硬派な上官の過去
シチュエーション


山々に囲まれたエーレンシュタインは特に抜き出た産業はないが、その代わ
り農業が盛んで食べ物が美味しい。隣国では、この国で作られるワインは高級
品とされ、もてはやされている。
そのエーレンシュタインを治める女王が住まう宮殿の一角、獅子の間と呼ば
れる間に円卓の騎士達が集まりつつあった。今日はニ月に一度の定例会議の日
なのだ。
とはいえ、彼らは既に決まっている議案に目を通し、それを承諾するだけだ。
この部屋が慌しくなるのは戦時下であって、平和な現在では形式上集まってい
るだけに過ぎなかった。

「──オレなんていなくても一向に構わんと思うんだがね、全く」

長い黒髪を乱雑に一つに束ね、無精ヒゲを撫でつつ、グラウドラーは廊下を
歩いていた。
これから半日もの間、拘束されるなどと考えると、それだけで気持ちが滅入る
というものだ。どうにか逃げ出す方法はないものかと考えたが、あの生真面目
なハーシュベルの顔を思い出して、止めた。以前すっぽかした時、耳にタコが
できるかと思うぐらいに説教されたのを思い出したのだ。あれを延々と聞かさ
れるぐらいならば、まだ会議に出た方がマシというものだ。それに、あの男に
は何かと面倒なことを任せてしまっているという罪悪感が、多少なりともグラ
ウドラーにはある。

「お、噂をすれば何とやらだな」

丁度、先の曲がり角からハーシュベルの姿が見えた。どうやら相手はこちら
に気付いていない様子で、歳若い副官と話しているようだ。
全く可愛い子と一緒にいるってのに、無愛想な顔をして──そう心の中でグ
ラウドラーは一人ごちる。
だが部屋に入るとばかり思っていた二人が何故か部屋を通り過ぎ、あろうこ
とか、その先の角を曲がってしまった。一体どうしたのだろうか──むくりと
湧き上がってきた好奇心にグラウドラーは足音を立てずに、そっとそちらを覗
いた。
そして見てしまった光景に、感嘆の声を上げた。

「しょ、将軍っ!誰かに見られたりしたら、どうするおつもりなんですか!!」
「今日はもう会えんのだ。これぐらい良かろう?」
「し、知りませんっ!失礼します!!」

グラウドラーからでも、彼女が顔を真っ赤にしていることは分かった。硬派
で知られる男が、なかなかやるものだと──グラウドラーは感心した。そもそ
も、もうすぐ40にもなる男に女の噂一つ無い方がおかしいのだ。
副官が去るのを確認してからグラウドラーは、にやつく顔をそのままに、彼
の名を呼んだ。

「硬派で名高いシュヴァルベ大将軍が、こんな昼間っから可愛い副官といちゃ
ついていいのか?部下に示しがつかないんじゃないのかあ?」
「グ、グラウドラー殿!?いつの間に!わ、私は貴方のようなことは──」

予想通り動揺するハーシュベルに、グラウドラーは更に追い討ちをかける。

「そんなことを言っていいのか?ん?いい色がついてるじゃないか」

その言葉にハーシュベルは慌てて唇を拭った。だが、そこには何の色も付い
ていない。彼女は気を利かせて色の付くような口紅はしていないのだろう。
だが、それは紛れもなくハーシュベルの失態だ。
腹を抱えて笑い出すグラウドラーに、ハーシュベルはしてやられたと露骨に
顔を顰めた。

「はははは、本当にお前はこういうことに疎いな。そこが可愛いといえばそう
だが」
「グラウドラー殿!」
「まあそう怒るな、ハーシュベル。オレは感心してるんだ。お前が職場で部下
に手を出すまでに立派に成長するとはな!」

我が同士よ、とでもいいだけに馴れ馴れしく肩に手を置くグラウドラーに、
ハーシュベルは呆れたように溜め息をついた。

グラウドラーは円卓の騎士の中でも最も年長者であり、ハーシュベルにとっ
ては頭の上がらない存在の一人だ。彼は現女王アーデルハイネの元教師であり、
彼女のご意見番的存在である。政治・軍事の両方に優れ、古い言い方をすれば、
軍師に当てはまるのかもしれない。
そもそも、大将軍はグラウドラーがなるべき役職だったのだ。
だがそれを彼は、『自分は、いつ女の恨みでベットの中で死ぬかもしれない。
そんな大将軍の姿など国民に見せてはいけない』などと駄々をごねて、結局ハー
シュベルにお鉢が回ってきたのだ。
まさかアーデルハイネが許すとは誰も思っていなかったこともある。だが彼
女はあっさりとそれを認め、その代わりにグラウドラーに円卓の騎士の名を授
け、自分の傍に置いた。確かにそうでもしなければ、グラウドラーという男は、
ふらりとどこかに雲隠れしてしまうような性格の持ち主なのだ。

