から
逃れようとするかのように、必死にしがみついてくる。ぽろぽろと涙がこぼれて、わたしの胸を濡らす。
一つになれたという充実感と、苦しめているという罪悪感がないまぜになって、快楽とともに私を狂わせる。
欲望に歯止めは利かず、私は苦しむ彼女を深く深くえぐり、何度も腰を突き立てる。ソファのきしむ音と、彼女の悲鳴が耳をつく。
痛みに鈍い、と言ったのは嘘だったのだろうか。それともそれほどひどい苦痛なのだろうか。苦しむ姿が哀れでもう解してやりたいとも
思いながらも、身体の方はさらに激しく彼女に喰らいつく。
欲しい。離したくない。離さない。もう私のものだ。
そのうち這い上がってきた爆ぜるような衝動に任せて、私は欲望のありったけを、彼女の中に吐き出した。

…優しくすると言っておいて。
事が済んでからの私は、自己嫌悪に頭からどっぷり浸っていた。
これじゃあ、まるでレイプしたみたいじゃないか。
ソファに垂れた血と精液の混ざった染みが、なおさら私の罪悪感を増す。いくら女を抱くのは久しぶりとはいえ、これ程自分に自制心が
ないとは思っていなかった。
頬につたったぬるい涙を指先でぬぐってやると、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は私の頬に唇を寄せた。

「…だいすき…です…。」
「…愛しているよ。」

愛してる、と言う言葉では表現しきれないほど、彼女の全てがいとおしい。

「…貴方が…貴方で…よかっ…た…」

私の肩に身体を預けて、彼女はすうっと眠りに落ちた。そんな彼女のやわらかいぬくもりを抱きしめて、私も目を閉じる。

300年前、死にたいと思った。
だが偽善者どもは、殺してくれという私の最後の望みすら聞き入れず、地下深くに私を凍結して、そのまま忘却の淵に追いやった。
私を目覚めさせた彼女は、私のために命を与えられた、と言った。
それだけでも、生きていて良かったと初めて思った。生きていたから彼女は私のために生まれ、巡り合うことができた。
もう眠る時、昔の夢を見ないで済む。腕の中で無邪気に眠る少女を抱きしめながら、何の根拠も無くそう確信した。






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