少年と黒髪の女
シチュエーション


それから十年。
ケンダルは、ディアント領地を離れ首都にいた。
神殿の奥深くに住み、滅多に人前に姿を現さない神々の御子と、その御子により
選ばれた王に仕えることを学ぶためである。

父親に連れられて首都に来たのは、魔女がディアント領地を去った直後。
ディアント領地の子のみならず、地方で育つ貴族階級や領主階級の子弟は、そうやって
若い時期の何年かを首都で過ごすのが慣例だと、ケンダルの父親は語った。

「フェイの病気が気がかりだという気持ちも分かるが、それならまずたくさんのことを
身につけ、成長し、そして責任を負うことを学ばなくてはならない」

ケンダルの父親は、息子が魔女に会いに行ったことを暗に咎めてそう付け加えた。
まだ二、三年は先になるはずの遊学だったが、そのような理由で早まったのだから、
ケンダルは父の言葉に黙ってうなずいた。

首都マナウルは、うっそうとした森を擁する小高い丘を背後に、すっと天へ伸びる
白い建物――父が言うには御子の住まう神殿――が最奥にそびえ立ち、そこから
赤茶けた家々が扇状に広がって、なだらかな斜面を埋め尽くしていた。
その遠望は圧倒されるような迫力があったが、ケンダルのがっかりしたことに、
見た目の華やかさとは逆に、都市の内部は道が狭くごみごみとしていて、
行き交う人々の人いきれで、馬に乗っていても息がつまりそうになった。
それから首都にいる間はずっと、風通しの良いさわやかな空気を求めるように、
ケンダルは心のどこかでディアント領地を恋しく思っていた。

「おい、セラン。こんな話は聞いてないぞ」

そして、十九歳になったケンダルは、今日も同じようにディアント領地を恋しいと思った。
たくさんの女たちの香水と脂粉の匂いは最悪だったし、それらに混ざった隠しようもない
生臭さはもっと気分を悪くさせた。
座高の高い丸椅子に座ったまま、落ち着かずに足踏みする。
その気はないつもりなのに、女たちのひらひらした服装が劣情をそそり、思わず半身を
前かがみにして、ひざの上で両手を組む。

「お前の言っていた、おれを連れていきたい場所ってのが、こんなところだって
知っていたら……」

首都の山の手と下町とを分ける大通り、酒場や賭場が軒を連ねる歓楽街の一角に、
その娼館はあった。蝋燭をふんだんに使った一階部分の酒場も兼ねたサロンでは、
ケンダルの見知った顔がやはり二、三人の娼婦に取り囲まれている。

それら娼婦たちのくすくす笑いに囲まれて、ケンダルは所在無く膝の上のこぶしを握り、
セラン・イリューズの燃えるような赤毛頭をにらみ付けた。
首都でケンダルが世話になっているイリューズの一族、その跡取りであり、同い年の
親友であるセランは、娼館の女主人の乳首の見えるぎりぎりまで肌を露出した胸に、
そばかすだらけの顔を埋めている。

夕方、時間があるなら面白いところに行こうと誘った親友の言葉に、一も二もなく
乗ったケンダルだったが、こんなことのために遊学したのではないのだし、
最近のセランの秘密めかした夜の外出を考え合わせて、行き先をはっきり聞いて
おくべきだったと後悔する。

「なんだよ、ケンダル。そんな仏頂面することないだろ? せっかく、こんな天国の
ようないいところに来ているのに」

セラン・イリューズが胸の谷間から顔を出し、大きな口の端を丸めるように上げて、
にっと笑った。
ケンダルはそれを見て、そういえば初めてこいつに会った時も、こんな悪ガキの
ような笑い方をしていたな、と思い返す。

父親に連れられて初めて入ったイリューズの屋敷の、整然としたしつらえの書斎で、
ケンダルの父親とセランの父親が昔話をしている時だった。
ふと視線を感じたケンダルが廊下に続く扉へ顔を向けると、隙間からのぞくセランの
期待に満ちた目と、愛嬌たっぷりの笑みがあった。
このイリューズの一族は、王に選出されうる八つの家系のうちの一つにあたり、
ディアント領地からだけでなく、さまざまな地域から貴族の子弟を受け入れている。
その中でも、ケンダルとセランは年の近いこともあり、無鉄砲でいたずら好きという点で
気が合い、いつもつるんで行動をしていた。
机を並べて同じ師に学び、剣術や馬術を競い合う。一緒に悪さをして怒られたことも
あったし、お互いに励まし合ったり、相談相手になったりもした。

