王太子と女騎士
シチュエーション


「お許しください。殿下!」

ユマは悲痛な声をあげた。
寝椅子の上に自分を押し倒し、圧し掛かってきた男の身体を力ずくでどけようとする。

「なぜ、こんな酷いことをなさるのですか!?」

男の手が、騎士団の制服の上から荒々しく胸を揉み、ボタンに手をかけていた。
その銀髪の前髪から覗く紫色の瞳には、女への劣情の他に怒りの色が混じっている。

「君が、女だからだ」

そう言い放ったクライドは、自分を押しのけようとする女騎士の両手をひとまとめにし、
制服から剥ぎ取った帯剣用のベルトで縛り上げた。
話し合って解決しようとユマが油断していたせいもあったが、単純な力比べなら男の方に
分があった。

「女ならば、他にも沢山いるではないですか!」

ユマの声は、ショックで強張っていた。

普段は温厚で聡明な主人が豹変した理由が分からず、ユマは困惑の極みにあった。
十代にして常に何人かの愛人を囲っているクライドが、女に困っているはずはない。
肩の上で短く切りそろえられた栗色の髪と、女だてらに剣を持ち、筋肉質で女性の丸みに
欠ける身体のどこに欲情したのだろうと、ユマは眉根を寄せた。

「あぁ!それ以上は、どうか、お止めください!いやぁあああ!!!」

ユマの懇願を無視し、クライドは女騎士の服の前をはだけさせ、胸を固定する下着をずりあげた。
薄い乳房と桃色の乳首が、クライドの眼前にさらされる。
もうすぐ二十一歳になるユマは、まだ男を知らなかった。


ユマは縛られた両手で懸命に胸を隠そうとしたが、クライドは非情にもそれを押しのけ、
僅かに盛り上がる乳房を強く掴んだ。

「やめてぇええ!!」

ユマは激しく身を捩って抵抗した。
三年間で築き上げた二人の信頼関係が、音を立てて崩壊していくようだった。

「君が悪いのだ……」

クライドが低い声で呟いた。
ユマの腕を頭の上までどかすと、微かに反応を示す乳首を口に含む。

「いや、こんなの」

ユマの藍色の瞳に涙が滲んだ。

クライドの愛撫で、ユマの両乳首は痛々しいほどに固くなり、白い乳房には所々に
赤い鬱血の斑紋がつけられた。
その膨らみの上下には、いくつかの古い傷跡が残っている。
なかには、クライドと一緒に戦場を駆け、負傷したものもあった。

クライドは目を細め、脇腹にある傷跡のひとつに優しく手を這わせた。

「こんなことをして何になりましょう。もう、やめてください」

クライドの手の動きが落ちついたのを見て、ユマは神妙に頼んだ。

「これは、二年前に北の蛮族を討伐したときに負った傷だな。
あのとき僕たちは、陽動作戦で深追いし、同じ隊の味方もすべてやられて、
二人で孤立してしまった。
もうダメだと思ったが、僕たちは救援がくるまで持ちこたえた。
あのときは、君がいてくれて、本当に心強かった」

遠い目をするクライドに、ユマも当時のことを思い出す。
男に押し倒されている状況を忘れて、神懸り的に強かったクライドの勇姿を思い浮かべた。

「君が背後にいるなら、いつまででも戦える気がしていた」

ユマは無言で頷いた。
実際は、救援が駆けつけたところで、二人とも立っていられないほど疲労していた訳だが、
戦っている最中は、このまま二人でずっと戦っていたいとさえユマは思っていた。

クライドが傷跡をそっと指でなぞると、ユマは脇腹に痺れを感じた。
つるりとした表面の傷跡は他の皮膚と感覚が異なるのだ。
脇腹の痺れは、唾液に濡れて感覚が過敏になっている乳首にも飛び火する。