所詮、口下手な自分が彼に敵うはずもない──ハーシュベルは自分の失態を
恥じた。

「まあ、そんな顔をするなって。オレは嬉しいんだ。お前が誰かを好きになっ
たことがな!あの時以来、お前は傍に誰も寄せ付けなくなっちまったからな」

そういえば、ことあるごとにグラウドラーが女性を紹介しようとしていたこ
とをハーシュベルは思い出した。彼は口も性格も悪いが、それと同じぐらい仲
間思いのところがある。そういうところがあるからこそ、ハーシュベルは彼を
心底憎めないのだ。

「で、随分とご無沙汰だったんだろ?あっちの方はちゃんと勃ったか?何
なら、オレが効き目抜群の薬をプレゼントしてやるぞ?」
「グラウドラー殿!」

その一言余計なのだと言いたげなハーシュベルに、グラウドラーはけらけら
と笑った。


ハーシュベルとレオニーが密かに付き合うようになってから既に半年は経っ
ていた。
二人は何とか時間をやり繰りし休暇を合わせては、デートを重ねる仲になっ
ていた。とはいえ、その大半がハーシュベルの本探しにレオニーが付き合うと
いうだけものなのだが、二人はそれでも十分楽しかった。
そして最後にレオニーの好きなカフェに寄り、お茶をして別れるというのが
常だった。

(「本当に私服の将軍って正体がバレないのね……どうしてみんな気付かない
のかしら……不思議」)

向かいの席で珈琲を飲むハーシュベルを、レオニーはしみじみと見てそう思っ
た。
変装している訳でもないのに、今まで一度も彼は正体を気づかれたことがな
い。これならば、以前からハーシュベルが一人で街中を歩いていたのも理解出
来る。副官としては、あまり褒められた素行ではないのだが。

「君はこれから予定は何かあるのか?」
「いいえ、特にありません。このまま宿舎に戻るつもりです」
「そうか」

レオニーは現在、家を出て女性士官の独身寮に住んでいる。一応規則で門限
はあるのだが、それは士官学校時代とは比べ物にならないぐらい緩いものだっ
た。だから、よほど遅くないかぎりは何か言われたりはしないだろう。
珍しく歯切れの悪いハーシュベルにレオニーは首を傾げた。彼が気懸かりと
する用件が分からなかったのだ。執務のことだろうかと、頭の中で瞬時に照ら
し合わせてみたが、特に見当たらなかった。

「ハーシュベル閣下?」
「あ、いや、何だ……君さえ良ければ、私の家に来ないか……と思ってだな……」

まさか彼がそんなことを考えていたなど思ってもみなかったレオニーは一瞬
唖然としてしまった。そんな彼女の反応に、ハーシュベルは慌てて、

「い、いや、今の言葉は忘れてくれ。独り言だ」

自分でもらしくないと思ったのか、話の続きを遮るように、空のカップに口
をつけてしまう。
そんな彼の態度にレオニーはくすりと笑ってしまった。10歳以上年上の男性
に可愛いなんて失礼だと思うが、普段の彼を知っているだけに、そのギャップ
が堪らなく可愛く見えてしまう。

「それなら、私が勝手に閣下の後を追いかけても見逃して下さいますよね?」

悪戯っぽくそう口にした彼女に、ハーシュベルは思わず持っていたカップを
落としてしまいそうになった。

ハーシュベルの宿舎は高級住宅の一角にはあったが、大将軍という地位から
すれば小さいであろう一軒家だった。通された室内は驚くほど綺麗で──とい
うよりは必要最低限の家具しかなく、うず高く積まれた足の踏み場もないよう
な本だらけの部屋だけが、ハーシュベルの趣味を表していた。その量に、何度
見てもレオニーは驚いてしまう。

「また量が増えたんじゃありませんか?」

そもそも電子書籍が普及しているというのに、わざわざかさばる冊子を好む
という事態が珍しいのだ。うず高く積もれた本の山は、少しでも触れば雪崩が
起きてしまいそうだった。

「一度ちゃんと整理した方が良いですよ。……聞いているんですか?将軍?」

一向に返事の返ってこないハーシュベルの名を何度も呼んでいると、いきな
り背後から抱きつかれてしまった。

「ちょ、しょ、将軍!!」
「──時間が惜しい」

まるで待ち焦がれているといいだけな彼の声に、レオニーは顔を真っ赤にさ
せた。

こういう時、不意打ちだとレオニーは思う。
誰もが抱く堅物の冷血漢のハーシュベルからは、こんな姿は想像できないだ
ろう。そんな彼から全身で求められることは嬉しいのだが、まともに男性と付
き合うのが初めてのレオニーには戸惑いを隠せないのが本音だ。
面白みの無い仕事一筋のハーシュベルと、こんな風に年下の自分に甘えてく
るハーシュベルが同一人物なんて、誰が思うのだろか。

「で、でも、まだシャワーも……」

心の準備が欲しいと言いだけなレオニーの唇をハーシュベルは強引に塞ぐと、
思考すら溶けてしまうような深い口付けをしてきた。
レオニーの背中を大きなハーシュベルの手の平が撫で上げる。それだけでも、
ぞくぞくしてしまうというのに、同時に舌を吸われ絡め取られると、レオニー
の頭の中は真っ白になってしまい、立ってなどいられなくなってしまった。