イリューズの屋敷に預けられた当初、寂しい思いをしていたケンダルを慰めて、
元気づけようとしてくれたのもセランだった。

(なあ、そんなに落ち込むなって。そうだ、俺の秘密を教えてやるよ。だから元気出せって)
(秘密? お前の秘密なんて、せいぜい厨房からお菓子を失敬した程度だな)
(言ったな、ケンダル。……まあ、聞けって)

セランは辺りを見回して人気のないのを確認し、声をひそめて続けた。

(見ての通り、この屋敷と御子さまの神殿は地続きだろ?
で、そこの茂みをくぐると、塀の崩れているところがあって、神殿の中が見えるんだ。
神殿に御子さまに仕える女官は美人揃いだぞ。今度一緒にのぞきに行こうぜ。
もしかしたら代替わりしたばっかりの御子さまも見られるかも知れない。
お前はまだ、御子さまにお会いしたことないだろ? 御子さまはまだお小さくて、
すごく可愛いんだ。ケンダルは会ったことがなくて残念だよ)

(御子さまがなんだよ。おれは魔女に会ったことあるんだぞ)

得意げに御子さま御子さまと繰り返すセランに対し、わけのわからない対抗意識に
駆られ、ケンダルは応酬した。

(アディアは、妹の病気や犬の怪我も治すことが出来るんだ。御子さまは神殿の
奥にこもってるだけじゃないか!)
(御子さまは神々の言葉を人に伝えているんだ。御子さまは偉いよ)
(魔女の方が偉いよ!)

むっとした表情のセランと言い合いになり、最後は顔を見合わせて同時に
吹き出した一場面。

――だからといって、こんないかがわしいところに誘うことないだろう?
相変わらずにやにや笑いを崩さないセランに、しかめ面をするが通じるはずもない。

「なんだ? 初めてだからって怖いのか?」
「この野郎。そんなわけないだろ。呆れているんだよ、馬鹿」

見栄を張っても仕方がないが、セランに怖気づいたと思われるのもしゃくに障る。

「女と寝るくらい……、分かったよ」

覚悟をきめて宣言し、個室のある二階に続く階段を横目でちらっと確認するも、
その誘い込まれるような隠微な薄暗さに、ケンダルはすぐ目をそむける。

「さあさあ、イリューズの坊ちゃん。あんたも初めてここに来た時には似たり寄ったり
じゃなかったかね」

館の女主人はさすがに、セランがげらげら笑うのを鷹揚にいなして、ケンダルへ
顔を向けた。

「それで、まあ一応、聞いておくよ。あんたはどんな娘がお好みだい?
こういう経験が初めてだっていうのなら、やはり初物ってわけにはいかない。
手慣れた相手がいいだろうね」
「好みの女? 好みって言われても」
「髪の色とかさ、何かないかい?」
「えっ……、髪の色なんて、何でも……。いや、それなら……黒で」
「黒、黒と。じゃあ、アイラが空いているね」

女主人はうなずき、ひらひらと手を振って若い娘を呼び寄せ、何事かを言いつける。

「すぐに用意が出来るよ。階段を上がって右側、二番目の扉だ。間違えなさんな」
「あ、ああ。ありがとう」
「何も考えないで楽しむんだよ。それが肝心」

ケンダルは、もうどうにでもなれと言う気分で立ち上がり、自分でも分かるほど
ぎくしゃくと階段に向かう。

「黒髪の女は知的な美人、頭はいいが情がない。金髪の女は豪華な美人、
見た目はいいがおつむはからっぽ。赤毛の美人は情熱的、だけど短気ですぐ怒る。
茶色の髪は気立てがいい、他には取り柄が何もないから」

セランが歌う巷間の戯れ歌を背にして、ケンダルは薄暗い階段を上った。
一階の華やかさから一転、階下から洩れる光だけが頼りの二階では、知らず知らず
のうちに忍び足になる。

