王と宰相(非エロ)
シチュエーション


「王、王〜!!」

一人の女性が声をあげながら、王宮を歩いている。
女というにはまだ年が若いが、少女では年下過ぎてしまう、そのくらいの年齢だ。
彼女の着ている服は派手さはないが上品なもので、鮮やかな紋章が縫いこまれている。
この国の人間なら当然知っている、代々宰相を出している家の当主の証だ。
しかし今着ているのは彼女の体には大きいサイズの服の様で、どうにも歩きにくそうだ。
案の定、ズボンの裾を踏んでしまい、転んでしまう。

「まったく、なんで私がこのような目に…」

ぶつぶつと言いながら立ち上がる彼女に対して、更にげんなりさせる言葉が飛んでくる。

「宰相様、大丈夫でしょうか?」

彼女はうんざり、といった表情を浮かべながら声をかけてきた下人に対して答える。

「宰相はやめてもらえる?私はただ、父の代理を一時的にしているだけなのだから」
「え、でも王様はもう正式決定だと仰っていましたが」
「本人が納得もしていないのに決まるわけがないじゃない!」
「ひぃっ」
「大体、私がこんな格好しなくちゃいけないのも父が病気になったからだし、父が病気になったのも過労のせいだし、父が過労になったのも王が政務を放り投げるからじゃないの!」
「は、はぁ…」
「しかも父がちょっと体調を崩しただけで隠居を申し渡して、娘に後を継がせろって、無茶苦茶にも程があるわよ!」
「あ、あの…」
「そのうえ父もハイハイとその場で従ってしまって、私の意思も何もないじゃない!」
「お、王様は…」
「そりゃ宰相家の人間だし、いつかは重役を担うことは有るだろうとはおもっていたけど、仕官学校出てすぐの人間にやらせることじゃないわよ!」
「…」
「服だって父の服を借りてるから、着にくいったらありゃしない!…で、王は?」
「あ、え、はい、馬場のほうです…」
「また政務もやらずに…!」

彼女は怒りながらそこへと向かう。下人に目もくれずに。
下人はただ呆と見送る。

『ああ、自分はただ愚痴られる為だけにあるのだな』と思いながら。
目線の先にある彼女は遠くから見ても怒りのオーラが出ている。
そんな得体のしれない力を出しながら彼女は、また転んだ。

「王!!」
「ん〜」

彼女のたどり着いた場所、馬場には男が居た。
青年というには若くなく、壮年というにはまだ早いといったような姿だ。
遠目から見れば武人のような簡素な衣装だが、近くで見ると彼の姿格好が只者ではないと証明している。
馬に乗りながら、何かを考えているよな表情。
部下が明らかに怒っているのも、気にもしていないといった態度だ。

「王、政務もなさらず、ここでなにをなさっておいでですか?」
「ああ、空を見ていた」
「空を?」
「ああ、空だ。宰相、知っているか?空には無数の星があり、そこには我々と同じような人間が住んでいるそうだ」
「それは天文学者とかいう、奇人たちの言い分でしょう?王、そんなことが政務より大切なのですか?第一私は宰相代理です。まだ当主は父のままです」

そろそろ限界なのか、彼女は顔を引きつらせる

「あれ?そうだったっけ?んじゃ今この場で任命する、おまえさんは宰相ね。はい、これで大丈夫、あとの政務は任せたよ」

そう言いながら男は馬を走らせ、王宮から出て行く。

「王!お待ちください!」
「はっはっは、頑張ってくれ宰相様!」

徒歩と馬では到底追いつくことも出来ず、王は城から出て行ってしまう。
おそらく、いつものように狩りにいくのであろう。

「はぁ…」

取り残されてしまった彼女は溜められていく政務をほうっておくことなどできず、とぼとぼと執務室へと向かうのであった。
今まで愚痴として、適当に聞いていた父の苦労を今更ながらに味わいつつ…。






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