元帥×私 完結編
シチュエーション


「……えっと、それは、あの」

にっこりと華やかな笑みを浮かべて、困惑する私に彼は再度言葉を投げた。

「結婚を前提に、ね。僕はそう言った」

どうすればいいのかわからずにおろおろするばかりの私の手を取り、彼は優雅に片膝をついた。そうして、おもむろに私の手の甲に口づける。
それまで見て見ぬふりをしていた周囲の人間が色めきたつ。

「僕では不満かい?」

何も言えず、俯いた私の耳に彼が小さく笑う声が届いた。

「今すぐでなくてもかまわない。考えてみてくれるかな」

私が頷くのを見届け、彼は立ち上がる。
非礼にならないように頭を下げて、私は逃げるようにその場を立ち去った。



引き寄せられ、思わずもれそうになった悲鳴は柔らかな唇に飲み込まれる。
突然のことに唖然としたが、背を撫でる手と温もりには覚えがある。

「……元帥」
「今すぐ抱きたい。だめか?」

唇が離れ、確かめるために名を呼ぶと唸るように元帥は言う。
駄目も何もここはさっきの場所からさほど離れてはいないし、何より建物の中ですらない。整備された庭の一角、木々の生い茂る人工の林のような場所だ。こんな場所ではいつ誰に見られるとも知れない。

「クロウ……クロウ、クロウ!」

それなのに、私は元帥の首に腕を絡めて荒々しい愛撫に身を委ねている。
もっと、もっと欲しいと浅ましい体が悲鳴を上げる。
木の幹に背が押しつけられて痛いのに、そんなことよりも肌を這い回る熱が嬉しい。

「クロウ、やっ……ん」
「濡れてるな。すごく熱くなっている」
「やだ……いわな……ふぁ、ああっ」

指が中をかき回し、私の体は快感に震える。
もっと、そう指なんかじゃ足りない。元帥、元帥が欲しい。
服の上から撫でるだけで元帥のものが大きく膨らんでいるのがわかった。

「リーファンの言うことなど無視してしまえばいい。忘れてしまえ」

片足を持ち上げられ、元帥の熱いものが押し当てられる。けれど、リーファンという名前が私の熱を急激に冷ましていく。

「元帥、待って……ここではだめです」
「待てない」
「リーファン様のお屋敷です。人に見られては」

そうだ。人に見られてはいけない。元帥の名が下世話な噂話にのぼるなんて耐えられない。

「元帥が悪く言われるのは嫌です」

小さく舌打ちをし、元帥は私の足を離した。
身支度を整え、元帥は苛立っているのかぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。

「早く帰ろう」

震える足と指では上手に身支度ができず、見かねた元帥が手伝ってくれる。
ぎゅっときつく手を握られ、手を引かれるままに元帥に続いて歩いた。


◇◆◇


「嫌がらせだ」

グラスの中の酒を一気に呷り、元帥は憮然として呟いた。

「リーファンはいつもそうだ。俺に張り合おうとする」

私はグラスをちびちびと傾け、酒を舐めるように少しずつ飲む。

「俺と君が」

元帥は一度言葉を区切り、適切な単語を探すように黙り込む。
屋敷へついてすぐ、元帥は私が立てなくなるまで何度も何度も求めてきた。そして、一人で寝室を離れて酒瓶を二本とグラスを二つ持って帰ってきた。
私は裸のままベッドにおり、元帥はベッド脇に椅子を引き出して掛けている。

「えっと」

元帥は機嫌が悪いらしく、私には信じられないような早さで瓶を空にする。
私は何を言えばいいのかわからずに、口を開いたはいいがすぐに閉じた。

「つまり、俺と君が……恋仲……と勘違いしてああいうことをした。俺への当てつけというわけだ。更に、あわよくば俺から君を奪って優越感に浸ろうという下らない考えに違いない」

肝心の部分はよく聞こえなかったけれど、元帥は恋仲と言ったのだろうか。

「恋仲?」
「……リーファンにはそう見えたのだろう」

元帥は不服そうに言う。

「幾つになってもいけ好かない男だ」

ぽっかりと胸に穴が開いたように空しさが私を襲う。
苦虫を噛み潰したかのような元帥の顔を見るのが辛くて俯く。
最初からわかっていたのに、なるべくなら考えたくなくて、ずっと見ない振りをしていた。
元帥は私の恋人ではないのだ。私たちは体を重ねても愛を語らいはしない。