――黒髪の女は情がないなんて、失礼なやつだ。
絶対にそんなことない。アディアの髪も黒だったし、自分が首都に来てから親切に
してくれた人にも、黒髪はたくさんいた。
憤慨しながら扉をノックし、答えがあると同時に開ける。

「あら、いらっしゃい。来たわね」

部屋の中には小さなろうそくの明かりが一つ灯っていて、出迎えた女の背が低く、
ふくよかな体型をしているのが分かった。
髪の毛は確かに彼の希望どおり黒々としていたけれども、その表面に艶がなく
両肩に乱れて落ちている様はだらしなく、五歳は年上と検討をつけた年齢よりも
少し老けて見えた。
ケンダルはどこか心の奥で失望したのを感じつつ、薄い下着のようなドレスに
浮き出る乳首と、そこから乳房の下に伸びる影に目が吸い寄せられる。

「あっ、ごめん」

思わず謝罪するが、ケンダルを招き入れる女の歩くに合わせて揺れる乳房から
視線をそらすのは、ひどく努力がいった。

「いいのよ。さ、どうぞ座って」

女に言われて見渡し、部屋いっぱいに占領するベッドに、ケンダルは途方に暮れた。

「えっと……、アイラ?」

椅子を探すのは諦めてベッドの隅に腰を掛け、女の名前を思い出す。
アイラはにっこりと笑って、ケンダルのすぐ隣に寄り添って座った。

「イリューズの坊ちゃんが友達を連れてくるって言うから、どんな男の子だろうって
みんなで噂してたの。名前はなんていうの? 年はいくつ?」
「ケンダル・オブテクルー。今年で……、十九」

乗り出すように体を傾けたアイラの胸が、ケンダルの肘に当たった。
谷間に二の腕を挟まれて、引っ込めようもなく押しのけるわけにもいかず、
弾力がありつつもやわらかな感触に、体の筋肉と別の場所が固まる。
ケンダルは意味もなく指を曲げ伸ばしし、気を紛らわせる。

「イリューズ家で預かる地方の領地の子? 首都で育ったわけじゃないわよね」
「あ……の、……」

彼女の肌から麝香に似た香りが漂ったかと思うと、そっと伸びてきた手がケンダルの
ふとももに置かれた。

「おれが生まれ育ったのは、ずっと北の方にあるディアント領地……で、その……」

膝頭が手のひらに包まれ、そのまま足の付け根まで這い上がる感触。
ふとももの内側にほんの少し差し入れられた指が、薄い皮膚の下の動脈を
うかがうように止まった。

「ディアント領地ってどんなところ?」

こころなしかアイラの口調が艶っぽい。

「首都に比べて人や建物は少ないけど、大きな森や沼地があって……うわっ」

ついにアイラの手がケンダルの股間に届き、先ほどから頭をもたげていたものを覆った。
ケンダルは小さく叫び、のどに張り付いた舌をはがして生唾を飲み込む。

「あら、もちろん。おしゃべりよりもこっちの方がいいわよね」

アイラがこの場にそぐわないほどさわやかな声でケンダルに言った。ベッドから
滑り降り、ケンダルの両足の間で膝をついて、ズボンをつかんで笑顔を見せる。
その無言の要求にケンダルはつられて腰を上げ、アイラがズボンを引っ張るままに
任せて下半身を露出させる。
そこから飛び出したものは、情けないほどに臨戦態勢だった。

「おれの、変じゃない?」

ケンダルの口をついで出た言葉がアイラの微笑みを誘う。

「立派なものよ」
「他の人もそう思ってくれるかな?」
「誰かにそう思って欲しいの?」

アイラは大げさに目を見開いてくすくす笑った。

「いや、そういうわけじゃなくって……」

ケンダルが口ごもるのをよそに、アイラは肘を伸ばして両腕を上げ、彼の上着を
やすやすと取り去る。
それからまた跪いて、ケンダルのものに手を添え、捧げ持つようなかたちに指を
巻きつけた。
両方の親指で縦筋に沿って上下した後、四本の指でかき鳴らすように愛撫し、
人差し指を立てて鈴口の周りを丸くなぞる。

