泳げ、チハヤちゃん最終話
シチュエーション


混乱するちはやにも、美果──ナミが突然別行動をとったのは、神棚が焼失したことが原因だろうとは察せられた。
あのあと、落ち着いたところで「兄」の馨とふたりで話し合ったのだが、馨いわく、神棚がなくなったことで須久那御守が現世に顕現・干渉する力を失ったのではないか、とのこと。

「そ、それじゃあ、ぼくらに掛っているこの術は……」
「さて、ね。可能性としては3つ程考えられるかな。

ひとつは、「術者がいなくなったことで、間もなく解ける」。もっとも、こうしてナミが消えてから数時間経つけど、僕らの身長に変化がないことからして、その可能性は低そうだね。
ふたつ目は、「術者がいなくなったことで、緩やかに効力を失って、徐々に解ける」。確かにありそうな話だけど、具体的にどれくらいの時間がかかるかわからないから厄介だね。認識が人によってバラバラになっても困るし。
そしてみっつ目は──」

「「解除するひとがいなくなったから解けない」?」
「Exactry(そのとおり)!」

馨は、やれやれと肩をすくめ、ちはやの頭は一瞬真っ白になった。

3つの仮説のどれが一番真実に近いのかは、その晩すぐに答えが出た。
悶々としつつも疲れから眠りについたちはやの夢の中で、ナミが声だけで話し掛けてきたのだ。
昼間ちはや達と別れた直後に、ナミは天界にいる本体・少彦名尊(スクナビコナ)の元に呼び戻され、きつい叱責を受けたらしい。
いわく、「端くれとは言え神の一員が、興味本位でヒョイヒョイ出歩いて、挙句に自分の「家」であり「社」とも言える場所を守り損ねるとは何事か!」……とのこと。
当面は、人間界で言う座敷牢のような場所に缶詰になって謹慎。また、謹慎が解けても「社」である神棚が作り直されるまではコチラに戻って来れない。
『謹慎期間に自体も不明じゃが、少なくとも1年より短いということはないだろうの』

「そうなんだ……あの、それでぼくらに掛った術なんだけど」
『ふむ。あの術は、本来は術者である我が「解けよ!」と念じるだけで、簡単に解けるはずじゃ──本来なら、な』
「え!?」
『我も事前に注意しておかなんだから非はあるが……。チハヤよ、汝は学校の師に術のことを明かしてしまったのであったな?』
「!」
『おまけに、あれ以来、本来の「千剣破」としての自覚を持つこともなく、女子としての暮らしに馴染み、流されておったであろう』
「う……」
『おかげで、世界の認識の一部がズレて術が定着──いや固定化されてしまっておる。この状態で以前の状態に戻すには、新たに逆の術を掛け直すしかないのだが……』
「が?」
『先刻から言うておるとおり、我は当分動けぬ。気の毒じゃが、汝らの立場は当分──あるいは一生そのままじゃ』

***

翌朝早くに目を覚ましたちはやは、兄を起こしてナミから教えられた内容を馨に告げる。

「なるほど……」

しばし腕組みして考え込んでいた馨だが、1分と経たないうちに「ま、仕方ないよね」とアッサリ思考を放棄する。

「ちょ、兄さん!?」
「いや、だってこんなオカルトがらみの事柄、僕らの手に負えないだろ?そもそも、まがりなりにも神様の掛けた術なんだし」

確かにそこらの巫女さんやお坊さん、霊能者などにどうにか出来るかは大いに疑問だ。

「う……で、でも、馨兄さんはソレでいいの?」
「何が?」
「何がって……これからとうぶん、ヘタしたら一生、男の人として生きないといけないんだよ!?」
「いや、僕は、それほど気にしてないけどね」

「…………へ?」

ちはやは一瞬目が点になったが、気を取り直して幾分真面目に問いかける。

「馨兄さんは──ううん、かおるは、それで本当にいいの?」
「ああ、もちろん。知っての通り、もともと「ボク」は女の子らしい振る舞いや習慣があんまり好きじゃなかったからね。だからこそ、「お兄ちゃん」の提

案に乗ってみたんだ」
それは、ちはや──いや、千剣破も理解していた。

「無論、僕だって、最初はずっとこのままでいようなんて思って無かったよ?適当に何日か男子高校生気分を味わったら、また元に戻って、秋枝ちゃんやククルちゃん達とおとなはしく小学生生活を送るのが筋だ、って考えてた。
──でも、ダメだね。一度「自由」と「解放」という名の蜜の味を知ってしまったら、自分から進んで、窮屈な檻に戻りたいなんて思えなくなる」

アルカイックな笑みを浮かべる馨の姿が、なぜか異様に大きさと迫力をもって、ほぼ同じ体格のはずのちはやの目に映った。

「そんな……」
「おや、キミだって同じ気持ちなんじゃないかい、ちぃちゃん?」

熱に浮かされたような目で己が瞳を覗き込まれて、ちはやは居心地悪げにたじろぐ。まるで、自らの心の奥底の封じた欲望を見透かされたような気がしたのだ。

「ほ、ぼくは……」
「悩むことはないよ。そもそも、ナミちゃんが戻って来てくれなければ元に戻ることはできないんだ。それまで最低でも一年以上かかるんだよ?なら、
今の立場を受け入れて楽しく暮らすことに、何も不都合はないと思うけどね」