「やめて、殿下……」

ユマは目で訴える。
戦場で、かつてないほどの一体感を共有した貴重な関係を壊したくなかった。

しかしクライドは、そんな女騎士の思いを踏みにじるように、ユマのズボンに手をかけた。

「駄目!」

ユマは目を強く瞑り、反射的に腹筋を使って上体を起こした。
クライドの重心が下に移動していたこともあり、すんなりと置き上がれたユマは、
身を守ろうとする本能のままに、クライドに勢いよく上半身をぶつけた。

「っ!」

想定外の反撃に、クライドは寝椅子の端に弾き飛ばされた。
ユマは、寝椅子から降りて、窓際まで逃げる。
部屋から出て行かなかったのは、今の自分の格好を考えた結果だった。

「僕に抱かれるのが、そんなに嫌か!!」

クライドが怒鳴った。
その口元には血が滲んでいる。ユマの頭突きが当たったのだ。

「殿下!どうか、冷静になってください!
私は……、私は来春嫁ぐのです。
殿下の一晩のお戯れで純潔を失うわけには……」
「黙れ!」

クライドは強く奥歯を噛み締めた。

「誰が、騎士を辞めるのを許した?」
「陛下に許可を頂きました。来月には正式に解任手続きを……」
「相手は二まわりも上の男だぞ。それに再婚だ!」
「貴族の結婚など、みんな似たようなものです。
家同士の利益のためにするのですから。
それにこの縁談は、大臣閣下からのお話で……」

断わることができない。
手の自由を奪われている状況と、結婚への不安からか、月明りが差し込む窓辺に佇む
女騎士の姿は儚げだった。

クライドは、自分の妃候補の中に大臣の娘がいるのを思い出し憤然とした。

「君が断われないのなら、僕が破談にしてくれる」

クライドの申し出に、ユマは首を横に振った。

「なぜだ!?」
「もう、限界なのです」
「いくら男より体力の衰えが早いとはいえ、君は、まだ十分現役で戦える!」

いつも落ち着いているクライドが、焦りも露わに声を荒げていた。

「……体力のことではありません。辛いのです」

ユマは藍色の瞳を伏せ、唇を噛み締めた。

「何がだ!?」
「お許しください。殿下。私は騎士を辞め、嫁ぎます」

クライドの問いに、ユマは答えなかった。

「ユマ!!」

クライドが寝椅子から立ち上がり、ユマのほうへ一歩歩み寄ったときだった。
ユマは縛られた両手で短剣を取りだし、自身の首筋に刃を向けた。

「何をする!?」
「近づかないでください!

それ以上近寄ったら……自ら命を断ちます!」
ユマの声は真剣で、鬼気迫るものがあった。
クライドは、胃の府から込み上げる強烈な吐き気を堪えた。

「君は!――それほどまでに、僕を拒絶するのか!?」

焼けつくほどの悲しみは、憎悪にも似て紫色の瞳を焦げつかせていた。
クライドの激情が自分に向けられていることに、ユマは心を震わせる。

「違うのです!これは私のわがままです。
私は貴方の唯一の女でいたい。
一緒に戦場で命をかけた唯一人の女に。
……そうなれば、剣に捧げたこの身も救われましょう。
だから、ここで抱かれる訳にはいかないのです。
関係を持った沢山の女の一人に成り下がってしまうから……」

戦場での二人は、お互いに命を預け、他の誰も割り込めないほどに固い絆で結ばれていた。
その自負を胸に、ユマはこれからの人生を生きようと思っていた。

「それは、僕の気持ちを踏みにじってまで、貫き通すものなのか」

クライドは毛足の長い赤い絨毯に視線を落とし、力なく呟いた。

「殿下の気持ち?」

ユマの鼓動が一際大きく脈打つ。

「君を愛している」

ユマに熱い視線を投げ、クライドははっきりと言い放った。

「からかわないでください!」

ユマは耳まで真っ赤に染め上げて叫んだ。

「からかってなどいない!」

クライドの反論に、聞きたくないとばかりに、ユマは首を左右に振って後退る。

「私は殿下の愛人を何人も知ってます。
皆、可愛くて、華奢で、女らしくて、私とは正反対だった」

愛人たちを見るにつけ、自分がクライドに愛される日などくるはずがないと思っていた。
だから、身体の繋がりより、戦場での心の繋がりの方が重いと、ユマは自分を納得させてきたのだ。

