元帥×私
シチュエーション


腕を掴んだ手を離され、私の体は柔らかなベッドに沈み込む。だけど、貫かれた部分はそのままで元帥は変わらぬ強さで私を責める。
腰だけを突き出した体勢で私は元帥に突かれる度にシーツに顔を擦りつけた。

「や、げんす……もっ、だめ」

まるで抉られるみたいに中を擦られ、たまらずにシーツをぎゅっと握りしめた。

「クロウ」

腰を折り、元帥は私の耳朶に息をかけるようにして囁く。一瞬何を言われたかわからなくて、けれど元帥は同じ言葉をもう一度口にする。

「ベッドの上では名前で呼んでくれと言ったはずだ」

元帥の手が腹を伝って下へ。私の体で一番敏感な場所を撫でられて、私は一気に上りつめる。
元帥の動きが止まり、私の中が自分でもわかるくらいに収縮する。

「俺は個人的に君に協力しているだけで、これは俺と君の職務上の関係とは一切関係ないだろう。だから、名前で」

私の中にあるものは熱く滾ったままなのに、元帥の声はそれが嘘のように冷静そのものだった。それでも、ほんの少し上擦っているように聞こえるのは彼も興奮状態にあるからだと思う。

「欲しいか」

元帥に問いかけられ、全身が総毛立つ。

「くださ……クロウの、ほしい」

必死でねだると元帥は私の腹に手を添えて抱き起こす。膝立ちのまま、ゆっくりと元帥は腰を動かし始めた。

「君が欲しいなら、いくらでも。早く俺の子を孕むといい」


◇◆◇


「俺でかまわなければ協力してやろう」

祝勝会の席でひっそりとお酒を飲んでいたはずなのに気がつけば広いバルコニーで元帥と二人きり。相当酔ってしまっていたのだと認識できるほどには酔いはさめてきているらしい。
何に協力して下さるのだろうかと首を傾げると元帥は変わらぬ調子で口を開いた。

「俺では不満か」

一体何の話をしていたのかと記憶を辿り、思い至った途端に冷や水を浴びたように酔いがさめた。
今の私は相当顔が赤いだろうと自分でもわかる。はいともいいえとも言いかねてしどろもどろになっている私を見て何を思ったのか元帥は小さく溜め息をこぼした。

「一個人としての俺でかまわないと思うならいつでも訪ねてくるといい」

そう言って元帥は指から指輪を引き抜き私の手に握らせた。

「それがあれば屋敷へ入れる」

呆然としている私に背を向け、元帥はバルコニーから立ち去った。

二日、私は悩んだ。
そもそもどうして元帥と二人きりで話をしたりしたのかもわからないし、元帥にあんな話をしてしまったのかもわからない。けれど、元帥が協力を申し出て下さったのは夢でも幻でもない現実だ。
私の家系は少し複雑でその事情により、私は早く子を産まねばならなくなった。でも、恋人なんていないし、知らない人の子なんて嫌。どうしたらいいのかが目下の悩みであったのだ。
元帥が私の子の父親になってくれたらそれはとても素晴らしいことだと思う。三十を越えてはいるがまだまだ若く魅力的だし、賢く逞しい。子の父親として理想的だ。
それに、実は密かに元帥に憧れていたりする。遠くから眺めるだけの、元帥はいわゆる高嶺の花だったのだ。
机に置いた指輪をじっと眺めてみる。元帥の家の紋章が刻まれた指輪はあれが白昼夢ではないという証。何度も何度も確認したから間違いない。
問題は、元帥が下さるのは子種だけだということ。好きな人に抱かれて子を宿しても、結婚して一緒に育てることは出来ない。それは凄く寂しいことだ。
だからといって、知らない人の子を産むのはもっと嫌。
二日も悩んだのに、私は自分では決められずにうじうじしているだけだった。