「早く君が欲しい」

そんな風に直接的に言わないで欲しい──経験の少ないレオニーが素直にう
んと頷けるはずもない。それでは自分もハーシュベルとしたかったと、厭らし
いことをしたかったと言っているようなものだ。決してハーシュベルとしたく
ない訳ではなくて、厭らしい自分がいるということが恥かしいのだ。
彼はそうは思わないのだろうか──ちらりと見上げたハーシュベルの顔は真
摯にこちらを見ていて、レオニーは慌ててその視線から逃れた。仕事を抜きに
すると、どうも勝手が違うのか、まとも顔が見れなくなってしまう。

「…………レオニー」

低い掠れた声でそう名を呼ばれると、レオニーは真っ赤になった顔を見られ
ないように俯き、おずおずとハーシュベルの背中に手を回した。


「いつ見ても君のここは綺麗だな。緋色とはこうものを指すのだろうな」

ハーシュベルは目の前に移る秘肉をめいっぱいに広げ、滴り落ちる愛液を眺
めていた。当たり前のようにレオニーは止めて欲しいと懇願したが、力の差は
歴然で、逆に彼に見られているということが彼女の羞恥心を煽った。

「やっ、ハーシュベル将軍、あっ、あ、ああ──っ!」

狭い肉洞を両手で広げると、ハーシュベルはそこに舌を捻じ込んだ。溢れ出
す愛液を啜り、広げた花びらを内側を指の腹で触ってやると、レオニーは堪ら
ず声を上げてしまった。
嫌がる言葉とは裏腹に、レオニーの肉洞は更なる快楽をハーシュベルに求め
る。十分に潤んでいることを確認すると、ハーシュベルの無骨な指がゆっくり
とそこに入っていった。
初めての時は指一本ですら無理矢理だったというのに、今はすんなりとハー
シュベルを受け入れてくれる。温んだ肉洞の壁をぐるりと円を描くように撫で
やると、レオニーは背中を大きく反らせて反応した。
眉を顰め、快楽を耐えている姿はハーシュベルの欲情を更に煽る。もっと自
分を曝け出して与える快楽を素直に受け入れればいうのに、それを出せなのは
彼女の経験が少ないのからなのか、それとも恥かしいからなのか──どちらし
てにも、ハーシュベルはそんな彼女が可愛いと強く思う。
彼女を大切にしてやりたいと思い、それを壊してしまいたくなる衝動に駆ら
れる。彼女が他の男を見ないように、ただ自分だけを見ていて欲しいと──な
んて醜い嫉妬だろうと、判っているというのに湧き上がる衝動に眩暈を覚える。
顔を上げると、潤んだ瞳でレオニーはこちらを見つめていた。気恥ずかしそ
うにこちらを見つめる彼女の姿に、どす黒い衝動は押さえ込まれ、愛おしさだ
けがハーシュベルの中に募る。

「将軍、もう、私──。将軍の……下さい……」

それはハーシュベルにとっても待ち望んでいた言葉だった。

「あっ、あ、ああっ──」

ハーシュベルの赤黒く腫れ上がった太い肉棒を受け入れ、レオニーは思わず
身体を捩じらせた。肉洞は潤ってはいるものの、彼のものはあまりに大きく、
まだレオニーにとっては快楽よりも痛さの方が強い。
それでもしっかりとハーシュベルに抱きしめられると、それだけで痛さが和
らぐのだから不思議だ。彼の体重もかかり重いというのに、それが酷く安心す
る。縋るようにレオニーがハーシュベルの背中に手を置くと、いきなり抱き上
げられてしまった。

「辛くは?」
「……平気、です。でも……」
「でも?」
「お腹に何かに刺さってるみたいで……変な感じがして……。…………どうし
ましたか、将軍?」

ふと見ると、ハーシュベルは顔をそむけ、口を手で覆っていた。とろんとし
た目でレオニーが不思議そうに彼の名を呼ぶと、

「……そういう言葉を無意識に口にしないでくれ」

困っているのが口調からも窺えて、レオニーは首を傾げた。するとハーシュ
ベルはわざとらしく、こほんと咳払いを一つして、

「抑えが効かなくなる」
「何の……?」
「…………自制心が押さえきれなくなると言っているんだ」

これでも優しくしているつもりなんだと言いたげに、ハーシュベルは恨めし
そうにレオニーを見つめた。

「でも、本当のことです」
「だから、困るんだ」

もっともっと行為を強請ってしまいたくなるじゃないか──ハーシュベルは
それを口にすることは無かったが、レオニーの唇にやんわりと自分の唇を押し
付けると、ゆっくりと腰を動かし始めた。このまま喋っていたら、それこそ、
どうなるか分かったものではない。

「あっ、やっ、ま、まだ話の途中で──ん、んんっ、」

ハーシュベルが動く度にレオニーの唇から甘い声が漏れる。必死になって口
を閉ざす彼女の唇をハーシュベルは強引に割ってしまう。それにもレオニーは
嫌がるように顔を叛けそむけるのだが、ハーシュベルはそれを追いかけ、濡れ
た下唇を甘噛みした。

突っぱねようとする彼女を意図も簡単に押さえ込み、徐々に動きを早めてい
く。浅い場所をゆっくりと突付くようにするかと思えば、レオニーの身体が反
動で離れてしまうかと思うぐらい深く突き上げみたり、狭い肉洞に擦り付ける
ように肉棒を押し付けてくる。
そして、ある場所に当たるとレオニーは息を呑んだ。

「やっ、そ、そこは──」
「分かってる。ここは君が好きな場所だったな」
「ち、違いま──ああんっ!」

既にレオニーの弱い場所は把握済みだ。ハーシュベルは意地悪く口元を緩め
ると、重点的にその場所を攻めた。その場所に当たる度に、レオニーの身体は
大きく震える。ねっとりと絡みつくような肉洞の動きに、流石のハーシュベル
も顔を顰めてしまう。
ちりちりとこめかみが痛いほどの締め付けに、ハーシュベルは負けじと動き
を早める。これでもかと言わんばかりにレオニーの奥深くに打ち込むと、彼女
は息を詰まらせ全身を震わせた。そして次の瞬間、がくりとシーツの上に身体
を沈ませる。全身が桜色に染まった彼女の身体はあまりに艶っぽかった。

「…………将軍?えっ、ま、まだ──ちょ、待って──」

ハーシュベルはぐったりとしたレオニーの身体を反転させると、膝を立たせ
た。それだけでも達したレオニーには堪らないものだというのに、ハーシュベ
ルの肉棒は更に硬さを増しているようにさえ思えた。
しかも、そんなもので達した後で過敏になっている場所を弄られてしまって
は、レオニーはどうすることもできなかった。ただ、ハーシュベルに与えられ
る快楽をそのまま受け入れてしまうしかない。結果、彼が身体の芯を押し上げ
る度に軽く達してしまった。
曖昧な意識の中でも、内股を流れ落ちる滴をハーシュベルが掬い取り、めく
れ上がった花びらに塗りたくるように触られると現実に引き戻されてしまい、
レオニーは酷く興奮してしまった。
更に追い討ちをかけるように、耳元でハーシュベルが囁く。

「恥かしがることなど無い。何度でも逝くといい」
「で、でも、ハーシュベル将軍、」
「何だ、反論する余裕がまだあるのか」
「ち、違い──ああっ、もう、人の話を最後まで聞いて下さい──!」

がくがくと振り子のようにレオニーは身体を揺らし、シーツをくしゃくしゃ
にするほど掴んだ。一度でも知ってしまった身体は、恐ろしく貪欲に快楽を貪
ろうとする。腰を抑えていたハーシュベルの手が揺れる胸を鷲掴みにし、ぴん
と起き上がった蕾を何度も押しつぶすと、レオニーは顔をシーツに押し付けて、
それを耐えようとした。だが、耐える間も無く激しく腰を突き上げられると、
全身が大きく震えた。
また逝ってしまう──そう思ったと同時に、ハーシュベルの肉棒もレオニー
の肉洞で大きく弾けた。
腹に溜まるような熱い精液に、レオニーは戦慄くように甘い声を上げ、シー
ツに沢山の染みを作ってしまった。

「レオニー。今日の会議は遅くなるはずだ。定時になっても戻ってこないよう
だったら先に帰ってく構わない」

必要な書類を彼女から受け取り、ハーシュベルは襟元を直した。頷くレオニー
に小さく微笑むと、足早に執務室を出て行った。見送った後で、レオニーは話
したいことがあったのを思い出した。だが、それは職務には関係ないプライベー
トな話だ。彼が暇な時にでも話せばいい、そう思い直し、書類を整理している
と、インターホンが鳴った。
ハーシュベルが忘れ物をしたとは到底思えない、誰だろうかと机上のモニタ
で確認すると、レオニーは自分の目を疑った。
慌てて扉を開けると、

「フロイラン・レオニー。初めまして」

そこには、にこやかに微笑むグラウドラーが立っていた。

「何か御用でしょうか、グラウドラー閣下。シュヴァルベ将軍ならば、会議で
席を外しておりますが……」
「今日はムサイあいつじゃなくて、君に用事があってきたんだ」

冷ややかなレオニーなどお構いなしにグラウドラーは扉に寄りかかった。に
こりと微笑む彼にレオニーは一層不信感を抱いてしまう。
レオニーもグラウドラーの噂は知っている。というよりは、国中で彼のこと
を知らない者はいないであろうぐらい、彼の女癖の悪さは有名なのだ。彼とベッ
トを共にした相手は、エーレンシュタインの山の数ほど多いとか、彼は毎晩別
の女性と夜を共にしているとか──そういう噂にこと欠かない人物なのだ。
遊ばれてもいいから彼と一夜を共にしたいなどという同僚もいるが、レオニー
は無愛想な男以上に、軽薄な男が嫌いだった。
どうせハーシュベルの副官ということで、からかっているだけなのだろう。
あまり関わりたくないとレオニーは話を切り上げてしまおうと思っていた。

「ハーシュベルはあれでも私の可愛い同僚なんでね。君はあいつの過去を知っ
ているのかい?」

そう尋ねられるまでは。

運悪くその日は会議が長引いているらしく、ハーシュベルは定時になっても
執務室に戻ってくることはなかった。定時になると有無を言わせない様子でグ
ラウドラーがやってきてしまい、レオニーは断る理由を失ってしまった。
いや、それは言い訳だとレオニーは思い直した。ハーシュベルの過去という
言葉に無視出来なかったのだ、自分は。

遊びなれたグラウドラーらしく、連れていかれたバーは酷く洒落た店だった。
ハーシュベルならば選ばないでろう店に、レオニーは少々戸惑った。こんな大
人びた店は彼女も入ったことがないのだ。

「まずはお近づきになった記念に、これをどうぞ」

慣れない雰囲気に困惑した様子でレオニーが座っていると、グラウドラーが
手馴れた様子で、カクテルを一杯差し出してくれた。

「おかしなものは入っていないから安心なさい。オレはあいつとサシで決闘す
るほど命知らずじゃないからね」

それを鵜呑みにするつもりもなかったが、ここまで付いてきて断るというの
も彼の面目を潰すことになってしまうだろう。レオニーは恐る恐るグラスに口
をつけた。

「……美味しい」
「だろう?ここのバーテンダーは天下一品なのさ。いい店だからって、あい
つも連れてきたことがあるんだけどなあ」

確かにいい店だとは思うが、ハーシュベルは気取って飲むよりも、自宅で手
酌酒をしつつ本でも読んでいる方が好きなのではないかとレオニー思うし、そ
ちらの方が似合っているような気がする。

「で、いきなり本題に入っていい?」
「はあ……」

まるで友達に話しかけるようなグラウドラーの口調に、レオニーはどう返事
をしていいのか分からなかった。彼といると、うっかり彼のペースにハマって
しまうような気になり、多分それが彼を慕う女性の多さに繋がっているような
気がする。相手の不安感、不信感と取り除くという点に関しては、グラウドラー
の右に出る者はいないのかもしれない。

「あいつ、君に自分のことを何か話したかい?」
「何かというは……どういうことでしょうか」

レオニーの反応に、グラウドラーは少しだけ顔を顰めた。

「やっぱり何も言っていないのか。そして君は何も知らない……まあ、当然と
いえば当然のことか」
「グラウドラー閣下の仰りたいことが、私には理解できません」
「まあまあ、そんなに焦りなさんな。ちゃんと教えてあげるから。あいつと本
気で付き合うのならば、知っていた方がいいことだろうからね」

そこで間を置くようにグラウドラーもまた注文したウィスキーで喉を潤し、

「あいつはね、若い頃、手痛い失恋してるのさ。昔から女には奥手だっだが、
それ以来、輪をかけて酷くなった」
「将軍の御歳を考えれば、そういった経験があっても当然だと思いますが」
「まあ、普通ならね。だが、相手が悪い」
「どのようなお相手だったのですか?」

ハーシュベルは大将軍という地位にはいるが、元々は下級貴族の生まれで、
決して恵まれたものではなかった。レオニー自身は気にしないが、そういった
ことを気にする者が多いのも事実だ。彼の失恋もそういった類なのだろうかと
レオニーは思ったが、グラウドラーが口にした真実はそれを遙かに上回る内容
だった。

「あいつはアーデルハイネの最有力婿候補だったのさ」
「で、ですが、女王陛下とヴァール兄様は恋に落ちて結婚なさったはず……」

長い戦争で荒廃しきったエーレンシュタインの王位に即位した彼女を影で支
えたのは他ならぬシュヴェールヴァールだ。それはそれは美しい恋物語として、
今も吟遊詩人達のもっぱらのモチーフとされている。レオニーも結婚式での二
人の幸せそうな姿をよく覚えている。

「ああ、そうさ。当の二人はな。だが、家臣達の思惑は違っていた。ディラス
トとの戦争で英雄に祭り上げられたハーシュベルの方が、アーデルハイネの夫
として国民にうけがいいと踏んだのさ。ハーシュベルが夫になったとしても、
あいつには後ろ盾がないしな、いざとなれば御しやすいとでも思ったんだろう」
「でも、ハーシュベル将軍は知ってしまった……」

それを知ってまで、ハーシュベルが女王との婚姻を望むはずがない。自ら引
いたことぐらい、レオニーも判った。
彼が今まで浮いた話一つなかったのには、そういう理由があったのだ。それ
と同時にある疑問がレオニーの中に湧き上がった。

「──グラウドラー閣下」
「何か質問でも?フロイライン」
「ハーシュベル将軍は……どうしてそのことを私に黙っているのでしょうか?」

その問い掛けだけはグラウドラーは答えなかった。

「それは、あいつ自身に聞かなけりゃ判らん質問だろう?オレが答えていい
ような質問じゃ、ないな」

レオニーは黙って、グラスに映る自分の姿を見つめた。


それから数週間後、ハーシュベルはシュヴェールヴァールに誘われ、高級士
官専用ラウンジにやってきていた。
ハーシュベルも酒は好きだが、気取った店内でゆっくり飲むというような習
慣がなく、一人で足を運ぶことは滅多にない。すると、そこに更に珍しい相手
が座っており、こちらに手招きをしていた。

「ここは女性がいないから来る意味がないのでは?」
「昔のこと思い出してネチネチ言うなんて、女に嫌われるぞ?ハーシュベル」
「私は女性に好かれたいと思っておりませんので、気になりません」
「特定の女性からは、どうなんだ、ん?」
「何!ついに好きな女性ができたのか?ハーシュベル」
「グラウドラー殿!」

聞いていないとばかりにシュヴェールヴァールに詰め寄られ、ハーシュベル
はグラウドラーを睨みつけた。だが、グラウドラーは全く気にしない様子でそ
んな二人のやり取りを面白そうに見ている。

「お前もよく知っている相手だよ、ヴァール」
「酷いじゃないか、ハーシュベル。親友だと思っていたのに、そんな大切なこ
とを黙っておくなんて!」
「そう睨みつけるなよ、ハーシュベル。こういうことは何れ知れ渡る。それに、
ヴァールには知る権利があるはずだ。お前に彼女を紹介したのは、こいつなん
だろう?」

紹介──?シュヴェールヴァールは首を傾げた。そんな相手を自分は紹介
しただろうかと言いだけな彼に、ハーシュベルはグラウドラーの言い分を認め
た。彼の言っていることは間違ってはいない。ただ、方法が手荒いだけなのだ。

「…………レオニーのことだ。シュヴェールヴァール」
「レオニー!?ちょっと待て、彼女と幾つ歳が離れていると思ってるんだ」
「15だ」
「15って、そう当然のように言ってくれるなよ。…………お前、本気なのか?」

それに迷い無く頷く旧友に、シュヴェールヴァールは喉に出かかった言葉を
飲み込んだ。

「レオニーは歳のわりには、しっかりした子だ。お前たちが真剣に付き合って
いるのなら私は応援するよ、ハーシュベル。お前があの子を泣かすような真似
をしないことは誰よりも私が知っている。…………しかし、なあ……」

どうしてもシュヴェールヴァールには幼い頃のレオニーの姿が鮮明で、彼女
がハーシュベルと付き合っている光景が想像できないでいた。自分を慕う彼女
はまだ幼く、恋愛など物語の世界の出来事だと思うぐらいの歳だったというの
に。

しかし、すぐにシュヴェールヴァールはある問題に気付いた。

「だが、レオニーは見合いをする為に実家に戻ったはずだが……」
「見合い──?」
「ああ、レオニーの両親がやたらその気でな、断りきれなかったんだろう。お
前には言っていなかったのか……」

言い淀む旧友にハーシュベルは内心動揺していた。実際、彼女は先週から実
家に戻らなくてはならないのだと休暇を申し出た。そういえば、あの時の彼女
は珍しく落ち込んでいるようだった。何か思うことがあるのならば、実家でゆっ
くりと休むのも良い機会だろうとハーシュベルは思い許可したのだが、まさか、
そういうことだったとは──。

「裏切られたなんて思うなよ、ハーシュベル。それは彼女も同じなんだからな」

まるでハーシュベルの心の内を見ているかのようなグラウドラーの言葉に、
彼は顔を強張らせた。意味深な発言をする時のグラウドラーは、全てを読み解
いていることをハーシュベルは長い付き合いで知っている。こうやって三人で
いるのも──彼の思惑の一つなのかもしれない。

「まさか、彼女に何か──」
「なかなか感が良くなってきたじゃないか、ハーシュベル。彼女には知る権利
があるだろう?お前とこの先、真剣に付き合うんなら尚更知るべきことだ。
話していないお前が悪い。だが、彼女はお前と本気で付き合う気はないようだ
な。お見合いをするとなると」
「私のことは何を言っても構いません。ですが、レオニーを愚弄するのはグラ
ウドラー殿であっても、見逃すことは出来ません!一体、何を彼女に吹き込
んだのですか!!」

いきなり胸座を掴みかかってきたハーシュベルに、グラウドラーは怯むこと
はなかった。全てを悟りきったような冷たい視線で、

「お前の想像していることだよ。そこまで想う相手に、どうして教えてやらな
い。彼女は酷くショックを受けていたぞ?心から信頼していた相手に、信頼
してもらえていなかったのだと、そんな顔をしていたな」
「それは──」

かっとなった身体に冷や水を浴びせられたように、ハーシュベルは手を放し
た。その表情は悲痛そのもので、

「あの時の私は愚かだった。上手い話に乗せられて、物事の真実を何一つ見て
いなかった。自分が彼らの手駒の一つだったことにも気付かなかった。──貴
方が教えてくれなれば、私は大きな過ちを犯していたに違いない」

20代そこそこで英雄ともてはやされた頃、ハーシュベルは何も知らない若造
に過ぎなかった。女王が自分との婚姻を望んでいるという貴族達の言葉を鵜呑
みにし、周りの忠告に聞く耳も持たなかった。
その時、唯一グラウドラーだけが、ハーシュベルの前に立ち塞がってくれた
のだ。彼が身を挺して説得してくれなければ、ハーシュベルは何も知らにない
まま、女王の夫となっていたに違いない。国も今ように安定せず、戦後の被害
も立て直せず、心から許せる親友を失っていただろう。

「怖いわけだな。愚かな自分を彼女に知られることが」
「当たり前でしょう!彼女はこの地位に就いてからの私しか知らない!!」

祖国の英雄、歴戦の勇者、冷厳な大将軍──どれも、ハーシュベルが望んだ
訳ではない。気付ければ勝手にそう呼ばれ、その印象だけで相手はこちらを計っ
てきた。本当の自分は愚かで、付き合い下手な、ただの本が好きなだけの男だ
というのに。

だが、レオニーは違っていた。
彼女はハーシュベルが恋愛小説が好きであることを知っても、態度を変える
ことはなかった。逆にそちらの方が将軍でいるよりも自然体だと言ってくれた。
そして休暇には嫌がりもせず、楽しそうに自分に付いてきてくれた。そんなこ
とはハーシュベルにとって初めてのことだった。
だから、想いが強くなればなるほど過去を言い出し難かった。彼女ならばこ
んな自分も受け入れてくれると信じても、最後の最後で臆病な自分が顔を覗か
せてしまう。
肌を重ねれば重ねるほど、彼女から離れられなくなってしまっているのは、
いい歳である自分の方だった。

「そこまで解かっているなら教えてやる、ハーシュベル。お前がそこから抜け
出さない限り、お前はどんな相手と出会っても先には進めやしない。結局は手
放す羽目になる。女は利口だよ、ハーシュベル。男の嘘を何れ見抜く」

数多の女性と付き合ってきたグラウドラーだからこそ、その言葉は真実味が
あった。そもそも、彼がハーシュベルをからかうつものでこんな茶番をするこ
となどありえない。ハーシュベルを心配しているからこそ、こんな茶番を演出
したのだろう。

「ハーシュベル、これを」

シュヴェールヴァールは手元にあった紙にすらすらと何か書くと、それを彼
に差し出した。

「きっとあの子はお前が来てくれるのを待っている」
「ヴァール、ついでに何日かこいつを休暇にしてやってくれ」
「ああ、そうですね。レオニーの実家は郊外ですから、日帰りでは戻って来れ
ませんね」

本人を無視して勝手に話を進める同僚に、ハーシュベルは旧友を見返してし
まった。
大本営を取り仕切る大将軍が突然数日も留守にするなど前代未聞だ。しかも
それを宰相が取り成すなど、あってはならないことだ。

「私が行かないと言ったらどうするつもりなんだ」
「私の知ってるハーシュベルはそんなことはしないさ」
「オレもそんな風に育てたつもりはないな。ほら、さっさと行け。もう用事は
済んだだろう?」

グラウドラー殿は放任主義でしょうに──あまりの扱い振りにハーシュベル
は思わず小言が喉にまで出かかったが、それを寸でのところで飲み込んだ。ど
うせ、何を言っても軽くあしらわれるに決まっている。勝負する前から勝敗が
見えている戦いに挑むほど、ハーシュベルも間抜けではない。
とはいえ、このままホイホイと彼らの策に乗ってしまうのも癪で、ハーシュ
ベルは険しい表情を崩さないままコートを羽織ると、そのまま大股でラウンジ
を出て行った。
そんな彼の後姿を見つつ、グラウドラーは楽しそうに酒を煽った。

「軍人なんかとっと辞めて、結婚相談所でも開いた方が楽しそうだな」
「グラウドラー殿なら、どんな職業でも成功しますよ。アーデルハイネがそれ
を許すかどうかは分かりませんが」

珍しく彼が自分の下を訪ねて来て、しかもハーシュベルを誘って連れて来い
などと言った時点で、シュヴェールヴァールも何かあるとは思ったが、まさか
こんなことをだとは思いもしなかった。
心底、相手にしたくない人だとシュヴェールヴァールは思いつつ、今は親友
の恋の成り行きに思いを馳せた。


慌しい家の様子にレオニーはうんざりした様子で窓の外を眺めていた。
両親は古風な人で「女性の幸せは結婚」という考えの持ち主だった。確かに
好きな相手と一緒にいられるのならば、それは幸せかもしれないが、頭ごなし
にそれを求められると、もっと別の世界を見たい気持ちが強くなってしまう。
レオニーが軍人を志したのは、ヴァール兄の影響もあるが、外の世界を見てみ
たいという気持ちも強かった。

母から見合いの話が来た時も断るつもりでいた。
ハーシュベルにも話し、両親に付き合っていることを教えたいと言うつもり
だった。そうでもしなければ母は引き下がらないことを知っていたし、嘘をつ
くこともしたくなかった。
だが、母に話せば自分達が付き合っていることは気付かれてしまうだろう。
だからハーシュベルに相談するつもりだったのだが、タイミングが悪いことに、
そんな時グラウドラーに出会ってしまったのだ。そして、彼の過去を聞いてし
まった。
ハーシュベルの歳を考えれば今まで女性と付き合っていなかった方が不思議
だろうし、その名声から女王の伴侶として名が上がってもおかしくはない。
レオニーも気にせず予定通り、彼に見合いの話をしても良かったはずだ。だ
が、どうしても言い出せなかった。
秘密にされていたことが悲しかったのではない。裏切られたなど思ってもい
ない。
もし周囲に付き合っていることが知られれば、真面目なハーシュベルは嫌で
も自分と結婚を意識してしまうだろう。好きな男女が付き合えば、何れその先
には結婚があるのは当然といえば当然かもしれないが、まだ二人はそういう話
を一度もしたことがない。
それだというのに、責任を感じて結婚をしてくれたとしてもレオニーは嬉し
くないし、もし今でもハーシュベルがまだ女王のことを想っていたりしたら──
そもそもレオニーを選んでくれるはずがない。
いや、それも全て言い訳だ──レオニーは思い直した。
信じられなかったのだ。彼にではなく、自分に。
ハーシュベルの人柄を誰より知っているはずなのに、最後の最後で彼を信じ
られなかったから、告げられなかったのだ。もしこれがきっかけで、今までの
付き合いが変わってしまったらと──そう考えてしまった。
ただ好きで、ただ彼の傍にいたいだけだというのに、それだけでレオニーは
十分なのに、どうしてそれだけではいられないのだろう──。

だがレニーは家に戻ることで一度彼から離れ、自分の気持ちを冷静に見つめ
直すことができた。
帝都に戻ったら、ハーシュベルにきちんと話そう。きちんと話し、彼の気持
ちを確かめ、これからどうするか二人で考えよう──そう思い至った。
何より彼に嘘を付き通すことが心苦しい。例え彼がどんな答えを選択にする
にしても、それが彼の出した答えならば、レオニーはそれを受け入れるつもり
だ。彼はきちんと考えた上でレオニーを見て、答えてくれるはずだ。それにレ
オニーは応えたかった。

「……今頃、何をなさってるんだろうな……ハーシュベル将軍」

執務室で見る険しい表情の上官の横顔を思い出し、レオニーは窓の外を眺め
た。すると、門から一台の黒塗りの車が入ってくるのが見えた。
見合い相手の車だろうか、それともまた母が呼んだ商人なのだろうか──ど
ちらにしても、レオニーには関係のないことだ。

「お、お嬢様!レオニーお嬢様!!」

メイドの一人が息を切らせて様子で、ドアを叩いている。何事だろうかとド
アを開けると、

「は、早く玄関まで来て下さいまし!大変でございます!!」
「どうしたの?そんなに慌てて……」

だがメイドは早く来て欲しいの一点張りで、レオニーはそんな彼女の様子に
首を傾げた。母に追い立てられているのだろうかと思いつつも、玄関ホールま
でやって来ると、母が父に支えられる格好で呆然と来客と対峙していた。使用
人達も驚いた様子で来客を見ており、レオニーの場所からでは、丁度、来客の
顔を見ることは出来なかった。だが、ちらりと見えた裾は紛れもなく軍が支給
するコートだった。

「奥様、お嬢様をお呼び致しました!」

その声に来客を取り巻くように見ていた使用人達の波が引く。そこでレオニー
はようやく来客が誰であるか気付いた。

「ハーシュベル将軍!?どうしてこんなところに──」
「レオニー、本当なの?貴方、本当にシュヴァルベ大将軍とお付き合いなさっ
ているの?」

顔面蒼白の母に縋るように問い詰められ、レオニーは驚いた。無意識にハー
シュベルを見上げると、

「突然ですまない。ただ、こういうことは早い方が良いと思ってな。ご両親に
君との結婚の許しを頂きに来たんだが……」
「き、聞いていません!」

寝耳に水の彼の発言に、レオニーは甲高い声で間髪いれずに反論してしまっ
た。
これでは母でなくとも腰を抜かすはずだ。誰がこんな片田舎に、供も付けず
に大将軍がやってくると思うだろうか。
しかし、ハーシュベルは彼女の動揺に全く気にする様子もなく生真面目な顔
で、

「ああ、まずは結婚を前提に付き合うことを許してもらう方が先だったか」

などと言うものだから、レオニーは開いた口が塞がらない。
だけれども、堅物で冷厳な大将軍──そんな世間のイメージとはかけ離れた、
ちょっと抜けているところがある彼がレオニーには堪らなく好きで、周囲の目
を気にするよりも先に、ハーシュベルに抱き付いてしまった。






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