「愛人の容姿は、僕が君を好きだということの否定にはならないよ」
「そんなこと、信じられません!」

ユマは短剣を強く握り締める。
藍色の瞳には涙がたまり、今にも零れ落ちそうだった。

クライドは大きく溜め息をついた。

「どうして、君はいつもそう頑ななんだ……
誰よりも騎士らしく、常に清廉潔白で、剣のみを愛して男には目もくれない。
色んな愛人を君にわざと引き合わせたりもしたが、顔色一つ変えなかった」
「な、……酷い!わざとだったのですか?」

愛人たちの元に通い、彼女たちを愛でるクライドの姿を垣間見るにつけ、
ユマは胸が張り裂けんばかりだった。
女としてクライドに愛される彼女たちが羨ましい。
そう自覚したとき、ユマは戦場での心の繋がりが意味のないもののように感じてしまった。
強い羨望の感情は妬みを孕み、ユマはクライドの側にいることに見切りをつけた。

堪えきれず、ユマの瞳から涙が零れ落ちる。

「少しは、妬いてくれていたのか?」

ユマの様子が緩やかに変わりつつあるのを感じ、クライドは余裕を取り戻した。

「……」
「君を他の男に渡したくない」
「……だからって、こんな」

肌蹴た上着の隙間から覗く、白い乳房につけられた赤い斑紋を目にとめて、ユマは口篭もった。

これをつけたときのクライドは、欲望と怒りの感情を剥き出しにしていて、少し怖かった。
けれど、自分の身体に彼が触れた痕跡が残っているという事実に、ユマの胸は熱くなる。

「ユマ」

気がつけば、クライドはユマのすぐ側まできていた。

「殿下、私は……」

ずっと望んでいたものが目の前にある。
優しく自分を見つめる紫の瞳に目を奪われながら、ユマの唇は本心を告げるために開かれた。

「殿下の愛人が、羨ましくて、羨ましくて仕方なかった……」

震える声でそう呟いたユマの手から、短剣が滑り落ちる。
ユマが自分の顔を両手で覆うよりも早く、クライドはユマを強く抱きしめた。

こんな風に抱きしめられたことは、今までなかった。
クライドの体温と匂いが近くにあって、鼓動は早くなりつつも、包み込まれて守られて
いるような安心感をユマは感じた。

「殿下……信じさせてください」

ユマの瞳から流れ続ける涙を、クライドが拭う。

「ああ」

頷いて、クライドはユマの唇を奪った。



ユマの身体は、男のクライドから見れば、十分に女らしかった。
薄く筋肉のついた身体は、傷跡さえも綺麗に見えて、クライドはことさら丹念に全身を愛撫した。
小ぶりな胸は感度がよく、膣内は男を強く締めつけ、艶やかな唇から漏れる声は甘かった。
破瓜の痛みに耐える顔はけなげで、クライドの精が膣内に放たれると、頬をバラ色に染めて、
幸せそうにはにかんだ表情を見せた。

今、男の腕の中で疲れて眠る寝顔は、まだ十代のようにあどけなく可愛らしい。
その栗色の髪を梳きながら、クライドは、今後どうやって彼女の立場を確固たるものにするか、
算段を巡らしていた。

「とりあえずは、縁談か」

ユマが一晩、王太子の私室から出てこなかったとなれば、縁談はすぐに立ち消えになるだろう。
大臣には釘をさしておかなければと、クライドは考えていた。

「クライドさま……」

ユマの寝言にクライドは破顔する。
考えるのは明日にしようと、ユマを優しく抱きしめる。
軽く唇を重ねると、彼女は「ん」と小さく唸って、クライドに抱きつくように身を捩った。
これほどまでに他人に気を許し、隙だらけの女騎士の姿は初めてで、嬉しくなる。

「おやすみ。僕のユマ」

朝起きて、彼女がどんな顔で自分を見るのか楽しみにしながら、クライドは双眸を閉じた。






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