「…………」
「なに、神棚を修繕して、ナミが帰って来るまでの話さ。彼女が戻って来たら、僕らふたりが元の立場に戻りたいと願えば、すぐに戻してくれるはずさ」

まるで地獄のメフィストフェレスが乗り移ったかの如き弁舌で、馨は「妹」の心を巧みに望む方向へと誘導する。

「そう……そうだよね。ナミが帰って来たら、戻してもらえばいいんだもんね」

それにちはやが簡単に乗ってしまうのは、「彼女」の単純(すなお)さ故か、あるいは潜在的にはすでに同じ気持ちだからか。

かくして、武内家の兄と妹は、条件付きながら半永久的に取り換えたその立場を享受することとなったのだった。

***


武内家のボヤ騒ぎからおよそ1年の時が流れ、季節は再び夏を迎えていた。

最低一年(そしておそらくそれ以上の期間)は戻れないという事実を受け入れた武内ちはやは、少しずつだが女の子らしい仕草や趣味を身に着けていくよう努力しだした。
さらに、受験勉強にも力を入れ始めメキメキと学力を上げていく。元高校生とはいえ、中高時代の学習知識の大半は兄の馨に譲り渡しているため、テストの点が上がったのは、まぎれもなくちはやの努力の賜物だ。
年末を迎える頃には、担任の天迫星乃から、都内の名門校・星河丘学園の受験を勧められるまでになり、受験の結果、親友の田川ククルともども見事に合格。桜庭小学校を卒業後、晴れて中等部に通うようになっていた。
残念ながら紅緒秋枝とは学校が別れてしまったが、今でも休日などは互いの家に仲良く遊びに行くなど三人の友誼は続いている。

一方、武内馨の方は特に変わった様子もなく、マイペースに男子高校生生活をエンジョイしている……と思ったら、いつの間にか彼女を作っていた。
相手は、もちろんかつて千剣破が憧れていた桐生院菜緒……ではなく、「いいんちょ」こと舘川燐だ。
馨、長谷部友成、古賀龍司の「三馬鹿トリオ」の暴走を見逃せず、あれこれ世話を焼いてるうちに、(3人の中では)比較的常識人の馨と行動を共にすることが多くなり、そのままくっついてしまったらしい。
日輪勝貴率いるバードマン研究所にも正式に入部し、人力飛行機の製作を手伝いつつ、「正パイロット候補」として足腰のトレーニングにも励んでいる。今年は、ようやく実用に耐えうるマシンが完成したため、大会への参加も決まっており、日に日にテンションが高まるばかりだ。

そして……肝心の神棚だが、つい先日、梅雨明けの頃にようやく再建された。もっとも、まだナミの謹慎は解けていなようで、再建がなった日の晩のちはやの夢に、「まだ2、3年かかりそう」と連絡してきた。
今でさえ、ほとんど昔の立場を思い出すことは皆無に等しいのに、その頃になれば、ふたりとも完全に戻る気はなくなっているだろう。あるいは、それを見越して、ナミはワザと帰って来ないのかもしれなかった。

『すぐ傍で見守れなくなったのは残念じゃが──後悔はしておらぬよ。我が代々見守りし武内の血筋、その中でも稀有な、我を友と遇する者らを望むように生きさせてやることができたのじゃからな』

「ちはや〜、田川さんのクルマが、もういらっしゃってるわよー」
「はーい、今行くぅー!」

パタパタと制服のスカートを翻しつつ、ククルの家のリムジンに乗り込むちはや。「ちはやさんの家は通り道ですし、せっかくなので一緒にいきましょう」というククルの提案に甘えて、朝は送りのクルマに同乗させてもらっているのだ。

(ちなみに、帰りの時間は部活などで不定なので、ククル共々電車で帰っている)

「ごめん、お待たせ、ククルちゃん」
「いえいえ、道路も混んでいないようですし、まだ時間はありますから。それでは、鷲尾さん、出してください」

リムジンが滑るようにスタートし、学園に着くまでの1時間足らず、ふたりの少女は車内でおしゃべりを楽しむ。

「そう言えば、母がそろそろ秋物のモデルをちはやさんにして欲しいと申しておりましたけど」
「え〜、モデルならククルちゃんでも十分じゃない?」
「わたくしは見ての通り、あまり背丈がありませんので。ちはやさんなら、ハイティーン向けの衣装も十分着こなせるでしょう?」
「それって、喜んでいいコトなの?でも、おばさまには色々お世話になってるからなぁ……う゛ー、わかった。今度の土曜日にお邪魔するって言っといて」
「はい、承りました」

優しい守り神様の残した「加護」のもと、武内ちはやは、今日も素敵なJCライフを満喫するのだった。






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