「いっ……あ」

ケンダルは歯を食いしばり、何を言おうとしていたのかを忘れてしまう。
腰回りから背中にかけての肌が粟立ち、まとわりつく空気にじわじわと熱さが増す。

「じっとしててね」

アイラが言って、一息ついた。
じっとしていてと言われても、そもそもこの大事なところをつかまれていては
動くことも出来ないのに。ケンダルはそう思って彼女のつむじを眺めて苦笑し、
自分も小休憩とばかりに体の力を抜いた。
だが、彼が息を入れる間もなく、まぶたを伏せたアイラが顔を近づける。
並んだ白い歯の隙間から、濡れて光る赤い舌が出るのは見ていられたが、
それ自体が生き物のような動きで根元から一線で舐め上げられるのは、
目を閉じなければ耐えられなかった。

彼女の舌先が自在にうごめいて快楽を生み出す。ぐりぐりとうねるような
動きが彼の亀頭を刺激する。
あまりの気持ちよさに、こめかみで脈打つ血管が破裂しそうだと思った。
先端から透明な液が漏れ、アイラの唾液と絡まり垂れ落ちる。
こぶしを握りしめ、或いは開きを繰り返して、高まった射精感をごまかす。

「くっ、あっ……、アイラ」

腕を振り上げて揺らし、行き場のなくなった手を彼女の黒髪に潜り込ませる。

「我慢しなくていいのよ」

アイラがつぶやいた。彼女の口の端が妖艶に伸びたかと思うと、今度は大きく
唇を開けてケンダルのものを咥えこむ。
最初は確かめるようにゆっくりと、それから徐々に速度を上げて往復し、勢いをつける。
粘液にまみれた陽根が、口腔内でじゅぶじゅぶと音を立てる。

「んっ、んっ……、出してもっ……、あふっ、いいのよ……」

うねうね動く舌と肉厚の唇とに挟まれて、暴力的とも思えるまでにしごかれる。
ケンダルの丸めた背中から、熱気と共にぬるりとした濃い汗が次々と噴き出して、
腰のあたりへ流れてとどまる。

と、アイラが突然動きを止めた。
ケンダルから口を離し苦しそうにあえぐと、唇を開いたままで深呼吸をする。
大きく吸って、ふうっと吐いた呼気がケンダルの限界まで来ていたものに直撃した。
その最後の一押しの快感に、経験のないケンダルはひとたまりもなかった。
ぞわぞわとせりあがる焦燥感は止めようもなく、ケンダルは本能のままに昇りつめる。

「……いっ、あ…………」

びくんびくんと震える先端に全てが集中する。
白い液体が断続的に噴出して、アイラの額に、まぶたに、鼻筋に降りかかる。

「うわっ、ご……ごめん」

ケンダルは行為の後に来た多少の気だるさを黙殺し、彼女の顔に飛び散った
精液を慌てて拭う。

「あら」

アイラがまぶたを揺らめかせて微笑み、ケンダルへ差し出すようにあごをくい、と
上げて目を閉じた。

「紳士ね。それに……若いのね」

ケンダルが自分の放った精液を始末して彼女の顔から手を離した後、視線を
落としたアイラはおかしそうに口元を緩ませた。
彼女の無防備な表情やこころなしか上気した頬、その肌のいくら拭っても
まとわりついて取れないケンダルの臭いに、彼のものがまたもや反応して
いたからだった。

「さ、これからが本番よ」

アイラがベッドの中央に指して促した。

「おれ、その……」
「いいから、大丈夫。まかせて」

彼女に気おされて、ケンダルは後ずさりするようにそちらに移動して寝転がる。
それを追ってにじり寄ったアイラは、ドレスの裾を片手で上げ、見せつけるように
腰を二、三度振った。
影になってよく見えない場所にもう一方の手を差し込み、人差し指と中指で
割れ目を開きながら、覆いかぶさるようにケンダルの腰にまたがる。
ケンダルの一番敏感になっている先端がそこに触れ、べちゃりという音でもしそうな
濡れた粘膜の感触がした。
そこはかとない嫌悪感に、一瞬、ケンダルの背中が総毛立つ。

「こっ、ぐっ」

続けて、アイラが一気に腰を落とした。
何か意味のある言葉を言う暇もなかった。
舌で舐められたのとは比べ物にならない衝撃がケンダルを襲う。

――気持ち悪い? 違う。
やわらかく、あたたかい肉壁にすっぽりと包みこまれ、快楽が全身に広がった。
脳髄やこめかみの血管が膨らんで、目がぐるぐる回るようだった。
こんな気持ちのいいことがあったのかと、獣の咆哮に似たうなり声をのどの奥から
かろうじて吐き出す。

