元帥×私2
シチュエーション


しゃらりと首から下げた鎖が鳴った。細い銀の鎖の先には元帥からいただいた指輪が通してある。

「あ……クロ、ウ」

いけないことをしている。それをまるで元帥に見咎められたような気がして、その背徳感が私の快感を二倍にも三倍にもする。
元帥のことを思い出しながら敏感になった胸の先を摘み、もう片方の指で滑った入り口を擦る。それだけで達してしまいそうな自分の体が怖かった。いつの間にこんなに淫らになってしまったんだろう。

「クロウ……っ、あっ、ん……クロウ、クロウっ!」

元帥の手はもっと大きくて、元帥の動きはもっと巧みで、本当はこんなんじゃ全然足りない。足りないのに、淫らな私の体は稚拙な指の動きに歓喜する。
涙で滲んだ視界に、元帥の指輪が映った。
ごめんなさい。元帥、こんな私を嫌いにならないで下さい。
いけないことをしているのだと思えば思うほどに快感は高まり、私は背を仰け反らせて声にならない声を上げた。

「はぁ…………しちゃった」

下着の中から指を引き抜くとくちゅりといやらしい音がした。

「元帥。寂しいです」

滑った指で指輪を掴み、私はそれにそっと唇を寄せた。


◇◆◇


東の街に魔物が出た。それがなかなかに強大で現地の派遣員だけでは手に負えないとの報告を受け、元帥が現地へ赴くことを志願した。
『元帥』が出るほどの魔物ではないと反対を受けても、彼は聞く耳を持たない。執務室の机に向かうより、現地で魔物に対峙する方が性にあっているのだと元帥は言った。
私には討魔の才能などなく、組織を運営するためのただの一般構成員にすぎない。だから、元帥と一緒に東の街へ行くことはできなかった。
それを寂しく思っても、特別な関係ではない私には元帥に何かを言う権利などなく。その事実が更に私の胸を締め付けた。

白い手袋をつけ、白い外套を翻して元帥は部屋を後にした。
出発前に呼び出され、問答無用でベッドに押し倒された私はくたくたの体でその背を見守った。
その時の元帥を思い出す度に、心地良さと寂しさと狂おしさのないまぜになった感情が胸を焼く。

東の街の魔物を元帥が問題なく処理したのだという知らせを耳にしたのは出発の翌日のことだった。それを聞いて無事を安堵するとともに、もうすぐ元帥に抱きしめてもらえるのだと喜びが込み上げる。
けれど、私の期待はすぐさま砕け散ることになる。

往路は転移の魔法陣を使った元帥が、帰路はそれを使わずに帰るという。道中各地を見回るのだというのだから元帥らしい。
おかげで私は元帥に抱きしめてもらうことを数ヶ月も我慢しなければならなくなってしまったのだ。


◇◆◇


早く湯を浴びて身を清めなければならないのに体のけだるさが動くことを躊躇わせる。
私は中途半端に脱げかけた服のまま、ベッドの上で浅い呼吸を繰り返していた。

「随分と楽しそうなことをしているようだが」

びくりと体が跳ねる。扉の方から聞こえた声はつい先ほどまで何度も何度も繰り返し思い出したものと同じ声。

「もう、満足なのか?」

恐る恐る身を起こし、私は扉の方へと顔を向ける。
真っ白な外套、真っ白な手袋、輝くばかりの金色の髪。そして、優しく細められた目。

「げん、すい……?」

優雅な動作でベッドへ近づき、そこへ腰を下ろしてから私の額を人差し指で突く。

「クロウ、だ」

幻ではない。本物の元帥が目の前にいる。
たまらずにしがみつくと優しく背を撫でられた。

「ただいま」
「おかえり、なさい」

元帥の唇が髪に触れ、耳朶に触れる。ずっと欲しかった感触が惜しみなく私に与えられる。

「寂しかったかとは聞かないでおこう。さっきたっぷりと見せてもらったから」

笑みを含んだ声音に思わず顔を赤くする。さっきたっぷりとは、どの辺りから見られていたのだろう。

「俺がいない間、いつも一人で?」

まだ乾ききっていない指を元帥が引き寄せて唇に含む。

「だめ……汚っ」
「フ、今更だ。何度も口にしてる」
「で、でも」
「こんなにして、すごく濡れているんじゃないのか」

元帥が下着の上から敏感な場所をやわやわと撫でる。下着はとっくに濡れてびしょびしょになっていた。

「すごいな」

恥ずかしさで元帥の顔が見られない。たまらずに元帥の服をきつく握り締めて目を閉じた。

「何を想像してた?」

元帥に協力して腰を浮かすとすぐに下着は取り払われ、手袋を外した指が直接濡れた場所に触れる。
そんなことは言わなくてもわかっているはずなのに元帥は重ねて問う。恥ずかしさで死にそうになりながらも、私は答えた。

「元帥、の」
「クロウ」
「……クロウの、こと」
「俺のこと?どんな?」

触れるか触れないかの愛撫がもどかしくて、私の腰は元帥の指を求めてくねる。けれど、元帥は指を引いて私から逃げる。きちんと答えるまでくれないのだと悟り、私は絞り出すように答えた。

「クロウが、いつもしてくれることを、たくさん……たくさん、私のこと抱いてくれるのを、思い出して、それで、たくさん抱いてほしくて」

そう。早く欲しい。会えなかった分たくさんたくさん抱いてほしい。こんな風に焦らされるのは嫌。
私はクロウの胸を押し、彼をベッドに倒して唇を重ねた。初めは驚いたようにしていた彼もすぐに口づけに応えてくれる。
荒々しく貪るような口づけに夢中になっている内に体勢が逆になっていた。

「積極的だな」

ちゅっと啄む口づけを落とし、クロウが笑う。

「い、いやらしい?私、いけないことをして……嫌いになった?」

クロウは瞬きを数度繰り返し、蕩けるような甘い声で囁いた。

「まさか。俺の前でならいくらでも、どんなにいやらしくてもかまわない。嫌いになるわけないだろう」
「本当に?」

「当たり前だ。君があんなに俺を求めていてくれたのかと思うとたまらない」
嬉しいよと囁き、クロウはいつもより少しだけ荒っぽく私の体に触れ始めた。クロウが触れるだけで私の体は過敏に反応し、一人の時とは比べものにならないほどの早さで高みに上りつめる。
服を脱ぐのももどかしいとばかりにクロウは下衣の前だけをくつろげて私の中へ入ってきた。
久しぶりの交わりは獣のように荒々しく激しく、私はクロウの与える快楽の中で正気を保つのが難しくなってきた。そして、大して抗いもせず私はその中へと堕ちた。


◇◆◇


「土産でも買ってくればよかった」

夜明け前の仄かに白んだ空を見つめているとぴたり寄り添った元帥が気だるげに口を開いた。

「どうも俺は気が利かない」
「いいんです。お土産なんて、私は元帥がこうして下さるだけで嬉しいです」
「……可愛いことを言う」

ぎゅっと抱き締められ、喜びに体が震える。

「君を喜ばせるには子を与えるのが一番ということか」

子などできなくても寄り添えるだけで嬉しいのだと口にしかけて、それでは抱いてもらう理由がなくなることに気づき、私は口を噤んで元帥の胸に頭を預けた。どんな理由でも会いに来てくれるだけで嬉しい。
ほんの少しだけ感じた悲しみは心の奥底にしまい込み、私は今感じる幸せだけを大切に思うことに決めた。






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