シチュエーション
![]() 3年前のその日は、塾の帰りだった。 横断歩道を渡っていた私は、突然真横からの光に覆われた。 キキー!! 暗闇に鳴り響く車の急ブレーキの後、 顔をそちらに向ける前に、誰かに後ろから強く腕を引っ張られ、振り子のように大きく後方に振られた。 体が浮き上がった後、地面に腰を打ちつけた衝撃と、目の前の車、鈍い衝撃音。 ドンッ!!! 一体何が起こったのか。 今さっきまで、自分がいたはずの位置にうつ伏せに少年が倒れていた。 だんだんと地面が赤く染まっていく・・・。 「い・・・、いやあああああああああぁ!!」 目覚めたのは、布団の上だった。 ただし自分の物ではない。 「大丈夫か?うなされてたぞ。」 机で勉強でもしていたのか、この部屋の持ち主はこちらを見ずに言った。 端正な横顔は、大人になりきってはいないが少年というには大人びている。 「・・・事故の夢を見てたの。」 「事故?」 ああ、と彼は唇を歪めて哂った。 「俺が、誰かさんを庇ったせいで再起不能になったアレね。」 クックッと自重するような笑い方。 以前の彼なら、そんな笑い方はしなかった。 いつもスポーツマンらしいさわやかな笑顔で明るくてムードメーカーだった。 サッカーの神童といわれてスポーツ推薦で高校に入るくらい才能があって、自分には遠い世界の人だったのに。 彼と私はかつて、いわゆる幼馴染というやつだった。 泣き虫の私は、いつも彼にいじめられてて。 でも、いつも後をついてまわってた。 いつも一緒にいるのが当たり前で、だけどそれは中学に入ったときから変り始めた。 彼は、サッカーを始めてぐんぐん背が伸びだして格好良くなった。 神童と言われるまでになって、ファンクラブとかも出来て。 性格も明るくて、社交的だったから彼の周りには常に人だかりが出来てた。 私をからかってた幼馴染は遠い人になってしまった。 側に居られなくなって初めて、私は彼が好きだったことに気付いた。 中学3年生の時には、お互いもうほとんど会話をすることもなくなったし 高校はスポーツに力を入れてるところに推薦が決まったって言ってた。 高校生になってから、たまに街で見かける事はあったけど 物凄く格好良くなってて、いつも誰かと一緒だから気軽に声なんてかけられるわけもなかった。 私はこっそり試合を見に行ったりして、遠くから見てるだけで満足だった。 偶然。 本当に偶然だったのだ。 あの日、たまたま塾の帰りだった私の後ろに彼が通りかかって。 突然。 私に居眠り運転の車が突っ込んできたから。 何年も口を利いてなかった幼馴染でも、優しい彼は、放っておけなかったんだろう。 私が、壊してしまった。 彼の人生のすべてを。 あの事故のせいで両足を骨折した彼は、普通の運動なら問題ないが元のようにサッカーは出来ないと医者に宣告された。 私を庇ったせいで、私の命と引き換えに彼はサッカーを失ったのだ。 これからだった彼の人生を。 「腹が減った、さっさと飯を作ってくれ。」 事務的な命令口調に、現実に引き戻される。 もう、いじめっ子だった幼馴染も私の憧れだったスポーツ少年もいないのだ。 布団から起き上がると、ひやりとした朝の空気が素肌に触れた。 行為のとき以外に目をあわせてもくれない彼は、私のことを憎んでいる。 「わかりました、ご主人様。」 それでも、側に居て償いたいと望んだのは自分。 今はもう、幼い日の友情など跡形もなく ――あるのは、ご主人様と従順な奴隷という主従関係のみ―― ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |