比翼の鳥
シチュエーション


灯りの消えた薄暗い部屋に、諍うような声が響いた。
若い男が、険しい顔で目の前の相手の腕を乱暴に掴んでいる。
腕を掴まれている人物は、黒髪を男のように短く切りそろえ、男物の服を身につけていたが
やわらかな輪郭や、線の細さからまぎれもなく女だと窺い知る事ができた。
長いまつげに縁取られた瞳に強い光を浮かべて男を睨みつけている。

「お離しください殿下。口さがない者どもにこの場を見られればどのように噂されることか」

その言葉に、殿下と呼ばれた男はぎりりと奥歯を噛み締めた。闇に光を弾く金髪がかすかに揺れる。
彼の名はルドヴィクといい、このドゥルーク帝国の皇子であった。
強大な帝国の皇子という誰もがひれ伏す立場の存在でありながら、どこかその立場に
そぐわない雰囲気を持った彼は、まなじりをつりあげると叫ぶようにして言った。

「アディリア、俺の話はまだ終わっていない。……いいか、二度とあんな真似はするな!」

そう言うなりルドヴィクは彼女の肩に目をむけた。彼の瞳に暗い陰りがちらつく。
アディリアの肩の辺りは服がやや裂け、肩章が欠けていた。
彼の表情にアディリアは思わずといった様子でため息をつく。

*******

それは数刻前の事だった。宮廷内にもかかわらず、どこから入り込んだのか
皇子の命を狙う不埒者がルドヴィクに刃を振りかざし、襲い掛かってきたのだ。
武芸のたしなみはあるものの、背後からの襲撃にルドヴィクの動きは一瞬だが
一瞬の攻撃には致命的なまでに遅れた。
だが、その場にいた誰もが凍りついた次の瞬間、彼の代わりに凶刃を受けたのは
彼の従者、アディリアであった。

ルドヴィクはその姿に思わず息をのんだ。
彼をかばう形で飛び出したアディリアの体が傾ぐのを目を見開いたまま見つめる。
そして手を伸ばして彼女の体を受け止めようとしたルドヴィクだったが、
重臣の一人がそれをさせじと抱きとめて押さえる。

「アディリア―――ッ!!」

バランスを崩して床に倒れこんだアディリアの姿にルドヴィクは血相を変えて叫んだ。

一方、標的をしとめ損ねた襲撃者はといえば、皇子を守る兵たちの槍に
囲まれながら不敵に笑っていた。

「……言え!、誰の命を受けて殿下のお命を狙ったのだ」

その問いにも答えることはない。そしてその様子にその場の者達がひるんだ
一瞬をつき、襲撃を仕掛けた男はぐいっと歯を食いしばり、そのままその場に倒れこんだ。
ざわめきが広がっていく。男は、暗殺者によくあるやり方で、奥歯にしこんだ毒をあおって
絶命したのだ。秘密を漏らさぬうちに。

何者が自分の命をプロフェッショナルを雇ってまで狙ったのか。
……異母兄弟か、あるいは妾妃たちのうちの誰かかそれとも自分以外の皇子を
陣営の御旗にかかげる大臣か。

ルドヴィクには敵が多すぎて何者がその企みを謀ったのかは分からなかった。
だが、今の彼にはそんな事はどうでも良いことであった。

自分をかばい倒れた従者、アディリアの姿だけをルドヴィクは必死に見つめていた。
周りの者がアディリアの体をゆっくりと抱き起こす。彼女は手に小刀を握っていた。
それで襲撃者の一閃をからくも弾いたらしい。肩章を切り裂かれただけですんだのは
奇跡だと誰もが感じていた。

それを見やったルドヴィクは、思わず力が抜けたようにがくりとその場に膝をついた。

*******

場が落ち着きしばらく経った後、アディリアはルドヴィクの私室へと呼び出された。
そして、何故あのようなかばい方をしたのかという詰問をされていたのだ。
ルドヴィクの言葉にアディリアは困ったように眉根を寄せた。

「そう仰られましても。わたしは貴方の従者ですから。
いざという時には体を張って御身をお守りするのが使命です」
「俺は……、お前にかばってもらう気なんざ、さらさらない。お前に何かあったら
天園(ヴァルハラ)のグウェンドゥルにどう申し開きをすればいいんだ」

彼が口にしたその名に、アディリアは一瞬顔をしかめてみせた。

「……父は死の直前にも貴方のことを案じていました。だからわたしは
父の墓前に誓ったんです。――貴方の事を、この身に代えても守ると。
女としての自分はあの日に、……父の死と共に捨てました。
今のわたしは男として、従者として、貴方にお仕えする者です。
ですから貴方にどう思われようと、わたしはわたしのやり方で貴方を守ります」