三日目に私は元帥の屋敷を訪れていた。子種をもらいにきたわけではなく、もう一度お話をするつもりだったのに、気がつけば私は元帥の腕の中で身を強ばらせている。
品のよい年配の男性に案内された場所は紛れもなく元帥の寝室で、私が何かを言う前に元帥は私を抱き寄せて唇を重ねた。

「名前で」

唇を離し、元帥は私を抱き上げた。

「名前で呼んでくれ。今の俺は元帥ではない」

困惑しながらも私は頷いた。
寝台に横たえられ、また口づけられる。こうするつもりじゃないんだと言いたいのに、何一つ言い出せない内に元帥は私の服を器用に剥ぎ取ってしまった。

「来ないのかと思っていた」

露わになった肩に額を当てて、元帥は吐息混じりに呟いた。

「必ず俺が君に子を抱かせてみせるから、俺以外とは寝ないと約束してくれ」

顔を上げた元帥の顔がことのほか真剣で、今更話をしにきただけなんですとも言えずに私は唾を飲み込んだ。
そして、頷いた。元帥が協力して下さるなら他の人に協力を求める必要などないのだから、それは杞憂というものだ。

「ありがとう」

なぜか安心したようにお礼を言い、元帥は体を起こして服を脱ぎ始めた。

上半身が露わになるとこれから何をするのかということをいよいよ認識させられて私はぎゅっと目を瞑る。でも、目を閉じると衣擦れの音がさっきよりも大きく感じられてその方が恥ずかしいことに気づく。
とはいえ、元帥の裸を見るのも恥ずかしくて、結局私は天蓋の模様をじっと眺めることで自分を落ち着かせた。

「呼んでみてくれ、俺の名を」

頬に手を添えられて元帥と視線を合わせられる。
名前を呼べと言われてもいきなりは恥ずかしい。ごにょごにょと躊躇っていると元帥が私を名で呼んだ。

「俺も君を名前で呼ぶ。だから、君も名前で呼んでくれ」

姓でなく名で呼ばれるのはなんだかむずむずと不思議な感じで、けれど嫌ではなく嬉しい。元帥の発音は柔らかくて心地良く、私は私の名前が今までよりもずっと好きになる。
小さく息を吸い、私は元帥の名前を呼んだ。男の人を名前で呼ぶことなど滅多にないから、口に出した途端に恥ずかしくて顔から火が出そうになる。

「ありがとう。元帥としての俺でない時は名前で呼んでくれ。ベッドの上では特に」

了承の意味を込めて頷くと、頬に触れていた元帥の手が静かに下方へと動き出す。それが胸に触れた瞬間、私は今から何をするかを思い出して硬直した。
私の緊張を解すように元帥は何度も何度も優しい口づけを下さり、何度も何度も名前を呼んで下さった。触れる手にはいやらしさなど欠片も感じられず、ただただ優しいばかり。
氷のようだとか機械のようだとか言われる元帥が実はものすごく優しいのだと気づき、知らず私の緊張は解けていた。


◇◆◇

あの夜、私は元帥から無事に子種をわけてもらうことができたのだ。
けれども、一度の交わりでは子はできず、最初の約束通りに元帥は子ができるまではと積極的に協力して下さる。
今夜もまた宿舎に忍び込んだ元帥と狭いベッドで横になっている。

「お帰りにならないのですか」

元帥の腕の中は心地良くて本当は朝までこうしていたいのだけれど、元帥との噂が立たないようにするには早々に帰っていただかねばならない。元帥の評判が下がるような噂が立っては後悔してもしたりない。

「君が眠れば帰ろう」
「まだ、眠くないです」
「そうか。それならば、もう暫くここにいよう」

ずっと眠らずにいられれば。ずっと夜のままなら。そう思いはしても、疲れ果てた体はすぐに重たくなっていき、意識もふわふわと落ち着かない。
本当はずっと、ずっと一緒にいたいんです――――伝えたい言葉を飲み込んで、代わりとばかりに私は元帥の胸に頬を寄せて温もりをしっかりと記憶に刻み込んだ。






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