アイラの手が何かを求めて空中をさまよい、手放したドレスの裾がケンダルの
腹部にふわっと落ちて重なった。
やがて彼女は両手を揃え、ケンダルのみぞおちの辺りに乗せ、二つの丘のような
乳房と、その間の深い谷間を両腕の中に収める。
膝を上げてしゃがみこんだ態勢のアイラが、その体を上下に揺さぶる。
ドレスの下に隠れた結合部から、ぐちゃぐちゃと水音よりも重い音が肌を伝わって
ケンダルの耳に届く。

「はっ、あなたも……、んっ、動いて」

肉と肉とがぶつかる合間、とぎれとぎれにアイラが甲高い声で言った。
ケンダルは要求に応えようと上半身を少し起こし、ずり上がったドレスの裾から
露出した白い太ももに手を伸ばした。
その滑らかな肌触りに驚いて、ますます血肉をたぎらせながら、確かめるように
手のひらを密着させ、腰を精一杯突き上げる。
上手く動かせなくて尻と腰が痛くなるが構わず、無我夢中で彼女の腰を振るのに
合わせ、集中して打ち付ける。

突然、彼女の動きが変わった。
ただの抜き差しではない。円をえがくように下半身を回し、ケンダルの雁首を
こそげるように膣壁をこすりつける。舐めるような肉襞のうねりがケンダルの
動きと相まって、より彼を駆り立てていく。
また、かと思うと、おもむろに浅いところで短く素早く抜き差しし、特に径の狭い
入り口できしむほどに締め付ける。

彼女の性技に翻弄され、ケンダルの忍耐は長く持たなかった。
目の前が霞んでちかちかと光り、その時を迎えたのを知る。
最後の深く強い一突きの後、彼はアイラの中に膨張しきった欲望を素直に開放した。

「アディア……」

ケンダルはそのまま彼女の奥までねじ込み、収縮した膣内にまたせかされて、
何度も精を吐き出したのだった。



鉄塊を体の中に詰め込まれたような疲労感に襲われて、ケンダルはベッドに沈んだ。
アイラが立ち上がって事の後始末するのをぼうっと眺め、一つの山を乗り越えた
という達成感と、無駄な体力を使ってしまったというむなしさとが、ないまぜになった
気分を味わう。
指一本動かないと思いつつも、このままずっとベッドに寝転んでいるわけにもいかず、
重い体をどうにか起こして座り込む。

「どう? 感想は」

アイラが水の入ったグラスを差し出しながらケンダルに話しかける。

「これで、セランに大きな顔をされずに済む……かな」

未知は既知となった。幻想は現実になった。
期待以上の快楽もあったが、終わってみれば部屋中に漂う生臭さが鼻につく。

「で、アディアって誰?」

含み笑いをしたアイラが、からかうような口調で言い、ケンダルはちょうど口に
含んだ水を噴き出しかける。

「私のこと、そう呼んだでしょう?」
「それは……、その……」

思い出して動揺し、言葉に詰まる。

「大事な人なの? ディアント領地に置いてきた恋人?」
「そんなんじゃないよ」

耳たぶと首が赤くなるのを自覚して、ケンダルはうつむいた。

「うん、でも……、いつかそうなったら……いいな」

「また、ここにいらっしゃい。あなたは最初の一歩を踏み出したばかりなんだから」

アイラの優しい声がして、ケンダルは顔を上げた。

「いいの?」
「ええ、もちろん。領地に帰って彼女と再会した時のために、もっと経験を積まなきゃね」
「……ありがとう。アイラ」

ケンダルはアイラに感謝の言葉を述べて部屋を出る。

館の女主人に黒髪を希望したのは、アディアとしたかったから。
アイラを見て失望したのは、彼女がアディアではなかったから。
でも、最後に絶頂を迎えた時、アディアを思い浮かべたのはひどく気まずく、まるで
彼女を汚したかのような罪悪感にとらわれて、ケンダルは、ほんの少し落ち込んだ
気分で帰路についたのだった。






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