その表情には一筋の迷いもない。ルドヴィクはこめかみを押さえ首を振った。
そして顔を上げると、真摯な瞳でアディリアを見つめた。

「俺がお前を従者にしたのは、ただ、お前に昔のように傍にいて欲しかっただけだ。
そんな事は望んでいない。……頼むから、俺を俺のままでいさせてくれ。
お前だけは俺をこの国の皇子だとかいうふざけた枷にはめ込まないでくれ」

その言葉と彼の視線にアディリアはしばし瞳に迷いの色を浮かべていたが、
ふいにそれらを受け止めかねたように目をそらした。
そして、苦いものを噛み締めるような表情で言う。

「……殿下、こぼれた水がもう元には戻らないように時間は過去には戻りません。
死者も、天園からは戻りません。そしてわたしも……もう、あの日の時のようには戻れません。
それ以外のご命令でしたら何でもお聞きします。ですから……」

その続きがアディリアの唇から零れることはなかった。
ルドヴィクが唇で彼女の口をふさいだからだ。

突然で唐突な行動にアディリアは狼狽していた。
彼の腕から逃れようと必死に暴れるが、ルドヴィクは彼女が暴れれば暴れるほど強く
その細身の体を自分の腕の中に抱き寄せた。

「うっ……んん……」

ルドヴィクの舌は執拗に中へと押し進みアディリアの口内を蹂躙していく。
部屋の扉から入る、かすかな光が二人の影をぴったりと重ねさせていた。
それこそがルドヴィクが求めるものであるかのように、彼はなお強くアディリアの体を抱きしめた。

その、当のアディリアは熱い感触にうろたえ、戸惑っていたが、そのままルドヴィクの背に
腕をまわしそうになっている自分に気がつき、愕然とした。
強い口付けは火酒のようにアディリアを酔わせ、彼女の仮面を引き剥がして素顔をさらさせてしまう。

アディリアは意志の力を総動員すると、ルドヴィクの胸へと手を動かし、
彼を突き飛ばすようにして彼から体を離した。
ルドヴィクが傷ついたように顔をゆがめてアディリアを眺める。
そして困ったような笑みを見せた。

「そんなに俺が嫌なのか」
「…………」

その問いにアディリアはあえて答えずにいた。今口を開けば、何を口走るか分からなかったからだ。
こみ上げる涙を流さずにこらえる。じん、と鼻の頭が痛んだ。
黙しているのを拒絶ととったのか、ルドヴィクは表情を曇らせた。

「そうか……分かった、もういい。……悪かったよ、変な真似をして。もう下がれ」
「殿下……」
「それから……なんだ、何と言ったらいいか……。正直、俺はもう……今の
お前を見ているのは……辛い。だから、俺の傍からは外す。
だが故郷に戻ってもそれなりの職を得るよう取り計らうから安心しろ」

アディリアは耳を疑った。思わずルドヴィクにくってかかる。

「いやです!わたしは貴方の傍を離れる気など毛頭ありません。
お考え直しください、殿下!」
「殿下と呼ぶな!……お前なぁ……っ、俺にどうしろというんだ。
俺の傍にいれば、お前はどうしたって俺をかばおうとするんだろう!?
そんなのはご免だ。お前が死ぬかもしれない目にあう所を黙って見てろというのか?
お前は故郷に戻って、グウェンドゥルの菩提を弔ってやれ」

「父の墓ならば守る者があります。それよりわたしにはすべき事がある。
あなたをお守りする。そのためなら、わたしの身などどうなったって構いません!
そう何度も申し上げたはずです。……どうか殿下、わたしにお構いますな。
もう貴方とわたしの立つ場所は違うのですから」

瞬間、ルドヴィクの瞳に稲光のようにかすめたのは純然たる怒りであった。
ふと俯いたかと思うと顔を上げ、アディリアの腕を掴んで強引に引っぱりながら歩き始めた。
そして低く、呟くように言う。

「来い」
「なにを……」

ルドヴィクが向かう先には寝台があった。
彼が何を考えているかを悟ってアディリアは思わず顔色を変えた。

「殿下!馬鹿な考えはおよしください!」
「うるさい。……殿下という呼び名は嫌いだ」

ルドヴィクは低く呟くと、アディリアの体を寝台へと引き倒した。
したたかに背中から倒れこんだアディリアは一瞬息をつまらせると、
そのままルドヴィクに肩をつかまれ、仰向けに押さえ込まれた。
そしてルドヴィクは膝を立てて寝台のアディリアへとのしかかる。ぎしり、ときしんだ音が響いた。