「泣、いているのか」

ぽろぽろと涙がこぼれ、私はたまらずにベッドに突っ伏した。

「どうした?そんなに嫌なのか」

動揺した元帥の声が聞こえるが涙は止まらない。後から後からこぼれてくる。

「俺と恋仲だと思われるのは泣くほど嫌なことなのか?」

苦しげな声が聞こえ、私は少しだけ顔を上げる。

「一年以上も体を重ねてきた。今更そんな風に泣かれては……俺の方が泣いてしまいたくなる」
「お嫌なのは、元帥ではないのですか」
「なぜ?馬鹿なことを。君と恋仲だと思われるなら、嬉しく思いこそすれ嫌がるなど有り得ない」

元帥にきっぱりと言い切られ、私の涙が少しだけ止まる。

「で、でも、嫌そうな顔をなさいました」
「リーファンが君に手を出そうとするのが嫌なだけだ。俺は君に他の男が触れることが許せない」

それではまるで嫉妬しているようだと思うと頬が熱くなる。もしかして、元帥は妬いているのだろうか。
希望的観測が現実のものか確認するために、私は勇気を振り絞って元帥に問いかける。

「それでは、まるで……や、妬いてらっしゃるようではありませんか」

私と目が合うと、元帥が怒ったような照れたような顔をしてそっぽを向いた。

「そうだ、妬いている。君は知らないだろうが、君に男が近づく度に俺は妬いていた」

あまりのことに開いた口が塞がらず、私は呆けた顔で元帥の横顔を眺めていた。
しばらく二人の間に気まずい沈黙が流れる。
気を取り直して尋ねようと口を開いても、声が上擦って震えてしまう。

「ど、うして?」
「年甲斐もなく恋をしているから」
「恋?」
「伝わっていないようだから言うが、相手は君だぞ」

今度は違う意味でベッドに突っ伏す必要が生じた。
今のはもしかしてもしかしなくても愛の告白と言うものではないのだろうか。しかも、元帥から私への。夢を見ているのかも知れない。そういえば体が熱い。眠っていると体温が上がるものだ。これは夢だ。きっと夢――

「どうして顔を隠す?何か言ってくれないと恥ずかしいじゃないか」

ゆさゆさと肩を揺すられ、私は逃げるように布団の中へ潜り込む。

「だから、どうして隠れるんだ」

布越しに私を揺さぶる元帥の手は紛れもなく現実で、夢ではないのだと私に教えてくれる。
心臓がうるさい。夢にまで見た告白なのに、どうしても元帥の顔がまともに見られない。
嬉しさから溢れだした涙は止まらず、元帥への愛しい気持ちが込み上げてきて胸がいっぱいだ。
喜びに浸っていたいのに、元帥は私の気も知らず布団を剥ぎ取った。

「顔を見せて」

私の両頬を掴んで目を合わせ、私が泣いていることに気づいた元帥は動揺している。

「どうして泣くんだ?嫌なのか。俺が嫌いか」
「違っ……嬉しい、の」

元帥は安堵したように息をつく。

「大好き、です」

勇気を出して、私は元帥に気持ちを伝えた。

「元帥が好き。大好き。愛してます」

溢れる涙と同じで、一度口にすると止まらない。譫言のように何度も好きと口にする。
そんな私に口づけを落とし、元帥はいつものように柔らかく笑んだ。

「……リーファンよりも?」
「当たり前です」
「そうか。リーファンには俺からきっちりと断りを入れておくから君は心配しなくていい。大丈夫。流血沙汰にはならないさ」

笑みの向こう側にひやりとしたものが見えた気がしたが、見なかったことにしようと決めた。元帥は意外と嫉妬深いのかも知れないと私はその時に初めて気がついた。


◇◆◇


「そもそも、俺は君のような娘が好みなんだ。姿形も性格も立ち居振る舞いも、好みにぴったりかち合う。前々から目をつけていたところにあのような悩み相談などしてくるからこれ幸いとつけこんだわけで」

流されるままに再度体を重ねた後、元帥はそう語り出した。

「卑怯と言われれば卑怯だ。返す言葉もない。子ができたらそれを口実に逃げられないよう周りを固めて結婚に持ち込む気でいた。下準備は既に整っている」
「……それなら、もっと早く言っていただきたかったです」
「子ができる前に逃げられては困るだろう」
「逃げたりしません」
「……俺だって、惚れた女が相手では多少気弱になるものだ。小細工の一つや二つ仕掛けたくもなる」

拗ねたような顔をする元帥が可愛くて、私はその頬を人差し指でつついた。

「君だって、一度もそんなこと言わなかった」
「言えばもう抱いて下さらなくなるかと思ったんです」

お返しとばかりに元帥が私の額に額をぶつける。

「つまり」
「お互い様ということですね」
「そうだな」

優しい口づけが落ちてきて、私は温かな腕の中でその優しさに浸る。

「愛している」
「私も、愛してます」

いつまでもこうしていたいと望み、それは叶わないことではないのだと気づき、私は込み上げる幸せに頬を緩めた。






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