「殿下……」

身動きのとれないままにアディリアはルドヴィクの強張った顔を見上げた。
幼い頃から知っているその顔は今は別人のようだった。途方にくれた迷い子のような顔だ。

「……それほどまでにお前が『殿下』と言い張るなら俺にも考えがある。
お前は俺の従者だと。『昔のままに』という命令以外なら何でも聞くと言ったな」
「ええ」

ルドヴィクの問いにアディリアはただ頷いた。それが気に入らないのかルドヴィクは
眉根を寄せて更に表情を強張らせた。そしてしばらく逡巡していたかと思うと
重々しく口を開いた。

「……俺に抱かれろ、と命令すればお前は言うことを聞くのか?
どうしても故郷へ帰らず俺の傍で仕えるというのなら、お前には俺の慰み者になってもらうが」

思わぬ言葉にアディリアは思わず目を見開いた。その驚いた様子にルドヴィク自身も
うろたえたようだった。だが、アディリアはルドヴィクが自分の言葉と行動に
迷わぬうちに、答えをためらう事なく口にした。

「それが命令なのでしたら。……どうぞわたしをお好きになさいませ」

ルドヴィクはそれを聞くと喉の奥でくっと笑ったようだった。
そういう笑い方は好きではない、と言いかけてアディリアは唇を引き結んだ。
ルドヴィクの長い指が彼女の胸元を探る。

最初は一つ一つ服のボタンを律儀に外していたルドヴィクだったが、面倒くさくなったのか
次に進みたかったのか、それとも彼女を辱めたかったのか、ルドヴィクはアディリアの
ブラウスを掴むと勢い良くそれを引き裂いた。

「…………ッ!」

布の裂ける音にアディリアは思わず目をつむった。自分で好きにしろと言いはしたものの、
強引な行為である事をまざまざと見せ付けられるのはいい気分ではない。
下着を引き出され、胸元を夜気にさらされるとその気持ちは更に大きくなった。

「ふ……」

ルドヴィクはこぼれおちる果実を受けるような手つきでアディリアの乳房を掴んだ。
柔らかな感触を確かめるようにもみしだく。親指の腹で乳首をなぞるとアディリアが
声を殺してあえいだ。

「我慢せずに声を出せ。反応が薄いのでは楽しみが半減する」

刺々しい声でルドヴィクがそう要求した。だが、わざと意地の悪い言い方をしようとして
言っているのがアディリアにとっては丸分かりで、どう反応していいものやらアディリアは悩んだ。
だが、そのままルドヴィクが彼女の下穿きに手をかけてずりおろし、下腹部にそっと唇を寄せられると
素の反応で声をあげてしまった。

「やっ……」

ルドヴィクはそのまま段々下方へと口付けを繰り返していく。

「ちょ……、いやっ」
「まだ何もしていない」

アディリアの声にルドヴィクは思わず苦笑した。だが、彼女はそもそも内腿が敏感らしく
そこに舌を這わせるとこらえようもない、甘い吐息が唇から零れた。
ずっと触れてみたかったアディリアの肢体。ルドヴィクは夢中になって彼女の体を貪った。

「う……んぅ…」

だが、メインディッシュは最後とばかりにルドヴィクは肝心の部分には手を触れず、
まずアディリアの敏感な部分だけを責め立てていた。
乳首をつまみあげ、刺激しながら腿への口付けを繰り返す。

「あ……ぁっ、………あぅっ」

びくっ、と体を震わせアディリアは声をあげた。執拗な口付けから逃れようとするその体を
ルドヴィクは自らの体で押さえつけた。そして秘匿されていたアディリアの女唇へと指を押し当てる。

「や、嫌ぁ……」
「嫌?本当にそうか?」

ルドヴィクはアディリアの秘裂の、谷の部分に指を添えるとゆっくり刺激しながら何度も前後に動かした。
ざらついた指の感触が、アディリアの快楽の源を刺激して、少しずつ雫となってにじみ始める。

「あ……うぅ……ふぁっ」
「気持ちがいいんだろう?」
「や…っ、そんなこと言わないで、くださ………」

くちゅ、ちゅ、と卑猥な音が聞こえ始める頃にはルドヴィクは指を増やしては
更に深くえぐり、アディリアを嬲っていた。

「あ、あ、あ、……んんっ、殿、下……殿下っ!もうお許しを……」

足を抱えあげられ、花びらを大きく開かされた状態で指淫を受けていたアディリアは
限界を迎え始めていた。追い込まれるものの、あと少しという所でルドヴィクがそれを
止めるからであった。

「楽になりたいのか」
「あっ、おね……がい…」

頬を紅潮させ、首を振りながら訴えるアディリアの耳朶にルドヴィクはそっと触れた。

「ならば、殿下という呼び名をやめろ」
「そ……んな……
「せめて今だけでも昔のように名前で呼んで欲しい。そうしたら楽にしてやる」
「できません……ああっ、んんん……いじわるしないでっ」

刺激をもとめてひくつく女芯をルドヴィクは執拗に指で弄った。

「……お前も、死んだお前の親父も……なんでころっと態度を変えるんだ。
帝国の皇子だなんて、くそくらえだ。俺は、何も変わらない……」

ルドヴィクは独り言のようにぽつりと呟いた。彼はただ瞳を見開いているだけだったが
アディリアは、彼が泣いているのだと思った。
なぜなら彼女の耳には、見渡す限り敵ばかりの地位に押しやられ悲鳴をあげている
彼の声が、しっかりと届いていたからだった。

ルドヴィクはアディリアの足を抱えあげたままゆっくりと彼女の中へと挿入していった。

「ああ、あ―――」

のけぞったまま声をあげたアディリアの腰を掴み、ルドヴィクは自身を中でゆっくりと
動かしていく。生暖かく、きついしめつけがルドヴィクを狂わせていった。

「ひっ、ああっ、ああん……やぁっ、あっあっ」

ルドヴィクに更に深いつながりを求められ、腰を打ちつけられたアディリアは意味をなさない言葉を
何度も叫んでいた。ルドヴィクとアディリアの境目も、過去も、思い出も、どうなるのか
分からない未来でさえ全てが混沌となって彼らを溶け合わせていた。

理性はとうに溶けてなくなり、アディリアは本能のままにルドヴィクの牡を受け入れていた。
彼に応じるように腰を動かしていく。肉と肉がぶつかり合う音と淫靡な水音が薄暗い部屋に響いていた。

アディリアは奥の弱い部分を更に強く突き入れられ、たまらず彼の体にしがみついた。
そして思わずといった様子で叫ぶ。

「あ、ああぁっ、ルドヴィク……ルドヴィク!」
「!!」

久しく呼ばれることのなかった呼び方で自分の名を繰り返すアディリアの声は
ぞくりとルドヴィクの快楽の源を刺激した。

「アディリア、アディリア……」

同じように何度も名を呼び、ルドヴィクは深く体を埋めていきながら彼女の頬に口付けた。
そして快感に総毛立つような吐精感を覚え、そのままアディリアの中へと勢い良く注ぎ込む。
それを全身で受け止めたアディリアは、一瞬体を強張らせて足を突っ張らせていたが
深く息を吐くとそのまま全身から力を抜いた。
痺れるような余韻に浸っていたルドヴィクもアディリアの隣へと倒れこむように横になった。

*******

情を交わした二人であったが、甘い睦言を交わすこともなく背を合わせて共寝をしていた。
ルドヴィクが眠った気配を感じると、それまで彼に背を向けていたアディリアは、そっと
彼を起こさぬように向きを変え、ルドヴィクの裸の背中を見つめた。

右の肩に傷がある。昔、彼が調子に乗って木登りをした時に落ちてできた傷だ。
尾てい骨の上にはほくろが二つ。幼い頃に一緒に水浴びをしたから知っている。
ルドヴィクの事なら全て、こんな風な関係になる前から知っていた。
ふと、アディリアのまなじりにじわりと涙が浮かぶ。

感傷を捨て去るようにぎゅっと目をつぶると、アディリアは寝台を抜け出した。
目を開け、上着を着るとアディリアは身支度を整えた。
そして、ルドヴィクの姿をあえて見ないようにしてアディリアは彼の部屋からそっと出て行った。

――その事にルドヴィクは気がついていた。

アディリアが自分の気配を探っていたので彼は眠った振りをしていたのだった。
一人になって広くなった寝台の上で、ごろりと仰向けになるとルドヴィクは
情交の中で見た、アディリアの泣き顔を思い出す。

(……あんな風に泣かせるつもりではなかった)

自分がしたことは間違いなく陵辱だ。どういったつもりであんな事をしたのか
ルドヴィクも自分で自分の事が分からなくなっており、戸惑いを感じていた。

アディリアの決意は固い。これから先どうあっても臣下として
自分との間に距離を置こうとするだろう。
だからこそルドヴィクは、せめてアディリアの体だけでも自分のものにして
彼女を傍に感じていたいという欲求をとめられずにいた。

それがますます自分たちの間に溝を作ることだと分かってはいても。

(不毛だな、まったく……)

腕を目に押し当てながらルドヴィクは心の中で独りごちた。

夜が明けるまでには、未だしばしの時がある。






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